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雨が全てを流し去ってしまう前に

作者: 小鷹竹叢

 春は過ぎ、五月末の爽やかさの中にいた。雲一つなく晴れ渡った空は清明そのもので、何事も起こるわけがないと信じてしまいそうだった。


 バルコニーの小さなテーブルセットで紅茶を啜りながら、今しがた引いたタロットカードの一枚を眺めていた。


 六番、「恋人達」だった。このカードに描かれている恋人達は不幸というものを知らない。そんなものには未だ出会ったこともない。世界が乱されるということを想像すらしたこともない。人生が始まる以前の理想郷にいた。


 だが私は知っている。アダムとイヴはエデンの園から追放される。この静かな幸福を失わされる運命にある。


 五月のような清爽な季節は梅雨によって乱されて、世界は洗い流される。雷雲が天を覆い、洪水が地を浸す。ノアの一族以外は破滅する。生き残ろうともその人に待っているのは長く苦しい暑い夏だ。


 私は破滅と苦難の未来を知りながら、今この瞬間だけの、短い静けさを味わっている。間もなくこの穏やかさは乱されるだろう。乱雲と暴風が我が家に吹き荒れる。彼が、夫が、帰って来れば。


 私達はきっといい夫婦であったと思う。タロットの「恋人達」のように幸せだった。だがそれももう終わりだ。理想郷は崩れ落ち、受難の物語が始まって行く。


 さっきまで天頂にあった太陽は、少しずつ天穹(てんきゅう)を滑り落ちて行っていた。地まで落ちれば、地平線がその血で染まったならば、その時、夫は帰って来る。


 それまでのほんの僅かな短い時間を、静かで穏やかな最後の時間を、昼下がりの優しい日光を浴びながら、紅茶の滋味と共にゆっくりと味わう。


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