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悪い夢

作者: 宵待 黒


夢を見ていた。なぜこれが夢だとわかるのだろう。

ただ受け入れたくない現実なのではないか。

そう思いながらも、何もすることができないでいた。

目の前の最愛の人は次第にその温もりを無くしていた。


彼の寝顔を見ようと、いつものように静かに部屋に入り机に伏せる彼を見つける。

しかし近づくにつれていつもと違う所に気がついた。

足元に水溜りができていたのだ。深い赤色をしたその水溜りから、目を逸らすことができなかった。

慌てて彼に手を伸ばす。

確かに彼から流れているその液体とともに、手のひらから伝わる熱は流れ出ているようだった。


頭が真っ白になるという表現は正しかったのだと分かった。

急いでスマホを取り出し、救急車を呼ばなければ。

急いで声を上げて、誰か助けを呼ばなければ。

そう思っているはずなのに、体は言うことを聞かずただ震えていた。

言うことを聞かない体に脳内の空白がじわりと広かった。


早く。一刻も早く行動を起こさなければ。

けれども体は金縛りにあったように動かなかった。


「大丈夫?なにかあった?」

ルームシェアをしている友人が戻ってこない私を心配して部屋に来てくれ、おかしな空気を感じ取った。


「ちょっと!何があったの!いや、そんなことより、救急車を…」

そう言いながら携帯を取り出しすぐに行動に移している彼女を見て、なぜか涙が溢れてきた。

なんて自分は無力なのだろう。こんな時に何一つ行動を起こすことが出来ないなんて。

無力感を覚えて握りしめた拳に爪が食い込み、血がにじみ始めていた。


その時、目が覚めた。

ベッドの中で、じんわりと冷や汗をかきながら意識が覚醒していく。

まだ回りきっていない頭で体を動かす。

急いで彼の部屋に駆け込む。

彼はいつものように、呑気に朝の惰眠を貪っていた。

自然とふっと息が溢れる。

安心感と、無力感、その他諸々が籠った息は消えていく。


彼が目を覚さないうちに離れておこう。朝から押しかけるなんて迷惑になるだろうから。

それに、今は少し一人でいたいから。


それからいつもの自分を心がけて1日を過ごした。そう自分では思っていた。

しかしその夜、彼に話があると呼び出された。

彼から「ごめんね。何かしちゃったかな?」

と聞かれて、何も答えることができずただ貼り付けた微笑みでなんでもないよ。と返すのが精一杯だった。


その夜はベッドに入ってもなかなか眠りにつくことが出来なかった。

眠ることが、夢であってもあの光景を見る可能性がある事が怖かった。

また、自分の無力さを叩きつけられる事が、絶望という味を思い出すことが。


気がつくと、窓の外からは光が差し込んでおり夜が明けていた。

眠れ無かった時がついた時、むしろ安心感を覚えていることに気がついてしまった。

それと同時に、体が思ったように動かないことにも気がついた。

どうやらこの感じは、熱があるのだろう。

今日は一日、横になっていようと決めた。


一日の大半をベッドの上で過ごしたのに、睡眠をとることが出来なかった。

心配してくれた彼が、声をかけに来てくれた。

はじめは他愛もない話をしながら気を紛らわせていたが、次第に口が止まらなくなっていた。

不安を抱えていること、そして自分の気持ち。

それらが言葉として紡がれ彼に届く。

彼は私の手を取り、いつものように優しい笑顔を浮かべてこう言った。

「大丈夫だよ。どこにも行かないから。」

彼の体温は温かく、どこか懐かしさを覚えた。

気がつくと、朝になっていた。

彼がそばにいてくれたお陰で、安心して眠りにつくことが出来たのだろう。

枕元にある時計は11時を示していた。どうやら長い時間眠っていたようだ。

そして、目が覚めて改めて気がついた。気がついてしまった。

彼に対しての気持ちを改めて自覚してしまった。


体の気怠さも抜け、ある程度回復していた私はベッドから起き上がり彼の部屋に足を運んでいた。

今すぐに、この気持ちを伝えたい。その一心で彼の部屋の前に立つ。

この時間だと、彼はいつも部屋で作業をしている。

たまに疲れて寝ていることもあるので様子を見るために静かに部屋に入る。


どうやら夜中に私の相手をしてくれていたせいか、彼は机に伏せて寝ているようだった。

彼の寝顔を見ようと、足音を殺して近づく。しかし近づくにつれていつもと違う所に気がついた。

足元に水溜りができていたのだ。深い赤色をしたその水溜りから、目を逸らすことができなかった。

慌てて彼に手を伸ばす。

確かに彼から流れているその液体とともに、手のひらから伝わる熱は流れ出ているようだった。

これはきっと、夢だ。悪い夢をまた見ているのだろう。

けれど、いつまで経っても夢から覚めることはなかった。


目の前の最愛の人は次第に、そして確かにその温もりを段々と無くしていた。

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