3、よいぞ、パラダイス
「本当に、なんなんだ、キミは。そんな目で見るな!」
「とても綺麗なので」
「――ッ、う、そをつけ! 俺はこんなもの! ……抉り出したいほど、嫌いだ。キミだって、本心では気味が悪いと思っているくせに……!」
彼はレティシアから手を放すと仕切りを抜けて奥の扉へと消えていった。何名かの男女が消えていった扉だ。
店の子に手を出していないと言うのはレティシアに対する優しい嘘で、本当はジルベールも相手を待たせていたのだろうか。
ソファの上に膝を立てて、皇子が消えていった扉をじっと見つめる。
少しの浮気くらい許せぬ狭量ではない。何かに縋らなければ生きていけぬ境遇だったことも理解している。
(……呪われた皇子、か)
国家の転覆を狙った裏切り者、自らが王位につくため兄弟たちを毒殺した異常者、とある姫に恋をして戦争の引き金を引いてしまった愚鈍の王。
国が傾く原因となった皇族たちは、その悉くが紅い目をして生まれてきた異端児であった。
両親共に普通の瞳をしていても、何故か一定周期で生まれてくる突然変異。最初は偶然だと鼻で笑っていた者たちも、重なり合う偶然に恐怖を覚えるようになった。
そうして、まるで悪魔に魅入られたような鮮血色の瞳を持つ者は、いつしか呪いの子と呼ばれるようになっていったのだ。
(馬鹿馬鹿しい。調べてみたが、どれもこれも感情の発露が下手なだけだろう。上手く手綱を握って気にかけてやれば問題はない。それを呪いなどとよく言ったものだ。遠くから腫物のように接する事は逆効果だと何故わからんのだ)
レティシアは苛立ちをにじませた息を吐いて、ソファに座りなおした。
「まぁまぁベル様、ジルベール様はすぐ戻ってきますわ。それまでは私がお相手を務めますので、ゆっくりとお寛ぎくださいませ」
「もう、アリ姉ばかりずるい! 私もベル様のお世話をしたいのに!」
「あら、卓に呼ばれたのは私ですもの。ジルベール様がいらっしゃったからと皆が勝手に集まって、ベル様もさぞ驚かれた事でしょう」
「むむむ!」
「ほら、みなさんもお仕事ですよ」
アリーシャがぱんぱんと手を叩くと、周囲の女性たちは一人、また一人と持ち場へ戻っていった。
レティシアとしてはこのまま単独ハーレム状態でもウェルカムだったのだが、仕事の邪魔をするわけにはいかない。涙をのんで彼女たちを見送ろう。
美女ばかりを集めたこの店でも、頭一つ抜きん出て美しいのがアリーシャだ。
落ち着いた佇まい、たおやかな仕草、店でもトップクラスの人気を誇り、皆のリーダー的存在。そんな彼女がつきっきりで傍にいてくれるのならば、まったく問題はない。
レティシアはすでに当初の目的を忘れ、この店を心行くまで満喫するつもりだった。
「普段は指名されない限り、卓につくことはないのですが、ジルベール様はこの店の恩人ですので。つい皆が集まってしまうのですよ」
「そうそう! ジルベール様がお越しになるまで結構劣悪な環境だったんですよぉ、ベル様ぁ!」
先ほどアリーシャに意見していた女性がレティシアの隣に腰掛け、くるくると髪を弄る。赤みがかった茶髪に、まだあどけなさの残る顔。
アリーシャとは真逆のタイプだ。それも良し。
「ラウラ」
「いいじゃないですか。ベル様のお相手が一人なんて失礼だもの! それにぃ、ジルベール様は素直じゃないから、私たちが好感度を稼いであげなきゃ! ベル様だって、ジルベール様のこと聞きたいですよねぇ?」
サクリと苺にフォークを突きたて、「あーん」と慣れた手つきで差し出してきた。それも一番甘い頭のところだ。良く分かっているじゃないかラウラとやら。
レティシアは躊躇なく苺にかぶりついた。ほんの少しの酸っぱさと蕩ける甘さ。とても美味しい。
「きゃー! 食べていただけたぁ!」
「ラーウーラー? あなた、ベル様を何だと思っているの?」
「アリ姉だって、ここ一番の笑顔でベル様ベル様って次々に果物運んでたでしょ」
「……だって、とんでもなく可愛いんですもの」
もじもじと恥ずかしそうに両手を擦り合わせるアリーシャ。
(可愛いのは君たちの方だと思うがね)
レティシアは二人の視線が外れていることを確認し、ぺろりと唇を舐めた。
さて、折角ジルベールのことを教えてくれると言っているのだ。ご厚意に預かるべきであろう。ラウラの服を軽く引っ張って、上目づかいに首をかしげる。
「教えて、いただけるの?」
「――ッ、べ、ベル様ッ! そんな……私などでよければいくらでも! もっと! いっぱい! 頼ってくださいませ!」
「落ち着きなさい! こんなに可憐で美しくて愛らしくてもベル様はオルレシアン公爵家の方! 本来ならば我々のような者がおいそれと触れてよいお方ではないのですよ!」
押し倒して頬ずりでもしそうな勢いのラウラを片手で押しとどめ、レティシアを守るように後ろから抱きしめるアリーシャ。庇護されるなど久方ぶりだ。
蝶よ花よと箱に詰められ、息苦しい生活を強いられるのは苦痛でしかない。
いくらレティシアがベル・プペーと呼ばれ、庇護欲をそそられる儚げな容姿をしていたとしても、中身はアレだ。下手な騎士など足元にも及ばない胆力。
彼女には、どのような危機的状況であっても一人で切り抜けられる自信があった。
ゆえにオルレシアン公爵家ではレティシアの行動に制限は設けず、よほどのことがない限り護衛もつけない決まりとなっている。
なので、この場にオルレシアン家の護衛がいないのはいつも通り。普通のこと――なのだが、ジルベール側の護衛もいないのは予想外であった。
いくら建国記念式典の最中であろうと、第二皇子が市街へ出向くのだ。無理を押し通してでも数名の護衛はつけるのが道理であろう。
だから目についた。
それはまるで不慮の死を願われているようで――。
(まぁ、私が護衛の代わりをすればよいだけのことだが)
レティシアはちらりと扉を見た。ジルベールが出てくる気配はない。できれば目の届く範囲にいてほしいのだが。あまり干渉し過ぎるのも迷惑だろう。
難しい塩梅だ。