5、答え合わせ
めちゃめちゃ説明回です。
朝目覚めてすぐにそれは届いた。
ふわりと靡く純白のマント。銀の髪が映えるダークブルーの軍服。そのどれもに華美な金の刺繍が施されている。一目で竜帝のための衣装だと分かった。
添えられたメモにはアリーシャの名。彼女への伝言はこれだったのかと納得する。――だが、薄暗い地下への階段を下りている今、なぜ彼女でなければいけなかったのかを殊更思い知らされていた。
竜帝状態のレティシアに寄り添うジルベールの姿は、まるで愛妾のようだった。
顔を隠す仮面をつけ軍服を身に着けたレティシアとは違い、背中を覆う布は一切なくシルクがひらひらと踊るような扇情的な衣装を身に着けている。
顔が分からぬようベールで覆ってはいるものの、もっと全身を隠してほしいと思うのは我が儘だろうか。
こんな衣装を購入しても一切怪しまれず目立たずなのは確かにアリーシャくらいであろう。心配になってずっとマントで背後を隠しているのが可笑しいのか、ジルベールはくすくすと笑った。
「レティは案外心配性だな」
「心配にならない方がおかしいと思うが? 今から向かう場所を考えたら尚の事な」
頭が痛いとばかりにレティシアは深々と嘆息してジルベールの肩を抱いた。
この地下階段の先にあるものは男性限定の仮面舞踏会――のようなものらしい。参加者の多くは爵位もちであり、世継ぎを成すことを是とする貴族社会で自身の趣向を大っぴらに出来ない者たちが集まり一夜を楽しむのだとか。
確かにレティシアの姿では入ることすら出来ぬ場所である。
「竜帝の正体を口止めしておく、というあなたの判断は正しかったな」
「……それ、今にして思えば失策だったかもしれないけど」
ジルベールはレティシアの軍服の裾を強く握った。
娼館で大立ち回りをしたあの日、竜帝の正体はすぐ世間に知れ渡ると思っていた。しかし店の従業員たちにはジルベールが、来ていた客にはアドルフが直々に口止めしたことにより一切広まらなかったと聞いた。一部、口止めが間に合わなかった者や面白がった傭兵騎士が外に漏らそうとしたようだが、すべて一笑のもとに付されたらしい。
おかげで氷の竜帝がレティシアだと知るものは少ない。
「まさか、こんな場所へ私以外を伴って出かける可能性もあったのか?」
「それはないさ。キミと一緒だから出てきているんだ」
「なら、いいんだが」
レティシアは更にマントでジルベールを隠し、強く引き寄せた。
父アドルフへの伝言はこの舞踏会への招待状を手に入れることだったようだ。
アドルフがというよりかは、彼の弟――レティシアにとっては叔父にあたるダヴィド伯爵が「美しい者に性別など関係ない!」と豪語する有名人だったため彼経由でこちらへ渡ってきたと推測される。
「しかしジルベール様、この舞踏会は違法ではない。確かに一部淫靡的な集まりではあるものの誰にも迷惑をかけず本人同士が納得して一夜を楽しんでいる場だ。気に入らないから潰してやると画策した伯爵だかが手酷いしっぺ返しにあったのは記憶に新しい。むやみやたらに突っつくことはタブー視されている。そんなことくらい分かっておいでだろう? なにゆえレオン兄上まで引っ張り出したのだ?」
「木の葉を隠すには森の中ってやつさ。そのタブー視されている点が良い隠れ蓑だったわけだよ。上からの捜査が入ることはない。周りも自分の事に手一杯で周りのことに無関心。怪しい――と言っては語弊があるが、捜査の対象外である人知れぬ集まりというのは、怪しい取引にピッタリだったと言うわけさ」
はい、と手渡されたのは新聞の切り抜きであった。
「ヴァイス共和国へ魔石が流れている件か」
「そう。ちょっと父上も頭を悩ませていてね」
魔石とは名の通り魔力の籠った石である。人々の暮らしを豊かにするため利用されているが、戦の道具もこれによって造られていた。
ちなみにレティシアの指にはまっている『反転の魔導具』だが、これも魔石の亜種である。火を出したり水を出したりする一般的なものではなく、特殊な能力が秘められたものを『魔導具』と呼ぶのだ。
話を戻すが、ロスマン帝国はその魔石の産地としてトップクラスの産出量を誇っており、それがこの国の確固たる地位に結びついている。そして前述したヴァイス共和国は近く隣国へ戦を仕掛けるという噂が立っており、国際会議で魔石を輸出してはならぬと決められたばかりだ。
その条約を破れば一転して世界の敵へと成り下がる。
しかし、ヴァイス共和国がその取決め後も平静を貫いている事から、どこかの国が条約を破り、かの国へ秘密裏に輸出しようとしているのではないかと問題になっていた。
その槍玉にあげられているのがロスマン帝国。
証拠は出てきていないが、他国へばら撒けるほど魔石に余裕のある国ということで候補に挙がっているらしい。
「ジルベール様、まさかと思うが」
「そのまさかさ。なんと輸出を企んでいるのがうちの国の商人っぽくてね。困ったものだ」
「困ったどころではすまん問題だぞ。……なるほど、だからレオン兄上か」
「ああ、国家調査部隊長様にお誂え向きの案件だろう? さすがにこんな醜聞、内密に、そして魔石が向こうへ渡らないうちに処理してもらわないと」
レオンに送る手紙を「密告書」と称していた意味がようやく分かった。
「ならば皇帝陛下にはなんと?」
「今日の観劇はリュンヌ劇場じゃなくて、ソレイユ・オペラハウスにしてくれっていう可愛いおねだりさ」
ぱちんと片目を閉じるジルベール。
皇帝陛下の行く先が前日急きょ変更になる事態はまったく可愛いおねだりではないのだが。
実はロスマン皇帝は観劇を月一の楽しみとするくらい舞台マニアで、演者が緊張してはいけないといつも身分を明かさずふらっと観に行くのだ。
さすがに王宮内に勤める者や、一部親しい貴族などには伝えているようだが、いつもギリギリ。直前に見たい演目が変わることもあるので、行く場所を伝えるのは前日にしているらしい。
「いつも従者の皆さまは実にご苦労様って思っていたんだが、おかげで直前に舞台変更をしても不自然だと感じなかったみたいだ」
「リュンヌ劇場はこの隣。……皇帝陛下の真横で違法取引とはさすがに気が引けると?」
「さすがレティだ。フォコンが得てきた会話では普通に暗号を使っていたからね。条件やらなにやらを加味して推理し二か所には絞り込めたんだが、どうにも確証が持てなかった。だから片方を潰すことにしたのさ。犯人の目星はついていたからね。彼はとっても心配性で神経質、だから目立った証拠は一切残さないが皇帝陛下の隣で事に及ぶことはない、と確信していた」
先程フォコンから「当たりって伝えてください」と念話が来たのもそれだろう。すべてはジルベールの手の平のうち。全員思惑通りに動いていますよ、と。
薄暗い部屋の中でベールに隠された赤い瞳がゆらりと揺れる。
彼の微笑みはたおやかであるのに悪魔のものにさえ見えた。人外じみた美しさだ。彼の事を知れば知るほど夢中になる。
「――はは」
「なんだい? 楽しそうだね。こういう刺激的なデートはお好きかい?」
「いや、ただね、選んでもらえて光栄だと思っただけさ。任せてくれ。駒の役割はきっちり果たそう」
「……駒、ではなくてだな――いや、やっぱりいい。気にしないでくれ!」
離さないでくれとばかりに引っ付いてきたジルベール。
これはまだ何か隠しているな。レティシアは彼の頭をよしよしと撫でてやりながら目前に迫った扉を見上げた。
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次回ちょいとイチャイチャ回を挟んで竜帝様のターン開始です、よろしくお願いいたします!
毎度のことながら超趣味に走ってる。





