エピローグ前編
美しい蒼穹と、目も眩むばかりの太陽が照らす庭園。
ジルベールがレティシアと二人きりの時間を楽しむためにと宮廷内に造らせた特別製だ。植えられている草木も、花も、大体が「愛」や「永遠」に絡めた意味をもつ。植物の歴史や神話、花言葉などに詳しい者がこの庭園を訪れたら言葉を失うだろう。
それほどまでに重たい感情が大量に詰まった場所なのである。
もっとも、当のレティシアは草花の意味をすべて説明されても「ははは! 愛いな」で済ませてしまったので、ジルベールの愛が深まったのは言うまでもない。
レティシアを伴侶として迎え入れてからのジルベールは実に活き活きとしており、呪われた赤目の力――聡明さを存分に発揮していた。
目立てば面倒事に巻き込まれるゆえ、ジルベールが関わっていると知る者は彼の父であるロスマン皇帝やオルレシアン家の者他数名に留まっているが、あのレティシアの父が「凄まじいな」と手放しで褒めるほどの活躍ぶりであった。
その甲斐あって、こうしてレティシアとの甘々空間を手に入れたのだ。
「レティ、待たせたね。今日のティータイムはクッキーを焼いたんだ。全部キミ好みに仕上げたつもりなんだが、どれが一番おいしいか教えてくれ。参考にするよ」
「ん? ああ、いつもありがとう、ジルベール様。楽しみだ」
「何かあったのかい?」
「いや、家から手紙が来ていてね」
庭園の真ん中に設置されているテーブルセットで手紙を広げていたレティシアだったが、ジルベールの姿を目に入れると折りたたんで封書に入れた。少々面倒事が書かれていたのだが、今は彼との逢瀬を楽しむ時間だ。
「また後で相談するよ。今はこちらの方が重要だからね」
「……それは、嬉しいな。俺が一番?」
「もちろんだとも」
覆いかぶさってきたジルベールの頬を愛おしさを込めて撫でる。すぐに彼の瞳は蕩けだす。まるでぐずぐずに煮込んだ苺ジャムだ。美味しそう。
ジルベールの襟首を掴んで引き寄せ、瞼にキスを落とした。
「レ、レティ……」
「まだ恥ずかしがるか。そういうところが本当に可愛いよ、私の旦那様」
「それ、慣れたら嫌いになるかい?」
「まさか。慣れてくれたらもっと積極的にいける。それはそれで有りだ」
「これ以上かい!?」
真っ赤になってへなへなと地面に腰をつくジルベールに、レティシアは目を細めて微笑んだ。
レティシアとジルベール。
彼ら二人はもう婚約者と言う立場ではない。とんとん拍子に事が運び、あれよあれよという間に夫婦になっていたのだ。
恐らくは建国パーティーの数日後、事件の詳細を説明するため父と宮廷に出向いた日が一番の後押しになったと思われる。
ジルべールは公務に出かけていたため中盤からの参加であった。
しかし部屋の戸が開きレティシアがいることを確認した途端、彼女の元まで一目散に駆け寄り、可愛がられることがさも当然のように「頑張ってきたよ、レティ」と甘えるジルベール。――の姿に呆然とするオルレシアン公爵。そしてそんなジルベールを抱きかかえてソファの端に追い詰め「さすがはジルベール様。良い子だ。ああ、本当に愛い」と全力で甘やかすレティシア。――に目を白黒させるロスマン皇帝。という混沌とした空間が一瞬で作り上げられた。
「そ、聡明で気難しく、女性問題に難ありと聞いていたのですが……?」
「……べ、ベル・プペー? あの男前がか? どこが人形姫なんだ?」
二人は顔を見合わせると頷きあい、がっつりと握手を交わした。
「レティシアがああも自然体でいられるなんて! 父として嬉しく思います、陛下! 娘をどうかよろしくお願いいたします!」
「いやいや、それはこちらの台詞だオルレシアン卿! ジルベールの重さをあれほど寛容に受け止めきれる人間がいようとは! さて式はいつにする?」
――といった具合で、婚約からわずか数週間で夫婦となったのだった。内情を知る者以外から皇帝の権力で無理やり、などという噂が流れたが、仲睦まじい二人の様子にそんなものはすぐに掻き消えた。
「これがサクッと美味しいフロランタン、こっちがほろほろのスノーボールクッキー、このハートはイチゴジャムを真ん中に入れたクッキーで、こっちはチョコチップだ。レティはチョコ好きだろう? 上からチョコがけしたのもあるぞ。どれからいく?」
「ふふ」
「……レティ? 俺、何か変なこと言ったかい?」
クッキーが載った皿を両手で持ちながら小首をかしげるジルベール。彼の健気さについ笑みがこぼれてしまう。
「いや、ただな。もっと大人で綺麗な女性が好きではなかったのか?」
「……言ったな。確かに言った。だが、キミを前にしたらすべてが過去になる。……だから、その、……悪かった」
「よいよい、気にするな。私も猫を被っていたしな」
「猫ってレベルじゃなかった気がするけどな」
ベル・プペーの仮面をかぶっていた頃のレティシアを思い出し「うーん」と眉間に皺を寄せる彼の手から、フロランタンを一ついただく。アーモンドの香ばしさとサクッとした食感がたまらない。
「あ。俺が食べさせてあげようと思ったのに」
「甘やかすな。彼女だって一人で食べられるはずだ、とも言っていたな」
「……う。今日のレティは意地悪だ」
「はは、たまには苛めたい日もあるのだよ」
「キミが楽しいなら、別にいいんだが」
拗ねたように唇を尖らせるジルベールから、ひょいひょいとクッキーを頂戴していく。どれもこれもあまりにレティシアの口に合っている。どれか一つなんて選びようがない。皇子としての立場がなければ、小さな店を開いて平和に暮らす選択肢もあったのだが。
何事もままならぬものだ。
「ところでジルベール様に少々お願いがある。ちょっと面倒事が起きてな。あなたの傍を離れなければならない日がしばらく続くやもしれん。ご無理をせず、できれば引きこもっていてほしい」
「ああ、情報は耳にしている。随分狡猾に罠を張られていたみたいだな。あのオルレシアン家が失脚騒動とは。でも問題はない。そろそろ解決するはずだ」
「……なんだって?」





