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1、美しいお人形の本性



「俺はもっと大人の綺麗な女性が好きなんだ。いくらお前がベル・プペー……人形の如き美しさだったとしても、まったくもって好みじゃない。今までのように、ただにっこり笑っていれば勝手に手の平で転がっていた男共と一緒にはするなよ」



 気だるげに細められた紅の瞳、肩よりも伸びた黒髪を後ろで縛り、息苦しいとばかりに着崩された服装。ロスマン帝国第二皇子、ジルベール。噂通りの奔放さだ。

 ここが建国記念式典のパーティー会場で、目の前にいるのが初顔合わせの婚約者だと理解していないのではとさえ思えてくる。

 ベル・プペー。美しい人形とあだ名されるレティシア・オルレシアンはジルベールの言葉に穏やかな微笑みを返した。

 



* * * * * * *




 シャンデリア輝く煌びやかな会場。

 真っ赤なカーペットも、壁に飾られている絵画も、机に並べられた料理たちも、何もかもが一級品。

 天井近くまである大きな窓には部屋の明かりが反射し、幻想的な美しさを演出していた。まさに絢爛豪華と言い表すにふさわしい華々しさだ。


 当然、見目麗しいご婦人やご令嬢たちの姿があちらこちらに散見される。

 しかし、その中でもひときわ視線の的となっているのがレティシアであった。


 サラリと揺れる絹の如き銀の髪。サファイアを埋め込まれたかのような深い青の瞳。ビスクドールにも例えられる肌は、血が通っているのかと不安に駆られるほど白い。

 十六歳でありながら150センチもない小柄な身長が、より人形みを増していた。

 なにより、彼女はめったなことでは口を開かない。表情も変わらない。ゆえに美しい人形(ベル・プペー)

 オルレシアン公爵家の人形姫として社交界では有名だった。


 皇子らしからぬ奔放さで周囲の手を焼かせ、ひっきりなしに女性問題を噴出させるジルベールと彼女との婚約が決まった時は、誰もが耳を疑ったものだ。



「お前には感情というものがないのか? 俺は、美術品として妻が欲しいわけじゃない。契約の破棄を申し出てくれればすぐにでもサインをする。よく覚えておくんだな」



 レティシアは彼の言葉に対し、スカートを持ち上げ静かに頭を下げた。

 周囲からざわめきが漏れる。

 そのどれもがジルベールに対する非難とレティシアに対する憐憫だった。それもそのはず。社交場での二人の評判は天と地ほどに開きがあった。

 レティシアは微笑みの裏で、奇怪な生物がいたものだと首を傾げる。



(おおむね前評判通り。娼館通いというのは後で確かめるとして、このような場で軽率な発言をすればどうなるかなど分かりきっているだろうに。少々わざとらしさを覚えるが、何も考えていないとすればただの阿呆だぞ)



 彼女がジルベールの婚約者となった経緯というのが、誰も彼もが皇子との婚約を辞退する中、レティシアだけは首を横に振らなかっただけ、という至極単純なものだった。

 しかし、実はもう一つ理由があった。



(いや、マイナス部分ばかり挙げ連ねても仕方あるまい。顔は及第点だ。美しいものはそれだけで価値がある。よかろうよかろう。美術品として愛でればよし! 私は夫が美術品だろうと一向に構わんからな!)



 ――そう、少女というにはあまりにも達観し過ぎていたのだ。

 ベル・プペーなど仮の姿。

 その強靭な精神と、大抵のことでは物怖じしない大らかな性格、しかし自分の信条は決して曲げない頑固さと子供らしい傲慢さも持ち合わせ、国を裏から牛耳っていると噂させるオルレシアン家の者ですら、次々と陥落させた女傑なのである。


 こっそりとレティシア様ファンクラブなるものが存在し、使用人や侍女含め屋敷内で働くすべての人々――だけでなく、父や母を除いた親族たちも加盟しているとかなんとか。


 そのため両親たちも「この娘なら問題なくやっていけるはず」という信頼のもと送り出してくれた。はずだ。最後にチラッと「もうお前の手綱は握れんのだ」と言っていた気もするが。些末なことを覚えているレティシアではない。

 そんなものはゴミと一緒に丸めて捨てるに限る。


 レティシアは言いたい事だけ言って去ろうとするジルベールの後ろを、ひょこひょこついて歩く。

 鬱陶しそうな視線を向けられたが、鋼の精神には瑕疵すらつかない。婚約者になるのだから相手のことをもっと知るべきだろう。

 にっこりと微笑めば、彼はもはや諦めにも似たため息をついてレティシアから視線を外した。



(ふむ、文句の一つくらい言われると思ったが。意外と押しには弱そうだ。このままぐいぐいいくか。夫婦仲は良いに越したことはないしな)



 完全に拒絶されないことをいいことに、レティシアはジルベールをじっくり観察する。

 歩く姿勢、グラスを取る手、来賓に会釈をする姿。乱れた服装とは裏腹にその所作は見惚れるほどに美しい。意識外での振る舞いこそ本質がでるもの。随分厳しく躾けられたものだと感心する。それとも自ら望んで学んだのか。

 何はともあれ、噂を丸呑みすべきではないなと改めて思い知る。



(まぁ、私も人のことは言えんか。まったく、つくづく面倒であるよ)



 言葉を交わせれば一番楽なのだが、口を開けば一瞬でボロが出る。お願いだから人前でだけは大人しくしていてくれ、と母に泣かれては仕方あるまい。実母であろうと女性の涙には弱い――とはレティシアの談である。

 十文字程度の言葉ならばまだ取り繕えるが、それでは会話にはならない。これがベル・プペーなどと呼ばれるようになった所以である。



「で、いつまで付いてくるつもりだ? 鴨の親子じゃないんだぞ」


「鴨? ふふっ」


「……なんだ、普通に笑えるんじゃないか。――ッ、ではなく! ついてくるなと言っているんだが!」



 声を張り上げるジルベール。しかし照れ隠しなことくらい容易に想像がつく。レティシアは口元を抑え「すみません」と目を細めた。



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ベルプペ書籍版【3月7日】発売です!
レティシアのスパダリ度、ジルベールの重たい男度
竜帝の格好良さなどなど大幅アップでお送りいたします!
よろしくお願いいたします!(,,>᎑<,,)
ベルプペ書影
詳しくは活動報告などをご確認いただければ幸いです。
― 新着の感想 ―
漫画から来ました。 良い……!凄く良い! スパダリ令嬢とヒロイン系皇子は最高です……! 神作ありがとうございます!
[一言] 訳ありで面白そう! 続きがめちゃくちゃ気になる! カモの親子って!金魚の糞よりもスゴく可愛い例え!
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