黒猫ツバキ、ご主人様の魔女に『量子力学』の真理を説く
「ご主人様。何の本を読んでるニョ?」
「ツバキか。これは、旧世界の書物なんだ。《解読魔法》を用いつつ読んでいるんだが、内容が興味深いんだよ。タイトルは『量子力学を超・簡単に説明しちゃうよ! 頭の悪い子は読まないでね』だ」
「随分と、上から目線な表題にゃん。……量子力学って、にゃに?」
「う~ん。あのな、ツバキ。世界は〝量子〟と呼ばれる、とっても小っちゃいもので出来ているんだ」
「ちっちゃいニョ?」
「そう。目には見えないほどに小さくて、その量子は〝粒〟と〝波〟、両方の性質をあわせ持っている。しかし不思議なことに量子は、観測が行われているところでは粒に、行われていないところでは波になってしまう。それら量子が起こす現象を研究する学問が量子力学で……量子が粒であったり、波であったり、その変化の理由を解き明かせれば、私が使う魔法にも応用できそうな気がするんだけど――」
「そんにゃの、すぐ分かるニャン」
「え?」
「ご主人様。アタシたち、1ヶ月の間に数回、村の食堂へお昼ご飯を食べに行っているよネ?」
「ああ。支払いは、月末にまとめてしているよな」
「アタシは食堂でいつも高級猫フードを頂いているニャン」
「あれは値段が高いから、毎回少ししか食べさせてやれなくて悪いな」
「構わないニャン。アタシ、ご主人様が仕事で村の外へお出かけしたら〝チャンスにゃ!〟と思って、食堂へお邪魔しているニョ」
「へ~」
「観測者が一緒の時は、高級猫フードの量はつぶつぶチョッピリ、観測者が一緒じゃ無い時は、高級猫フードの量はなみなみタップリにしてもらってるのニャ!」
「ほ~。道理で、最近は食堂への月末支払額が多くなっていると思った」
「量子さんもアタシと同じで賢いから、状況に応じて、粒になったり、波になったりしてるに違いないニャ」
「ツバキも量子も、観測者の悩みの種になっている点は同じだな」
「にゅ?」
「……良し! 今からツバキに、量子力学関連の実験に付き合ってもらおう。ツバキ、この箱の中に入れ」
「箱?」
「そうだ。ツバキが入ったら、箱のフタを閉じる。開けてみるまでは、ツバキが生きているのか、死んでいるのか分からない状態になる。この思考実験のことを『シュレディンガーの猫』と言うんだ」
「アタシ、生死不明になるニョ?」
「うん」
「それ、『シュレディンガーの猫』じゃ無くて、『シャレにならないニャーの猫』にゃ!」
「大丈夫」
「シャレにならないニャ~!!!」
※《シュレディンガーの猫》の実験において、箱の中に入っている猫については〝生きているのか、死んでいるのか、状態が分からない〟では無くて〝生きている猫と死んでいる猫、両方の状態が共存している〟とするのが、正しい見解みたいです。……正直、難しすぎてよく分かりません(汗)。
♢
「ツバキ、何も心配は要らないから、箱の中に入れ」
「心配だらけニャン」
「箱の内部には《商売繁盛》のおふだが貼ってあるから、安心だ」
「そこは、せめて《家内安全》のおふだにして欲しかったニャ」
「私は、お前のことを娘のように大切に思っている。危険な目に遭わせるわけがない」
「ご主人様……」
「これが本当の〝箱入り猫〟!」
「やっぱり、箱の中に入るのは遠慮するニャン」
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※読者様からのご提案を受けて、以下の〝前書き〟の内容をこちらへ移しました(2022/12/11)。
◯登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。王国にある村の、すみっこで暮らしている。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
◯注――コンデッサたちが居る世界は、現代より数億年経ったあとの地球です(物語の舞台は、かなりテキト~な設定のヨーロッパ中世風・異世界になっています)。古代の地層より、しばしば旧世界(現代の地球)の叡智が詰まった器物や書籍が発見され、オーパーツとして研究・活用されています。
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