よくある告白とカウンターパンチ
「またフラれました、センパイ」
カウンターに突っ伏し、開口一番に彼女はそう言った。自分が来る前から飲んでいたようで、既にブランデーと思しきグラスは空になっている。
とはいっても、彼女は酒にとことん強いのでそこまで悪酔いすることは無いだろう。隣の席に着きながら、店主に焼酎の湯割りを注文した。
「で、今回の理由はなんだったんだ?」
「想像してた私と、違うんですって」
後輩はむくりと顔を上げた。ずっと泣いていたのか、目が腫れている。
「君はB級グロホラー映画でバカップルが殺されたのを見て『はい来ました!』って喜ばないし、守ってあげたくなるほどかよわいし、いつでも甘えさせてくれるし、何をしても笑ってくれる……!」
一息で言って、彼女はもう一度机に突っ伏した。
「残念! 私はそんな人間じゃありません!」
そんな人間じゃ無かったようだ。確かにコイツ、アホみたいな低予算ホラー映画が好きだし、精神的にタフだし、お笑いには妙に厳しいよな。
いわゆる“価値観の違い”というやつである。やむなし。何はともあれ、慰めてやることにした。
「そうだよなー。みんなお前のゆるふわ外見に引きずられ過ぎだよなー」
「ですよ! 人はもっと本質を見るべきです!」
「そもそもお前がそういう見た目なのも問題じゃねぇのか」
「じゃーどうしろってんです。立体的に内臓がゲロゲロ出てるように見える秘蔵Tシャツでも着てろってんですか」
「極端なんだよ。なんだその気持ち悪いTシャツ」
「人のセンスを貶さないでください!」
「持ってんのか。どこで買うんだ、んなゲテモノ」
「通販で衝動的に。あのシャツ、アプリに連動して内臓が動くんです」
「いらねぇいらねぇ。燃やせ燃やせ」
後輩は唸りながら両腕に顎を乗っけている。確かに、これでは当分彼氏などは望めないかもしれない。ブランデーのおかわりを頼む後輩の頭を一つ小突いた。
「痛いです」
「元気出せよ」
「センパイがおごってくれたら元気出るかもしれません」
「甘えるな。飲み代払っておうちに帰るまでが失恋です」
「それじゃ、おうち帰ったらもう失恋終了なんですか」
「どっかで切り替えないとな。早いに越したことはないだろ」
「なるほど。天才ですね」
「だろ。なんでNASAが未だ俺に目を付けてないのか不思議」
「利益生まないからじゃないですかね」
「びっくりした。手のひら返しが早ぇのなんの」
ようやく、ふふふと笑い声が聞こえる。良かった。思ったよりも傷は浅そうである。いつもの光景に安心し、わからないよう安堵の息を吐いた。
そのわずかな気の緩みが、いけなかったのかもしれない。彼女の名前を呼び、ぽろりと言葉をこぼした。
「俺にしとけば?」
一瞬の沈黙。その沈黙は自分が引き起こしたものだと気付くまで、しばらくかかった。
「……え、なんて?」
「いえ、こっちのセリフですけど」
後輩は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。おそらく、今の自分も似たような顔をしているのだろう。
「失恋の痛手につけ込むとか酷すぎねぇか」
「センパイ、ブーメランしてますブーメラン」
「動揺してる」
「なんとなくわかりますが、動揺も本来私がすることであってですね」
「さっきの俺、なんか乗り移ってなかったか? 失恋につけ込む悪霊みたいなやつ」
「ピンポイントな悪霊ですね。どんな未練残したらそうなるんですか」
「失恋につけ込んで恋人作ろうとしたけど、その腐った性根をことごとく見抜かれ孤独に死んだ人間とか」
「ありうる……」
「ゼロじゃない……」
「それじゃあ、さっきの言葉はその悪霊のせいですか?」
グラスにもたれ、後輩はこちらを見る。少し考え、頭を横に振った。
「や、本気」
「なんでちょっと間があったんですか」
「悪霊追い出してた」
「設定引きずりますね」
「っていうかお前はいいのか? 告白されたんだぞ」
「……一つ問題があって」
「なんだ」
「センパイと付き合ったら、フられた時に相談する相手がいなくなります」
「……」
友達、いないのか。
「違うんです。私は孤高なんです」
「悲しい言い訳だな。まあフらないから大丈夫だぞ」
「初めはみんなそう言うんです! おっきい釣り針! 美味しそうな餌!」
「今にも釣られそうなんじゃねぇか」
「……なんというか」
後輩が両手で自分の頬を押さえる。そのせいで、彼女がどのような表情をしているのか読み取りづらくなった。
「なんというか、センパイらしくない、ベーシックな口説き文句ですね」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「もっとこう、変化球でくるかと」
「変化球?」
「例えば私が何らかの組織の人質になって、で、危うくといったところで助け出して、その助け出すどさくさに紛れてキスみたいな」
「俺そんなハリウッド仕込みの男だと思われてんのか?」
「とにかく、こんな雰囲気満点のバーでありがちな告白をいただけるなんて普通過ぎて驚いています」
「えー…お前、そういう面倒くさいところがフラれる原因になってんだぞ」
「やっぱりフる前提なんじゃないですかー!!」
「そういう話じゃねぇよ! さてはお前だいぶ酔ってるな!? 俺が来るまでどんだけ飲んでたんだ!」
相当お飲みになってらっしゃいましたよ、と後輩のブランデーと俺の焼酎を運んできた店員が告げる。どこから聞かれていたのやら。それはともかくとして、コイツである。悪酔いはしないものと思っていたものだから、ここまで取り乱されると動揺してしまう。
……実は、かなりその彼氏とやらに入れ込んでいたのだろうか。
気づかれないようにため息をつく。そして、焼酎に口をつけながら言った。
「未練があるなら、もう一押ししてみりゃいいんじゃねぇの?」
「もう一押し?」
「その彼氏にだよ」
「……未練なんて」
無いですよ、と消え入りそうな声で言う。その反応だと本意なのかそうでないのかわからない。
「だって、私が好きなのはセンパイですもん」
後輩はブランデーに顔をうずめている。年頃の女性のすることではないが、今は置いておく。
「そんなら他の男と付き合うんじゃねぇよ」
「だって、付き合えるなんて思わなくて。私なんかが。だったら、今までの関係のままがよくって」
少々ろれつが回らなくなっている。
「……好きですよぉ、好きですセンパイぃぃ」
えっえっえっと嗚咽が漏れてきた。
え、ここで泣くの?。
「うぶえぇぇ……ひぐぅ、もぐぅ、ひゃぶうええぇぇ」
「相変わらずびっくりするぐらい可愛くないな、お前の泣き方」
「ええぅあぎゅ……だ、だまごやぎ……」
「はいはい、卵焼きな。食べたいんだな。すいませーん、卵焼きください」
「ほらぁ! 私がごんな泣き方じででも、ゼンパイいつもと変わらないじゃないですかあぁ!」
「いや、そりゃまあ、それがお前だし」
「ぞんなどころですよぉ! いっつもいっづもー!!」
「お前泣き上戸だっけ」
「面倒ぐざいって言いながら、ぞやって世話焼いてくれでぇ! ぞれがどんだげ私を好きにざぜるかぁ!」
「知らねぇよ」
「なんっでそんなクールにいられるんでずか! あなだ私のごと好きって言っだじゃないでずか!」
「そりゃ好きだけど。お前がそんな状態で俺まで錯乱したら誰が卵焼き受け取るんだ」
「飲み屋ざんはぞういう人に慣れでますから大丈夫でず」
「いきなり正気に戻るな。びっくりするだろ。つーかそういう了見が世の中の飲み屋さんを苦しめるんだぞ? ほら、鼻かめ。ティッシュだ」
「ずびーん」
「ためらわねぇな。俺ほんとお前のそういうとこ好きだわ」
「おみず」
「それ俺の焼酎な。紛らわしいから、よけとこうな」
悪酔いしている後輩を制しながら、自分は焼酎を飲む。しかし、大いに酔っ払ったものである。いや、普段からこんなだったっけ。ん? さてはシラフなのか?
考えを巡らしていると、ようやく後輩が顔を上げ、泣き腫らした目と視線が合った。
「シラフですかセンパイ」
「なんでお前が聞くんだ。俺がシラフなのは当然だろ。ここ来てからほとんど飲んでねぇんだぞ」
「あ、あまりにも夢みたいで。でなきゃセンパイ泥酔してるとしか」
「なんだ、やっぱりお前結構しっかりしてるじゃねぇか」
「私、お酒強いんですよね」
「知ってる」
「でも、お酒の力を借りてはしゃぐのは好きなんです」
「さっきのはしゃいでたのか。感情表現どうなってんだ」
その言葉に、少し目を伏せて、笑う。そして、今度こそ真正面に向き直り、後輩は言った。
「好きです、センパイ」
改めて、なんだこいつは。
「さっきも聞いたぞ」
「晴れて両想いとわかったので、何度でも言いたくて」
「散々人の告白をありきたりだのなんだの言っておいて、自分は超スタンダードじゃねぇか」
「私はいいんですよ。男の人のほうが趣向を凝らすのは平安時代から不変の文化です」
「しおらしく待つタイプじゃねぇだろお前」
「ええ、そう言われてみれば、今までの私は私らしくなかったですね」
ぐい、と自分の手が引かれる。両の手が、彼女の濡れた頬にあてられる。自分の手の中で、彼女はおかしそうに笑った。
「これから、ガンガン攻めていきますから!」
「何の宣言だソレ」
つられて笑うも、なんだかうまく顔が動かない。多分、自分もこんな状況に驚いていて、喜んでいるのだ。他人事のような感情についていけていないのを悟られないよう、無理矢理笑って見せた。