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緑の雨  作者: 二笠
蒼翼の人柱
95/97

091

 天精国とかいうプレイヤーが建国した国家には私達先遣隊のメンバーも関わっている。というより、プレイヤー側から是非にとお声が掛かったらしい。

 現在も先遣隊として現地で活動している隊員の殆どがドラグ族のアネキさんのような冒険者だ。騎士団員は母様が帰国したと同時にほぼ全員が帰参している。残っているのは魔術師の騎士団員数名であり、近衛兵は一人もいない。

 彼らは国家基盤の策定と周辺環境の調査を合わせて取りまとめているのに現地に残ったが、実際に現地を歩いているのは冒険者だけだ。なので、プレイヤーからすれば冒険者たちの顔だけ見知っているだろう。その内の顔見知りには私達も含まれている。


「城クエストの発行で随分と周辺地理がハッキリしてきましたね。意外と生きている遺跡が多い。地下施設があるのは母様の調べで分かっていましたが、これだけの地下施設を何のために造っていたのか・・・」

「妃殿下が世界樹の根の代わりと仰っていたのが気になりますが、そうしますと養分を吸い上げた先が何処なのか判りませんね」

「養分を吸い上げる建造物、か。百年前の国だというのに旧帝国というのは恐ろしい技術を持っていたのですな」


 私の言葉に魔術師団員が反応するが、現時点では遺跡の存在意義が判然としない。母様は恐ろしい予測を立てていたが、確信した様子では無かった。旧帝国が世界樹の為に環境構築をしていたとでもいうのか。


「引き続き調査を続けてください。塔に侵入するための資格とやらも明らかにせねばなりません。そちらの情報収集もお願いします」

「「「はっ」」」


 彼ら彼女らが、以前と比べて私を見る目に熱がこもっているのは気のせいだと思いたい。本来の体と違って、この少女の体は人の眼を無駄に集める。何だかやりにくい。



 ◇◇



 南の城の会議室を出るとノルディックが廊下で待っていた。一人なのだろうか。ランドウとルデルが居ない。


「やぁ、用事は済んだのかい」

「はい、さっき来たばかりです」


 ノルディックは午前中、母様と城に居る事が多い。仕事の手伝いではなく、暗黒魔法の勉強だそうだ。エンバーとコールのどちらかが付き添って、母様に魔力制御のコツを伝授してもらっていると聞いた。

 母様自身は暗黒魔法を扱えないが、扱い方は竜魔法の方が難しいらしく、そっちを使える母様になら問題無く師事できるらしい。今更だが、どうして母様は竜魔法を覚えているのだろうか。我が母ながら意味が解らない。


「そういえば、シージが楽し気にしていましたよ。拠点近くの森で面白い遺跡が見つかったとかで」

「あの辺は捜索済みじゃなかった?」


 要塞のような石造りの道を歩くと、二人の革靴の音が狭い廊下に響く。私の足音が軽いな。


「地中に埋まっていたそうです。ブラウが遊びに来た時に森を案内していたら見つけたと言っていました」

「何でブラウが来たのかは置いておくとして、母様は地中探査をしていなかったのかな」


 塔の周辺だけ地中探査をしていたのだろうか。


「偶然だと言っていましたし、もしかしたら隠蔽されていた物が解除されたとかでしょうか。お義母様も大陸の端まで調べる余裕はなかったらしいですから」

「そうなのか。見に行ってみようか」

「はい!」


 嬉しそうに両手を胸の前で合わせる動きがイルシャを幻視させる。うん、イルシャを知らない人が見たら、違和感たっぷりな女性の仕草だな。その事を指摘せずに出発の準備をしていると、ランドウとルデルの二人もやってきた。追加で二人ほど連れてきているが。



 ◇◇



 鉄塊とでもいうべき巨剣を地面に突き刺し、マッチョな大女が獰猛な笑顔を見せる。身長は軽く二メートルを超えて、ライオンのような金髪をカチューシャで後ろに流している。


「待たせたな!さぁ、出発だ!!」

「ふふふ」


 豪快な巨女の隣には母様と同じくらいの背丈で、カラスの濡れ羽のような髪色をした色男が黒い長杖を手にして並んでいる。何やら楽しげなのは久しぶりに夫婦で冒険に出られるからだろうか。


「よ、よろしくおねがいします」

「おぅ、前は任せろ。アルはその体じゃ小さいからな!魔法に期待しているぞ!!」


 デカい声で巨女が叫ぶ。目立つ。そして城クエ受付前で注目を集める。


「大丈夫です、私が補助しますからね」


 落ち着いた声で色男が私に寄り添う。それだけで嫉妬の眼が私達に集まる。なんということでしょう。まさか祖父母の性転換バージョンを目にすることになるとは。


「えーっと、何てお呼びすれば」

「私はエスで良いぞ」

「私はテラと呼んでください」


 国名ですか。因みにお爺様のセカンドネームはエスティマなのは偶然だし、お婆様のセカンドネームがマティラなのも偶然だ。


「では、エスに、テラ。よろしくおねがいしますね」

「硬ぁい!もっとくだけろ」

「え、エスにテラ、よろしくね」

「ああ、よろしくな!」

「ふふふ、よろしくね」


 強引だなぁ。まぁ、二人とも嬉しそうだから良いか。


「ではお二人とも、この城から発行されたクエストは受けられたようですので出発しながら説明しましょう」


 ルデルが音頭を取ると、ちょっとした騒ぎの中を私達は出発した。目的地は草原地帯の奥地、地底湖拠点近くの森林地下遺跡だ。



 ◇◇



 二人の能力値を確かめつつ、南の街から北の街へ向けてひた走る。途中の河川を渡る為の舟渡しに着くと、エスが大きく伸びをした。そういえば冒険自体は若い頃にして以来って言ってたっけ。


「やはり、外を走り回れるのは良いな。まだまだ気を引き締める必要も無さそうだし、観光気分だ」

「そうですね、誰憚ることなく魔法が使えるのは久しぶりです」


 この二人は長い間、政争に明け暮れていた事もあって、精神的に疲れているのかもしれない。父様に王位を譲ってからは伸び伸びとしているけれど、やはり城内で生活している以上は気を抜けないのだろう。特にお二人の時代は王族同士の戦いが激しかったと聞く。心休まる場所ではないのだろうな。


「いつでも同行しますから、声をかけてくださいね」

「おう」

「その時はお願いしますよ」


 フランも嬉しそうだし。フランはお爺ちゃん子だからなぁ。何故か両方のお爺ちゃんにウケが良い。逆に両方のお婆ちゃんに当たりが強い。実際に甘えているのはお婆ちゃんの方だろうけれどね。

 フランをジッと見ていると、鋭い目を返されてしまった。何で?


「今、小さい子を見る目をしていた」


 本当に鋭い。いや、私が解り易いのか。反省しよう。



 ◇◇



 手漕ぎボートでエスとフランがばっしゃばっしゃすると、オールが折れてしまった。弁償するお金を渡して逃げるように北の街に来たのだけれど、あの船頭さんには悪い事をしてしまった。

 北の街にはマナフさんの家があるというので足を延ばしてみた。服飾店らしいのだけれど、マナフさんは居なかったし、アネラさんとライエルさんも居なかった。店員さんに聞くと北の草原に狩りに出かけているらしい。

 街には宿屋という物が無く、プレイヤーは基本的にギルドで泊まるらしい。あとは街中でテントを張って寝泊まりするのだとか。身の危険を危ぶむ必要が無いから、態々宿を作る必要が無いし、亜精族は自分の家を持っているから不要なのだとか。そもそも亜精族は街を移動しないと聞いた。不思議な種族だな。


「という訳でプレイヤーに家を建ててもらおうかと思います」

「これだけ大きな街に宿が無いってのは珍しいな。生き方の違いか」


 プレイヤーは生きていると言えるのだろうか。あくまでアバターであって、死んでもいいやっていう大前提があるし、感覚を切れば虫が這っている場所だろうが寝れるだろう。寝ている間は安全地帯なら不思議な力で守られるし。だからこそ、寝床を考慮する必要が無い。


「なるほどな。外の世界からの客人とも言えるな」

「客人ですか?」

「ドワーフの古い知り合いが訪ねてきた時、城じゃなくて街内の屋敷で飲もうという話になった事がある。飲んだまま庭で泥酔して朝まで庭で寝ていたことがあったな。土の上で寝る方が気疲れしなくて済むと言われた」

「客人にとって最適な環境、ということですか」

「うむ。プレイヤーにとっては楽である事が最上なのだろうよ」


 まぁ、宿を確保して金銭を払って寝泊まりする手間と時間消費を考えると、素泊まりできるギルドか、もしくはダンジョンの中の安全地帯で寝た方が楽と言えば楽なのだろう。そういった内容を伝えるとエスとテラは納得したようだった。

 現実で考えると即物的。ゲームで考えると効率的。しかし物臭でもある。たしか、アネラさんが言うには、就寝環境によってスタミナの減り方が違うという話だったが、そう言う部分を気にしないプレイヤーが多いのだろう。そう思う事にした。



 ◇◇



 冒険者ギルドで家を斡旋してもらい、私達が稼いできた旧帝国貨幣で空き家を買うと、そこを攻略拠点として私達は北の街を出発した。太った屋台商人から色々と購入し、いざ街の外に出るとPKが数人襲ってくるが、エスとテラが一蹴してしまった。やはり戦い慣れている。


「近衛騎士じゃ相手にならないのだから、当然でしょ」

「そうだったね」


 ランドウの言う通りです。騎士団の訓練場でお爺様が戦っている姿は風物詩として耳にしている。ちょっとだけ騎士達が忖度しているのかと思っていたけど、そんな事は無かった。祖父母が騎士団の訓練場に顔を出すようになったのって、父様が王位についてからだからなぁ。私は東部評議会に忙しくて、その様子を見る機会が無かった。

 考えてみればレベル百超えしているってだけで、人類の最上位グループに入る強さだ。これくらいは当然なのだけれど、老化によるレベルの低下と、ブランクによる戦闘勘が鈍っていてもおかしくないと思っていた。全くそんな事は無かったですね。

 二人とも齢五十を超えているのに、若い。未だ四十くらいに見えるし、強い人は老化防止効果でも出るのだろうか。これもレベルの不思議だ。


「なんだか任せてしまってすみません」

「気にするな。良いストレス発散になる!」


 周囲の木々ごと切断する姿はバーサーカーだ。間違いなくフランは御爺様に似ているよ。


「そろそろ森が切れます」

「一番乗りだ!」

「ふふふ」


 森から飛び出すようにエスが抜けると、膝下までしかない下草が延々と続く草原が現れた。この辺りの魔物はまだ弱い。


「ここから真っすぐ北上します。行きましょう」

「ルデル、先行してくれ!」

「はい」


 魔物が弱いと言っても侮りはしない。二人とも冒険者の鉄則は守っている。小さな油断が怪我の元だと言う事をよく理解している。それは王族として過ごしてきた月日でも失われていないようだ。いい機会だし、先輩冒険者の背中から色々と学ばせてもらおう。



 ◇◇



 王国騎士団の剣は剛剣が主流だ。流麗な細剣を佩いて貴族らしく魅せる人もいるけれど、そう言う人は儀礼剣しか持たない。対魔物と対人どちらでも近接戦闘の役には立たないし、持っていたとしても魔法の補助具として使うミスリル製の高価な物しかない。

 大抵の人は大柄な体で大剣を扱うが、値段が上がるほどに細身の長剣になっていく。同じ頑丈さと鋭さを併せ持つのならば、軽い方が扱いやすいから。しかし、巨大すぎる魔物を相手に細身の長剣では分が悪い。重さと破壊力は比例する。当たり前のことだ。


「うりぃあぁぁぁぁあああああ!!」


 暴風を起こしながら、二メートルの鉄塊を振り回すエスが駆けていく。スレイプニルの群れが突進してこようがお構いなく肉片へと変えていく。エスは、あの剣をストームブリンガーと呼んでいたが、用意したのは母様らしい。どう見ても魔剣です、やりすぎです。


「合わせます」


 テラが杖を振るうと風の魔力が青い光となって剣に纏わりつく。暴風の魔剣と相性が良く、剣速上昇と斬撃複写の効果があるのだろう、既に何度も見た凄惨な光景が拡がっていく。

 細切れになった肉片の雨を避けて走ると、使えそうな部位だけルデルが影潜りで回収しつつ先行していく。元の体よりは動きが遅いが、随分とアバターが成長したお陰で素早い。スキルも増えた事だし、そろそろ元の体より強くなる見込みが出てきたかもしれない。


「ちょっとは獲物残しといてよ!」

「わはは!すまん、早い者勝ちだ!」

「ふふふ」


 フランの不満を祖父母が笑ってスルーしている。テラはともかくとして、エスがランドウに対して自分優先な考えを示すのは珍しい。あんなに猫かわいがりしているのに。テンションが上がって、それどころじゃない感じだ。少しだけクールダウンしてもらうか。


「まだ先は長いですから、飛ばし過ぎないようにしてくださいね」

「そうだな」

「そうですねぇ」


 スンッと落ち着いたエスに対して、同意はしてもクスクス笑うテラが少し怖い。冷静なお婆様にしては珍しく戦闘に熱が入っているようだ。

 二人は本体と同レベルだから持久力はあるだろうけれど、私達は完全に寄生レベル上げ状態だ。もしかしたら、それが狙いなのかもしれない。いや、この様子だと早くレベルを上げて相応の所に連れて行けと言う意味かもしれない。うん、そっちの線が濃厚だな。

 そんな事を考えながら草原を走っていると、巨獣が空から降りてきた。あれがエルダーグリフォンか。


「せいっ」

「お逝きなさい」


 地面スレスレまで襲撃してきた数十メートルの巨体が左右に真っ二つになると、残った肉体が旋風でバラバラになっていく。風で巻き上げられたエスが闘気を纏いながら着地すると同時に肉片が周囲にバラ撒かれた。瞬殺である。


「あ、レベル上がった。なんもしてないのに」

「ですね」


 ランドウとルデルが苦笑いしつつ走り続け、赤く染まった草原を駆けていく。その後ろを私とノルディックが追いかけた。


「目的地はまだまだ先です。気にしないで、あの二人を追いかけましょう。置いて行かれますよ」


 エスはともかく、テラは何であんなに早いんだろうと思ったら気力制御スキルをSPで取得したようだった。プレイヤー準拠のアバターボディなじゃくても取得できるのか。


 なんにせよ置いて行かれる前に走らないと、空から続く巨獣たちに食い殺されそうだ。



 ◇◇



 どうも、アネラです。エルダーグリフォン狩りを続けて数日が過ぎた頃、私達は川沿いに北上を続け、鬱蒼と生い茂るジャングルに辿り着きました。


「凄い所ね。そういえば、エアーズロックの反対側の森も似たような景色だって言ってたわね」


 そんなこと言った気がする。


「ええ、同じくらい巨大な森でしたよ。遠目に見ても百メートル越えの木々が乱立してて、ヤバ気な雰囲気の所でしたね」

「暗視持ちじゃないと碌に行動が出来無さそうじゃな。広葉樹のくせして密生しているせいで、地面に光が届いておらん。リアルでは有り得ん植生じゃ」


 ライエルが大木付近の土を掴み臭いを嗅いでいる。


「それは何をしてるんです?」

「日陰にある土なのに、水気が無く、匂いが薄い。それだけ栄養価が無いと言う事じゃ。腐葉土のような栄養豊富な土であればある程、様々な匂いがするもんじゃよ。虫の臭い、植物の香り、カビや菌糸、その一切が無い。恐ろしい場所じゃ」


 ライエルが掌から落とした土は、ボソッと塊となって落ちる事は無く、サラサラと砂のように撒かれている。


「だというのに、大樹が在り、下草が生い茂っておる。この木は何を栄養にしとるんじゃろな」

「生き血とかじゃないかしら」


 ライエルの疑問に答えたのは、ニヤリと怪しい笑みを浮かべたマナフだ。生き血を啜る樹木か。それが本当かどうかはともかくとして、普通の森じゃないのは確かだな。


「調べてみましょう」

「うむ」

「木に襲われないようにしないとダメね」


 私とライエルでマナフを睨むが、我関せずとマナフは笑みを浮かべている。何が楽しみなのやら、マナフは森の奥を見ながら歩いて行った。



 ◇◇



 私の仕込み杖で下草を払いつつ大樹の根を昇り降りして進んでいく。根の太さが私の背丈より高い位置にあるので、時折潜ったりもする。ヒンヤリとした空気が冷や汗を更に冷やし、首筋から背中にかけて滑り落ちた。砂のような地面なのに、森の空気は湿度が高い。少し動いただけで汗が流れる。その汗も暑いだけが要因じゃない。


「見られてますね」

「うむ」

「ゾクゾクするわね」


 このオカマは森に入ってから、ずっとこの調子である。ホラー系が好きなのだろうか。


「ライエル、マップに何か出てますか」

「出てはいるが動かん」

「動かない、というのは」

「マップは北半分が森になるように縮尺表示しておるんじゃが、森の中が真っ赤じゃな。つまり、全域が敵だらけで動きが無いと言っておるんじゃ」

「ヤバいですね」

「やばいじゃろ」


 私もライエルもおかしくなったのだろう。ニヤリと笑って目線を合わせた。


「ま、進むしかないんですけどね」

「じゃな」


 城クエストが更新され、レベル百五十までの内容が限定プレイヤーにのみ公開された。つまり、私達のような先に進み過ぎてる連中を対象としたコンテンツだ。巨大樹の枝を採集してくるクエストだが、大木を見上げても枝がある場所まで数十メートルはある。


「あれ、どうやって取ります?」


 小休憩で水を飲みながら上を見上げると、マナフも上を見上げた。ライエルは周辺警戒を続けている。


「昔はロープを使って樹を抱えるようにしながら登ったらしいわよ。やってみたらどうかしら」

「サイズ感が全然違うじゃないですか」


 大樹の直径は十メートルオーバーだ。そもそも抱えるんじゃなくて、セミのようにしがみ付くと言った方が良くないかな。掌から細かい爪でも生えないかな。スパイダー的なあれで。


「魔法で浮けないのかしら」

「土の元素魔法に軽く浮遊するものがありますけど、あの高さは無理です。高すぎるとゆっくりと落下するだけですし」

「レベル百を超えたのに使えないわね」

「まだ大技導師のスキルの方が望みあるんじゃないんですかね」


 マナフのあんまりな言い草に睨みを聞かせると、マナフが立ち上がって紐付きの弓を真上に向けた。紐は太く、一センチ程度だろうか。細い帯状の紐なので縄とは言い難い。


「それ、軽いやつですか。細くて頑丈な繊維とか言ってた、あの素材の……何でしたっけ」

「ちょっと集中するから黙ってて」

「はーい」


 暫く黙ってマナフを見ていると矢に引っ張られて紐が上空に延びていった。矢を目で追うと、ひゅるひゅるとケーブルのような紐が上がっていき、代わりに打ち上げた矢が落ちて来る。が、しかし矢は何かにぶら下がるように空中で静止した。


「後はアレを・・・」


 マナフが腰に付けている鞭をバラバラと解して、空中で躍らせると、一瞬だけ高い音が鳴り、空中で止まっている矢に鞭を巻き付けて一気に手繰り寄せる。同時に紐が上空に延びて行ってマナフの手元には二本の紐が収まった。


「凄いですね。これで登ろうとしてるんですか」

「ライエルがね」

「マナフは?」

「あたしより軽いライエルが登らないとダメでしょ。そんなに強度も無いし」


 言われて見上げると、数十メートル上空の枝には一本の紐が括り付けられている。紐はまだまだ長く、もう一往復できるくらいは地面に束となって余っている。つまりはそういう事だ。


「それで、ワシの体に巻き付けて、マナフが反対の紐を引っ張って持ち上げると?」

「分かってるじゃない!」

「アホか!襲われたら身動きできんじゃろが!」

「そこはアネラが守れば良いのよ。大魔導師なんでしょ」

「まぁ、元素魔法とか防御用の魔法は増えましたけどね・・・」


 私の横に風獣を召喚して撫でていると、掌に鼻先を押し付けてフンフンしているのを好きにさせる。

 因みに『エルダーグリフォン罠嵌め狩り』を繰り返した事で、私達はレベル百を超えた。その際にクラスが魔賢師から大魔導師に上がったのだが、大〇導師系はスキル本が要らないらしい。あり合わせの基礎スキルを合成したようなスキルだからなのか、基礎スキルが最高レベルに到達していれば、勝手に新しいスキルが生えて来る。

 新スキルに必要な基礎スキルも判明したけれど、それらをすべて取得するには大量のSPが必要だし、それらをSPで育てるには更に大量のSPが必要だ。自力で覚える方がマシだと思う。


「風獣で護衛させつつエンチャ入れてくので、我慢して縛られてください」

「大抵の攻撃には耐えられると思うがのう。餌にされるようで気分が悪いわい」

「登ったら足場の先を切り落とすのよ。サクッと頼むわね」


 良い笑顔で言うマナフに、殺人鬼のような顔で睨むライエルを見つつ、私は付与魔法でライエルを強化していった。



 ◇◇



 ルデルを先頭にエスとランデルが森を進む。その後ろに後衛組三人が同じ歩幅で進む。まるで大森林最奥部のような異常な森を進むと、エスが大きく息を吐いた。


「トレントだな」

「ここまで巨大だとは思いませんでしたが、間違いなくトレントですね」


 エスの言葉にルデルが返す。周囲に乱立する巨木は全てトレント種だ。魔力の流れも魔物特有のものだし、母様が言ったようにトレントは周囲の地面から栄養を奪いつくす。森の奥に進むほど枯草と砂が増えていく。入口の下草は草原に近い為に、なんとか生き永らえていたという事か。


「目的地はこの森の中心部だったか」

「はい。そこに発見した遺跡があるそうです」

「了解だ」


 背中の剣の位置を直したエスが、そう言って先に進み始めた時だった。遠くから振動音と爆発音が聞こえてきた。


「誰かトレントにちょっかいでも出したか」


 エスの疑問に誰も答えられない。ルデルはマップを確認しているのか、目に闘気を集中させつつ時折視線を泳がせている。


「・・・恐らく、アネラさん達です。確認に向かいますか?」

「行こう」


 私が言うと、ルデルは大樹の影に飛び込んだ。それを見届けるとエスとランドウが駆けだす。私が召喚した風獣にテラとノルディックを乗せ、私が一番前に飛び乗ったと同時に浮遊感が私達を襲った。



 ◇◇



 切っ掛けは予想通り、枝を切断した瞬間だった。これまでノンアクティブだった周囲の巨木が、一斉に襲い掛かって来たから大変だ。枝が地上に落下すると同時に金切り声が周囲を覆いつくし、召喚していた風獣が消えてライエルが闘気を纏いながら落ちて来た。

 大樹を蹴りながら横っ飛びに降りて来るライエルを見上げつつ、合図を出してマナフにハンドサインを見せる。元来た道を確保するべく、石壁を魔法で作り出そうとしたが発動に失敗した。

 同時にライエルが私の横に来て闘気を周囲に広げていく。耳鳴りがする中で周囲の地面が揺れて巨木の根が次々と地面から引き抜かれつつ、それらが私達に襲い掛かってきていた。

 ライエルの闘気の盾に守られながら、引き返そうとするもすでに道は無い。大量の根が元来た方向から迫ってきて埋め尽くされていた。それを視認したと同時に私の横を火のついた矢が飛来して、根を焼き尽くす勢いで燃え広がる。まるでナパームのようだ。

 だが、周囲に引き続き鳴り響く金切り声のせいなのか、炎は瞬く間に消えていく。さっきから魔法が発動しないのはコレのせいなのか?

 耳が遠くなった状態では声も届かない、ライエルの闘気と巨木の根が舞い踊る中、素早く周囲を見渡して脱出口を見つけ出した。マナフにハンドサインで指示を出し、再度ナパームを指定場所に打ち込んでもらう。

 着弾と同時にライエルの肩を叩き、ハンドサインで同行するよう伝えると、ライエルが殿になって進むと返事が返ってくる。軽く頷くと砂巨人の時のように私が先頭となって走り出した。今回はマナフが横に着く隊形だ。

 爆炎は一瞬で消し去られたが、道は開けたらしい。開けた道を進むと次々と巨木が反応して根を地面から引っこ抜き始める。巨大な根の動きだけでマンティコアのタックルよりも被害が大きそうだ。

 根を躱しつつ森の奥へ奥へと進んでいく。すると次第に金切り声が弱まって来たことに気付いた。


「エンチャント!」

「やっちゃいなさい!」


 後ろは見なくとも足音でライエルが居るのは判断が付く。手だけ後ろにやって強化魔法を私達全員に掛け直していく。風獣は召喚まで一分ほど時間が掛かるのでこの状況では難しい。というよりも根を躱しつつ逃走しながらとか、集中力が持たないから無理だ。


「マナフ、スイッチせぃ!」

「3,2,1、今よ!」


 殿をマナフと交代したライエルに回復魔法を使うと、緑色の光が細かい傷を癒していく。その間、ライエルはマップスキルで周囲の状況を探り始めた。


「このまま北上すれば何やら広場に出るぞい。そこまで走り続けるんじゃ」

「そこに、なにが、あるって、いうのよっ」


 マナフが後ろに爆裂矢を連射しながら文句を言っているが、私は会話する余裕すらない。レベルが上がっても貧弱って、どうなの。


「しらんっ、走れ!」


 マナフが後ろで何か言っているが疲労で良く聞こえない。というか途中でコケてマナフに拾われて荷物みたいに運ばれてからは、回復魔法を連発する以外に何も出来なかったです……。



 ◇◇



 肩に担がれた状態のまま、マナフは地面に両膝をついてそのまま微動だにしなくなった。暫くそのままでいると、ゆっくりと私を下ろして膝立ちのまま私と同じ目線で睨んでくる。


「体力、付けなさいよ、ねぇ。ぜへぇ、ぜへぇ、ぜへぇ」

「う、うん。ありがとう、マナフ」


 チョット申し訳なさそうに言うと余計に睨まれた。


「くっ、普通に可愛いから余計に憎たらしいわ」

「理不尽です」


 本当に理不尽です。ライエルも呼吸を整えているが肩で息をするほどじゃないらしい。周囲を油断なく見渡して、最後に元来た道を眺めている。


「どうやら行き止まりの広場じゃな。見た所、安全地帯は無いようじゃが」

「まさか、ボスエリアですか」

「砂巨人の、パターン、かしらね、はぁ、はぁ」


 マナフはまだ苦しそうだ。チアノーゼ気味になった顔が少しはマシになっているが、もう暫く回復に時間が掛かりそうに見える。ビフレストの、こういうところは無駄にリアルだ。

 そんな事よりも、広場の奥に木の根で出来た巣のようなモノがあるんですが、アレは何ですかね。中に飛行石でも入ってるんですか。


「ライエル、アレ、何か違和感は無いですかね」


 私が指さした方向をライエルが見ると、途端に薄目になって注視し始めた。


「何かの巣に見えなくも無いがのぅ。いや、巣と言うよりも繭かの?」

「繭ですか」

「うむ。蚕を知っとるか?」

「絹糸のアレですか」

「そうじゃ」


 それはつまり、中から何かが出て来るって事ですよね。


「めっちゃデカいですよ」

「めっちゃデカいのぅ。横は百メートルを超えとるぞ」

「縦は二十メートルくらいですかね」


 この広場は周囲の木々がデカすぎて狭く見えるが、野球場が四面くらいは入るレベルで広い。その端っこに私達が立ち、その反対側には巨大な根の繭がある。


「どう見てもボス戦フィールドじゃない」

「ですよねー」

「そうじゃのー」


 水筒を空っぽにしたマナフに二人で同意すると、それを待っていたとでもいうのか、絡まった根の繭がメキメキと音を立て始めた。それはまるで絡まった糸が解けていくようで、一本一本の根が剥がれて広がっていく。

 剥がれた木の根は、これまでと同様にとても太く、凄まじく長い。まるで花が咲いたかのような見た目になっていくと、中心地点から何かがゆっくりと起き上がった。緑色の、何かが。


「な、何です、アレ」

「・・・何かが丸まっているような」

「尻尾があるのぅ。首も長い」


 それはまるで巨大なコモドドラゴンのようで、胴体の太さが直径十メートルを優に超え、のっぺりした顔と巨大な口、太く短い手足、根っこが絡まって一本になったような尻尾を持っていた。しかしその頭部は特徴的な角が何本も生えており、燃え盛るような赤い瞳は恐ろしい魔力を放出している。


「ド、ラゴン?」

「嘘でしょ」

「クッ、かっかっかっか!ドラゴンじゃ!」


 私は驚きを、マナフは恐れを、ライエルは歓喜を、それぞれの感情を目の前の化け物に向けていた。


「合わせぃ!マナフ!!」


 駆けだすライエルは既に闘気を纏い始めている。


「くっ、連弾:爆裂矢!! 影縫い!」


 マナフは咄嗟に弓を構えて目くらましに連弾を放ち、足止めを始めた。


「フルエンチャント! フォースフィールド!!」


 私は合成魔法で補助だ。どう見ても私の火力じゃアレにダメージは入らない。これまでのトレントの特徴を見ても、魔法が通じるとはとても思えない。ならばサポートに徹するだけだ。


 轟音が連続で続き、火炎と煙がドラゴンの頭部を覆うと、ライエルが巨大な前足の爪に黄金の拳を叩きこむ。


「ゴガァァァァァァ!!!」


 ライエルが攻撃した直後に爆風がドラゴンの周囲に撒き散らされた。衝撃波をモロに食らったライエルは空中を回転しながら飛ばされていく。私はそれを見つつ回復魔法を右手でライエルに放つと、左手でマナフの前に立ち風の風圧でシールドを作り出した。


 敵から距離のあった私達の場所までドラゴンの衝撃波が届く前に、私のシールドは間に合ったらしい。爆風が周囲を駆け抜けていく。


「サンキュっ!」

「足止めを!」

「任せなさい!!」


 気を持ち直したらしいマナフが弓を引き絞る。目の端では、回転しながら体勢を整えて着地したライエルが、緑色の光を放ちながら駆け出している。まだまだ勝負はこれからだ。



 ◇◇



 私達は巨木の枝の上から、その戦闘の様子を眺めていた。


「なぁ、ルデル、あれってフォレストドラゴンだよな」

「ランドウが言うようにアレはフォレストドラゴンですよ。多分、シージさんが作り出した分体じゃないでしょうか」

「シージって怒らすと怖いんだよなぁ。手を出さない方が良いかな」

「放置しても良いですが、アネラさん達は全滅すると思いますよ」

「だよなぁ、あの様子じゃ竜魔法を使ったら終わるもんな」

「そうですね」


 暢気に喋っている二人を余所に、私達はどうするべきかを話し合っていた。問題点はアネラさん達が負けるかどうかじゃなくて、遺跡の調査に影響があるかどうかだ。あと、ついでに、シージを怒らせるかもしれないかどうかも重要だ。

 ドリュアシージ=エレ。母様が作り出した竜機人の一体で、見た目は人間に近いが紛れもない真龍フォレストドラゴンの一体。加齢とともに元のレベルを取り戻しつつあり、木龍としての力は私達から見ても恐るべきものがある。

 そもそも真龍の中でも土龍と木龍は長生きする事が多い為、強力な個体が多い。戦わない事で強くなれると言う反則的な存在な為、最早それは大自然の一部と言っても良い程だ。その代わり、火竜や風龍と違って殆ど飛べないというハンデがある。竜機人となった今は関係ないらしいが。

 目の前で暴れている木龍モドキは、そのシージが作り出した分体らしい。そもそもこの辺り一帯は彼女が作り出した森と草原なので、それの管理用の個体だろう。私達としてはアレを倒されるのは非常に困る。此処から西へ進んだ先に地底湖の拠点があるので、森が無くなると暴かれる可能性が出てくるからだ。


「放置で良いのではないでしょうか?」

「そうなんだけどねぇ」


 ノルディックが言う通りアネラさん達が全滅するのを見届けて、それから巣の下にある遺跡に乗り込んで調査と洒落込みたいんだけど、もしかしたらアネラさん達は木龍モドキを倒してしまうかもしれない。そう考えると目を離せないんです。


「アイツらを倒せば良いのではないのか?」

「それはそれで問題ではありませんか? アル達の知己の者でしょう。私達が止めるのは余計な疑いが掛かるだけではないかと思いますが」


 エスが脳筋な事を言っているが、テラの言う通り私達が顔を出して、更に木龍モドキの味方をするのはマズい。彼らにとってはゲームコンテンツの妨害行為に当たるだろう。


「行くとしたら救助目的です。それ以外では出られませんよ」

「うむぅ」


 唸るエスはそのままライエルさんの動きを目で追い始めた。一応、母様経由でシージに連絡しておいた方が良いだろうな。



 ◇◇



 踏み込むだけで地が揺れ、声を上げるだけで風が吹く。災害のような怪獣が前足を高く上げ、後ろ足と尾の支えで立ち上がった。その全体重を乗せた二本の前足が大地に叩きつけられようとしている。


「飛べぇ!!」


 ライエルの声に合わせて地面を蹴ると、めくれ上がった土砂が足元を流れて行った。真下に出来上がったクレーターの下り坂に着地すると、柔らかくなったドラゴンの足元を目掛けてマナフが矢を放つ。


 同時にライエルが埋まった前足を足場に一歩二歩と飛ぶように巨体を駆けあがっていた。目線の先は後ろ足の付け根。左足だ。


「フレアライザー!スタックフリーズ!」


 大魔導師になってから使えるようになった元素魔法を連射すると、一瞬で熱された鱗が直後の低温でひび割れる。マナフが足元に仕掛けた罠で動きを制すると、ライエルが止めとばかりに割れた鱗を銀色の拳で狙いを定めた。


「もういっちょじゃぁ!!シルバーナッコォォォォ!!」


 巨大な鱗が割れてライエルの小さな拳がドラゴンの肉に埋もれていく。その状態でライエルは追撃を放った。


「滅っ!波動撃!!あばぁっ!?」


 先程と異なり金色の光がドラゴンの肉の中から放たれると、血しぶきと肉片とライエルが吹っ飛んでいく。自爆気味なショタ爺に回復魔法を飛ばすと仕切り直しだ。ドラゴンがブレスの用意をしている。


「そこぉっ!」


 狙っていたマナフの連弾:爆裂矢が膨らんだ喉に刺さると、上を向いた状態でドラゴンの口から緑色のブレスが吐しゃ物となって溢れだしてきた。


「キリが無いのう!」

「ですねっ、フレアライザー!スタックフリーズ!」


 着地と同時に走り出したライエルの向かう先、後方左足の同じ鱗を目掛けて魔法を放つ。さっきと同じだ。


「毒が効けばマシなんだけどね!緑のドラゴンはどいつもこいつも毒無効がデフォなのかしら」

「ゲームのあるあるですね」


 少しずつ同じ個所を攻めて、相手の再生速度を上回るダメージを与える。現在の作戦はそんな所だ。というか硬すぎてデカすぎてガチ耐性過ぎて、他に打てる手が無いとも言う。


「ガバ耐性ボスの方が楽でいいわぁ」

「それはそれで楽過ぎとか言うんですよね」

「分かってるじゃない」

「…………」


 ギリギリの状態で安定させつつ、致命打を敵に重ねていく。良くあるゲームの十八番という奴でしょう。しかし、リアルすぎるビフレストにおいてはストレス以外の何物でもない。どうせギリギリの戦いをするなら、一発で終わる手合いが良かった。


「ぶふぉぁぁぁ」

「ヒールライト」

「もういっちょぉぉぉ」

「フレアライザー、スタックフリーズ!」


 再びライエルが飛んで行った。


「作業ね」

「同感です。ブレス~」

「連弾:爆裂矢!」


 二ブレス、一ストンプ。このボス、これしかしない。手抜き過ぎじゃなかろうか。開発陣出てこい!!



 ◇◇



 アレは安定しているというか、木龍モドキが弱いと言うべきか、幼いと言うべきか、いや、アネラさん達の戦い方が上手いんだろうな。特にライエルさんに関しては一時的とはいえ、仙気を操っている。多分、スキル発動時に制御補正が掛かって自動発動するんだろう。私も経験がある。

 そんな事よりマズい事になった。


「いえ、そうではなくて」

『なーに、それじゃ黙って見てるの?』


 木龍モドキを分体として作り出した本人ではなく、その主である母様が不満らしい。目の前で身内のオモチャを壊されるのを黙ってみているとは何事かと、そのような事を言っている。


『シージだから本人が怒ってないけど、ディーネだったら怒って暴れるわよ。それに拠点の防衛役でもあるんだから、自分達の為にもしっかり守りなさい。今後の活動に影響が出るんだからね』

「はい・・・承知しました」


 言われてみれば、この体を抜ける時は拠点に安置していることが多い。そう考えると拠点が暴かれると活動に支障が出る。最近は安全地帯に安置する事が多いので、すっかり忘れていた。

 胸元のトンボゴーレムから凶悪な魔力が薄れていくと、ルデルがアイコンタクトでどうするのかと聞いて来た。


「説得するしか無いでしょう」

「やはり、そうなりますか」


 気は進まないけどそうするしかないと思う。木龍モドキが身内だとバラすことなく、戦闘を中止させる。うん、じゃあ、私達は何者だって話になるよね。


「どうするかなぁ」

「問答無用で叩き潰す?」


 ランドウがアホな事を言っているが首を振って答える。他のメンバーは私の答えを待っている状態だ。視線が刺さって痛い。

 だが、そうやって逡巡している間に事態は動いていた。


「おい、アレは誰だ」


 と、エスが視線をやる。その先には銀の髪と銀のワンピース、銀の羽兜を被った、銀色の槍を持つ女性だった。


「かあさ、いや、違う」


 銀の女は木龍モドキとアネラさん達の間に現れると、上空に飛び上がり視線を私達に向けつつ木龍モドキの頭に降っていく。そして、着地と同時に槍を脳天から突き刺した。

 一撃だ。その一撃で木龍モドキは沈黙し、全身が樹木へと変化していく。分体の材料へと戻ったのだろう。銀の女の視線は既に私達から外れ、目の前の三人へと移っている。マズい。あれは強すぎる。


「参戦しましょう!」

「おぅ!!」


 地上数十メートルの枝から飛び降りると、落下中に銀の女とアネラさん達の戦いは始まっていた。多分、負ける。



 ◇◇



「連弾:破弓!」

「ぐぅぅぅ、手甲が持たん!」

「ヒールライト!ヒールライト!リジェネレート!」


 突如として現れた銀の槍女は一瞬でボスドラゴンを倒すと、標的を新たに私達を攻撃し始めた。一瞬だけ聖女さんかと思ったけど、長い髪から覗くその風貌が微妙に違う。確か瞳の色は蒼だった筈だし、目の前の槍女は光彩まで銀色だ。

 一瞬で接近され、僅か数秒でライエルの手甲が両方とも破壊された。アレはエルダーグリフォンの嘴から作ったハイエンドモデルなのに!


「アネラさん!!」


 眼の端に数人が近付いて来るのが見える。


「アルスかっ!こいつヤバイんじゃ!気を付けぃ!」


 ランドウさんと、凄い巨大剣を持った大女が並んで突っ込んでくる。誰だろうか、味方だと思っておこう。


「ランドウの横がエス、こっちがテラ。身内だから、攻撃しないようにしてください」

「加勢してくれるってことで良いのよね」

「はいっ」


 アルスさんとマナフが若干硬い雰囲気で会話すると、銀の女に攻撃が殺到した。ランドウ、エス、ライエルが前衛だが、銀の女は後背を取らせないで立ち回る。

 アルス、ノルディック、テラが後衛として支援しているが、どうにも魔法の効果が散らされているようだ。美味く発揮できていない。

 ルデル、私が中衛として全体のサポートにまわる。だが、事態は好転しない。


「こいつ、常に仙気を纏ってやがる!」

「こっのぉ!」


 全身から放たれる銀色のオーラは、ライエルの銀拳と同じ色をしている。ドラゴンの鱗すら砕く強化具合なのだが、それが常時継続したらどうなるか。


「母様並みの仙気制御です!」

「暗黒魔法まで通用しないなんて」

「ただの元素魔法じゃ効果がないようです」

「そもそも、動きが速すぎて弓が当たんないわよ」


 後衛組は攻撃が不通。直撃しても仙気によって打ち消されてしまう。マナフはもう、なんというか、頑張れとしか言えない。


「シルバァァァナッコォォォォ!!!」

「ぐっ」


 唯一と言っていいダメージソースはライエルの切り札のみ。それも気力制御や闘気制御を上回る回復力で、一瞬で打撲が治ってしまう。


「こやつ、仙気の消耗でHPが減るどころか回復しておるぞ!」

「仙気制御を極めると、自己治癒が発動するらしいです」


 アルスが冷静にコメントしてくれた事で理由が分かった。


「反則じゃろ!!!」


 私もそれ、言いたい。


「くっそ!迅い!」

「りぃゃああああああああああ!」


 エスが巨剣で一度防ぐ間に、高速の突きで三度攻撃される。ランドウが負けじと両手剣で受け流すが、防戦一方で二人は攻撃する暇がない。ライエルは最早脅威と思われていないのか、後ろを取られないように注意を払われているだけだ。

 助かっている点といえば、防御一辺倒な二人の武器が一向に壊れない事だろう。あれだけ強力な刺突を受けているのに罅一つ入る気配が無い。ランドウの剣と同様に、エスの武器も特注品のようだ。きっと聖女製だろう。

 とはいえ、このペースで戦闘を続けて行けば体力が持たない。現にエスは限界に近いようだ、ランドウと違って呼吸が乱れている。


「ルデルさん、何か良案はありますか」

「いえ、さっきから罠を仕掛けても全て破壊されていますので、私ではどうにも出来ませんね。影潜りすら防がれるとは思いませんでした」


 ルデルさんは斥候らしく敵の観察に注力し始めている。横に居るアルスさんが相談に来た。


「どうかな」

「申し訳ありません。勝ち筋は未だ拾えず、です」


 定期的に私、アルス、テラの三人で回復魔法を飛ばす。ノルディックは先程から精神系の闇魔法で攻撃を試しているが、今のところは効果が無い。前衛が崩れれば、終わる。


 そうして後衛組が無為な時間を過ごしていると、不意にすさまじい魔力の奔流が後方から襲ってきた。何かの余波だろうけれど、後衛組は銀の槍女を視界に入れつつ、左右に飛び去る。目の端でそれを捉えた。

 虹色の膜のようなモノから、右手、頭、全身が出て来る。それは槍女と同様に銀髪の女性だが、頭部に角を生やし、背中には緑色の蝙蝠羽を生やしていた。


「えっ、シージさん?」


 ルデルさんが驚いたように声を上げると、竜人っぽい人はにこやかに笑う。そしてこう言ったのだ。


「ケジメを着けに来ました」


 その一言の意味が解らなかった私とマナフは呆然としたが、他の後衛組は一基に散開した。それに気付いた前衛組も顔を引き攣らせている。何が始まると言うのか。


「ライエル!合わせて引け!!」

「な、なんじゃ」

「今だっ!!」


 慌てて散開し、ランドウによって運ばれるライエルから視線を外すと、銀女の両足は黒い木の根によって固定されていた。不審に思ってシージと呼ばれた竜人を見ると、足を大きく開き、背中の両翼はこれでもかと開かれ、頭の双角は蒼白く輝いていた。


「全力で、参ります!!」


 大きく仰け反った竜人は両手を胸の位置で交差し、吐き出すように前のめりになると、その可愛らしい口が開く。そして、閃光が目の前を埋め尽くした。さながらドラゴンブレスのようなモノが音を置き去りにして、前方の森を真っ白に染め上げていく。

 一秒もなかったであろう閃光の破壊は、視界が回復していくと被害の大きさを露呈した。


「な、なに、が」


 前方の森は消え去り、周囲の広場を起点として地平線まで見える程に森の一部が消えていた。その事実を確認すると同時に、私の体からは震えが込み上げてきて、良く解らない恐怖で真面に喋れなくなってきていた。


「はー、スッキリしました。それではこれで、失礼いたします」


 声のする方を見たが、既にその姿は無く、竜人は最初から居なかったかのように消えてしまっていた。


「……また強くなってる」


 静まり返る場所にはノルディックさんの言葉が一言、残るだけだ。


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