089
新大陸での調査もある程度落ち着いて来た頃、私は表向き帰って来た事になった。悪魔執事と悪魔侍女に仕事を任せていた部分も多分にあるのだけれど、どうしても私が処理しなければいけない仕事という物はある。それらを片付けてひと段落と思い、城の行政エリアを悪魔侍女コールさんと歩いていた。
「こっちは落ち着いてるわね」
行政エリアは城の玄関部と言っても良い程に雑多な身分の人間が入り混じっている。大臣クラスの人も席を設けているし、地方の代官も時折顔を出す。民政部には許可を受けた一般人も出入りするのだから、上から下まで地位のランク幅が広く、文句なのか意見なのか催促なのか分別の付かない幾つもの声が飛び交う。
「これが日常ですので」
悪魔侍女のコールが澄ました顔でそう宣う。時折小声で聖女王妃と噂されつつ大きなホールを歩いて観察していると、見知った顔が近付いて来た。女帝の息子だ。
東の農業侯爵にして王家を除いて最大の武力と資金力を持つアピアミア侯爵家の嫡男。名を・・・何だっけ。いいや天瞳スキルで確認しよう。ジッとステータスを覗いていると、ローランド=(略)=アピアミアが話しかけてきた。
「これは王妃様、民政部にお越しになられるとは珍しい。何か御用が御座いましょうか」
顔が厭らしいな。この男は現在、働き者の母親の命令で行政部と民政部のお勉強中らしい。アホみたいにプライドが高いので、毎日舌打ちしながらお供の下位貴族達に丸投げしているが。恐らく何も身になっていないだろう事は想像に難くない。正に親の心子知らず。
「民政部が発足して10年ですからね。少し様子を見に来ただけですよ」
レオンと結婚して王妃の位を戴いた際に、都市開発以外でも色々と手は出させてもらっている。以前は行政部だけが国と領主との繋がりだった。民と国政の接点は皆無だったのである。代官が民の要望を取りまとめて行政部に持ち込んだり、民の代表者が嘆願書を持ちこんだりという形は民政部を発足させてから始まったものだ。
それまでは『王侯貴族の言う事は絶対である』といった風潮が根強かった。当然、王侯貴族は民を知らず、民は政治を知らずといった状態でお互いに思い違いをしている部分が多かった。
レオンは小さい頃から脱走していた事もあってか、ある程度は市民の生活ぶりを知っていた。それでも、誰かに守られながらだったので細かい部分に目をやる機会など皆無だった。それじゃ賢王には程遠いと言う事で、私から一言助言させてもらった次第である。
その結果、城の人間の仕事量が激増したのは私のせいではない。積もり積もった物が一気に吐き出されただけだ。私のせいではない。
「王妃様の民に対する慈愛の心は尊志に値致します。我々も見習わなければなりません。宜しければそのお心のありようを我々にもご教示いただけないでしょうか。サロンでテーブルを囲みながら・・・」
ネットリとした目で極大の嫌がらせにしか見えない笑顔を向けられてしまった。目線は胸。濃い眉毛は遜ったような八の字。あとニヤけた口元が気持ち悪い。あんなにサバサバした女帝から何でコレが産まれ育って来たのか不思議でならない。
「結構。それより執務に戻りなさい。奥に居る大臣が睨みつけているけれど、あれは其の方の上司ではなかったか?」
抑揚のない声で言い放つと、口元を強張らせながら彼は振り返って私の視線の元を辿った。民政部と行政部を束ねる下位大臣が青筋を立てながら、不満げな女帝の息子とその一味を連れ去っていく。
「教育が上手くいく事を願うわ」
まぁ、代々のアピアミア家は女性しか当主に成れないのだけれど。
「あれは無理でしょう。頭が悪すぎます」
無表情で言い放ったコールの足元には暗黒魔法の魔力がユラユラ動いていた。
◇
この大陸が統一され、かつてのエステラード王国は帝国へと名を変えようとしている。今はその準備期間だ。北の魔導国は魔導議会へ、東の評議会は首長連邦へ、西のメルトラ公国は解体され、南のエステラードが主導している立場である。それらの地域は今尚、世界樹の根が山脈となって大地を隔てている。まぁ、今は地下と空で繋がっているけれど、それでも一般人がおいそれと移動するには費用が嵩む。大店の商会と貴族が大荷物を持ってあっちこっちに動いているだけだ。
エステラード王国本城のバンドラール城では月に一度は大物達が顔を突き合わせて明日の国家を良くするために言葉を交わす。新設した議会場は千人を超す議席に覇気を撒き散らす人間が埋め尽くしている。
「なればこそフォルタンのドワーフ達には評議会に派遣を!」
「公用魔導車の配分がおかしいのではないか!我々メルトラがあからさまに少ない!」
「魔導院への派遣を望む者がエルフに増えてきております。人員枠の御再考をお願いいたします」
「造船局がエステラードにしか無いのは問題かと。災害を想定して分散すべきでしょう。我ら魔導議会にて協力させてください。」
「評議会にて新たな闘技場・・・いえ、催行場の建設を予定しております。例年の統一大会の持ち回りをしたく!!」
「魔導院を分化してメルトラと魔導議会に支局を作るべきかと」
もう、両目に利と権の字が書かれている人ばっかりでウンザリするけれど、それだけじゃないのも道理だから無下にも出来ない。隣に座るレオンも姿勢と表情を崩さずに呆れの篭もった溜息を薄く吐いている。大丈夫かな?胃酸出過ぎてない?
そっと渡した神癒水入りのコップを飲ませると、視界の下で議長をやっているお義父様がギャベルを叩きつけた。裁判長が持ってる木槌のアレである。効果は音が良く響く上に、鎮静の闇魔法の発動だ。魔刻紋を使った私のお手製である。
「言いたい事は解った。他に何かあるか?」
現時点で国王はレオンが、先王がお義父様が、息子のアルセウスが王太子である。先王の言葉の重さを表すように千人近い重鎮たちが黙った。その中で一人が手を上げる。ブランママである。
「冒険者組合組織の統一化を推進したく思います」
アルが皇帝になった際に私は冒険者ギルド長の椅子に収まる予定だ。その私の代理として現在はブランママが取り纏めている。日々のデスクワークに愚痴が多い。
「ここ数年で準備は整ったと考えて宜しいか?」
何でか知らないけどお義父様はブランママには尊敬の念があるらしい。ちょっとだけ喋り方が畏まる。多分、血筋とかよりも強さの部分だろうと思う。どっちも脳筋だし。
「あとは施行するだけの待機状態です。ご許可をお願いします」
ブランママの目線が議長席から、その背後にある高い位置の私達にチラリと移った。青い目にちょっと恨みがましい感じがして慌てて背筋を正した。怖い。
「後程、許可状を各支部に送る事とする。冒険者組合の統一整備を開始せよ」
予め決めておいたレオンの言葉を聞き、ブランママが立ち上がって恭しく一礼する。黒銀色のドレスが銀髪と相なって美しく舞う。千人の視線を集めたブランママが着席して一つの議題が片付いた。
あとはコレの繰り返しである。私、ここにいる必要なくね?と最初は思ったものだが、自分で提案した話が重鎮から話される事が多々あるので、自分の提案を自分で許可するという、宣伝の為の茶番染みた事も多い。形式って大事よね。
◇
私が新大陸の探索をゴーレムや探索隊に任せて戻って来たのは、サリナスティアの状態を見に来たという大きな理由がある。あと私自身が妊娠初期だからね。無理できないからね。
アドマリス=サリナスティア=ミューリオル。レベルの概念が付随していないただ一人の古代人?である。恐らくキリシアに想像された人造人間であり、新しい世界で生きる事を想定された新人類もしくは未来人と予想している。
新世界が何なのかとか、新人類とは何なのかとか、調べても分からなかったけどね!
そんな謎の塊のような少女はブランママ預かりとして、冒険者組合総本部にて生活している。
「あの子、相変わらずなの?」
「ずっとユーリが作ったアレで遊んでるよ。後は時々、起きてきて私の執務室からお菓子をちょろまかしていくくらいだね」
ポリポリとクッキーを齧りながらブランママから状況を聞いてみる。
「何だか押し付けちゃったみたいでゴメンね」
「寝ないし食べなくても平気だし、迷惑なんて思っちゃいないよ。頭も良いから言えば躾けられる。怒り出さないように気を払う程度かね」
「あと、未だに私が来ると出てこないね」
「怖いんだろ。竜気がダメなんだろうよ」
あの事件でアドマリスと戦って以降、彼女は私にあんまり近付かない。私から漏れ出る竜気を敏感に察知して、少なくとも同じ部屋に居ようとはしないのだ。昏睡から目覚めた時にあって以来、数える程度しか顔を合わせていない。
一度全力疾走で接近したところ、トラウマを抱えた幼女のように「竜怖い」を繰り返して縮こまって震え出す始末。居た堪れなくなって今はもうやっていない。今はね。
「警戒したくなる気持ちも分からなくもない。でも、もう少し受け入れてやったらどうだい?」
「6年も眠ったのは自業自得かもしれないけど、ブラウを真っ二つにしたのはまだ覚えてるからね」
「まぁねぇ・・・」
私の怒気にブランママが苦笑いしつつ紅茶を一口飲んだ。奥の部屋で「ヒッ」と軽い悲鳴が上がった気がするけれど、知った事ではない。
「あんまり怖がらせても良い事なさそうだし、そろそろお暇しとく」
「ん。今度は孫も連れて来な。お姉様が遊んであげよう」
「お婆様の間違・・・あ、何でもないです」
一瞬で真顔になったブランママを尻目に城へ戻った。そろそろ四十歳なのに見た目は二十歳前後とか詐欺だよね。ヒトのコト言えないけど。
◇
城に戻る途中で仕事終わりのアルトパパを回収して子供たちの遊び相手をしてもらった。王城の庭に差し込む日差しの下で、子供達がおじいちゃんとキャッキャして微笑ましい。その様子を見つつ私の手元にある、アルトパパの手土産を指先で摘まんで観察してみた。
何やら新しい品種の野菜が出来たらしい。見た目は唐辛子なのに、味はかぼちゃの煮つけのように甘い不思議植物だ。因みに食べるとMPが回復する。ナンダコレ。
「お父さん、これ何の種から出来たの?」
「大森林の奥地で見つかった植物を掛け合わせたから、完全に新種だな。コイツの面白い所は原種と完全に別物になってるところだ。鑑定士は原種をイミテイターナッツと言っていたぞ」
ナッツなのか、唐辛子なのかハッキリして欲しい。詳しく聞いてみると、ナッツがなる植物をベースにすると、掛け合わせた植物は必ず実が生り、その全てが甘いと言う。MPが回復する効果は知らなかったらしい。
「今度、他の種類のも持ってきてくれる?」
「まさか、そんな効果があったとはな・・・わかった」
王城のお庭で家族の会話をしていると、聞きなれた快活な女性の声が近付いて来た。
「あらぁ、アルトさんじゃないかしら!王妃様と一緒にお庭でピクニック中だったのね。あ、この間のアレ。あ・り・が・と」
女帝が芝生の上を歩いて来た。アルトパパの仕事が農作物含めた植物の品種改良という事もあって、農業王のアピアミア侯爵とは接点が多い。王国の食糧庫改め、大陸の食糧庫の名は伊達ではない。
「あれで輪作もしやすくなりましたか?」
「お陰様でねぇ。今年は例年並みの天候だったのに全体の収穫量が一割も増えたわ。あぁ、約束は守ってるから安心してねぇ」
アルトパパが少し安心した顔になる。多分、独占しない事で種を提供したという話だろう。この話に出てきた種は、土の栄養素を回復させるという無茶苦茶な種だ。しかも食料として収穫できる豆が生る。私の中では仙豆と呼んでいる。
「段々と、大陸全体で富めるようになってきたわね・・・」
私の呟きに女帝が笑う。
「あなたの理想だったものね。今は陛下の理想でもあるのだけれど」
「侯爵は違った?」
返答に困ったふりをして女帝が苦笑いしつつ顎に触れた手を抱くように組んだ。大きい胸が強調されてアルトパパの眼が誘導される。密告案件だな。
「我ら五大侯爵家は王国を支える事で利益を求めてきた家でもあるわ。それは帝国となっても変わらない」
「・・・」
そもそものエステラード王国の起こりが、英雄王の冒険者たちだからなのか、彼らは当初から利益を等分して相互に支え合ってきた。冒険者のルールがこの国を支える侯爵家と王家の間におけるルールとなっている。細かい部分は書き足されているが、それでも根本は変わらない。
王家は五大侯爵を助け、五大侯爵は王家を助ける。その強固な絆とも言える繋がりが今日まで国家を支えてきた。しかし、私が王家に現れた事によってその形が崩れつつある。
王妃にして世界最大の商会を持つ存在が、五大侯爵家の支えを必要としなくなってきたのだ。侯爵家が担ってきた事をユリアブラン商会が代行できてしまっている部分が多い。それでも、食料に関してはどうしようもなかったので女帝に助けられてきたのだが・・・。
「あの種があれば我がアピアミア家の助力無くしても、王家は、いえ帝国は問題無く生きて行けるのでしょうね。変化に寛容で柔軟な思考を持つ者ならば問題無いでしょうけれど、五大侯爵家に所属する全ての貴族がそうだとは限らないと言う事を覚えて置いて頂戴」
溢れた皿から零れた頑固者は反発し、自らに都合のいい未来を欲する。そうした者の行き場は必要になってくるだろう。
「受け皿を用意しろとでも?」
「新大陸に期待している者も多いですわ。王妃様もそのつもりで未開の地へ足を運んだのではなくて?」
無くは無いが、それだけでもない。というか、あの地にヒトが住めるのかどうか、正直なところ微妙だ。今はそれを口にしたら、受け皿が必要な連中に不安が広がるだろうから言えないけれど。
「心配しなくとも、五大侯爵家の仕事は無くなりませんよ。むしろ過労死しないように健康にお気をつけなさって下さいね」
「あら怖い。王妃様は死人が出るほどに扱き使うおつもりなのね」
それだけ言うとクスクスと笑いながら女帝がUターンして去っていった。庭に面する渡り廊下には彼女を待っていた護衛や側近が青い顔をして待っている。女帝が合流すると彼らが何やら焦った表情で女帝を問い詰めつつ、その姿を通路の向こうに消した。
「何だったんだ?」
「何でも無いよ」
アルトパパは暢気である。
◇
女帝襲来から数日後、ローランド=(略)=アピアミアが私の執務室に現れた。どうも例の種の事を聞いたらしい。危機感を持って家の仕事もこなすのは素晴らしい事だと思いたい。
「私ならメルトラの農地開発に力を発揮できます!是非とも私をメルトラに!」
メルトラは現在、土地が余って仕方がない状態だからね。人口が激減したのだから、荒れ地も増えて休耕地も増えているらしい。そこを狙うのは、メルトラの外に居る貴族達だ。彼もそのクチらしい。
当然ながら王家もそれを放置している訳ではない。入植者を派遣して農地を宛がったり、ゴーレムを貸し出す事で農作業の能率を上げたりと、産業促進に余念が無いのだ。
「メルトラの農業はメルトラの人間が既に手を付けています。あなたの出番は有りません。何よりも民政部の人間が農林部の仕事に手を出すつもりですか」
家が農業の専門家だとしても、今は部署が違うし、恐らく女帝の許可も得ていないだろうに、何のつもりだろうか。
「私はアピアミア侯爵家の人間だ!!」
「そうですか、私は国王の妻ですが。何か」
こっちは人気と権威と権力と財力と暴力の権化だぞコンチクショウ、文句あんのかと言いたい。ひと睨みするとローランド君は一歩後退った。前世代の女性軽視文化を引き継いでいるのかな。それでも私にその態度は宜しくないと思うよ。
「ご理解いただけたのなら早々に民政部にお戻りください。配下の方まで連れてきたら、民政部の方も人手が無くて困るでしょう」
流石にマズいと思ったのか、配下の面々は後退りし始めた。それでもあきらめない頑固ボーイが居る。
「何故、ご理解いただけないのです!このままでは我が侯爵家の仕事が他家に奪われてしまいます!しかも!それをご指示なさったのは王妃様だと言うではないですか!母上も将来を危惧なされていると聞く!なれば今!我がアピアミア家の為に行動する事の必然性があると言う事が!!ご理解いただけるはずだ!!!」
近付きつつ大声で喚く男に悪魔侍女のコールと悪魔執事のエンバーが私の前に立った。多分睨みつけているんだと思う。化け物二人に一般人が睨まれたら圧力で青い顔にもなるわ。後ずさりして黙った男を見て、私はその手に持つペンを置いた。持ち手が黒檀、ペン先がプラチナ製の万年筆で、ユリアブラン商会にて絶賛売り出し中です。贈答用にどうぞ。
「まず第一に、あなたはアピアミア家の当主ではない」
「ぐっ」
この頑固ボーイに私と交渉する権限は無い。おまけに此処は陳情するところではない。農林部に行け。
「第二に、土壌回復の手段として、あの種を提供した以上は各地の収穫量が上がっても農業侯の利益は遺失しない」
「しかし」
仙豆は全国に配ったからね。尚、某邪神だか魔王だかを崇めていた街も農地回復したほどの効果が出ている。これで餓死者が減るだろう。
「第三に、作ったところで農業候以上の販路を持つ家は無い。依って自産自消が各地で多少増えるだけに過ぎない。しかも年々農業候の輸出量は増えている」
「・・・」
ユリアブラン商会ほどじゃないけれど、女帝の収入って個人レベルでも王国で五本の指に入るレベルなのよね。正直に言って農業が出来なくても侯爵家として維持できるくらいにはお金持ちです。
「まだ何か理由が欲しいですか?」
「・・・何も御座いません。失礼する!」
拳を握りしめながら青い顔をした頑固ボーイは去っていった。ついでに扉の外で気絶した配下も引っ張っていって欲しいわ。漏らしてるし。
「曲がりなりにも侯爵家の嫡男ですか。我らの威圧に耐えるとは」
悪魔執事エンバーが意外そうに扉の向こう側を見つめて、そう呟いた。
「あれでレベル20はあるからね。死なないように子供の頃に上げさせられたんでしょ。おまけに精神耐性持ちだし、高位貴族の子供には良くある話だよ。Aランク冒険者によるパワーレベリング」
「なるほど。自力で上げようとはしないのですな」
「お義父様やレオンが特殊なだけだと思うわ」
普通の貴族は大森林に入ったりしないし。そう考えながら指先で空間転移の魔法陣をぐりぐりと描いていく。
「相変わらずふざけた魔力ね。また制御力が上がってる」
悪魔侍女コールに笑顔を向けつつ描き終えると、扉の向こう側の気絶者が民政部に転移していった。
「廊下は掃除しておいて」
私の命令を聞いて、コールが溜息を吐きながら扉を開けて出て行った。何が不満だと言うのか。お小水臭い廊下になんて出たくないんだからね!
◇
女帝の息子を震え上がらせた後、女帝が私に謝罪したりお悩み相談に来たりしていた。頑固ボーイはママに叱られたせいなのか、それ以来、民政部には顔を出していないらしい。豆腐メンタルか。精神耐性はママの躾には効果を及ぼさないらしい。
数日後、その女帝が暗い顔で再度現れた。私の執務室に来るなりグッタリとソファに座り込む。
「どうされました。快活な貴女が随分と顔色が悪い」
「先ほど、陛下に報告と謝罪をね、してきたのよ」
何かあったっけ・・・?
「王妃様の眼もそこまで見渡せるわけじゃないのね。ローランドが民政部から姿を消して、メルトラの屋敷に移ったわ」
「無断でですか」
暗い顔で頷く女帝。元気が出るお注射でもしましょうか。ちょっとハイになる魔導薬ですが。
「いらないわ。というか変な物作ってるのね。後でサンプルに欲しいわ」
「人体実験にご協力いただけるなら」
「やっぱり要らないわ。それでね、メルトラの行政部に許可を取らずにローランドが農地を接収したらしいのよ。騎士団を率いて」
「え、普通に逆臣では?」
女帝さん、両手で顔を覆ってしまった。クリティカルヒットだ!スンスンと泣き出した彼女にコールがハンカチを渡し、エンバーが落ち着くようにと紅茶を出す。洗練されたオモテナシコンボは同じような状況を何度も見てきていると感じさせた。この悪魔達、ちょっとだけ笑顔である。
その間に私は地方行政官の胸について居るトンボバッヂ(偽装ゴーレム)を通して様子を見ると、地方行政官は激怒中だった。執務室に固定された通信機を使ってレオンと対応について会話をしている。
話の内容から察した場所を、高高度にある天透ゴーレムで視界ジャックを行い、メルトラの地方領地代官の屋敷を確認した。そこから周辺を飛ぶトンボゴーレムに視界を切り替えて中の様子を確認すると、立派な椅子にふんぞり返るローランド君が見つかった。
ダイニングルームにある長いテーブルに上座のローランド君、向かい合わせで複数の騎士っぽい服を着た配下たちが下座に着席していた。多分、アピアミア侯爵家の騎士服だ。これは言い逃れが難しいなぁ。悪事を働くなら、せめて服装は誤魔化せよと言いたい。
視界を戻して女帝を見ると上体を屈め、縋るような眼で私を見上げていた。
「お子さん、はっちゃけてますよ」
「くぅぅぅっうぅぅぅぅっ」
更に涙は深まった。コールに凄い目で睨まれたが、顔を逸らして知らんぷりだ。
どうしようかな。私が手を出したら直ぐに解決するけれど、それをやると屋敷の地下牢に押し込められた代官一家が可哀そうな気がする。死人は居ないけど、脅して代官を監禁した時点で重罪だしなぁ。
私が出向いた場合、代官に責任追及をする人が現れるんだよなぁ。それを誤魔化す、否、説明する手間が余計だし、代官は今後、針の筵状態になるのは確定する。上司に当たるメルトラの行政官に睨まれるかもしれないなぁ。後周囲の代官から見下される可能性大。
女帝を見ていると、何だか誘拐立てこもり犯の母親を見ている気になって来た。この人も性悪ではあるけれど、害悪ではないんだよな。頑固ボーイことローランド君は害悪だけど。
どうしよっかなー、と考えているとレオンが行政部の下級大臣を伴って入室してきた。確保か。まぁ、そうだよね。
「アピアミア侯爵。事が収まるまで、こちらで指定した場所に軟禁させていただく。宜しいな?」
レオンからしたら子供の頃から知っている近所のお姉様的な扱いなので、複雑な気持ちだろう。相手が五大侯爵の一人なのでレオンが出てきただけで、本来は家臣と言えど国王が確保しに来たりはしない。
「ぐすっ・・・承知いたしました」
「泣くことはあるまい」
コールから渡されたハンカチに涙で溶けた化粧がベッタリである。見ないふりしておこう。あ、水に強い化粧品開発進めよう。そっちに頭を動かしてこの景色から意識を外すことに集中する。
「王妃様が、ぐすっ、息子の様子を見て、ぐすっ、代官の家を占拠してはっちゃけていると」
それだけ言うと女帝はまた泣き始めてしまった。事実だし、私悪くないし!ほら、レオンに困った顔で睨まれたじゃん!
「確認してくれたのは嬉しいが、本人に言う事は無いだろう」
旦那様の仰る通り。ちょっと心配りが出来ていなかったね。反省。
「うん、そうね・・・それで、どうするの?行政部で片付ける?それとも私が手を出したほうが良い?」
「代官屋敷の占拠となればメルトラの人間にも協力させねばならん。何かあった時に我々だけが動けば、証拠隠滅だのと言われかねん」
「地方領主の代官は、元々現地の領主だものね」
何かあれば内乱の種になりかねない。
「そういうことだ」
「本当に、馬鹿は困るわね」
最期の言葉が効いたのか、アピアミア侯爵は泣く事すらやめて呆然としてしまった。いや事実だし。私、悪くないし!
◇
何やかんやあって頑固ボーイは逮捕された。連れて行った数名の騎士団員はやはりアピアミア侯爵家の騎士で、頑固ボーイの幼馴染だったらしい。若い衆の跳ねっかえりという奴ですか。
その仲良しグループは地下弾道鉄道を利用して王都南にある地下駅に乗り込み、そのままメルトラで降車、メルトラのアピアミア侯爵家で用意した一団に指示して代官の屋敷に襲撃を掛けたらしい。
ローランド君のお陰で地下大陸弾道鉄道は貴族が利用する際に審査が必要になってしまった。当主は今まで通りに切符と通行許可証があれば乗れる。ただ、貴族の子で「ある程度権力がある人間が徒党を組んで行動する場合」においては何らかの事情があると疑う必要が出たわけだ。
民政部も抱える財務大臣は「余計な仕事を増やしおって・・・!!!」と恨み言を溢していた。悪事をシステムで防ぐためなので仕方がない。民政部の下級大臣が胃を抑えていたのが印象深かった。
代官たちは救出され、現在は平和に暮らしているという。幼い子も居たので、襲撃時にトラウマを抱えた子は私が治療する事になった。寝てる間に転移で強襲して闇魔法一発で頭の中を弄っただけとも言う。
女帝は罰金刑と嫡男廃嫡、及び騎士団に王家が監査を入れる事になった。他にも関税特権の撤廃など重いものから軽いものまで権利の一部を王家に取り上げられた。それでも侯爵家はそのままなので、五大侯爵家が四大侯爵家になったりはしていない。上位貴族達から見ても、怪物が化け物に弱体化しただけだ。ん?逆かな?つまり大して変わっていない。
取り上げられた権力は王家に利益を齎し、王家はそれを使って催し事を増やすらしい。国民への還元という奴だ。
「表向きはアピアミア家が利権を返上して王家に進言した事になってるから、そこまで落ち込む事はないんじゃないですか?」
私が問いかけると、ソファに深く沈みこんだ女帝が目線だけ動かしてきた。なんともだらしない姿である。
「人気取りより利権が無くなったダメージの方が辛いのよぉ。公共事業は幾つか停止、騎士団は勿論、月一のパーティも規模縮小、堪ったもんじゃないわ」
「例の種で増えた利益でトントンでは?」
ギリギリと歯ぎしりが女帝から聞こえてくる。
「えぇ・・・! そうね! 利益はね! お金以外のものは失った物が多いけどね!!!」
そう言い放つとクイッと紅茶を飲み干して去っていった。余程、ローランド君が憎いと見える。
そのローランド君だが、現在はお父さんの実験農場で働いている。実験農場は刑務所内に存在するので、今は元騎士の面々と一緒に毎日を農業で汗水流して幸せに暮らしている事だろう。あれだけ農業に拘っていたのだから、間違いない。




