088
ログインするとライエルとマナフが寝ていた。二人ともまだログインしていないらしい。テントから出て煮炊きの準備をしていると、少し離れた場所には、私達より大きなテントが一つある。
コトコトと音を立てて沸騰し始めた鍋を見つつ、その向こう側に彼らのテントを見て考えた。異大陸の人々。世界樹の管理者。ビフレスト。そして彼らの異常なまでの強さ。
奇異な状況に遭遇している私達は、何か共通している事は無いだろうか。私とライエル、マナフの共通点について考えを巡らせていると静かな気配が着席した。
「早いのう」
「おはよう御座います」
「年寄り以上に早起きじゃの。三文は得したかの」
「今はYENですよ」
「違いない。おっと今はエルクじゃったな」
コポコポと大きいカップに朝食を入れるとライエルに渡した。私の分も用意して匙で掬って食べる。味は良いんだよね、見た目はともかく。
「相変わらず不気味な青さじゃの」
「そりゃないよ、お爺ちゃん」
クックックと楽し気にショタ爺が笑う。屈託のない笑顔に少しだけ申し訳なさを感じながら次の質問を投げかけた。
「あの、ライエルは寝たきりだったりするんですか」
「なんじゃ、藪から棒に」
流石に失礼な内容である事は自覚しているが、それよりも好奇心が勝る。ライエルに対する好奇心ではなく、現状の不可思議に対しての好奇心だ。思わず苦笑いをしてしまうのも、何だかとても失礼な気がした。
「私はもう歩けないんですよね。そういう特殊な人間が集まるように、ビフレストに誘導されてるのかと思って」
「・・・ワシは最後の戦場で両足を失っての。それ以来、電動義足じゃよ。以前のように動けんが、歩けはするのう」
ま、余生をコレに費やしてるだけじゃがの、と言い残りの朝食を掻きこみ始めた。青は食欲が無くなるんだよ。ビフレストを作った奴はきっと食事を栄養摂取としか思ってない奴だ。
「じゃあ、マナフはどうなんですか」
静かに近寄ってきていたオカマに青いスープが入ったカップを渡した。
「私は引きこもり。部屋で仕事が出来るだけで、働いては居るわよ。ただ事情があって外に出られないだけよ」
「病気とか何かですか?」
「怖いのよ」
青いスープを見つめながらマナフが言葉を続けた。
「外の世界が怖い、出たくないのよ」
「私は全身不随です。でも治っても外に出ないかもしれない。いっその事、全身義体にしてもらうかな」
ふーん、とマナフが一つ返してスプーンで青い汁を掬いあげた。
「ここで格闘術の訓練でもしたらどうかしら。神経が刺激されて直るパターンもあるらしいわよ」
「かも、しれませんね」
普通はゲーム内でリアル事情を詮索するのはタブーとされている。それがVR上でのネットリテラシーだから。しかし、この状況では何となく許されると思ってお互いの事を三人で暫く話してみた。
私は二十台で全身不随になって何年も寝たきりだと言う事を。
ライエルは若い頃から傭兵なのだそうだ。怪我で引退したらしい。
マナフはずっと心の病気なのだと言う。外界恐怖症らしい。
私達のリアル世界では世界大戦やアジア各地の紛争が多発していた。核が撃ち込まれた国は日本以外にも幾つか名を連ねている。放射能を撒き散らさない戦術融合核なんてものを作り出した人間は、絶滅したいのかと思うくらいに戦争が大好きらしい。ライエルは戦争を無くす為に戦っていたらしいが、いつの間にかその為に戦争に加担していた自分を見て、ミイラ取りがミイラになったと言っていた。
マナフは所謂試験管ベビー世代だと言う。大昔に日本の少子化対策としてデザイナーチルドレンが量産された内の一人だと言う。施設で量産された子供たちは殆どが心を病み、今もまともに生活している者は少ない。
全体的に地球は終わっている。百年前から資源枯渇が致命的なレベルになってきており、宇宙難民なんて世代まで生まれてきている。ライエルは人間の自浄作用の一つが戦争かもしれないと嘯いていた。いや、自嘲かもしれない。
しかし、現実に私達のような環境に居る人間は全人口の一パーセントも居ない。その内の何人かがビフレストをプレイし、そして同じパーティで不思議体験をしている。
「妙な話じゃのう。だが面白い。これがゲームではなくとも、ワシは一向に構わぬよ。若い体で目いっぱい動けるのは楽しい」
「何の柵も無く行動できるというのなら、私はこの世界に移住したいわね。あんな・・・コンクリートとガラス管だけ見て育つような子供は、もう必要ないわ」
二人の言葉に私も頷く。これは逃避じゃない。ただの希望だ。今はそれが現実なのか幻覚なのかを確かめなければいけない。その為には・・・。
「おーっす!元気かお前ら!」
この人たちについて行ってみれば何かが解るかもしれない。
「おはようございます、ランドウさん」
◇◇
母様と相談した結果、世界樹の塔に辿り着くまでは私達だけで彼らと行動を共にすることになった。それまでは母様は私の代行で仕事をしてくれるらしい。終わった後は後処理が山積していそうだが。
「無茶しないでくださいね」
「信用ないわね! アルが担当するまで殆ど私がやってたんだけど?」
「無茶しないでくださいね?」
「・・・善処します」
「くっ」
これは後処理に追われるやつじゃないか!
こうして朝から晩までアネラ達に付き合う事になった私達は、母様のゴーレム達に仕事を分担していった。尚、イルシャの仕事は新大陸から戻って来た魔導師長(アイギーナ侯爵家当主)にお任せした。
そもそも、イルシャは近いうちに嫁入りするのだからと仕事は殆ど引継ぎ済みだったらしい。流石、先代王妃であるお婆様が褒める程の淑女だ。手抜かりが無い。
暴れるのが確定なモンスターペアレントに仕事を任せてHVRを被った。現地の状況は母様も把握しているので、昨日アネラ達から聞いた内容と照らし合わせて、例の台座までの経路や、現在地をマップに照合してくれたらしい。仕事が速すぎる・・・。
そのマップによると、私達は今のところ世界樹が乗っている塔の外縁部から二千キロほど離れた地下に居るらしい。どうやって調べたのかは教えて欲しかったのだが、黒い笑顔で「秘密」とか言う始末。だから悪魔に悪魔呼ばわりされるんですよ。
HVRのOS画面からゴーレムの視界に移ると、感覚を確かめる。問題無いらしい。何故かノルディックが私を抱え込むように寝ているのは気にしないようにしよう。そのノルディックが起きたのを確認してから一緒にテントを出た。
「おはようございます。お二人は恋人か何かですか?」
「むしろ逆ハーじゃない。どうみても逆ハーの姫でしょ。全員と出来てるに決まってるわよ」
「やっぱり、そうなのかのぅ!?」
この三人はまったく・・・。
「違います。ノルディックだけです」
一瞬、隣に居たノルディックがビクついたが直後に安心した顔になった。抱き着かれるのは嫌じゃないよ? ただ、前世の感覚を取り戻しそうになるので、なるべく控えてもらいたいだけで。ただ、本来の体に戻った時に支障が出そうなので程々にしてもらいたい。
「ランドウはどうなのかしら?」
「アルスは姉だぞ」(※実際は兄)
「まさかの弟!?」(※実際は妹)
背丈がね、私の方が妹に見えるよね。ていうか昨日と違ってマナフさんのテンションが高いな。中身女性っぽいし、この手の話は好きなんだろうな。
「ルデルさんは「従者です」従者!?」
「ルデルは私の従者だぞ」
「まさかの貴族!?」
「いや、王族だが」
「金髪青目でイケメンの王子!? なんなの、テンプレ過ぎない!?」
「おい、アネラ・・・マナフの奴、さっきから何言ってんだ」
「病気ですので、気にしないで上げてください」
「そりゃ、大変だな。お母様に直してもらったらどうだ。聖女だし」
「お母さま!!ガチお母様で生おかあさま!いいわー、掻き立てられるわぁ。最高ねアナタタチ!」
うん。前世の記憶持ちだけに、マナフさんが何に興奮しているのかを理解できてしまう。きっとこの人は乙女ゲーとか大好きなのだろう。何となく黒歴史を抉られるような気がして、記憶に封をしたい気分になって来た。
「そ、それより、今日はこのまま砂の道を進むけれど、特に問題無いですか? 特にないなら魔導車で進みますが」
「魔導車?」
「車両で移動するという事かの?」
「ルデルが視認できる範囲は百キロを超えます。その先までずっと直進する経路なので、歩くより早いでしょうからね」
そう言った後で腕輪から浮遊式魔導車を取り出すと、ふわりと沈み込んだ後でゆっくりと低位置まで上昇した。
「おお・・・反重力炉まであるんですか」
「いえ、土属性の魔力で浮いているだけです。反重力は科学でやろうとすると迂遠なので・・・」
「実現できているだけでも凄まじい技術力だと言う事は分かりますよ」
アネラさんは元々技術者だったのだろうか。やけに食いついてきて出発が遅れた。尚、キレたランドウに無理矢理車に叩き込まれたので、現在は車内でぐったりしている。
とりあえず仲良くなれたと思いたい。
◇◇
モーターの駆動音が静かに鳴る以外では静かな移動時間が過ぎていく。ライエルさんはランドウと気が合うらしい。様々な格闘術や戦闘術について延々と意見交換をしている。
アネラさんとノルディックは魔力のトレーニング方法について話し合っている。時折私に仙気制御の話を振ってくるので、二人とも近いうちにスキル獲得条件を達成してSPが足りれば、仙気制御を覚えるらしい。
マナフさんはルデルと罠について語っている。どうやら技巧師のマナフさんは私達の使う魔導具に食いついて離さないくらいに執心している。技巧師スキルがあれば更なる性能向上が見込めるとか、レベルアップに協力してくれとか叫んでいるが、ルデルの装備品は一品物が多いので許可できない。というか殆ど母様のお手製なので、壊したら私達では修理できないのだ。下手な防具より頑丈だから、壊れた所は見た事が無いのだけれど。
そんな感じで時速三百キロペースで進んでいくと、ルデルが進行方向に城を見つけたと報告してきた。
「はい、真っ白な城です」
「ダジャレでは無いのよね?」
「違います」
マナフさんの突っ込みはともかく外門も無く外壁も無い純白の城は、まるで水面に浮いているかのようだった。庭に該当する部分は水面と白い砂地なので、実際に水に浸かっているようなものなのだが。
玄関口で降りてランドウがドアノックを手に取り、そして壊した。
「えぇ・・・」
ドアノッカーはサラサラと、ランドウの手の中から崩れ落ちていった。
「砂じゃの」
「あっさり壊れましたね」
ライエルとアネラが冷静に観察しているが、冒険者組は私と同じように呆れた声を上げている。マナフさんだけはドアノブを撫でて感触を確かめている。更にドアノブを取り外して、その精巧さに感心しているようだ。
「まるで、元は別の素材だったかのように見事な砂の城ね。ランドウ、ドアも開けてみたらどうかしら」
「一気に全部崩れたりしないか?」
周囲を軽く見渡したマナフがシレっと言う。
「頑丈そうだから大丈夫でしょ」
「そっか!」
軽い遣り取りの後に芸術とも言える砂の家の玄関には大きな穴が開いた。サラサラと流れる砂は確かに足で踏み固めて来た素材と同じに見える。
「道中の道も同じように、別の何かだったと思いますか」
私がマナフに聞いてみるが、解らないと首を振った。
砂の城内部にはルデルだけが入る事になった。ランドウとライエルが入りたがっていたが私とアネラに叱られて今は正座している。
「ルデルなら崩れても影潜りで脱出できますからね」
「忍者みたいですね」
アネラさんの的を得た言葉に、暗部の次期隊長だとは言えない。実在した忍者より忍者らしいんだよね。しばらくして調査を終えたルデルが戻って来た。
「これを」
差し出してきた撮影用の魔導具を起動すると、そこにはベッドに寝ている人型の砂人形が映っていた。
「え・・・つまり」
「生きたまま砂になった、という事かの」
「この精巧さから考えても、可能性は高そうね」
アネラさん達も同じことを考えたらしい。
「ここから先は細い道じゃなく、この周辺のような平地が続いている。この辺りから先、そしてここまでの地形の差は何らかの事象が起こった差だと思うのだけれど、皆さんはどう思いますか」
私が問いかけると、実に様々な意見が出てきた。
水平方向に被害が広がる兵器の話をライエルがしてくれた。
魔法的に海底まで抉り取り、その後に通って来た道が作られた話をアネラがしてくれた。
物質置換の細菌兵器の話をマナフがしてくれた。
そもそも、ここだけ異世界になっている可能性をノルディックがしてくれた。
神々の仕業だとルデルが頭を悩ませつつ話をしてくれた。
「趣味だろ」
だが、あまりにも投げやりで適当に聞こえる、ランドウが一番正解に近いんじゃないかと思った。
「管理者の趣味、かもしれません。最も現実的な気がします」
「ちょっと待つんじゃ!管理者とやらは神か!?そんな訳あるまい!」
周囲一帯を一瞬で砂に変えてしまう。前世には塩に変える神話があったなと思い出した。
「いえ、私達の大陸では魔神が管理者でした。母様が打ち倒しましたが、それと同等以上の存在だとしても不思議ではありません。その趣向がメルヘンだったとしても可能性はゼロじゃないと思いますよ」
「そういうものなのかのぅ」
管理者がどういう趣味なのかは知らないけれど、ここにそれ以上の意味を見出せない以上は居座っていても意味が無い。塔を目指して進むことにした。
◇◇
聖女の娘を名乗るアルスさんの逆ハーレムパーティに同行して数日後、世界樹の塔の外縁部だと言う場所に到達した。景色は変わらず、延々と水面の上を滑り続ける日々だったが、時折砂巨人が襲い掛かって来たり、砂龍が何本も現れたり、それらを倒してレベルアップしたりと過ごしていた。
彼らは強かった。アルスさんは仙気制御で合成魔法を駆使して一網打尽にしていたし、ノルディックさんは暗黒魔法とか言う習得不可能な魔法で戦っていた。ランドウさんは魔法剣で凍結させたり焼き切ったりと大活躍だし、ルデルさんは何か怖かった。
私達はと言うと彼らの実力に、微かに近づいた気がする程度には強くなったが、足を引っ張る事ばかりで気が焦る日々が続く。元気なのはマナフだけだった。
「こんなに創作意欲が湧くパーティも中々ないわね! ログアウトしてから毎日一本は描き上げてるわよ!!」
どうやらAIアシスタントを駆使して毎日のように少女漫画を描き続けているらしい。尚、私は悪役令嬢一択なのだとか。良く解らないけど腹が立ったので、熟達したライトボール乱舞で全身殴打しておいた。
尚、ライエルはショタ系のアレな本の題材にされているらしい。この変態の仕事ってそっちが本業じゃあるまいな・・・。政府もデザイナーチルドレンの結果がこれでは浮かばれまい。因みに日本政府は既に無い。アジア圏が統合した結果、最終的には地球連合統一国家になった。私が産まれる前の話なので、ライエル的には懐かしさを覚えるらしい。
そんな雑談を交えつつ、私達は巨大な壁に到達したのだった。
「これが塔なんですか?」
「どう見ても壁じゃろ」
「上が見えないんだけど・・・どこまで続いてんのよ」
アルスさん曰く、観測できた限りでは高さ一万キロは軽く超えているらしい。何だその軌道エレベータは。その上に樹が載ってるってオカシイよね。
「・・・・・んで、何処から入るのよ」
「分かりません。恐らく入り口がある筈です。門番付きの」
「じゃろうなぁ」
溜息を吐く私達に追い打ちが一つ。
「恐らくですが、門番が壁の周囲に大挙して押し寄せて来る可能性もあります。私達の大陸では塔の周辺に無数の門番が居ましたから」
「それは、どれくらいお強い相手なんですか・・・?」
「今のアネラさん達がレベル80くらいですから・・・レベル100から120くらいの強さの門番だと思いますよ。少なくとも、それくらいの強さはありました」
思わず天を仰いだ。やっと魔導師にクラスチェンジしたのに、まだ上があるみたいです。ようやく魔導書のスキルレベル8相当まで習得したのに、まだまだ未熟だったみたいです。
「聞いておきたい事があるんだがの」
「なんでしょう、ライエルさん」
「管理者というのは何レベルで倒されたんじゃ? アルスの母親の聖女さんが倒した時のレベルじゃ。指標として聞いておきたい」
「レベル530ですね」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
どれだけ鍛えなければならないのか想像が出来なかったせいだろうか。ライエルとマナフの二人と顔を見合わせて、暫く黙ってしまった。
「今の私達では倒せないでしょうから、現状は塔の内部に侵入する経路を探すことを目標にしましょう。もしかしたら内部を狩場にしてレベル上げが出来るかもしれませんよ」
「そ、そうですよね」
「うむ」
「新素材に期待するしかないわね」
どうしたのだろうか、アルスさんの後ろに立つ男性三人は苦笑いである。
「ああ、彼らも僕も特注の装備があるので、これよりも良いものは見つからないかもしれないと考えているんですよ。作成者が母様ですのでね・・・」
「あ、うん。そうですよね。流石にあの剣を超えるものが早々、作れるとは限らないか」
マナフを見ながらそう言うと暫くの間、圧が凄いオカマに詰問されてしまった。
◇◇
「つまり、悪魔の親玉を倒したのは聖女じゃなくてアネラだった訳ね。それで貸してもらった剣が強かったから倒せたと」
「どういう剣なのかは分かりませんが、持った時に急に軽くなったのは覚えてます。今考えると、身体強化されたんじゃないかと思うんですが、それが剣の効果なのか聖女さんの魔法だったのかはチョット・・・」
「魔剣みたいなものだったのかしらね」
「さぁ・・・」
塔?の外周を歩きつつマナフの詰問を終えると、話を聞いていたランドウさんが腰の剣を見せて来た。
「これもお母様が作った剣だが、見ればわかるのか?」
「バグってて良く解らないわ。多分だけど、ビフレストに存在しない素材を使ってるとか、そういう類の物じゃないかしら。何で出来てるの?」
「何だっけ?」
ランドウさんがアルスさんに聞いている。自分の剣じゃ無いのか・・・どうして知らないのか判らないけれど、アルスさんに教わったところ、どうやら真龍の骨とオレイカルコスという金属の合金?らしい。
「骨なのに合金なんですか?」
質問にはアルスさんが引き続き答えてくれた。
「単純な合金じゃなくて、生物由来の骨と、生きた金属の合金ですね。製法は不明です。というのも母様しか作れないので、作った本人も説明できないくらいに意味不明な剣なんですよ」
「・・・技導師泣かせな武器だと言うのは良く解ったわ」
ガックリと肩を落としたマナフがルデルさんの所に歩いて行った。まだ諦めていないらしい。まぁ、マナフが作った装備で私たち三人は身を固めているので、マナフが新装備を作れるようになるのは助かる。単純に戦力強化だから。
それにしても、生きた金属とは何ともファンタジーなものだ。
「ビフレストよりファンタジーしてませんか」
「私もそう思う」
「ははは・・・」
アルスさんに真剣な顔で返されてしまった。そんな顔をしなければならない程に悩みでもあるのだろうか。いや、王女なのだから管理者と戦った王妃?女王?の子として色々な意味で戦い続けてきたのかもしれない。尋常ならざる人生を送ってそうだ。
ふと、そこまで考えて、私はゲームの中でアルスさんの事を一人の人間として扱っている事に気付いた。やはり彼女たちはNPCではなく普通の人間なのではないか。ランドウさんもノルディックさんもルデルさんも個性があって、考えも確りしている。ただ応答するだけのNPCではない。
亜精族はどうだっただろうか。お決まりの返事だけをするNPCだっただろうか。そんな事は無かった。ギルドの受付も、門番の兵も、プレイヤーじゃない商売人も、それぞれが意志を持った存在として私に応対してくれていた。
「あの・・・」
「どうしました?」
隣を歩くアルスさんの眼を見る。気遣いと訝しげな眼だ。
「いえ、何でもありません」
「まぁ、焦らず行きましょう。先は長いですから」
「そうですね」
聞けない。亜精族は生身の存在だったのかだなんて。仮にアルスさん達がそうだとしたら、亜精族は・・・私達が見殺しにした彼らは、ビフレストの中で生きていたという事になる。そんな事が、ある訳が無いのに。
ふと空を見上げると、青い太陽が塔の外壁に寄り添うように、白い霧の向こう側に見えた気がした。
◇◇
先頭をルデルが、その後ろをランドウが続いて最後尾にライエルさんが警戒しつつ塔の壁沿いを歩く。どこまでも高く、何処までも続く壁は丸い塔の外壁だとは思えない程に直線を描いている。たしか、母様の風獣で全力疾走して一周するのに三十分だったか。音速超えて三十分は相当の距離だと、思わずため息が出た。
「流石に疲れますね」
横に並ぶアネラさんが歩きつつ呟く。
「いえ、そういえば私達の大陸の塔も同じくらい大きかったなと、つい思い出してしまって」
「アレもまた、壁でしたね。遠目には塔に見えるのですが」
同じく横を歩くノルディックが同意したように、壁沿いを歩くと塔なのか断崖絶壁なのか見分けがつかない。
「入り口があるんですよね?」
「同じ作りであれば、あります」
思わず「多分」と続きそうになった。歩き続けて既に五時間は経過している。母様が下調べしてくれたマップ情報だと、この方向に進めば数十キロ以内には大陸の真北を指す位置に扉があるらしいのだが、未だ見つからない。
悠々と歩き続けて更に一時間後、マナフさんとルデルのトラップ機構談話をBGMにしつつ歩き続けていると、要塞と見間違うような巨大な門?が塔の壁に埋まる形で現れた。
「はぁ・・・門の上辺が見えんのじゃが?」
「ライエル。霞んでますけど、それっぽいのが見えますよ」
「良く見えるわねぇ。見た目は銅なのに、このサイズで良く割れないわね。ファンタジーだわ~」
アネラさん達三人が門を見上げて色々言っているが、私達も似たようなものだ。以前に見た塔の入り口は朽ち果てた門が閉じた状態で僅かに見えていただけなので、まともな形で残っている姿は貴重でもあるのだから。
「私達も完全な形の門はこれが初めてですね。どうやって開ければ良いんでしょうか? マナフさん、技導師スキルで何か反応していますか」
「ちょっと待ってね、ルデルも一緒に調べてもらえるかしら」
「分かりました」
マナフさんとルデルが門に触れてアレコレ調べてから数分後、表面が銅鏡のように磨かれた状態から、魔刻紋のような光が走った状態へと変化した。
瞬時に翻訳スキルを発動するが間に合わず、私達は白い霧の世界から、更に白一色の世界へと連れ去られてしまった。
◇◇
仲間の気配はある。気配察知は仕事をしているらしい。
「ライエル」
「うむ・・・良く解らん。ワシら全員は居るが、周囲の環境が意味不明じゃな。壁も天井も無かった場所から、更に地面も無い場所じゃぞ」
「何かフワフワして落ち着かない所ねぇ」
マナフの言う通り浮遊感があるだけで、落下しているような感じではない。ライエルの気配察知でも私と同じ感覚らしい。此処は何処だ。
「害意は感じませんが、移動も儘ならない状態です。全員警戒を怠らないように気を付けてください」
「「はいっ」」
アルスさんの言葉にルデルさんとノルディックさんが短く答える。
「じゃな」
「いやねぇ。またボスかしらね」
「次は何だ!?」
「ボスって訳じゃなさそうですが・・・」
私の予想が当たってくれれば、これはゲームのイベント的に通せんぼキャラの登場じゃないかな? そう思っていると、低く響く声で何者かが訴えかけて来た。
<<資格無き物は通さぬ。魂を磨いて出直してくるが良い>>
「アンタは誰だ! 出てこい!」
ランドウさんが叫ぶのと同時か否か、謎の声の内容に逡巡している間に、私達の視界は再び変化した。
◇◇
浮遊感が失われ、足の裏に圧迫感を感じると共に二本の足でバランスを取る。顔を上げた瞬間に塔ではない場所だと気付いた。
「ここは?」
アルスさんの問いかけに意識せずに答えた。
「初期街のスポーンポイント・・・」
「噓でしょ!? あれ? 滅んでたのに、もう復興したのね。じゃなくて何で此処に」
マナフが見上げる方向を見ると、確かにあの時に大爆発を起こした城は復興して立派な門構えが蘇っている。
「城が復活しておるの。前の姿は知らんが」
「そう言えばライエルは南の城は瓦礫でしか見た事が無いんでしたっけ」
「うむ。お初じゃな」
「前より大きくなってますね。プレイヤーの城でしょうか」
「そういえば建国スレッドにプレイヤーの連合クランが建国したとか、情報があったのう」
周囲を見回していたアルスさんが、私に振り返った。
「そう、なんですか?」
「らしいです。詳細は知りませんが、亜精族との共同建国だそうですよ。北の国と合わせて共和国制度を作るのだとか、一部のプレイヤーが主導して進めているらしいです」
「ビフレストって、自由なんですね?」
アルスさんが呆れたような顔で言う。私もそう思う。
「ただ、エルフが亜精族に協力しているという情報もありましたので、聖女さんに同行していた方ではないかと・・・何かご存じですか」
「いや・・・うん・・・有り得なくはないなぁ、としか」
アルスさん一行が遠い目をしてしまった。何か不味い事を言っただろうか。
「母様が主導しているなら、遺跡を巻き込んで周囲一帯を街に作り替える可能性もありますね・・・」
「おぬしの母は神懸り的な事をするんじゃのう」
「ええ、まぁ、その、はい」
あの笑顔を思い出して、私の背中に冷たいものが流れた。あの人なら国一つは片手間に造ってしまいそうな、そんな気がしたからだ。得体のしれない恐怖感が拭えない。
「と、とにかく、どうして初期街に飛ばされたのか分かりませんが、今の私達では門を潜る事すらできないって事は、確かなようですね」
「アネラさんの言う通り、そっちの方が問題ですね。あれでは調べようがありません。資格、とやらが何なのかすら解らなかった。魂を磨くとかなんとか。いや、もしかして・・・」
アルスさんが大きな胸を抱えるように腕を組み、顎に綺麗な指先を当てて考えていると、ランドウさんが大きな声を上げながら振り返った。
「鍵は仙気制御じゃねえのか?」
「かもしれないね。あるいは、その先の種族変化か」
「ああ、それは確かにそうですね。実例は有りますし」
「在り得なくは無いですね」
アルスさん一行だけで納得していく中、私とライエルとマナフは顔を見合わせて首を傾げていた。仙気制御で種族変化?? そんな仕様があるのか? いや、彼らの言い分なら元々、彼らの故郷では知られている事なのか?
「あの、種族変化とは一体なんですか」
「ああ、母様が仙人ですので、恐らく同様の進化がこちらの大陸でも起こり得るのではないかと予測しているんです」
「仙人じゃと!?」
「封神演義的なアレよね!?」
ちょっとマナフ抑えて。ハウス。
「アルスさん、聖女様はあなたとは種族が違うんですか?」
「はい。母様は私達の故郷でも伝説的な種族である仙人に進化しているんです。なので、プレイヤーに当て嵌めるとしたら、どうなるのかなと」
そういう事か。天使の上位種族的な話になる訳か。それが魂を磨くと言うワードと繋がるかもしれないとアルスさん達は予測したわけか。
「大天使とか、かしらね。ラファエルとか」
「かもしれんのう。実際にジョブレベルが導師クラスから上がったら、どうなるか期待してる部分もあるしのう」
マナフとライエルの言い分も正しい。ゲーム的には成長進化するようなタイプだと考えて来たし、そう言う話はお互いにしてきた。レベル上限がいくつなのかとか、魔術系と武術系と技巧系を極めたらどうなるのか、とか。何ヶ月も共に行動する中で、自然とそう言う話は出てきていた。
「今のところ、魂を磨くと言う事に対するヒントもありませんし、私達はレベルを上げるしかないのかもしれませんね。アルスさん達はどうされるんですか? 一旦、調査行はここでストップという事になりますが」
「報告がてら拠点に帰ります。恐らく、以降の調査にも協力して頂くことになると思いますので、暫くはこの街か北の街に滞在して頂けませんか? 近いうちに、こちらから接触させてもらいますので」
という事は私達は暫くの間レベル上げか。まぁ、仕方ない。ずっとサバイバルだったし、素材もそろそろ整理したい。何よりマナフが店を気にしている。
「ちゅうことは、ワシらは暫く北の街かの。マナフ、店に帰るぞ! まだ、お主の店だったらいいがの!」
「私の店に決まってるでしょ! アルフ達に貸してるだけなんだから! あたしの服を勝手に処分なんてしてたら、絶対に許さないわよ!」
怖え。レベルも上がったせいか、威圧感が半端ない。周囲の初心者がビビってるから落ち着いて欲しい。
「じゃ、じゃあアルスさん、私達はこの辺で。色々と助けてもらって、有難う御座いました」
「いえ、こちらこそ助かりましたよ。後追いする形になりましたが、お陰で塔に到達する事が出来ましたからね。私達も仙人を目指す必要があるかもしれません。また、近いうちにお会いする事になるでしょう」
レベルアップの為か。かもしれないな。
「ええ、その時はまた」
「では私達は城に呼ばれていますので、ここで」
「えっ」
そう言うとアルスさん一行は城の階段を上り、巨大な門を潜っていった。よく見たら入り口の門番は、あの時の騎士である。顔パスかよ。
「確実に聖女の手が入っておるの」
「ですよねー」
「その一点だけは信用できない奴らね」
「まぁ・・・否定はしませんが」
「じゃの」
これから聖女に関わる事になるであろう不安と、漸く帰ってこれた安心感を抱きつつ、私達は南の街の通りに出店している大黒屋の露店に近付いて行った。
◇◇
久しぶりに兎肉を頬張りつつ大黒屋とこれまでの事を話していた。もちろん聖女の事は内緒で。
「へぇ、じゃあ、新しいルートを開拓してきた訳だ。凄いじゃない。もうすっかり攻略組だねぇ。それで、情報は公開するのかい」
「掲示板で情報公開はしますけど、同じルートを進んで無事に済むかは分かりませんよ。スタートから虫の大軍に追われなきゃいけないんですし、遺跡内部に入っても技巧師の同行は必須ですからね。それに長い行程になりますから、荷物持ちを大勢連れて行くか、私達のように少人数で複数の役割を熟さないと難しいんじゃないですか」
「だろうねぇ。ライエル君は回避タンクで超強力な前衛アタッカー。アネラさんは回復・攻撃・補助・錬金で近接戦闘まで出来る中衛。マナフさんは遠距離アタッカーで全員の装備や野営施設まで作れる最高レベルの技巧師。ははっ、知りうる限りで君たち以外には居ないねぇ」
どうも大黒屋の話を聞く限りでは、私達はかなり突出したプレイヤーらしい。進行度、レベル、装備、スキル。どれを取っても並ぶ者が居ないのだとか。
「自慢じゃないですが、それなりにシンドイ想いをしてきましたからね」
「じゃの。樹皮を保存食にして食べるなんてのをゲームの中に居る間でやるとは思わんかったわい」
「あれは私が悪いんじゃないわよ。アンタが言い出したんでしょうが!」
「仕方ないじゃろが! マナフが毎日大量に変態肉を食うからじゃろが!」
「アンタの方が食ってたでしょうが! あたしのせいにするな!」
「まぁまぁ」
いつもの言い合いを、いつものように私が窘めつつ、それをみて大黒屋が笑いながら肉を焼いている。嗚呼、平和だ・・・・・。
「帰ってきましたねぇ」
「・・・うむ」
「・・・そうね」
はぁ~、と三人で溜息を吐くと、漸く長い長い私達の最初の旅が終わった気がした。
「マジでリアル四か月は長いですよね」
「遭難したようなモンじゃからな」
「店に帰れる。うぅっ」
感涙なのか悲涙なのか、マナフの目じりで光るものを視つつ、すっかり日の落ちた南の街で私達は天の月を見上げたのだった。




