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緑の雨  作者: 二笠
蒼翼の人柱
91/97

087

 数日掛けてストーンヘンジ?を調べても何も解らなかった。オカマナフだけは諦めていないらしく、今日も今日とて岩壁をハンマーで叩いている。物理的な仕掛けじゃなくて魔法的な気がするけど言わないでおこう。


「アレは自棄になってませんかね」

「狂人のそれじゃな」


 調査というより破壊行為と呼んだ方が良いかもしれない。意味ありげに円状に組まれた石柱と、それらが置かれた丸い台座にハンマーを叩きつけて息を荒げる青年がそこに居た。


「なんでっ、なんにもっ、ないのよっ! 普通はっ、イベントとかっ、あるでしょっ!」


 ガツガツと叩いているが、不懐オブジェクトなのか罅一つ入らないし、欠片も飛散しない。多分、ハンマーの方が先に壊れるだろうな。

 そんな風に空腹対処として調理品をモグモグしつつ眺めていたところ、ハンマーが叩きつけられると同時に天から巨大な衝突音が響き渡った。近くで巨大な花火でも上がったのかとライエルと一緒に見上げたが、それも無い。


「ライエルっ」

「うむっ」


 椀と匙を投げ捨てて私は杖を、ライエルは拳を構えた。マナフは轟音に気付かずにハンマーを叩きつけている。


「・・・何です、今の?」

「わからん。とんでもなく広範囲に音が届いとったようじゃが、衝撃波のようなモノは周りに届いておらんの」

「戦時体験からくる感覚ですか?」

「そうじゃな。局所戦術核を使われても十キロ圏内なら余裕で衝撃波を感じておったわ。さっきのはそれが無い。つまりそれ以上に遠くか、もしくは音だけか、ごく小規模であれだけの音が届いた何かが起きたんじゃろうな」

「最後のはどういう」

「わからん。なんせゲームじゃしな」


 そこまで言うと、ライエルは構えを解いた。マップ上と照らし合わせて外敵が居ない事を確認できたのだろう。この辺の感覚はライエルが一番信頼できる。スキル的にも個人の感覚的にも。

 続いて私も構えを解くとハンマーの音が途絶えた事に気付いた。ふと基地外野郎を見下ろすと円形の台座の中央にある模様に這いつくばっていた。


「今度は何です・・・?」

「わからんな・・・どうしたんじゃ、マナフよ」


 ライエルの問いかけにハンマーを持っていない手を肩越しに素早く上げて、黙っていろとでも言いたげに掌を向けて来た。マナフの背中で台座の中心が良く見えないので立ち位置を変えていくと、変態オカマの視線の先が光っていた。やっぱり魔法的なアレじゃん。


「何かしました?」

「私が聞きたいわよ」


 少なくともハンマー叩きで地面は光らないと思う。


「ですよね」

「さっきの爆音が切っ掛け・・・かのぅ」

「魔力的な何かです?」

「わからん」


 這い寄る変態では分からないと言うので、魔力制御スキルを持つ私が魔法を使ってみる事にしたが、特に反応はしなかった。アイテム鑑定スキルで反応しないなら意味ないのではと思ったが、考えるのはマナフに任せてみた。


「のぅ、アネラよ」

「なんです」

「魔力そのものを流す事は出来んのか? 電気を流すみたいに、こう・・・上手く出来んものか?」

「出来るんですか?」

「聞いとるのはワシじゃろ」

「ですよねー。まぁ、やってやれないことは」

「試して!なう!さぁ、いますぐ!」

「・・・えぇ、まぁ」


 鼻息の荒い変態に催促されつつ両手を地面に置く。何かを練成できそうなポーズだが、特にそんな事が出来るゲームでは無かった気がする。私よりも技巧師のマナフの方がそれっぽくないか?と思いながら台座に魔力循環を試してみた。

 体の外側から魔力が入り込み、それが体内を巡り、両手から台座へと魔力が流れてまた自分へと戻ってくる。大気と体内ではなく、台座と体内の魔力循環でスキルを発動してみたが、直ぐには変化が起きなかった。


「・・・なーによ、何も起きないじゃない!」

「ちょっと静かにしとれっ!」

「だって中心の光も特に変化・・・待って!!」

「今、集中してるんで黙っててもらって良いですか・・・・・」


 ギャーギャー煩い二人はともかくとして、十五分ほど循環を続けていると中心の模様の光が少しずつ広がっていき、周囲の模様も光が伝播していく。充電しているような気になりつつ、自分のMPがガッツリ減っていくのも感じていた。


「MPを吸われてますね。しかも結構な量を」

「マナフ!回復薬じゃ!」

「ちょっと待っ、これよ、これをほら!」

「ふごっ」


 技巧師は回復薬を作れるのだが、HP回復やMP回復、ステータス回復の専用アイテムはそれぞれ材料が揃った物だけ用意してある。MP回復薬は乾パンみたいなやつで、口に入れると水分を一瞬で吸い取っていく。


「お、おい!そんな一気に突っ込むやつがあるかっ!アネラが窒息するじゃろうが!」

「良いから早く噛みなさいよ!気合で飲み込むのよ!」

「顔が青いぞ!アネラ、しっかりせいっ!」


 私は今、土下座の姿勢のまま味方に殺されそうになっている。



 ◇◇



 結局、台座に魔力を充填させるためには一か月近くかかった。何あの台座、滅茶苦茶容量大きいんですけど。私の魔力量は二百を超えているのに、それを百回近く枯渇するまで繰り返したんですが。


「お陰様で魔力制御スキルがLV8に到達しましたよ」


 三か月掛けて一レベルかよ、上がらな過ぎではありませんか。


「うむ!頑張ったのぅ!偉いぞアネラ!」

「さぁ、何が出て来るか楽しみじゃない」


 コッチ見て同じこと言ってくださいよショタ爺。あと変態オカマはライトボールで後頭部殴打しておいた。


「それで、床が光ってる以外で何か変化は有りましたか?」

「分からんな。柱も光るんじゃないかのぅ」


 青年が一人横たわっているが大丈夫だろう。伊達に高レベルじゃない。ライエルと一緒に台座、立柱、壁面、台座以外の床の模様などを調べた結果、ゲーマーの勘が囁いた。


「この台座のエネルギーを立柱を通して壁一面に伝えるとかですかね」

「どうやってじゃ」

「柱を動かす?」

「動くのか?」

「さぁ」

「なんじゃ!」


 何じゃと言われても。取り敢えず、ゲームにありがちな回転石柱・・・ではない、と。


「・・・あっ」

「ん?」

「もしかして」


 台座の上に立ち、中央や、模様の交点、模様の無い大きな平面等の上を観察し、石柱に空いた穴から壁を覗く形で意味ありげな場所を探す。


「立ち位置が重要なのかなと」

「なるほどのぅ。日時計のように角度で何か変わるのかもしれんの」

「そうそう・・・そう言う何かが・・・」


 石柱は四本ある。壁面には人の生活や、儀式絵のようなモノが並んでいる。それぞれの穴から視えるもの。料理の火、水鏡の水、両手で掲げた土、旗を動かす風。フムフム言いながら微動だにしないショタ爺を横目にどの属性を使うかを考えた。


「四属性魔法か」

「それが見えるんじゃな?」

「はい。後はその魔法を発動することなく、魔力だけ流し込めば・・・石柱に流すんですかね」

「うむ。ちょっと待て」


 ライエルがトコトコと歩き、気絶した変態の首根っこを持ち引き摺って来た。台座の上に来ると頷く。準備、良いのかな。


「始めます」

「うむ」


 一本目に魔力を流し込むが変化が無い。二本目も三本目も同様だった。最後の四本目に魔力を流すと、それでロックが解除されたかのように石柱が宙に浮いた。


「うぉっ!浮きおった!!うはは!」

「これは!?」


 石柱が空間的な領域を作り出すかのように中心に向かって倒れ込んでくるが、空中で斜めになったまま静止した。台座の光が強くなると、石柱に反射して、いや、空中の何かに反射して私達を光が飲み込んでいく。


「ライエル!マナフは!?」

「掴んでおる!」


 私達が受け答えをしたと同時に光が極限まで強まって、徐々に視界が真っ白になっていった。目を閉じても眩い。僅かに視界を開けた時、光の向こうに複数の人影が見えた気がしたが、問い詰める間もなく私達は一瞬で白い世界に転移していった。



 ◇◇



 その光が見えたのは岩山を走って数時間した頃だった。隘路を抜けて広大な広間に抜けた時には光は極限まで強くなり、目も開けて居られないくらいだった。


「ノルディック、今のは・・・」

「凄まじい魔力反応でした。恐らく空間魔法クラスの。確実に仙人級の魔法ですよ」


 ルデルが台座らしきものに駆け寄り、光が失われていく様を観察している。それと同時に宙に浮いた四つの石柱がゆっくりと地面に着地していった。


「何だと思う?」


 私の問いにランドウが首を傾げる。ルデルが台座の中心を観察し、ノルディックも台座の周囲を回りながらそれを観察していた。


「恐らくですが、台座に魔力を充填して使うタイプの古代魔導機ではないかと思います。石柱は効果を発揮する際に宙に浮くのでしょうね。今は魔力を失って着地していますが」


 僅かに残った魔力を感じ取りながらルデルが石柱を撫でる。ノルディックが台座に触れると中心の模様が微かに光った。


「ごくごく普通の魔力をエネルギーにしているようです。竜気ではないようですね」

「それだと私達じゃ発動できないからな」


 私の言葉を合図に全員が集まる。


「先ほど、三人のプレイヤーがいたように思う。あの三人に心当たりは?」

「多分、ユリアネージュ様が仰っていたゆるふわちゃんだと思います。そのパーティかと」


 ルデルが分析した内容と、私が認識している内容が合う。


「あれ?そうだったか?何か、太い奴は居なかったぞ?」

「それは多分、商人じゃないでしょうか?報告にあった、あの街の商人プレイヤーかと」


 ランドウの問いにノルディックが答えた。多分、ノルディックの言っているのは報告内容にあった、母様が直接接触したゆるふわちゃんが関り深い商人の事だろう。しかし、南の街はNPC含めて滅んだと聞いたが。いや、もう北の街の方が、まだ生きていたんだったな。

 あの街からここまで来たのか。どうやって?


「良く此処まで到達できたな」

「そうですね。もしかしたら旧帝国遺跡からここに繋がる道があったのかもしれません。ユルフワは先遣隊に協力して遺跡調査を行っていたそうですから、私達の知らないルートを把握していても不思議はないかと」

「そうだね。それで、ルデルはその模様に見覚えは?」


 ルデルもノルディックも記憶に無いと言う。ランドウは石柱に触れたまま首を傾げている。


「じゃ、少しだけ待っててくれ」

「すみません、御力になれず・・・」

「気にしないでくれ。百年前の他所の大陸の魔法文字なんてヒントが無さすぎで当然なんだから」


 なのでルデルが落ち込む必要も無いのだけれど、これから暗部で生きて行く彼女にはこういう場面では知っていて当然の下準備が基本だものな。しかし、こればかりは仕方がない。

 私は台座の方に歩き、その模様を視界に捉えてスキルを使った。私のユニークスキル「翻訳」を。



 ◇◇



 美しい少女が台座を見つめて微動だにしない。本来は私の婚約者なのだから男性なのだけれど、王妃様曰くプレイヤー準拠だから性転換するのだと聞かされて半分は納得している。もう半分は自分の夫になる人が本来の自分より美しい美少女の姿をとっている事に納得できていない。

 たしかに、両親があそこまで美形で、しかも母親似ならば女性体になればここまで美しくなるのでしょう。だとしても、こうして面と向かって現実を突きつけられると心にクルものがあります。


「ルデル。元気出して。私も(自信喪失しないように)頑張るから」

「ノルディック・・・」


 互いに大きくなった背で目を合わせるが、ルデルは少しだけ呆れた顔で見て来る。


「多分、ノルディックは私と違う理由で打ちのめされている」

「え!?違うのですか!?」

「おい、お前らなに二人だけで通じ合ってるんだよ!私も混ぜろ!」

「いえ、通じ合ってませんからね。多分」


 何やら焦った顔でランドウが割って入ってくるけれど、いつもの事なので驚きはしない。少しだけアルスが苦笑いしているけれど気のせいだろう。


「通じ合ってないのか?」

「えぇ!?」


 ルデルもアルスの美少女っぷりにショックを受けてたんじゃないの!?


「済まない、少し静かにしてくれ。気が散る・・・」

「「申し訳ありません!!!」」

「何か分りそうなの?」


 ストレスを溜めた顔のアルスが振り返り、私とルデルが謝罪するも、妹のランドウだけは臆面もなく質問している。こういう処は母親似かもしれない。


「今それを調べてるんだよ・・・」

「よし!待ってる!」


 アルスの苦労性は陛下に似たのですね。振り返ったゲッソリ顔がそっくりでした。それでも美しいのですから悔しいものです。



 ◇◇



 三人の妨害を受けながら魔導機の仕組みを解析した。翻訳スキルで模様、というか魔法陣を解析し、何処に何の魔力を流せばどういう効果が発揮されるのかを調べたのだ。


「という訳で四大属性の魔力で空間魔法が発動するようだ。特にトラップとかは無いが、座標だけ書いてあっても何処に到達するかが書いてなかった。そして恐らく一方通行だろう。双方向の移動に使うために、ここを到着地点とする為の内容が全く記載されていない。或いは一方通行の魔導機を互いに座標指定しているのかもしれないが・・・その辺は製作者の違いだろうね」


「えーと・・・つまり?」


 ランドウが呆けた顔で聞いて来る。


「つまり何処かに転移するが、どうなるかは分からない」

「さっき飛んで行った三人は?」

「魔力の残滓から読み取る限り、空間魔法で殺傷されたようには見えない。無事にどこかへ転移していったんだろう」

「じゃあ、飛び込んで行き止まりだったら出てこれないって訳か」

「そうだね」

「ダメじゃん」


 いや、こっちにはチートがある。母親にして最強のチートが。胸元のトンボに向けて俯き、母様に連絡を入れた。


「という訳です。その、ユルフワちゃんとやらの状況を確認可能ですか?」

「え?母様?」


 気付いていなかったのか妹よ・・・!

 暫く返事を待っていると、トンボ型ブローチから母様の声が聞こえて来た。同時にとんでもない量の魔力を感じる。俯いた顔を少しだけ仰け反らせてしまった。


『生きてるわよ。でも急いで追いかけた方が良いかもしれないわね。多分三十分も持たずに殺されるわよ』

「有難う御座います、急ぎます」

『よろしくね』


 ノルディックに台座の魔力を込めてもらい、私は指定の石柱に次々と魔力を込めていく。


「え?え?」

「ランドウ様!お早く!中央に!」

「ちょ、ルデル、待って!」


 全員が台座の上に乗ると同時に石柱が浮き始めた。


「ノルディック、MP残量は?」

「残り四割です」


 石柱が倒れ込み空間を作り始める。


「大分、取られたね」

「もう少しレベルを上げておきたかったですね」


 大量の魔力が台座から石柱の間を行き来し、空間魔法特有のを作り始めた。


「いや、肝心な部分のレベルは上がった。そうだろ、みんな」

「そうだ!」

「はい。今の魔法ならば」

「そうですね。今の私達ならば」


 光に包まれて転移していく。その先にあの三人が居るだろう。何が待ち受けて居ようとも、今の私達は一か月前とは違う。あの遠い背中に追いつくためにも、磨き上げた力でやり遂げて見せる。必ず。



 ◇◇



 その先は波一つ起こさない水面だった。


「ライエル」

「・・・何もいないのぉ。不気味じゃ。天井も壁も無く波立たない水面があるのみ。いや、これは水面なのかのぅ。柔らかい鏡にしか見えん」


空は白く、薄く霧が掛かったように見える。それが地平線まで続いている。地球の塩湖の空が真っ白になると、こんな景色なのだろうか。


「音が響かないわね。ただの液体じゃない。鑑定も効かないわ。全力で警戒した方が良さそうね」

「そうですね・・・まず、足元の一本だけ続く砂浜の道を進んでみますか?」


 三人で足元を見て、そのまま続く先を見据えた。真っ直ぐな一本の白い砂道。水面の下にあるのに、波紋一つ起きないせいで、それが水の下にあると感じさせない。


「空気は問題なさそうね」

「気を付けぃ。天井が無さそうに見えて、実は案外低いかもしれん。あまり高くは飛ぶでないぞ」

「それ、ライエルだけですよ」

「そうよ」

「そうかの?」


 いつものように先頭ライエル、真ん中が私、最後に遠距離のマナフの一列で続いた。足元の道幅は広く、三人が並んでも余裕がある。まぁ、戦う場としては狭い様に思うのだけれど。


「それにしても、また一方通行なのかしらね」

「まるで横スクロールゲームですね」

「ファイナルファイターみたいじゃの」

「石器時代のゲームかしら」

「違うわ!精々270年前じゃ!」

「数世紀前じゃない。十分化石よ、レトロ過ぎて風化してるわよ」

「馬鹿にしおってからに!」


 等と言いつつもこの二人は警戒を解いていない。不気味な圧力は私と同様にずっと感じているらしい。その証拠に脂汗が凄いのだ。三人ともが常に強大なプレッシャーに晒されている。かと言って戻れないし進むしかない。


「不味いんじゃないかしら」

「進めば進むほど危機的な感じじゃのぅ」

「行くしかないでしょう。これを楽しめないと何のために三か月もサバイバルしてたのか判りませんよ」

「然り」

「そうじゃの」


 脂汗を掻きながら獰猛な顔で私達は笑う。笑顔は本来、威嚇の表情だと言うが、今まさに私達は強大な存在に威嚇しているのだろう。

 その状態で三十分ほど進んだ頃だろうか、途端にライエルの気配が薄くなってきた。


「ライエル?」

「・・・うむ。ヤバイのぅ」

「なによ」


 今までショタ爺がヤバイと言った事があったっけ? 無意識に隠れ潜むように気配を薄めてしまう程に危険な相手なのか、ゆっくりとライエルが姿勢を低くしていった。


「直ぐに動けるようにしておくのじゃ」

「了解」

「な、なによ、何が来るってのよ」


 周囲に音は無い。水面に波紋が起きないのだから、水が跳ねる音すら聞こえない。私達の声も、呼吸音も、次第に音が吸収され始めた。ライエルは直ぐにその事に気付いたのだろう。振り返って何かを喋るが怪訝な顔をする私を見て、狩りの最中の手信号に切り替えた。

 敵、周囲、囲まれている、と。

 直ぐに魔力を練り上げ、感知範囲を広げた。同時に複数の光魔法を発動して周辺に散布し、触れれば発光するリアクションボールを無数に発動させる。同時にライエルの手信号が変わる。

 直進、全力、と。

 直ぐに隊列を組みかえてライエルが最後尾に。私が前に出る。この中で一番足が遅いのが私だからだ。全体の速力を私の最高速度に合わせるようにしている。

 不意にパッと光が輝く。駆け抜けた後方で次第次第に光が輝いていく。それは恐る恐る手を出しているかのように少しずつ光が増えていく。

 何処まで走れば良いのか判らないが、取り敢えず駆け抜けるしかない。問題は、地平線の先が何処まで行っても変わらない事だ。このまま走り続けて大丈夫なのか。体力が尽きるのが先か、それとも攻撃者を突き止めて討伐すべきか。

 全力疾走のままチラリと横を見るが、追いついたマナフが前を行けとばかりに肩越しに前方へ指さしをした。せめてこれくらいはと思い、後方に向けて光をバラ撒く。後はコレの繰り返しだ。

 相変わらず音が無い。後ろでライエルとマナフが戦っているのか逃げ続けているだけなのか、それすらも不明だ。後ろからの光量が少し減り始めた頃に思い切って振り返ってみようかと思ったが、やはりマナフの指が前を行けと肩越しに指し示す。

 そうこうしている内に足がもつれ始めて来た。ステータスで強化されていると言っても、魔法特化な私の限界はライエルの十分の一以下だ。筋力は二十分の一以下だろう。最近、計ってないから知らないが。

 限界だと思い後ろを振り向くと、ライエルが傷だらけになりながら白い、白い・・・何だあれ? 白い何かと戦っていた。

 まるで白いマネキン人形が次々と砂浜から起き上がり、次々と光の小爆発を起こしながら群れとなって襲い掛かってきていた。ライエルはそれらを闘気拳法スキルで防ぎつつ、時々爆散させながら後ろ向きで跳ねながら付いてきている。

 もっと早くに気付いて支援すべきだった。そう思った私はマナフにジェスチャーで背負うように伝えた。走るマナフの背に残り少ない力で飛び乗り、杖を取り出して魔法で援護を始める。回復魔法、付与魔法、火魔法。風と土と水は発動すらしてくれなかった。この空間はそれらの属性に対して制御力を無効化する何かがあるらしい。

 紅い光で砂人形を倒し、壊し、崩し、焼く。それでも数が増え続けて後退せざるを得ない。先の見えない道、終わらない軍勢、減り続ける体力。どうする。どうすればいい。

 緑色の光で癒されつつマナフが頻りに周囲を観察し始めたが、特に大きな変化はない。相変わらず音は聞こえないし、足元の砂は操れない。それに水も・・・?

 波紋が出来ている!!

 驚いてマナフを見ると、彼の視線も時折、下を向いていた。マナフも気付いている。ならばと思い水魔法を発動してみる。重い。魔法は発動できない事も無いが、発動までに時間が掛かる上に並列発動は無理だ。鉄の枷を着けて砲丸投げをさせられているようだ。

 しかし、それでも発動できるだけマシだ。次々と現れる砂人形の足元から大きく水を持ち上げてその身の自由を奪う。数が一時的に減った事でライエルの負担が減り、闘気拳法で打ち倒す数が増えていった。

 これならばと思った矢先に、持ち上げた水の更に後方から砂の津波かと思うような巨体が上体を起こし始めた。


「うそでしょ・・・」


 マナフの声が聞こえる。風の魔法も解禁か。しかし。


「これは厳しいのぅ。砂とは思えぬ頑強さだと言うのに、あの巨体は・・・厳しいのぅ」


 ライエルの体が緊張し始めているのが後ろ姿から見て取れる。軽々と戦っていたように見えて、随分と苦戦していたらしい。そう考えていると同時に、長い時間をかけて風魔法が発動した。

 局所的な衝撃波を発生させる風魔法が巨大砂人形に当たるが、その体躯を僅かに歪ませただけで大した効果は無かった。


「くっ・・・砂・・・水・・・」


 何か討伐方法が無いかと考える私の呟きに、私を背負うマナフが反応したらしい。焦ったように私に指示を出した。


「石灰を出して!!!急いで!!」


 指輪からマナフが集めていた石灰袋を大急ぎで取り出す。マナフも石灰袋を取り出して砂巨人に掛け始めた。


「セメントですか!!」

「水魔法!はやく!」

「了解!!全力ウォーターボール!!」


 同時にライエルが巨人に向かって闘気を投げつけていた。何だそれ!?


「真空波動撃じゃ!!!」


 巧い事に巨大ウォーターボールは波動撃とやらでセメントと混ざり合い、砂巨人はその身から煙を出しながら動きを鈍らせ始めた。が、しかし動きは止まらなかった。


「ダメじゃないですか!」

「知らないわよ!ファンタジーで化学が通用すると思わないで!!」

「今の内じゃ!逃げるぞぃ!」

「大人しく固まっときなさいよねぇ!!」


 マナフの背中で振り返ると砂巨人はゆっくりと大きくなっていく。離れているのに迫ってきているかのような錯覚を覚える。


「もっと巨大になってますよ!!」

「デカいと言う事はそれ即ち強いと言う事じゃ!覚えておくんじゃな!」

「知ってますよそれくらい!」

「アンタら喋ってないで足止めしなさいよね!」

「ウォーターボール!」

「真空波動撃!!」


 ボシャン、パンッと遠くで着弾したそれは遠近感が狂った存在には無力だった。既に巨大になり過ぎていて、石灰が混ざったところでもう固まらないし、魔法や闘気も無意味なレベルだ。


「ボスモンスターにしても強すぎませんか?」

「負けイベントかのぅ」

「んな、わけ、ない、でしょ!」


 回避できる狂った強さのボスとかそう言う類だろう。どうやっても勝てないけど逃げられる、逃げる方法がある。私達はそれを探すべきだと宣言した。しかしタイムリミットも近い。ヒト一人背負って走るマナフも限界が近いらしく呼吸が荒いのだ。


「ゲーマーの勘ですけどね」

「今はそれを信じるとするわぃ」


 マナフは体力が厳しいらしく会話も難しくなってきた。その背中で周囲を見渡すも、やはりイベントが起こりそうなポイントは見当たらない。だとすれば、ボス自体のギミックか。

 水面の一センチメートル下にある砂の道を見やる。後方の砂巨人を振り返り、その巨体を観察した。同じだ。同じ素材を使っているが、使用方法が異なる。片方は道、片方は人形。であれば・・・。


「この道、魔力が篭もっているのでしょうね。であれば、こっちも活用できるという事ですよね」

「それがっ、なにっ、よっ!」


 無理して喋らなくて良いんですよ、とは言わない。


「技巧師スキルの出番じゃないですか?」

「!!!」


 マナフはそれがあったかと言わんばかりに、私の尻を支えていた手を離した。同時に私が飛び降りると、それを合図にライエルが闘気を練り始める。着地した私もマナフの斜め前に立って砂巨人に向かい合った。


「20秒、いや15秒頂戴ね!!!」

「よろしくお願いします」

「任せろぃ!!」


 マナフが何を作ろうとしているのかは知らない。それでも尚、四か月近くも連携してきたのだから言われずとも、という奴だ。黙って魔力を練り上げるのみである。


「ライエルっ、合わせてください!」

「合点、承知!!」


 指輪から在る限りの石灰を足元にぶちまけて、それらを風魔法で掬いあげる。舞い踊る石灰のうねりが蛇のようになって私達の周囲を囲い始めた。痛む頭を我慢しつつ並列制御で水魔法を発動し、それらのうねりに合流させると準備完了だ。


「合成魔法、濁龍!!」


 太さ一メートルはあろうかという白い大蛇が砂巨人に向かっていく。あんなに大きかった蛇が、砂巨人に近付くにつれて頼りなく見えてくる。


「ちょっと小さくないかの!?」

「あれで全力ですよ!それより、固まった部分を狙ってください!」


 ライエルの周囲が歪んで見える。これが闘気か。それらが右腕に集約していき、一気に右手が金色に発光し始めた。濁龍は既に着弾して砂巨人の腰回りを固め始めている。


「ぬぅおぉぉぉぉぉ!滅・波動撃ぃぃぃ!!」


 右拳を正拳に突いたライエルから黄金の光が大砲となって飛んで行く。轟音も吹きすさぶ風も起きていないが、その圧迫感が凄まじさを物語る。黄金の光に竦んでいると、あっという間に砂巨人の股間に直撃し、固まったアソコは粉々に砕け散った。玉ヒュンである。


「いょしっ!どうじゃ!!」

「うわぁ・・・」


 ライエルがドヤ顔を見せ、私が股間を抑えている間にマナフの準備が整ったらしい。


「いくわよ!造成!土牢堅殻!!」


 大量の魔力がマナフから溢れだし、体勢を崩して膝立ちする砂巨人を膝から腰へと白いスライムのような何かが埋め尽くしていく。砂を使った土の牢屋を作る技巧師スキルだ。アレを応用して塔を作ったので、五十メートルに満たない砂巨人なら埋め尽くすのも容易だろう。


「さて・・・どうかのう」


 ジッと三人で八角形の立柱に埋め尽くされた砂巨人を観察する。


「ハァ、ハァ、ハァ、魔力は残ってるけど、体力は、限界ね」


 そう言ってマナフが腰を下ろしたのか水が跳ねる音が聞こえた。そういえば、音は風、波紋は水、砂は土でそれぞれ自然の形に戻っている。砂巨人がそれら属性魔力の制御力を奪っていたのだろうか?


「・・・動きが無いのぅ。終わったか?」


 フラグ建てるのやめてください。そんな事を考えていると、私達が走ってきた方向、つまりは元砂巨人の巨大立柱の後方から途轍もない閃光が迸った。後光が差した巨大立柱が嫌な予感を掻き立てる。


「ねぇ、あれ、なにかしら」

「嫌な予感がしますね」

「うむ。ワシもそう思う」


 あの光は、もしかして転移の光じゃないかと考え始めると同時に、八角形の巨大立柱を水が覆い始めた。水面からゆっくりと上がっていくソレは、まるで巨大なスライムだ。


「もしかして、第二形態的な?」

「いやぁぁぁぁぁ!」

「ちっと限界じゃのう。見た感じ、砂も変形しとらんか?」


 僅かに動き始めた砂の巨大立柱は、俄かに光沢を放ち始めている。砂から石になっているのだろうか。まるで大理石のように真っ白な石がゆっくりとヒト型になっていくのだ。しかもサイズが一回り大きくなっている。


「はは、見上げるほど大きくなってませんか?」


「う、うむ。五十くらいから、八十くらいに成長しとらんか」


 単位は言わずもがなメートルである。


「造成!造成!造成!ダメね。制御できなくなってる!」


 マナフが後ろで技巧師スキルを繰り返すが成功していない。恐らく防御用の柵で自分たちを守ろうとしているのだろう。これまでも何度か使ってきた。

 ふと足元を見ると波紋が消えていた。これは水の制御も再び奪われたか。


「ウォーターボール!」


 杖を掲げて眼前に作り出そうとするが魔力制御に失敗して発動しない。


「火はどうじゃ」

「・・・ダメですね。着火の魔法すら発動しません」

「声が聞こえるって事は風属性だけで戦えって事じゃないのかしら」


 マナフは再び造成!と叫び、取り出した薬草の束を固めて巨人に向かって投げた。それは着弾前に加工されて空気に溶けるように消えていく。


「風であの辺りの空気を動かしなさい!冷却させるのよ!」


 投げたのは凍結草か。地中の水分を葉に吸い上げて凍結させ、其処から魔力を吸収するファンタジー植物だ。


「ブリーズブロー!」


 やや冷えた風を送る夏に嬉しい微妙魔法シリーズだ。極めると上位のブリーズダストにスキルが成長する。上位風魔法を水魔法と合成するとダイアモンドダストになるが、今は使えないだろう。

 ヒンヤリとした空気が凍結草効果でダイアモンドダストのようにキラキラと空中を輝かせる。その風を浴びた水石巨大ゴーレムは表面が凍結して歩くのも儘ならなくなってきた。


「良い感じじゃ!」


 良くない。凄まじい抵抗感を感じる。魔力制御がどんどん重くなっていくのが解る。風の制御力すら奪われているのか。


「お・・!アネ・・・・!!」


「・・・ル!・・・・・・・・・・!!!」


 声が声にならない二人が私に向かって何かを叫んでいる。完全に奪われたと感じた瞬間に極寒の風は止んでしまった。ライエルがそれをじっと観察し、私とアネラを背負うように前に出た。手信号は待機。光属性の詠唱は内心で開始し、ゴーレムの周囲に展開できるようにしておく。アネラも弓を取り出して爆裂矢の準備を始めている。

 そして、音も無くゴーレムの全身に罅が入った。ライエルの手信号が攻撃を示す。同時にライエルの全身が歪んで見え始めた。

 光魔法セイントビームで両足を撃ち抜く。爆裂矢が再び股間に命中する。真空波動撃が頭部に着弾する。だが、巨体は物ともせずに仁王立ちのままだった。

 その結果を見届けて、一瞬だけ呆けた私達は再び攻撃の準備を始めた。私は試しにと開始した火属性魔法を、アネラは爆裂矢を二本同時に、ライエルは全身の闘気を右手に集め始めた。

 無事に発動した火魔法は大火球となって周囲を輝かせながら着弾し、ゆっくりと氷を散らばらせながら歩いて来る巨人を微かに怯ませた。続く爆裂矢が同じ個所に連続爆発して巨人の肩を押す。最後に対角線上の膝にライエルの一撃が飛来し、その体勢を崩した。

 無言で結果を見た私達は絶望した。僅かに傾いだゴーレムはゆっくりと曲がった膝をもどして再び歩いて来る。それは一つの結果を明白にさせた。

 攻撃力が圧倒的に足りていない。

 サテュロスの時とは違う。鈍重な相手に通用する攻撃手段が、私達には無いのだ。それを三人ともに理解した上で、ライエルの手信号に従った。脱兎のごとく逃げ出したのだ。

 逃げた先には何も見えない、ただ、時間稼ぎにしかならないが、それでも何かあるかもしれない。或いは後方の光が何らかの助けになるかもしれない。そう考えた時に走り去る私達の後方から「爆音」が聞こえた。


「なんじゃっ!?っと、声が」


 驚いて足元を見ると波紋が出ている。マナフも技巧師スキルで小さなフィギュアを作って土属性の制御が可能な事を確認していた。いや、その全裸フィギュア、私にそっくりなんですが・・・。


「着火も出来ますね。四属性が戻っている?一体何が、っ!???」


 再びの轟音がゴーレムの背後から聞こえた。というより、白い背景が一瞬で闇色に染まった。ゆっくりと巨体が前のめりに倒れ、何が起こったのかを見た。倒れた巨体の背中が抉れているのだ。


「何じゃありゃ」

「凄い魔力だったわね」

「闇魔法・・・だと思いますが」


 あんな威力の魔法があるのか?私の大火球の数十倍の破壊力だった。背中が大きく抉れた巨体は両腕を支えに立ち上がろうとするが、一瞬で金色の髪を靡かせる誰かに両腕を切断された。まるで雑居ビルを一刀両断しているかのようだ。

 再び倒れ込む巨体の下に闇色の何かが現れて、切り離された両腕が沈み込んでいく。何アレ怖い。最後に巨体の頭上に凄まじい閃光が迸り、次の瞬間には胴体が焼失していた。胴体があった場所はちょっとした溶岩地帯へと変貌している。


「は!?」

「なんじゃ、ありゃぁ・・・」


 私とライエルは驚いているが、マナフは警戒心を露わにして緊張している。そりゃそうだろう。あれを放つ相手に、私達は勝てない。



 ◇◇



 転移した直後、周囲の魔力がおかしい事に気付いた。常時発動している魔法のいくつかが発動しない。


「ルデル、魔法と影潜りは出来そう?」

「一部可能です。どうやら水土火の三属性が制御阻害を受けているようです」

「私も同じだ。光は問題無いが、ノルディック」


 闇属性一本のノルディックが闇魔法を封じられると痛い。


「問題ありません。少し突っかかりを覚える程度で、若干の抵抗感はありますが、容易に発動できます。戦闘も影響ないでしょう」

「私も基本魔法が発動できないんだけど」


 ランドウはスキル本で四大属性を覚えたが、基礎の基礎である着火などしか覚えられなかった。というか全てレベル一で成長できていない。母様曰く、覚えられたのが奇跡なレベルで才能がないらしい。本人には努力次第で何とでもなると言っているらしいが・・・。


「この様子だと風属性も阻害される可能性がある。そのつもりで進もう。残り二十五分程度だと考えて行動を開始する。行こう!」

「「はっ!」」

「よっし!」


 この三人は全員が気力制御を覚えている。覚えていなかったノルディックもスキル本で習得し、SPを使って今はスキルレベル8に上がっている。元の体に戻っても使えていたので、これで仙人級になれるかもと喜んでいた。尚、他系統の魔法は全く覚えられなかった。称号の影響が強いらしい。代わりに暗黒魔法を覚えたのだが、これに関しては母様も首を傾げていた。


「光った!」


 ランドウがルデルを追従して走りながら叫ぶ。火魔法か。こっちとは阻害されている属性が違うらしい。ノルディックが手元に闇色の球体を作りつつ私と最後尾を並走している。


「場所によって使える魔法が変わるようですね」

「私も気を付けるが、ノルディックも常に確認しておいてくれ」

「はい」


 高速で走っている筈なのに途中から風の抵抗が無くなった。この辺りは風の属性が阻害されているらしい。先頭を走るルデルが手信号で阻害属性の切り替わりを表現した。首をひねるランドウに、私が喉に手を当てて教える。あぁ、そういう事かと頷いて理解したらしい。

 一か月間、一緒に戦っているが、妹のこういう処は若干甘えがあるようだ。ブランお婆様と違って思考のキレが無い。母様曰く、お婆様のアレは一人で戦い続けてきた人間の特性なんだそうな。

 戦いでは隙になりやすいが、求婚してくる男たちからすれば惚けた所が可愛く見えるらしい。真の姿は狂暴な猫のようなモノなんだが。


「・・・!」


 いきなり振り返って妹が私を睨む。こういう直感の良さは誰にも負けないんだがなぁと思いながら目を逸らした。

 数分も走り続けると水を纏った巨人の姿が明確に見えて来た。ルデルが戦闘開始の手信号を行う。直後、溜め込んでいたノルディックの魔力が一気に動き出して現れる。

 だが、その前にランドウが闘気を纏わせた投げナイフを着弾させた。周囲の魔力が歪むと共に轟音が響く。ナイフ、だよね。

 ノルディックが放つ暗黒魔法の暗い輝きが迸り、薄っすらと白い空を漆黒に染め上げていく。頭上に現れた強大な波動を放つ球体は黒と紫の光を放ちながら巨体の背中に着弾した。直後に轟音が響き渡りランドウが駆け出す。周囲の属性阻害はあのゴーレムと何らかの形で直結しているらしく霧散していく。私も合成魔法の準備を開始した。

 前のめりに倒れた巨体から両腕が失われると同時に、ルデルの影潜りの効果で切り離された腕が闇に沈み込んでいく。ランドウが大きく距離を取り、腕が消失したのを確認後、合成魔法を発動した。

 火の元素魔法、光魔法、そして仙気を合成させた、この一か月の成果が日の目を浴びる。天から降り注ぐ光が巨体の胴体を焼失させると、残った下半身が崩れるようにして白い砂丘へと姿を変えた。熱波を放つ白い砂丘は所々が赤熱している。


「流石・・・仙人級ですわね」


 ノルディックが感動と憧憬と嫉妬の混じったような声で呟く。私はこの一か月で仙気制御のスキルを取得していた。母様のように自力で覚えたのではなく、スキルポイントを使って得たモノだが、覚えた後は慣れだそうだ。呼吸するように仙気を扱えれば、気が付いた時には仙人に種族が変わっているらしい。発言者が発言者なので、あんまり参考にならなかった。


「まだまだ未熟だよ。仙気制御を無意識に出来ないと合格は出せないらしいからね」

「無意識・・・」


 興奮したノルディックが一気に遠い目になってしまった。私も同感である。今はそれよりも目の前の三人について確認だろう。

 ルデルを先頭に近付いていくと、警戒した青年が前に出てきた。


「何者だ」


 その言葉にルデルとノルディックが機嫌を悪くし、ランドウが楽し気になった。好敵手ではないと思うよ。


「獲物を横取りして済みませんが、こちらもあなた方に死なれると困る。聖女に依頼されて探していましたからね」


 聖女の一言でフワフワな髪の女の子が目を瞠る。どうやらこの子がユルフワちゃんらしい。反応してユルフワちゃんが前に出つつ発言してきた。


「あなた方は聖女さんの関係者ですか?」

「私はアルス。聖女は私の母です」

「たしかに・・・よく似ておる」


 ほぉ、と小さい子供が青年の前に出てきて私を頭の先からつま先まで眺めた。特に胸を凝視している。なるほど、これが男の目線か。確かに厭だな。

 そっと胸を手で隠すと、苦笑いしながら子供が両手を合わせて謝罪してきた。だが、青年だけは見るともなく私達を見て警戒している。獲物は弓か。


「何故、私達を探していたのか、お聞きしても?」

「この遺跡の調査にご協力いただけないかと思いまして。今現在、あなた方以外でこの周囲に詳しい方は居ないようですからね」


 私が少し笑顔を見せると、ユルフワちゃんは顔を真っ赤にして瞬きを繰り返し始めた。あ、プレイヤーは性転換キャラ何だっけ。だとしたらこの人は中身が男性なのか。そして青年が女性で、子供は・・・?この子は心にオッサンを飼っている女子なのか?


「ええと、私達も偶然ここに転移して逃げ回っていたというか。あ!助けて下さってありがとうございました!」


 そういってユルフワちゃんと子供が一礼した。青年はその後ろで警戒している。


「助けてもらったのは感謝するけれど、あなた達は何者なのかしら? プレイヤー? NPC? それとも別の何か? 少なくとも鑑定結果のバグったアイテムを持ってる人なんて初めて見たわ」


「なんじゃと?」

「バグったアイテム?」


 なるほど。私達の使っている装備は母様のお手製で、所謂チート装備だ。素材が真龍だったり、オリハルコンだったりする。あっちの大陸でもオリハルコンの装備なんて使っている冒険者は十人も居ない。オレイカルコスとか母様以外に加工できる人が居ないレベルである。そりゃバグるだろうと思うけれど、あくまで彼?の言葉に過ぎない。ブラフである可能性も考慮して・・・。


「バグった?なんだそれ?」


 ランドウが反応してしまった。バグった、というのはゲーマーのスラングだ。そしてこのゲームのプレイヤーなら通じるであろう言葉に、素直な疑問を投げかけてしまった事を失敗したと私は感じた。


「正確に表示されないって意味よ。まぁ、今時バグ表示を起こすゲームなんて無いらしいけど」


 予想通り、青年と子供が疑惑の眼を向けて来た。ユルフワちゃんは・・・何かずっと私を見ているな。まぁいいや。


「ゲームの問題であって、私達の問題じゃない。ですよね?」


 私がそう答えると腑に落ちない顔で青年は言う。


「・・・そうね。それで貴方達を信用するかどうかは別だけれど。このゲーム、街中でもプレイヤーに襲われるからね。モンスター以上にプレイヤーを警戒しないといけないのよ。ここまで来たプレイヤーなら解るでしょ」


 そういえば彼?の店でユルフワちゃんが襲われたと母様が言っていたな。何か助けたらしいけれど、詳細は忘れてしまった。異形と化したプレイヤーが襲撃者だったか。性向値がマイナスだと異形になる、だったな。信用の指標として使える情報かな。


「私達は全員、性向値がプラスですよ。信頼値も高いのですが、そちらでキャラクター鑑定スキルはお持ちですか?」

「・・・たしかに、全員問題無いのぅ。それで、お主たちの目的は何じゃ?遺跡を調べてどうしようと言うのじゃ」


 このプレイヤー、中身は年配の人なのだろうか。


「目的地は大陸中心にある塔への到達と、その最上部にある世界樹です」

「それを目指して何とする?」

「大陸に住む亜精族の開放です。そして今のような魔物が跋扈する世界ではなく、人が住める場所にしたいのです」

「まるで植民地化を目論むように聞こえるがの。おぬしらは何処から来ているのじゃ。プレイヤーではあるまい」


 子供の眼も洞察も声色も鋭い。ユルフワちゃんはその言葉にギョッとしていた。


「何故プレイヤーではないと?」

「ワシらは聖女様をNPCだと思っておった。だが、お主は娘だと言う。プレイヤーに親子関係というシステムは無いんじゃよ。しかし、NPCでそこまでの強さを持つ者は違和感がある」


 子供の警戒心が強まると、ユルフワちゃんも腕を組んで考え始めた。


「何故、あの国の崩壊を止められなかった? 何故、亜精族とやらの彼らは森の隙間に押し込められておる? 何故、森を開拓できていない? 何故、今になって旧帝国の遺跡を調べて回っておる?」


 子供以外が押し黙り、静まった空間には水音すら聞こえない。誰も微動だにしていないのだ。


「幾つかの可能性を取り除いていくと、おぬしらは外の世界から来たという事になる。この大陸の事を、ビフレストの事を知ろうとしておる。まるでおぬしらはコロンブスのようじゃよ。現地民を銃で殺さないだけマシかもしれんがな」


 コロンブス?と私以外の三人が怪訝な顔をしている気がした。


「ワシは現実で行く度も戦場を渡り歩いて来た。幾人もの戦災者を見て来た。そのワシの眼から見て、このゲームにずっと違和感を持ち続けている事がある」


 子供は青年を、ユルフワちゃんを見て、こう言い放った。


「これは本当にゲームなのかのう? 遊ぶための体裁を整えてはおるが、その割に非効率で現実的な部分が多すぎる気がするんじゃ。生き死にの部分が特に、のぅ」


 城に居た亜精族は生き返っていない。街中の亜精族の死体は、プレイヤーに弔われるまでそのままだったという。魔物もいきなり現れる訳ではない。異常なのはプレイヤーだけだ。私達の体も、母様が作っただけで、HPが無くなれば倒れ、母様の魔法によってはじめて自動転移される仕組みだ。


「最初の質問を変えた方が良いかもしれんの」


 そう言うと少し俯いた顔を、私に向けて彼は顔を上げた。


「ワシらは一体、何なんじゃ? プレイヤーとは何じゃ?」

「ライエル・・・」


子供の名前をユルフワちゃんが呟く。ライエルというらしい。ライエルの疑問には青年が答えた。


「私はゲームだと思ってるわ。現実の私は確かに存在する。だからこの体は作り物で、痛かろうが空腹だろうが、失っても問題無い入れ物だと思ってるもの。それが正解だと思うわよ。逆なのよ。私達が変なのでは無くて、ビフレストそのものが現実感があり過ぎるのよ」

「そうかの・・・」


 視線を揺らしながら考え込むユルフワちゃん達に、私達の目線で楽な答えを与えない方が良い気がした。相手はゲームを遊んでるだけの、気軽なプレイヤーなのだから。しかし、そのリアリティに苦しんでいる。答えを欲している。ならばそれを利用させてもらう。


「恐らくですが、世界樹に辿り着けば答えは得られるでしょう。ビフレストの管理者は間違いなくそこに居るのですから」

「なんじゃと?」

「どういう事なの」

「管理者?」


 喰いついた。


「既に一度、母様が天からの一撃で管理者に挑みましたが、強力な障壁に阻まれて失敗したそうです。となれば、管理者が居る空間と繋がっている場所から侵入するしかありません」


天からの一撃?と三人が首を傾げているが、話を進める方を優先してくれた。


「侵入してどうするのかしら」

「この大陸を蝕む世界樹は管理者の手の内にあります。大陸解放の為に、管理者を倒して、世界樹を消し去ります」

「大きく出たのぉ。まるでダンジョンごと消し去るとでも言うようじゃな」

「可能なんですか?」

「既に一度、私達の大陸で実現しています」


 私の言葉に子供がニヤリと笑う。事ここに及んで、隠している方がデメリットが大きいと判断した。


「おぬしらの大陸とやらは、亜精族の大陸かの?」

「ここから西に数万キロ。様々な人種が住まう場所です。あなた方プレイヤーが辿り着けるかどうかは知りません」


 ふふん、とライエルという名前らしい子供が笑うと、ユルフワちゃんに向き直った。


「のう、アネラよ。新大陸があるらしいぞい。此処をクリアしたらそっちに旅立つのも面白いと思わんか? 聞いた所では聖女や、こ奴らの故郷じゃろうからの、強い奴がいっぱい居るんじゃろうの」


「私はライエルみたいな戦闘狂じゃないので、単純に旅をしてみたい気はしますね。マナフはどうですか」

「行けるなら行ってみたいわね」

「決まりじゃな」

「では?」


 アネラと呼ばれたユルフワちゃんが一歩前に出た。


「協力しましょう。私達だけじゃ、この先に進めないみたいですし。それに、あなた方がNPCでもプレイヤーでも、戦う仲間となるのなら、あまり大きな違いはないでしょうし」


 ですよね、とアネラは他の二人に問いかけた。


「違いないわぃ!」

「ま、良いんじゃないかしら」


 その後、一通りの自己紹介を終えると、数時間進んだ先に発見した安全地帯で、私達は眠りについた。


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