086
あの扉を超えた先に魔物は出ないんだ。そう思っていた時期が私にもありました。
「二か月間出てこなかったじゃない!!! なんでいきなり出てくるわけ!」
「やっと面白そうなのが出てきおったな! 背中は任せたぞ!」
「狭いんですから射線に入らないでください!! ライエル! 待て! ハウス!!」
変態を倒し、扉の先に進んだ私達は二ヶ月もの間をスキル鍛錬とサバイバルゲームに費やした。その間、魔物は一切現れず、進むべき道も見えてこなかった。
だが、遂にエアーズロックみたいな岩場を発見した私達は、森を歩き岩場の切れ目に歩を進め、細い谷底を突き進んだ。そこで現れた番人のような化け物と遭遇するまでは平和だったんだ。
「なんでこんな狭い所に全身で道を塞ぐような巨大なタコがいるのよ!!! あと臭いのよ! 死ね!!!」
「落ち着いて下さいマナフ。緑色で臭いのは私も見た目云々で同意しますが、此処に出現する事に関しては仕方ないでしょう。どう見てもボスモンスターですし」
「知ったこっちゃないわよ! 私のスローライフゲームを返せ!!」
「私に怒鳴りつける前にガンガン射抜いて下さい。安心してください、森の木々で作った矢が数万本はありますよ」
「既に指が痛い、くっそ!!」
口の悪いオカマだと思いながらオオダコの柔らかい足を風の刃で切り裂いていく。伊達に空に向かって二ヶ月も練習してきたわけじゃない。使えば使うだけ威力も最大MPも上がるし、成長を実感できて中々楽しかった。全魔法属性をレベル五以上に出来たのは大きい。魔導書を全部消費できたのはキャラ育成的に意味合いが大きい。
あ、タコの頭が爆発して墨がぶちまけられた。ライエルが真っ黒になって墨の濁流に流されている。離れとこう。巻き込まれると洗濯が面倒だ。収納しても汚れはそのままだし。
「アネラああああああ! みじゅをくりええええ!!」
「うわ・・・黒いゾンビみたいになってる。ホラゲーで良くいるわよね、ああいうの」
「HPが減ってないので強酸性の墨とかじゃないみたいですね」
ゴアな事になってなくて良かったと軽く息を吐いて安心した。色々と気安い関係にはなったが、友人が徐々に溶けていく姿を見て楽しむ趣味は無い。
「―――ウォーターボール!!」
直径三メートル位の水玉を作ると、そのままショタ爺を包み込んだ。一瞬で真っ黒になる水玉。見えなくなるショタ爺。バシャリと地面に黒い水が広がると、薄黒く染色されたショタ爺が死んだ目でこちらを見ていた。噴き出した鼻息のせいで鼻の穴から黒い水が飛び散った。
「ぶふっ!」
「何わらッとんじゃ、マナーフ!!」
「穢されちゃった感が良いわ! これもある種のギャップ萌えかしら?」
爺さん元気で今日も楽しい。オカマナフはそんな顔をしている。
「ドロップ回収して先に進みますよー・・・いや、奥の方から黒い小さいのが出てきましたね」
少しだけ湾曲した谷底の道の奥に小さい人形?のような何かが複数浮かんで近付いて来る。虫だろうか。透明な羽が見える。
「第二ラウンドか! いくぞぃ!」
「ボディペイントに・・・いや、デバフが掛からない染料を揃えるのがキツイわね。青っぽい黒以外に何も無いんじゃ、見た目が入れ墨にしか見えないし。いや、それ用でデザインを合わせてみるのも・・・」
意気込むショタ爺とブツブツ半目で気持ち悪い顔をしているオカマを斜め後ろから眺めつつ杖を構えた。安全地帯が見つかると良いなぁ。
◇◇
エステラード大陸にもコーヒー豆は存在する。南の海岸線沿いで生産されて、ユリアブランで買い取り、全国に販売されている。私が見つけるまで貴族に敬遠されていたけど。見た目が悪いってだけで、愛飲家が居なかったんだよ。
その焙煎豆をゴリゴリとミルで挽き、蜘蛛糸のフィルターを使用して粉を入れる。熱湯をゆっくりと注ぐと大き目のマグに香しい匂いを放つ黒い液体が落ちて行った。
スチームミルクをたっぷりいれたカップを手に持ち、黒い海原に真っ白な無人島が形成されていく。一定量を注いで止めると、銀色のスティックを差し込み、針のように尖った先っぽで無人島を変形させていった。
無人島を人工島に作り替えると、その形は白百合に似た花へ姿を変えた。スティックを置いて撮影用の魔導具を取り出すとパシャリ。魔道具の下部から一枚の絵が焼き付けられて出てきた。
「・・・うん」
満足である。後でお母様に写真を見せよう。ブランママと違って食いついて来る筈。キャッキャ言いながらお茶会で広めてくれるはずだ。ニヤリとしながら一口飲むと、口の中に苦みと旨味と香ばしさに加えて、ミルクの甘さが広がる。うまし。
部屋に居る侍女が自分の鼻の下を指している。ちょっとだけ苦笑いだ。
「ふふん。ラテヒゲも楽しみ方の一つなのよ」
そう言いながら口元を拭くと、三人並んだ侍女が互いに顔を見合わせている。王妃付きの侍女だけど緩い空気で仕事をしているのは、私がそう指示しているからであって、この部屋を出るとキリっとしてくれる。伊達に貴族の生まれでエリート教育を受けていない。
執務室で束の間の憩いを楽しんでいると、アルがやってきた。基本的に午前はビフレスト、午後は仕事である。文官を伴っていない所を見ると私用だろうか。ここ数か月でまた社会人っぽくなったなぁと、息子を見ながら満足感に浸っていた。
「母様、どうされまし・・・お楽しみのところ済みません。少しお話が」
一瞬きょとんとした顔をしたアルが微笑むと、侍女たちに視線を移した。人払いしろと?
「良いわよ、人心地ついたところだし」
私が目線で合図すると侍女たちは部屋を出て行った。慣れたものである。流石、高レベルの気配察知持ちは違うね。
「それで、現状は落ち着いていると思うんだけど、何かあったのかしら」
大陸内の貿易の話とか、新しい産業とか、大きい話は落ち着きを見せた。労働組合の設立等の商業ギルドへの口出し、細かい税制の見直しといった細か~い話も終わった。私が眠っている間に起きた、新しい問題も殆ど片付いたし、他に何かあっただろうか?
「アバターについてです」
そっちか。やだなー、そっちはまだなにも答えが出てないんだけどなー。
「疑問を疑問で返す位しか出来ないわよ? 私としては、今話すような内容じゃないと思うけれど、何か気になる事でもあったのかしら」
言外に息子を突き放すと、アルは眼光を鈍らせずに大きな書斎机の前で表情を崩さない。身長も伸びて姿勢正しく起立するその様は、王子としての威厳も感じ始めている。親として、ちょっとだけ嬉しい。
「それでも、と言うつもりはありませんよ。疑問と仰るからには、母様も我々について不思議に思った事はあると言う事ですよね?」
スッと手の中から差し出されたのは、黒い金属製の管。書類を丸めて収めるための容器だ。
「現時点での考えを纏めてみました。正直、怖くは有りますが・・・自分が何者なのかは知っておくべきかと思いましたので」
「相手が私だから良いものの・・・場所を選んで話しなさいな。それと、こういった物は形に残さないように。見つかれば余計な疑いを持たれかねないわよ。痛くもない腹を探られたくないでしょう」
「申し訳ありません。早計でした」
机の上の黒い金属管を空間魔法で収納した。
あまり私達二人の前世について、口にしたくない。ただ、アルは成長するにつれて気になっているようだ。アバターの事を口にしたのも、恐らく自分自身すら誰かに造られた存在じゃないかと疑っているのだろう。
「因みに。あなたを産んだ時の苦労はブラウを倒した時よりも大変だったわよ。戦いじゃない痛みって、耐えがたいものなんだから。これでちょっと安心したかしら」
「いえ・・・済みません」
少しだけ笑みを見せてあげると、困ったような顔で申し訳なさそうにアルが一礼して、そのまま部屋を出て行った。
まぁ、怖いよね。自分を産んだのが自分と同じ転生者で、その転生者はゴーレムとはいえ人間に限りなく近い「肉体」を別大陸に作り出している。アバターと自分を重ねて、自分は作り物なんじゃないかと疑いを持つ。不安にもなるだろう。
「はぁ。反省だなこりゃ」
カフェラテを一口飲むと、少しヌルくなったそれを嚥下する。
アルの気持ちを考えれば、ビフレストシステムを使ったゴーレム作成は迂闊だったな。血を流すゴーレムなんて、生身の人間とほぼ同じだ。内臓もあれば脳みそだって存在する。天使とは言っても羽根は生えて無いし、見た目は素人と同じだ。
そんな物を見せられたらアルも不安に思うに決まってる。右眼の前に空間魔法で穴を開け、収納した金属管からアルのメモを取り出した。収納空間の中に両手を突っ込み、丸まったメモを拡げると大体予想通りの事が書かれていた。
「んな事ないけどね」
別にこの世界は作り物じゃないし、私達の本体が何処かにある訳じゃない。本当は今も地球上に眠ったままの本体が居て、脳みそだけの状態で保管されているとか、そんな事実は確認していない。
世界が魔力だけで構成されていれば私も疑っていただろうけれど、この世は魔力がなくとも成り立つ事は確認できている。人間もそうだ。魔力が無くなっても生きていける。
では何故、この世界には魔力が必要とされているのか、どうやって魔力なんてものが産まれたのかといった経緯の不思議はある。そんな不思議進化論を気にするよりもラテアートを楽しむ方が良いけどね。
考えても分からないものは解らない! そのうち解るんじゃないかなー、と能天気に考えながらマグを傾けた。
◇◇
「兄さま!」
考え事をしながら母様の執務室から離れて歩いていると、曲がり角から妹のフランに遭遇した。そろそろフランにも行儀見習いを覚えさせないといけないと、父様が頭を抱えていたのをふと思い出してしまった。
「フラン。またブランお婆様のところかい?」
フランの背中にはいつもの大剣がある。真龍の牙を使って作られた製法不明のチート装備だ。未だに母様以外に造れないと聞いた。
「実戦に勝るものはないし、私より強いのって母様かお婆ちゃんしか居ないからね! いってきます!」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
走り去ったフランの数秒後にコニーが苦笑いしながら一礼して直ぐに追っていった。彼女にも苦労を掛ける。
新大陸で母様が見せた技を必死で覚えようと、フランは毎日のようにブランお婆様の所に足蹴く通っている。ここ数週間は、催行場の二人の戦いが名物になっているらしい。母様が「観光資源になる」と、客席にジャンクフードの売り上げを見込んで黒い笑顔を見せていた。あの人も根っからの商売人だよね。
「フッ、商売人じゃないと九歳でA級商会員になれないか」
「何がA級なんです?」
フランとコニーが走り去っていった方を眺めていると、背中にイルシャが寄り掛かって来た。肩に乗せられた彼女の顎が可愛いらしい。そのまま頬に口づけして離れてしまうのがもどかしい。
「ああ。フランの日課が観光資源になると言って、商会の売り上げを伸ばしている王妃様がいるらしいんだ」
「なるほど。流石のA級商会員ですわね」
「だろう」
催行場の周囲にある販売所ではフランのフェルト人形などが売られていた。王都の奥様達が工房で製作しているらしい。世界最高の商会なのに、パートの斡旋までしているから隙が無い。
ユリアブラン商会は日用品から兵器生産まで手広く行い、輸送業は空から地下鉄道まで掌握している。この世界に独占禁止法があったら間違いなく大犯罪者だ。今尚成長を続けるユリアブラン財閥は世界を席巻し続けている。
こんな大財閥が存在したら国家を乗っ取られそうな気もするけれど、トップが王権代理持ちの王妃なのでその心配もない。更に聖女なので人気商売にも強いときたもんだから、風評被害で売り上げが落ちる事も殆ど無い。武力でどうこうしようものなら自分たちが逆激で潰れるのは必至。本当に隙が無いよ。
イルシャが私の眉間に指を擦りつけて来る。
「皺が寄っていますわよ」
ふふふと笑いながら去っていった。午後は実家の仕事があるらしい。そのまま城外に出て行った。
私は母様を尊敬しているし、どこまで出来てしまうのかという恐怖心も併せ持っている。豪放磊落なところや無鉄砲に見える所もある人だ。止める間もなく何かをしでかしやしないかと見ていて不安にもなる。
同じような不安感は悪魔執事のエンバーも持っていた。
◇◇
「人のそれとは思えぬ精神性をお持ちですな」
「底知れなさとか、そういう事かい?」
「然様で御座います」
イルシャと分かれて自分の執務室に行くと、雑務の手を止めたエンバーがコールと一緒にお茶を入れてくれた。いつも飲んでいる西部メルトラの紅茶だ。王室御用達として数年前から増産されている。
「通常、自らの手に負えない部分に人が触れた時、恐怖心や猜疑心、不安感や忌避感に捉われます。これまで見て来た誰もが、そういった心の変化に行動を躊躇してしまったり、本来の力を発揮できないものです」
エンバーと私はテーブルを囲み、コールが給仕をしてくれている。彼は砂糖を一杯だけ入れるのを好む。
「しかし、あの方にはそれがまるで無い。後ろに立たせて頂いている時、いつも同族なのではないかと既視感を持ってしまうのですよ」
「本人以外が聞いたら激怒しそうなセリフだな」
「申し訳ございません。それ以外に表現すべき言葉が見つかりませなんだ」
二人で声を上げずに笑っていると、エンバーはカップをソーサーに置いた。
「故郷のお話をしても?」
「興味があるね」
「然らば―――、魔界、獄界、幻界。まぁ、様々な呼び方をされておりますが、私達は其処を精黒の海と呼んでおります」
「海?」
精黒の海という単語を聞かされて夜の海を連想した。
「海ですな。海面の無い海です。光無く、どこまでも闇が続き、あらゆる物質が存在しない、底の無い地平線です」
暗く寂しい世界。永遠の闇。触れる物の無い静寂。
「地平線とは言いましたが足を付ける場は無く、川の流れも風の揺らぎも無い場所です。故に悪魔は精神体として生まれます」
「魂のようなものか」
「はい。しかしその心の有り様はヒトに似ており、心の動きがイメージとなって互いを想い、傷つけ合い、求めあう。それが悪魔です」
「・・・まるでヒトだな」
「だからこそ現界して受肉を求めるのでしょうな。私達のように人に寄り添い僅かな魔力で生を繋ぐものもあれば、人の心を求めて玩具のようにヒトを扱う者もあります」
心だけが人間のそれに近く、だからこそ人間を求める存在。体の無い人間。最も近い例えがそれだろうか。
「悪魔の被害がヒトに多いのもそれが理由か」
「最も心ある存在で、その中で最も触れやすい存在ですからな。中には巨人や亜人、稀に真龍に接触する者もいるようですが、私の知り合いには居ません。悪魔からすればヒト以上の隣人は居ませんから」
「隣人か。それは問題を起こしやすいのも納得だな。ご近所挨拶は殆ど済ませていないようだが?」
「顔を見せれば問答無用で排除されますので」
「それもそうか」
二人で笑うと悪魔侍女コールが紅茶を淹れ直してくれた。彼女も人の心に惹かれた存在か。だが、この世界には似たような者が居たな。
「悪魔と精霊の違いは?」
「同じ霊的存在ですが、興味の対象が全く異なります。彼らはヒトに興味がありませんからな。静寂と光を愛するものばかりです。騒がしい心を好まないのでしょう」
「なるほど。だから伝説上の存在になっている訳か」
「敵対する事の方が多いでしょうからな。あれらは魔法その物と聞いております。如何にデーモンロードと言えど、迂闊に手を出せば火傷では済まない程です。ヒトが神聖視するのも恐れからくるものでしょう?」
「触らぬ神に祟りなしだな」
「魔神の代わりにヒトを滅ぼしかけてもおかしくありません。ユリア町にも一柱いるようですがな」
若干、忌々し気にエンバーが言う。
「あの蛇が?」
エンバーは黙って頷いた。随分と心穏やかな精霊なのだと意外に思う。小さい頃、一度だけ母様と蛇が会話をしているような様子を見た事がある。幸いと言って良いのか判らないが、私には蛇の声が聞こえなかったが・・・。
「悪魔も精霊のようなモノではないのか?」
「似て非なるものです。精霊も悪魔も手を出されれば反撃しますが、悪魔は好奇心が強いだけで、基本的には玩具を壊さぬように眺めている事が多いのですよ。対して精霊は慈悲が無い。住処ごと根絶やしにしてしまいます」
「人災か災害かの違いか」
「ほっほっ。確かに、そう言えなくもないですな」
コレクターか壊し屋かの違いにしか聞こえない。どちらも人生を狂わせるのは違いが無いだろうとは言わなかった。
「あの方がアバターとやらを作り出した時、親近感が湧きました。やっている事が私たち悪魔と大して変わりません。面白い。ヒトというのは本当に面白いものですな」
「・・・」
額に皺が寄る感覚を味わいながら紅茶を飲み干した。
◇◇
城の地下深くにある部屋の中には、数多のゴーレムとそれらに囲まれた天井の光が柱となって地面を照らしている。まるで手術室のようだと思いながら横たわった胴体だけのゴーレムを見下ろす。
空中に固定されて浮いているそれの体から白い線が幾つも伸びてフワフワと広がっていた。見る者が見れば世界樹の中で遭遇した化け物と見間違えるかもしえない。そうなったら大騒ぎだ。
「―――さぁ、バランガバランガぼ~くらのっ、あ~くまっちゃん」
自分で口にしておきながら首を傾げた歌のワンフレーズには聞き覚えが無い。何となく知ってる気がしたという事は、いつものように頭に浮かんだ前世の知識なのだろう。まぁいいやと思いつつ白い線の周囲に骨と筋繊維に相当するゴーレム部品を生成していく。
「パッと見、悪魔というかマッドだけど・・・アルにあそこまで怖がられるようなことしたかなぁ?」
エンバーに相談する程に悩まれる不安を抱えていたらしい。城の中に仕込んだ数多の監視ゴーレムが二人の様子を教えてくれた。コールの作ったクッキーを食べたくなった辺りで見るのを止めたけど。
白い線に魔力を込めて伸長させると、線の周囲にナイロンのような反射光を放つ疑似筋繊維が伸びていく。関節代わりの金属骨格を追加して、それらも伸ばしていく。
両手両足が指先まで完成すると、性別の無い見た目は美女な豊満な胸の女性体が寝台の上に出来上がった。筋肉質で金髪。身長二メートル近い大柄な美人だ。ビフレストシステムを使ってゴーレムを作る場合、肉体は自前で用意しないといけない。身長は元の体と同じ目線になるように、なるべく調整している。尚、天使を作る場合はシステムにお任せするので、こんな手間は掛けない。
「あともう一体・・・家族サービスが過ぎるわ・・・」
私と同じくらいの身長の男性体を作って作業は終了した。後はこれをシステムに誤認させて新大陸に送り込めばいい。
「ご加護のままに~・・・ポチッとな」
ゆるふわちゃんの脳内を覗いた時に、HVRの仕組みは大体把握させてもらった。それをこちらのゴーレム技術で近いものを作成し、魔力で新大陸と導線を繋げる。
元々は通信回線を通してサーバーに接続し、サーバーからのリクエストを応用して接続者の体に魔力を送り込んでいたようだ。あとは魂と呼べるものを新大陸と繋いでアバターとなる天使族の体を動かしている。それがビフレストシステムの一部機能だ。
今回、私が用意したゴーレムはそれを流用したもので、最初から魔力で新大陸に接続して魂の接続反応をビフレストシステムに起こさせている。違うのはサーバーか、新大陸に居る魔神かの違いだ。
間違いなく魔神か、それに似た存在が引き込んでいる。そしてそれは実証された。私の作ったゴーレムは天使族として認識され、アル達を疑似プレイヤーとして送り込むことに成功した。
自分自身も疑似プレイヤーとして作成したが、私の場合は本来のレベルをそのまま維持した状態で接続している。だから、遥か上空まで転移して、そのまま銀羽玉のところまで強襲できたんですね。
失敗したけど。
「姿形は大分違ったけれど、力そのものは近いものを感じたし・・・多分アレが標的で間違いなさそうね」
弾かれた結界は魔神メギアの所にあった結界と、ほぼ同じ強度のものだった。メギアが倒れた後も存在している事を考えると・・・アレは本体の能力ではなく、塔の機能で作られたものという事になる。試しにメギアの所の結界を攻撃してみたけど壊せなかった。
「髪色は同じ黒髪にして、と」
長髪ロングの鋭い眼光のイケメンが出来上がると、魔法職用のローブを着せて美人と一緒に転移で郵送した。今頃はユベアラちゃんの前に現れたはず。ごめんね、驚かせて。
作業机の上からモノクル型の魔導具を回収すると、腕輪の中に収納した。これはレオンに頼まれた仕事道具だ。
湖の底で驚くエルフっ娘を想像して楽しくなりつつ、地下秘密研究所を後にした。こういう事をしているから悪魔とか言われるんだろうか? これくらいは許してほしいものである。
◇◇
パーティという名の立食会議を終え、針子たちの成果報告会が解散すれば夕暮れ時に家族とリビングで過ごすのみ。
ブランママの産んだ子と私の子が、フカフカ絨毯の上をハイハイで競争している。それをフラン達があやしているのを眺めながらレオンの相手をしていた。
「ハイこれ。この間、話してた魔導具」
「これは・・・モノクルか」
レオンの横から左耳に紐を通して鼻の部分に乗せると左目がレンズ越しに光る。度が入っていないレンズなので目が大きく見えたりはしない。眼球内に干渉して光魔法で映像を作り出す魔道具なので、外から見れば目が光っているような感じになる。
「見えた?」
「ああ。左目だけなのか? あとどれがどれ何だか、ちょっと混乱するな。慣れるまで時間が掛かりそうだ」
「後は左手にコレね」
レオンの左手の指先にフックをかけるように引っ掛け、そのまま手の甲を通って輪っかを手首に巻き付けるように絞める。
「痛くない?」
「問題無い。これは?」
「魔力を通して指先を動かしてみて」
黙って指を動かすレオンの手を眺めて居ると、感嘆の声が旦那から漏れて来た。この魔導具はモノクルとセットになっていて、眼球内に表示した内容を左手で操作する道具だ。指先の動きと魔力を込めた割合と手の甲を突っ張る事で色々と操作できる。要は片手で操作できるキーボードみたいなものだ。
「・・・どう? 使い慣れるまで少しかかるだろうから、色々と試してね」
「これは・・・たしかに慣れが必要だな。竜機人ゴーレムのように色々と表示されていたのが、消えたり現れたり・・・むっ・・・こうか?」
何だか懐かしい感覚がする。何だろうか? 年配の人にパソコンの操作を教えるような、微笑ましい感覚だ。相手が夫だからだろうか。つい頬が上がってしまう。
「うん? これはどうすれば良いんだ?」
「ちょっとまってね」
動きを止めたレオンの左手の甲に被せるように、私の左手を乗せて操作する。両目を閉じてレオンの魔導具に額を近づけて、まるで口づけするように顔を寄せると、私の暗い視界にレオンの見ている内容が映し出された。
魔導具に無理矢理鑑賞して、天瞳のスキルで視界を共有しているので他の人は真似できないだろう。何やらレオンが呻いている。頬にキスしてやる。
「むぅ・・・ユリア・・・ぉぃ・・・」
反応せずに左手をグイグイ操作すると、表示されている内容が整理されていく。全て書籍などの文字列や、仕事で使っている記録など、仕事に関わる書類が画像として保存されている。
最近は国王として城内を行ったり来たりしているレオンなのだが、ゆっくりと資料を確認している暇もない。しかし、今のレオンの傍には優秀な秘書役だったノールさんが居ない。
元々、文官としての才能が無いレオンなのでカンニングペーパー的な物が無いと対応が追い付かない部分があったのだ。それを補助する道具が必要だと思って作ったのが、資料確認用のモノクル式魔導具だ。
「ちょ・・・ユリア・・・」
眼を閉じてレオンに抱き着き、右手を肩に回してガッシリとロックする。覆いかぶさるようにしながら左手を動かし続けると、表示内容が理路整然となっていく。
「むぶっ」
レオンの口を唇で塞いで操作を続けると、暫くしてメニュー画面代わりのデスクトップ的な整理が終わった。
「ぷぁ。はい、終わり」
「う、うむ」
ニコニコしながらレオンの隣に座り直すと、子供達と義両親から温かい目を向けられていたので笑顔で答えてあげた。お母様、笑い過ぎです。
顔の赤いレオンを眺めつつ、黙って操作を終えるのを待つ。納得がいくまで待つ。クイクイっと操作する手が止まるまで待つ。
もう三十半ばなのにレオンは若いなぁ。闘気使いだからか、見た目が二十台前半のままだ。細胞が老化し難いんだろう。ブランママも良い例だ。この間の出産で少しだけ老けた気がするけれど、一般的には若奥様の領域を抜けていない。
そうこう考えている内に左手の動きが止まった。
「うん・・・凄いな。話を聞きながら確認できるし、左手を隠しておけば、相手の違和感も少ないだろう。新たに追加するにはどうすればいい?」
「モノクルで撮影すれば登録できるよ」
またレオンの左手が動く。目的の内容が見つかったらしく動きを止めた。
「助かる。これなら仕事がスムーズに進められるな」
「それなら良かったわ。結構苦労したんだから、微妙な反応だったら泣いてたかも」
「頑張って作ってくれたんだろう? ありがとう、ユリア。もしかしたら、これからは早めに仕事を切り上げられそうだ」
「期待してます。んふふ」
その後、資料作成のためにお父様とアルの内部資料を盗撮しまくったのがバレて一時間ほど二人に叱られた。旦那の為やってん・・・仕方なかったんやで・・・。
◇◇
チラリと横を見ると未だに夫が義理の娘を叱っている。孫のアルセウスも思うところがあるようで、最近増えた眉間の皺をさらに深くして母親を睨んでいた。
産まれて一年程度の孫を抱きつつ、同じく孫のフラノールが逞しい手でその柔らかい頬を撫でている。大きな手だ。とても十一歳の女の子の手には見えない。
その手を掴むのは丸々とした柔らかい手。まだ手首に筋が残る赤ん坊の手が、姉の指を掴んで離さない。掴まれた方は幸せそうだ。こういう時は女の子の貌になるのに、と若干残念な気持ちになる。
母親似の美貌に父親と同じ美しい金髪。闘気剣使いとして剣姫の称号も得ている上に特A級冒険者。王族にして侯爵。おまけにブランネージュさんと同じく頭の回転が速い。これでお作法が出来ていれば完璧なのに。
ふとその頭を撫でていると、不思議そうな顔で見返してきた。
「お婆様?」
「いえ、立派になったものだと、嬉しくなってしまったのよ。うふふ、いきなりごめんなさいね?」
「・・・まだ、ずっと足らないし。全然立派じゃないから」
おや、俯かれてしまったわね。この子は未だに自分と母親を比べる癖が抜けないのかしら。
幼い時は兄と比べ、大きくなれば母と比べ。その度に悔しそうな顔をする。普段は自信過剰なくらいに胸を張っているのに、その時だけは弱弱しい子供のようになってしまう。
それでも、こんな顔を外では見せていないらしい。見せるのは比べる対象者の前だけ。今は城の鍛錬場でしか見られないかしら? 見世物と化した催行場の勝負では顔色を変えずに終始している。ブランネージュさんが少しだけ羨ましいわね。私も孫と魔法勝負でもしようかしら。
「今のうちに、いっぱい負けて、いっぱい強くなりなさい。来年からはお城の中で嫁入り修行でしょう?」
「あたしは貴族と結婚なんてしたくない。もっと自由な男と一緒が良い」
これだ。子供の夢だと切り捨てるのは簡単だけれど、この子は自由の責任が重い事も自覚した上でこう言っている。頭が良いものね。それでも、この子には自由に出来てしまうだけの力がある。
「あら。それなら同じくらい自由な男を探さないといけないわね」
「むぅ・・・今のところ居ないけど・・・今は。その・・・」
当然ながら相手にも自由の責任が覆いかぶさってくる。ユリアネージュはレオンという自由人を見つけた。それでも二人はお互いの自由の為に、沢山の責任を負った。
レオンは王太子という責任を。ユリアネージュは聖女としての責任を。割合はユリアさんのほうが高かったかしらね? 王権代理なんて重い役回りを課してしまったのは申し訳なかったけれど、殆どは本人が望んだものだった。解った上での申し出だったのでしょうね。
本当にブランさんの子供たちは聡い子ばかりね。やはり王家の血筋だからかしら?
「あぁ、もう。そんな男居ないのは解ってるよ。それでもお母様や叔母様みたいには生きられないんだって。性格的に無理なのはお婆様も分かってるでしょ」
「あら? あなたみたいに考える淑女はそれなりに居るわよ? ただ、体裁を整えるのが上手いだけ。それを淑女と呼んでいいのかどうかは解らないけれどね? ふふふふふ・・・」
「それだよ。そういう取り繕った生き方が嫌なんだよなぁ」
「下品に生きろとは言わないわ。私はね、フランに誰にも文句を言わせない生き方をしてもらいたいだけよ。好きでしょう? そういう生き方」
「・・・違わないけど、そうじゃないんだよ」
後ろでコニーとイルシャが居た堪れない顔をしつつ、孫を見ている。二人も分かってはいるのでしょうね。ただ、大人になって欲しいと思っているけれど、フランが覚悟を決められない姿を期待しつつ応援している。
声をかけても常に反発するフランに対して、コニーとイルシャは行動で示そうとしているのは知っている。コニーもイルシャも既に婚約者が居て、貴族としての生き方をしつつ戦いに身を置こうとしている。
イルシャは未来の王妃として、ユリアさんと同じような生き方を望んでいる。やがて闇魔法の新たな開祖になるかもしれないわね。その道筋はユリアさんも見つけているようだし、同じ魔導師として密かに期待している。
コニーは公表されていないが、暗部の人間と婚約している。元々あの子爵家は暗部の家系だものね。娘は騎士だったけれど、父親は暗部でも複数の部隊を取りまとめる上役だ。その後を継ぐことになる。
フランにも王家の人間として政治に関わらねばならない道がある。まぁ、母親の背中が大きすぎるのが最大の問題かしらね? その母親は今現在、跡取りに責められているのですけれど。
「そんなに重く考える必要などないわ。御覧なさいな。あなたのお母様も一人で何でもできるの訳ではありませんよ」
「・・・すんごい叱られてるけれど」
「悪い事をしたら叱られるのは、幾つになっても同じでしょう?」
私がニヤリとすると、フランも困ったようにシニカルな笑いを見せた。やれやれ、もうちょっと素直に母親に当たってもらいたいわね。フランは一番下の子の手を放してソファに逃げてしまった。
そうして叱られ王妃を眺めていると、彼女と目が合った。好機と見たのか二人に何事かを言ってこちら逃げて来た。やれやれ、親子そろって困った物ね。
◇◇
「あ! ちょっと母様! まだ話は終わっておりませんよ!!」
「後で聞くから! それよりお母様に渡してないものがあるのを思い出したのよ! それとお父様もね! ちょっとこっち来てください!」
「母様!」
「後で聞くから!」
やべー、めっちゃ怒ってる。とりあえず見逃してくれたらしい。明日が怖いけど、例のあれを見せれば静かになってくれる筈! 少なくともお義父様は静かになるわね。
広いリビングをスタスタと歩いて、こちらを眺めているお義母様に近付いていく。フランはなぜか消沈した顔でソファで両膝を抱えている。何だか知らないがコニーとイルシャが苦笑いなので放置だ。
「お母さま、例のあれ作りましたよ!」
「まぁ! で、どうでしたか」
「これです!」
腕輪からHVRモドキを出すと、それを見たお義母様が首を傾げた。まぁ、そうなるよね。見せるの初めてだし。実際に見せるために私が被って魔力を通すと、外部ランプが点灯したのか「まぁ」と声が上がった。
そのまま頭から外して両手で差し出す。
「ちょっと重いので両手で支えてください」
千二百グラムくらいです。頭に被ると若干重く感じる。普段から魔導具のウィッグ着けてるんだし大丈夫でしょう!
「か、被るのかしら?」
「はい」
「・・・」
のそのそとソレを被るお義母様。ちょっと不安そうな顔なのはご愛敬だ。
「外の景色が見えますわね? 夜なのに朝日が差してますが・・・」
「ただの絵です。気にしないでください」
ログイン画面ですので。
「目を動かすと追従する何かが見えませんか?」
「・・・ありますわね」
「まだ何もしないでください。魔力を通して追従するものでボタンを押すイメージをすると、精神が別の物に接続されます。ゴーレム操作と同じですね」
傍で聞いていたフラン達がビクッと反応した。そうです。あなた達が使ってる物ですよ。
「ちょっと、お母様!? お婆様に何を」
「大丈夫よフラン。あなた達のとは別物だから。私と同じくレベル維持型だから、向こうのアバターに繋がっても、お義母様の実力なら問題ないわね!」
「いや、そう言う問題じゃ」
被り物をしたお義母様と娘がオロオロしている。何が問題だと言うのか? ちょっとアバターで遊ぶだけだが?
「む? それは何だ?」
「お父様もどうぞ」
有無を言わさずHVRモドキを被せると、楽しそうに声を上げはじめる元国王のオジサマ。レオンと言いお義父様と言い、こういうの好きだよなぁ。少年の心を揺さぶるんですよね。解ります。
「ボタンを押さないでくださいね。遠くのゴーレムに精神が飛びますから、こっちの体は動かせなくなりますよ」
「分かった! 寝室で使えばよいのだな! これが、アレであろう? 新大陸のプレイヤーという奴の疑似ゴーレムといったか? であろう!?」
「そうですけど落ち着いて下さい。子供が怖がってます」
ウッキウキだなこの爺さん。
実は以前からフランが新大陸でプレイヤーの真似事をしているのを漏らしていたので、それを聞いた冒険野郎が「俺も行くぞ!」とわがままを言い始めたのである。
因みにレオンのは却下した。
「俺のは作ってくれないのだな・・・」
「・・・あなたの周りに用意した専用のゴーレムの数を数えてから、同じことを言ってみなさい。さあ、今一度、同じことを仰いなさいな」
「す、すまん。もう言わん。モノクルもありがとう。凄く助かっている。だからその仙気を抑えてくれ!」
国王補佐役として大量の文官ゴーレムと護衛ゴーレムを用意している。文官ゴーレムは超優秀な秘書だったノールさんの真似をして行動する。護衛は細身の執事服を着た竜気ゴーレムだ。どこの軍隊が来ても負けない。
それらを用意するのにどれだけ苦労したのか、懇々と説明したいくらいだ。その上でまだ、アバターが欲しいと? アレ一台作るのに何日かかるのか考えてもらいたい。
「そもそも、レオンに遊んでる時間があるのかしら。アル達は修行のために探索も兼ねて参加させているけれど、お父様とお母様の分は単純に遊ぶための物なの。せっかくモノクルを使って私達の時間を作ろうとしているのに、あなたのアバターを作ったら意味が無いでしょう!」
「いや、うむ。すまない。もう言わない」
「理解してくれて嬉しいわ。早々にアルに国王の座を渡して隠居したいところだけれど、それまで頑張りましょうね」
何やらこっちを見ているアルの眼が鋭くなった。
「そうだな。あ、いや、違うぞアル。然るべき時節を待ってからだからな。無責任な真似をするつもりは無い。だから心置きなく戴冠の儀に向けて研鑽するのだぞ」
「・・・はい。身に余るお言葉ありがとうございます」
「うむ・・・」
大丈夫だぞ息子よ。まずは盛大な結婚式を挙げてやるからな。
楽しみにしているが良い! はっはっはっはっは!!
王都内パレードは空中ブランコだ!!
青絨毯は天使型ゴーレムを使って、空から光る花びらをバラ撒いてやる!!
おまけに光妖精を使ってイリュージョンパレードにしてやるわ!!
昼を夜に変えてな!!
戴冠式も疑似大精霊で謁見の間を囲んでやる!
巨大な白騎士が両手剣でアーチを作って其処を歩かせてやろう!!
実際にやったら悪魔の所業とか言われるんだろうな。それはそれでちょっと楽しみ。
◇◇
岩と岩の間を細い小川が流れている。川と呼ぶべきなのか判らないが、私の手首位の水の流れが足元を流れている。緑色なのが気になるけど。
「これ、毒ですかね?」
「強アルカリ性だけど毒ではないわね」
オカマナフが水を凝視しながら鑑定したらしい。冷静に答えてくれた。どうも金属が含まれているらしいが、人体に悪いものでは無いらしい。いや、金属が含まれてるんだから毒じゃないのか?
「飲む気にはならんな」
「同感です」
ショタ爺はあまり気にしていない。
「私だって飲まないわよ。それより早く安全地帯を見つけたいわね。さっきのオオダコから何も出てこないし、景色が似たようなのばかりで飽きたわ」
「微妙に違うように見えますけど、ループしてたりしないですよね」
「マップ上では進んでおるのぅ」
確かに進んではいる。しかし一本道がグネグネと岩場を割るように続いているだけで、私達の視界には両脇の岩しか見えない。魔物も出てこない。暇だ。暇すぎる。
「・・・緊張感も薄れそうです」
「そうじゃのう。警戒しても無駄かもしれん。何かが通った足跡すら残っておらぬ」
時々、このショタ爺はレンジャーみたいなことを言う。私もある程度は解るけれど、この爺はサバイバル技術のレベルが違う。リアル狩人なのだろうか。
「どうでも良いけれど退屈ね。あのオオダコも何を守ってたのかイマイチわからないし。なんなのかしら?」
「変態がそうだったように、新しいエリアの門番だったとかじゃないんですか」
「それにしては扉も何も無いがのぅ。こんな岩場じゃ、地下シェルターくらいしか思いつかんが」
「あっても洞窟くらいじゃないのかしら? 出来れば足場がしっかりした所が良いわね。膝が疲れそうだわ」
「ゲームで良かったと思いましょうよ」
乾いた地面が地味に足腰を疲れさせてくる。ゲームキャラだから走っても大して疲れないし、足腰にダメージは蓄積しない。なんなら覚えた回復魔法で癒せる。
オオダコを倒してから既にニ十キロ近く走り続け、三十キロを目前にして安全地帯が見つかった。隘路を抜けた先は開けた場所で、周囲を岩が円状に囲っていた。中心にはワープポイントですと言いたげに、ストーンヘンジのような組石が置かれている。
「・・・とりあえずテント張りましょうか。空腹値も回復しないといけませんし」
「そうじゃの」
「神秘的なところね。妙に魔力が漲ってるし」
オカマナフは世界遺産好きなのだろうか? 大戦で焼け落ちなかった京都にでも連れて行きたい。五重塔は数回再建されたと言ったらガックリしそうだな。
いつものように四人まで寝れるワンタッチテントを開き、水魔法で鍋にいっぱいのお湯を作ろうと水を張る。適当に拾った石で竈を作り、燃料の木材を置いて火魔法を投げ込む。二秒くらいで赤熱した木材に変わった。
私の様子をショタ爺がボーっと見て退屈そうにしている。オカマナフは周囲を気にして落ち着かない。岩の模様が気になるようだ。
「ライエル、大丈夫ですか。ボーっとしてますけど。先に落ちます?」
「いや、二時間も走りっぱなしじゃったから退屈で限界なだけじゃ。そろそろダンジョンでも見つかって欲しいわぃ」
そういうと死んだ目でショタ爺は炎を見つめ始めた。この老人、マジで大丈夫か。戦ってないと死んでしまうんだろうか。
脇に見える円状の魔法陣をチラ見しつつ、私は複数属性の魔法の玉を作って遊んでいた。作業をしながらでも、こうしていると魔法スキルレベルが上がる。いつからか並列制御スキルが生えた為、この練習法を繰り返している。走っている時も周囲に浮かべていた。
「お主のそれも長いのう。飽きんのか?」
「ライエルだって闘気制御の練習が必要なのでは? 小手と具足に纏わせれば鍛錬になるじゃないですか」
「地味じゃ。好かん」
何イジけてんだこの爺。どうもショタ爺は型の鍛錬などは全身を動かすから続けられるらしいけれど、微動だにせず同じ動きを繰り返す事が苦手らしい。苦手というか嫌いなのか。絶対に工場勤務とか出来ない人だろうな。
その割には気配を消すのが一番うまいんだよなぁ。アレなんて待つ事が苦痛になりそうなのに。
「ライエルはジッと待つのは我慢できても、繰り返し作業は耐えられないんですか?」
「待つのは戦闘技術の一つじゃ。気配を消し、獲物に悟らせぬ戦術よ。ただ考えもせず繰り返すのとは訳が違うじゃろが」
ムスッとした十歳児がこちらを見ずに言う。何だかムカついたので火の周りに光の玉を躍らせてみた。こちらを睨んできよる。
「・・・なんじゃ」
「暇なら鍛錬の相手をして下さい。光の玉を全て避けて下さいよ」
「そんなもんじゃ鍛錬にならんわ。トロ過ぎて眠くなるじゃろ」
「ほぅ・・・」
触ってもダメージも何もない玉だが、触れれば消える。それくらい弱い光の玉なのだが、強度を上げれば殴られるのと同じくらいに威力が高まる。
魔力制御で威力を高め、高速で動かしつつショタ爺を狙う。体育座りの十歳児が慌てて立ち上がると、次々追ってくる玉を全て躱していく。
私も意地になってきた。
数を減らして速度を上げる。死角から狙えるように常に一つはライエルの後ろに追従させた。残りは二つ。左右、上下と同時に動かして襲わせると、避けきれないと思ったのかライエルが片手の甲で玉を殴った。
パンッと一つが消えると同時にライエルの背中に一つが命中する。こちらを振り返ったライエルは少しだけ目を細めてニヤリとしていた。




