009
年が明けて冬が開ける頃、ブランが妹サリアネージュを出産した。産婆さんと老神官に立ち会ってもらったが、持ち前の体力の多さから、出血のわりに回復魔法は必要なかったようだ。
両親の謎ルールでブランが名を付けた。男ならアルトが、女ならブランがってところか。名を付けたブランが早速愛称のサリーで呼んでいるので、本名なのか愛称なのか分かり辛い。
「お、指を握ったぞ」
「パパの指は腕みたいだから、掴み辛いよ。サリー、お姉ちゃんの手の方が柔らかいよ」
「ちょ、ちょっとまて!公平にだな、ユリア!」
「ほらサリーもお姉ちゃんのほうが好きだよね~」
「パパだよ~サリア~パパだよ~サリ「ふゃああああ!」・・・ふぅ」
勝った。産まれて一か月経っても毎日勝利である。敗北を知りたい!
尚、アルトパパは私達の事を頭の3文字で呼ぶ事が多い。伸ばす言い方が言い難いんだろうか?ブランママが居る時は殆どユーリ呼びなのは気遣っての事だろうと思う。どんだけ嫁好きなんだろうか。
「ほら、サリーお乳だよね~」
授乳期間は脱ぐのが面倒になったブランがポンチョのようなもの一枚で近づいて来た。前をたくし上げればそこには立派な母の象徴があり、母乳が溢れだしていた。
ジッとサリーの顔を見ていたら、飲む?と反対側のお乳を向けてきたので、やんわりと断っておいた。アルトには聞かない所が生々しくなくて助かる。
基本的にブランは寝不足気味なので昼間は私がサリーの世話をしている。新生児とはいえ日ごとに大きくなっているので、妹を背中に背負っていると意外と鍛錬になる。気力制御で身体強化を行うのだが、なるべく微弱且つ長時間行う事で、一日背負っていても案外疲れない事が解った。
その状態で台所用魔法を使うので、私の体内では常に気力と魔力が迸っている。モヤモヤを視認できる人からすれば良く分からない状態になっているだろう。黄色いモヤモヤと、各属性の色が飛び交っている姿は夜の環状線早送り状態に近い。
「ほら、サリー。ウォータースライムだよ~かわいいでしょ~」
「ほぁぁ・・・」
肩越しに作って見せたのはグニグニと形を変える水で作った雫型のスライムだ。某ゲームの見た目に近いので、こっちの世界のようなグロテスクな化け物ではない。
最近のサリーのお気に入りはこのウォータースライムだ。火で作ったトカゲや、土で作った円柱に半球が乗った某ロボットは不人気だった。
これらは私の魔力制御訓練で作ったもので、意のままに魔法を操る為に新しい訓練法として作っている。要するに魔法陣の訓練だ。魔法教書は火球の位置を変えたりサイズを変えたりといった程度の訓練法しか載っていなかったが、意のままに操るという意味合いは少し違うと思う。
言ってみればイメージに沿った形に魔力を変えるのが、本来の制御ではないだろうか。最終的にはその性質すらも変われば良いのだろうけれど、私のスキルレベルでは作った赤い火トカゲが青い火トカゲにならず、消えるだけで終わってしまった。
この形状変化とも言える魔法の扱い方で入れ物が整った。最も顕著なのが土で出来たR2○2だ。円柱と半球の間に簡易的な魔法陣を書き込み、棒のような触腕を取り付け、移動と触腕操作を制御させる。
まだ前後左右回転移動と上下の腕の操作しか出来ないが、微量な魔力でこれを用意することが出来た。魔法陣は複雑化するとともに消費魔力が増えていく。前後移動だけと前後左右回転といった移動方法では後者の方が圧倒的に魔法陣の魔力消費量が異なる。
うっかり自分の魔力で動かそうものなら吐く自信がある。それを回避するには技術力の向上と魔力量の増加を目指して鍛えないといけないのだけれど・・・。ステータスを見ながら先が長いなと、軽く息を吐いた。まだ少し息が白い。春はもう少し先のようだ。
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ユリアネージュ(4歳)
種族:素人
レベル:1
HP:38
MP:59
状態:通常
スキル:剣術LV3、歩法LV2、火魔法LV2、水魔法LV3、風魔法LV2,土魔法LV3、光魔法LV2、闇魔法LV2、気力制御LV5、魔力制御LV6、真実の瞳、フリキア言語LV4
称号:―
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お昼前にブランを起こしてサリーを託し、昼食の用意をする。母乳を飲んだサリーを寝かせてブランの鍛錬に付き合い、失った体力の底上げと全身疲労で寝やすくさせる。
終わったらブランの筋トレを眺めつつ洗濯ものの取り込みを行い、土魔法で作った人形たちに洗濯籠を運ばせる。
サリーの様子をチラチラ見つつ、自作の揺り篭を風魔法で揺らしながら魔法教書を読み耽る。ブランはその間に狩りだ。
夕方近くになったらブランを呼んでサリーにミルクを上げてもらいつつ、私が夕飯の支度をしていると、日暮れ前にアルトが帰ってきてサリーが泣き出す。
アルトをブランに任せてサリーを背負い、掘り炬燵の上に食事を並べると改めて我が家の食事事情は優秀だなと感心しつつモグモグ。
そんな毎日。
「あ、しまった」
忘れていたので、新しく作ったお風呂に火球を投げ入れに行き、モグモグしつつお風呂が適温になるのを祈る。尚、熱湯魔法は精神的疲労が激しいので大量に作れません。どうしても湯量が少ないのだ。
サリーがアルトに構われてギャン泣きしているのをBGMにしつつブランとお喋りしながら洗い物をして、ブランがサリーを奪還してお風呂に向かった。
「パパ、家の周りで取れた薬草茶飲む?」
「ああ、もらうよ」
これは魔法教書に書いてあったチョットした調合例に載っていた薬草を使っている。図鑑代わりに絵が載っていたのは幸運だった。更に家の周囲に生えていたのはもっと幸運だった。
「はい、今日も一日お疲れ様です」
「ありがとう」
目の覚めるような緑色だが、疲労回復の効果と若干の治癒効果があるので、スタミナポーションの材料になるらしい。多分、乳酸の除去とかリンパを整える働きがあるんじゃないかな。因みにポーションにすると治癒効果は消える。
「あぁー効くなぁコレ。売れるんじゃないか?」
アルトの質問にお茶を口に含みながら首を振った。
「ごく・・・摘んでから日が経つと、疲労回復しなくなるし、苦みが強くなるから、売り物には出来ないと思うの」
「そうか・・・村の特産になれれば良いかと思ったんだがな・・・」
ああ、そういう目線か。そう言えば冬の間に何度か、村長の家に男衆が集まってそんな話をしたと言っていたっけな。
実際に日持ちするように加工を試したんだが、乾燥させても火で炙っても真空の箱に入れても、一週間もすれば効果が消えてしまっていた。多分、薬草にまとわりつく魔力が霧散するせいなのだろう。こういうのを薬に出来る人は錬金術師とか、薬師とか言われる人なんだろうな。
魔法教書にはその辺が書いていなかったので、今の私には方法が分からないし出来るかも不明だ。
「村の発展になるか分からないけれど、紙を作れば売れるんじゃないかな・・・」
製紙技術は存在する。証拠として老神官から貰った教書が紙の本だ。羊皮紙のような皮の本が主流らしいが、高いけど紙の本も作られているらしい。高いけど。・・・どうしてそんな高い紙の本を老神官が持っていたのかは気になるけどね。
「そんな高級品をどうやって作れば良いって言うんだ?」
「冬の前になると、穂先に小さい粒を付ける植物があるでしょ?アレを煮て潰すの。それを細い糸で網を作ったところに流し込んで、一枚の大きな紙にするの。細かく潰した植物はきっと綺麗な紙になると思うの」
和紙になるんじゃないかと期待している。
「・・・? 何であんなのが紙になるんだ」
糊と繊維がどうのこうのと言っても解るまい。
「魔法ヨ」
「魔法か」
「ソウヨ」
「そうか」
これで良し。
幸いな事に紙透の作業は女子供でも出来る。次々に発展していくこの村の未来を考えれば、小規模な製紙工業はあったほうが良いのだろう。糊は水魔法で作れるし、材料もあるのなら元手はタダだ。やらない方が損だ。何より魔法の練習になる。
「あとは近くの池に粘土があったから、取ってきてレンガを焼いたり、ボーンチャイナを造ったり出来るかもしれないよ」
「煉瓦は解るが、ボーン・・・?」
「白くて綺麗な食器が作れるの」
「・・・どうやって?」
「魔法ヨ」
「それも魔法か」
「ソウヨ」
「そうか・・・」
結局のところ私が居ないとダメなのでは? という解に辿り着いたらしく、春からは私が色々と行動する事になった。もとよりそのつもりだから問題無いけどね。
何日か過ぎ、寒風が清々しい春の風に変わり始めた頃、倒れ伏した草原の叢の中にフキノトウのような芽が出てきた。ブランママに聞くと食べられるそうなので、煮て食べた。苦かった。
「あっはっはっは」
「ぜっだいにがいっでしっでだでじょう!」
ブランママに嵌められたので、その日はお昼ご飯に近くなっても起こさなかった。今日は妹を独占するのであります!
日差しが暖かい縁側に座り、妹を足の上に抱っこして魔法の練習に勤しむ。ポカポカしているせいか、妹は腕の中で眠ってしまった。
「ふぁ~・・・いかん、寝ちゃう」
サリーの頭頂部を見ながらミルクの匂いがする頭に鼻を付けてみた。めっちゃ良い匂いする・・・。あ、いや、これが乳臭いって匂いなのか。私もまだ乳臭いんだろうか?
肩の匂いを嗅いでも日光で臨終したダニの匂いしかしなかった。100パーセント綿製品のゴワゴワな服だからね、布団を着てるようなものだ。それでも温かくて丈夫だ。アルトパパが綿花を育ててくれていて助かる。
我が家は結構色んな種類の野菜、菜のものを育てているらしい。というかアルトパパの畑は殆ど見た事が無いので、村で一番広い!という事しか知らない。最初期に9割方ブランママが耕したそうだ。鍬じゃなくて剣で。そう、剣術で地面を破壊し尽くし、それをアルトパパが数日かかって整えるという荒業を繰り出したという。
他家と比較すると凡そ5倍である。それ、よく活用しきれるな?と思ったのだが、この世界には輪作が既に広まっているらしく、休ませている畑も結構多いのだそうな。余所は休ませている間に新しく開墾してそこで今年は種をまいて・・・というのが普通なのだそうだけど、アルトパパにはその手間が無い。
一年目で開墾しきったからね。
芋を始めとして大根、薬草、菜野菜、さっきも出てきた綿花や、この地方特有の花も育てているそうだ。薬草と花は錬金術や薬の材料になるらしく、村の薬師に売れるらしい。
あとは見た目が派手な花が少し。これは貴族や商人に種が売れるそうだ。完成品を売っても隣町に一週間かかる世界じゃ運ぶ途中で枯れる。もしも花の見た目を売るには押し花にして栞のように加工して売るんだとか。家じゃやってないけど、他所の家では売り出していたな。
「そういえば王都には凍った花を売ってる商人がいたわね」
「溶けないの?」
「ぶぁ~、ぁぃ」
食事中にサリーからウォータースライムを渡された。それは溶けないよ。雫型スライムを二匹三匹と増やしてサリーに返しつつブランママの話を聞く。
「それが魔導具と一緒に売られてて、全く溶けないの。ああいうのは花じゃなくて彫り物を売ってるような物なのかもね」
「凍れば造花と変わらない、かぁ」
「叩くと壊れるけどね」
「・・・」
壊したのか。あ、目線を逸らされた。弁償代高そう。まぁ、B級冒険者が幾らくらい稼げるか知らないけど、花一つくらいなら払えるでしょ。
しかし、冷やすという行程一つで売り物になるならば色々あるな。例えば肉。とても身近で、大森林では希少な高ランクモンスターの肉が手に入る。珍しいものが多く、それでいて殆ど高ランクだから売りやすい。腐る事を考えれば当然、売り先はこの付近に限るけれど。
しかしこれを冷凍できれば、遠方まで売る事を目的とした商売が成り立つ。なぜなら魔物の肉は、内包する魔力が多いほど美味しいから。魔力と味覚がどう関わっているのか知らないけれど、これは殆どの魔物に当てはまるそうだ。
「あ、でも肉を凍らせれば王都で売れるんじゃないの。それならこの村の産業になるかも。高ランクの冒険者も多く住みつく様になるかもしれないね。私が凍らせて商人に売れば王都で珍しい肉を買うより遥かに安上がりじゃないの?」
「・・・それはそうだけどねぇ。それだとユーリがそれにかかりっきりになっちまう。そういうのは商人がやる事であって、家事を熟しながら修行してるあんたが頑張る事じゃないでしょ」
「それもそうか」
「そうだよ」
ブランママは私が村の為に何かを考えている事が嬉しいのか、嬉しそうに否定してくる。確かに私がかかりっきりになたら我が家に負担が掛かってしまう。私が居るからサリーの面倒でブランママの負担が減っているし、ブランママが楽できているからアルトパパが私の代わりに負担しなくて済む。そう言う正の連鎖とでもいう状態になっている。
じゃあ私が一度だけ手を貸せば村にとって何か良い事とは何だ?冬の間に造った掘り炬燵のようなものだろう。作った後は各個人で使えば、生活そのものに潤いが出てくる。そういうサイクルの仕方じゃないと、私自身も鍛錬が出来なくて困ってしまう。何より両親に心配をかけてしまう。まだ4歳だし。
そうだ、まだ私は4歳だった。頭の中が大人なせいで、自分の肉体年齢を忘れるところだった。まだ食卓の上にすら満足に登れないのだ。いや、登ったら怒られるけどね。そういうところはブランママの教育が行き届いているんだよな。作る料理も何となく品が良いというか、雑炊のようなものは出た事が無い。毎回スープに添え物といった形だけど、田舎のごった煮みたいなのは見た事ないんだよな。案外、祖父母が良い所の出だとかそう言う血筋なのかも・・・。
「ん?どーしたのユーリ」
じっとブランママを見つめる私を、傷だらけのお母さんは見つめ返してきた。
「ママは綺麗だなーって思ったの!」
「ありがとー、んふふ」
結局、村の特産品発明は冬の間に解決しなかったらしい。ギリギリの生活の中で出来る事なんてたかが知れてる、とアルトパパが集会から戻ってきて愚痴っていた。
ま、焦らず行こうよ。地道が近道とも言うし。そう考えて、父親から手元の魔法教書に目線を戻したのだった。




