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緑の雨  作者: 二笠
蒼翼の人柱
89/97

085

 カチリとリングアーマーを手甲に接続し終わり、にぎにぎと使い心地を確かめる。ゴーレム越しとはいえ随分と繊細な感覚が伝わってくる。


「我ながら素晴らしいな」


 低く澄み渡るような声を披露すると、横に居たユベアラちゃんがニンマリとしながら近づいて来た。見上げて来る姿は小さくて可愛らしい。それでも身長百七十センチメートルはあるんだけれど。


「声もゴーレム基準になるんですか?」

「うん。だからこの時は私の喋り方じゃなくて、ゴーレムの喋り方にしないといけないね」

「(そのままでも良いですよ・・・)」


 小声で何やらボソボソ言っているがよく聞こえなかった。何やら俯いて耳が赤いが気にしないでおこう。藪蛇な気配がして何となく恐ろしい。

 安楽椅子に座り目を閉じている自分を見下ろした。ゴーレム越しに見る自分は慣れたものだけれど、ここまで高身長の体は久々だ。少しワクワクする。

 サラリと揺れる前髪を後ろに流して紐で縛る。僅かに残った前髪がパラリと揺れて視界の端で銀色に光った。

 片眼を閉じて天瞳を発動するとステータス画面が開く。問題なさそうだ。


 ---------------------------------------------------

 ユーリ(18歳)

 種族:天使

 レベル:534(98%)

 HP:1718231

 MP:42518866

 状態:ゴーレム操作中


 スキル:剣術LV10、霊剣術LV3、天歩LV4、格闘術LV10、仙体術LV10、竜体術LV2、火魔法LV10、水魔法LV10、風魔法LV10,土魔法LV10、光魔法LV10、闇魔法LV10、元素魔法LV10、空間魔法LV8、刻印魔法LV10、封印魔法LV10、付与魔法LV10、錬金術LV10、波動術LV3、回復魔法LV10、治癒魔法LV10、神癒魔法LV9、気力制御LV10、魔力制御LV10、仙気制御LV10、竜気制御LV9、霊気制御LV2、並列制御LV10、闘気制御LV10、気配察知LV10、高速反応LV10、魔気合一LV10、万象融然LV4、HP高速回復LV10、MP高速回復LV10、気道回復LV4、真実の天瞳、囁きの声、フリキア言語LV9


 称号:真人、聖女、ワールドルーラー、竜機人の創造者、神技の体現者、神樹の守り人、真龍人の抱擁、銀の天者

 ---------------------------------------------------


 この体はゴーレムであって天使ではない。なのに種族が天使に変化しているのは天使族をベースにした体だからだろう。試したら出来てしまったのだから仕方ないね!


 身長百九十センチメートル、銀髪碧眼、着流し姿の浪人。左腰に刺した大刀は同田貫を超える厚みと長さを持つ魔物討伐用だ。右腰には紐付き苦無が数本入った革当てがぶら下がっている。


 手足の先に行く毎に頑健な防具を身に着けているが、動きやすさを優先させたお陰で上半身は素肌も同然だ。胸元なんてガラ空きである。戦装束とは程遠いかもしれない。


 ステータスの称号にある銀の天者はアルの天使ゴーレムを作った時に現れた。竜機人の創造者と似たようなモノかと思ったら少し違う。


 -------------

 銀の天者


 ビフレストシステムの開発者と簒奪者。

 塔の管理者である事が前提。

 -------------


 私はビフレストシステムのクラッカーと見做されたのかもしれない。少しだけ、早まったか?と思いもしたけれど、まぁその時はその時かと諦めた。考えても解決しない事は考えない主義だからね。


「そろそろか」

「フラン様達もアレを使うのですか?」

「うん」


 壁際に並ぶ寝台からフッと三体の天使が消える。初期街に飛んで行ったのだろう。後追いになるが、お兄ちゃんであるアルと一緒に行動する為に天使族の体を欲したフランは、よーいドンで同時スタートを切れる事に喜んだ。

 あの子はどうも、闘気剣使いに特化した事をあまり喜ばしく思っていないらしい。どうしてもアルセウスという魔法の天才児と自分を比較してしまい、魔法が全く使えない自分を内心で卑下しているきらいがある。

 だからこそアルセウスに反発し、自分を磨いて自分を否定する。

 では同じ体で同じスタートをきれたらどうか?と提案したところ、喜び勇んで同意した。コニーは仕方が無いという顔で、イルシャは婚約者と一緒に遊べると言う事で賛同したわけだ。

 普段の自分とは違う自分。現実逃避とは違うけれど、僅かでも別の可能性を感じて、本来の自分に反映出来たならば、あの子達の中で何らかの成長が期待できるかもしれない。私の狙いは其処だ。


「シルバとルネは?」


 ゴツゴツと金属製ブーツの靴底が船底を叩く。


「先ほど本国に戻りました。しかし、宜しかったのですか? シルバさんは少し残念そうでしたけれど」


 転移用のゲートがある部屋の水密扉を開けると、ぐるりと立ち並ぶゲートを見渡した。


「子供を放っておかれるよりずっとマシだ。親の責任を果たせと言っておいたから、北央騎士団に異動になったよ」


 目的のゲートに手を当てて魔力を通す。虹色の水面が広がるように、枠から垂直に楕円の光が伸びていった。


「お可哀そうに・・・師匠の為に近衛になったのに、師匠の命令で異動となったら悲しむかもしれませんよ。まぁ、ルネさんはホッとしてましたから良かったですけど」


 子供を心配しない親など親ではない。今は精神的に不安定になっているルネを救う方が優先だよ。私の護衛なんて殆どやってないんだから旦那であるシルバの意向などどうでも良いわ。育ててから戻って来いっての。


「それじゃ、行ってくる」

「はい。師匠、行ってらっしゃいませ」


 片手を上げて挨拶しつつ、転移ゲートを潜った。



 ◇◇



 そう言えばここ二ヶ月ほどユルフワちゃんと顔を合わせていない。居所は解るし監視はしているけれど、あの三人、意外と逞しいな。変態巨人サテュロスの肉を食べ繋ぎながら薬草鍋を作るとか、技巧師スキルとやらの鑑定が無ければできなかっただろう。

 そういえば爺臭い格闘少年は人物鑑定が出来るようになったのだったか。トンボゴーレムを近づけないように気を付けた方が良いだろうか。ビフレストシステムを通して私のゴーレムがどう見えるかが不透明だ。

 妙な疑いを持たれても困る。

 私の目的はあくまでも塔の攻略だ。天上に似たようなシステムがあるのならば掌握しないといけないし、世界樹が根を伸ばし続けるのならば破壊しなければならない。

 魔神メギアを倒したことで私達の大陸は平穏を得た。しかしそれは未来永劫じゃなく、副次的な効果で手にした平穏に過ぎない。魔神を倒した事で管理者に成れなかったら? 管理システムを操作する事で、世界樹の成長を止めることが出来て居なかったら?

 そう考えると、行き当たりばったりで良く上手くいったものだと自嘲したくなる。ただ、調査行である以上、行き当たりばったりになるのは仕方がない。

 未知への挑戦であるならば甘受しようじゃないか。その為の冒険が今ある世界と引き換えであったことは認めよう。滅亡のリスクと冒険心を秤にかけた事も認めよう。それでも、それ以外に手段が無かったし時間も無かったという言い訳くらいしたい。

 最近はますます、たら、れば、を頭の中で繰り返している。可能性の分岐世界をゴーレムを操作して紙に書き出している。秘密の空間でひっそりと、今も書き連ねている。そうして未来を守る為の可能性を模索している。

 これはレオンにもブランママにも相談していない。関係ない内容の話をしつつ、ヒントをそれとなく貰うだけにしている。二人はいつか寿命を迎える。今を生きる事にだけ集中してもらいたいんだ。爆発しそうな数多の可能性の話なんて、二人には考えている余裕はない。

 真人に進化したせいだろうか? 私の脳内は以前よりも遥かに思考力が向上している。同時に複数の事を考え、空間魔法を始めとした様々なスキルの効率が上がってもいる。

 まだ大丈夫。

 この程度、サリーたちを背負って家事をこなしていた頃に比べれば遥かに楽だ。だから、さり気なく感付いたブランママの、少しだけ悲しそうな眼を見るのが・・・そう、少しだけ辛い。

 嘘をついて居るのが辛い。

 隠し事をしているのが辛い。

 私の心の支えであり、生まれた時から私を支えてくれている母の「どうしても話してくれないのか」と問いかけるような眼が辛い。

 そんな事を考えつつ北の街の中央広場で待機していると、目の前に三体の天使が降臨した。

 一人目は黒髪黒目の青年。真ん中分けのサラサラヘアーで意志の強そうな瞳だ。実際、強い意志を持った人だけどね。イルシャは。

 二人目は金髪碧眼のイケメンだ。前髪を下ろしたレオンによく似ている。筋肉質で背が高く、私と同じくらいマッチョだ。どう見ても魔法系じゃないキャラだな。

 三人目は高身長で細マッチョな金髪だ。短い髪が後ろに流されて、鋭い眼光は何者をも見逃さないという光を携えている。どことなくノールさんの眼に似ているのは意識して作りました。


「来たか」


 バッとフランとコニーが身構え、イルシャが後方に飛び去る。相変わらずスゲエ連携。咄嗟の戦闘態勢に入る反応速度が普通じゃないね。


「見た目が見た目だから、喋り方は変えさせてもらってるよ」


 そう私が言いつつ、竜気を放つと三人が驚いた顔を見せた。


「かあさ「待て」」


 慌ててフランの口を手のひらで塞いで黙らせた。この見た目で「母様」はマズいでしょ。この子は。本当に。貴族教育が零点なのも私のせいか? この冒険が終わったら真面目に教育するよう、お母様と相談しよう。咄嗟の反応だとしても隙が大きすぎるわ!

 小声で話せるように他の二人にも近付いてもらった。


「あのねフラン。この見た目で母様はないでしょ。それぞれ決めた名前があるからそれで呼ぶか、もしくは敢えて名前で呼ばない言い方をしなさい。良いわね」


 そっとフランの口元から手を離すと何度も頷いていた。ちょっと怖がられてないかな? 何でかな? ママちょっとだけ傷ついたよ?

 一歩下がって三人を見た。


「私の名前はユーリ。君らの名前を教えて欲しい」

「ランドウ」とフラン。それって有名な剣士の物語の主人公だよね。本が部屋から消えていたのは腕輪に仕舞っているからだろう。多分、フランのバイブルになってるな。

「ノルディックです」とイルシャちゃん。本名のセカンドネームから。ちなみに名づけ親である曽祖父の名前らしい。

「ルデルと申します」とコニーちゃん。本名がコルデリアだから、そこから少し文字ったか。


 続いて三人のステータスを観察してみた。

 まずはフラ、じゃないランドウ。


 ---------------------------------------------------

 ランドウ(11歳)

 種族:天使

 レベル:1

 HP:15

 MP:1

 状態:普通


 スキル:剣術LV10、闘気剣術LV10、剛剣術LV4、格闘術LV10、弓術LV8、投擲術LV10、狙撃術LV3、瞬歩LV10、縮地LV2、気配察知LV10、高速反応LV10、罠設置LV1、罠感知LV1、魔力制御LV2、気力制御LV10、闘気制御LV10、フリキア言語LV7


 称号:剣姫、特A級冒険者

 ---------------------------------------------------


 強くなったな。ママは嬉しいよ。マジで。そして普段(本体)のステータスはこちら。


 レベル:267

 HP:39055

 MP:6541


 強くなったなぁ・・・。現在十一歳の少女?は単独で真龍狩りを出来るまでになりました。どこかの青い羽の人が遠くを見ながら報告してくれたので間違いない。私も討伐時の様子は遠くから見てたし。

 続いてイルシャことノルディック。


 ---------------------------------------------------

 ノルディック(13歳)

 種族:天使

 レベル:1

 HP:7

 MP:12

 状態:普通


 スキル:杖術LV4、格闘術LV3、歩法LV7、闇魔法LV10、魔力制御LV10、並列制御LV5、精神耐性LV8、気配察知LV1、フリキア言語LV9


 称号:棺の魔女、特A級冒険者

 ---------------------------------------------------


 五歳の時から変わって無くね?と思ったそこのあなた。こちらをご覧ください。


 レベル:247

 HP:10445

 MP:326011


 老魔導士長のMPは大体二十万です。十三歳にしてこの魔力量。魔導士認定試験で魔力切れを起こさないだけのMPがあったのも納得だわ。気力を扱えないので仙人にはなれないけれど、自力で真龍狩りを果たした猛者なのは事実。

 最期にコニーちゃんことルデル。


 ---------------------------------------------------

 ルデル(13歳)

 種族:天使

 レベル:1

 HP:9

 MP:7

 状態:普通


 スキル:剣術LV10、短剣術LV10、投擲術LV10、格闘術LV8、瞬歩LV10、縮地LV3、火魔法LV1、風魔法LV1、水魔法LV1、土魔法LV2、光魔法LV10、気力制御LV10、闘気制御LV2、魔力制御LV10、並列制御LV2、罠設置LV10、罠感知LV10、罠制御LV7、精神耐性LV3、気配察知LV10、高速反応LV10、フリキア言語LV9、影潜り


 称号:影孤静彗、特A級冒険者

 ---------------------------------------------------


 この子が一番成長したんじゃないかな。少なくとも師匠であるハゲの曾孫シュリアさんを超えている。あとユニークスキルの「影潜り」が強い。転移したりはしないけれど、影がある部分なら姿を埋め込み移動し放題という凶悪なスキルだ。罠スキルや投擲術と最高に相性がいい。尚、暗黒魔法で似たような事は出来るが使い勝手はこちらが上だ。


 そしてこちらが本体。


 レベル:291

 HP:11078

 MP:25619


 苦労して努力して地獄を見続けた事で、彼女は十三歳にしてレベル三百という人類の壁を目前にしている。


 どうして人類の壁なのかと言うと、成長がそこで止まるからだ。あとは仙人化のように何らかの種族へと進化するしか成長が見込めない。それは初代国王が明らかにしている。


 参考までに人類の限界に到達した者は、長い王国の歴史上でも片手で数える程度である。快挙と言っても良い位のレベルだよ。


 そんな三人が自分の体を見たりお互いに指摘したりとニヤニヤしている。残念ながら女子の戯れる姿ではなく、男子の小突きあいにしか見えないので若干乱暴に見える。


「アルスが私達と合流出来次第、出発する。それまでには装備を整えるぞ」


「は、はいっ」

 ルデルが緊張して答える。


「わかりました」

 ノルディックが静かに顔色を変えずに答えた。


「よしっ」

 ランドウがワクワクして目を輝かせながら返事をする。


 存分にゲームを楽しんでもらいたいものだ。



 ◇◇



 遠くからアルスが走ってくる。魔法杖を持っているという事から解るように、魔術師プレイで始めている。


 しっかし、親の贔屓目だとしても美人だなぁ。スタイル良いし。あと、そのフワフワローブは何処で買って来たんだ。魔法少女みたいな短めのスカートに襟袖がレース編みでデコレートされて、どこぞの悪魔侍女みたいになってるぞ。


「ごめん、待たせたみたいだね」

「いえ、先ほど集まったところですから」


 ノルディックが紳士に見える不思議。というかこの二人夫婦になるのだから、そういう会話を頭に持ってこられるとデートの邪魔をしている気分になるんですが。


「えっと、イルシャ? だよね?」

「ノルディック、でお願いします」

「ああ、そういう事か」


 二人でくっついてヒソヒソされると除け者感が凄い。ノルディックから小声で説明を聞くと、アルスが私達を見上げてきた。身長差ニ十センチ以上だから、私達が囲むと壁になるわ。


「逆ハーか!」

「おい!!」


 思わずアルスの言葉に叫ぶと、横に居た男三人がビクッとした。


「ちょっと来い。良いから来い」

「うぇっ!?」


 アルスの首根っこを掴んで持ち上げると胸が強調されて凄い事になった。ちなみに私がモデリングしたのではなく、必要な情報をビフレストシステムに渡して勝手に作られた体であって、私の意図は介在していない。

 あくまで性転換する、という面白システムを発動するように操作しただけである。つまりアルは女性として生まれた場合は、私やブランママのような巨乳になったという事だ。血筋ってスゲー。

 そんな巨乳娘をわきに抱えて小声で話し始めた。


「あのさ、周りが前世と同じ環境で生きてる連中かもしれないから、言動に気を付けておいた方が良いよ。言葉一つで周りの理解を得た瞬間に、フラン達から変な勘繰りの眼を向けられかねないからね?」

「あ、あぁ、そういう。分かりました」


 スッと二人で姿勢を正し、三人の所に戻った。三人とも何が起こっているのか判らないという表情で佇んでいる。同じ時間を共有し過ぎたのか、そう言うところは姉妹に近いだろうな。今は兄弟だけど。


「んんん。ちょっとアルスが興奮して妙な事を口走ったけど気にしないで良い。装備も整った事だし、早速出発しよう」

「ええ、あ、いや。ああ、参りましょうか。我らもあまり時間がある訳ではないからね」


 コニーちゃん、いやルデルが言い直しつつ野太い声で宣言する。仰る通りで三人には時間が無い。本体は王城にあるし、何より夕飯までにはログアウトしないといけない。その辺のシステムはビフレストシステム頼りなので、アルスを含めた四人はそれを使って本体と天使体を行き来している。


天使アバターは放置で宜しいのでしょうか」


 ノルディックが気にしているのは魔物に食われたりしないかと言ったところか。


「良いんじゃないか?」


 おい、娘。考え無しにも程があるぞ。


「ランドウ。簡単に作れる体じゃないんだ。だから、その辺に放置したら面倒な事になる。例えば腕輪が消えていたりとか」

「えっ!?」


 そう、本体が身に着けている空間収納を付与した腕輪は全員が着用している。ただし腕を切り落とされれば紛失するし、食われれば壊れる。つまりその辺の森で放置してログアウトすると、次にログインした時に初期街から裸でスタートという可能性が高い。肉体はビフレストシステムで再構成できるようにしてあるが、装備品がぶっ壊れたらそこまでだ。


「体は良い。勝手に再生されるからな。だが、装備品は消える事を覚えておけ。それが此処のルールだ」

「うーん・・・分かった」


 フランは理由や原因を理解しようとはしない。直感で何となく把握すればいいと考えるからだ。だから私の話を聞いたうえで危険性を直感で判断したに過ぎない。それが今の「分かった」だ。

 そしてアルセウスはそれを良しとしない人間だ。


「本当に解ったのか?」


 だから理解したか?という意味で「解った」かと聞いてしまう。


「分かったって言った!」

「・・・まぁ、解ったのなら良いけど、変なところで本体に戻らないようにね?」

「分かってるって!」


 野太い大声で言われると、本体の可愛さは何処かへと消え、まるで威圧されているかのようにも聞こえる。それは体の小さいアルスには顕著に響いたらしい。その一言で若干委縮してしまった。


「あ、ああ、うん」

「まったく!」


 ランドウがゴツゴツと金属靴を鳴らしながらゲートに近付く。それを眺めるアルスがチラリとこちらを見た。


「理論派と直感派の違いだろうな」

「ああ、東部で何度も経験しましたよ・・・」

「あはは! 理論派の獣人は少ないだろうね」


 獣人の中にも、実は結構な数の知識人が居る。しかし彼らの名前と姿は表に出てこない。何故か? 弱いからだ。力こそすべてな獣人の世界では彼らの立場は著しく弱い。

 獣人は諭舌で戦うのではない。暴力でのみ戦う。フランが獣人よりな思考になっているのも、東部を旅した経験から来ているのかもしれない。


「力が全てではないよ。しかし理論が全てでもない。二人とも、それをよく覚えておくと良い。馬鹿を見たくは無いだろう」


 ニヤリと笑って見せると、転送ルームの中で四人が一歩引いた。何でですかね。



 ◇◇



 転移ゲート潜った先は大陸東部の森林地帯だ。まだ西部よりも深くはなく、陽の光が優しく広葉樹で遮られつつ地面を照らしている。あっちは暗闇の森だからな。木々が大きすぎて日光が完全に遮られている。その上、真龍が山のように襲い掛かってくるから、この面子で行くのは自殺行為だ。

 まずは東部の易しめな環境からスタートです。


「これは・・・アルカンシエルの遺跡ですか?」

「旧帝国の遺跡。百年前には人で賑わっていた筈の大都市・・・なんだけど、完全に森に飲み込まれたな。ここまで早いのは植生のせいだろう。周りに生えているのは私達の大陸にもある、十年で成長限界を迎える木々ばかりだ。その上、半分がトレント化しているせいで繁殖速度も尋常じゃない。ご存じの通りだな」


 四人が目を剥いてこっちを見ている。なんだろ?


「いえ・・・木の種別は存じていませんでしたが、既にお調べになっていたのですか?」


 コニーちゃんことルデルが妙な事を聞いて来る。


「みんなから貰った情報は私達の大陸に在るゴーレム達に情事共有し、即時調査をしている。判明した情報を基にユベアラちゃんが推論ゴーレムと共に過去の帝国が滅んだ原因を予測し、ゴーレムの本体である私が方針を打ち立てる。前に言わなかったか?」

「おか・・・ユーリ様はそんな事をしてたのですね。普通は不可能ですよ。だから常に大量の魔力を動かしているのですね」

「ノルディックはやっていないのか?」

「出来ません!」


 おかしいな。闇魔法でも監視ポイントは作れるはずなんだけど。教えた事が無かったっけ。そんな話をするとイルシャちゃんが興奮して、その後一時間は質問攻めにあいつつ遺跡を歩いた。



 ◇◇



「では、暗視の魔法を利用して視点を複写するようにしていたという事ですか? 確かに維持は簡単ですが、脳の負荷が大きい問題もゴーレムを介在する事で解決していたとは・・・」

「あぁ、うん。結局はゴーレムなり魔道具なりが必要だから誰でもって訳じゃなかった。すまない」

「いえ、大変勉強になりました。素晴らしいお話ですた!」


 ですた、って・・・。後ろでフランが大笑いして、コニーが苦笑いしつつ、アルは不安そうな顔から満面の笑みに変わった。嫁姑問題は無いぞ。

 謝りつつ真っ赤な顔になった黒髪イケメンの相手をしつつ、ゲーム初心者たちが遺跡の中を歩いていると、最初のモンスターに遭遇した。


「トレントか。私は見ているから相手をしてみるといい」

「楽勝!」


 ランドウが意気込む。


「いや、レベル一なのを忘れないように」

「え?」


 こういうところはレオンそっくりだよなぁ。いや、私か? 私って、ここまで考え無しだったっけ? ・・・・・・・過去を思い出すと、どうにも否定できないな。


「じゃあ私から仕掛けるよ。一応レベル十まで上げてあるから」

「大して変わらないって!」


 まぁね。しかもスキルはこれまで鍛えたものがそのまま使えるし。本来のプレイヤーからしたらどれだけチートなんだよ、って話だ。

 アルスの得意な魔法は天使アバターでも変わらない。火と光の合成魔法だ。しかもこの子は元素魔法の火属性に光の属性を混合して使う。熱量が尋常ではない攻撃魔法になるので、普段使いは出来ない。というか、させない。


「一応、文化遺産なので周囲は壊し過ぎないように」

「はい」

「え~」


 指パッチンして、四人とトレントを空間結界で閉じ込めた。


「「「「・・・・・・」」」」

「壊さないように」


 結界の中で何事か言っているが、内側からの音は聞こえなくなっているので何言っているかわかりませんな。外からの音は届くから私の声は聞こえているようだ。


「そこ、中の空気ごと閉じ込めたから。急いで倒さないと窒息死するぞ」

「「「「・・・・・」」」」


 結界を内側からドンドンと叩くランドウ。私とトレントを交互に見やるルデル。敵をジッと見て杖を構えるアルス。何やら息を止めているノルディック。

 イルシャちゃんは制限された環境で自分を追い込む修行法でもしてるのかな。いや、生まれた環境から学んで、慣れ親しんだ習慣かもしれない。ちょっと涙が出てきた。(※イルシャは母親の立場が悪かったので一族からは精神的に追い込まれていた時期があった)


「中の空気は限りがある。間違っても火魔法なんて使うなよ」


 静かに頷くアルスと、アルスに刺さる三人の視線。ルデルの火魔法レベル一じゃ酸素を一瞬で使い切るだけの火魔法は放てないからね。

 無詠唱でアルスが放った魔法は風魔法。だが、トレントの枝が数本飛び散っただけで大した効果は見られなかった。


「折角魔法を合成できるんだから。風と土の弾丸でも使え。もっと応用力を鍛えろ。魔力の流れでトレントの弱点を見極めろ」


 どんな魔物だって、どんな動物だって、どんな植物だって魔力を通しやすい孔がある。つまりは魔力で構成された魔法も通しやすいって事だ。それは魔法によるダメージを稼ぎやすいと言う事でもある。

 この場合、一点突破で弓で魔石を砕くか、剣か槍で同じことを実現しなければならないが、その前準備のために魔物の全身を動けなくする必要がある。それが魔法使いの役割になるのだけれど、彼らはどうするだろうか。

 ノルディックが六角棒を構えて闇魔法を放った。いつものように暗闇の帯で縛り上げようとしたのだろう。しかし、今の体はレベル一で魔力が低い体だ。如何に鍛えぬいた闇魔法だろうと、魔力消費を極限まで抑えた魔力制御力だろうと、これまでのように長時間の拘束は出来ないし、そもそもレベルが低い事で拘束力そのものが低くなっている。

 悲しいかな、暗闇の帯は木の枝で叩き伏せられてしまった。

 そのせいで吶喊したランドウの足が一瞬止まり、迫ってくる枝の猛攻をジグザグに躱し続けている。アルスはその動きを目で追いつつ、言われた通りに土の弾丸を風で覆い始めて打ち出すタイミングを見極めている。コニーは周囲を走り回って罠を仕掛けつつ投げナイフで枝を落とせないか試している。


「あと三十秒」


 ノルディックが凄い勢いで振り返った。


「トレントは光合成で酸素を作るが、同時に根から酸素を吸収して体を動かす。その酸素消費量は人間の比ではない。巨木を動かすために同じサイズの魔物の数十倍から数百倍の酸素を必要とする」


 ハッとしたノルディックが何かを叫んでいる。しかし遅い。ルデルの捕縛罠が発動すると同時にランドウの動きが急激に悪くなった。アルスが同時に放った複数の弾丸は殆どの枝を打ち払い、トレントは一本の大木になる。

 移動用の根も短くなり、まともに動かせる枝も根も無い。それでも動こうと暴れるせいで大量の酸素を失っていく。

 やがてトレントは動きを止めて斜めに体を捕縛されたままになった。


「・・・限界かな」


 私の言葉が届いたせいだろうか。トレントを睨んでいたランドウが地面を踏みつぶすように立ち上がり。根に近いカ所にあるトレントの魔石に向けて大剣を突き刺した。

 トレントの姿は消え去り、その足元には枝が一本残る。同時に指パッチンで結界を消すと、四人の激しい息遣いが周囲に響いた。


「やっ・・・た・・・はぁ、はぁ、はぁ」


 一番近くに居たアルスが杖を支えにして立ち上がった。酸欠状態で体に影響が出ているだろうが、私はそれ以上に気になる点があった。


「どうして戦闘を始める前に相談していないんだ?」


 私の言葉に四人が振り返る。


「油断して勝てるような相手だったかな?」


 それは無い。レベルが下がった事は既に伝えている。単にスキルレベルがそのままなだけだ。技術はそのままでも、自力が落ちている事は伝えている。ならば全ての魔物が強敵である事は事前に理解できていた筈だ。


「知っていた筈だ。トレントは私達の大陸ではCランク相当だと」


 コニーが俯く。彼女は三人のパーティでは情報収集などをこなす頭脳的な立ち位置に当たる。最も詳しく知っていた筈だ。


「知っていた筈だ。レベルが下がっている事を」


 フランが悔しそうに俯く。スピードも、パワーも、重い体でタイミングを取るのも全てが違ったはずだ。


「知っていた筈だ。魔力の使い処を」


 アルとイルシャがハッとして静かに俯く。常識として魔法は使い処を選べと習う。MPには限りがあるのだから。魔法使いは基本的に非力なのだから、燃料切れを起こす魔法使いに出来る事などたかが知れている。


「何もレベルアップを図って欲しいのはスキルだけじゃない。知識の使い方、応用力、弱者の視点での戦い方を鍛えるのなら今しか無いんじゃないか?」


 フランとアルがほぼ同時に顔を上げる。続いてイルシャが、コニーが顔を上げた。


「今回は空間結界で意図的に危機的状況にしたが、複数のトレントと戦っても同じ結果になってただろう。いや、より酷い状況になっていたかもしれない・・・・・レベルアップの画面が見えているだろうから、それを操作しておけ。それと、今からやる事をしっかり見て覚えろ」


 先程から周囲のトレントが騒がしい。大量のトレントが仲間の死を察知したようだ。次々と集まってきている。

 四人を集めて空間結界で閉じ込めた。今度は音も空気も問題無く通す。


「ちょっと! 母様!! なんでよ!」

「だからユーリと呼べと」

「そんな場合じゃないでしょ! いっぱい来てるじゃん!」


 ゴゾゴゾと地面を擦る音が大量に近付いて来ると、遺跡を壊さないように道に沿って大量の大木が列を成して寄って集って来た。

 良い経験値稼ぎだって?

 そんなモノの前にスキルの使い方を見せておかないと不安でしょうがないわ。私が鍛えて来たスキル以外の技術。それがスキルを扱う技術だ。レベルに左右されない技術が真の強さに到達させてくれる。


「まぁ、イイから見てろって」


 フランに背中を向けたままそう言うと、近づいてきた枝を柳のように素手で流す。連続でいなしつつ一気に近付き、素手でトレントの幹から魔石を引き抜いて捨てる。

 後はその繰り返しだ。

 クルクルと回りながら踊るように空間結界の近くを廻り続けると、トレントが次々と消えていく。

 振り下ろされた枝に指を添えようと動かし、一瞬だけ闘気を指に纏う。いなして直ぐに解除し、懐に飛び込み、指先が幹に近付く瞬間だけ火魔法で指先に点火する。そのまま指を突っ込むと焼き切れた幹に触れつつ手首まで闘気を纏う。魔石を摘まむ直前で火魔法を消し、魔石を抉りだすと闘気を消す。


 そして次のトレントに向かう。

 チラリと四人を見ると、ジッと私を凝視していた。

 イルシャに視線を返す。

 使う魔法を闇魔法に変えて魔石を抉りだす直前だけ発動し、幹に穴をあける。丸見えになった魔石を指先で抉り出し、指先の石を放り投げる。


 コニーに視線を返す。

 枝をいなす指先から足元の枝を拾い、枝でいなす。いなす瞬間だけ枝に闘気を纏って流した。枝の先端に闘気を纏い、真っすぐ魔石がある場所に突き刺した。より早くトレントが消える。


 フランに視線を返す。

 地面から大剣を作り出し、突きの構えのまま全ての枝を躱す。隙をついて大剣の先端だけに闘気を纏わせて魔石を破壊した。更に早くトレントが消えていく。


 アルに視線を返す。

 地面の砂をひと掬いして、砂の一つ一つに風魔法を纏わせた。それを口元に持ってきて優しく吹きかけると、砂は弾丸のように細かく広く広がり、一瞬で周囲のトレントは消え去った。


「まぁ、こんな感じかな」


 四人は暫く空間結界の中で呆然と立ち尽くしていた。



 ◇◇



 ビフレストシステムでパーティを組むと、同じパーティに居る限りは戦っていなくても経験値は入る。但し、パーティメンバー同士のレベル差が開き過ぎるとレベルの低いメンバーは一切経験値が入らない。

 だから私は四人とはパーティを組んでいない。トレントを大量に掃除しても四人に経験値は入らないので、レベル上げはそれぞれでやってもらいたい、スキルの鍛錬にもならないからね。


「という訳で、あなた達を此処に連れて来たのは遊ばせたいだけじゃないって事を覚えておいてもらいたい。さっきも見せたように、スキルの使い方で強さに大きな違いが出て来る。そこを知ってもらいたかった」


 フランことランドウは唇をかみしめている。悔しいだろうな。只管に鍛えて来たというのに勢いもない静かな戦いで、レベルとは関係のない戦い方を知っただろう。

 イルシャことノルディックは闇魔法の新しい使い方を知れて、目が爛々としている。魔法に関してのみ熱意がありすぎなのが、玉に瑕なんだよなぁ。

 コニーことルデルは無表情で目を薄めて考え込んでいる。沸々と闘気が体から盛れているのは頭の中でイメージトレーニングをしているせいか。

 アルセウスことアルスは腕組みをして胸の感覚を楽しんで・・・いや、違うな指先に砂を集めて風魔法でコントロールしている。まだ甘いな。


「似たような事をする為に、他にも方法があるかもしれない。一足飛びで同じことをやれとは言わない。だけど、安定した方法が全てに通用するとは思うなよ。それは傲慢からくる慢心だ」


 ランドウが泣きそうな顔で睨んでくる。一番刺さったのはフランだろうからね。傲慢だと言う部分は自覚があるんだろう。成長するごとに周囲の目で訴えられてきただろうし。


「今日は此処まで。遺跡の中にある安全地帯に入って本体に戻りなさい。私はまだ仕事があるからね」


 遺跡の入り口を指さして私は転移した。



 ◇◇



 お母様が指さした方向を見ると、直ぐにお母様の気配が消えた。転移か。

 悔しい。悔しい。悔しい!!くやしい!!!!!!

 ギリギリと歯を噛みしめる音が自分の耳に響き、指先が掌を痛めつけるがどうでも良いと脳みそが訴える。

 トレントに触れる一瞬だけ、お母様の指先は、枝先は、土の大剣の切っ先は輝く黄金の闘気に鋭く光っていた。

 出来ない。さっきから何度試しても、あんな一瞬で闘気を固め、刃のように指先に纏うなんて。

 根本から違う?

 そうじゃない! お母様は言った。スキルの使い方だと。

 今まで似たような事をやろうとしたことはあった。出来る訳がない、現実的じゃないと切り捨てて来た。神業のような事があり得ないと。

 何が「あり得ない事」だ。目の前で見た。見せつけられた!!

 ただただ悔しくて涙が出た。情けない。恥ずかしい。無様。そんな考えがグルグルと頭を巡る。どうしようもない力量差がお母様と私の間にあるのは知っていた。

 でも、それが、こんな根本的なところだとは思っていなかった。種族が違うから、経験が違うから、才能が違うから、どれもこれも関係が無い根本的な事だった。

 私にも出来るかもしれない事を、お母様は実現していた。ただその事が、私を強く打ちのめしていた。

 そのまま暫く、俯いていると小さい手が私の左腕に触れた。これは・・・兄様か。小さくて、温かい。


「もっと喜べ」


 その言葉に「は?」と内心で反応し振り返ると、可愛い顔は笑っていた。


「新しい目標だぞ?」



 ◇◇



 ランドウ、いやフランの眼が私を見下ろし、驚いて見開かれていた。そんなに驚くような事を言っただろうか?


「何で驚くんだ?」

「え。あ、え? だって、どうしたらいいのか」


 何を言ってるのか、この妹は。


「天才なんだろう。成功するまで試してみろ。それに」

「それに?」

「母様の本気は、多分あんなものじゃない」


 自分で言ってて鳥肌が立った。この甲高い声に違和感が拭えないせいもあるかもしれないが、どれだけ遠い背中なのかと震えているのもあるだろう。

 同じように妹の腕を見るとプツプツと鳥肌が立っていた。手を放してイルシャとコニーを見ると、同じように私を見て驚いている。それが何だか可笑しくて、男の姿なのに可愛らしくて笑ってしまった。


「な、何で笑うんですか!」


 コニーが怒ったように言う。


「いや、だってさ。出来るかもしれないって思うと、楽しいだろう。なぁ? イルシャ」

「ええ・・・何となくしか思いついてませんが、遠くて大きな目標を与えられたような、そんな気がします」


 そう。遠すぎる。砂を弾丸にして打ち出すって何だよ。あんな威力、普通は出ないっての。コンマ一ミリサイズの砂粒が・・・鋼鉄の剣に闘気を覆ってやっと傷をつけられるトレントを貫通したんだよなぁ。

 ありえん。

 しかも貫通した入り口は殆ど傷が無いのに、後ろ側から抜け出た砂粒は爆散したように大穴を開けていた。

 一粒じゃなくて縦に並べて突き破り、複数の砂粒を接触させて内部で爆発させたのか? 一瞬過ぎてどうも良く見えなかったが、単純な魔法を使って起こした事は、単純な現象じゃなかった事は確かだ。


「考えるのは後だ。遺跡の入り口付近に安全地帯がある。そこなら魔物も近寄ってこれないから、そこに体を置いて本体に戻ろう」

「そうですね。本体で色々試したほうが速い気がします」

「はぁ~、そうね。くぅ~~~ぁぁぁぁぁぁあ! 参った! でも次は同じ事してやるっ!!」

「ほらほら、フラン様。戻りますよ」

「ランドウだって言ったでしょ!」

「はいはいランドウ様」


 フランの背中を押すコニーをイルシャと並んで見つつ、その背を追いかけて行った。



 ◇◇



 上空に転移し、大陸全体を見下ろす。

 丸いな。そして、やはり。


「魚眼レンズみたいだな」


 風もなく、空気も無い。なのにどこまで言っても世界は暗くならず、無重力の明るい空が続く。そして途絶える事の無い大地と海は天の向こうにも続いていた。太陽は二つ。白と青。


「何となくは解っていたけど、ここまで不思議世界だったとは」


 落下しながら塔に近付くと、数本の熱線砲が投射されて私の周りを焼き尽くす。空間結界で断絶された空気の層を撃ち破ることなく、光は後方に逸れていく。


「キリシア・・・サリナスティア・・・メギア・・・そして、お前は誰だ」


 グングン近付いて来る大樹の先には正方形の透明な箱があり、その中には銀色の羽根に覆われた巨大な球体が入っている。

 熱線の光が眩く視界を照らす中、私の視線は銀色の球体に注がれ続けた。腰の大刀を引き抜き竜気を霊気に変換して逆手に持ち直した刀身に纏う。紫色に怪しく輝き、やがて近付いた透明の壁に突き刺した。

 轟音が鳴ると共に壁を揺らし、私の造った自信作は粉々に砕けた。


「チッ」


 銀色を睨みつける。何者かの視線が返ってきた気がした。


「また来るから、次は茶でも用意して待ってなさい」


 野太い声で女言葉を口にして、私は静かに転移した。



 ◇◇



 体を横たえて眼を閉じる。ビフレストシステムの画面を操作してメニューを表示し、ログアウトを選択する。画面に旧帝国のマークが現れ、そしてブラックアウトした。

 目を開くと水晶の画面上でカーソルが動いている。私の視線に合わせて動いてくれている。軽く息を吐いてヘルメットを取り外すと、視界の端にある書斎机にはユベアラちゃんが座っていた。


「おかえりなさい」


 その言葉に、何だかくすぐったいなと思った。


「ただいま」


 今の今まで男の体だったからだろうか? 何だか新婚夫婦みたいな感覚だ。性別の違いってここまで大きいのか。あの四人は大丈夫だろうか。特に婚約者同士の二人。新しい扉を開かれても困るんだが。


「ゴーレムはどちらへ?」

「本国の研究室。あそこなら勝手に修理されるし」

「ん? 修理ですか?」

「両足がバキバキに折れちゃった」


 透明な壁が想像以上に強敵だったな。


「何があったんですか? 師匠はレベルそのままですよね?」

「頑丈な壁に音速で着地したら真龍の骨で出来た刀も、両足も砕けた」


 ハー、厄介よね。と言いながら会議用の机に座ると、ユベアラちゃんが紅茶を用意しつつ近付いて来た。甲斐甲斐しい弟子で嬉しいです。


「アレってアダマンタイトより頑丈な剛刀だったのでは・・・」

「ね」


 ズズッと紅茶を飲みつつ適当に返す。錬金術で治すしか無いなぁ。破片は何処か行ったから、素材を追加して修復用の鞘に入れておくか。そのうち治るだろう。


「うま~・・・というか霊剣術が通用しなかったんですが」

「そう仰られても、良く解らないですよ。歴史上誰も知らない剣術なんですから、通用するかどうかも今回でハッキリしたばかりでしょう。それが判明しただけでも良しとしませんか」


 カップの淵を下唇に当てて香りを鼻から吸いこむ。そのままの姿勢で考えた。


「う~ん・・・」

「どんなものでも壊れない物質だった、という可能性は?」


 不懐属性。まぁ、存在はするけど。ちょっと理屈が通らない。


「霊剣術はオレイカルコスすら切り裂くのよ。オレカルは不懐属性があるけれど、霊的な破壊には耐えられない」

「あの、霊的というのは・・・」


 チラリとユベアラちゃんを見た。


「魂を破壊するのが霊剣術なのよ。霊気を操り、波動術で力の強弱を決め、それを剣に込める。そもそも物質を切る為の技じゃないから、物質に込められた魂があればどんなものでも切り裂ける」

「物質に魂が籠もるのですか?」

「オレイカルコスは強い魂の欠片が物質に宿り、それが真龍の体から排出された金属なのよ。であれば、私が負けたのは魂の宿らないオレカルに酷似した物質という事になる。あるいは・・・」


 ゴクリと紅茶を飲み込み、カップをソーサーに置くとそこに残った水分を天上の明かりが反射して私の眼を晦ませた。


「或いは?」

「時が止まった物質か」

「まさか!!」

「在りはしない。と言いたいのでしょう。魔法学的に存在しない。あり得ない事だと」

「え、ええ・・・魔法その物が時間の流れが無いと実現できない。事象がそもそも発生しないというのが定説ですし。リリーヴェール様もそう仰ってたのでしょう?」

「あのババ様は何でも知ってる訳じゃないわよ。単に知識量が膨大ってだけ」


 ユベアラちゃんをジッと見ながら話をしていると不意に眉根を寄せた。緑婆を否定する言い方は嫌か。まぁ、私達の大陸では彼女は魔法の祖みたいなものだからな。魔法その物を否定するようなモノか。それでなくとも、ユベアラは学園長の座について居るエルフなのだし。


「時を固定する、いや起きてしまった現象を別の物質に転嫁する魔法か? あり得なくは無いな。事象転嫁の壁・・・怖いね。どうにも真似できる気がしないし、突破する方法が分からない。いや、もしかして空間・・・でも転嫁の瞬間すら気付かせないなんて可能なのか・・・認識できない程の速度で・・・いやいや、光速で行動する存在は流石に対応できないし・・・」

「? 師匠?」


 私がブツブツ独り言を言いつつ正面を見て考え事をしていると、どうやらユベアラちゃんの存在を忘れていたらしい。


「ああ、ごめんなさい。時間に関する魔法じゃないなら、上位の空間魔法か概念的な魔法でも掛かっているのかと思って。そこまでの事が出来る存在なら、私じゃ相手にならないな、と考えていたのよ」


 溜息を吐きながら話すと、ユベアラちゃんが固まってしまった。


「前に話したかもしれないけれど、私は最強なんかじゃないわよ。メギアは一人では倒せなかったし、サリナスティアも私より強い。この大陸の主も相当の存在だと思うけど」


 あー、どうしてこう、厄介なのばかり出て来るんだろう。もっと単純な相手に恵まれたかったわー。


「大丈夫なんでしょうか、私達」

「先に戻っても良いわよ。騎士の中にも本当は戻りたい人だっているんだし。何か理由を着けて戻してあげたいとも思っているのよ。家族を捨ててまでやる事じゃないからね。私やユベアラちゃんは時間があるから良いけれど、子供達や騎士達は、時間が限られているもの。無理はさせられないわ」

「そう、ですよね」


 エルフの寿命は長い。若いユベアラちゃんはあとニ、三百年はこのままでも婚期は問題無いだろう。死ぬまでかかっても良いのなら残り九百年は安泰だ。でも、それだけ時間が掛かったら他の皆は墓の下なのよねー。

 望みがあるとしたらプレイヤーかな。

 もしあの壁が塔内部にも存在していて、正式なプレイヤーだけを通す仕組みだとしたら、ユルフワちゃん達にお任せするしかない。しかし、この世界に生きる身としては自分たちの手で解決したい。

 天使の複製品や、特注のゴーレムを用意したのは研究に対する興味本位だけじゃない。使命に似た責任感もあるし、次の魔神が何者なのかも知りたかった。結局私は正義の味方では無かったという事だ。

 なんだかんだ言って自己満足で動くという点で、私もリリーヴェールと大して変わらないのか。



 ◇◇



「それじゃ、今日は戻るわ。また明日ね」

「お疲れさまでした。師匠」


 奥の私室に繋がる扉が閉まると、会議室兼私の執務室にコポコポと水が流れる音だけが残った。ここは海底、じゃなかった海に繋がる地底湖の中だ。地底湖の淡水を取り込み、生活用水にして船全体を使って浄化している。


 壁から聞こえてくる音は竜船の血管のようにつながっている金属管が出所だ。この中を通ると淡水が飲み水として使えるようになる。これもまた師匠の造ったゴーレムの一つ。この船自体も巨大なゴーレムのようなモノ。

 師匠が操っていたあのゴーレムは普通じゃなかった。指を切れば血が流れ、内臓を持ち、筋繊維が神経を包んでいた。頭部に魔石が入っている事を除けば、限りなく人間に近いゴーレムだった。

 以前、魔神攻略で世界樹内部に居た魔物に似ていると思ったので聞いてみたけれど、アレをモデルにしているらしい。

 魔法で血肉を作り出す技術。

 既存の技術では到底不可能とされてきた、夢のような技術。

 師匠はそれを作り出せるまでになってしまった。何だか、どこまでも遠い存在になってしまって、いつか私達の前から消えてしまいそうな気がする。

 前にそんな話をしたら、ポカンとされてしまった。そんなことある訳が無い、私は私の家族が居る場所を守り続ける限り、みんなの前から永久に消えるなんて事は無い。そんな事を言っていた。

 本当だろうか? いつか、師匠は私達人類に見切りをつけて、どこか遠い所に行ってしまわないだろうか。目が覚めてからの師匠からは、以前より更に強くそう感じる時がある。

 幼い頃に父親に置いて行かれた時、その背中を見送った記憶がフラッシュバックする。あれは母が弟を産んだ直後だったか、それとも母が病死した直後だったか。

 ああ、そう言えば母は治癒魔法さえあれば助かっていたのかもしれないな。そう考えると、母を殺したのは長老議会という事になる。父は末席だが長老議会に席を置いていた。そう考えると、何だか母が亡くなった時のように目の奥が熱くなる感覚が蘇ってくる。

 ・・・私は祖父が亡くなった後、残った家族を愛せるのだろうか。


「はぁ・・・」


 祖父と共に同じ仕事を志願したのは無意識に父から離れたかったからかもしれない。数十年ぶりに再会した父からは親子の情を感じなかった。愛も感じなかった。ああ、仕事で関りの無い身内が来た。その程度だ。

 弟は師匠に恋をして夢破れて心を壊した。私も師匠の事は好きだが、弟みたいな感覚は持ち合わせていない。仮に師匠の子供と結婚したら、師匠を義母として家族のように愛せるのだろうか?

 益体も無い考えを巡らせても落ち込むだけだ。やめよう。

 そのままボーっとティーカップを眺めて居ると、師匠が作った空間魔導具から通信が入った。超長距離間で通信が出来るように師匠が改造した物で、発信側が大量の魔力を消費しないと起動すらしない、トンデモ魔道具だ。

 呼び出し音が鳴る魔導具のボタンを押し、通話状態にすると先程まで聞こえていた声が耳に入った。


『ユベアラちゃん、いま一人? 誰かいる?』

「いえ、一人ですよ、何かありましたか?」

『ご飯作り過ぎちゃったから一緒に食べよ。久しぶりに台所に立ったら、エミーに教えながら張り切っちゃって。私の部屋のゲートに魔力注いでおいたからおいでよ』

「はい! 今すぐ行きます!」


 ティーカップを流し台に置いて急ぎ足で師匠の部屋に繋がるドアを開ける。水密ドアの回転ノブが逸る気持ちを焦らす。

 ガッパンッ、と解放時の空気の流れで独特の音を上げながらドアが開き、私は七色に染まるゲートを潜った。

 その後、侍女たちに強制連行されて洗体、メイク、ドレスアップされたのは言うまでもない。何を言っても、


「王妃様の指示ですので」


 としか答えてもらえなかったので、いつの間にか用意されていた私に合うサイズのドレスが数百着もぶら下がった移動式クローゼットが運ばれてきた。


「す、凄い量のドレスですね」

「全部、王妃様の私物です。愛されていらっしゃいますね」


 十人近い侍女連中にニヤニヤと厭らしい笑顔で愛人宣言された気分になった。喜ぶべきかどうか迷っていると、次々と大きな姿見の前でドレスと髪色が合う合わない、次はアクセサリとドレスが、ドレスと靴が、と試着させられまくり、遅いからと呼びに来た師匠に救出されるまで一時間ほど掛かった。

 侍女連中に師匠の雷が落ちて一同が深々と頭を下げるのを尻目に、私は王族が食卓を囲む中、一人だけフル装備な格好で会食に臨む形になってしまった。周りの皆さんは平服でいらっしゃる。浮くよ、こんなの!


「あの、ししょぉ・・・」

「あはは・・・何だかゴメンね。みんな張り切っちゃったみたいで。私がドレス作りを趣味にしてたのを知ってたから、着てもらいたくて頑張っちゃったみたいね。幾つかは侍女のみんなと一緒に作ったからねぇ」


 お手製・・・?

 いやいやいや、このドレスって随所に蜘蛛糸が使われた超高級品だけど?

 白麟蜘蛛の糸って裁縫スキルが必須って聞きましたよ?


「ど、どうやって細かい刺繡とかを?」

「なんか、こう、ゴーレムで・・・(内緒ね。城の御針子さん達の仕事が無くなっちゃうから・・・)」


 黙って頷いておきました。御針子さんの動きを真似たゴーレムを作って、それをパターン化した事で決まった柄は真似る事が出来るようになったとか。

 この国から職人が居なくなる日はそう遠くない。そう思います。


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