084
くっ、間に合わなかった、だと・・・!? オノーレ!
魔石がはめ込まれたボタンを押すと、今まで操作していたタイプライター擬きから光が消えた。四角いそれの上部から高品質な紙が一行分だけ排出されていく。
「画面が小さいんだよな」
前世の知識にあるソレと違って、文字列が並んだキーボードを打つと細長い水晶の画面に文字列が並び、その内容が紙に印字される。打ち間違えても実行ボタンを押すまでは書き直せる。しかもタイプライターと違って薄い。持ち運びがし易いのも好感触だ。
独り言を呟きつつ会議資料を書き殴っては完成させ、コピー魔導具で同じ内容を印刷していく。もうじき成人する人間の仕事ではないと思いつつ、王太子の身分なら出来て当たり前、やらなければいけない事と心に棚を置く。
通常の貴族子息ならば、十五歳の成人まで王都の学院で就学していると聞いたけれど、私は学院に通った事が無い。同い年の友人は居ないが、同い年の婚約者は居る。でも、あんまり遊んだ記憶は無い。
「ふぅ」
孤独な子供時代と言えなくも無いが、幼少期から政治に染まっている人生も、鳥人族の師匠と共に野山を駆けて血潮を味わった思い出も、好奇の眼を向けられた立場の煩わしさも、親の実家で子供らしさを演じた温かさも、私にとっては大事なものだ。
だから、この溜息は嫌気の塊ではない。ただの疲労だ。
トントンと紙束を整えてクリップを止めて纏め、薄い板箱に詰める。午後の会議で使う為だ。東部の取り纏めを陛下に任されてから数年。細かい反乱はあったが、なんとか東部に住む彼らの生活は落ち着いている。
今は大陸各地に住む人々を地下の大陸弾道鉄道で繋ぎ、日々の生活を支え合っている。最近は東部の復興にかこつけて、他の地域に住む貴族達の魔手から守るのが私の仕事になってきている。
竜船の利用料が片道数百万エルクに対し、地下鉄道は数万エルクで済む。人の移動も、物資の移動も、様々な思惑と共に大陸を駆け巡っている。母様の影響はどこまでも大きい。まぁ、狙ってやった事なんだろうけれど、あの人がただのマッドサイエンティストじゃなくて良かったと心から思う。
私と同じ前世の知識を持つ母親。
祖母によく似た破天荒な人柄。
あの冒険好きで好奇心旺盛な男の子のような母は、今日も新たな大陸で旅をしているのだろうか。毎日、城に帰ってきているけれど。
妹のフランも森から自室に帰ってきているらしい。その従者のコニーと婚約者のイルシャも同じ転送魔導具で城内に帰ってくる。叔父のシルバと叔母のルネが現地で転送魔導具を守っているらしい。二人の子供は今もハイネ先生の実家で北央騎士団の後継者として育てられている。
コッチに残された人の為にも無事に帰ってきてもらいたい。
「御昼食の用意が出来ました」
「うん、ありがとう。すぐ行くよ」
執務室の中に侍女が現れて、いつものように呼びに来る。城内に居る場合には家族で食べる事にしている。王族の執務室が王宮の王族居住区に近い場所に造られているのも、これが理由かもしれない。
食後の会議に直行するために薄い木箱を持って食堂に向かうと、食堂の入り口に母様が転移してきた。今の・・・転移門を使ってないよね。また空間魔法レベルが上がったのだろうか? 転移門を使わない転移は、数千万ものMPを使うと聞いていたのに。
「母様。どうされたのです」
「アル・・・ママはちょっと疲れたわ。主に精神的に!」
苦笑いした母様はジト目で宣っている。割と元気そうだ。
「食べながらお聞きしますよ。入りましょう」
「お腹すいたー」
なんだろう。今日はやけに幼児退行してる気がする。
ガチャリと重く大きな扉をヤレヤレと言った感じで苦笑いしている侍女が開けると、大きな部屋の中央に十人程が座れるテーブルが見えた。既に祖父と祖母と陛下、妹エミーシャ、弟シリウス、弟リオネルが食事を始めていた。
「ふやぁぃ!」
一番下のリオネルが母様に反応したらしい。口の周りをベタベタにしながら喜んでいる。もう離乳食なのか、成長が早いなと思いつつ口元がニヤけてしまう。赤ん坊の笑顔は癒されるなぁ。
「リオ~!ママですよ~」
「あいぃ!」
「父様、また後程の会議で」
「ああ、まずは食べなさい」
木箱を少し持ち上げて言うと陛下が笑顔で頷きつつ返した。家族だけが集まる場所では昔のように父様と呼ぶようにしている。そうしないと母様が拗ねる。侍女から離乳食を受け取って末の弟に母様が食べさせているのをチラ見しつつ、家族の様子を窺う。
祖父母はいつもの通り穏やかだ。公務から離れてから、随分と表情が柔らかくなった。下の子達の影響だろうか?
妹は貴校の幼年部を既に卒業していた。今は10歳からの高等部に入学するまで城に時々現れるハイネ先生に魔法を教わっているらしい。
シリウスは来年から貴校に入学するが、既に城内で教育を受けているのでエミーシャと同様に早期に卒業するかもしれない。どちらも好きに生きて欲しい。縛られるのは私だけで十分だ。これは母様も同じ考えだけれど、お婆様は有力貴族と結ばせるだろう。例外はフランだけかな。
「アル、元気ないわね」
母様が静かに食事をとる私を見て首を傾げている。膝の上にはリオが母様のお腹に顔を埋めて眠っている。
「母様こそ、お疲れのようですが大陸で何かありましたか」
「私のは別件よ。サリーが不倫疑惑をかけられてウンザリしてきただけよ」
「まぁ、トールダン家で浮いた話は珍しいわね」
お婆様がちょっと嬉しそうなのは気のせいかな?
「伯爵の妹がブラコンで、大好きな兄からサリーを離したかったそうです」
「どういうことだ・・・?」
父様が呆れたように問いかける。母様は隣に座るエミーシャの頭を撫でつつ苦笑いだ。話のキーワードだけ聞くと昼ドラという奴なのだろうか。
「トールダン家の異母長女が、親戚筋に当たる東の子爵家に嫁入りしたんだけど・・・その家、実家から十キロも離れて無いのよ。どうしても大好きなお兄ちゃんから離れたくないから、ただそれだけの理由で、隣の子爵家に嫁いだのよ」
「麗しの兄妹愛だな」
父様の言葉に少し違和感がある。相思相愛なのかと云う点だ。
「でも、一方的な愛だったみたい。偏執的と言っても良いくらいに兄を愛した妹は、夫を懐柔して利用し尽くし、実家に入った邪魔者を狙って策を講じた。そうして狙われたサリーは色々とね・・・」
「ユリアが此処に居ると言う事はサリーは無事なのだろう?」
「無事よ。全部解決したわ。仕掛けて来た夫人は子爵家に幽閉されたわ」
薄く目を閉じ、微笑みながら母様は食後の紅茶を啜る。それで話は終わりだと言わんばかりだが、お婆様は何か気になったのか首を傾げていた。
「・・・トールダン・・・連れ子だったと思うのですけれど、あなた、覚えてらっしゃいます?」
「ぅん? そうだったか?」
御爺様が良く解らないお婆様の問いに目を閉じて呻る。
「ええ。継母の子が、ユリアさんの話に出た長女じゃないかしら? だとしたら、本気になるのも・・・なくは無いのではないかしら」
エミーシャとシリウスはお婆様の話が理解できないのか、固まる私達にキョロキョロと目を動かしながら瞬きを繰り返している。
子供に詳しく教えるべき話でもないのだろうか、そう思っているとお婆様が懇切丁寧に二人に教え始めた。結構ドロドロした話だけれど、立場上、知っておくべき話と思ったのだろうか。お婆様以外は何とも言えない顔をしている。
「なんて顔をしているのですか。こんな話は在り来たりな事ですよ。ユリアさんが何をしたのかは分かりません。互いの家が滅ぶ場合もある話の中で、当事者は生きているのですから、平和的解決と言えるのではないですか」
「お母様・・・後程、伯爵家と子爵家から報告が上がると思います。出来れば穏当に済ませて頂ければ」
チラと母様が父様を見て微笑む。父様が頷いたのを確認すると、昼食会はお開きとなった。
◇◇
会議を終えて執務室に戻ると、机の上に一抱えもある球状の包みが置かれていた。後ろに立つ侍女に振り返ると首を傾げている。なんだろう。
丸い包み紙の傍に【愛しのママより】と書かれたメモを発見した。危険物か。
「ちょっと、全員部屋の外に出ていてくれ。危険は無いと思うが、母様の造ったものなら警戒しておくに越した事は無い」
「はい!」
いい返事だ。蜘蛛の子を散らすように出て行った。王族居住区近くの侍女はポジションを持ち回りで担当している。彼女たちも母様に鍛えられた者達なのだろう、気配察知スキル持ちなのは確実だな。
気配察知であって、危険察知じゃないはずなんだけどね。
ぺりぺりと紙を解いていくと、中にはヘルメットのようなモノが入っていた。何か、こう、前面部が水晶に覆われていて、それ以外は黒い光沢のある物だった。
「・・・?」
ヘルメット?の中にはIDとPWが書かれたメモと、ビフレストと書かれた説明書のような簡易メモが入っていた。まるで何かのシステムにログインするための・・・。
紙を取り出して椅子に座り背を預ける。ヘルメットを頭に被り、魔力を通すと予想通りに水晶に画面が現れた。どう見てもゲームタイトルです、本当にありがとうございます。
ガバッとヘルメットを脱いで、紙に包みなおして城を出た。後ろから侍女が駆けつけてくる音がする。
「殿下、どちらへ!?」
「すまない、夕方には戻る!!」
向かう先は冒険者ギルドだ。あそこにはお婆様ともう一人、こういった物に心当たりがある人物がいる。もう一人のサリーだ。
◇◇
「珍しいじゃないか、あんたが此処に来るなんて」
目の前に座るのは母方の祖母、ブランネージュ。剣術の天才にして、魔法を使わずにドラゴンを倒して特A級冒険者となった、現ギルド長代理。本来は母様がその立場なのだけれど、大陸調査や王妃の立場等、諸々の理由でブランお婆様が代行している。
「あんまり顔を出せずにすみません。中々、東部が落ち着かないもので」
「責めてる訳じゃないさ。あんまり来られても、アレの相手は務まらないだろう?」
アレ、というのは私達が座っているソファから離れた位置で床に女の子座りしている白髪の女性だ。お婆様が預かっている未来人?のサリナスティア。邪教の元魔王だ。ジッと床の一点を見つめている。
彼女の対面には母様とお婆様によく似た十歳くらいの女の子が座っている。ショートカットの銀髪に、青い瞳のゴーレムだ。その腕の中にはまだ一歳にもなっていない私の叔母が抱かれている。
ゴーレムの瞳は一点を見て動かず、その手は静かに赤ん坊の頭を撫で続けている。視線の先には立体的に動く駒が触れても居ないのに移動している。お爺様が大好きな魔導ゲーム板「ウォラス」だ。
「もう勝てませんからね。カードゲームも教えた先から負け続けますから、ゲームの鬼って母様が呼んでましたよ」
「その鬼はユーリ本人を怖がるのに、あのゴーレムは怖がらないんだから変だねぇ」
七年前の事件以降、サリナスティアは母様を怖がっている。表面上は何でもないように取り繕っているようだけれど、手を触れるとガタガタ震え出す。どうしても真龍化した当時の母様を思い出してしまうようだ。
あの時の母様は殺気の塊だった。ベッドに横たわっているだけで王室使用人が次々と気絶していたっけ。徐々に人間の姿に戻っていくのを確かめる事だけが希望だった。徐々に痩せ細っていくのを見て、父様は涙していた。
母様が倒れて直ぐに王位についたのは、自分では妻を救えない事の悔しさの表れだったのだろうか。アレほど悔しそうな顔で泣く父様を見た事は無かった。
ブランお婆様もそうだ。ほぼ毎日のように顔を見せて優しく抱きしめていた。硬い鱗を撫でていた。
フランは狂ったように秘薬や古代魔導具を探して回った。痛ましそうな顔で付き従うコニーとイルシャを連れて。結局、何を試しても鱗は消えなくてその度に拳を握り締めて掌から血を流していた。
その原因たる女を恨み憎らしく思った、フランと毎日のように殺し合いをして、それを痛そうにブラン母様が見ていた。サリナスティアは悲痛な顔でフランの攻撃を防御し続けるだけだった。
母様が目を覚ましたから良いものの、あの日々を思い出すと今でも憎しみにかられる思いだ。
「・・・あんたはまだ、どうしたらいいか分からないかい?」
「え?」
驚いてお婆様の方を見ると、自分の眉間を指先で揉む仕草を見せられた。どうも私は酷い顔をしていたらしい。
自分の顔を右手で覆い、ゴシゴシと目元を擦った。
「すみません」
「良いよ、だからあたしが預かってるんだし」
何かあった時に押さえつけることが出来るから。いや、母様の件は自分の中で折り合いをつけているからだろうか。
暫く俯いて考えていると、テーブルの紅茶の湯気が顔に触れる。ふとその湯気が大きく揺れた。
「あの、あの人の事、ごめんね」
声のする方に首を回すと、そこにはサリナスティアが立っていた。アルビノと呼んでいいくらいの白い髪と肌、そして真っ赤な瞳。誰がどう見ても美しい女性だが、その戦闘力は魔神を凌ぐらしい。一時は小麦色の肌になっていたのだが、直ぐに白くなった。理由は解らない。
「いや、怒ってる訳じゃないさ。それにもう、君からは謝罪を貰っている。君が暴れ出さない限り怒ったりしないさ」
「うん・・・」
まだ私の眉間に皺が寄っているらしい。納得してない私に何と言って良いか分からないのだろう、そんなサリナスティアを見て私は悪いともいい気味だとも思わない。こうしている事が、相手にとっての贖罪になる気がして、フォローを入れようと考える気が起きない。
器の小さい男だ。
「はぁ」
自分の小物っぷりに、思わずため息が出た。
視界の端でサリナスティアが腰の前に揃えた両手でスカートを握りしめるのが見える。それを見て僅かな憐憫と申し訳なさが溢れて来た。
「ああ、いや、責めてる訳じゃないんだ。というより君に用事があって来たんだ、座ってくれないか」
私はソファのお尻を上げてスペースを開ける。横の位置をポンポンと叩いて誘うが、サリナスティアは悲しげな顔でブランお婆様の横に座ってしまった。嫌われたな。
それを見て苦笑いのブランお婆様が口を開く。
「で? 用事ってのは何だい?」
言いながら視線は紙包みの方へ動く。
「これを」
包みのままソファテーブル越しに渡すとガサガサと彼女は開封し始めた。此処に持ってくる間は腕輪に入れてあったので、私が単独でギルドに現れた際には何事かと受付嬢たちに心配された。真っ赤な顔で注目を集めていたので、怒られるか心配だったが、お婆様に助けられた。
普通は王族が一人で外を出歩き、一人でギルドに現れる事態なんて、どれだけ緊急性の高い事態なのかと心配されて当然だな。慣れている事とは言え、流石に迂闊だった。
「・・・? 何だいコレ」
「頭に被って魔力制御をしてみてください」
「んん?」
ヘルメットをお婆様が被ると、水晶に模様が表示された。アレは多分、OSか何かのマークなのだろう。アイコンが幾つか現れ始めている筈だ。
『これは何だい? 塔の天辺で見た画面とはまた違うが・・・古代魔導具の一種かい?』
「いえ、それは母様が置いて行った魔道具です。と言っても、執務室に行ったら机の上にメモと一緒に置いてあっただけなのですが」
チラリと少女ゴーレムを見ると、視線に気づいたのか私の方に振り返った。ニヤリとしている。あれは今だけ操作しているな。
「どうもメモに書かれた文字を入力するところがあると思われます」
『見たものに反応して小さいのが動くけど、模様を・・・あ、何か大きくなった。ん? 小さくなったね・・・良く解らん!!』
ダメか。ブランお婆様は細かい作業は苦手らしい。ヘルメットを脱ぐと、それをサリナスティアに奪われた。
「見てみる」
「あっ」
スポッとヘルメットを被ると、透き通った水晶に幾つもの動きが素早く現れた。明らかに慣れている。母様のゴーレムも、ジッとサリナスティアを見ていた。
「メモ読み上げて」
私がサリナスティアの声に応えて読み上げると、水晶に動きが見えた。暫くすると動きが消え、サリナスティアが首を傾げる。
「どうした?」
私の問いに対し、サリナスティアはヘルメットを外して差し出してくる。目を見て動きを止めたまま、被れと言わんばかりだ。
「被れば良いのかい?」
「はやく」
何なんだと思いながら被ると、そこには【魔力認証に失敗しました】の文字が表示されていた。
「これって・・・」
「さっきのIDとPWを再入力してみて」
言われるままに視線でカーソルを動かし、表示されたキーボードを押していくと入力が終わり画面が切り替わる。水晶にはキリシア言語でビフレストの説明文が表示されていた。
◇◇
画面は無い。
代わりに手足の感覚が異なり、急激な風を顔面に感じた。新緑の香りが鼻腔を擽り、雑多な人の流れが視界を騒がせる。やたらと周囲の人間の背が高く、身に着けている者も革製品が多い。少なくとも王都の人間が身に着けているようなユリアブランの高品質量産衣類ではない。
「ここは」
声が高い。慌てて喉を抑えるが普段そこにあるものが無かった。柔らかく、そして凹凸が少ない。視点を下げるとそこにある筈のない膨らみが二つ見えた。身に着けているのは貫頭衣だろうか?
生まれて初めて見につけたが、下着も無いし股が涼やかだ。というか寒い。秋も中ごろと言った肌寒さなのに何で貫頭衣だけで知らない街に放り出されているのだろうか。
両手で自分を抱きしめるように脇に指先を入れて擦る。胸の膨らみが小さく潰れて手が届く。そうして足を止めながら周囲を見ていると右肩をトントンと指で叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには見知った顔が中腰の姿勢で待ち構えていた。
「あら、随分可愛い子になったわね」
「か、母様!?」
って事は此処は別の大陸、いや、さっきまでギルド長室に、じゃなくてブランお婆様とサリナスティアは!? どうなってるんだ?
「ぷっ、ふふっ、動揺するわよね~」
「どぉなってるんですか!?」
思わず私が叫ぶと母様は人差し指を私の唇に当て、私を横抱きにしたまま持ち上げた。って、今気づいたけど身長差が大きくないか!? 私達の常識に当て嵌めれば十歳児と同じくらいの女の子になってるんだけど。
「なんで子供に、お、女の子に!?」
「まぁ、まぁ、ここは私に任せなさいって、道中説明してあげるわよ~。ん~、アルスちゃんは可愛いわね~」
「あ、あるすちゃん?」
やたらと周囲の注目を集めながら大きな通りを運ばれていくと、見知った騎士の鎧を見つけた。アレって近衛の・・・。
「アルスちゃんはその体の名前よ、この状態のときはそう名乗りなさい、良いわね?」
ぼそぼそと私の耳に口元を近づけながら母様が話しかけてくる。唇が耳に触れて擽ったい。というか母親なのに凄く良い匂いがする。こんな風に母親の匂いを感じた事は無いのに。
「どういう事なん―――」
「お疲れ様です、中でギルド長がお待ちです」
「ありがと」
ギルド長!? ブランお婆様がどうして。困惑する私を余所に目に入った人物はいつもの青ローブを着た老魔導士長だった。見た事のあるドラグ族の男女と高レベルエルフ女性も一緒だ。
彼女たちは母様と一緒に大陸に渡った、北部魔導議会でも有数の冒険者チームだった筈。
周囲も近衛騎士や選抜隊長クラスが勢揃いだ、やはり此処は別大陸の調査隊が向かった場所だ。しかし、ギルド長? どうしてブランお婆様が。
ガチャリとドアをノックせずに開けられた先にブランお婆様は居なかった。私も混乱したままのようだ、ここは別大陸なのだから居る訳ないだろう。座っていたドワーフのような男が立ちあがり、母様に挨拶をしている。
「これは聖女様、本日は如何為されたかな。そちらの天使族の子供は?」
「この子にギルド証を作ってあげて欲しくって。ちょっと訳アリなのよね」
「はて・・・」
どういう事だと母様を見上げるとニンマリと笑顔で返された。どう考えても体が別物になっているし、ここは別大陸だし、立場が普通じゃない。母様は何かこの体に仕込んだとしか考えられない!!
差し出された魔導器具に腕を入れると、一瞬だけ強い魔力の波で叩かれたように感じられた。随分と雑な反応を起こす魔導具だ。欠陥品だろうか。
「今のは?」
作業のために俯いていたギルド長と思しき男が私を睨みあげて来た。
「ただの登録作業だ。何もしやしない」
「はぁ・・・」
不安げに母様を見上げ、その後ろに侍る魔導師長や騎士団を観察するが、いつも私を見るような芽ではなく、強烈な警戒の意思を感じた。ずっと母様に抱っこされているのだから当然か。
しかし、魔力の波長で気付かないのだろうか?
いや、待て。
何だこの体。
私の魔力と、母様の魔力がごちゃ混ぜになっている。これ、大丈夫なのだろうか? ちょっと仙気を感じるんだけど。
作業をしていた男からテーブル越しにカードを受け取った。
「ま、普通の新人ですな」
「ありがと♪」
カードに穴が開くぐらいに確認する私を余所に、母様が軽い感謝の言葉を吐くと、用は済んだとばかりに私は抱っこされたままギルドから運び出されていった。
途中で凄い豊胸美人が母様と私を見て固まっていたが、母様の知り合いだろうか? あと、男の子も居るんだな。私と同じで十歳児か。
「移動するわよ」
「はっ」
抱えられたまま風獣の背に乗せられ、私達は高速で北に向かって走り出す。この体は酷く貧弱らしい。風獣の静かな背中に乗っているだけで凄まじい疲労感を覚える。母様の風獣は移動中に寝ていられる位静かなのだけれど、こんなにバランスを取れない事は始めてた。
「アルスちゃん、鍛えないとダメねぇ」
「船長ぉ、その子は一体何なんだい? さっきからずっと抱いたままだけどさ」
「ん~? 基地につくまで内緒~」
「ちっ」
ドラグ族の女性が随分と崩した言葉遣いで母様に話しかけている。この人は表彰式の時もかなり丁寧な言葉と所作だった気がしたけど、こっちが素なのか。
「ユリア様、せめて何者なのかぐらいは教えて頂けませんか、騎士達も緊張が解けませぬ」
魔導師長が厳しい目で私を睨みつつ言う。仰る通りで。何だか申し訳なくなってくるよ。
「転移したら言うってば。大丈夫よ。身内よ、身内」
「むぅ」
後頭部を母様に挟まれながら自分の銀髪を眺めていた。本物と違って随分とクセっ毛だ。フワフワでくるくるしている。そういえばイルシャも私も直毛の見本のような素直さで、髪で遊べないと彼女は愚痴を言っていた事を思い出した。光に反射して、とても美しい黒髪だと思っているのだけれど。
「着いたわ。詳細はユベアラちゃんの所で話すわよ」
「承知いたしました」
「大丈夫だから、そんな警戒しないで頂戴?」
「無理ですじゃ」
居た堪れないなぁ。
◇◇
光魔法の幻影と、あと何か良く解らない魔法で隠された壁を抜けた先には複数の転移扉が設置されていた。常時双方向で通行可能なタイプだ。これを隠していたのか。
この手の大型魔導具は現在の所、母様しか作れない。それ以外の技術者にはパーツを組み立てて魔石を用意するのが関の山だ。魔刻紋を解析できれば再現可能かもしれないが、遠い未来の話だろう。
「潜るわよ~」
「ひっ」
一瞬で凄まじい魔力が母様の体を駆け巡ると、思わず悲鳴を上げてしまった。大量の魔力の流れで火傷でもしたかのような熱を自分の体に感じる。しかしそれは接触している母様の魔力に触発されただけで、自分の体内魔力を強制的に動かされただけの事。
ただの錯覚だ。
違うと判っているのに、凡そ自分では動かせない大量の魔力の高速流動で引き摺られる様に自分の体内を動かされたため、一瞬の恐怖と驚きを覚えた。
「・・・大丈夫?」
「だ、大丈夫です。この体、魔力が少ないので、動かされるだけで負担が凄いですね」
「ごめんね」
抱っこされたまま頭をナデナデされてしまった。しかも相変わらず自分の声が甲高い。数年前の自分よりはるかに高い。メゾソプラノくらいあるんじゃないか。
虹色のゲートを潜ると向こう側には膝をついたユベアラ学園長が居た。そういえば調査隊に入っていたっけ。
「船長、お帰りをお待ちしておりました。本日の報告・・・か、い・・・」
「あぁ、ユベアラちゃんただいっ!?」
跪いていた学園長はそのまま飛び上がるように私の胸に飛び込んできた。
「ふっ、ん~~~~~~!? かわっ、いぃ~~~~~~~~!!!」
あれ・・・? この人、いやこのエルフ、鍛錬場で見かけた時はもっと、こう、お淑やかで、礼儀正しくて、それを自分に強く強いているような感じの強い表情をした女性じゃなかったっけ?
「すーふー、すーふー、すーふー!」
私と母様の胸の両方に顔を埋めて興奮している彼女は、以前のイメージからはかけ離れているように見える。というか懐が熱くなってきたから、そろそろ離れて欲しいんだが。
ぐいっと力を入れて頭を押そうとするけれど、凄まじい力でビクともしなかった。嘘だろ・・・この筋肉エルフ、微動だにしないんだけど。
たまらず母様を見上げると、察してくれたのか学園長の首根っこを掴みあげて椅子に運んでくれた。
「あぅ、ぐっ」
首が締まったエルフはお誕生日席の隣に座らされた。
「すびばぜん、師匠」
「良いわよいつもの事だし。でも普通の初対面の相手にはダメよ? ただの変態行為だからね?」
「ぶぁい」
首が締まってたせいで鼻水が凄い事になっている。大人の女性が見せていい顔ではない。暫く彼女がグズグズやっていると、シルバ叔父上夫妻とフラン達が現れて会議が始まった。
「蒼羽は?」
「ずびっ、東部首長連邦に出張です」
「あら、そう」
そういえば内乱などのゴタゴタで出向いてもらっていたんだった。母様のお陰で色々と頭からぶっ飛んでしまっているな。体が違うせいだろうか?
「で、そいつは誰なんだ。ユリア姉」
「なんか、どこかで・・・」
「あら・・・???」
魔力の動きに敏感なイルシャとルネ叔母様は感付いているらしい。自分で辛うじて分かるくらいなのに、恐ろしい魔力感知精度だ。
「まず、この女の子を紹介しましょうか。この子はアルス。天使族・・・」
「はぁ!? 母様、それってプレイヤーっていう外部の人間じゃなかったの!? どうしてここにいるのよ!」
フランが叫ぶ、が私の妹であるためか近衛の誰も顔を顰めない。単に怖いからだろうか。真面に相手できる近衛も数人だけだしな・・・。
「に、そっくりなゴーレムの・・・」
「まさかっ、不死性を再現されたというのですか!!」
ガタッと老魔導士長が立つ。
「中にアルセウスを入れた人形って事になるわね」
「「「「「えっ」」」」」
その時、意気込んでいたフランと、思い切り立ち上がった老魔導士長の時が止まり、近衛兵たちの顎が外れ、ルネ叔母様とイルシャの顔が苦いものになり、シルバ叔父上が首を傾げた。
「お母様!!!」
「「「「「「「妃殿下!!」」」」」」」
「ユリア様!!!」
「「お義母さま!!!」」
ほぼ全員から叱責と共に呼ばれる母様は笑顔のままだった。
「まぁ、アルを鍛える事と、プレイヤーとはどういう存在かという検証、そしてこの大陸に張り巡らされたシステムを利用した実験、そして天使族とは何かという調査。全てを兼ねた行動目的の為よ。一応サリナの安全確認は取れてるから問題ないわよ?」
ギリッとフランの口から音が響いた。母様・・・フランにサリナスティアの名は禁句です。未だに許せていないのですから。
「妃殿下、良く解りませんが、そちらの方が本当にアルセウス殿下である証拠はあるのですか」
「疑うの?」
「いえ・・・」
ギロっと無礼にならない程度で真っ直ぐな近衛兵の眼が私を射抜く。
「まず、間違いなく私はアルセウスだよ。母様の妙な魔導具を頭に被り、所定の動作を行ったうえで、何故か本体と意識が切り離されてゴーレムに移った。ところで母様。私の本体は無事ですか? ブランお婆様の所でサリナスティアと共にソファで寝ていると思うのですが。すぐ横に幼女母様がいらっしゃいましたよね?」
「あら幼女だなんて、立派な少女だったでしょ?」
「床で赤子をあやしながら小さくなってるだけだったので何とも言えませんよ」
「結構頑張って作ったのに・・・」
多分あれはブランお婆様の趣味だろう。偶に顔を出すと膝に乗せてるし。
「どうなのでしょう?」
「問題ないわ。お母さんに膝枕されてるわよ。詳細はサリナスティアが説明してくれてるみたいね。あの子、ゲーマーだったから説明が楽でいいわね」
「ゲーマーって・・・まぁ、とにかく。母様は私が今動かしているゴーレムを、この大陸で生きている天使族と同じ体に誤認するように作り、この大陸の特殊な魔法?法則?の元で動くかどうかを確かめたかった、という事ですか」
「ちょっと違うけどまぁ、そんな所ね。その体なら、死んでも最初の街に完全復活して転移されるわよ。つまり不滅。凄いわね?」
椅子に座っている調査隊員も、その後ろに立ち並んでいる者達も揃って騒然とし始めた。当たり前だ、不滅の肉体を用意したと言っているのだから。
「その不滅の肉体に意識を移せるようにするために、私の所に魔道具を送ったという事ですか」
「そういうこと~」
偉い偉いと言いながら私の頭を撫で繰り回している母様を余所に、イルシャの熱い視線を受け止めていた。あの目は可愛い動物を見つけた時の眼だ。主に母様が風獣で遊んでいる時に見る目だ。
「でも、母様。この体、物凄く弱いんですが」
「そりゃそうよ、そのゴーレムは成長させないといけないという縛りがあるものねぇ。レベルは本人のそれと同一、使えるスキルも同一、磨いた技術もそのまま、しかし体力も魔力も弱く儚く貧弱そのもの。でも不滅。大きな違いはそんなところかしら」
気に入った?と私を見下ろす母様の口元は悪魔のそれだった。
「戻れるんですか?」
個人的にはそれだけが心配だ。
「本体の頭から魔導具を外すか、その状態でシステムパネルを操作すれば戻れるわよ」
「しすてむぱねる?」
「あるでしょう」
「有りませんが」
おや? 頭を撫でていた母様の動きが止まった件について。
◇◇
暫く動揺していた母様を眺めつつ、「システムスーテタスオープン」と唱える事でパネルが召喚される事が分かった。これはステータスパネル同様で自分しか見えないらしい。
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アルス(10歳)
性別:女性
種族:天使
職業:魔術師
レベル:1
体力:6
魔力:10
物攻:7
魔攻:9
物防:3
魔防:4
信頼:0
性向:0
SP:0
状態:普通
スキル:剣術LV10、闘気剣術LV1、格闘術LV8、火魔法LV10、水魔法LV10、風魔法LV10,土魔法LV10、光魔法LV10、闇魔法LV10、元素魔法LV3、付与魔法LV10、錬金術LV10、回復魔法LV10、治癒魔法LV1、気力制御LV10、魔力制御LV10、闘気制御LV1、並列制御LV8、気配察知LV4、翻訳、フリキア言語LV8
称号:超えし者
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スキルと称号だけそのままで、あとはゴーレムの体準拠という事か。年齢までゴーレム準拠とかどういう事だ。
「母様、死ぬと私は何処に飛ばされるんですか?」
「最初にログインした街の広場ね。システムが勝手にその場所へ再生成する動作を起こすようになっているわ」
「その間、本体の意識はどうなるのですか?」
「いったん戻るんじゃないかしら? 試してみたら?」
「作ったのって母様ですよね? どうしてお解りにならないので?」
「有り物を持ってきただけだもの、どうしてそうなるかまでは調べてないわよ、そこまで興味ないし時間も無いし」
なら母様の興味とは何処にあった上で、こんな事をしているんだ。
「・・・とにかくこれを使う場合は、レベルを上げないと使い物になりませんよ。闘気を使えば一瞬で死にそうです」
「それは困るわね」
「それと、これを使って何をする予定だったのですか?」
これまで遊んでいたかのように笑顔だった母様の顔から表情が消えた。
「この大陸の支配者・・・魔神、のようなモノの調査よ」
威圧とは違う、熱意による圧迫感を頭の上から感じる。どうも母様に対しての愚門だったらしい。
「仮にこのシステムを施行している存在がいるのだとすれば、このゴーレムを使った間接的接触は何らかの成果、ないしヒントを得られる。糸くず程度の手掛かりがあれば十分なのよ。世界樹を乗せた塔も、この大陸の中心にいる存在も、そしてこの大陸を隠していたシステムも、見えているのに手掛かりが無いのであれば、暴くしかないでしょう?」
強引な金庫破りみたいな台詞を吐く母は、周囲が思っている以上に面倒くさがりなのか一手で数個以上の成果を求めないと気が済まないらしい。
実際には副次的な複数の要素で、最終的には莫大な成果を上げるのが毎度のことらしい。それを無意識で実行するから、ユリアブランの会長をやっていけていると会計長が語っていた。
「良く解んないけれど、お母様はその、兄さまが入ってるゴーレムの体を使って世界樹を何とかしたいって事で良いんでしょ?」
「そういう事ね。流石フランちゃん! 私の娘! 最強で最カワね!」
「と、とーぜんだし!」
相変わらずチョロインな妹だと憐みの眼を向けていると、ギロリと威圧されてしまった。やっぱりうちの妹怖いわ。
その後、幾らかの話し合いを持った結果、私は監視付きで放流という事になった。ゴーレムの体は必ず此処、水龍の湖底庫基地に保管する事。活動時は私だけが操作出来るので、母様が同行する事。この二つが今のところの絶対条件である。
「まぁ、なんだかんだ言って王都を離れられないアルの気慰めになるかと思った部分が一番の理由ね。本当は参加予定の無かったイルシャちゃんが調査隊に居るんだから別に良いでしょ?」
「はぁ・・・まぁ・・・そうですね」
謝って良いのか、言葉道理に頷けば良いのか、嫁の立場的に困る婚約者だった。しかし、これに正面切って異を唱える者が居た。
「アル兄ばっかりズルい!! 私も欲しい!」
「フランは生身で来てるじゃない・・・あと鍛錬の意味もあるんだから、ゴーレムで遊んでる場合じゃないでしょ」
「私も魔法使ってみたい!!」
「そう言われると、少し困るわね」
妹フランは未だに魔力制御も魔法スキルも生えていない。ブランお婆様と全く同じ資質なのか、凶悪な剣の才能と魔法の才能はセットで所持できないらしい。天は二物を与えずとは正にこの事か。
いや、見る者が震える美貌とか、実は美術的センスが高いとか、ダンスが凄まじく上手とか、芸術面の才能がずば抜けて居る面もあるから、そうでもないか。母様のファッションショーに毎回モデルとして参加しているらしいし。そのせいで、ここ最近は婚約の申し込みが後を絶たないんだっけ。
人は見た目に騙されるよなぁ・・・・・・・。
おぉっ、急に冷たい震えが。
「お遊び程度なら付き合いますよ。母様がお手数でなければですが」
「・・・そう言われるとね。頑張っちゃうじゃないの」
フランの顔が明るくなっていくが、母様の顔色は悪くなっていく。あ、これ、結構作るの大変なんだ。結局、完成次第フラン達三人娘にも製作する事になり、フランとコニーは魔法系統のキャラで、イルシャは物理系統のキャラで、それぞれ製作を検討してもらえることになった。普段の自分とは真逆なスタイルを体験できる訳だね。
「スキルを鍛えるために丁度いいかもしれないけれど、それだけのモノであって、お遊びでしか無いって事は忘れないようにね」
「「「は~い」」」
こうして私達は、暇を見てゴーレムを使った探索ごっこをするようになった。持ち前のスキルレベルが高いせいか、私達は直ぐにゴーレムの扱いに慣れてあっという間に地下遺跡ダンジョンを攻略していく事となった。
そんな私達を【銀の流星雨】という二つ名が付いて回るようになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
◇◇
いつものように錬金器具を取り出してコポコポと薬草を煮出す。抽出した成分を濃縮し、ポーション瓶に詰めると傷薬が完成する。スキルで作っているせいか、詳細な調整は勝手に行われているようで、見つめているだけでビーカーの中の成分が色分けされるように分離していく。不思議なもんだ。
「ライエル、今日は早いですね」
巨大通路の安全地帯の中に一つのテントが張ってあり、その中に同行者が二人に寝ていたのだが内一人が起きたらしい。背伸びしながら大あくびをかましている。
「汗もかかんし、虫歯にもならん。お陰で臭くならんで良いが、何とも違和感のある体じゃのう」
寝起きだと言うのに準備体操をしているライエルの体は既に万全に伸び切っているようだ。ゲームキャラなんだから当然か。
「そこまでリアルじゃなくていいと思いますけどね」
「現実味に欠けるんじゃよ。ルーチンワークが現実と異なるとな。無駄が無さすぎて無駄を楽しめん。この辺がゲームの限界じゃな」
「ははは・・・」
そこまでやると苦情が来そうだと思ったが特に突っ込まなかった。
手元の作業を錬金器具の片づけから焼肉の用意に移行すると、数週間前に倒した巨大な肉の一部をそぎ落としていく。鉄鍋にそれを入れて薬草を少々加えて水で煮始めると、徐々にいい匂いが周囲に広がって来た。簡易的なすき焼きだ。
変態、もとい巨大なサテュロスの足肉は、閉じ込められた私達にとって貴重な食物資源となり、こうして私達の活動を支えている。
「いつになったら戻れるんですかね~」
「さぁ、のぉ、わか、らん、のう!」
ブンッ、ボッ、ババッ、とシャドーを繰り返しているライエルは、私のボヤキに適当に返している。ライエルはこの調子だから良いのだが、同行者の二人目であるマナフはそうもいかない。日に日に不機嫌になっているのだ。
拠点にあるお店が心配らしく、毎日のようにログインしては大黒屋を始めとした技工師プレイヤーたちと連絡を取っているらしい。幸いにして仲のいいプレイヤーに店を管理して貰っているらしいので無人では無いと言っていたが・・・果たして店がそのまま残っているかどうか、その点については大いに不安だろう。そのまま別の店になってたりして。
そう思ってるとしかめっ面した背の高いイケメンが目を覚ました。
「こんにちは・・・」
「うむ!」
「こんにちは~、マナフさんもどうぞ。まずはスタミナ戻しましょう」
黙って受け取ったマナフはモクモクとすき焼き擬きを食べていく。そして、この閉じられた空間を徐々に切り拓いていく作業を再開する事となった。
◇◇
「じゃ、いきますよ」
「いこうかの!」
「えぇ」
サテュロスを倒した地点から一つ奥に進んだ私達は、後方の巨大な自動扉が開かなくなった事にすぐ気が付いた。元の遺跡入り口に戻れなくなったのである。
そのまま奥に進むと徐々に人工的な通路には湿気が満ち始め、突き当りの小さな扉を手動で開けると、その先には森が広がっていた。遺跡の中を抜けたのかと思えば、壁伝いに歩くこと数時間。
行けども行けども同じ景色が続いている為、扉の地点まで戻っては毎日異なる方向に直進すると言った行程を繰り返している。
結果、私達は魔物にも遭遇せず、そして新たな安全地帯も発見できずといった具合であった。道中に様々な資源を発見できたのは幸いだった。砂漠だったらログインしなくなってたかもしれない。本気で。
「十五度ずつ進行方向をズラすって、どうしてそうなったんでしたっけ?」
「同じ景色ばかりじゃからの、変化が欲しかった。それだけじゃ。空腹で死んでも安全地帯に戻るだけじゃからの」
「もう思い出したくないわ。なんでゲームで飢えなきゃいけないのよ。思わず間隔切っちゃったわよ」
「私もです・・・」
「はっは!そんなのワシも同じじゃ!!」
新しいエリアに辿り着いたからだろうか? 私達は死んでも初期街に戻れなくなっていた。装備類はマナフが更新できるし、薬草などの食糧は調達できる。水も魔法で作り出せるが、それだけだ。
肉は徐々に少なくなっているし、森で大きな変化は見られない。いっそ高台でも作って、森の中に複数のポイントを立てていくかという話になった。
「大量の木材さえあれば良いわ。スキルが勝手に組み立ててくれるからね」
私が風魔法で大木を切断し、ライエルが拳で大木を爆散させる。そうして巨大な木材を二人で集め、マナフが技法師スキルで建築していく。
そんな事を数週間も繰り返していくと、開始地点の扉付近に建てた物見やぐらから、十以上もの櫓を確認できるようになった。どれもこれも高さ十メートル以上の立派なものだ。
「広葉樹林で助かりましたね。針葉樹林のアホみたいな高さの木々が乱立していたら、ちょっと手に負えない高さになっていたかもしれませんし」
「怖いこと言わないでよ。もしかしたら植生が変わって、途中からそんな事になってるかもしれないでしょ」
「・・・上り下りが面倒この上ないのう」
面倒なのは認めるが、その甲斐あって私の風魔法スキルレベルは四まで上がり、ライエルは地道な訓練で闘気制御レベルが二に上がった。オマケに人物鑑定というか、他者のステータスを調べられるスキルも手に入れたらしい。マナフは一本の巨木から四十秒で丸太小屋を建てられるまでに木工・建築スキルが上がったらしい。
「へぇ、技法師のスキルって、レベルが上がるとステータスに補正が掛かるんですか」
「そうよ。地味に狩りに強いのはそのお陰ね。まぁ、この辺、魔物が出ないけどさ。それに武法師もその点は同じらしいし」
ズズズと薬草スープを飲むマナフは言う。それって私にも適用できないかなと思い、探索一か月目で技巧師スキルが幾つか生えたのは言うまでもない。ライエル? 闘気拳法とか言うのが生えて、元気にやってます。
◇◇
サバイバルの日々が二か月目を迎える頃に、とうとう肉が尽きた。木の皮を剥いだ食料や、木の実、薬草、土中の木の根やイモ類を主食とし始めた頃には、扉付近にちょっとした集落ができ始めていた。住民はたったの三人ですが。
「あのさぁ、そろそろ活動範囲を広げるべきじゃないかしら?」
もしゃもしゃと芋を食べながらマナフは言う。
「そうじゃの、ワシもそろそろ訓練だけじゃと飽きた。実戦がしたい」
バリバリと樹皮を茹でて干したものをライエルが食べながら言う。
「と言っても、この森、果てが見えないんですよねぇ。遠視スキルを使っても森しか見えないし。風魔法で探っても、数十キロ先に何も無いって反応が返ってくるだけだし。いっそ塔でも建てますか?」
「今なら出来るわよ」
「ほう・・・?」
地面を掘って粘土を集め、大量のレンガを確保し始めたのが一か月前。一心不乱に穴を掘り続ける姿を見て、マナフの奇行が始まったかと心配したものだが、それぞれに出来る事が増えた結果だと気づいたのは直ぐの事だった。
私は遠くを見る事が出来るようになり、サバイバル生活に繰り返し魔法を使った結果、凄まじい勢いで魔法を鍛え上げ、貰った魔法書はレベル五まですべて習熟した。
ライエルは目に見えない程のスピードで動き始め、辿った後には煙の出る足跡が地面に焼け付く程だった。
「一日も要らないわ。一時間で建築して見せるもの。まぁ、見てなさいよ」
「「(ゴクリ)」」
最初に開けた場所に石材を運び出し、大量の木材も並べた。そしてマナフを資材の山の中に残して直ぐに変化は訪れた。
シ〇シティかという勢いで土台が出来上がり、柱が伸びて外壁が積み上がっていく。それらは留まるところを知らず、三十分ほど見上げているだけで、天高い塔が目の前に出来上がってしまった。
「・・・奇跡を目の当たりにしてしまった」
「ぶっはっは! そうじゃな! こりゃ奇跡じゃ!」
コツコツと足音を響かせながらマナフが外壁沿いの螺旋階段に現れると、手を振っている。登って来いって事か。
ワクワクしながらライエルと競争するように登っていくと、途中で煽ってくるショタ爺を睨みながら天辺に辿り着いた。
途中までは外壁とその外側にある落下防止の壁しか見えなかったのだが、頂上は見晴らしがよく、はるか向こうまで森が続いているのが良く見えた。ずっと向こうは薄く霧が掛かっていて見分けにくいが、確かに地平線の先を知ることが出来た。
ふと視界の端にある高度センサーを確認すると、百六十メートルという表示に気付く。
「これ、百メートルどころじゃないじゃないですか。石と木材でこの高さは異常ですよ!」
「たっかいのう」
「まぁ、スキル頼りなんだから、むしろ出来て当たり前? 私はそう思うけどね」
何でもない様にマナフは言うが、その顔はドヤ顔だ。ニヤニヤしながら地平線を眺めている。言葉とは裏腹にもっと褒めろといっているのが良く解る。
「素晴らしい仕事をしてくれましたからね。私もしっかり遠視して見せますよ」
「おう!たのんだ!」
「このショタは、ここまで殆ど役に立たないわねぇ・・・」
「だまらっしゃ!!」
二人がコントを繰り広げているのを横目に、少しずつ視点を変えて森を見渡す。ジッと、それぞれの方角を見ていくと三つの事が分かった。
一つ、扉から真正面の方角には真っ白な壁がある事。
二つ、扉から見て右手三十度ほどの方角には、大きな岩場がエアーズロックのように屹立している事。
三つ、扉から見て左手四十度ほどの方角には、巨大な木々が乱立している事。
「どれが一番近いのよ」
「地球の臍ですかね」
「岩場に何が居るのかは見えんかったのか?」
「白い影のようにしか見えませんでしたよ。もっと言うと岩のような山脈です。これ以上の観察には望遠鏡が必要ですね」
勿論、レンズの材料になりそうなものは無い。
「じゃあ、行くかの!」
「そうね、ここでのんびりスローライフ送ってるだけがゲームじゃないわ」
「少しだけ気に入り始めてましたよね」
「住めば都って言うでしょ。ま、現実の方が万倍も過ごし易いけどね」
軽く自嘲しながらマナフは言う。そう、現実の発達しきった生活環境の方が楽に過ごせる。が、心穏やかかと言うとそうでもないだろう。怪我をする前の生活を思い出しても、窮屈な思いをしていた事しか思い出せないのだから。
「ワシはこっちの方が楽で良いがの。十全に体を動かせる。八十も過ぎれば誰でもそう思うわい」
「「・・・はちじゅう?」」
「なんじゃ? 文句あるのか?」
「「ありません」」
人生の大先輩だった件。マナフを顔を合わせると、年齢と見た目と言動の合わなさに二人でコッソリ笑ってしまった。すまん、お爺。
若い頃から外部接続手術をしている人間は短命だと言う。脳が負荷に耐えられない体と言われているが、私もそうなのだろうか。体の一部を機械にするのだから当然かもしれない。
ライエルは老年になってから手術したのだろうか?
私もマナフも早世するのだろうか。それを聞くのはマナー違反か。
「それじゃ、行きましょうか」
食材を全て指輪に詰め込むと、二か月間のスローライフに別れを告げた。
誤字修正は明日に確認してみます。ご指摘ありがとうございます。




