082
ログインして大黒屋に顔を出すと、一本の杖を渡された。元は冠骨が使っていたアイテムを加工した物だ。
「これが?」
「まぁ、元の木刀を参考にした長さだし、原形は殆ど無いけれど杖としては使えるよ」
彼の言う通り、柄頭に冠骨の杖の名残があるだけで、殆どが鉄と魔物の骨で補強されていたり、鞘に魔石が幾つか埋め込まれていたりしている。
「数字的には魔攻プラス八といったところかな。物攻は使って確かめてみてもらわないと何とも・・・、性能だけ高くても振り回せなきゃ意味無いからね」
柄を握って引き抜き、仕込み杖の刀身を光らせる。打ち刀ではなく太刀だ。反りが僅かに浅いので少しだけ抜刀しにくいが、居合切りをするつもりもないので問題無し。座頭市? 知りませんね。
「たしかに」
ヒュンヒュンと風を切る音を鳴らしながら型を確かめた。刀身が骨で出来ているが刃の部分だけは金属製だ。軽い。これなら片手で扱えるだろう。ただ壊れやすいだろうけれど、
「それと短剣だね」
大黒屋が差し出したのは受け太刀用の短剣だ。厚みがある。相手の剣を絡み取り、刃を欠けさせたり破壊する事を主目的としている。あと野営工作に便利。
「うん・・・良いですね」
「安いから重いし、それほど頑丈じゃない。相手を見て使ってね」
「心得ておきます」
あとは部分的に金属プレートを張り付けた革鎧を受け取った。重さは変わらないけれど、急所はしっかり守ってくれるらしい。防具も一式更新した。
ライエルは金属製の棘付き指ぬきグローブを受け取っていた。あれで殴られたら体に複数の穴が開くだろう。痛そうだ。
横でシャドーを繰り返す十歳児は良い笑顔をして凶悪な物を振り回している。
「しっ! イイ感じじゃな! ホレ行くぞ! 早う試したいんじゃ!!」
「うん、行きましょうか。それじゃ、また」
「まいどあり~」
技巧師関連スキルレベルも上がってホクホク顔の大黒屋を後ろに、私達は遺跡の深部へと向かうべく、街の東門に向かった。
◇◇
PKが街に入る手段は幾つかあるらしい。衛兵NPCに賄賂を渡す、壁を乗り越えて忍び込む、姿とステータスを偽って検問をやり過ごす。
NPC衛兵や一部NPCはステータス鑑定スキルを所持している。これで相手の性向と称号などを参照し、前科持ちや危険人物かどうかを確認しているという。前科持ちは称号欄に罪状が記載されるそうだ。
そしてステータス鑑定スキルは特定上位職業の専門スキルだ。つまり衛兵は基本的に強い。
「ぐぅ・・・」
「てめっ、はなせっ、こらぁ!」
私達が街を出ようと東門に近付くと同時にPKに襲われ、それを事前にリークしていた私達の情報でNPC衛兵が彼らを取り押さえた。
「いやー、強いですね」
「じゃのぉ! 昨日の奴らには劣るがワシらよりは確実に強いぞ!」
ショタ爺と二人で笑っていると、転がるPK達が何やら喚きつつ牢屋に連行されていった。罰金か、労役か、取引で解放されるかしないと牢屋からは出られないそうだ。
ゲームの中で労役って何だよって話だけど。PK板では技工士関連のスキルが上がると書いてあったな。
まぁ、捕らえたとしても相手がプレイヤーなので大抵は自害するらしい。自害したPKは街の外でリポップし、また街に向かって来るのだとか。自害は性向値が下がりやすいので堕天使や悪魔になりやすい。NPCからしたら悪夢だろう。常に南の国の二の舞にならないかと警戒していなければいけないのだから。
そんな彼らを街に置き去りにして走る事一時間。レベルの上昇も相まって、前回よりも早く遺跡がある湖に辿り着いた。
「・・・周囲に狙っている奴はいなさそう」
「ま、警戒しつつ行こうかの」
「そうですね」
バシャバシャと浅瀬を歩くと前回襲われた場所に近付く。
自然体を維持しつつ気配察知と罠感知に神経を向けて歩く。ヒリヒリとした感覚が少しずつ高まると、それが楽しくなってくるのを自覚していた。
「良いのぉ」
「良いですねぇ」
熱い視線と共に殺気が幾つも増え始めた。遠い。ライトショットの詠唱を唱え、魔法発動待機状態で進むと前を往くライエルではなく私に矢が飛んできた。
左手のソードブレイカーを構えつつ、右手の杖で狙いを定める。先端を銃のように相手に向けて放つと、光弾は杖を持っていない時よりも瞬時に、そして強い輝きを放ちながら木の枝に乗る相手の体に向かって辿り着いた。
左手の短剣で矢を打ち払いつつ、前方から迫って来たナイフ使いに杖を向けて再度詠唱する。ライエルは私の護衛をしつつ残りの矢に警戒している。
「―――ライトショット」
放つと同時に駆け出し、ライエルが私の後方で背中を守る。取り決めの通りだ。
光弾を避けようとしたナイフ使いは、余りの弾速で避けきれずに左胸から先の腕ごと爆散させて驚いている。が、HPがまだ残っている。右手のナイフをヤケクソ気味に投げつけて来た。痛覚は切っているのか。
左手のナイフで弾くと、後方で矢を弾いた金属音が数回響く。ショタ爺が守ってくれているようだ。
私はと言うと、バランスを崩して倒れ込むナイフ使いの腹を蹴り上げ、うつ伏せになった相手へ首の後ろにナイフを刺し込んだ。雑音が混じった呼吸音を漏らしつつナイフ使いは光になっていく。
最初に攻撃してきた弓使いは既に息絶えているようだ、気配が消えた。
「残り弓2,様子見3」
「じゃの!」
周囲を警戒しつつバシャバシャと遺跡側の陸地に足を運ぶ。ナイフ使いが落とした装備を水の中で指輪に収めた。
「このまま遺跡に入りましょう」
「うむ!」
一気に離脱すると、数回だけ矢が飛んできただけで追っては掛からなかった。
◇◇
魔物が連続で湧く部屋に籠もりつつ、深夜帯まで狩りをしたけれど変態学者プレイヤーは現れなかった。あの人が来ないと奥に進めないのだけれど・・・。
レベルが上がったし、新装備に関して使い心地の確認も出来たから良いか。
---------------------------------------------------
アネラ(28歳)
性別:女性
種族:天使
職業:魔法師
レベル:20
体力:39
魔力:60
物攻:7
魔攻:28
物防:3
魔防:4
信頼:11
性向:32
SP:4
状態:普通
スキル:剣術LV2、格闘術LV2、火魔法LV1、風魔法LV1、地魔法LV1、水魔法LV2、光魔法LV3、闇魔法LV2、気力制御LV2、魔力制御LV2、夜目LV1、気配察知LV2、フリキア言語LV3
称号:ー
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ん?
職業が変わってる・・・。レベル二十になったからだろうか。スキル獲得可能一覧を確認すると幾つかの新しいスキルと、スキルポイントを使ったスキルレベルアップ上限が上がったらしい。やらないけど。
「魔法師になりました」
「なんじゃと! クラスアップっちゅうやつか!」
ドヤ顔したらショタ爺が両手をバタバタしながら悔しがってた。ショタ好きは可愛いと思うのだろうけれど、現実の私は男なので見苦しいだけである。
クラスアップをして上位スキルが幾つか判明した。元素魔法やら回復魔法がそれに該当するが、一覧に載っていてもグレーアウトされて取得条件に足りていないのか条件提示されるだけだった。
「新しいスキルの取得条件が分かったけど、元となるスキルを取ってレベルを上げないとダメですね」
「どんなのが出て来たんじゃ?」
「回復魔法とかですね」
「それは必ず取らねばなるまいな!!」
「なんでライエルさんが決めるんですか・・・」
「ワシがポーション代を節約できるじゃろ!」
「言うと思いましたよ。まぁ、取りますけど」
杖術レベル2と魔力制御レベル2と錬金術レベル2。未取得が二つあるので、それだけでもSPが九ポイント必要なんですよね。更に回復魔法の取得ポイントが七ポイントなので、合計で十六ポイント不足です。
「八回レベルアップすればSPは間に合いますよ。雑魚狩り頑張ってくださいライエルさん」
「ワシだけ働かす気かっ!!」
「回復魔法が手に入りますよ」
「ぐぬぬ」
それから変態学者プレイヤーが再来するまで、三日間は篭もった。前回、彼が解放した先の場所なので、よりレベルの高い同種のスケルトンしか居なかったけれど。杖で殴り続けた結果、杖術レベル2がポイント消費無しで手に入ったのは言うまでもない。
ていうか、ポイント消費しなくても覚えるじゃん・・・今までの殆どが無駄じゃん・・・。
◇◇
遺跡に潜って四日目。待ち人は来た。
「はぁぁ~っん! やっぱり私の推論に間違いは無かったんだよ!あばぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
恍惚とする変態学者プレイヤーは、前回同様に開放した先の罠に掛かって街に帰っていった。
「あいつ、自分から罠に掛かっておらんかの?」
「・・・罠感知とか取ってないんですよ、きっと」
遺跡マニアの変態属性だけじゃなくて、自傷行為好きな変態属性の疑いをかけられる彼に、少しだけ同情した。
「で、いったん戻るんじゃろ」
「錬金術を覚えないといけませんからね」
取得条件は錬金器具を使った事が有るか否か。街に帰って器具を購入するか、誰かに弟子入りしないと器具を使用できないだろう。
錬金素材はあるから器具を購入した方が手っ取り早いだろうな。
「そう言う訳で、溜め込んだ素材でライエルさんの防具も更新しましょうか。クラスも上がった事ですし」
「じゃの!!」
私の前で何かの拳法の型を繰り返すライエル氏だが、順調に強くなってきている。乱獲に付き合って私も剣術だけで狩りをしたりしていたので、偏ったステータスでも彼の動きについて行けるようになったのは気力制御スキルのお陰だろうか。スキル説明が無いから良く解らん。
◇◇
街に戻る最中にPKに遭遇しなかった。肩透かしである。大いに不満である。
「掃除された?」
「そうらしいですよ。ハイこれ、プレートレザーアーマー」
大黒屋が言うには大々的にPK集団が街を襲撃してきたので、鱗美人達が森の中で追い回して、殆ど全てのPKを牢屋にぶち込み続けたらしい。
その結果、投獄と脱獄と自殺を繰り返した代償として、殆どのPKが悪魔化したらしい。
「更に悪魔を彼らが掃除して、掲示板が阿鼻叫喚で、もう面白くて面白くて」
「はぁ・・・」
話を聞きながらオフライン状態の掲示板でログを追うと、確かにPK板で悪魔化してキャラロストした報告が多数上がっている。それでも新キャラを再作成しているのだから、PKも懲りないものだ。
ていうか、あの人たちも悪魔を狩れるんだな。NPC化け物ばっかりじゃん。何で南の国は滅んだんだ? あの人たちが居たら初期街が消える事は無かったのに・・・。
「じゃあ、戻ってくるまでPKに襲われなかったのは」
「レベル一桁がクラスチェンジ組を襲ったりしないだろうね」
大黒屋が私とショタ爺を見て頷く。
「分かるんですか?」
「アイコンが少し変わるんだよ。ホラ、ライエルさんのアイコンが変化してるでしょう」
言われてみれば、ただの逆三角形が、模様付きになってる。よく見ないと気付かないけれど、覚えてしまえばそれだけで警戒すべき対象なのかを知ることが出来るな。
「アルフさんも?」
「ああ、技法師になったよ」
「おお、おめでとうございます」
確かにアイコンが若干違う。杖の加工が決め手だったようで。
「ありがとうございます」
「ワシも武法師になったぞ!!」
ショタ爺が偉そうに腕組みして胸を張っている。小さいから威厳が皆無である。
「おめでとうございます」
「ありがとう!」
横で肉串を食べている女性魔法師に頭を撫でられている。現実でかなり年がいってそうなのに、素直に受け入れるんだな・・・。そういうところは良く解らん。
串をいつもの空筒に放り込み、大黒屋の元を辞去すると街の雑貨屋で錬金器具を購入した。遺跡の休憩場所で使ってみよう。その後、ギルドでクエストを受けて遺跡に向かった。
いつも通りに東口を出て、いつも通りに森の中を走る。
ただ、森を抜けて遺跡が見えてくる直前の辺りには、普段見ない顔が立っていた。その顔を見てショタ爺が構える。頑丈になったショタ爺のレザーアーマーの革が擦れる音がした。
「アネラ」
「ええ」
立ちふさがるのは黒ずくめの男。目元しか見せないその格好は忍者のようだが、その目には見覚えがあった。ギルドの前で私達を囲み、詰問してきた男だ。
「・・・」
鋭い眼光で私達を、いや私を睨みつけ、男は微動だにしない。敵意は有るが害意が無い。殺意は有るが仄暗さを感じない。無機質な視線だった。
時間にして、一分ほどだろうか。彼は私達から視線を外さずに体の向きを変えて右方に去っていった。
殺意に当てられたせいか、周囲から魔物も動物も気配を感じない。いやに静かな森の中で、冷ややかな汗を掻いた。
「・・・あいつ、何でしょうね」
「分からん。だが、恨みを持たれているのは確実じゃの」
「逆恨みじゃないですか」
「恨んでなくとも、憎んではいるじゃろ」
「そうかもしれませんね」
恨みか憎しみか、何だか分からないが。鱗美人達に仲間を掃除された事に関して、あいつが私達に執着するきっかけになった事は確かだろう。
◇◇
遺跡の最奥部に行くと、既に変態学者プレイヤーが入り口をウロウロしていた。鱗美人達と一緒に。
「よぉ。あんた達も奥に用かい」
「ええ。まだ入られていないんですか?」
周囲には待機状態で鱗美人のチームが屯している。仕掛けは解放されたのだから奥に行かないのだろうか。相変わらず張りのあるハスキーボイスだ。
「行けねえんだよ。魔術や魔法で壁が作られてるのか何なのか知らないが、そこから先に進めない」
鱗美人が顎をしゃくって示した先には、巨乳エルフが調査をしている。学者が開け放った扉のすぐ近くに、見えない壁がある。その直前辺りで天井、壁、床に調査用の魔法陣を描いている所らしい。
「何か鍵が必要とかじゃないんですか」
「ん? どうしてそう思った」
何となくゲーム脳で直感を得たとは言えない。
「あ、いえ。これまで淡々と進めていたので、そちらの学者さんが何かご存じなのかと思って」
興奮した変態学者プレイヤーに視線を送ると、彼はいつものようにねっとりとした声で巨乳エルフの横に立ち、ニヤニヤ笑いをしながら壁を摩っている。控えめに言って近寄りたくない。
「だから、解らねえんだとよ。壁の手前で魔力の流れが途絶えてるし、送った魔力が自分の方に帰って来ちまう。見た目は先があるように見えて、実際には何もない様にしか感じられない。良くある先返しの罠に似てるんだが、罠は何もない。な? 解らねえだろ」
先返しの罠というのは何か分らないが、巻き戻されるような仕掛けがあるという意味合いは伝わった。というかこの人、野暮ったい喋り方だけど集団のリーダーだけあって色々と考えを巡らせているんだな。
「攻撃しても何も起きないんですか?」
「試してない。何が起きるか解らねえんだから、迂闊にそんなこと出来るか」
呆れたように叱られてしまった。
「じゃあ、彼に試してもらえば良いのでは? 死なないし」
変態学者プレイヤーを指さして提案してみた。
「ん? ああ・・・、そういう手もあるのか。しかしな」
「多分、喜んで実行しますよ」
「あ~・・・」
で、結果はどうなったかというと、話している最中に実行してようとした変態が居たので急遽捕縛して、鱗美人のチームには一旦退避してもらった。遺跡全体が崩れるかもしれないからね。
周囲に私達三人しか居ない事を確認した上で、変態学者プレイヤーに見えない壁を殴ってもらい、更に着火の魔法で攻撃してもらったりとしたところ、無事に見えない壁から衝撃波を食らって彼は北の街へと帰還していった。
「・・・まぁ、大丈夫ですよ」
「・・・アレで良いのかのう」
壁は天使族が放った魔力に反応したようだ。衝撃波を放った後からは消えている。若干の心苦しさを感じつつ、私達は奥へ進んだ。
◇◇
見えない壁は力を開放したせいなのか、ただの透明な壁になってしまった。薄く透明なそれを通り抜けると、通路の先に明かりが灯る。これまでのように足元の非常灯のような光がぼんやりと遺跡の奥に延びていた。どうやら透明な壁は天使しか通れないらしい。
その通路は只々長く、私たち二人の足音だけが響いている。これまでのように骨が徘徊している事も無く、腐敗した動物の死骸が転がっていたりもしない。
「気付いておるか」
「何です」
「かなりの距離を南下しておる」
「マップが正しければそうですね」
「南の国と繋がっておるのかの」
「もう南の国は有りませんが、同じような遺跡があるのかもしれません」
ここは旧帝国の遺跡だと言われている。街に住む亜精族は口々に百年前の大帝国の遺跡について言及していた。失われた技術が使われた遺物が眠っていると言っていたが、彼らの誰かが仕組みについて解明出来た事は無いらしい。
街にも旧帝国の遺物は有る。時計塔だったり、公共施設の一部だったり、持ち運びが可能な小物だったりする。
現在の技術では彼らが再現できないモノばかりで、壊れたものは直せない。彼らが欲しているのは、現物よりも書物だろう。細かい修理方法や仕組みが記載された技術書を欲していた。
技巧師と技法師の上位ジョブで技導師という物が存在し、彼らならば魔導書のように技術書を作成できるそうだ。どこまでもゲームだと呆れた覚えがある。それを利用して高レベルスキル保有者が体得し、同様の高レベルスキル保有者が広めていく。
彼らの発展はその先にある。魔導書も、技術書も、彼らにとっては現物よりも重要な遺産なのだ。そしてそれは私達にも当てはまる。
ライエルは自前の技術で拳を揮っているが、私は魔導書が無いと手数を増やせない。私が剣豪だったなら、古武術で戦えたのかもしれないな。
「アネラ」
気を抜いて歩いている所を戦闘態勢に入ったショタ爺に呼ばれて腰を少し落とした。
「何か居ますね」
「ぼーっとしとると死ぬぞ」
頷き、通路の奥から漏れる強めの光に眉根を寄せる。光だけじゃない。強烈な存在感を感じる。気配察知のレベルが上がったお陰だろうか。三十秒のリサーチ毎に鳥肌が立つ。
左手でソードブレイカーを逆手に抜き、右手を左腕の上に置くように杖を構えて詠唱を始める。光魔法もレベル四になったというのに、未だに基礎魔法のライトショットしか使えない。どういう事だと運営に文句を言いたい。
私の横にいたライエルが前に出る。戦闘フォーメーションだ。
コツコツと足音が響くだけの通路を進み、私達は遺跡の最奥部と思われる場所に足を踏み入れた。
足元のボンヤリとした光だけじゃない。天井と壁には煌々と輝く青白い光が放射状の線となって延びている。壁を伝って天から光の線が地に降っているかのようだ。
円筒状の広間の中央には体高一メートル程度の人形が膝を抱えて座っている。だが、その手足は太く、円筒の頭部も肩幅ほどもある大きさだ。四頭身くらいだろうか。
天上から壁へ、壁から地面へ降り、地面を走る青白い線は目の前の人形に集中して繋がっているように見える。
その体には幾重もの青白い線が走り、幾つもの青白い光が足から額の宝石へと集中している。あれがエネルギー供給の仕組みじゃないとして、一体なんだと言うのだ。ビームでも撃ってきそう。
「寝てる・・・んですかね」
「・・・」
気配は強い。強烈な圧迫感を感じる。人形が私達を認識し、警戒しているのだろう。しかし私達が入室しても反応がない。自室に入った侵入者に対して、何の反応も見せないのはおかしい。
自室に虫が入ったら、自室に他人が現れたら、自室に嫌いな奴が現れたら、自室に好きな人が現れたら、自室にペットが入ってきたら。
私なら行動を起こす。彼にとっては気にも留めない存在だったとしたら別だが、本来の場合、私達は死地に踏み込んだことになる。
気にも留めない塵芥など、都度行動する必要など無いのだから。
ライエルが唾を飲み込む音が聞こえた。
「・・・一旦武装解除してみますか?」
「死ぬじゃろな・・・♪」
「ですよね・・・♪」
その声色が楽しげなのは何なんでしょうね。私もですが。
「じゃ、声掛けから行ってみますか」
「うむ」
左手のソードブレイカーをギギュッと握りしめ直して、私は大きく息を吸い込んだ。
「そこのゴーレム! 所属と型番を名乗れ!!」
「なんでそうなるんじゃ・・・」
いや、だって・・・正体不明の相手に対するお作法と言ったらコレだし・・・。ライエルの言葉に苦い思いをしていると、俯き気味だった人形の顔が上向いた。
<<ジジッ・・・研究員と認識。質問への回答を行う>>
「ほらほら!」
「だまらっしゃ!」
<<帝国魔導研究所、第八魔導循環研究部、第二稼働試験場専属研究素体、実験防衛機第六百六十六号、呼称リリム。防衛規範に基づき行動いたします>>
「「は?」」
ビュンッと額の宝石から青白い光が私達を照らし、その光が魔力を伴う光だったと自覚したのはのんびりとし過ぎか。
<<魔力登録情報に該当なし。侵入者と断定>>
「ちょ、まっ」
「ぬ?」
ライエルが深く腰を落とし、私が杖の先を人形に向けると同時に宣言された。
<<排除します>>
「ライエル!!」
「アネラ!!」
私達は咄嗟に左右に飛ぶのと、人形の額が強く輝いたのは同時だった。閃光が私達の居た場所を貫き、部屋の壁を溶かす。閃光が数秒ぶつかり溶けだすのと同時に、溶かし切れない石の壁が閃光を弾いて火花を散らす。
私達を逃したと認識した人形は、瞬時に私に向けて顔を向けて来た。動きの遅い、仕留めやすい私からか。クソ忌々しい。
「ライトショット!!!」
魔力制御もレベル四になれば、一撃に過剰な魔力を込められるようにもなる。それだけで威力は倍だ。しかもライトショットは光の属性。弾速は光と同じ速度まで高められる。発射と同時に着弾すると言っていいくらいの弾速が売りなのだ。その威力が高まれば高まる程、魔法使いにとって有利になる!
<<ギッ>>
着弾と同時に人形の顔はカチ上げられ、天井の青い線が幾つか断線していく。それでもまだ八割程度は残っている。間違いなくアイツのエネルギー源だろう。壊さなくては。
「ライエルッ! 壁を壊せ!!」
「なんじゃと! コイツは良いのか!」
<<行動阻害。排除。排除。排除>>
再び額の宝石が光る。私は駆け寄り、同時に詠唱する。
「―――ライトショット!!」
鈍間な私を狙った閃光は再び顔を打ち上げられて天井を扇状に縦断していった。これで残り四割程度だ。
「なるほどっ、のぅ!!」
ライエルが壁を削り取るように拳を走らせる。私の方を向いていない。つまりライエルが立っている辺りの青白い線はまだ生きている。次々と断線させていくライエルを優先目標と捉えたのか、人形は首を百八十度回転させて額を光らせ始めた。
「―――ライトショット!!」
<<ギッ>>
私に後頭部を見せるとかアホかよ!
たぶんコイツには私の斬撃じゃダメージが入らない。最もダメージが高い過剰魔力ライトショットで頭部に罅すら入っていない。
コイツにダメージを与えるにはライエルの技が必要不可欠だ。
私は囮。それに徹しなければならない。
「来いよ。お前じゃ私は排除できないけどな!」
<<ギギッ。最優先目標を再定義。排除。排除。排除>>
ギリギリと音を立てながら座高一メートルの人形が遂に立ち上がる。もう天井から伸びるエネルギーは断ったと見ていい。それでも威力を抑えた閃光を使いつつ接近戦はしてくるだろう。
<<排除>>
そのセリフを吐くと同時に人形の足元が爆ぜ、十メートルは離れた位置に居たはずの人形が目の前に迫っていた。健脚すぎる。
しかし気力制御のお陰か、相手の動きは見える。早すぎて見えないなんて事は無い。的確な右ストレートを放つ人形の攻撃に対し、私は人形の脇の下を潜り抜けるように潜った。
すり抜けざまに抜刀しておいた仕込み杖で切り裂いてみるが、金属音がするだけで傷一つ付かなかったらしい。後ろを振り返ると人形はバタバタと足音を立ててコチラに振り返るところだった。旋回性能は低いのかな?
「だったらかき回すだけでしょ!」
詠唱しつつ後退し、エネルギー切れを狙う。同時にアイツの背中がライエルに向くように位置調整。再び額が光る。
「―――ライトショット!」
閃光と同時。否、こっちの方が速い。光速は宇宙規模だと遅いとか言われてるけど、そんなの知らん。今私達は私達の時間で戦っている。音より早い光の速度、避けられるものなら避けてみろ!
<<ギッ>>
人形の顎にヒットした光弾が爆散して、人形の顔が上向きになる。
「アァタァッ!」
人形の閃光が天上を穿ち火花を辺りに散らすと同時に、ライエルの一撃が人形に左膝裏を貫いた。壁の破壊は必要分が終わったらしい。
「シャッ!」
左足から崩れ落ちる人形の右足は、それでも体重を支えようと踏ん張る。当然、達人ならそこを狙う。
ライエルに人形の意識が向かないように、詠唱しつつ私は前進し左手のソードブレイカーを構える。狙うは一点。額の宝石!
駆けだすと同時か少し遅れたタイミングで人形の自重を支える右ひざをライエルが砕いた。どういう技を使えば鋼鉄で切り裂けない体を砕けるんですかね・・・。
「―――ライトショット!!」
<<ギッ>>
ライエルの方を向こうとしていた側頭部を打ち抜き、見当違いな壁面を閃光が走る。火花飛び散る空間を走り、人形が私の方を向き直った所で逆手から順手にソードブレイカーを持ち直した。
「ッ!!」
剣技の突きとは、撃ち抜きと同義だと思う。打つのではなく撃つ。これは拳でも同じで、叩くのではなく貫通させるつもりで放つ。胴体から運ばれた自重を左手の先に乗せ、その力を刃の一点に移す。
凡そ達人と呼ばれる人間でも難しい一撃を、中学生の頃に部活動で習った程度の素人が再現できるのは剣術スキルのお陰だ。短剣も立派な剣。ならば、可能なはず。
刃の先端が宝石に触れ、気力制御で若干遅くなった視界が砕ける宝石を幻視した。そう、幻視したのだ。罅すら入っていないソレを見て、思わず歯を食いしばった。失敗した。
「カッ!!」
刃は宝石の表面で止まっていた。宝石に光が収束し始めている。ああ、即死だな。私の防御力では閃光の一撃は防ぎきれないだろう。
死んだか。
しかし、先程聞こえた音はライエルの吐息かと認識できた時には既に、ライエルの左足は人形の後頭部に振りぬかれていた。
若干遅くなった視界の中、右手の杖を自らの正中線に移動させ防御の姿勢を取り、人形の額にある宝石が砕ける音を確かに聞いた。短剣と蹴撃で頭部を挟み込む事で、頭部を刃に叩きつけられてメリ込ませている。
<<ギギュ!!>>
同時に、自分の体の骨が砕ける音も聞こえた。
咄嗟に振るわれた人形の両手は右腕をライエルに、左腕を私に叩き込み私達の体を強烈に揺るがす。鈍い音を肺で感じつつ右の脇腹に人形の冷たい手の感触が伝わってくる気がした。
リリムとやらの人形の上半身が横回転し、とんでもない威力の打撃が私達を吹っ飛ばすと景色が掻き混ぜられる。
「ぁっ・・・かっ・・・!!」
呼吸、不可。敵、這う。ライエル、もう立ち上がって、走り出し。意識と視界が混濁している。
「カッ、ヒュー!っ、カハァー!!!!」
腹筋を使って横隔膜を無理矢理に動かした。想像を絶する痛みが感覚設定百パーセントのHVRを通って脳髄をぶん殴る。目がチカチカして対象が定まらない。詠唱? 無理だ。
うつ伏せに転がった姿勢から左拳で地面を殴りつけ上体を起こし、右足で思い切り地面に踏みつけて叩きつけるように立ち上がる。左足を後ろに下げて逆袈裟に構える。右足は支えるだけ。踏み込むのは左足に任せる。右足を自刃したって構わない。
<<排除>>
這いつくばりながら迫ってくる人形に向けて渾身の力を込めて切り上げた。噛みしめた歯が音を鳴らす。抜刀した一撃が人形の顔に入っていく。
「ガギッ!!」
バキンと音を立てて振り上げた刃が砕け、人形は宙を舞った。仰向けに飛び上がった人形の落下地点にはライエルが待ち構えている。良い笑顔だ。鬼のような、獣のような、イイ笑顔だ。
蹴り上げたライエルの一撃が落下してくる人形の後頭部に刺さり、人形の頭が砕けて散った。
まるで演武のように綺麗な一撃が十歳児の足から放たれ、人形は地面に横たわった。
「カッ!!」
深く構えた右拳をライエルは人形の胸に突き刺す。鋼鉄のナックルが人形の胸部装甲を砕き、その中心にある何かを砕いたようだ。
人形の全身を走る青白い線は光を失った。
◇◇
人形部屋で一時間ほど横になりつつ脂汗を流した。
やっぱりこの世界はゲームで、脇腹を複雑骨折しても時間経過で直っていく最中はそれを強く感じてしまう。
「どうじゃ?」
「もう大丈夫ですね。気力制御レベルが高ければもっと早く治ったんでしょうけれど、贅沢は言えません」
苦笑いすると、ショタ爺が「ワシの気力制御はレベル六じゃ!」とか自慢してきた。ライトショット撃っていいですかね。
「それよりドロップは何ですか」
「何かの宝石じゃの。良く解らん」
「あ~・・・アルフさんに視てもらいましょうか」
「じゃの」
技法師はアイテム鑑定スキルを持っている。これはレベルが高い程、アイテムの性能を詳細に知ることが出来るスキルで、物の選別に役立つし、毒物であれば危険を未然に防げる。
対して武法師はステータス鑑定スキルを覚えるらしいが、ショタ爺は習得条件未達で覚えられないらしい。はー、つっかぇ。
「なんじゃ! ワシはアイテム鑑定なんぞ出来んぞ!」
「何でもないです。ステータス鑑定スキルを早く覚えて欲しいとか思ってないです」
「そんなもんより先に気力制御をマスターするほうが先じゃ!」
「はぁ」
これだよ。
何処から仕入れて来たのか知らないけれど、気力制御の上位スキルがあると知ってからずっとこの調子だ。吹き込んだ奴、ゆるさん。
「ここでこの遺跡は行き止まりなのかのぅ」
座ってブリリアントカットの宝石を眺める私を余所に、ショタ爺は部屋の端にある装置を眺めている。まぁ、ここが防衛用の部屋なら、まだ入り口に過ぎないよね。
「奥があると思いますよ。多分、その辺の装置で隠し扉か何かが開くと思いますが」
「何故わかる」
「人形が言ってたじゃないですか、防衛してるって。多分、ここは魔導研究?施設の入り口だと思いますよ」
「ワシらが通って来たところがそうじゃないのか?」
「あそこって、何となく・・・居住区画みたいに見えませんでしたか? 或いは食糧倉庫か」
「ふぅむ・・・」
工場の倉庫と言えば一番近いだろうか。的確とは言い難いが、通路の横に定間隔で配置された部屋。それらを線でつなげると入り口付近の大きな広間に繋がり、広間から奥に進むほど、倉庫のような広い区画が多くなる。
ベッドのような残骸、テーブルと椅子のような残骸、壊れた魔道具っぽい数々の残骸、余りにも多すぎるスケルトン。規格が一致した鎧骨の装備品。
帝国の防空壕のような、地下駐屯基地のような・・・シェルターと言った方が良いだろうか。そのようなイメージを受けていた。わざわざ言うまでもないと思っていたので、ゲームと割り切っていた上で誰にも明言していなかった。
「本番はこれからって事ですね」
「それは楽しみじゃの!!」
ガィンッ!と両拳を打ち付ける音が部屋に響いた。アレで殴られたら人形だって砕けるわ。
◇◇
手に入った宝石は鱗美人隊に売却した。巨乳エルフが調査用に欲しいと言うので、代価としてレベル一からレベル五の各魔導書を渡された。ショタ爺には何やら腕輪を頂いた。
「あの、この魔導書って」
「あ・・・貴女にお渡しするように言われていましたので・・・」
あー。この人たち、聖女と繋がりがあったのね。
「いえ、色々と納得しました。道理でお強い筈ですね」
供給元からの直輸入か。
「あんな人間やめてるようなのと一緒にするんじゃねえよ」
「はぁ」
鱗美人からみてもそうなのか。よっぽどだな。二度と近付かないでおこう。
私達が人形部屋でゆっくりし過ぎたのか、彼女たちが後から現れた上での現状だ。どうやら施設の入り口を開けるべく、これから調査するらしい。多分、これって聖女の指示だよね。
この人たちは何者なんだろう?
ただのメインクエストとは到底思えないんだけれど、運営からは何も通達が来ない。これもただのサブクエストなんだろうか? それにしてはキツすぎる気がするんだけれど。
そもそも何を目的に行動しているのか。
旧帝国と言えば、亜精族のNPCが言うには大陸を支配していた超巨大国家で、絶大な力を持っていたと聞いている。そこで何が起きたのかは知らないけれど、結論として亜精族以外は滅ぶような事態が起きたらしい。
あの悪魔も、聖女たちも、帝国が滅んだ原因に絡んでいるんだろうか?
何かを知っていなければ態々ここを調べるような事もしないと思うのだが・・・・・。ただの興味本位で化け物を皆殺しに出来る人が出張ってくるだろうか。それも騎士、鱗を持つ種族、エルフ、恐ろし気な魔導師を引き連れて?
「ひぃゃぁぁ! これ! これは旧帝国の遺産ですよぉ! あぁ! 脳汁が! 脳汁がぁぁぁ!」
この謎を、あの変態学者プレイヤーに任せていいものなのか少々不安になって来たな。私達プレイヤーがゲームで遊んでるだけで良いのか、妙な違和感を覚える。不安とも違う。錯覚とも違う。妙なズレだ。
あの聖女はNPCじゃないと明確に宣言したし、NPCでもあるとも宣言した。その意味するところは何だ。ビフレストの舞台上で踊る一人にすぎないとでも言いたかったのだろうか。
「アネラ、そろそろ街に戻らぬか?」
「そうですね。行きましょうか」
考えたって解らないが、聖女たちが何かのカギを握っているのは確かだろう。動向を探っておいた方が良いかもしれない。怖いけど。
◇◇
街に戻って大黒屋に向かった。情報収集は彼ら技巧師集団に任せた方が速い。商売人からスカウトまでジョブロールで考えれば最も多岐に渡る連中だ。それだけに集まる情報量も多い。
「聖女ですか?」
「と、いうよりも・・・聖女を中心とした一味の動向ですかね?」
「なんじゃ? 別に怪しくはなかろ?」
そう。外聞的には怪しくは無い。怪しいのは聖女だけだ。あの恐怖の笑顔が脳裏に張り付いて離れない。
「どうして南の国が滅んでから行動的になったんだろうって疑問なんですよね。悪魔を容易く倒せるのに亜精族の国を救わなかったのは何故?」
「はて・・・」
「黒幕感はありますなー」
ショタ爺は顎を掻きながら、大黒屋は肉串を焼く作業に集中しながら適当に返答した。
「詳しそうな人、知りませんか?」
ショタ爺が肉をがっついているのを横目に大黒屋に聞いてみた。顔が広い人ってこの人しか知らないんだよね。
「ふむ・・・マナフさんをご存じですか?」
「マナフさん?」
ムシャムシャしてるショタ爺の食べこぼしを払いながら聞き返した。誰?
「プレイヤーの中ではナンバーワンの服飾屋ですよ。面白そうな事には目が無い人だし、話を聞けば乗っかってくるかもしれない・・・きっと」
「不安感煽るの止めてもらって良いですか。その人が情報通って事ですか」
「だと思うよ?」
フガフガフガと肉食獣に肉串を追加してやりながら、大黒屋に教えてもらった場所を思案した。
◇◇
街のメインストリートは丁字に拡がり、北側は城と大きな建物が並ぶ。東西と南側に門があり、マナフさんの店は南東の端にあるらしい。
南東部は土で作られたボロボロな小屋が立ち並び、パッと見はスラム街だが身長の低い亜精族は地下室を好むので、地下に広くなっている。見た目は兎も角として立派な一軒家(の入り口)だ。
その中で唯一大きな二階建ての木造建築が目立つ。
二階の窓に大きな看板が取り付けられ、大きな木枠の窓ガラスのショーウィンドウが四面も並んでいる。10世紀の街の中でいきなり18世紀の世界が現れたような違和感がある。
「目立つ・・・」
「目立つのぉ」
しかも一階の天井が三メートルくらいある。柱の一本一本が大きいな。ガラスも透明度が高くて綺麗だし、木製のマネキンも、それに着せている服も異質なほどに美しい。
「ゴスロリ・・・かの?」
「詳しいですね。あれってフランス人形とかの古典芸術ですか?」
「いやぁ・・・若い頃に嫁がハマっておっただけじゃ」
嫁? ショタ爺ってやっぱり。
「とにかく入りましょうか」
「うむ」
カランカランと入店用の正面ドアを開けると取り付けられたベルが鳴る。アンティーク雑貨屋で見た事がある奴だ。入ってすぐ目に映るのは壁沿いに並ぶマネキンたちと、中心の二段ステージに三方向を向くマネキン。ステージの中央からは天井を貫く太い大黒柱だ。
「立派な店ですね」
「うむ」
何となく二人に走る緊張感。周囲は女もののドレスとメイド服、執事服、燕尾服、女性用軽装鎧一式、砂漠の踊り子服、アオザイっぽい服、ガーターベルトを全身に纏ったキワドイ女性衣装・・・?
「特殊な服が多いですね」
「う、うむ」
なんでこのお爺ちゃんはニヤついてるんですかね。私が横の十歳児を不審に思っていると奥のカウンターの後ろに続く階段から、スラッとした男性の足が見えた。
ゴツッゴッと木板を踏む音が響き、徐々にその姿が見えていく。長身で腕まくりされた腕は細めで筋肉質。丈の短いシャツが臍をギリギリ覗かせ、見事な腹筋を見せつける。
肩にギリギリかかるくらいのブロンドストレートヘアは後ろに纏められ、前髪が綺麗に左右に分けられている。
眼光は鋭いが、鼻筋が通り、翠色の瞳は誰が見ても美男子と評する筈の貌。その目は私達を評定するように見定めた後、カッと大きく開かれた。
「ゆるふわ天使とショタッ!!!」
第一声がこれである。また変態プレイヤーかよ。
「あー・・・店主殿でしょうか。アルフ殿の紹介でマナフ殿に伺わせていただきました。こちらのショタはライエル。私はアネラです」
「ショ・・・」
十歳児は私を睨みつつ言葉を失った。
「ライエル=ショタにアネラ=ユルフワね。服が欲しいのかしら?」
変なファミリーネームを付けられた気がしたが、まぁいい。とりあえず美男子マナフ=オカマと名付けよう。
「はい。服を見させて欲しいのと、聖女について少しお話をお聞きしたく」
「あら。そう。好きに見なさいな」
取り敢えず面白そうな服を見つつ、聖女の件をスルーされた事は反応しないで置いた。このボンテージやべぇな。全然隠れて無いじゃん。
マネキンが置かれた壁側の台の下は棚になっている。足元の引き出しにストックが入っているタイプだろうか。間の二段には小物が束ねて置かれている。
「マナフよぃ!これは良いな!正義のスカーフじゃぞ!」
ショタ爺の声に振り返ると、赤いスカーフを首に巻いてライダー的なポーズを繰り返していた。マナフはそのスカーフを細かく位置調整している。
「気に入った?」
「うむ!」
問いかけるマナフは優し気な笑顔を浮かべている。あの着ているシャツ、すんごい品質だなぁ。普通にリアルで通用するレベルの絹製品に見えるんですけど。どこから調達したんだろう。
「三万八千エルクよ」
「「たっか!!!」」
「普通よ」
普通かなぁ? オシャレしない私にはボッタクリにしか感じない。
「それより貴女。アネラちゃんかしら? こっちにいらっしゃい」
「え? え? えぇ?」
表情を変えずに左腕を掴まれた私は、引きずられるように店の中を連れまわされた。ついでにショタ爺も上から下まで細い目で舐めまわすように観察された。
この後、滅茶苦茶お人形さん扱いされた。
◇◇
場所を変えて服飾店の二階のテーブルを三人で囲んでいる。私はガラス管の中で錬金素材をグルグルと回していた。
「代金の代わりに聖女について聞かせてもらうわ」
勿論、お人形扱いした代金だ。
「・・・」
「どういうことじゃ」
ズズッと茶を飲むマナフの持つティーカップは、磁器製の美しい食器だ。中身が青いドロドロしたナニカなのはご愛敬。
「私も興味あるのよね。街に突如現れた聖女と騎士団。そして異常な力を持つ魔導士。加えて悪魔の群れを皆殺しにする竜人とエルフ。気にしない人など居ないんじゃないかしら?」
まぁ、数日経過した今もPK板は大騒ぎだし。
「私達が気にしたのは、南の国が滅んだ後で現れた点と、彼らの求める内容が旧帝国の遺産に関連している点。何かご存じありませんか」
「知らないわよ。私は服を作ってるだけの職人でしかないもの」
ガラス管の中の素材が全て分離し、気体と個体に分かれた。蓋を開けて同じ素材を投入した。
「その割には技法師にクラスチェンジしておるようじゃな」
「技巧師はレベルが上がりやすいのよ」
まぁ、仕込み杖で五レベルも上がった技巧師がいるのだから、マナフの言葉に偽りは無いだろう。まだ正式サービススタートしてから半年も経っていないというのに。ビフレストは一レベル上げるのに全力プレイで数日かかるのが通説だ。ソロ狩りとかする変態プレイヤーは例外だけど。
「ところであなたは魔法師でしょう? なんで錬金術を繰り返してるのかしら。しかも人の店で」
「大丈夫です。燃えたりガスが出たりしないので。酸素が少し増えるだけです」
ポフッと蓋が少し動いて気体が漏れ出た。よく考えれば危険物だった。
「私も相当だけど、あなたも大概ね」
「照れますね」
「褒めてないわ」
ショタ爺はアーマーリングをチキチキと動かして私とマナフを見比べている。同類扱いしないでくださいな。
「目的を知りたいんですよ。あれだけの戦力があるのに、この国を制圧しようともせず、裏側で調査を繰り返す。あの聖女はビフレストのNPCなんでしょうか? 私には違うように思います」
「ゲームキャラじゃないとでもいうのかしら」
ズズッと妙な液体を飲むマナフの目は私の手元から動かない。その手元で素材が無くなったのを確認すると器具を指輪に収納した。代わりにテーブルの上に取り出したのは二本の悪魔の角だ。
「これは? 悪魔の角かしら」
「ええ」
ショタ爺が手に取り両端を持って折ろうとする。マナフは様々な角度から眺めていた。
「でもこれ、この間のドロップよね?」
「いえ。これは南の街を占領していた悪魔のドロップ品です」
「へぇ・・・」
アイテム鑑定を使えるのか、マナフは視線を固定して外さない。ショタ爺の角は収納した。
「これを手に入れた時、聖女が一緒に居ました。そして彼女は言った。劣化品だと」
「劣化品? まるで上等な角を見た事があるかのような物言いじゃない」
「ええ。私は其処に違和感を感じました。PK板の情報を総合的に見ると、個体別に悪魔の強さはバラけているらしいです。それはドロップ品の性能にも影響している」
「基本的にドロップ品の品質は魔物のレベルに影響すると言われているわね。つまり、南の街を支配していたアレより強い悪魔と戦った事がある台詞」
私がマナフの言葉に頷くと言葉を紡ぐ。
「じゃあ、どこでそれだけの悪魔を倒したのか?」
「ここじゃない何処か、じゃな」
「そういうことになるわねぇ?」
ビフレストにおいて悪魔は堕天使化した先の姿の筈。それ以外での目撃報告は今のところ無い。それはつまり―――。
「聖女一行は外の世界から来た可能性が高い、ということになります」
「そう判断するのは早いんじゃないかしら? この大陸の何処かに私たちの知らない場所があって、そこで戦ったんじゃない?」
マナフの問いかけには一つの疑問が残る。
「じゃあ、あれだけの人員を初期街の付近に留まらせる理由は?」
「・・・ここ以外の街は見つかっていないわ。そして彼らの身に着けている服は、明らかに大きな街で作られたものね。あとは騎士や魔導師から感じる権威と誇り、かしら?」
「それじゃ。あれは数人の集団が集まって得られる心構えではない。幾年もの文化の醸成を必要とするモノじゃな」
「背後には長い歴史と国家規模の力があると?」
「そう予想されるのぅ」
「どこから来たのかしら?」
結局のところ、それが一番分からない。彼らは何処の何者なのか。敵なのか味方なのかも分からない。
「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
私達が黙った途端、周囲の音がやけに静かな事に気付いた。定間隔に置かれたガラス窓の空は時々、木の葉とトンボが飛んでいる。
不意に気になって窓に近付き、トンボが見える窓を開けるとトンボが一匹テーブルに向かって飛んで行き、ティーカップの淵に止まった。
窓から離れて席に戻ると、とても弱い風が窓から入り、部屋の空気が動く。
「ねぇ」
マナフがトンボを見て誰ともなく声をかける。
「そうですね」
私もトンボを見て魔力制御を意識的に発動する。
「む?」
ショタ爺は一人、椅子から降りて戦闘態勢に入った。周囲をキョロキョロしている。
柔らかく動く空気が重い。ショタ爺、窓の外、私、マナフからも威圧感が放たれている。
敵も居ないのにこんな真似はしない。逆に戦闘態勢に入るのは敵がいるからに他ならない。
来るのは窓側、数は三。高さは私達の目線。それは黒ずくめ。
「奴じゃ!!」
窓が蹴破られると思った直後、フスッと何かが抜ける音が抜け、三体の達磨が窓枠の瓦礫と共に、二階の部屋に転がった。
飛び掛かろうとしていた前のめりのショタ爺が固まり、私とマナフは壁際で魔法詠唱をしている最中で中止した。手足を切断する現象を引き起こされたのは見ればわかる。でも私達の仕業じゃない。
余りにも早い魔法の発動。私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「切断と同時に治癒されておる」
戦闘態勢のままショタ爺が呟く。言葉の通り、三体の達磨の手足の切断面が一瞬で治癒し、取れ落ちた手足は既に目の前から消えている。何処に行った。
ショタ爺が私に振り返り、私が首を振る。
ショタ爺がマナフに振り返り、マナフが首を振る。
「お・・・俺は・・・どうなった・・・」
私達を囲み詰問した男が中空に目線を泳がせながら、誰ともなく問う。視点が定まらずに何やら言って、呻き始めた。
「ああ、ヴぁまばヴぁばヴぁば」
「しししししししししししゃ」
「こほっほほほほほほほほぉ」
三つの達磨が鳴く。ピリピリと空気が震え、肉袋がボコボコと膨れ上がる。
「アネラ、なんじゃこれは!」
「知りませんよ!」
「あぁ、もう!」
ふわりと浮き上がった三つの肉達磨は、黒い衣装をパンパンに膨らませてビリビリと破っていく。その内側からは血管と神経が浮き上がり、赤と青と白のラインが膨れ上がった筋肉の表面で蠢いている。
肋骨が肉を破って拡がり、羽根のように羽搏いた。骨と骨の間に赤と青と白の線が覆いつくし、翼膜のように震え始める。まるで蟲の羽根のようだ。
「「「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」」」
顔の代わりに喉仏の部分に眼球が現れ、縦に割れた喉から牙が生えていく。胸が盛り上がり黒い水晶体が飛び出そうとするように盛り上がり、漏れ出て行かないように肉から盛り出た爪が水晶を掴んで抑えている。
「蠅・・・かの?」
「ベルゼブブですか?」
「魔王みたいな名前とか止めて欲しいわね!」
私とマナフが詠唱を始めると同時に戦闘が始まった。右手を深く構えたショタ爺が床を蹴り、肉の腹から飛び出た肋骨が複数も現れて刺し殺そうとする。
「はっふっはっ」
リーチ差なのか骨の棘が多すぎるのか、ショタ爺は近づけない。
「―――ライトショット」
「―――ウィンドショット」
私とマナフの魔法が発動してそれぞれショタ爺が相手をしていない蠅に飛ぶ。
ボンッ
ライトショットで体の中心が吹っ飛んだ一体が移動速度を落とす。
ウィンドショットが体に当たった一体は僅かに体勢を崩して地面を転がる。
ライトショットで大穴を開けた一体はそのまま動かないが、ウィンドショットで体を削られた一体は肋骨の爪で体を支えて、また宙に浮こうとしているのか蠢いている。
視界の端で、ショタ爺の相手は何かを食らったのか壁に激突して水晶玉を破壊されている。あれ、なに・・・? 何でああなったの?
「―――ライトショット」
「―――ウィンドショット」
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴォッ」
ボンッ
残った一匹が吹っ飛んで穴が・・・開いてない。そして風弾で削った部分が既に直って甲殻が出来ている。
「むぅ? なんじゃ?」
「甲虫ですかね・・・」
「どうするのよ!」
蟲が体勢を整える間にショタ爺が後方に回り込み、三角形の頂点に私が位置取り魔法を放つ。衝突音が発生して削り取った部分が再生し、甲殻が覆う。
「攻撃すればするほど硬くなってるじゃないですか!!」
「大きくなってるわよ!」
僅かに肉が盛り上がり、更に甲殻が覆う部分が増えて更に大きく見える。ショタ爺も右手に溜めた光で何かをしようとしている。その光を押し出すように三メートル程離れた位置から右手を前に出した。
ゾブン、と小さな音が響き、化け物が反り返るように姿勢を崩した。背中から殴られたような衝撃で、胸の中心にある水晶玉が前に飛び出しそうになり、また肉の中に戻っていった。
「ちぃっ、ダメかのぅ」
「これって! 他に手は無いの!?」
「ありませんよ!」
申し訳ないが魔導書はまだ使用していない!!
指輪から仕込み杖を取り出し、抜刀する。大黒屋で直してもらったばかりだ。整息して正眼に構えるとチラリとショタ爺に眼を向ける。十歳児が軽く頷くと前後同時に攻め寄った。
摺り足が幾つも鳴り、金属より硬いんじゃないかという肋骨が幾つも舞う。前方に二本、後方に二本。
私は右手の刀で受け流しつつ左手の短剣で刺突を狙う。ソードブレーカーで削ってみるがイマイチ効果が見えない。
ショタ爺は手甲で滑らせて肋骨を殴って壊そうとしているが、罅一つ入っていない。手が光っているのは気を操っているのだろう。
「マナフッさんッ! 聖女をッ!」
戦いに見入っていたマナフはハッとして階段に向かった。あれで呼んできてほしい旨が伝わっていれば良いんだけれど。
しかしコレ。防戦一方になってきている。
肉部分に攻撃すれば相手の利になる。骨の部分には攻撃が効かない。そしてコレを一つ食らえば私は即死級のダメージを受ける。更に言うと私の物理ステータスは、ほぼ初期状態です。
「あのっ!」
ガキキン!
「なんじゃっ!」
キンガンキン!
「スタミナ切れ!」
キキンガン!
「気合じゃ!!」
ガキキン!
「前時代的!!」
ガガキンキン!
「タルんどる!!」
キンキキン!
「どうっするっ!」
ゴキガキキン!
「魔法っじゃっ!」
つまり骨を魔法で破壊しろって事か。しかし、どうする。残像を残しながら動く骨に当てられるか?
光弾は高速だけど、それを視認するのは私の眼だ。気力制御で動体視力を強化しても「影が動いてる」くらいの精度でしか目で捉えられない。
時間が過ぎるごとに息が持たなくなっていく。腕もどんどん重くなっていく。足腰も少しずつ負荷が増えていく。
バキンッドスッ
右手の刀が折れ、一瞬で右肩に骨が刺さり、骨が抜けて血が飛ぶ。
「―――ライト」
右腕が上がらない。それでも手首から先で動かそうと試みるが、刀身が短くなって受け流せない。
ゴッ
骨で右腕側から殴られ、同時に左手の短剣でもう一本の骨を受けつつ魔法を発動した。
「ショット」
短剣で骨を抑えつつ光弾が骨を砕く。それを目の端で捉えながら私は壁に叩きつけられた。またしても右脇腹で骨折したらしい。喉も違和感がある。
「あっ、ぎっ、ヒューーー」
視界が明滅して遠くの方でショタ爺が踊っている。左腕は動く。気力制御も可能。集中。もっと視界を遅く。違う、もっと早い視認を。もっと速く。迅く。
集中。
集中。
集中。
「―――がいどじょっど(ライトショット)」
ボンッ
外れた。肉の部分だ。もう一度・・・!
はやく。早く。ハヤク。速く。はやく。迅く。ハヤク。はやく。
「―――がいどじょっど(ライトショット)」
ボンッ
外して、また甲殻が化け物の体に追加された。
何が足りない。どうすれば良い。何をすればいい!? 考えをめぐらすこの瞬間が途轍もなく長く、時間があっという間に過ぎてしまうようにも感じて焦りが出て来る。
「あっ、ふっ」
ふと、胸の辺りを押すような圧迫感を感じた。指先で軽く押されているだけで全身の気力が無理矢理に動かされ始めた。
それはこれまでのような小川のせせらぎのような静かで素早い流れではなく。大津波のように膨大で爆発的で揺るぎない潮流のような流れだった。
「あぁっ、はっ、うっ」
ただ流れているだけで凄まじい力が漲り、そして一滴も逃さずに体内だけで完結している。
「・・・凄い」
力が湧き出してくる。筋力、視力、聴力、回復力、様々な力が肉体を強化していく。先程とは世界が違う。違い過ぎる。もう右脇腹の痛みも無い。喉も元通りの声だ。
まるで止まったかのような世界で私の左手の指先が敵を指し示す。ひとつじゃない。人差し指、中指、薬指、それぞれの指先に光が集まっていく。
「―――ライトショット」
音も無く、そして爆発する事も無く真っすぐに、閃光が、制止したようにゆっくりと動く骨を貫通する。その部分だけ骨は消滅したかのように失われた。
ショタ爺の眼が一瞬だけこちらを驚くように見て、右手を深く溜めるように構え始めた。今の私にはショタ爺の動きすらも遅く、左手の指先の方が速い。
「―――ライトショット」
真っすぐと水晶級を撃ち抜き、細い穴から罅が入って体外に吐き出され始めた。グブリと音を立てながら、ゆっくりと形を崩して砕けながら、水晶級の欠片が吐き出されていく。
落ちていく欠片を注視しながら私の体はゆっくりと前のめりに倒れていった。あと、何だか頭を撫でられていた気がするけど、すぐに気を失ったので誰に触れられていたのかは判らなかった。
◇◇
北の国から北部に拡がる草原、その更に北部には巨大な湖がある。その近くには世界樹の根には及ばない程度の山脈が並ぶ。その一つの山には深い深い洞窟があった。
洞窟に入って直ぐに右手の壁を触れると、手が突き抜けて体も岩の中に埋もれていく。幻影の岩壁は掘り出す前にあった姿だ。空間魔法と光魔法の合成術を行使した成果である。
「船長、手を出して良かったんかい」
アネキが後ろから問いかける。あの「帝国式魔水晶兵」とゆるふわ天使との戦いの事だ。あの化け物は人間?にコアを埋め込むと生まれる魔物だ。アネキ達が回収したゴーレムの核を加工して利用している。
アレは人間型の魔物と言った方が近いかもしれない。でも「天使の素材」を使って魔物の姿を取ろうとするとは思わなかった。
実験的に試したが、装備品への組み込みや魔物の体に組み込む事で様々な強化効果を得ることが出来る。肌に押し付けるように装備すればいいのだけれど、渡した相手が飲み込むとは思わなかった。
「まぁ、PKにアレを渡したのは私だからね。責任を感じてただけよ」
「とか言って、船長のお気に入りだっただけじゃないのかい?」
確かにゆるふわちゃんは可愛い。
「ふふ。それもある」
「うげっ」
別に同性愛者じゃないけど、アネキは巨乳ちゃんの一件で私が両刀だと思っているようだ。
「あれだけ見てると、ビフレストシステムは制限が多そうね」
「んあ?」
「何でもないわよ」
アネキに通じなかったように、ゲーム「ビフレスト」に支配された大陸だとはチームの誰にも言っていない。
恐らく鍛錬を積むことなく一定スキルレベルごとにシステムの行動補助が走るのだと思う。魔法は暴走する事も無いし、剣を振ってもブレる事が無い。私からすれば「つまらない」事この上ないのだが、簡易的に実力を上げるには有効的だ。魔物化もアシストの結果かもしれない。
あの塔の上の何者かが何を考えてこんなものを作り出したのかは知らないが、メギアとは考えを異にするモノなのだろう。蒼羽の調査結果では中心部にあるのは大樹だけでなく、巨大な塔が幹の代わりを担っていた。更に地下深くにも続いている。
散布したゴーレムで確認した限りでは同質の建築建材が、塔から地下に続く何らかの施設に続いている。そしてあれは地下に根のように広がっている筈だ。
頂上に至る近道かもしれない。ゆるふわちゃん達が最速で塔に到達するだろうか。
まぁ、私が飛んで頂上に行けば色々と判明するかもしれないけれど、通常の数万倍の威力を持った熱線砲が邪魔だ。アレ一発で数千万MPを消費してるよなぁ・・・。あんなコ〇ニーレーザーみたいな攻撃は受けたくないんだよね。サ〇コフィールドとか張れないし。余裕で耐えられるけど疲れる。
疲れた状態で正体不明な相手と戦わないといけないかもしれないのに、あんな兵器の相手は出来ませんなー。
カチカチと腕輪からゲートのパーツを出し、設置した土台に乗せる。サッと十万近いMPを注ぎ込むと虹色の光がゲートの内側に薄い膜を作った。
ゲートは二対一組で運用されるため、特定ポイントの片方を生かした状態で片方を持ち運ぶ。或いは定点で運用する事で運搬効率を上げる事が出来る。
ゲートに入り、またゲートから出ると、拠点にしている水龍の竜船内部へとたどり着く。地底湖の湖底には、円状に尻尾を咥えた竜船が鎮座している。ウロボロス的な感じだ。余りの大きさで一種のコロニーと化している。同型の潜水艇ウロボロスは竜船じゃないが、既に復路を無人航行中だ。あっちはあっちで海底探査が必要なのである。
関節部ごとに農場や住環境などを整え、工場なども存在する。七か月以上を余裕で連続航海する居住性を持つ。しかも竜船自体が日々成長しているので、サイズが僅かに大きくなっている。操縦している下衆龍は大きくならないのに。
「主、おかえりなさいませ」
シージに並んでコールとエンバー、ユベアラちゃんが臣下の礼をする。シルバとルネの弟夫婦、フラン、コニー、イルシャは大陸東部の調査中だ。西にある世界樹の根の向こうは蒼羽が単独調査を行っている。
なんだかんだで一時調査隊員としてチームフランが来てるんだよなぁ・・・。ブランママの血は濃いな。
私と一緒に行動しているのは老魔導士率いる魔導師隊と、近衛騎士率いる選抜騎士隊だ。サポートとしてアネキ隊が初期街付近の調査を行っている。
後は私のゴーレムが無数に調査を進めている。地中と地上と空で既に数千万体は確保できているけど、まだまだ足らないなぁ。
「ただいま」
シージをギュッとすると、何故かユベアラちゃんが両手を広げて催促してきた。あれ? この子ってそんな感じだったっけ? 小さい背丈をギュっとすると頭をグリグリされた。この子もオッパイ好きか。
「あっちは問題無かった?」
エンバーとコールに聞くと、旦那と息子の状況を聞く。相変わらず旦那は国政に頭を悩まし、息子は修行に余念が無いらしい。あと義父(お父様)はこっちに来ようとしているらしい。勘弁してください。
「それと、サリアネージュ様に不倫疑惑が出ております」
「はっ!?」
妹は何をしてるんだろう。人の不幸で自分が幸せになるタイプじゃないから、不倫は無縁だと思う。となると誰かに嵌められたか、もしくは噂でも流されたか。遠隔で様子を見ると額に皺を寄せた妹と、その旦那が見えた。旦那が苦笑いしているから多分大丈夫だろう。
「うん。多分、大丈夫。お母さんが向かってるし」
「安心ですな」
エンバーがニッコリ笑う。この悪魔。まぁ、物理的にブランママが解決してくれるだろうから問題無いだろう。
「まぁ、いいわ。座りましょう。揃ったみたいだし」
ゲートから残りのメンバーの気配が到着しているのを察知し、お誕生日席に座った。議長のユベアラちゃんが旗を振り、各チームの代表者が報告していく。
東部シルバ。多数の遺跡を発見。河川が多く、大陸独自の魔物が多数生息。
西部蒼羽。 多数の遺跡を発見。森林地帯。龍種多数。
街アネキ。 地下遺跡に魔導ゴーレムを確認。大陸中央に向かって遺跡伸長。
北部シージ 全域掌握完了。
一人だけ報告内容がおかしい。北部の草原に森が増えたのはシージの仕業か。まぁいいか。
遺跡は塔に向かって伸びているようだ。これは想定通りか。
西部の龍種は後で見に行こう。竜機人候補が見つかるかもしれない。
東部の魔物は老魔導士が楽しそうに画像の束を眺めている。この人って実は魔物図鑑趣味か。
「うん。今のところ地下遺跡が最も塔の天辺に近いわね」
「ユリア姉、そりゃどういうことだ」
シルバの問いかけに、カチャリと下唇に付けていたものを置く。
「アレ全部、大陸中心の塔に繋がってると思うよ。現状で把握しているのがこれだもの」
「ふぇ?」
ユベアラちゃんが私の翳した手の先を眺め、ぼーっとして可愛い声を放つ。属性別の魔素粒子で色を染めて、立体映像を作って見せた。大陸と中心に聳える塔と、塔に覆いかぶさるように根を張る世界樹。遺跡は地下の部分で塔と繋がっているが、地下を調べて外枠を知っただけに過ぎない。
この大陸の世界樹は小さい。私達が破壊した世界樹は今も根が残っているし、元のサイズがこっちの数十倍だった。ただ、広葉樹のように笠の部分が殆どだけれど。だからこそ根が一本しかないのかもしれない。それだけで栄養が足りるのだろう。
「大陸中央には巨大な塔があるのよね。世界樹は塔に乗る形で根を張っているけれど、これとは別に大陸に根を張るのが地下遺跡だと思ってるわ。もしかしたら、この遺跡こそが世界樹の根に該当するのかもしれない」
「建物が根の役割をすると・・・? ユリア様はそう仰るのですか」
老魔導士長の言いたい事は、自然物を魔導構造物で模したモノではないかという意味合いだろう。魔力を吸収する役割さえ担えれば根っこだろうが遺跡だろうがどっちでもいい訳か。
「旧帝国が意図せず人工的な根を張ってしまった?」
「かもしれませぬな」
「意図せずそうしたのならば厄介な結果になったわねぇ」
私と老魔導士長の会話に周囲が頷く。外見から推察する限りではエレベータの周囲に塔を作り、そこに世界樹の種子が芽吹いてしまったのかもしれない。
「なぁ、遺跡が根っこって何の話だ?」
「世界樹は魔力を栄養源にしてるんだけど、あの遺跡って似たような機能があるのよね。だから内部に魔物が発生するのよ」
「あー・・・」
アネキは何となく納得できたらしい。複数回頷いて何かを思い出している様子だ。その横で蒼羽が問いが出た。
「地域で魔素濃度が変わるのは何故か」
「西部の龍地域は濃く、北部の街周辺は薄くね・・・強弱・・・流れかな?」
「・・・魔素の養殖」
蒼羽が妙な事を言い出した。
「なにそれ」
「魔素は成長する。房に果実が生るように」
・・・・? 真珠みたいに多層構造の宝石になってるのかな? そしてブドウみたいに幾つもの魔素が大きくなっていくのかな。
「つまり、小さい魔素を大きくするための流れを大陸レベルで行っていると言いたいのかしら?」
「然様」
「似たような理論は御座いますな。以前にリリーヴェール様にお伺いした事が御座います」
「ふむ・・・」
蒼羽と老魔導士長のコメントを貰いつつ考えていると、手元の立体映像モデルに追加で魔素のモデルを描いていくと、不思議と正解に辿り着いた。
「これは・・・」
「聞いて居た通りじゃ」
「摩訶不思議よな」
「理論を形にしてしまったのですか・・・」
私、老魔導士、蒼羽、ユベアラちゃんがモデルを睨みつけて、揺れる色突き魔素の流れを観察していた。大量の細かい魔素を作り出し、それらを意図的に流動させていく。
世界樹の根を境目と考え、街を始点として龍領域に向けて時計回りに魔素が移動していくと光が強くなっていく。つまり、魔素が大きくなっていく。しかし、ここに世界樹も塔も無いので吸い上げれずに魔素濃度だけが濃くなっていく。
「ヤバいモンが産まれてしまったわね・・・魔素増幅炉の元型ができちゃったわ」
老魔導士長とユベアラちゃんが頷き、単語が解らない蒼羽が首を傾げた。また人に言えないモノを生み出してしまった。ここにハイネさんが居たらキセルでぶん殴られそうだな。




