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緑の雨  作者: 二笠
蒼翼の人柱
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いきなりVRモノの話になってますが続きです。

 思ったよりも人が多い。


 そんなに話題性も無いゲームなのに、人の集まりの良さに驚いた。いや、スタート直後のゲームなんてこんなものなのかもしれない。お祭り気分で人が集まり、熱が冷めたら引けて閑散としていく。そんなものだろう。


 きっと今後はそうなるのかもしれないと周囲を眺めた。


 私が事故で半身不随となってから五年。二十三世紀の時代にあっても尚、不随を直すことが出来ていない。人口神経や代替脳幹すら実現できる時代なのに、医者は原因不明と判断して私は検査入院という名の拘束を受け続けていた。


 仕事は数年だけリモートで続けることが出来た。やがて動けない体だと支障が出て辞めた。辞めさせられたという人も居るけれど、私は心を病んで自主退職した。


 手持無沙汰に両親が勧めてきたのがHVRだった。


 ヘルメットのように頭に被り、頭部を固定した状態でヴァーチャル空間を体験できる道具だ。HeadmountVirtualRealityの略称で呼ばれる機器は21世紀末に全身没入型を開発されて以降、ダウンサイジングが進んでいる。最も小さいもので首の後ろのコネクタに接続するタイプ。リモートで仕事をする為に首の後ろにコネクタが手術で取り着けられてから、この手の玩具も接続できるようになっている。


 手術台で四十万、玩具で十万。遊ぶ金をどう使うか悩んでいたので使い処を作ってくれた両親に感謝したい。


 だが、暇つぶしにネットの海を泳ぎ、錯綜する情報を眺めて自分と世界との隔たりを感じて更に心を病んだ。気分転換にネットでゲームを購入したが、どれも長く続いていない。


 どうせこのゲームも続かないだろう。どれもこれも途中でやる気を失って投げてしまっている。鬱病らしい。


 21世紀から人類の持病とまで言われるアレだ。どんなウイルスよりも強力で、ミトコンドリアよりも人類に寄り添う病だ。どうしようもない。


「ステータス」


 簡単なチュートリアルで習った通りに自己の状態を確認した。


 ---------------------------------------------------

 アネラ(28歳)

 性別:女性

 種族:天使

 職業:魔術師


 レベル:1

 体力:12

 魔力:6

 物攻:7

 魔攻:10

 物防:3

 魔防:4


 信頼:0

 性向:0

 SP:12


 状態:普通


 スキル:光魔法LV1、フリキア言語LV1


 称号:―

 ---------------------------------------------------


 アネラというのはハワイ語で天使を意味する。この「ビフレスト」というゲームはプレイヤーが天使として地上に降臨し、大地を救うゲームなのだ。そういうコンセプトらしい。


 街を歩くほかのプレイヤーを見ても背中に白い羽は生えていないし、頭の上に光る輪は浮いていない。見た目は只の人間だ。というか地上に降りた時点で堕天使じゃないのかと思うが、そう言うところはゲームっぽく無視されているらしい。


 ステータスの魔術師は自分で決めた職業だ。というよりも仕える大天使がランダムで決まっているらしく、聞いた事も無い名前の天使が割り当てられ、職業一覧には魔法系と思しき魔術師しか表示されていなかった。


 光魔法がこの職業のプリセットスキルなのだろう。フリキア言語というのは良く解らない。


 現実世界にこんな言語は無いし、このゲーム内で使う言語なのだろうか? よくある現実の文字を横に倒した形で「MはEの意味合いなのだよ」と言う開発者の例に当てはまるのだろうか。街中の看板を見ても馴染みのある文字に近い形は見つからなかった。



 ◇◇



 街中をブラブラと観光し、暇つぶしに光魔法とやらでソロ狩りをする。


 街を出て直ぐに居たウサギは魔法を二回ぶつけると接近する前に倒せた。一時間ほどして飽きる。お陰でレベル三に上がった。SPはレベルアップごとに二ポイント貰えるらしい。


 レベルが上がるとステータスに振れるボーナスポイントが一つだけ貰える。体力と魔力は勝手に上がるが、物攻、魔攻、物防、魔防はこのボーナスを割り振らないと増えないらしい。魔攻に全振りしていこう。


 SPはスキルを覚えるために使うらしいが、私が覚えられるスキルはまだ無いらしい。SPの欄をクリックしても、追加可能スキル欄には何も表示されなかった。


 これ以上の戦力アップは望めない。ウサギを倒しても殆ど経験値が入らなくなってしまったし、何より装備が無い。魔術師なら初期装備は杖だろと思ったが、このゲームは甘くないらしい。このハードさは面白い。


 人を集めるならば酒場だと決まっている。黎明期のゲームよろしく大声で叫んで人を集めたり、募集ウインドウで勝手に集まると言ったお手軽さは、リアル志向のVRゲームには不要だとされている。


 不便過ぎるのも、便利過ぎるのもゲームデザインに合わないんだとか。冒険者ギルドに行き、壁の張り紙が集まる所を眺めるとパーティ募集の項目がズラズラと書き連ねられている。


 ・レベル五以上、格闘師募集。

 ・レベル八以上、魔術師、トンダの森制覇済みキャラ募集。

 ・レベル三以上、弓持ち三人募集。


 魔術師はどれもこれも高レベルが前提とされていた。私はソロで頑張るしか無いらしい。そう思って溜息を吐くと腹が鳴った。


 このゲームは腹も減るし、傷を負えば痛い。チュートリアルで体験済みだ。痛覚はHVRの感覚レベル設定で変更できるが、ゲーム内からでも変更可能らしい。


 ただ、感覚レベルを下げて感覚がぼやけた状態になると、視界は狭いし耳は遠くなるし匂いも解らなくなる。味も解らないので肉を食べるとゴムを食べている感覚になる。ウサギを殴っても痛覚と一緒に触覚が無くなって、当たっているのかどうかも解らなくなる。


 五感を失うってこんなに怖い事なんだなと、半身不随になった事故当時の恐怖を思い出した瞬間だった。


 手や足が動かないだけで恐怖するのだから、五感全てが失っていく感覚は更なる恐怖感を煽ってくれた。お陰で今は感覚百パーセントの設定のままだ。


 痛いだろうけどあの恐怖感は味わいたくない。私はトラウマになっているらしい。


 募集板から離れてウサギのドロップ品を売り捌こうと、プレイヤーの露店を探した。技巧師と呼ばれる連中は初期技術として弓術を持ち、生産スキルを覚えていくらしい。床に布を敷いて露天商をしているプレイヤーが通りに多い。


 その中から切り株に大皿を乗せて食べ物を並べる技巧師に近付いた。


「いらっしゃい、一本十エルクだよ」


 黒髪オールバックに丸顔の太め男性キャラだ。背中に大きな弓を背負っている。


「これと交換で売ってもらえますか?」

「おお、構わないよ。ウサギ五匹分はあるモモ肉だね」


 保存用の葉で包んだ肉を渡すと、焼いた兎肉の肉串を三本貰い、追加で三十五エルクを受け取った。通貨は日本の概念と同じらしく、一円五円十円と続き千円五千円といった現実では紙幣になっている貨幣もあるらしい。

 五百円までが銅貨で造られており、表面に芸術的な数字?の文字が掘られている。

 千円が銀貨、五千円が穴の開いた金貨、一万円が四角い金貨、そこから一気に飛んで百万円が聖銀貨と呼ばれるものだ。

 チュートリアルで見たが、私達がいる国とその隣国ではこれらの貨幣が共通なのだという。敵国同士なのに。

 普通は国威を表す貨幣がそれぞれの敵国同士で異なり、相手の国では自国の通貨で商売が出来ないようにするのが普通だと思うのだが、これは旧帝国の貨幣らしい。

 流通量が多すぎて、回収するのも不可能。それに加えて、これ以上に芸術的な貨幣は量産できない事から、二国間で共通貨幣の利用は暗黙の了解となっているようだ。


「もしかして先行プレイヤーですか?」


 ウサギ肉を食べながら技巧師の男に聞いてみた。肉はお世辞にも美味しいとは言えない。塩味濃いめの硬い肉だ。料理スキルはそれなりのレベルが必要の筈だ。


「そうだよ。ベータからやってるから、そのままレベル十五から開始だね。キミは正式サービス開始組かな」

「そうですね。まだまだ初心者ですよ」

「なら最初は東の草原を制覇すると良いよ。あそこでプアウルフの皮を集めると良いさ、持ってきてくれれば靴と防具を作ってあげるよ」

「情報ありがとうございます。でもまずはレベル上げですね」

「レベル五からが本番だね。スキルを覚えられる」

「色々と有難う御座います。私はアネラといいます」

「アルフっていうんだ。また買ってってくれ」


 グッと両手の親指で自分を指さした男に礼を言って草原に向かった。あの動きはヒップホップ系なアレだろうか? 

 狩りの準備をしようとしたが装備を買う金は無い。干し肉は高くて買えない。日帰り出来るように、街が見える範囲で狩らないとな。そう思いつつ街を離れた。


 そういえば、あの街って何て名前なんだろう?



 ◇◇



 プアウルフというのは兎よりは強いが、現実の豆柴と同じくらいの大きさでハッキリ言って弱い。足も短いし、名前の通りに可哀そうな狼である。頭が大きすぎて三等身なのが余計に笑いを誘う。

 だからと言って私より弱いかと言うとそうでもない。


「ライトショット!」

「ギャウ!」


 三発だ。ウサギは二発で倒せたのに、こいつらは三発も当てないと死なない。動きが遅すぎて簡単に当てられるのが救いか。しかし残り魔力が少ない。残り二発しか撃てない

 これ、物理攻撃手段を持ってないと危険だ。すぐに魔力切れになる。

 どうする? 木の枝でも持って戦うか? 今なら物攻七という「この時点なら」割と高い数値で戦えるだろう。

 幸い、中学生までは剣道をやっていた。単純な型と、足の動きだけは覚えている。


「ライトショット」


 ベキンと太めの枝を折り、木の皮を剥いで解体ナイフで形を整えた。ほぼ枝のままだが、真っすぐ伸びてしなりも少ない。使える。

 しかし不思議だ。光が当たっただけで枝が折れるって、物理法則はお昼寝中なのだろうか。

 右手に木の枝を、左手で魔法を。このスタイルで行こう。

 ノンアクティブなプアウルフに近付き、魔法を一発。


「ライトショット」


 少し眩暈がする。だが一気に近付いて木の枝を振り下ろした。

 ゴッと痛そうな音を立ててプアウルフが転がりながら吹っ飛ぶ。


【レベルが上がりました】


 ステータス画面が現れて音声とログが流れる。レベルアップだ。


 ---------------------------------------------------

 アネラ(28歳)

 性別:女性

 種族:天使

 職業:魔術師


 レベル:4

 体力:15(最大値)

 魔力:14(最大値)

 物攻:7

 魔攻:13

 物防:3

 魔防:4


 信頼:3

 性向:1

 SP:18


 状態:普通


 スキル:光魔法LV1、フリキア言語LV1


 称号:―

 ---------------------------------------------------


 ん? レベルはイイとして、信頼と性向が上がってるのは何で?


 アルフとの商売のせいだろうか。この場合は信頼された、という事か? それとも私がアルフを信頼した、という事か? 分かりにくいな・・・。

 性向は善悪の事だ。LowかChaosかでルートが分かれるゲームもあったな。天使がプレイヤーなのだし、イベントで関りがあるのかもしれない。覚えておこう。

 残りMPが少ない。このまま狩りを続けるのは危険だろう。歩いていてもMPは回復するが、ライトショット一発分しかない現状では無理できない。

 そう思って街に向かっていた私に、お約束のようにプアウルフが二匹襲い掛かって来た。

 足元の土を掴み、飛び掛かって来た三等身の顔に振りかける。が、外した。側転で躱しながらライトショットを選択すると、いつものように訳の分からない文言が口から流れ出す。

 のろのろと歩くもう一匹にライトショットが当たり、そのまま木の枝を構えて突進した。振り下ろした枝が大きな頭に叩きつけられ、同時に私の右腕に後ろから噛みついて来たプアウルフと目が合った。


「いっ、がぁっあ!」


 柔道の投げ技のように噛みついて来たプラウルフを全身で押しつぶし、左手の親指で眼球を押しつぶす。ライトショットを当てたプアウルフはまだ息があったらしい。倒れ込んだ私の首を目掛けて駆けている。

 グルっと倒れ込んだ体を地面を擦るように縦回転させて迫る相手に足を向けた。噛みつかれたままの腕が痛む。


「こぉのっ!」


 飛び掛かって来たプアウルフに足裏で蹴りを食らわせると、遠くに吹っ飛んで光の塵になっていった。倒したらしい。

 上体を上げ、腕に噛みついたままのプアウルフの首に膝を乗せた。グググと苦し気な音を出しながら短い脚を振り回している。引っ掻かれた足と腹が痛む。腕も痛い。顔に臭い息がかかる。酷い獣臭だ。

 しばらくすると噛みついたままの顎が外れて二匹目も光の塵になった。


「はぁー」


 急ごう。ポーションなんて便利なものは持っていないんだ。街に売っていたけれど、一個千エルクってなんだよ。ウサギの肉が一つ十エルクなんだぞ。

 動かせる腕でドロップアイテムを回収し、街に戻った。



 ◇◇



 草紐で木の枝を腰に付ける姿は目立つのか、周囲の目が刺さる。いや、血だらけの貫頭衣が目立つだけか。それともイヤにナイスバディな女の体が目に付くのか。私は現実では男だというのに、どうしてこうなった。

 チュートリアルのAI曰く「深層心理を読み取りました」と回答されたときは耳を疑った。

 要するに私が望んだ姿という事だ。意味が解らない。それが他の人にも当てはまるのなら、頭の上に青い逆三角形のマーカー付きは全員が深層心理の望む姿って事になる。

 重装備のロリっ子女、ローブ姿の爺マッチョ、大きな弓を担いだ筋肉美女、大黒様みたいな風貌の商売人、反社会的な目つきの花売り男。あれは薬草を売ってるのか道端の花を売ってるのか、どっちだろう・・・。


「どうも」

「おお? はは! 派手にやられたね、食ってくかい」

「二本おねがいします。あと買取も」


 プアウルフの皮と肉、そしてウサギの肉を差し出した。


「毎度アリ! 早速装備にするかな?」

「すぐできるのですか?」

「スキルだからね数秒あればできる」


 カッとプアウルフの皮が光ると、その形が一瞬で変わった。ノースリーブ、ショートパンツ、ブーツだ。野人装備かな?


「お幾らですか?」

「肉もあったからこっちが払うよ」


 二十エルク受け取ったが、皮と肉は幾らだったのだろうか。怪訝な眼をしていたのか、私の顔を見て大黒様みたいな技巧師アルフは笑った。


「性向値が一気に下がるから、詐欺はやらないよ。知ってるかい? 堕天使になると街に入れなくなるんだよ」

「それは怖い」


 かなり怖い。まず安全にログアウトできなくなる。休憩も不可能。補給も出来ない。なにより売買が出来ないから、料理スキルがないと食べ物に困る。


「だろう? だから安心していい。ああ、でも、街の外で売買するときは気を付けた方が良い。そう言う連中が居るって聞いた事があるからね」

「街の外だけで生きていけるグループが居るんですか」

「それ専門のPK集団らしいよ。気を付ける事だ。身ぐるみ剝がされるよ」

「気を付けます」


 食事をすると怪我は自然と完治した。ステータスにも狂犬病みたいなものは無い。ホッとした。

 大黒様の元を辞去すると、再び狩りに出かけた。現実でする事も無いのだから、別に何時間続けていても良いだろう。

 何よりも、このゲームは面白い。


 イイ暇つぶしになりそうだ。



 ◇◇



 レベルが上がるとスキル獲得可能一覧が更新された。ゲーム内掲示板を見るとレベル五毎に制限内容が解除されていくらしい。

 他にも行動によって、制限レベル内のスキルが解除されるらしいので、レベルさえ上げておけば必要な条件をクリアしてスキルの入手制限は解除されるようだ。


「えっと・・・剣術? 格闘術?」


 職業は魔術師じゃなかったっけ?

 運営さんどういう事でしょうか?

 運営インフォの掲示板を見ても特にバージョンアップされたという内容は無かった。


「まぁ、イイや。取得しちゃおう」


 剣術・・・SP6消費。

 格闘術・・・SP3消費。

 魔力制御・・・SP4消費。

 闇魔法・・・SP3消費。

 水魔法・・・SP3消費。


 レベル五でSP二十ポイントだったから、残りSPは一ポイント。

 このSPで既存スキルのレベルを上げられるけれど、熟練度を溜めてあげた方が良いだろう。新規スキルを何時まで経っても覚えられない。


「ダークビジョン」


 夕暮れの木陰が一気に明るくなった。夜目の魔法で薄暗い森の中でも戦えるだろう。水魔法は水筒の補給用だ。この魔法で攻撃するのは微妙だと思っている。

 木刀を振る。これは大黒様に木の枝を整え直してもらった。経験値稼ぎに丁度いいからと、一エルクでやってもらえた。技巧師すごいな。

 木陰が続くと林になり、次第次第に影が増えていく。この先はトンダの森と呼ばれる街の北にある森だ。ここを抜けると大きな河があり、その向こう側に戦争をしている隣国がある。

 プレイヤーも二つの国に別れて戦っているらしい。運営が言うにはサブイベントらしいので、ビフレストのメインクエストは何処から始まるんだと、調査が進んでいる。

 このゲーム。運営の不親切さが極まっており、特にクエストに関してはほぼ無案内だ。街中のNPCとの出会いを大切にしているのか、気付いたらクエストが開始されている事が多いと掲示板にあった。


「グルル」


 こういった魔物との戦闘でも始まる事があるらしい。お知らせとか無いんだろうな。不親切な事だ。

 目の前に現れたウルフはプアウルフの上位版だ。真面な狼の形をしており、とてもカッコいい。


「ライトショット」


 躱された。同時にウルフが横っ飛びになった方向に迫り、木刀を叩き下ろした。


「ギャン!」


 乾いた音が響く。躱し損ねたのか、ウルフの左前足は折れた。フラ付いた所に更に木刀で突きを放ち、腹に木刀が刺さる。抜けなくなった。

 木刀を持っていない手でウルフの頭にハンマーのように拳を振り下ろすと、小指側からウルフの脳天に直撃した。


「ゲフ!」


 奇妙な悲鳴を上げてウルフが地べたに這いつくばり、刺さった木刀で抑えたまま距離を取る。


「ライトショット」

「ッ!」


 ウルフの頭が地面にめり込んで、全身が光の塵になって消えた。倒せたらしい。それと同時に遠くからガサガサと草をかき分ける音が複数聞こえた。


「やばっ」


 足元に転がった皮を腰のベルトに挟み、肉を口に咥える。重い。

 付近の樹によじ登ろうと、一歩目でジャンプ、二歩目で木の幹の瘤を蹴り上がり、伸ばした腕で枝を掴んでじ登った。

 思った通りでウルフが三匹、四匹、五匹と続々と足元に近付いて来る。


(どうするよこれ・・・)


 生肉を咥えたまま取り敢えずもう一つ高い枝に登り、集まった七匹のウルフから距離を取る。彼らは上を見上げて呻っているだけだ。

 肉を腰袋に入れて皮で蓋をする。そして木刀を持っていない手を下に向けた。


「ライトショット」


 上を警戒している者の代わりに、周囲を警戒しているウルフを狙った。ボンッと後頭部が爆ぜる。致命打クリティカルとなったらしく、ウルフは一発で死亡した。


 二匹が逃げた。


 そして十匹が増えた。


「もうやだー」


 先程の致命打クリティカルでレベルが上がったが、魔法攻撃力が一ポイント上がったところで即死させられる自信は無い。


「地道が近道・・・ライトショット」


 同じように上を見ていないウルフを狙う。またクリティカルで倒せた。もしかして確定クリティカルなのか? と数回試したが、後ろから攻撃すればそれだけでダメージが上がるらしい。

 方向でダメージ量が増えるのかと繰り返していると、五回目でメッセージが来た。


【光魔法のレベルがあがりました】


 きた! これで勝つる!


 内心で叫びながら、ストップアンドゴーを繰り返すウルフに狙いをつけて倒す。明らかに威力が上がっている。そして魔力消費量も三から二に減っている!


「我が世の春が来た!」


 調子に乗って倒していると、全滅させる前に立ち眩みがしてきた。ステータスを見ると魔力切れ寸前だ。掲示板情報だと気絶するので休憩にしよう。


「登っては・・・こないな」


 豹は木に登る。ネコ科は殆どが登るらしいけれど、犬や狼が登るとは聞いた事が無い。実家で飼っていた犬は頻繁に椅子の上に登って昼寝していたが。


「ステータス」


 ---------------------------------------------------

 アネラ(28歳)

 性別:女性

 種族:天使

 職業:魔術師


 レベル:7

 体力:18

 魔力:22

 物攻:7

 魔攻:16

 物防:3

 魔防:4


 信頼:5

 性向:2

 SP:5


 状態:普通


 スキル:剣術LV1、格闘術LV1、水魔法LV1、光魔法LV2、闇魔法LV1、魔力制御LV1、フリキア言語LV1


 称号:ー

 ---------------------------------------------------


 何かSPで取得できる内容が増えていないだろうか。

 足元の呻き声を聞きながら、一覧を開いて眺めていると気配察知と登攀とうはんが増えていた。本来は技巧師のプリセットスキルらしいが、条件をクリアしていたらしい。


 気配察知・・・消費SP5。

 登攀・・・消費SP3。


 悩んだ末に気配察知を取得した。活躍する場面が多いのはこっちだろう。先制しないといけないからね。

 その後、休み休みでウルフを倒し、ウルフが増え、ウルフを倒しを繰り返していると、明け方にはレベル九まで上がっていた。



 ◇◇



 眠い。只々眠い。

 大学生活を終え、運動量が減ると同時に体力が落ち、そして徹夜仕事をして己の貧弱さに年のせいかと考え始めた頃を思い出す。

 まぁ、直ぐ事故って、それどころじゃなくなったけど。

 トボトボと街に戻る頃には日が変わって夜明けが近くなり、街の明かりが消されている所だった。街の入り口も正門ではなく通用門だけだ。ギルドで貰った身分証を見せると通れた。


 いつもの大通りに大黒様はまだ居ない。

 確保しておいた塩を使って、広場で焚火をした。魔法で着火できるような便利なものは高いので、鉄の棒を滑らせると火花が飛び散る石を買った。現実でもブッシュクラフターが良く使っているアレです。

 拾ったウルフの肉を解体ナイフで切り分けて筋を切る、塩を塗り込んで串に刺した。火であぶったらイタダキマス。


「・・・・・・・」


 意外と美味い。肉汁たっぷりだ。

 持てるだけ持ってきたウチの一切れなので、私の背中には大量のウルフ皮で纏めた葉包みが草紐で背負われている。周囲には朝の早い時間だけれどNPCが多い。盗まれても困る。

 ギルドの休憩所を借りて眠った。二畳しかない個室だが、安全にログアウトできる。外見は独房だけど。



 ◇◇



 現実で一眠りして戻ってくると、大黒様もログインしていた。


「どうも」

「おや昨日の方ですね。どうでした?」

「トンダの森に行ってきました。これ、獲物です。買取できますか?」

「無茶をされたのでは? これは・・・随分と狩りましたね。この量だとパーティではないでしょう。ペア狩りですか?」

「ソロです。肉串三つ下さい」

「どうぞ。清算は少々お待ちを。これ、装備にします?」


 経験値を寄こせと言わんばかりの笑顔で尋ねられた。


「足りない部分を優先して作れますか?」

「全身いけますよ。少々お待ちを」


 次々とウルフの皮が防具に変わっていく。軽鎧として胴体、頭、腕、脚、手甲、足甲に既存装備と取り換えた。

 完全に蛮族だな。手で触るとウルフの毛皮がモフモフしつつもチクチクする。


「一応、防寒具としても役立ちます。肩からお尻に掛けてマントも付いていますので、座る時にお尻を冷やす事も無くなりますし、山の中で一晩狩り続けても疲れにくくなるでしょう」


 どうやら見透かされていたらしい。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、イイ経験値稼ぎになりましたよ」


 それでは、と大黒様が次の客の相手をし始めた所でギルドに戻った。サブクエストを受けるためだ。

 あの量を一人で狩れるのならば、いっそクエストを受けてはどうかと大黒様に勧められた。言われてみればそうだ。昨日は少し様子見をして帰るつもりだったので何も受けていない。勿体ない事をした。



 ◇◇



 ギルドの中に入り、そのままクエスト板に近付く。

 見た目は紙で依頼が張られているが、近づいただけでクエスト一覧が現れてどのクエストを受けるのかを選択できるようになっている。

 ウサギの牙集め、プアウルフの尻尾集め、ウルフの爪集め、アンクバットの翼膜集め、サンドモールの爪集めを受けた。どれもトンダの森で集められる。

 受付で指輪を貰うと、それが対応するアイテムだけを吸収してくれるらしい。クエストアイテム限定のアイテムバッグで、死亡すると指輪だけがギルドに転移してクエスト失敗を知らせてくれる。

 死ねば失敗。でも期限は無い収集クエスト。或いは討伐クエスト。そう言った場合に使われるらしい。


「取り出すことは?」

「可能です。討伐クエストの場合は支給品が入っています」

「わかりました。ありがとうございます」

「成功を祈っております」


 無表情で受付嬢が言うと、私は列から離れた。そのまま街を出ずに雑貨屋に向かう。防具は揃ったが、武器は木刀のままだし、旅の必需品は水筒しかない。火を着けるための鉄芯と石は持っているが、解毒や回復の手段が無い。


「これを下さい」

「治癒ポーション、解毒ハーブ、縄、リュックね。合計で二千エルクだよ」


 手持ちが二千三百エルク。稼がねば。武器は買えないな。


「毎度アリ」


 雑貨屋のおばちゃんに暖かい笑みを向けられて出発すると、昼も過ぎたせいか狩りを終えた連中が街の正門から歩いて来る。

 槍使いの眼光鋭い女、大きな盾を持った巨漢、立派な杖を持った美人の白ローブ。あれらもプレイヤーだし、一部はNPCも居る。

 NPCと一緒にパーティを組んでいるプレイヤーは、子弟システムを使った育成補助を受けているのだろう。特定の上位職に上がる為には必要な事だと掲示板に書いてあった。別に自力で上位職になれるとも書いてあった。どっちが正解なのだろう。

 ウサギとプアウルフを狩り続けていると、これまでドロップしなかった物が現れる。クエストの依頼品だ。これらは触れただけで指輪に吸収され、アイテムボックス画面で確認できる。

 同様の手順でウルフ、バット、モールを倒すと収集は四時間程度で終わった。


「また暗くなってきたな・・・森があんまり暗くないから街の明かりが見えて方角は解るけど、奥の方に行ったら帰れなくなりそうだなぁ・・・」


 ブツブツと独り言を言うのは仕事を始めてからだったか。両親からは苦労している証拠だと言われた。親父は独り言が多い。そういう事だろう。

 気配察知がまた地面の下を指し示す。

 一定範囲内に敵性個体が居ると赤い逆三角形で教えてくれる。レベルが上がると範囲が広がっていくのだろうか。今のところは半径十メートルと言った感じだ。

 木刀を赤い印に合わせて地面に突き刺し、そのまま上に引っ張る。引っかかるような感覚を覚えながら、ボコッと土が膨らんで光の塵のようなモノが土の割れ目から吹きあがって消えた。倒したらしい。

 ドロップを回収して、同じような事を繰り返す。

 デカい蝙蝠のアンクバットは無音で飛ぶのでスキルが無いと気付きにくい。しかし人を襲う魔物ではないので、襲ってこない分見つけにくい。

 樹木の上の方にぶら下がっている事が多いため、ライトショットで倒しつつ落下するドロップを回収した。

 そしてまた、ウルフに囲まれた。


「もう良いって」


 光魔法で牽制しつつ剣術で応対する。こいつらの皮で作った防具は加工時にスキルで強化されているのか、引っ掻かれたり噛みつかれても重い怪我をしなくなった。

 レベルが上がり、体力が上がった事で疲れない。魔力も余裕だ。次々と現れては倒されていく。

 そのまま夜が明けるまで戦い続ける事は出来なかったが、木の上に登り、一匹残して追加を倒す流れ作業を繰り返していると、気付けばレベル10になっていた。


 ---------------------------------------------------

 アネラ(28歳)

 性別:女性

 種族:天使

 職業:魔術師


 レベル:10

 体力:20

 魔力:26

 物攻:7

 魔攻:18

 物防:3

 魔防:4


 信頼:6

 性向:1

 SP:6


 状態:普通


 スキル:剣術LV2、格闘術LV1、水魔法LV1、光魔法LV2、闇魔法LV2、魔力制御LV1、気配察知LV2、フリキア言語LV1


 称号:ー

 ---------------------------------------------------


 そしてまた徹夜した。



 ◇◇



 ギルドで起床し、大黒屋に肉と皮を売り、ウルフ肉のネギまを食べる。食べながら追加のスキルを選んでいると性向が下がっている事に気付いた。


 (何か悪いことしたっけ?)


 モグモグしながら考えていると、昨夜のウルフ釣りが悪いのかもしれないと思い始めた。崖の上から弱者を甚振る行為だから悪かったのだろうか。システム的にはNGだったらしい。自重しよう。

 追加スキルは風魔法にしておいた。あと残った魔法は火と土だ。並行して魔法のレベル上げと共に魔法書も探さないといけない。

 魔法はスキル追加時に覚える初期魔法以外にも存在し、それらは消費型の魔法書と呼ばれるものが必要になる。これは魔導師が作り出せるものだが、自分が使える魔法以外は作り出せないという。

 限定的な職業の魔法とか、失われた魔法とかは無理って話だ。そういった物はダンジョンの中から手に入る失われた魔導書から覚えるか、伝説的な職業にクラスチェンジするしか無いらしい。

 少なくとも掲示板から拾った情報ではそういう事だそうだ。運営? あの不親切な運営がそんな入手し易しくて丁寧な情報を残すとでも?

 ジョブに関する事を聞いても「お答えできません。開示予定もありません」としか回答しないクソ運営なのだから、最早誰も期待していまい。



 ◇◇



 ギルドでパーティ募集の壁を見ていると周囲から噂話が零れて来た。


「―――らしいぜ。伝説級の魔導書が北の国から流れてきてるんだってよ。商人が話してた」

「本当かよ。レベル十相当の魔法だろ。誰が使えるんだよ」

「NPCだって噂だ。旅の聖女だって聞いたぜ」

「旅っつったって、このゲーム内には国が二つしかないんだぜ。どっから来たんだよ」

「そんなの運営が用意したに決まってるだろ」


 旅の聖女? レベル十の魔導書? まだゲーム進行度的にも序盤も序盤だろうに。運営は何を考えてるんだ?

 此処、南の国を拠点としているプレイヤーたちは聖女に魔導書を売ってもらおうと、商人に頼るのではなく自力で会いに行こうとしている者が現れ始めたらしい。

 噂話を思い出しながら森で狩りを続け、数時間で帰って来た。また性向値を下げたらどうなるか分からないし。



 ◇◇



 街に戻ってくると、入り口の大門で騒ぎが起きていた。門の内側には大きな木製の看板が立てられており、その両側には兵士が槍を持って待機している。ただ事ではない予感がした。

 看板にはこう書かれている。


 ================


 傭兵は渡河を禁ずる。

 商人は渡河を許す。


 国王 マーベリック=サウナス


 ================


 やはり、と思った。


 国王は戦争で負けたくない。だがプレイヤー側は聖女が作り出す魔導書を求めないと、魔術師を始めとした魔法系プレイヤーは強くなる道を断たれてしまう。

 現状でスキルレベル三相当の魔導書までしか見つかっていないのだから、スキルレベル四以上の魔導書を持っていない魔術師は、いずれ役立たず扱いされてしまう。どうあっても聖女から魔導書を手に入れなければならない。


 だが国王はそれを許さない。


 そんな事になったら人が減って戦争で負ける。戦力の一極集中化であっという間に戦況が傾いていしまう。NPCの国王は、国を隔てている大河を渡河しようとしているプレイヤーを止めようと、商人以外の渡河を認めないようにお触れを出した。

 このままでも将来的には戦力の一極集中化は避けられないが、プレイヤーからすれば国の未来など知った事ではない。殆どの者がそう考えるだろう。そしてプレイヤーには国王のような纏め役などいない。


 内乱が始まった。



 ◇◇



 私は混乱を避けるために北の大河に向かって走っている。南を見れば大きな黒煙が立ち上っている。王城をプレイヤーが攻めているのだろう。

 性向値が下がり過ぎたのか、数多くの堕天使が産まれているらしい。目の前で兵士を殺したプレイヤーを数多く見たが、完全に悪魔の姿になってしまった人も居た。

 悪魔になったキャラはプレイヤーを示す青い逆三角形のマークが外れ、マークが魔物のそれに変化し、キャラ名は悪魔の名前として使われるようになった。


 悪魔は強かった。

 周囲の天使プレイヤーを虐殺し、兵士を殺し、そして王城に乗り込んで行った。きっと生き残った者はいないだろう。南の国は悪魔の国となっていくかもしれない。

 ゲーム内の掲示板を見ると、堕天プレイヤーはキャラをロストして、使っていたキャラは暴れ続ける悪魔となり、使っていた名前は悪魔の名前となるとして知れ渡った。

 これを一種の爆弾として考える者も現れ「敵国に悪魔造れば楽勝じゃね」と考える者も増えてきている。


「アネラさん!」

「アルフさん、無事でしたか」


 大きな体をユサユサと揺らしながら大黒屋が船着き場に走ってきていた。


「大変な事になりましたね。これも運営の差し金なんでしょうか?」

「分かりませんが、北の国も危ないかもしれませんね」

「どうしましょう?」

「一旦プレイヤーで集まって北の国に拠点を作ったほうが良いかもしれません。アレを倒せるかどうかは解りませんが、何とかしないとおちおち狩りにも行けませんし、アルフさんも商売に集中できないでしょう」

「そうですね。困った事です・・・ああ、とにかく、乗りましょう。向こう岸から周回の船が戻って来たようです」


 一艘が止まり客を乗せ、もう一艘が大河を渡る。向こう岸にももう一艘あって、合計で三艘がこの河を行き来しているらしい。


「ええ、今は逃げなければ」


 ドンッと南の城の方から爆発音が聞こえた。衝撃波を体で感じながら船に揺られると、木の軋む音と水を掻く音が私達に安全だと言ってくれている気がした。



 ◇◇



 岸に辿り着くと商人たちを守りながら北の国の街に急いだ。こちらにも同じようなレベル帯の魔物が出た。ウルフ、バット、モール。森を半日で抜けるとプアウルフがヨタヨタと近付いて来る。


「ライトショット」


 私が先導して倒していくと、足早に商人たちが追従してくる。街はすぐそこだ。

 門に辿り着き、門兵に事情を説明した。


「悪魔に南の国が滅ぼされた?」

「はい。アレは危険です。レベル十程度の戦力では話にもなりません。しかも悪魔は飛行しますので、明日にでもこっちに攻めてくるかもしれません。防衛の準備をするように上に連絡をお願いします! もう戦争なんてやってる場合じゃないですよ!」

「わ、わかった。お前たちは此処で待て!」


 待っている間に水筒に水を作って飲ませて回っていると、私の水魔法レベルが上がった。

 疲れた。それに眠い。いつの間にか夜になってしまった。それだけ必死になって戦い続けたせいだろうか。

 これがメインクエストだとしたら運営はクソだ。

 キャラロストさせるのがメインクエだとしたらクレームものだ。

 初期街が崩壊とかコンシューマーゲームじゃないんだぞ。

 英雄譚によくあるパターンをVMMOに持ち込むなと言いたい。

 兵士に文句を言っているNPC商人達をぼんやりと眺めながら、私は体育座りで膝に顎を乗せて待っていた。



 ◇◇



 その女性は美しかった。輝く銀髪。透き通る蒼眼。ドレスに包まれた艶めかしい肢体。白く透き通った肌。可愛らしさも感じる小顔。しかし強い意志も感じる眼光。

 強さすらも美しいと感じる人間は初めて見た。

 これがNPCなのかと疑問に思うレベルだ。私は王城に連行されて事実を説明させられる状況に陥ったのだけれど、この美女は誰なのだろうか。


「それは真実か?」

「はい。これまで人間だった者が悪魔となり、周囲の人間を虐殺していました。逃げる際中、王城から黒い煙が上がり、船を渡っている最中で体を震わせるほどの爆発が城の方から感じ取れました」


 そこまで話すと銀髪の美女が言葉を綴る。


「火魔法にも同様の魔法は有ります。この城と同等の大きさならば一発で破壊可能でしょう」

「馬鹿な、そんな事があるものか! 聖女よ、謀ると許さぬぞ」


 謀るって何をだよ。国王が凄むと聖女と呼ばれた銀髪の美女が笑顔を見せた。それよりも、この人が聖女なのか。レベル十の魔導書を持つという事は、この人はレベル十の魔法を使えるという事だ。

 であれば城を壊す魔法も使えるのかもしれない。

 どれだけ強力なのだろうか? あの振動。遠くからでも見えた赤黒い煙。どれだけの魔力を使うのだろうか? そんな魔法で狩りを出来たら楽しいだろう。私は話をそっちのけで先々の狩の状況にワクワクを抑えるのに必死だった。


「城一つ如きで何を狭量な。王ならばもっと毅然としていなさい」

「なっ」

「え?」


 何を言った、この人? 仮にも、NPCだとしても、目の前の男は国王なのだが。大丈夫なのかな。


「黙って聞いて居れば無礼者が! この痴れ者をひっ捕らえろ!」

「状況を読めない人って上に座ったらこうなるのねぇ」


 クスクスと笑う美女の周りに兵士が集まり、私の周りにも集まってくる。あれ? これって私も一緒に捕らえられる感じ?


「え、ちょっ、私は違」


 ゴッという音を聞くと、目が覚めたら現実の病室の中でした。強制ログアウトはあんまりじゃないか。



 ◇◇



 ログインすると冷たい石を頬に感じた。どうみても牢屋の中です、ありがとうございます。


「ステータス」


 ---------------------------------------------------

 アネラ(28歳)

 性別:女性

 種族:天使

 職業:魔術師


 レベル:10

 体力:20

 魔力:26

 物攻:7

 魔攻:18

 物防:3

 魔防:4


 信頼:6

 性向:0

 SP:6


 状態:普通


 スキル:剣術LV2、格闘術LV1、水魔法LV2、光魔法LV2、闇魔法LV2、魔力制御LV1、気配察知LV2、フリキア言語LV1


 称号:プリズナー

 ---------------------------------------------------


 誰がプリズナーだ。なりたくて囚人になった訳じゃない!

 周囲を見ると汚い壺、汚い木製のベッド?らしきもの。鉄格子の向こう側には例の美女が居た。

 あれ?


「何で外に出てるんですか」

「どうしてって、自力でこじ開けたから」


 ほら、と美女が指さした先には焼けて溶けたように赤く焼け爛れた鉄格子がぐにゃりと廊下に拡がっていた。


「出たい?」

「は、はい。あ、でも脱獄・・・」


 性向値にマイナスだよなぁ。でも0まで下がってるんだし今更だろうか?


「良いんじゃない? 兵はとっくに南の国に出兵してるみたいだし。今なら追手も少ないと思うわよ」

「どうしてそんな事を」


 美女が斜め下を指さすと、ぐったりとした牢屋の番が横たわっていた。胸が上下しているので生きてはいるらしい。


「彼から聞いたわ」

「彼って・・・」


 何だこの人、何かヤバいぞ。


「もう一度聞くけど、出たい?」

「出たいです」


 即答した。聖女がそうしたいと思っていそうだからだ。私からも情報が欲しいのかもしれない。あとこの人は逆らったらイケナイ気がする。


「そう、なら、少し話を聞かせてもらうわね」

「え?」


 薄笑いを浮かべる聖女が鉄格子越しに私の頭を掴むと、また意識を失った。



 ◇◇



 目を覚ますと何やらいい匂いがした。温かく、ホッとする女性の匂い。母親の背中に居る感じだ。柔らかくて、とても・・・。


 あれ?


「あら、もう起きたの? 早いわね。ステータスのお陰かしらね」

「ステー、え? あなたNPCじゃ」


 NPCはステータスの事を知らない。


「違うけど、違わないわよ?」

「は? え?」


 どういう事だ?

 いや、周囲の景色が一変していた。ゆっくりと背中から降ろされると、聖女は私よりずっと背が高い事に気付いた。二メートル、いや百八十センチメートルくらいだろうか? 大きい。私が百六十くらいなので、見上げてしまう。いやそれよりも。


「ま、街が。北の国にも悪魔が!?」

「違うわよ。ここは南の国の街。悪魔ならほら、貴方の足元」

「え? はっわぁ!?」


 クスクスと笑う聖女と足元の黒いヒト型の何かを見比べた。これ、もしかしてこの人がやったのか。ガチでバケモンじゃないか。悪魔はレベル百相当と言われているのに。


「北の国の王も死んでしまったようだし、誰が王になるのかしらね?」


 困ったわねー、と軽い感じで街中を歩き始めた聖女は全く困ったように見えなかった。

 仕方なくついていくと、道端には黒焦げの死体が軒を連ねていた。中には地面ごと抉れて手足しか残っていないものもあった。一体どんな魔法を使ったのか見当もつかない。

 王城に続くという長い階段を上る。

 ここは兵士に止められてプレイヤーも入れない場所だった。焼け焦げた跡ばかりで死体が散乱して臭い。人間が腐敗した匂いだ。吐き気がする。感覚レベルを落としておこう。


「・・・何だかあなたの存在が薄くなったけれど、それは何? プレイヤーとしての機能かしら?」

「え? はい、その。HVRの仮想感覚レベルを変更できるので、それを変えただけですが」

「感覚・・・ああ、なるほど。五感を生身に伝える割合を変更できるのね。接続方法は脊椎からだったかしら」

「そう、ですね」


 やはりNPCじゃない。違うとしても、こんなに簡単に理解できる話じゃない筈だ。この人は相当高い文明で育った人だ。


「あなたは運営なのですか?」

「違うわよ」


 私は馬鹿か。仮にそうだとしてもハイそうですと答える訳ないだろう。あれこれと考えている間にいつの間にか謁見の間らしきところに辿り着いてしまった。


「アレ、倒してみる?」

「はい?」


 聖女が指さした先には玉座の間に座る悪魔が一人。デラージュとかいう名前は聞いた事が無いが。兵士を殺せるだけの力を持ったプレイヤーだったのだろう。やけに大きな剣を持っている。


「無理だと思いますが」

「じゃあ、はい」


 何かの剣が聖女の手にいきなり現れ、私の体が七色に光った。手を引かれて剣の柄を持たされて重みに耐えていると、その剣が急に軽く感じた。


「なっにが? これは? 何をしたのです?」

「強化魔法。じゃあ頑張っていってらっしゃい♪」

「は!?」


 バンっと背中を押されると、息苦しさを感じながらも一気に悪魔の前に押し出された。万歳をするような格好で両手剣を掲げて私の体が吹っ飛ぶ。


「っ!」


息苦しさと共に顔面に吹き付ける風を感じ、吹き飛ぶ体で何とか姿勢を保とうとする。


「ガカカッ!」


 口の避けた全身真っ黒な悪魔が嗤う。必死に剣を振り下ろした。

 甲高い金属音が響き、両手剣が作り出す巨大な斬撃は玉座の間を切り裂いて剣先が地面に突き刺さる。何が起きたのか自分でも理解できなかった。


「ぬ、抜けっ!?」


 ぐっと力を入れても抜けず、このまま目の前の悪魔に切り裂かれるのかと片手を掲げて身を守ろうとした。

 だが、目の前の悪魔は急に全身から光を発して塵となって消えた。


【レベルが上がりました】


 静かにいつものアナウンスが流れる。


「あら~、こうなっちゃうのね。なるほどなるほどー。ふむ、勉強になるわね~」


 トツトツとブーツを鳴らしながら聖女が後ろから歩いて来る。彼女が地面に刺さったままの剣に振れると、その剣は消えてしまった。

 そのまま悪魔が落としたドロップ品を手に取る姿が艶めかしい。片膝をついて私から見える横顔に手をかけ、髪を払って耳に掛ける。この世の者とも思えないくらい美しい横顔に見とれてしまった。


「これ、ドロップ品?」

「あ、はい」


 悪魔の角、だろうか。


「ふむ・・・劣化品か。使えないわね。あげる」


 私の腕ほどもある長い角を二本とも渡してきた。


「そういえば、あなた達ってマジックバッグのようなものは持ってないのかしら?」

「いえ、あ、えっと、クエスト収集品なら、この指輪に」


 左手を差し出すと、聖女の美しい顔が近付く。手を取られてまじまじと見られてしまった。思わず顔が熱くなる。

 ダメだダメだ、美人過ぎて恥ずかしい! 何言ってるのか判らないかもしれないが、ただただ恥ずかしい! 近寄られるだけで緊張してしまう!


「これを、こうして・・・出来た」

「え?」

「これで何でも仕舞えるようになったわよ」

「は?」


 聖女は「それじゃね」と一言言うと目の前から一瞬で消えてしまった。転移魔法という奴だろうか?

 私は一人で無人の城に取り残された。



 ◇◇



 七か月の長きに渡る航海の末、私達はついに新大陸を発見しました。いえ、発見は既にされていましたので、遂に到着したと言った方が良いですね。ええ。

 余りに長い航海だった為、乗員のほぼ全員が釣りスキルを覚えてしまう程でしたが、ユリア師匠が何処かから投網を持ってきてから何かが変わりました。

 段々と航海を進める時間よりも、漁と狩りをする時間の方が長くなっていったのです。

 私もすっかり日に焼けて、小麦色のエルフになりました。

 どう考えても特A級の魚や、どう考えても海を支配していそうな島のような大蛇や、世界を飲み込みそうな大陸蛸という魔物を打ち倒し、私達は強くなっていきました。

 恐怖?

 何を言っているのでしょうか。

 あれらは全て魚介類です。食べ物です。海産物を恐れるあまりに餓死したのでは意味が無いでしょう。私達はヒトの尊厳を守る為に、狩人となるのです。

 求めましょう、大漁を食べに。

 進めましょう、大波を超えて。

 手に入れましょう、財宝を!


「陸だー!」

「あんた達! 海の心を忘れんじゃないよ!」


 ユリア師匠が船員たちを叱咤します。


「ウィー! アー! パイレーツ!」

『ウィー! アー! パイレーツ!』


 言葉の意味は解りませんが、何故だか心が熱くなる言葉です。私達に力を与えてくれる言葉です。この熱を以て、新大陸を征服して見せましょう。

 私達に力を!

 ユリア船長に栄光を!


「野郎共! 乗り込むぞ!」

『おぉぉぉぉぉぉ!!』


 こうして、大陸内部に繋がる地底湖を辿り、私達の潜航艦ふねは上陸を果たしました。


「船長は?」

「馬鹿野郎! 真っ先に降りて行ったぞ! 追いかけろ! 見失ったら最後だぞ!」

「おっしゃああ!」

「ゴーゴーゴー!」


 騎士服を纏った船員の皆さんもヤル気十分のようです。程なくして新大陸は船長にひれ伏すでしょう。全ては船長の為に!!!


「あ、ユベアラの姉御。船長からお手紙を預かってますぜ」


 第一突撃隊のアネキから手紙を受け取り、内容を確認しました。王印が押されているのは何故でしょうか・・・。


「ほぁっ!?」

「ど、どうした姉御!」

「ど、ど、ど」

「ど?」

「どうして私が留守番なのですか!!! 船長~~~~~!!!!」



 ◇◇



 王城の大会議室でユベアラの報告書が届いた。

 内容を父上が読み上げている。七か月かけて新大陸に到着し、ようやくユリア以外からの報告が上がって来た。

 今までは毎日のようにユリアだけが船から王城に転移門で帰ってきていたのだが、妻から聞いていた内容と実情が異なるようだった。


「―――これより新大陸に上陸し、ぶふっ、栄光を船長に捧げるべくっ、一層の努力を致しますっ。ふっ、時間を頂きたくっ、船長の新たなる王国がっ、くくっ、出来るまで、お待ちくださいっ、くっ、はっはっはっはっは」


 父上が我慢できずに大笑いし、若い文官や若い将校が大声を張り上げている。やれ謀反だ、反逆だのと自分の声が大きい事を示す為だけに元気な奴らだ。


「まぁ、落ち着け。あのユベアラがおかしくなるくらいに楽しんでいるのだ。ぶっ、くくっ。ああ、すまんな。どうせ船長というのもユリアの事だろ? 放っておけ。それよりアルセウス」


 ニヤニヤしながら父上が息子のアルに語り掛ける。


「お前、後片付けを任されるだろうから。早いうちに子供を増やしておけよ。統治が面倒になるだろうからな。はっはっはっは」

「そういう事ですか・・・」


 ユリアが遊びで盛り上げた東部派遣部隊はいずれ正気に戻るだろう。問題は其処から誰が統治するかだ。アルが直接足を運ぶか、転移で行き来するか、アルの子供に任せるのか、様々な事を決めておかねばならない。

 それ以前に、世界樹に何が居るのかを早々に突き止めねばならないが。


「うむ。統治の事も考えねばならないが、まずはお前の母の無事を祈りつつ、あの大陸から世界樹を消し去らねばならん。それに関してはお前の母に任せる以外に無いがな。我らでは力不足よな」


 代わりは居ない。ユリアを超える、もしくは並んで立てるような人間など誰も居なくなってしまった。私や義母のブランネージュ殿、ハイネリア殿が居るが、これ以上の戦力強化は見込めないし、それぞれが動けない。

 私は国を、ブランネージュ殿は商会とギルドを、ハイネリア殿は年齢的に不可能だと断定された。今はもう後輩の育成に注力している。

 老化による力の低下はどうにもならない。レベルが下がる上に、HPやMPも低下していく。更にはスキルレベルも下がり、物によってはスキルを失う。

 歯がゆさはある。だが、私は私の役割を全うするしかない。


「陛下、今のところ問題は無さそうですね」


 息子のアルセウスが私を陛下と呼ぶ。もう仕事の面でも一人前だ。もうすぐ成人する。結婚式も上げねばなるまい。


「当然だ。ユリアは根っからの冒険者だぞ」

「ふふ、楽しんでいるようで何よりです。陛下も本当は同行したいのでしょう」

「私もお前も役割がある。放ってはおけぬ。土産話で我慢しろ」

「そうします」


 ここで、親子の会話に邪魔者が入った。


「ならば俺が!」


 先王陛下が勢いよく立ち上がる。が、それをブロック。


「父上!」


「ぬぅ」


 一族の冒険野郎の血はこの人が最も濃いかもしれないな。


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