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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
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閑話

閑話という名の本編。第二部までのツナギの話です。

 ■隠居会 フリューゲル=レオンハルド=バエス=エステラード


 謁見の間から遠く離れた王城の区画。執務局などがある区画とも遠く、王室居住区画とも遠い。騎士団の訓練施設の裏側にある庭園、その地下に目的の場所がある。


 倉庫区画とも言われ、王城で使う備品や、騎士達の予備兵装などを備蓄するための区画だ。最近では王妃の造った騎士用ゴーレム兵装まで置かれており、城内鍛冶師はそれを見るたびに肩身の狭い思いをしていた。


 肩から腕にかけて取り付ける、杭打機型ガントレット「ステークアーム」。


 首元、胸部、腰までを防護する、魔導反応装甲「リフレックス」。


 頭部を守る半透明なシールドを形成する、魔導サークレット「サードアイ」。


 他にもグリーブに見せかけた簡易飛行装甲や、リュックのように背中に背負う事で、補助椀を生み出して自律遠距離攻撃を行い、戦闘を補助するという兵装まである。


 いずれも魔導師級のMPが必要とされるが、これを身に着けた騎士が死んだという記録は無い。むしろ戦闘補助に優秀な成果を残したと、騎士や魔導師には絶賛されている。


 そんな、古代の発掘品すら霞む様な物を見せつけられた宮廷鍛冶師は自信を喪失し、身を引いて姿を消したものが多い。当然である。


 プライドを傷つけられた彼らは、その後、フォルテナード領のフォルタンに帰っていった。しかし、フォルタンにはユリアブランの魔の手が伸びて久しいため、職を失った彼らは知らず知らずのうちに、プライドを傷つけた王妃の傘下に入っているという。


 国王レオンはその報告を思い出しながら、一人で倉庫の中を進む。薄暗がりに護衛の暗部が潜んでいるが、気配には気付いているし既に慣れたものだ。視線を感じても気にはしない。


 妻から聞いた通りの手順で行き止まりの通路の壁を弄り、レンガの継ぎ目が割れて開いていくのを眺めた。


 人一人が通れる隙間を歩き、暗部が一人だけ同行するのを待つ。暗部の人間が頷くと国王レオンは灯の魔法で小さく足元を照らしながら、暗い隠し通路を進んでいった。


 歩いている方向から、王城の居住区角方面かと思ったが、それにしても距離がありすぎて辿り着けないだろうと考えを検める。


 数度階段を降り、ジグザグに角を曲がったところで取っ手の無い石扉が眼前に現れた。妻に聞いた通りにノックをする。


 内部では微かに聞こえて来た声が途絶え、若干の殺気が漏れてきている。


「・・・デートの約束は?」


 小さく開いた穴からは光が漏れており、そこから野太い声が聞こえて来た。


「一昨日、済ませた」


「お詫びは三倍で良い」


 また変な合言葉だと思いながら国王レオンはこう答える。


「それならばサイリューンの葡萄酒がある」


 暫くの静寂で間が空いた後で、ゆっくりと石扉が横にズレて内部から柔らかな光が差し込んでいた。受け答えをしていたと思われる見知った顔の老人が後退りながら驚いた顔をしている。


 小さいテーブルには五人の男女が囲んでおり、この老人を入れて六人で悪だくみでもしていたのだろう。呆れた国王レオンの目が薄くなる。


「父上、幾らなんでも、あの合言葉は無いと思いますが」


「レオン、どうしてここがっ!?」


「妻に聞きまして」


 あぁ~、と先代国王を含めた老人たちが天を仰いだ。


「いつかはバレるだろうと思っていましたわ」


 諦めたように微笑むご婦人は東方の女帝アピアミア侯爵。


「ほっほっほ、どうせ知っていて今まで黙っていたのでしょうな。あの王妃の事です。抜け目がないですからな」


 そう賞賛するのは先代教皇の引退したアカイライ卿。教皇の座と共に、侯爵家当主の座も息子に譲り渡したらしい。


「隠し通せるものでもないでしょう。相手は聖女で仙人ですよ」


 そう歌うように静かに語るのはアイギーナ侯爵であり宮廷魔導士長の息子。当主は老魔導士長だが、次の当主は彼に決まっている。娘は天才イルシャだ。


「それでも先代の仙人からは隠し通せたのですがね? 騎士と王妃の差という物でしょうか?」


 不敵に笑いながら状況を楽しんでいるのはアルーイン侯爵。宮廷貴族の御庭番とでもいうべき人間だ。今は大陸各地の外務に注力してもらっている。


「そうだとしても気に食わぬ。折角、我らだけで集まれる場所がな。ハメも外せぬではないか、まったく」


 不機嫌そうに杯を開けた老人はアーバント侯爵だ。先ほど合言葉の遣り取りをした相手でもあり、現役の軍事の長、軍務卿でもある。


 彼らを見渡して一つ判るのは、全員が先王の同期だという事と、普段は派閥争いでいがみ合っているという事と、先王の親友たちだという事だ。


「同窓会を頻繁にやるのは良いんですが、仕事はして頂きたい」


 国王レオンがそう言うと、先王であり父親である男がふんぞり返って杯を開けた。不満たらたらという顔だ。


「隠居に何を言うか。もうお前らの時代だろうに」


「その隠居に愚痴でも言って来いと、妻の箴言しんげんを頂きまして」


 国王レオンが腕輪から椅子を取り出すと、先王の対面に位置する場所にそれを置いた。両手を開くように、退いてくれと老人たちに手振りすると嫌そうに彼らは少しずつズレていく。


「飲むなとも遊ぶなとも言いませんよ。ただ、少しだけ酒に付き合っていただきたいだけです」


 そう言って腕輪から取り出したのは、ユリアが自分用に作っている「ポンシュ」「チューハイ」「スパークリング」「テキーラ」など、六年以上前、王妃が眠りにつく前に造り始めた酒ばかりだった。


 それらの酒は殆どが試作品なので、未だ世の中には出ておらず、各界で頂点とも言える彼らであっても知らない酒ばかりだ。


「これは見た事も無いぞ」


 先王が酒瓶の栓を抜いて香りを楽しむのをニヤリと笑いつつ、国王レオンは酒を合わせて使う柑橘類やナッツなどのつまみを取り出していく。続いて小さいガラス製のグラスを並べると、アピアミア候やイルシャの父が目を輝かせてその美しさに虜となった。


「こっちは、テキーラのグラス。ポンシュのグラス。大きいのはチューハイのグラス。スパークリングは細いワイングラスでどうぞ」


 それぞれ見本になるように小さいテーブルの中央に一つずつ並べて注いでいくと、キラキラと輝くグラスが淡い室内灯を乱反射させた。


「見栄えも文句ありませんわね。香りは刺激が強いですが・・・味も刺激が凄い」


 テキーラを飲んだアピアミア候はスパークリングワインに落ち着いた。


 アーバント候はテキーラを好み、アイギーナ卿はチューハイを飲んで喜び、先代教皇と先代国王はポンシュが気に入ったらしい。アルーイン候だけは最初から飲んでいたビールを飲み続けていた。


「・・・で、愚痴だったか?」


「ええ。あなた方のご子息が酷いので、愚痴の一言でも言ってやろうかと思いましてね」


 クスクスと笑うアピアミア候だが、お宅の子が一番最悪ですと国王レオンは夜通し愚痴を漏らしていたという。


 先代国王がひっそりと始めた「王会」。


 そこでは不定期に日頃の鬱憤を晴らすために酒飲みたちが集まるという。王城の地下で人知れず行われる夜会は、その存在を知られないように、その場で話した事は外では決して漏らさないという。


 どこかの王妃がストレスを溜める夫の為に紹介したのだろうと、老人たちは若い国王に温かい目を向けたのであった。



 ■王立魔導研究所 大魔女リリーヴェールと蟲人ドラル


 魔刻紋。


 刻印魔法でもない、合成魔法でもない、大魔法陣を利用した軍隊魔法でもない異質な存在。直径三センチメートルの球体には、二十メートルの魔法陣でも描き切れない情報が詰め込まれており、現代魔導技術では完全な解明が不可能とされている。


「どうして、そんなものを彼女が扱えるのかしらね?」


 掌に収まる程度の小さな金属球を弄びながら、緑髪の美女が頬杖をついて隣に立つ蟲人に呟いた。


 蟲人は表情に乏しい頭を傾けながら、香り高いことで有名なメルトラ紅茶をテーブルに置く。


「ありがとう」


 彼女の言葉に少しだけ嬉しそうな気配を出しながら、蟲人はシルバートレイを小脇に抱えて部屋を出ていった。


 緑髪の美女がカップをソーサーに置き、組んでいた脚を解くと、艶めかしい素足が黒のロングスカートに隠れる。立ち上がって壁の魔法陣に近付き、指先から放った魔力の光が魔法陣を変形させていく。


 並の魔法使いでは決して使えないレベルの魔力制御で、光魔法で描いた魔法陣が書き換えられていく。


 王妃ユリアネージュの誘いで王立魔導研究所の所長となってから、延々と魔刻紋の解明に執心している。オマケとして名前も聞いた事の無い男が副所長になり送られてきたが、彼は彼で多数の部下と共に別の魔刻紋を解読しようと躍起になっている。


 緑髪の美女が解明しようとしているのは、魔道具の永久機関とでもいうべき魔法陣。混合魔力を使用した際に発する魔力の残滓を再利用するという、この世から瘴気を消し去りかねない魔導士最大の発明だ。


 これを魔法陣に書き直し、結界魔法として大陸を覆えば魔物は生息出来なくなるだろう。逆利用しようとすれば、一定区域内に魔物は発生しない「人類にとっての安全地帯」が産まれる事になる。


 一体どれだけの価値があるものなのかなど、渡した本人は理解していないのだろうと緑髪の美女は思っていた。


 しかし、渡された際に「魔物除けの結界になるから、出来るんならやっちゃって」と軽く言い渡された際に、物事を見る高さが「他人と違う」とショックを受けて緑髪の美女は呆然とした。


 以来、あれは人間ではない何かだと大魔女リリーヴェールは思うようになっていた。


 そもそもの魔力からして緑髪の美女の百倍以上も違う。普通の人間はどれだけ鍛えようともMPが千万などという馬鹿げた魔力量に達しないし、常に複数の隔離空間を作って維持しないし、その中に億単位の魔法を発動しっぱなしにしたりしない。


 そんな事をすれば脳が破壊されてしまう。


 当てつけのように手に握った魔刻紋の金属球を握りしめたが、緑髪の美女の手を痛めるだけに終わった。


 握りしめた手を開いてヒラヒラとしていると、個人研究室のドアをノックして現れたのは副所長。相変わらず幽鬼のように目の下に隈が残る痩せた男だ。正直言って気味が悪いと緑髪の美女は無表情で出迎えた。


「大魔女リリーヴェール様に置きましてはご機嫌麗しゅうございます」


 緑髪の美女は思わず溜息が出た。国王にも媚びを売らない男が自分にだけはこうして首を垂れて来る。あの王妃は絶対にコレを見越して自分を誘ったのだろうと、恨みがましく反対の手に持った金属球を睨みつけた。


「麗しくも楽しくもないわ。それより何の用かしら」


 緑髪の美女が反応した事に、副所長は相好を崩して目の端に涙を浮かばせている。どう見ても傍若無人に接された事に対する悲哀の涙ではない。それを見た緑髪の美女は少しだけ眉根を潜めた。


「魔刻紋の一部解析が終わりましたので、ご報告に参りました。複数の解析案が上がり、それぞれが正しいという不思議な結果となりましたので、パターン別にまとめております」


「?」


 首を傾げつつ緑髪の美女はそれを受け取る。


 魔法陣の場合、煩雑化を防ぐために魔力を流す構成は一つのルートしかない。だというのに、目の前の幽鬼の口から出た言葉はそれが複数存在するとでもいうような内容だったからだ。


 毟り取るように受け取ったレポートには、確かに複数の魔力回路が存在する事を示していた。


「これは・・・」


 複数の回路が存在するという事は、入出力すら複数存在するということ。魔力の流れは体内魔力から自然魔力を導き出し、混合魔力として発動するのが一般的だ。


 魔法陣もそれをベースにして作られている以上、異なる魔法を複数の混合魔力で作り出せば、魔法陣の中で複数の魔力が混在し、最悪の場合は暴走を起こして魔力災害を誘発する。


 暴走した魔力が発動点を中心に魔力崩壊を引き起こし、物質分解や異常融合を引き起こすという未だ解明されてない事象が発生してしまう。


「・・・そっちで解析しているのは、魔力の増殖だったわね」


「はい。混合魔力を呼び水として、複数の自然魔力を更に混合魔力として利用する。実際には増殖ではなく、魔力を触媒にして魔力を集めると言った内容ですが、これまでに誰も実現できていない分野です!」


 興奮気味に発言する幽鬼から視線を逸らし、緑髪の美女は脳みそをフルスロットルに活動させ始めた。零れた思考が小声で漏れているのも気にしていない。


「・・・守り人の拠点で覗き見た、疑似世界樹の様な魔法。世界樹を切り裂いた馬鹿げた威力の物質化魔法。大森林を消し去った超広範囲の疑似聖女魔法。いや、あれは最早、竜魔法と呼んでいいレベルだった。アレほどの魔法を発揮するにはこの仕組みが不可欠、それならば自分のイメージだけで頭の中に魔刻紋を作っているようなもの。あの子は既に仙人ですらなくなっているのかしら?」


「あの、大魔女様?」


 ブツブツと小声で自問自答している緑髪の美女を幽鬼が覗き込むが、問いかけて数分経ってもそれが続いた。しばらくして副所長が静かに退室して、壁の魔法陣を書き直している間も緑髪の美女は彼の存在を忘れていた。


 時計の針が夕方を教えてくれる頃に、蟲人がカートに夕食を乗せて入室するまでそれは続いたという。



 ■宮廷魔導士 トルネーズ


 金色の髪が風に揺れて、宮廷記章が付いた肩にかかる。


 宮廷魔導士に選抜されるには、厳しい試験が課される。魔導士認定試験の様な魔法試験の後に、B級魔物と試験官と共に戦い、死闘を生き残り、冒険者ギルドの復活結界内で騎士と魔導士との混成部隊と死合を行う。


 三年に一度行われる宮廷魔導士試験では、B級魔物との戦いで数人が確実に死ぬ。死亡率が高い事を理由に人材の減少を懸念する様は、国民を駒のように考えているのだと批判される要因になっている。


 選抜の為だと思えば必要なことかもしれないが、死を掛けて選定する非情さはその後の戦いを切り抜けるためには必要だという声が批判に打ち勝った。


(それでも、死んだ人間はもう帰ってこないのだけれど)


 トルネーズはその試験を優秀な成績で生き残った事と、現在までに打ち立てた数々の実績から次期宮廷魔導士長との声が多い。


 自分で望んだ事ではないと自己否定しつつも、トルネーズは老魔導士長から任された部隊をまとめ上げる。


(魔法の並列発動よりも部隊制御の方が楽だし)


 幾人かの魔導士部隊長がトルネーズと同様に列に並ぶ。後背には部隊員が十二名二列で並んでいる。この二十四名が魔導小隊第一から第五十まで構成されている。老魔導士長が率いる筆頭小隊十二名を含めて、総勢千二百六十三名で魔導師隊で構成されている。


 五十ある小隊の内、数字が小さい程戦力が高く、その経歴も濃い。


 トルネーズが任されているのは第四十一小隊。初年度で任される数字としては、これは異常な事だ。そもそも魔導師隊に所属して初年度で小隊長になること自体が異常だ。


 夫のシルベルト(シルバ)も若くして教導隊まで上り詰めた剣の天才だが、所属しているのは近衛の指導部隊に過ぎない。部下も別の騎士団からの引退組だ。所謂、近衛隊の中の窓際部隊に過ぎない。


 夫の立ち位置はそれで良いのかもしれない。


 実の姉は王妃。国家において第二位と言ってもいいくらいの権力を持ち、世界最大の富豪であり、最強の剣士であり、最強の魔導師であり、教会が掲げる聖女でもある。


 幼いころから知っているが、こうして並べてみると意味不明な存在だとトルネーズは不思議な気持ちになった。


 その強大な姉の実弟として、夫はやっかみの受けない立場を選んだ。最初はそう思っていたのだが、どうやら夫はシスコンだったらしい。ただただ、姉を守りたいという意志から近衛兵となり、それを知っている国王から王妃の護衛役兼教導隊員になった。


(それを知ったからと言って、どうという事は無いけれど)


 シルベルトの子を産み、子供を可愛がる姿は幼いころから知っている姿の通りだったとトルネーズは一抹の不安を振り払った。ただの家族愛が強い男なのだと。


 もう少し自分を見てくれてもいいのだが、と小さい不満が噴出しては戦いに身を窶す自分の中で消えていく。


 トルネーズは戦いの中で不満や不安を解消して生きている。闇属性以外を扱う魔導師として天才の名をほしいままにしているが、夫の姉を知っている身からすれば自分は気力も扱えない未熟者だと卑下していた。


 そんな自分が過分にも第四十一魔導部隊長に収まり、北部大森林の護衛部隊として参加する事になるとは考えていなかった。


 トルネーズの前に現れた老魔導士長は、王妃が出産しある程度の休息を得た後で東方先遣部隊として、海を越えて東の大陸に向かうと話した。しかし、それまでの間は同行する選抜隊の鍛錬を北部大森林で行うという。


(自分たちだけでやればいいのに)


 トルネーズは冷えた目をしたまま北部大森林に旅立っていった。



 ■文化大使 ユベアラ=コーラーファルト


 周囲には自らの師匠であるユリアネージュが作り出したゴーレムが、部隊を囲んで並び立っている。東部先遣部隊に選抜された者は、エルフの少女然とした女性同様に鍛錬を目的として、ここ大森林に足を運んでいる。


 集まった戦力は総力でA級魔物と相対できる程だ。


 北部魔導議会からチームユベアラ。

 ドラグ族の冒険者トップチームが参加し、その中には最高位のエルフ魔導師も複数が身を寄せている。


 選抜大会の魔導士トーナメントの優勝チーム。

 これは宮廷魔導士長が率いる事になった。鍛錬とは言いつつも死んでしまっては元も子もない。護衛役として天才と名高いトルネーズが同行している。


 選抜大会の騎士トーナメントの優勝チーム。

 これはA級冒険者のシュリアが冒険者チームと纏めて率いる事になった。拳聖と名高い男の曾孫だ。


 最期には王の娘フラノール、アイギーナ候の娘イルシャ、カントリー子爵の娘コニーのパーティ。事実上の最高戦力である。


 先程からシュリアを始めとした騎士と冒険者のスカウトが頻繁に魔物を引っ張ってきている。


 森に入って直ぐの頃はゴブリンなどが多かったが、その強さに驚く者が多い。北部魔導議会出身のドラグ族とエルフ族の混成チームは最初だけ困惑していただけに過ぎなかった。彼らからすれば少し強いゴブリンにしか見えなかったようだ。


「随分と強力な面子ですね」


 ユベアラが隣を歩く老魔導士長に語り掛ける。


「これでも、特A級の魔物には叶うまい。相対出来ても、逃げるのがやっとじゃろうて」


「そうでしょうか」


 ユベアラの視線の先には我先にとC級魔物を屠るフラノール殿下の姿があった。レベル二百を超えているのはあの三人しかいない。


「奥地に行けばドラゴンも出るじゃろう。巨人もデーモンも出る、目的地はドレイクの出没地点じゃがな」


「ふむぅ・・・」


 ユベアラも既にドレイクは討伐した事がある。魔導国だった土地を襲った大襲撃でも幾らかの戦いを経験しているし、その後もこの地で幾つもの魔物を打ち倒している。


 レベル百をとうに超えた身としては、ユベアラには物足りないと感じていた。


 現在の一般的な騎士と冒険者の平均レベルは六十から八十がメインのレベル帯だ。レベル百五十を超えた老魔導士長や、レベル百六十を超えたアネキ等が突出しているだけに過ぎない。


「来るよ! 戦闘準備!!」


 シュリアが先頭でスカウトたちが次々と魔物を誘導して現れた。ドレイク、青麟蜘蛛の群れ、アイスウルフ、ダージュボア、フラムゴーレム。どれもこれも森の外に出れば街が崩壊すると言われている相手ばかりだ。


 が、こちらの戦力に次々と飲み込まれていく。


 轟く雷鳴、吹き鳴らす風、輝く剣閃、飛び駆う矢の雨。次々と魔物達が倒れ森が荒らされていく。荒れ狂う戦闘の余波で森の中に広場が出来る頃には一団が良い汗を掻いたという顔になっていた。


 一部は恐怖で震えていたが。


「な、な、な、ドレイクが、ダージュボアが、バタバタと・・・」


 大森林に初めて足を運んだ魔導士には刺激が強かったらしい。青い顔をして撤収の作業をしていた。


「さっさとせんか。このままここに留まって居ると大物が目をつけかねんぞ」


 老魔導士長の言葉に顔の青い魔導士の背がピンと伸びる。


「お、大物ですか?」


「ファイアドラゴンじゃよ。アヤツらの狩場は途方もなく広い。ま、一人は王城にも居るがの」


 多数が疑問に思う中、竜機人のシャルルの事だと気づいたのは極一部の者だけだった。


「それよりも、心しておくんじゃな。本番は夜じゃぞ」


 日が暮れて夜の帳が降りると、ユリアネージュたちのゴーレムたちが彼らを囲む。若干の見張りを残して休むが、彼らは度々、森のハンターたちに襲われる事となった。


「オーガが魔法を使うなんて聞いてないぞ!」


「走れ! 突っ立ってると足元に大穴が空くぞ!」


「蜘蛛の糸が厄介過ぎる! 焼き尽くせないのかよ!」


「あんな高い所から魔法を使われたら逃げるしか無いだろうがっ!!」


「見えない・・・何なの、あの鳥! 早すぎるでしょ!」


 鍛錬部隊から死人は出なかったが、王都に帰ってアルエットの世話になった者は多かったという。



 ■特A級冒険者 ハイネリア=フィブリール


 金髪の特A級冒険者の前には自分の長女が部下を従えて救助を求めている。


 どうも大森林に大部隊で侵入したはイイが、ケガ人続出で撤退してきたらしい。そう聞いてハイネリアは溜息一つだけ残して、ユリアネージュの実家に案内した。


 行き先は教会だと思い込んでいた面々は、怪我人を風呂に入れるように言われて怪訝な顔をしていたが、言葉のままに従いその傷を癒した。


「す、凄いです! このお風呂、お湯が全て快癒の水ですよ!」


 ユベアラがそう叫ぶと、広い浴場に詰め込まれた女たちが絶句した。


 快癒の水とは、かなりの高額で販売されている回復薬なのだが、水の元素魔法使いしか作り出せないので希少価値が恐ろしく高い。回復効果も並の錬金薬など話にもならないレベルなので、希少性を高める一因となっている。


「どうしてこんなに?」


「あの子がゴーレム経由で作ってるのよ。子供のころからだけれど、今になっても実家と王宮のお風呂は快癒の水でお湯を張っているらしいわ」


 ハイネリアの言葉は謎の解明と共に、とある聖女の非常識さが深まった瞬間でもあった。


「普通じゃないの?」


「こういう物だと思ってました・・・」


「普通じゃないでしょう。フラン様はもう少し世間に価値観を合わせてください。イルシャは魔法とアルセウス様以外にも興味を持って」


 フランとイルシャとコニーはいつもの通りだったらしい。唯一の常識人コニーの存在は頼もしいなと、鍛錬隊の怪我人たちは生暖かい眼を向けている。


 怪我人たちを介抱すると、重症者の護送の為に彼らは竜船に乗って王都に帰っていった。見送ったハイネリアからすれば、羨ましい連中である。


 ハイネリアは特A級冒険者だ。冒険者としての探求心は心を擽られるし、何物にも縛られない探索行は羨むところである。


「ふぅ・・・もう、無理する年齢としじゃないしな」


 四十を超えた自分は、いくら魔力が高くともブランネージュの様な若さは保てないし、妊娠しても無事に出産できるか分からない。見た目は三十前後だとしても、脳が魔法の行使に追いつかなくなっていく。


 老化とはそういう物だ。何も見た目の問題だけではない。


 関節は柔らかさを失って痛み出し、魔力制御が覚束なくなってくる。順調に成長している娘のトルネーズには、知りうる限りの魔法陣の扱いを伝授したと考えて、彼女は後進の育成に傾倒するようになっていた。


 そんなある日、出奔した実家から連絡が入った。


「あの子が病気・・・?」


「ええ、元々、家を呪うように生きてきたお方です。血を繋げる事もなく、妻を娶っても子を成そうとしない。終いには奥様は離縁する事となりました」


 凶報を持ってきたのは、北央騎士団を代々受け継ぐフィブリール家の家宰。執事長でもある壮年の男だった。ハイネリアにとっては子供の頃は兄のように慕った男でもある。


 時の流れは残酷で、その男も年相応に、いやそれ以上に老け込んでいた。フィブリール家で働くことがどれだけの重責なのか、身をもって教えているかのようだった。


「弟が家を嫌っているのは知っているわ。それでも、奥さんとの仲は良好だと聞いていたのだけれど、そういう問題じゃないって事かしら」


「はい。ご当主様は血を断つことを望まれているようです。先々代が出奔し、ハイネリアお嬢様まで出奔されて、この家に未来は無いとご自分で愛する奥様をご実家に送り返しました」


「私はもうフィブリール家の人間じゃないわ。お嬢様は止めて」


「・・・申し訳ございません」


 自殺をしようとしているかのような話を聞かされて、ハイネリアの内心も平静とは言えなかった。家が無くなるのは微塵も後悔が無い。だが、弟はただの犠牲者でしか無かった。その弟が家の為に命まで犠牲にして、人生まで犠牲にして良いものかと憤慨していた。


 怒りの矛先を向ける相手はもう居ない。母は地方の教会に送られ、父は既に他界し、兄は処刑されている。


「シルベルト様とトルネーズ様に、後を継いでいただけないかとお話を頂いております」


「決めるのは私じゃないわ。本人たちよ」


 何度も云わせるなと言わんばかりに真剣な目でハイネリアは訴えた。彼女にとっては忌むべき家。だが、それは過去の事だと。今を新しく生きる子供たちには関係のない話だと。


 ハイネリアの言葉に満足したように壮年の男は書状を一つテーブルの上に取り出し、置いて去った。内容は、トルネーズが新当主、もしくは新当主の妻とである場合においてのみ、ハイネリア=フィブリールの名を名乗る事を許可すると書かれていた。


 書状を呼んだハイネリアは燃やしてやろうかと一瞬だけ考えたが、子供の決断に影響が出るかと考え直して書状をテーブルの上に置いた。


「これだから貴族は嫌いなのよ」


 茜色の窓辺から日が差し、俯いたハイネリアの頬の輝きを照らす。窓辺から子供たちの声が聞こえてくるまで、彼女は暫く落ちる輝きを眺めていた。



 ■王城法務部 コンクルート伯爵


 纏められた紙束がゴムサックを嵌めた指先で素早く捲られていく、同じような内容でも微妙に違う部分を確認し、そこだけ問題があれば差し戻せば問題無いだろう。


 そうして書類を確認しているのは、年若い宮廷貴族だ。数年前に五侯爵であるアルーイン家から嫁を貰い、仕事に家庭にと充実した生活を送っている彼の元に、特異な書類が送られてきた。


 秘書がその書類を机の上に差し出す。


「ふぅ・・・あとは、この書類かい?」


「はい。フィブリール家の相続に関してだそうです」


「あの噂、本当だったのか」


 フィブリール家の当主が病死したという。残された遺書には出奔した特A級冒険者の姉の娘か、その夫を指定されていた。


 此処で問題なのが、誰も彼もが重要なポジションに位置しているという点だ。母であるハイネリア卿は法衣侯爵。だが、本人は貴族の立場を望んでいない。特A級になったのはあくまでも実力を示しただけだと言い張っている。


 そして娘夫婦。これも問題だ。夫は近衛の教導隊隊長という若くして、とんでもないポジションを得ており、更には王妃の専属護衛という意味の分からなさ。訓練時には王妃も参加する事で王城内では有名だ。そして騎士隊がボコボコにされるのも風物詩となる程に有名だ。


 極めつけは天才児の娘。四属性と光属性をほぼマスターし、宮廷魔導士として既に小隊を率いているという。夫婦そろって化け物かと思う規格外だ。オマケに次期宮廷魔導士長に最も近いとされている。先の大森林鍛錬では、既に元素魔法を使っていたと聞いているので、実力は王国随一に迫るだろう。


 その二人を母が因縁のある北央騎士団の当主に据えるべきか否か?


 これは国王レオンも頭を悩ませている。母親のハイネリアは貴族嫌いで有名だし、家名を受けるのは吝かでないという思いだろう。だが、娘夫婦がどちらも望んでいない。しかし北央騎士団を廃れさせるわけにもいかない。


 法務部に勤めるコンクルート伯爵としては様々な可能性を考え、あらゆる面で法的措置に問題が無いかどうかを確認する事に腐心した。


 王名で娘夫婦のどちらかが当主となる場合。

 母のハイネリアが家名を蹴った場合。

 誰も継がない場合。

 王妃ユリアネージュが横やりを入れてくる場合。

 はたまた他所の貴族が割り込んでくる場合。


「まったく、火種を投げ込まないで欲しいよ」


「・・・」


 秘書もこれにはニッコリと同意見だ。



 ◇◇



 結局、裏側で横紙破りを行った貴族が数名罰則を受けた以外には問題は起こらず、魔導士トルネーズが新当主となる事が決まった。これは暫定処置であり、息子が産まれた際に新たな当主として指名する事とされている。


 現在でも女当主というのは外聞が悪く、女が下に視られているという部分が貴族社会には根強く残っている。先々代以前の王妃の扱いの悪さなども然り。こうして事態は落ち着いたと思われたが、トルネーズは宮廷魔導士の座を追われる事となった。


「どうしてでしょう?」


「ああ、当主が在るべきところに居ないって事が大問題らしいよ。ただ、最近になって、王城の執務エリアで顔を見た気がするんだけどね」


「あ、私も見ました。やっぱり、人違いじゃなかったんですね」


「・・・王妃様が何かしたんだろうよ」


「あー・・・」


 その惚けた返事で全てが予想できる程に、とある王妃の行動にはある種の共通理解が貴族関係者の間に出来ていた。


「転移魔法か何かだろうね。どうせ北央騎士団のフィブリール城には、トルネーズ嬢によく似たゴーレムでも居るんだろうさ」


 バレバレである。


「きっとそうなのでしょうね」


 その事とは関係無いが、ネージュ学園の本校であるユリア町の学園には、随分と厳しい魔法教師が就任したという。それ以降、北央騎士団にはやたらと優秀な魔導師が排出されるようになったらしい。



 ■ユリア町 マインズオール男爵


 一般的な話をしよう。


 領民三十人の領地を領民千人の村を擁する形に整えるには、大体三十年から百年を必要とする。人の呼び込み、新しい世代、産業の確保が難しいからだ。


 領民千人の村を領民五千人の街に整えるには、大体四十年前後を必要とする。一つの街として安定させるには、外部とのつながりがとても重要になる。産業の提携、領内の人と物資の流れ、武力による安全の確保。口にすれば簡単だが行動に移すと難しい。


 領民五千人の街を中心に、複数の村落を抱えた中心都市を作るには大体百年前後も掛かる。これは単純に人口の問題、景気の上下、治安の問題、資金の問題、流通の問題、教育を始めとした公共施設の問題。数え上げたらキリがない位の課題をクリアしないといけないからだ。


 大都市と呼ばれる街に育て上げるには数世代では足りない。それこそ、末代までの課題として、何百年もの時間が必要になる。歴史が街を作り上げるのだ。人に歴史あり、土地に歴史あり、そうして国を支える力となっていく。


「―――だというのに、一世一代で大都市になるとは流石に考えていなかったよ。ふふふふふ」


「父上、笑っていないで書類を早く処理してしまいましょう。午後は各ギルドとの報告会がありますよ」


「解っているさ。これも彼女に頼った自業自得という物だ・・・」


 悲壮な表情で書類を書き上げる男はマインズオール男爵だ。爵位こそ男爵だが、その領地が持つ力は伯爵級に迫る。理由は勿論、ユリア町とその衛星都市にある。


 且つて、この国の王妃は実家がある街を救い、周辺の村落を再興した。救った街は大都市となり、周辺の村落は衛星都市として貴族の別荘地へと変わっている。


 今や領都ユリアの周囲には都市と呼ぶレベルの街が五つ、そこから東西に走る山脈沿いに大森林を迎える形で無数の町村が広がっている。それらはマインズオール男爵の功績で復興を遂げた事から、年内には子爵へと陞爵する事が決まっている。


 本決まりとなった理由は、エステラード地方を海岸から大森林まで南北に貫く地方地下鉄道だった。これは大陸を円状に走る地下魔列車とは異なり、円と交差するように走る、王都を通過する地下縦断鉄道だ。因みに王都を起点として東西にも地上走行型の小型横断魔列車が走っている。


 この地下鉄道の恩恵は計り知れないどころか、新たな好景気を呼び込む事となった。且つて王妃ユリアネージュが魔導士認定試験で旅した道を模している事から、仙妃鉄道と呼ばれている。


 その仙妃鉄道は大量の物資と人を運び、過剰とも言えるほどの流通の活性化と、経済活動全体の活性化、そして王都の文明レベルが南北に拡がっていった。


 そもそも王都の商業ギルドの長である「商会長」が、こんな北端の街の報告会に現れる事が可笑しいのだ。


「ん? 男爵閣下、どうなされたか?」


 考え事をしながら報告会に臨んだマインズオール男爵は、目の前に居る商会長の存在に違和感を持たなくなってきていた。もうどうにでもなれと言わんばかりの心持ちだ。


「ユリア町は大森林から採掘される資源が国内最大ですからな。最も冒険者が多い街として、その本領を、今後とも発揮して頂きたく存じます」


「言われるまでも無いが、ユリアブランとしては問題無いのかね?」


 本社勤務のユリアブラン商会会計長モンドは、毎回この場に顔を出している。偶にブランネージュが顔を出すが、重大事以外では副会長ブランネージュは顔を出さない。


「わが社はわが社の範疇で最大限の利益を確保しておりますので、特に異論はございません」


「デーモンの角は欲しいが・・・まぁ、無理は言えませんな」


 商会長は以前にもユリアネージュに直談判をして失敗している。同じ過ちを犯せば、次はタダの失敗では済まないと確信していた。目の前の相手はタダの平民だが、その上に居る者の現在の地位は王族なのだ。真面な手すら打てない相手となってしまった。


 ユリアブランの魔物資源は今現在もゴーレムが手に入れている。以前に見かけたような巨大ラグビーボールの行進ではなく、ユリアネージュそっくりの人形が不思議な腕輪を付けて、紫色に発光しながら単独行を繰り返しているのだ。


 手ぶら且つ迷彩服を着ただけの女性が一人で大森林に入るのだから、周囲からはどうやって狩りをしているのか分からず仕舞いだった。


「では次の議題に入らせていただきます。昨今の一部独占販売を行っている商会についてですが―――」


 会議は踊る。利権、専売、専横、賄賂に騙し合い。金を手に入れる為ならば領主すら裏切り、詐取しようという商人は多い。人が増えた事による弊害は、こういった部分に多く影響を及ぼしていた。


 過ちは繰り返される。何故ならば、消えた人間の代わりに別人が同じ過ちをするからだ。人は人、商人は商人だった。


 だからこそ、決着の際には必ずと言っていい程、お上の裁定が入る。今日もまた会議室が突然に室内灯を落とされ、白い壁に投影された人物が映し出された。


『またなのかしら』


「ええ、またなのですよ。王妃様」


 彼女の背景にはいつも仕事をしている執務室ではなく、別室の窓辺が映し出されている。その横にはアルセウス殿下が居る事から間違いなく王城なのだろうと判別出来た。


 この場に呼び出され、悪事を逃れようと追及を躱してきた商人が愕然とした。


 顔面が蒼白となり、モンドと商会長の冷たい視線が突き刺さる。マインズオール男爵はいつもの事だと言わんばかりに、苦笑いをしている。


『王権代理として、詐欺、横領、不法奴隷の取り扱いによる違反、ついでに侮辱罪により財産没収と禁錮八十五年とする。以上です、また何かあればご連絡ください、男爵』


 普段は絶対に見せないような、底冷えする冷笑で王妃が言い渡した。


「はっ! 度々のお心遣い、感謝申し上げます!」


 人懐っこい笑顔をしながら男爵がそう言うと、王妃は少し笑って通信を断った。渦中の商人は既に男爵の騎士によって捕縛されている。


「落ち着くまでは必要とは言え、やはり心胆寒からしめるものですな」


「ええ。自分の上司なのは分かっているのですが、私の前であのような表情はされませんからな・・・」


 商会長もモンド会計長も冷や汗と一緒に疲れが噴き出たようだった。椅子の背もたれにグッタリと倒れ込んでいる。映像越しに伝わってくる殺気のような物が、会議に出ている者達に伝わったのだろう。


 それもその筈で、映像の投影には空間魔法を使っている。つまり一時的に同じ空間に居るのと同義なのだから、小さな空間の穴を通して彼らは王妃の威圧を受けていた。


 このような逮捕劇は、その後数年は頻繁に続いたという。


 ただ、王妃が時々森の中に居たりするのは東の大陸にいるせいだろうと、周囲の理解もあったのが幸いだった。威厳も何もあったものではない。



 ■王城 アルセウス=フリューゲル=バエス=エステラード


 騎士と魔導士が混成で訓練を行っている。


 先に行われた選抜試験大会は、その後に名を王国戦魔大会として開催される事が決定した。宮廷魔導士の入隊試験と同様に、三年に一度だけの開催だ。


 トーナメントも混成が重視され、騎士・魔導士・冒険者のトーナメントは個人戦に切り替えられた。その為か、訓練内容も剣士、魔導士、スカウトを基本として混成部隊で戦う事が基本とされるようになった。


 王太子アルセウスも仕事の暇を見つけては参加しているが、偶々王城に出頭していたハイネリアの目には、彼が心ここにあらずと言った印象を受けて暫く観察をしていた。


「そこまで! 殿下、お疲れ様です。いったん休憩にしましょう」


「ああ。皆も休んでくれ」


 成人も間近といった年齢になり、小柄な少年から青年へと変わりつつあるアルセウスは、親の欲目を抜きにしても完成された美男子と言える。


 近場で覗き込んでいるメイド達を目の端で捉えつつ、ハイネリアはアルセウスに近付いて行った。


「もっと集中したらどうだ。仮にも弟子がそれでは師匠の立つ瀬がない」


「ハイネ先生・・・」


 周囲から棘のように視線が刺さるのを感じつつ、ハイネリアは言葉を続けた。


「下らん悩みか? それとも人生の重大事か」


「どちらかというと下らない方でしょうね。母様が私に何をさせようとしているのか、読み切れないんですよ」


「親の心子知らずという奴か」


「ええ。父上は私に後を継げるだけの力を手にしてくれれば良い。そう言いますが、母様の目は少し違う気がするんですよね。何というか・・・」


 ベンチに座ったアルセウスに近付き、ハイネリアが足を組んで座った。二人の間には一人分の隙間がある。


「アイツはお前に仙人になって貰いたいんじゃないのか」


 腕輪から取り出した水筒をアルセウスに渡すと、ハイネリアは自分の分として水筒を取り出した、と思いきや薬草煙草をキセルに詰め始めた。


「煙草吸ってましたっけ?」


「最近始めた。ストレスが多くてな」


 家名を継いだのが一番効いた、とハイネリアが続ける。


「ええと・・・それで仙人でしたか。私になれるんでしょうか?」


「なれるさ。可能性のあるやつを順位付けすると―――」


 ふぅ、と言葉を区切って煙を吐くと、訓練場の空に登っていった。


「アル、ルネ、エミーの三人じゃないか?」


「エミーが?」


「ああ。アイツは均等に才能があるらしい。レベルさえ上がれば可能性は高いだろうって、お前の母親は言っていたぞ」


 そのレベル上げをするのが難しいんだがな、とさらに続ける。


「私が一番というのが納得いきませんが」


 アルセウスの俯く顔をハイネリアが見ると、煙を吸い込んで吹きかけた。


「ごほっ、何ですかいきなり」


「自覚しろ。少なくとも、私の祖父よりも可能性があると思うぞ。既に元素魔法と闘気は使えているだろうに。来月からルネと一緒に神学校だろう?」


「はい」


「アイツは神学校で治癒魔法を覚え、神癒魔法を覚えた段階で仙人という種族になった。まだ十六だったよ」


「・・・とても真似できるとは思えません」


「そこで出来るだなんて簡単に言われたら、それこそ正気を疑うよ」


「九歳で仙気を操ったと聞きましたが」


「忘れろ」


「はい?」


 カンッとベンチにキセルを叩きつけると、訓練場の砂地に灰になった薬草が散らばった。新しい種を詰めると、ハイネリアのキセルの先から炎が上がる。アルセウスは一瞬、魔導具かと思ったが良く見ると遠隔で視線の先から発火している様子だった。


 並大抵の技量で出来る事ではない。恐らく老魔導師長でも出来ないだろう。人外の離れ業に自分の師匠を少し恐ろしく思った。


「忘れろと言った。アイツはハッキリ言って異常だよ。本人も自覚してるだろうよ。お前は呼吸をするように錬魔と闘気を扱えるのか?」


「いえ、流石にそこまでは」


「九歳でそれが出来ていたのが異常なんだ。生活の全てが鍛錬。当時からアイツはそれが普通だった。尋常じゃない」


 常在戦場。アルセウスの頭に浮かんだのはその言葉だった。実のところ、祖母よりも母の方が戦闘狂なのではないかという感触は持っていた。生きる事に対する執着、強さへの執着、力への執着、強敵への執着、戦いへの執着。


 我が子を置いてでも世界樹を切り裂いた女。飽くなき冒険心は、戦いを求める心の架け橋に過ぎないのではないかと考えていた。


 商売もそうだ。只々力を求める心。その中には暴力、権力、財力と言った全てを母は手に入れている。ただの農奴の娘だった母が手にしたそれは、紛れもなく世界最強の力となった。


 飢える者。


 例えるならば、自分の母はその言葉が最も相応しいとすら思っている。そして今、我が子にすらも力を求めているのだろうか。


「そう思うと、母様の目的が解らなくなるんです」


「考えすぎだな。アイツはそんな複雑な事を企てる奴じゃない」


「では、一体なぜ」


「我が子可愛さだろ。死なないで欲しい。ただそれだけだろうよ。ついでに仙人になって、この国を未来永劫、盛り立ててくれるならばラッキーとでも考えているんじゃないか? お前の母親はそれくらい能天気な人間だよ」


「そう、なのでしょうか」


「じゃなきゃ、ゴーレム作りにかまけて行方不明になる王妃が居るか?」


「ははは・・・言われてみればそうですね」


「だろう。お前はお前で出来る範囲の事をやってればいいんだよ。勝手にユリアの操り人形になったつもりでいるんじゃない。それは友人である私の権利だからな」


「え・・・」


 カンッとベンチにキセルを打ち付けたハイネリアは、キセルを腕輪に仕舞ってアルの顔に煙を吐いて、ニヤリと笑った。


 そのまま立ち上がるとハイネリアは王太子に背を向けて王城の中に入っていった。


「ごほっ、まったく。みんな勝手な事を言うんだからな」


 だが悪くない、王太子アルセウスは先程よりも晴れ晴れとした顔で立ち上がると、教導隊に指導を求めに向かっていった。



 ■神学校 トルネーズ=フィブリール


「まさか十七歳で通う事になるとはね」


 ハイネリアによく似た金髪の女性が独り言のように小さく呟く。


「付き合わせたみたいですみません。可能性があるのなら、試しておきたいものでして」


「構いません。夫だけ回復魔法を使えるのは何だか悔しいですし」


「ははは・・・」


 義理の叔母と王太子という関係。アルセウスの背が高いせいで、年齢よりも若く見える一児の母は、少しだけお腹を膨らませながら王都の神学校に通い始めていた。


「何だか懐かしいな」


 その護衛には夫のシルベルトが同行している。ユリアの時のように身分を偽っての通学ではない為、堂々と護衛を引き連れて学んでいた。


 神学校の校舎は、キリシア教本部の大聖堂に隣接して建てられている。その大聖堂には今もユリアの分身とでもいうべき、見た目そっくりなゴーレムが眠っていた。


 常に仙気を放っている為、ある種、神々しい見た目になっていると信心深い者達から人気が高いという。本人は「リモートで鍛錬できるしラッキー!」としか思っていない。過去に数度改造されているのも本人しか知らないだろう。


「叔父さんは首席で卒業されたのでしたか」


「ああ、さっさと聖騎士になりたかったからな。神殿騎士の資格を貰って直ぐに近衛隊に転属申請して試験を受けた。一発合格だったぜ!」


 この熱意が全て実姉に向けられているのかと思うと、甥のアルセウスとしては苦笑いしか出てこなかった。思わずトルネーズに目線を向けると、彼女は溜息を一つ付いてこう言った。


「夫がシスコンだと頭の中が簡単に把握できて楽だわ」


「否定はしないな」


「はぁ」


 処置無しだとトルネーズは肩を竦ませた。教室に入ると男性教諭が出迎えて来る。以前はユリアネージュの担任だったと言われ、昔話をしていると学生が揃っていた。


「では授業を始める」


 赤ん坊のころに今居る教室に連れてこられたと聞かされても、反応に困るアルセウスであった。



 ◇◇



 授業が進み、本洗礼を受ける場には高位階の神官が聖杯を持って待っていた。


「アルエットと申します。お久しぶりですね、アルセウス様。いえ、アル君。一緒にお昼ご飯も食べた仲ですから、安心して本洗礼を受けて行って下さいね」


「は、はぁ」


 アルセウスは母親の親友が、まさか第三位階という大司教クラスの神官だとは思わず、最初はどうして城内の治癒師長が居るのかと困惑していた。


「そりゃ驚きますよ。訓練をしている騎士隊のアイドルと言われている人が、まさか教会の大司教様だとは思ってませんでしたから」


「何か色々と押し付けられちゃったのよね。私、ただの平民だったのに。いつの間にか、ね? お陰でこうやって、アル君を通してユリアにご恩返しが出来るから満足してるけどね」


 杯を受け取ったアルセウスは血を一滴垂らして、血が解けた水を飲み込んだ。


「全てはキリシア神の御心のままに・・・」


「み、御心のままに・・・」


 急に気ごころを許したお姉さんから、優し気な神官に変わったのでアルセウスは調子を崩された感じがしたが、続くトルネーズも同じような感じだった。


「あの方は何だか調子が狂いますね」


「ですよね」


「ユリア姉に付き合える人だぞ。普通じゃない事は確かだな」


「不敬罪」


「ちょっ」


「あはは」


 夫婦漫才を楽しみながらアルセウスは神学校の日々を楽しんでいた。



 ◇◇



 夕食時にアルセウスがユリアネージュに報告すると、治癒魔法だけは気を付けるようにと忠告された。


「年齢が固定されると?」


「そうね。私は十六歳で固定されたから、うっかり重大事になる前に神学校に行かなくて良かったわ。村の神官様には感謝してるわ」


 ロリババアは勘弁、と小さく呟く母親に、アルセウスもなんとコメントしていいか分からなかった。ただ、その違和感に気付いただけで。


「母様」


「ん?」


「後で二人だけでお話があります」



 ■王城地下研究室 ユリアネージュ=バエス=エステラード


「別に隠していた訳じゃないわよ。アルが覚醒する前に話した事はあるし。アルはオッパイに夢中で聞いてなかったけどねー!」


「そ! それは赤ん坊の時の話でしょう!」


「ほー? イルシャちゃんのオッパイ大きくなってきたな~って期待してるくせに? 散々揉みしだいてるくせに? ほ~っ」


「それも今は関係ありません!」


 ニヤニヤと笑いながらユリアネージュははぐらかそうとする素振りを見せたが、その実、息子を揶揄って遊んでいるだけかもしれない。


「はぐらかさないでください。母様も覚えがあるのですよね?」


「エピソード記憶はないわよ。きっとアルと同じね。性別も、どんな人間だったかも思い出せないでしょう?」


「そうですね。ただ、何となく女性だったのではないかと感じましたけど、体の違いに戸惑う事はありませんでした」


「良かったわね・・・王族が性同一性障害ってシャレにならないわよ」


「怖い事をおっしゃらないでください」


 種無しよりも、子を成す意思が無い方が問題視される。手段があるのに行わない。それが王侯貴族にとってどれだけの重罪なのかを二人は良く知っていた。


「別に何も変わらないわ」


「!」


「アルは私がお腹を痛めて産んだ子供。フランも、エミ―も、シリウスも、リオネルも・・・アルセウス。あなたの名前はレオンが名付けた事になっているけれど、本当は私が名付けた。輝く星になって皆を照らしてほしい。そう願った大切な子供」


「だから仙人にさせたいんですか?」


「仙人はついでになってくれれば良いな、としか」


 ユリアが作業用の地下広場に手をかざすと、椅子とテーブルが現れた。


「魔法もそう。便利なスキルがあるならば、覚える素質があるならば、自分の子供に覚えて欲しいじゃない?」


 金属製の椅子はお尻の形に凹んでおり、背もたれも腰を痛めないようにカーブを描いていた。


 テーブルに腕輪からティーセットを取り出すと、ユリアネージュの指先一つでポットに熱湯が注がれていく。水魔法と火魔法の同時無詠唱超高速発動。使える人間など殆ど居ない神業だ。


 アルセウスは淹れ終わったカップを受け取り、メルトラ紅茶を啜る。


「メルトラの・・・」


「そう。ママはこれが好きなのよ」


 最近になってアルセウスの前では「お母さん」と自称する母親が、急に「ママ」と自称しているのを見て何だか懐かしくなったと、王太子は笑みを浮かべた。


「二人きりなのも久しぶりね。アルを抱いていた頃は、よく一緒だったのにね。大きくなっちゃってまぁ。ママは寂しいわね」


 およよと泣きまねをしながら紅茶を啜る母親は、コミカルに演じているつもりなのだろうだが、ただただ美しい女性だった。役者には向かないなと笑みを浮かべてお茶請けを齧る。


「これ、どこかで食べた事が」


「知識しか無いから合ってるか分からないけれど、ふわっとホロッとしっとりしたクッキー。カントリーマミーのバニラ味。知識から掘り起こすのに苦労したわ」


 おいし、とモクモク食べながら紅茶を啜るユリアネージュは、まるでデートでもしているかのようだ。カップを置いた王妃は微笑みを向けながら我が子に語り掛けた。


「私は好きに生きているから、あなたも好きなように生きなさい。この世界も中々捨てたモノじゃないわよ」


「母様・・・」


 その笑顔はどこか寂しく、しかし温かく、それでいて悲し気な顔だった。王妃ユリアネージュは紛れもなく激動の時代を作り上げ、そして常にその渦中で戦い続けた人間だろう。


 仙人として名を知らしめ、聖女として力を見せつけ、魔王を撃ち滅ぼした聖者となり、魔神をも倒した、中興の祖。


 今や統一王レオンを支える影の支配者とも名高い。


「私は・・・母様のようには生きられません。だから、母様が作ったこの国を、いつか帝国として纏めて見せます。その為には長い時間が必要です」


 アルセウスは椅子から立ち上がり深く頭を下げた。


「私に仙気を教えてください」


 だがユリアネージュは思案する。このまま仙人にさせても良いものかと。仙人は孤独だ。孤高の存在であり、存在そのものが奇跡みたいな人間だ。


「そうね、アルが十八歳になった時に、未だ同じことを考えているのならば教えるわ。今から教えたら小さい皇帝になっちゃうからね」


 ふふふ、と薄笑いしながらユリアネージュはカップを下唇に付ける。口紅を付けなくとも血色の良さで赤い唇が歪んで笑う。


 先程とは違い、その様がアルセウスには美しい魔王のようにも見えた。


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