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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
82/97

079

 魔神メギア、いや・・・守り人たちとの戦いから一年が経った。


 特に大きな混乱は起きず、この大陸では東部首長連邦と西部メルトラの復興作業が今でも大きな話題だ。


 ユリアブラン商会も事業として参画しており、会計長モンドさんは毎日各方面で忙しい。でも今の私はモンドさんにとって使いにくいコマだろうと思う。


 一企業の会計係が王の妃を顎で使うってどういう状況だ、と言われるだろう。苦労を掛けているのは自覚しているが、本人が楽しそうに仕事をしているので応援だけしておこう。


 それで私は何をしているのかと言うと。


「・・・おぉ・・・これは、やべーな」


 王城の隠し研究室に篭もっている。


「う~ん、侵食型とでも名付けるべきか。あの子、封印されてた理由がこれなのか?」


 サリナスティアの血液検査中である。


 思い出してみれば、サリナは出会い頭に食人、その次は野菜、そして今日に至っては麺類が好物となっている。啜るのが上手いので、元々そういう経験をしていたのだろう。VRゲーム的な奴で体験していたのかもしれない。


 そのサリナの血液だが、試験管に半分ほど水を入れ、サリナの血を一滴入れ、更に様々な毒液を入れると、全ての毒液が中和された。


 ジュリーの造った「亡王の死毒」とかいう、錬金術で造れる極地とか言われる毒も一瞬で中和した。それどころか、最初に入れたあった水分もサリナの血液に変化してしまった。


「毒が栄養となって、水を血液に作り替えたのか? だとしたら血液自体が腎臓や肝臓の機能を持っている事になる。オマケに血液が骨髄液みたいなものなのか。何だこの増殖型侵食細胞は・・・」


 一度、あの子が入っていた石棺も調べた方が良いかもしれない。石棺が土地を侵食したら怖いな。どうしよう・・・。神殿騎士団の事後調査でもあの場所に残っていたと聞いているし回収したほうが良さそうだ。


 あの光を受けて消えなかったという事は、空間魔法に類する力に耐性があるという事だ。魔道具なのは確かだと思うけど、そんなもの作れるのだろうか?


「よしっ!」


 報告だと石棺は移動できなかったと聞いているので、今では海の底だ。修行ついでにフランとアルを連れて調べに行ってみよう。


「いくぞ!」



 ◇◇



 ブラウの竜船はお仕事中なのでシャルルの船で南東に向かった。フランが来るという事はイルコニペアが来ることであり、アルが来るという事は蒼羽が来ることでもある。


 そして私が来るという事はシルバも来るし、ブラウとシャルルも一緒だ。シージとディーネは造船所で仕事中なのでパスだ。


「あるじー、そろそろ見えてくるよ」


 操縦席のシャルルが間延びした声で教えてくれる。窓の外には南部の海岸線が広がっているのが見えた。


「流石に王都からだと早いわね」


 直線距離にして二千キロは有るんですけどね。スピードだけならシャルルの船が一番早い。


 それぞれの竜船は次第次第に真龍だった頃の形に戻っていくので、シャルルの船の場合は空戦に特化した超火力の小型竜船になっていく。小型って言っても全長八十メートルとかですが。


 ブラウの場合は超大型になるだろう。全長十キロメートルを超える大型の竜船だ。何人乗れるのかすら解らない。島だね。浮遊島だ。


 シージの場合は元が全長百メートル程度だったが、随伴機が大量に生み出せるようになる気がする。フォレストドラゴンは木製の手下を大量に生み出して、木の触手みたいなので戦うのが本懐だからだ。空中空母が一番近いイメージだろうか。


 ディーネは言わずもがな、潜水艦だろう。空中と水中を行き来する竜船はそれだけで万能性がある。どの竜船も地上を歩いて空を飛ぶことはできるが、水中の方が推進速度が上がるのはディーネの船だけだ。


「海底探索だ! コニー! イルシャ! いくよ!」


 うちのフラン、ノリノリである。小さい頃のブランママがあんな感じだったの?とアルトパパに聞くと真顔で頷かれたのを思い出した。ブランママは流石に目を逸らして恥ずかしそうにしていた。


 カンカンと足音を鳴らしながら、後部ハッチを開き、飛び込む寸前のフラン達に水中でも呼吸が出来るような風魔法をかけた。コニーが慌てて止めようとするが、そのままフランに腕を掴まれて海に落下していった。


「有難う御座います」


 魔法をかけられたことに気付いたイルシャが律義にお礼を言ってくる。フランにも見習ってほしい。親の躾? 大きくなったらするよ。フランは成人して暫く経たないと大人になれないタイプだ。


「さぁ、行くわよ」


「はいっ」


 シルバとシャルルは竜船で留守番だ。ブラウは竜機人ゴーレムで海中操作の試験も兼ねている。稼働試験は済んでいるけど、あんまり海の中で実戦した事ないからね。出来れば海が苦手なシャルルに試してもらいたいのだけれど、必死になって拒否られた。


 シャルルは泳げないらしいです。お風呂で潜っていた気がするけど泳げないらしいです。アルと蒼羽はシルバと一緒にお留守番です。


 フランとコニーが上手に泳いで潜っていくのに対し、イルシャはブラウの竜機人ゴーレムに掴まって潜っている。私がそれを見ながら並んで泳いでいると、イルシャが薄暗い海底を指さした。


 海底と言っても此処は浅い入り江で、場所によっては外洋船が座礁しかねない程に浅い所もある。イルシャが指さしたのは元も深い所で、海底で薄く光を放つ石棺がある所だ。


 私達はあそこで戦っていた。


 何故か茫洋としたように見え、寂し気で儚い光を放つ石棺は、サリナスティアを最初に視た時の肌のように白く、海面から微かに届く光を反射して美しい輝きを放っていた。


 コニーは石棺に見とれて瞳が輝いて見える。フランは持ち上げられないかと試行錯誤し、イルシャは石棺の周囲に見える魔法構成を頻りに観察していた。


 三者三様の目の付け所が面白くて少し笑ってしまった。良いチームだ。


『主?』


 竜機人ゴーレムに纏わせた空気の膜が振動して、海中にブラウの声が広がる。あんまり大声で喋ると割れてしまうけれど、呼吸と静かな会話程度なら、この風魔法は幾らでも維持できる。


『なんでもないわ、魔法構成を確認して引き上げられるなら引き上げましょうか。フラン、剣を抜かないの』


 拗ねたフランを放置して石棺に触れた。質感はザラザラとした石のようで、しかし内部に対光素材が使われているのか見事に反射し、私達の顔を明確に映し出す。


 欠けた部分も無くサリナが収まっていた内部も美しいままだ。内部は丸く複雑な傾斜が出来ており、サリナの体の形状に合わせて仰向けに寝れるようになっている。


 内部に触れると幾らか柔らかく、低反発マットレスのように押し返される。とても柔らかい形状記憶合金で、熱干渉を受けず、更に錆びず朽ちない素材。


 オリハルコンとオレイカルコスで同じことは出来るが、指先に出した超高熱のプラズマ火球に耐えている。溶解するどころか、変形も変色も無い。酸化反応すらしない物質に思えた。


 加工用の超振動小型ナイフで削ろうとしても、傷一つ付かない。振動に耐えられるという事は、物質の固有振動数すら持っていないのか? そもそも物質なのかどうかも怪しくなってきた。


『活動せよ』


 無機生命体かと思い、囁きの声で命令してみたが反応が無い。


『浮け』


 ゴボリと足元の泥を巻き上げながら石棺が浮いた。物質として世界に認識はされているようだ。海底の砂が少し舞い上がる。


 この世界はキリシアが作ったのだとしたら、キリシアのルールで作った物はスキルで動かせる=干渉できるという可能性、スキルで破壊できるという可能性を示唆してくれる。


 結果は御覧の通りだ。次に私は超振動ナイフに霊気を纏わせて、宙に浮いた石棺を削ろうとした。


『!!』


 だが、石棺の周囲に結界の様なシールドが現れて、先ほどと違い防御という反応をされてしまった。


 ただの条件反射なのか、囁きの声で干渉されたせいで内部プログラムの様な物が動き出したのか、それは解らない。分かった事は、何らかの防御機構で反応できる「石棺の形をしたゴーレム」だという事だ。


『海面まで浮上しろ』


 水中に私の声がぼやけて広がると石棺が海面に向かって上昇していった。フラン達がそれを見て水面まで追いかけていく。私とブラウが三人を追いかけると、遠くからシャチの様な二重顎の魔物が近付いてきた。


 二重顎と言ったのは言葉通りであり、言葉通りではない。歯が生えた口が内側に一段、その下、というか外側にもう一つの顎があるから。


 内側の口の方が小さく、草を磨り潰せるような形状の歯で、唇が無いから見た目がキモイ。


 外側は肉を断ち切る形状をしてサメのようだ。一本一本がブロードソードのように肉厚で大きい。こちらは外皮がそのまま歯になるタイプのようだ。サメだな。


「キュォ! キュォォ!」


 シャチの様な魔物は鳴き声を上げながら接近してきて、ある一定の距離に近付くと急激に加速する。そのままブラウに襲い掛かり、真上から降って来た闇の帯に貫かれて絶命した。


 上を見て手を振るとイルシャが手を振り返してくる。魔物を腕輪に収納して海面に戻るとシャルルの竜船からゴーレムが垂直飛行しながら、重い石棺を回収している所だった。


 水魔法で全員を包んで竜船に移動すると水気を取り払う。海ならば水魔法は万能だなぁ。滅多に来ないけどね。


「ただいま、アル」


「おかえりなさい、母様。アレが石棺ですか」


 宙に浮く石棺を見上げてアルが呟いた。


「石棺と呼んでいいのか微妙だけどね」


「どういう事ですか?」


 アルに石棺の調査結果の概要を説明すると、ゴーレム説に同意してくれた。どう考えても普通じゃないんですよね。


「生きているのでしょうか?」


「霊気に反応するからその可能性はあるわね」


 ただ、真実の天瞳で確認すると、ステータスはその辺の石棺と同じなんだよね。レベルが無く、レア度や特性などの説明書きがあるだけ。つまりこの世界のシステムで表示すると、内容を偽装されて表示されるという事だ。


「キリシアが作ったのかもしれないわね。私の目で見ても普通の石棺と同じ結果しか返ってこないもの」


「鑑定のようなものですか?」


「の、ようなもの」


 ニヤリと笑うと、アルは頷いてくれた。


 普通は自分のスキルをアレコレ喋ったりはしない。アルのステータスは王城内では知られているけれど、翻訳のユニークスキルの本来の能力は本人と私以外には知らない。


 私が知ったのも真実の瞳が、真実の天瞳に変化してからだ。


 翻訳のユニークスキルは、魔法構成すら解明してしまう。魔法陣や魔刻紋などの現物を目にする必要はあるが、一度知った内容であればアルの器用さがあれば対抗魔法を組み上げるなりの手段を取れる。


 地味に見えてかなり恐ろしいスキルなのだ。対抗手段は知られない事が重要だけれど、「視る」という行動に加えて、「聞く」という行動すら翻訳の範疇に入るのであれば、アルはスキルの詳細を聞いただけで本質を解明してしまうかもしれない。


 アレすれば○○になるんだよ、と教えただけで翻訳スキルが発動する可能性すらある。私が天瞳で知ることが出来たのは此処までだった。


「アルの翻訳ほど、便利なモノじゃないわよ」


「そうは思えませんが・・・」


 貴族社会では翻訳の方が役に立つと思う。真意を隠す事を瀟洒だと思ってる連中なのだから、面倒な事この上ない。


 それよりも、今は鍛えてあげる方が先か。そう思い、少し俯くアルを眺めていると、石棺の方から音が響いた。


 石棺を叩いているフランをコニーが羽交い絞めにして止めている。イルシャは闇の棒みたいなもので干渉しようとしているが、反応が無い事に首をひねっている。


「お母様、この石棺は魔力を感じません」


 イルシャが私を母と呼ぶ。アルとの結婚が本決まりになったので、そう呼ぶようになった。決まった時は珍しく相好を崩してアルに抱き着いていた。二人は大分前から愛し合っていたらしい。見た目は中学生同士だが。


 念のため言っておくが、この世界では当たり前の事なので、八歳くらいで出産する子供とか割と多い。


 内容によっては、どこのハプスブルグ家ですか? という家もあるので、あんまり大っぴらに批判できないのだ。家を存続させるために止む無く、って場合が多いからね。


 これは貴族平民問わず、物理的に限界な集落などの貧乏が主な原因になっている。それを理由に楽しんでいる輩も居るんだけど。


 偶に変態が堂々と行為に及び、妹が妹を産んだ事にしたとか意味不明な事が起きたりするせいで、貴族の中には年々変態が増えつつある。裕福になったのならば外から嫁を連れてきて欲しい所だ。


 そう言う話があるからじゃないけれど、二人の関係は否定していない。けど・・・子供は二年くらい待って欲しいな。イルシャの体が小さすぎて不安になる。


「防衛反応を起こした時だけ魔力を発するようね」


 霊気を込めた超振動ナイフを近づけると、再び弾かれた。


「では、どうやって石棺を維持しているのでしょう・・・」


「オレイカルコスの様な特性があるのでしょうけれど、鑑定でも分からないでしょうね。私の研究所に運んで調べてみましょう」


 蒼羽が研究所について反応してきた。


「貴台の塒か」


「また・・・古いって」


「ぬぅ」


 蒼羽には古語を直すように言っているのだが、どうも直らないらしい。横でアルが苦笑いしている。旅の道中でも苦労したのかもしれない。


 石棺は専用の断絶空間庫を作って保管した。わざわざこの為に造って来たのだ。中に入っていたサリナスティアの血を調べた結果です。石棺が侵食増殖したら怖いでしょう。


 王都が石棺に飲み込まれて土中に没するとか嫌すぎるわ。



 ◇◇



 帰り道は珍しく曇天だった。


 この世界の天候は変化しにくく、季節ごとの気候が安定して変化が乏しい場合が多い。だから水害なども少ないし、日照りで作物が極端に少ないなんて事も無い。


 あれ? なんか今年は収穫量が少なくない? という年はあるけれど、飢饉に陥って、天候が理由で餓死者が続発すると言った事態にはならない。


 飢餓の原因の九割九分九厘は魔物の被害が原因だからね。勝手に作物を食べられたり、魔物に血や糞を撒き散らされて土がダメになったり、魔法の影響で根腐れを起こしたり。


 そんな状況で気候にまで恵まれていなかったら、人類はとうに絶滅していたと思う。いや、案外しぶとく生き残るだろうか? 生き残ったとしてもブランママやフランのような戦闘民族だけだろうな。


「あるじ! なんか来た!」


 物思いに耽りながら操縦席の後ろに立って景色を眺めていると、シャルルがレーダーを見て叫んだ。


「北西、距離八百、高度十二万!」


 ブラウが正確に計器を読み取って報告してくる。ていうか高度十二万て何!?


「何だと思う?」


「たぶん風龍だよー!」


「主、私も同意見です」


 だよねー。それしかいないよねー。


 やべえだろ! 高すぎるわ!


 高高度探索ゴーレム「天透」は、そこまで高い位置にバラ撒いていない。見込みが甘かったと自省するしかないな。


 明らかにコチラを狙っている風龍に対して、ドラグスーツを起動した。客席に座ってカードゲームをしていたフラン達が聞き耳を立てつつ戦闘態勢に入った。


 が、ダメ! 子供たちは出撃禁止です! 早口で指示を出した。


「全員、艦内で待機! アルは射撃体勢準備に入りなさい。イルシャはアルの護衛。シルバは様子を見て適宜指示をしなさい」


「えー!?」


「「了解」」


「はいっ」


 フランが叫び、シルバとアルが了承した。イルシャの甲高くて短い返事が耳に残る。アルに対魔神兵装のロングレンジライフルを渡しておいた。


「フラン様、ハッチの近くで防衛しますよ!」


「仕方があるまいな」


 蒼羽もコニーたちとハッチで防衛してくれるようだ。というかフランのお守りだな。頼みます、お爺ちゃん。


 転移で竜船の天井に登ると、魔導金属を取り出す。計器で見た感じでは、マッハ二から三くらいの速度で降下してきている。


 天透で姿を捉えようとしながら魔導金属を変形させていくが、まだ風龍の高度が高すぎるのか見つからない。


 どこだ? クソっ、曇り空が邪魔だ!


 グニグニと全身を覆う魔導金属に飲み込まれ、内部に空間を作り、ドラグスーツと接続した。仙気から竜気、竜気から霊気へと段階を上げていく。


「ガイアモード機動」


 グバッと魔導金属が拡がり、一瞬で巨大な竜人の姿となった。流石にシャルルの船では支えきれないのか、竜船がフラ付いている。


 両足を天井から離して自前の羽根を拡げると、霊気が帯のように広がっていく。大分使えるようになってきたと実感しながら通信を始めた。


「地上に叩き落とす! アルは其処を狙いなさい!」


『了解』


 落ち着いた声だ。問題無いだろう。


 竜船から離れると黒い帯が竜船を守るように広がっていく。防御はイルシャ任せで良さそうだな。飛行型シールドゴーレムも居るし、問題無いだろう。副操縦席にはブラウも乗っている。いざとなれば竜魔法なり、竜船の兵装なりで迎撃できるはずだ。


『あるじ! きた!』


『主、真っすぐ来ます!』


 直感で判るらしい。姿は雲に隠れて見えないが、確かに竜気の威圧感は私も感じ始めて来た。このへんは本物の真龍だった二人には及ばないな。感度が違う。


 暴風と共に幾つかの空爆弾が降り注いでくる。元素魔法は私も使えるが、あそこまで巨大じゃない。流石の風の真龍。本家本元と言う訳か。


 空爆弾は音速を超えて目標に到達し、任意のタイミングで圧縮空気を開放するという、文字通り空気の爆弾だ。ただ、その範囲が凄まじかった。


『あるじー!』


 シャルルの悲鳴が念話で届いて来る。


 轟音が全周囲から響き渡り、空という空を揺らす。ここは上空三千メートル近いというのに、影響が地上にまで及んでいるらしい。幾つかの無人の丘がハゲ山になってしまっている。


「シッ!」


 即席で作ったオリハル&オレカル巨大剣で竜船の上に振ってくる空爆弾を切り払うが、数キロ先で爆発した空爆弾の余波だけで竜船にダメージを与えている。


 その竜船には闇の帯に加えて、風の障壁が張られている。蒼羽の魔法だろう。伊達に鳥人族じゃないって事だ。


 さっさと決めないと危ないな。


「ふぅー・・・ディストーショナルエッジ」


 昔と違って発動句だけで巨大剣に纏わせられるようになった。威力は二度目に世界樹を切り裂いた物に劣るが、真龍相手ならば十分な筈だ。


「こっちに来い」


 落下しつつ視認できた風龍に対して「囁きの声」を発動すると、竜船から僅かにずれて私の方に進行方向を変えて来た。この風龍は何を目的に襲ってきたのか判らない。石棺か? 普段と違う点はそれしかない。


「何にせよ、襲ってくるなら覚悟してもらう!」


 空爆弾が雨のように降り続け、加えて圧縮空気から生まれたプラズマレーザーのようなものを口から吐き出してきた。そういや、そんな怪獣が居たなと前世の知識が叫ぶ。


 叩きつけて来る空気の壁が私を襲うが、内部に篭もっている私には何の影響もない。全て魔導金属が衝撃を吸収している。


「その羽根、邪魔ね」


 加速して降下し、背中に巨大な空間転移の扉を開き、風龍の目前に「加速した状態」で飛び出した。


 驚いた風龍が羽を広げて降下を止めようとするが、凄まじい速度で上昇する私からは逃れられなかった。


 一閃。


 ディストーショナルエッジをすれ違いざまに切りつけると、大きな羽根が一つ宙に舞った。透明で少し灰色の、透き通るようで光を反射しない鱗を纏っている。翼膜は透明で少し光を反射するが、戦闘中は骨の翼と見紛う姿になる。


 大きな翼を隔離空間に保管し、地上に落下を続ける風龍を見た。


 口に圧縮空気が集まっている。またプラズマレーザーか!


 閃光が空を扇ぎ、温められた空気が揺れる。最後の力なのか、プラズマレーザーは何度も私を狙い続けて発射される。


 竜巨人の羽根を拡げて空気を叩くと、爆風が巻き起こり巨体がジグザグに宙を駆ける。内部の部屋がグニョグニョと暴れて歪み、プラズマレーザーを躱し続けた。


 アレはヤバイ。熱線砲の上位版で更に竜気が濃い。如何に霊気で守っているとはいえ、大量の竜気からは身を守れそうにない。


『主!』


 ブラウが叫ぶように念話を飛ばしてくる。必死過ぎて念話を返す余裕が無い。数秒だっただろうか? それとも数分だっただろうか。ただただ、竜船の方に被害が出ないように飛び続け、接近を試みるも風龍は落ちながら私の動きを牽制し続けた。


 見事だった。


 だがもう魔力切れだろう?


 それに、もう地上だ。


「アル!!」


『狙い撃ちます!』


 直上から私を避けて閃光が走る。一本ずつ、間隔を置いて都合四回発射された。空中で横倒しになった状態のシャルルの竜船から、砲座に座ったアルが撃つ。


 二発ほど風龍の羽根で弾かれ、三発目で翼の無い側面が上向きになった瞬間に腹を、苦しんで空中を暴れている所を頭部を撃ち抜かれた。


 千メートル程下に或る地面で砂埃が舞い上がる。民家が無い当たりで良かった。風龍は地面に叩きつけられる前に絶命していたらしく、数百メートルはあるだろう巨体を拡げて横たわっていた。



 ◇◇



 王都に帰り、アルと私が協力して風龍を倒したという話はあっという間に広まっていった。アルもレベルが大分上がり、少しはイルシャに近付けたと喜んでいた。レベル二百超えの若妻ですからね。頑張って欲しい。


 風龍の死体がコロッセウム、いや催行場でお披露目されるとアルは観覧席に座る人たちに手を振って答えていた。


 あそこで解体し、後程王家に素材が渡される。素材は私が加工するんだけどなー。加工費とか要らないから、竜核だけクレと交渉したら、全部もらえた。


「良いの?」


「竜船にするのだろう? それにコフィンと近い年齢のが必要だろう」


「ありがと、これでやっとレオン用のドラグスーツが作れるわ」


 レオンの風属性に対応する属性流の素材が必要だったからね。


 旦那の許可を貰ったし、例の如く竜機人になってもらおう。そしてレオンは疑似仙人化だ。ブランママは既に達成しているから、常に微弱な仙気を纏っているようになった。それが理由じゃないかもしれないが若い。


 コフィンというのは魔神と戦う前に大森林を破壊しつくした際、一緒に倒してしまった氷龍である。最近になってブラウから指摘され、そういえばと思い出して作り出した竜機人である。


 これで土、火、森、水、氷、風の竜機人が揃う。ブラウが言うには光、闇、金、銀、獄、空なども居るらしいが、又聞きで得た情報らしいので、見た事もないと言っていた。


 目の前の大きな竜核を撫でて呟く。


「君もうちの子になりたまえよ」


 竜核が少し光った気がして、嬉しくなった。即席で作った二機の竜船が置かれた隠し研究所から辞去すると、ブラウ達が待ち構えていた。


「主、妹ですね」


「シャルルのいもうとー!」


「主、楽しみですねぇ」


「下僕だー!」


 ブラウとシャルルとシージの頭を撫でて、ディーネだけチョップしておいた。



 ◇◇



 黒いスーツスタイルにタイトなスカート、喪服のベールを頭に被り、私とブランママが葬儀に参列する。後ろにはレオンやアルにフランといった、我が家でも特に故人に世話になった人間が顔を並べる。


 御父様もお母様も、そして故人の古い友人たちも葬儀に出席している。喪主はギルマスの息子さんだ。彼も白髪で既に曾孫が居る。


「こちらをご確認ください」


 ギルマスの息子さんに私が預かっていた遺書を見せた。内容を読むのを静かに待った。


「・・・王妃様はこれでよろしいので?」


「良くはないわね。今すぐは無理だもの」


「ならどうされると?」


「母が代理に立つと言ってくれましたので、私が落ち着くまでは母がギルドマスター代理となります」


 ギルマスの息子さんがニヤリとした。


「俺は異論ありません。むしろ古い奴らは諸手を上げて歓迎しますよ」


 ブランママ。後ろで嫌そうな顔をしているのは見えてるからね。


 ギルマスが老衰で亡くなった。新人冒険者たちに技を教えている最中、一休みしている間に倒れて、そのまま意識は戻らなかった。


「戦いの中で死にたい」「当たり前ぇだろ」


 ギルマスはよくそう言っていた。しかし、見下ろすギルマスの顔は前よりもっと皺だらけだが、とても満足そうに見える。


 あの戦いの後、寿命を削るだけだという私の判断で足と右腕だけ再生した。左腕を再生できる程の生命力は、もうギルマスには残っていなかったから。


 それでもギリギリだった。細胞分裂の上限回数とでもいうのだろうか。神癒魔法使いにはそれを感知出来るようになっている。魔法を発動した瞬間に、相手の肉体に抵抗感が現れるのだ。


 これは老いた細胞だけから現れる反応で、人間に限らず、ペットでも同様の反応が出る。神の如き奇跡を起こす神癒魔法だろうと、寿命には抗えないという事だ。以前に老犬を助けられなった貴族の飼い主が猛抗議してきた事があった。あれは見ていて辛かった。


 ギルマスを見ても辛いという感情は無い。ああ、やりきったんだな、という賞賛の感情しかない。


 何だかんだあったけれど、この人は尊敬している。人の育て方は下手だし、自分勝手なところばかりだし、一般常識に当て嵌めたら最低の部類のハゲだろう。


「献花をお願いします」


 係員に差し出された一本の花を持つ。菊の花に似ている。


「ありがとう」


 ギルマスの行動は最低だったが、世界への貢献は計り知れない。


 後で調べて判った事だが、ギルマスはレオンの曽祖父に当たる人の孫だったらしい。王族の落胤という奴だ。お父様も内緒にしておいてくれと言っていたし、私も言いふらすつもりは無い。


「キリシアの御許に導かれんことを」


 花を捧げて送る言葉を並べた。


「ありがとうございます」


 ギルマスの使っていた技術は初代陛下の戦闘技術だったらしい。言うなれば王家秘伝の技だった訳だが、それを必死になってブランママに教えていた理由が分からなかった。


 出会った当初からギルマスはブランママにだけ技を教えていたという。息子さんも理由を知らないというし、ブランママ本人も知らない。きっとギルマスにとっては、どうでもいい理由だったのかもしれない。


 例えばブランママが王家の血筋だとか。


 色々と符合する点は多い。ブランママの両親は既に他界しているが、銀の髪は王家が最も多い。レオンの祖父であり、お父様の父親は銀髪だったという。お父様は母親と同じ髪色だというので、今の王家はお母様の家の血が濃いのだろう。


 代を遡って肖像画を見せてもらったが、確かに銀髪が多い。初代陛下も銀髪だった。顔も、どことなくブランママと私に似ていた。


 気のせいだろうという話になったが、その後もお父様とお母様はブランママの両親について調べていた。


 調査の結果、ブランママはギルマスの弟の曾孫であるという可能性が高くなった。肖像画を確認して顔のパーツの一致性、ブランママの父親の失踪時期と、生年の一致、ブランママが使う剣技が父親の剣技と同じ特殊な剛剣系統である事など。


 他人と考えるには難しいレベルだったという。ブランママは否定していたというか、興味なさ気だった。


 ギルマスは顔を見て気付いたのかもしれない。或いは気力の流れが知っている人と似すぎていたのかもしれない。指紋があるように気紋ってのがあるからね。闘気を扱うようになると感じられるようになる僅かな違いが現れている。


 最期に爆弾を残していったギルマスは、愛用のスキットルと一緒に棺桶に収められ、大聖堂にて葬送された。


 新たな世界樹が現れた東の海の果ての調査が終わり次第、ギルマスは私になる。その頃にはきっと私も年をくっているだろう、とブランママが寂しげに笑う。


 大聖堂を出る時にブランママは振り返り、馬鹿笑いしている大きなギルマスの写真に向かって「クソ爺」と言いつつ笑っていた。



 ◇◇



 半年前位に天透を増産して東の空に放った。今では何億個がバラ撒かれたのか自分でも分からない。いや、思い出したくない。連日のように数万個のゴーレムを作る為に魔力欠乏症になる身にもなってほしい。


 苦労して量産したお陰で、魔神メギアを倒して八か月目くらいには新たな世界樹を観察する事に成功した。


 新たな大陸は真円に近く、天透よりも更に高く天に聳える世界樹を中心に、その根は一つだけ北に延びていた。


 世界樹の根の東側にのみ人々が生活しており、国は二つしかないものと思われた。何故天から見下ろして国の違いが分かったのかというと、延々と毎週のように戦争してるからですよ。


 世界樹の根から東に向かって一本の大河が伸びており、それを境界線として毎週のように小競り合いが行われていた。ロケットゴーレムでトンボゴーレムを散布すれば詳細が分かるかな、と思ったが甘かった。


 接近したロケットゴーレムは世界樹から発せられた熱線砲によって破壊された。思わず夕食会の最中にスプーンを取り落としてしまった。


「ユリア、どうした?」


 心配して会話の最中だったレオンが声をかけて来た。


「え、ああ、そうね。ごめんなさい、急に。少し驚いてしまって」


「何があった?」


 レオンはサラリと聞いて来るが、周囲の貴族達は意味不明だという顔をしている。


 遠くを見る事が出来るという話は、基本的に身内にしかしていないし、知っているのも高位貴族で大会議室に顔を出す連中位だ。


「んー・・・大きな問題ではないわ。意外だっただけで」


「急ぎか?」


「後で良いわ。あら、ありがとう」


 ニコリと笑ってメイドから代わりのスプーンを受け取った。あとからお母様に叱られそうだと思いながらも笑顔のまま完食した。



 ◇◇



「東の世界樹は空から近づけないわ」


 急遽、大会議室に人員を集めてもらった。


「何があった? どういうことだ」


「レオン落ち着いて聞いて。東の大陸に探索用のゴーレムを無数に散布しようと飛行ゴーレムを送り込んだのだけれど、私の想定を超えた威力の熱線砲が飛んできたのよ。一撃で破壊されてしまったわ」


「どうにもならないほどか?」


「私以外は全員即死する」


 薄暗い大会議室が騒然とした。本来の予定であれば竜船で空から乗り込もうとしていたというのに、いきなりそれが頓挫したのだから。


「まず、現状の竜船ではシャルルの船しか耐えられないわね。ただ、撃ってくるのは熱線砲だけとは限らない。想定以上の冷凍砲の様な物もあるかもしれないし、それ以外の属性もあり得る。放たれた魔力量を考えると竜船を丸ごと強制転移させることも可能でしょうね」


 ちょっと手が出ないレベルだ。力で全てを解決されてしまうと、どうしようもない。私が普段自分でやっている事だけに歯がゆいな。


「では海からいくしかないか」


「そうなるわねー」


 はぁ、と溜息を吐いた。天透くらいの小型で、微弱な魔力を発するだけなら狙われないのだろう。だが魔導大型ロケットは巨大に過ぎるし、放つ魔力は一般的な熱線砲を発動するだけの魔力量換算で毎分三万回も熱線砲を使っているのと同量の魔力を放出している。


 そりゃ警戒もされるわ。


 竜船に関して言えばそれ以上の魔力を使う。魔神メギアとの戦いの際、老魔導士長やノールさん達は良く動かせたと思う。色々と補助具は提供したけど、大したものだ。


「人員を制限しないとダメね。長旅になるし、あれだけの攻撃を掻い潜れないと無駄に死人が出るわ」


「選抜する必要があるな。どうするか」


 元々は大勢の騎士と一緒に行動する予定だった。窮屈な度になるかと思っていたから、個人的には嬉しい。でも、状況が変わった。足手纏いは連れて行けない。


 そう考えていると騎士団の隊長たちから、選抜試験を行ってはどうかと声が上がった。


「魔導士認定試験のようにか? あれは地力を確かめるだけで、戦術的な要素は解らないだろう。知りたいのは臨機応変に行動できるかどうかだ。必ずしも強さは求めていない。最低限度の強さは必要であろうがな」


 レオンの言うとおり、精神的な強さと柔軟さが必要だ。強さなんて向こうに着いてから幾らでも鍛えられる。


「では、実戦形式で試してみては如何でしょう」


 老魔導士長がニヤリとしながら言う。


「ほう。催行場か?」


「はい」


 レオンもニヤリとしながら言う。騎士隊長たちも乗り気のようだ。これは良くない奴かな? ハブられる奴かな? 私がそう思っていると予想通りになった。


「では騎士、魔導士、冒険者から参加者を募り、催行場でチーム戦を行ってもらう。見事勝ち抜いたチームにはユリアに同行してもらう。異論はないな?」


「「「「はっ!」」」」


 こうして、エステラード王国杯選抜試験大会と名付けられた最初の一回目が開催される事になった。もちろん、私は参加できない。フラン達も参加できない。


 元々、アルやフラン達を連れて行こうと思っていたのだけれど、危険度が想定以上だという事でレオンから同行を禁止されてしまった。


 私は安心して任せられるという事で、いつもの「王権代理」という事で調査隊の隊長になった。ま、良いんですけどね・・・。もう慣れたし。



 ◇◇



 ===================

 騎士団主催の闘技会開催要項


 ・目的

 東部先遣調査隊への参加人員の選抜

 尚、参加は強制ではなく、拒否も可能。


 ・開催場所

 国立催行場:試技領域


 ・参加資格は一律レベル50以上で一チーム

 チーム:三名から九名

 冒険者:Bランク以上

 騎士 :隊長以上

 魔導士:魔導士級以上


 ・トーナメント別

 総合トーナメント

 魔導士トーナメント

 騎士トーナメント

 冒険者トーナメント


 尚、王妃ユリアネージュは参加禁止とする。

 ===================


 最期の一文要らなくない!?


 ぐぬぬと思いながら大会要項の表紙を睨みつけた。眼下ではギルドの訓練場にあった復活魔道具を起動させるべくリリーヴェールが出張作業を行っている。パッと見は地味な黒ローブだから、付近の魔導師が誰なのか知らずに指示を受けているようだ。


 王都はリリーヴェールの造った箱庭みたいなものなので、そこに手を入れるのは楽しいらしい。今度、シル〇ァニア〇ァミリーそっくりなセットでも作ってあげよう。多分、喜ぶ。東〇ワール〇〇クエアの方が良いか? あの屋敷、無駄に広いから両方でいいや。


 催行場はとても広い。そして観客席も無駄に広い。その十分の一を占める王族席だけれども地上三階、幅百メートル、高さ十メートル、奥行き二十メートルのフロアになっている。ちなみに眠くなったら寝れるようにベッドスペースがある。食事もできるし、風呂にも入れる。というか余裕で住める。


 これには劣るが、貴族用のラウンジ的なところもあり、そこも同じ広さで二百人くらいがゆったり座れる。王族席の真下の二階にある。


 更に下の一階部分には、報道席となっており、拡声魔動機マイクで解説する要員が双眼鏡を片手に熱弁を振るう。どれもこれもユリアブランで私が開発した機材があってこそなのだが、アルは「放送局?」と反応してしまっていた。


 液晶ディスプレイはまだ普及していないし、ブラウン管テレビも存在していないので、撮影部隊は少ない。投影式の映像魔道具があるだけだ。


 それでも三階席などからは試合場が大きすぎて、ヒトがアリのような感じなので客席の天井には無数の投影魔道具が仕掛けてある。


 三階席ではリクライニングシートを倒して寝ながら観戦する人が多いだろう。ポップコーン爆売れだな。


 私が座る王族席には液晶ディスプレイがあるので、苦労してガラス張りの窓と融合させた。外から見るとただのガラスだが、内側から見るとガラス窓いっぱいに試合場の映像が表示される。


 解説はスピーカーからオンオフ出来るようにしてあるし、撮影映像じゃなくてガラス越しに生で見る事も出来る。何より冬でも温かいし、快適空間が過ぎる。但し私が居ないと稼働しない。


 どうしてこうなったんだろう? 設計通りに造り過ぎではなかろうか? というか良く作ったな。一部は私が手を加えたけど、名工たちの腕も大したものだと思う。


 横でフラン達がキャーキャー言いながら燥いでいるのを相手していたらいつの間にか開会式が終わっていた。


 王族用と言いつつ、私の実家連中、アイギーナ侯爵家、トールダン伯爵家も勢揃いですけどね。一部を除いて緊張しっぱなしの人が殆どだよ。


 イルシャはアルと一緒に二人用のソファでイチャイチャしているし、コニーは二階のカントリー子爵家の席で親子水入らずだしで、フランの相手をするのが居ない!


 仕方がないのでブランママに相手をしてもらい、ソファが並ぶ後ろでフランはブランママの技を教わっている。結界は張ったので被害は出ないだろう。フランは怪我をするだろうけど。


 久しぶりにサリーと一緒に座って話をする。トールダン伯爵家は北の最前線と言われた実力派騎士軍団だが、寄り子のマインズオール男爵家の戦力が拡大の一途を続けているので、お互いに名声を高めてきていると共にライバルとして警戒しているそうだ。


「毎日訓練ばっかりだけどね」


「礼儀作法で泣きそうになっていたサリーはどこにいったのやら」


「それを言わないでよ」


 むぅ、とムクレた妹は既に二十二歳。貴族家の夫人としては大姉様と呼ばれ始める年齢である。十五過ぎれば行き遅れだからなぁ。厳しい世界だ。因みに三十過ぎて未婚であれば放逐されるのが一般的な貴族家である。


 そういう女は問題しかないと思われるからね。家としても生き残る為には追い出すしかない。最近は少なくなったと聞いたけど、貧困貴族は無数にいる。婚約できるだけ、結婚できるだけでも、男女問わず至上の幸せというのが現実だ。相手の美醜にとやかく言うのは恵まれた貴族家の子供だけである。


 そんな家は百も無いけどね・・・。


「サリーは恵まれてるわけね」


「最高に幸せですわよ」


 ホホホとわざとらしく笑うサリーを見て噴き出した。ブランママに似た顔でそれをやられると笑う。後ろのブランママが心底嫌そうな顔をしてるけど言わないでおこう。


「ユリア姉はあと何人産むの?」


「さぁ・・・産める限り頑張るとしか」


「どうか! どうか一人我が家に!」


「レオンに言ってよ。それに五侯爵に睨まれても知らないわよ」


「そうでしたー」


 王家から降嫁した家には、色々とブランドが付く。貴族家としてはそのブランドが齎す利益が欲しい。


 取引の優遇、優位性、王家の名というものはそれだけで金を引き寄せる。そして様々な権利をも引き寄せる。同時にそれらから守る盾にもしやすい。一度名を使うごとに王家から睨まれるかもしれないけどね。


「そう言うのが怖いのなら止めておきなさい。それくらい知ってるでしょ」


「はーい」


 サリーが紅茶のカップを下唇に付けながら不貞腐れている。ブランママ曰く私と同じ癖らしい。そうだっけか?


 何やかんや雑談を繰り返しながら、眼下の試合場では騎士トーナメントが終わった。大会が始まる前に予選は終わっているので、私達が見ているのは決勝トーナメントだ。数試合で終わる。


「どうだ、ユリア。面白い奴は居たか」


「今のところ特には・・・」


 そうか、と言ってレオンは苦笑いしつつ貴族家当主たちが集まるテーブルに戻っていった。フランは後ろでぶっ倒れている。ルネちゃんが介抱しているようだ。お手数おかけします。


 続いて冒険者トーナメントだが、こっちは激しかった。エキシビジョンマッチで参加したハイネさんが後輩冒険者の九人チームを一掃していた。手加減したげて・・・。


 アナ姫がハイネさんの魔法でキャーキャー言っていると、奥様方が私の周りに集まって来た。冒険者の戦い方はランクが上がるごとに闘気を使いながら魔法を使う者が増えて来るので、ド派手な戦い方になっていく。


 派手過ぎて何をしているのか判らないというので、サリーが闘気剣について説明し、私が魔法について補足を入れていく。


「あの灰色ローブは幻影魔法で自分を見失わせて、後衛の魔導師が幻影を隠す土壁を使ったのですよ」


「どうしてそのような事を? 幻影魔法だけで宜しいでしょうに」


「幻影が土壁に身を隠そうとすれば、相手の弓使いは惑わされるでしょう? 幻影は逃げない。自分を狙い続けて襲うだけだと」


「まぁ・・・」


「そうやって撹乱して・・・ああなりますね」


「次々と倒されていきますわ。きゃっ。あれは・・・痛そうですわね」


 扇子で口元を隠して震えている女性はアイギーナ家に外から嫁いできた女性で、イルシャちゃんの母親だ。元はとある男爵家の御令嬢だったのだが、アイギーナ家の御令息が惚れこんで、魔導師長を説得して結婚したらしい。


 魔法至上主義の家に居ながら魔法は得意ではない女性であるため、イルシャちゃんが生まれるまでは冷たい扱いだったそうな。そう言う家なのは知っているけれど、度が過ぎると私も色々言いたくなる。義理の娘の家になる訳だからね。


 老魔導士長はその辺をどう思ってるんだろうか。


 アイギーナ家は代々魔女の家として恐れられてきた。老魔導士長のように男が当主をしている代は少ないという。風当たりも強かったのだろうと思う。娘が産まれなかった事もそうだし、同時期に老神官という最強の魔法騎士が産まれた事も屈辱だったろう。


 その孫が出奔して特A級冒険者になったのを知った時はどう思っただろうか。イルシャちゃんを見て喜んでいる老魔導士長を想うと、色々と危うい家だと思った。


「最後は魔導士トーナメントですわね」


 イルシャも先程と違って真剣な目で試合場を見ている。液晶画面越しでは魔力の動きは解らない。アルも隣に座って凝視している。時々イルシャの横顔を見る際に、私と目が合うと照れたように目を逸らした。べた惚れじゃないっすか!!


 あの子、大丈夫かなぁ。嫁の言いなりになったりしないよな。まぁ、上手くやって欲しい。


 魔導士の戦いは詰将棋のようなモノなので、実力が一定以上になると同じ手で戦う対戦が続く。ハイネさん? あの人は一人で数千の魔物を一瞬で灰にする人なので人外に位置する。なので魔導士の戦いではなく人外の戦いで語るべき人だ。


 この世界じゃなかったら人間であるかどうかすら疑うわ。


 尚、細かい参加制限により、フラン達は全員参加できていない。後ろでぐったりしている娘は大会で無双するよりブランママの相手をしていた方が有意義だろう。


「総合トーナメントとは何なのでしょう?」


「騎士が攻撃の受け役、冒険者が撹乱や戦闘補助、魔導士が攻撃役。そう言った構成にして戦うものですね」


 サリーがイルシャママに説明した通り、ここからが見たいところだったんだ。


 このトーナメントにはA級冒険者、騎士隊それぞれの騎士隊長、一部近衛兵、魔導師隊のエース級が名を連ねている。全部で四チーム。


 大会が始まる一週間前からチームを組み、連携訓練をしていたらしい。


 シルバ、老魔導士長、ギルマスの息子さん、シュリア師匠、ユベアラちゃん、ドラグ族のアネキを始めとしたパーティ、東部からきた豹男と蒼羽、西部から来た冒険者(悪魔)などなど、面白い連中が集まった。


 アルの後ろに立つエンバーとコールに目線をやると、二人とも首を振った。あの冒険者(悪魔)は知らない人らしい。ヤバ目な称号は無いので犯罪歴は無さそうだけれど、物好きな者だと思う。


 流石に濃い面子が集まっただけあって内容も濃かった。


 初戦。シルバ率いる騎士&魔導士チームが闘気剣で蹂躙するかと思ったけれど、対戦相手のアネキチームが勝利した。バランスが良かった。


 エルフの魔法、ドラグ族の膂力と卓越した闘気制御、長年の連携、何より魔導具の扱いが全員巧妙だった。中には古代遺跡で入手した道具を使っている人も居た。あらゆる点においてシルバのチームより上だな。何よりユベアラちゃんが強かった。明らかに頭一つ二つ抜きんでた強さだった。アレは勝てないわ。


 次は老魔導士長とギルマスの息子さんが組んで作ったパーティ。シュリア師匠に王都の代表的なAランク冒険者チームで構成されている。対するは蒼羽を代表とした東部チームと冒険者(悪魔)の混成チーム。


 以外にも蒼羽のチームが敗北した。理由? 開戦と同時に修行しない息子さんとシュリア師匠が撹乱しながら、後方からの魔法斉射。これで蒼羽以外が全滅した。老魔導士長やべえ。一瞬で五人が消滅して、結界の外に転送されたわ。


 残った蒼羽は四方八方からくる魔法の対処で手数が足らず、魔法も老魔導士長に悉く対抗魔法で散らされて敢え無く敗北。シュリア師匠の逃げっぷりが最高だった。蒼羽は彼女を追っていなければ勝っていた筈だ。スカウトの本懐をこれでもかと見せられた気がする。


 決勝は一瞬で終わった。アネキチームが優勝である。


「魔力が残っておらなんだわ・・・」


 以上、老魔導士長の言い訳でした。


 結局東部派遣はアネキチームを軸に、魔導士チームの優勝部隊と老魔導士長、騎士チームの優勝部隊と私、冒険者チームの優勝部隊とシュリアが同行する事になった。


 偵察と情報収集がシュリアチーム。探索がアネキチーム。戦闘が魔導師長チーム。私の護衛が騎士チームという事になった。


「多分、一番大変なのが騎士チームだと思いますので頑張ってください」


 優勝トロフィーを渡した時に騎士チームはどうして青い顔になったんですかね。まぁ、向こうで鍛えるから良いけど。



 ◇◇



 一年間かけて外洋調査船を完成させた。工房はユリアブラン造船部で、工廠は南部海岸にある。


 ゴーレムを使ってサッと作ればいいじゃんと思われるかもしれないが、今回作ったのは長期間に渡る航海に耐える戦闘艦を用意するのが目的であって、一瞬の超戦闘力を欲しているのではない。


 色々と安定した航海をするための手段を考えなければならないのだよ。


「という訳で出来上がったのがこちら」


 膨らんだお腹を支えながら私が案内すると、レオンが車いすを取り出した。はい、座ります。それじゃ、移動をお願いします。


 妊娠したんだよ! 派遣部隊の編成も終わった途端にオメデタだ!


 まぁ、問題は無いんですけどね。同時期にブランママも妊娠してるし。三十九歳で出産する事になる訳だけれど、アルエット曰く「問題無いよ」と軽く返事された。


 というのも、ブランママは肉体年齢が推定十九歳らしく、今後数人産んだところで体に異常は出ないし、むしろガンガン産め!と言われた。私と同じくらいにお腹が膨らんでいるので、母娘揃って出産しそうだ。


「海洋潜航艦のリヴァイアサンです」


 おぉ、と同行していた大会議室の面々が見上げる。既に工廠内に水を入れているのに甲板が高すぎて見えないという、巨大な船だ。


「全長八百メートルで各関節ごとに百メートルの長さを持っています。間接部位は特殊魔導合金ですので柔軟に変形を繰り返し、自己再生機能を持ちますので、外装の中でも特に頑丈です」


「関節という事は曲がるのですか!」


 五侯爵のアーバント侯爵もびっくりです。


「曲がりますし、何なら円状になって海底や海上で連結住居コロニーと化すことも可能です。本当は蛇みたいに真龍を締め上げられるようにしたかったんですけどね、残念ながらそこまでは不可能でした」


 私がやれやれと残念そうに首を振ると乾いた笑いが広がった。いや、真面目に残念なんだけど・・・。


「定員は五百名ですが、真面に動かすだけなら四人で可能です。戦闘も四人で可能ですが、魔賢師級が一人必須になります。今回は水の竜機人であるディーネも同行しますので、海中戦闘は問題無いでしょう」


 ディーネの竜船は隣のドックに格納してある。


「それから、航海中の食糧事情は船の中に魔道具で立体農場を作りましたので、そこから野菜を作って調達する事が出来ます。栄養不足で死なないようにしないといけませんからね」


「壊血病などが怖いからな」


 レオンが続いて補足してくれた。貧困村落では普通に発症してる病気だからね。ヤバさは病名だけで理解してくれる。


 この辺の知識はネージュ学園発信で割と早く広まってくれた。国営放送部のお陰でもある。やっぱ広報って大事だね。教育にも関わってくると、重要度はさらに上がる。


「兵装は水刃砲を標準装備しています。土と水の合成魔法ですね。あとは追加兵装で諸々と対応できるようにしています。詳細は資料をご確認ください」


 方々で話し声が上がりつつも潜航艦の査察会は無事に終わった。戦闘時に小型のゴーレムユニットが周囲を防衛する点は竜船と変わらない。まぁ、メインは輸送だし。戦闘はディーネさんに頑張ってもらいましょう。



 ◇◇



 選抜部隊には北部大森林でレベル上げに行ってもらっている。ブラウとシャルルが付いているし、老魔導士長が纏めているのだから大丈夫だろう。ハイネさんにもバイト代を出しているので、今頃はホクホク顔で護衛している筈だ。


 アッチは問題無し。じゃあ、地下鉄道はどうしているのかと言うと・・・。


 コッチは一年前から本格稼働を開始している。これまでの十倍近い速度で動くが、重力加速度を感じないので、大体一日かければ大陸を一周できる。魔力源は私だ。


 流石に複数の魔列車を同時に高速稼働させるには、魔賢師級程度の魔力では足りなかった。高速稼働時は私の魔力にしか反応しないように設定しているので、勝手に手を出して過剰魔力吸収により死人が出る事も無いだろう。


 こういった「私しか出来ない事」を極力無くす為に、魔刻紋を解析するための専用研究所が作られた。


 初代所長はリリーヴェールだ。いい加減、湖も見飽きただろうと誘ってみたのだが、やはり乗り気だった。魔道具大好きなんだな。当然、蟲マッチョの袖なし執事も一緒だ。


 副所長には王都魔導院の所長が就任している。魔導院には後輩が所長となったので、彼にとっては栄転になるだろう。研究所は王家直属なので、上司は国王であるレオンになる。私ではない。


 段々と私の手からレオンへと、様々な権利が委譲されていく。これで良い。いずれは全てアルに手渡されるだろう。問題はリリーヴェールが魔刻紋を解明できるかどうかだな。文明発展のために頑張ってもらいたい。


 近頃は平和だ。その平和を維持するための研究だ。



 ◇◇



 お腹を摩って安楽椅子でメルトラの紅茶を飲んでる時間の方が長い。ギルマスの爆弾があってから、ブランママの元には王家のメイドが付くようになった。秘書チックな姿をさせているが、見る人が見れば優秀なメイドだと気付ける。


 ブランママは実家で静養している。フランが技を教えろと押しかけたらしいので、私のゴーレムで捕縛して、老魔導士長達のレベル上げについて行かせた。妊婦に無理をさせないで欲しい。


 そういえば東部の反乱軍残党が潜航艦のドックに忍び込んで奪い去ろうとしたらしい。船に魔力を吸い取られてそのまま捕らえられたと聞いた。


「平和だわー」


「何をおっしゃいますか。我らは大忙しですぞ」


「そうね~」


 私の横に並んでいるのは文官衆だ。地下鉄道が高速稼働し始めると同時に様々な物が高速で動くようになった。東部と西部の復興も高速対応中だ。それらに対応して彼らも高速稼働中だ。平和である。


「休みを・・・! 休みを下さい!!」


「もう五日も家に帰っていない・・・」


「あぁ、太陽が黄色い」


「よしっ、これで俺の仕事は終わりだ!」


「「「まてっ! 逃がさん!! お前も道連れだ!!!」」」


 一人の悲鳴を嗚咽を聞きながらさよならの手を振ると、彼らは退室していった。仲良く仕事しようね。



 ◇◇



 それから半年後、子供が生まれた。


 私の子は男の子でリオネルと名付けた。ブランママの子は女の子でナリアネージュと名付けられた。リオとナリー。二人はどんな子に育っていくのか。今から楽しみである。


 子供はイイ。こうして子供を産み育てている時が、一番生きている事を実感できる。この暖かさ、鼓動、小さな吐息。


 大きくなれと願いながら、今日も私は子供を抱いて一日を過ごす。


 キリシアの願いなんて後回しだ。しばらくは自分の好きに生きさせてもらおう。戦うのは疲れるんだよ。


第一部はこれで終わります。来週は閑話っぽいツナギの話になります。

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