表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
8/97

008

 春に自意識を取り戻してから最初の冬が来た。と言っても、この辺りは温暖な気候なので夏は暑く、冬は冷え込む程度で雪は降らないらしい。体感的に10度程度だろうか。氷点下になって水が凍ったりはしないそうだ。


 とは言っても寒いモノは寒い。ボロ家の土壁を二重構造にしたり、土鍋のような火鉢を作って食卓の底を掘った部分に入れて、そこに革製の毛布で食卓を覆ってあげると、簡易的な掘り炬燵が出来た。妊娠中のブランが心配だったので作って正解だったぜ。


 冬の間は自分の鍛錬よりも生活向上に注力した。10度程度の寒さとは言え、クソ寒い事には変わりないので、家によっては凍死者が出かねない。寒さに耐えられる程の体を作れる環境じゃないからね……。その為、アルトにお願いして、掘り炬燵を農奴の家に作りに行く事にした。4件しかないので作業量的に許容範囲内だ。


「それじゃあ行ってくるね~」


「気を付けてね。パパとはぐれないようにね」


「任せとけ。いってくる」


 同じ村と言っても、道も満足に無い村だ。村の中央を走る道しか整備されていないし、それも村長の家から村の出口までのみ。更にその道は草原の草を刈っただけの粗末なものだ。アフリカの奥地にある道をテレビで見た事があるけれど、あれもこんな感じだったな。


 アルトに肩車をしてもらい、父親の頭に顎を乗せる。見渡す景色は雑草畑だが、遠くに目的の家を望むことが出来る。一軒一軒はアメリカ農家のように遥か彼方と言って良い位に遠い。麦畑を拓いている訳でもないのに、なんでこんなに離れているんだろうか?


「そりゃあ、今ある家が将来の大地主だからな。デカい土地を切り拓けばそれが全部自分の土地になる」


「じゃあ、村長さんの家の近くに集まってる家は?」


「あれは元々村の運営だけをやる、お偉いさん候補なんだとさ。ブランがそう言っていた」


 つまり都市の議員になっていく人たちか。そして離れた所に居を構える私たちは、広い農場を構える大地主になって、村の生産力を上げていく役割を担うということらしい。開拓が進むと同時に、他の街や村から開拓民がやってくる事もあるらしい。因みに我が家は開拓民第一陣なので最古参だそうな。


 遠くの同僚たちの家に着くと、我が家と同じような侘しさを感じた。こうして第三者視点で見ると、日本にあった蔵のほうが百倍マシだな。


 着ている服も両親と私の物より酷い気がする。最初の五人家族は両親兄弟妹で一番下の妹は痩せ細っていた。多分、この冬は越せそうにない。本当に子供なのかというくらいに骨と皮だけになっていたから。


 帰り際にアルトパパから聞いたところ、他の農奴3家にはそれなりの頻度でブランママが肉や山菜を提供しているらしい。代わりに薪を貰ったりしているんだとか。二人が薪拾いに行かない理由が判明した。


 炬燵を作ってあげて、火の扱いだけ注意するように言っておいたのだが、やはり足を火傷した人が何人か教会に運び込まれたらしい。それで恨み言も言われたけど、それ以上に暖かい冬を過ごせたので感謝の声の方が多かったのが嬉しい。


 冬の間の学びは多い。余り動けなくなったブランから、様々な魔物について教えてもらった。スライムは厄介だけど、種類によっては生活の役に立つとか、ゴブリンやオークに女は近づいてはいけないとか、四足歩行する魔物は基本的に足が速く、木の上に登っても飛び掛かってくるから気を付けないといけないとか……。


 色々と斬新な事をする魔物が多いらしい。特にオークは女の天敵で、体臭に交じったフェロモンで前後不覚になるらしい。逆に男はオークの体臭で吐き気を催すらしいので、いずれにしても入念な準備が必須となる危険度の高い魔物だという。怖いな。


 ゴブリンは単純に数が多く、取り囲まれると熟練の冒険者でも死にかねないという。特に洞窟内での奇襲に長け、気配遮断のスキルを持つ者が多いらしい。怖いね。


 スライムは私が予想しているよりも遥かに凶悪で、「一匹見たら一万匹は居ると思え」と言われているらしい。この世界におけるGだな。数の脅威もさる事ながら、単体としても強酸を飛ばしてきたり、音も無く近づいてきたり、巨体を使って全身を飲み込もうとする奴もいるらしい。おまけに擬態能力が高いので、殺した冒険者に成り代わっていつの間にか一緒に戦っていた仲間がスライムだった……などと言う事もあったらしい。怖すぎる!


 ウルフ系やホース系、タイガー系などの四足歩行魔獣などは逃げる事が難しく、魔法を苦手とする代わりに、強力な闘気を纏うので魔法使い殺しとして恐れられているとか。基本的に群れるので、少数で出会ったら終わりらしい。更に高位の四足魔獣は苦手な筈の魔法を扱う事が多く、出会ったら死ぬと言われている! と力説された。それって人間に倒せるのかな。


「こんな感じかな。見た目はこの通りだよ」


 私が用意した薄い木板に焼き固めた炭で書いてもらったのだが、ブランママは絵がお上手で御座います。そしてスライムがグロい。ぐっちゃぐっちゃじゃん。出会ったら逃げるわこんなもん。


「ありがとう……ママ」


 改めてこの世界の危険度を計り直してみたのだが、やらなければよかったと思ってしまった。いずれ情報を集めるくらいなら身内のB級冒険者であるママンに教えてもらった方が速いかなと思ったけど、軽率でした。軽く絶望したもん。


「だーいじょうぶよ。ユーリは強くなるから、こんな弱い魔物に何て負けないって」


「うん、頑張って強くなる」


「よーし! ママがいっぱい応援しちゃうからね!」


「うん!」


 ブランは素敵なママだな。以前の「俺」が会っていたらどうしただろうか。惚れそうだな。前の自分がどんな人間だったか知らないけど、何となくそう思った。


 炬燵に入りながら魔法教書を読み込む。時々、食卓の上のコップに水魔法で冷たい水を灌ぐ。それを操り、小さなヘビのように、或いは小指の先のような水球に、そして人の形に整える。


 ブランママは斜め向かいの席で編み物をしている。毛の長い魔物の毛皮から、毛を刈り取って熱湯で消毒し、乾かした毛を捩って毛糸にしているらしい。冬の間は屋内の作業を二人そろってやっている。


 アルトパパは溜め込んである肉を干し肉にする作業を繰り返している。秋に採集してきた果実を干している。柿のようなもの、というか柿そのものだな。多分、甘くなるんだと思う。


 大根のような野菜も干して、しなしなになった物を幾つか見た。ブランママの指導の下、糠漬けのような事をしていた。糠があるのか……? 壺からサラサラしたものを取り出していたけど、よく見たら青くて糠っぽい役割をする別物だった。


 芋も湯がいて何かを塗って干している。秋の頃から随分作り続けているが、それでも消費仕切れないくらいある。家の外に防虫剤の役割を果たす大きな葉に大量の芋が包まれて地面に埋めてある。乾燥した土が腐敗を防ぎ、包んだ葉が虫を防ぐのだそうだ。流石アルトパパ、伊達に長いこと農奴はやってない。


 そんな時だ、二人が忙しくしている時に来客があった。来客? こんなド田舎に? と思うかもしれないが、一応、月一で旅の商人さんが来るし、村長さんの所にお役人的な人が来ることもあるらしい。税とかね。


「おじゃましますぞ」


 三度のノックの後にアルトパパが出迎えたのは老神官だった。冬の間はこうして各家を回っているらしい。怪我人とか病人が教会に行けない場合も多いのだとか。治癒魔法を使える神官職が滞在している教会には、他にもお守りとか、実用的な魔物除けの魔導具が置いてある。臨時の避難場所にもなる訳だ。


 教会の天辺についている紋章もタダの飾りでは無いらしい。内緒じゃよ、と老神官が教えてくれた。知恵ある悪魔にバレると紋章が集中攻撃されれば破壊されかねないという。過去にはそんなマグレもあったらしい。何百年も前だそうだけど。


「かぁ~、冷えた足に刺さりますなぁ・・・ジンジンしとる」


「痛い?」


 霜焼けになりそうな足を炬燵に入れると、老神官がしみじみとそんな事を言う。少し心配になって私が質問した。


「なんの。これくらいは。温まってホッとしておるよ」


 私に優しい笑顔を向けながら老神官がそう言った。それからは私が覚えた魔法について話した。少し驚かれたが「まぁ、大きな才能がある事は解っておったからのう」と、老神官の中では納得のいく話だったようだ。真実の瞳で見ない方が良かったのだろうか? とは言っても、常時発動してるようなもので抑えようが無い。時々意識的にスキルを最大に発動するけど。


「覚えた魔法で炬燵を作ったか。良い使い方をしているな」


 薬草茶を飲みながら、ホゥと一息ついて老神官が私を褒めた。


「これも強くなるためって思ったら、良い練習台になったから。今だってほら」


 冬の間は家に篭もる事が多くなる。だから私は手のひら大の灯篭のようなものを作って、食卓の上などの屋内の各地に火魔法を常時発動させた魔灯とでも言うべきものを作った。老神官は食卓のそれを見て、しきりに感心していた。


「これは常に魔力を消費しているのか?」


「自然魔力だけね。魔力制御で家の中を混合魔力の筋道を作って対流させて、自分の魔力は使わずに戻ってくるようにしてる。結構、集中力いるんだよ」


「……それは、そうじゃろうの」


 魔法教書には書いていなかったけれど、元の考え方は載っていた。混合魔力からの抽出も魔力制御によって可能になる。本来は杖などの魔導具を使わないといけないらしいけれど、訓練していたらそんなもんなくても出来るようになったから、余計なお金がかからなくて助かった。


「杖も無しにのぅ……有り得んのぅ……」


 老神官がコップを両手で持ちつつ、ボソボソ言っていたがよく聞こえなかった。要は色分けなのだ。赤の火属性魔力を抽出し、自分の体に戻すときのように灯篭へと魔力を流し込む。あとは然るべき場所で然るべき魔法を使えば良い。


 私の使える火魔法は、本当に初歩的なモノだけだから、訓練にも丁度いいし部屋も温まる。熱源が複数あり、その熱量も自然魔力を込めれば込めただけ上がる。限度はあるけど。


 魔法とは、材料となる魔力が尽きれば発動も維持も出来なくなる。この場合は抽出された自然魔力が該当する。魔力が尽きた魔法は自然に消失する。我が家で薪の消費が少ないのはこの為だ。


「空中からお湯が出てきた時は参ったな!」


「あはは!」


 両親が言っているのは、水と火の魔法を同時に使った事だと思う。魔法で生み出せる水は一定温度ではない。確実に周囲の環境、使い手の状態に左右されていた。それが分かればもう簡単。水を生み出すときに火の扱いを加えてやれば、温かい湯を生み出せた。


「変わった事をするのぅ」


「えへへ」


 幸いにも私は科学的根拠を基に説明できる知識がある。老神官が言うには複合魔法を使う人間はほぼ居ないらしい。それでも、同時に異なる魔法を発動し、別々の効果を発揮するので、私が使った熱湯の魔法とは理屈が異なるらしい。


「お主のそれは、言うなれば合成魔法じゃよ。本来、魔法陣を必要とする魔術と呼ばれるものじゃ」


「まほうじん?」


 これは、あれか! 幾何学模様で中二心を擽るというアレか! あれだな!


 いや、落ち着け私、どうした?


「魔法陣というのは、複雑な魔法制御を肩代わりしてくれるものだと思っとけば良いじゃろうの。王都を守っとる結界なんぞが最も有名じゃが、あれは……まぁ良い」


「?」


 老神官が何か言い淀んでいたけれど、魔法陣も杖も変わりないものなのか?


「それだと杖も魔法陣も同じ使い道になっちゃうんじゃないの?」


「そう思うかもしれんがの、杖は使い手の魔法制御のみを補助するが、魔法陣は使い手から離れた魔法も補助する優れモノなのじゃ。ま、覚えるには頭から煙が出るほど勉強せねばならんがの」


 ほっほっほ、と老神官が笑うと「長居し過ぎた」と言って、次の家に向かっていった。


 老神官は「魔法陣は使い手から離れた魔法も補助する」と言っていた。つまり、リモートで魔法が発動できるという事に他ならない。という事はファンネル的な事も出来るのでは!?


「ふぁんねる……?」


 私の知識というのは、目次も無い膨大なデータログのようなモノで、偶にこういった良く分からない知識が顔を出す。今回のは何となく理解できたけれど、中二病とか概念的なものが出てくると関連した知識が複数、顔を出さないと理解できない。エピソード記憶が抜け落ちてるせいだと思う。経験に付随した知識と記憶じゃなくて、知識だけがぽつんとそこにあるから意味が掴み辛い。


「ん? どうした、ユーリ。何か分かんない事でも載ってた?」


「ん~ん、大丈夫だった」


 小さな両手で大きな魔法教書を支える。その魔法教書で顔を隠した。にゃにゃしていないか不安だったから。


 ファンネルはともかく、リモートで魔法を操るには魔法陣が必要で、魔法陣を知るには魔法教書の内容を理解しないといけない。魔法陣の形、使われる魔法文字、それらを使った計算式、大規模な魔法陣でなければ地形や位置方角を気にする必要は無いらしい。最低限の魔法陣は形と文字さえ整っていれば、計算式すら適当で問題ない。


 例えるならば、車のボディーにタイヤとエンジンを積んで走らせる。しかし必要なガソリンは膨大になっても「とりあえず動けばいいや」という考えならば、それはそれで動くから問題無いと見做す、そういう考え方になる。


 実際にはガソリンになる自然魔力や混合魔力の消費量を節約できるように考えてつくらないといけない。計算式を作り込む事で効率よく魔法を発動できるようになるらしい。


「これら一連の仕組みを魔術と呼ぶ……だって!」


「ふ~ん。サッパリだわね」


 ブランママが不機嫌そうな顔でそう言う。細々とした理屈っぽい話は嫌いらしい。読むのは良いけど聞かせるなって言う顔をしている。こんな無愛想なブランママは初めて見たわ。


「おーぃ、ユーリ。晩飯手伝ってくれ」


「あ、はーい」


「任せた」


 そろそろ出産が近付いて来たブランママは養生のため台所には立たせない。アルトパパが怒るから。代わりに私がアルトパパにアレコレ指示しながら料理をする。包丁の使い方はやっぱりブランママのほうが100倍巧いな。流れるような肉捌きではない。あとアルトパパは味見しない。適当にハーブを投げ込むので味が適当になるから、包丁を使い終わると私が料理の面倒を見る。


「んじゃ、あと任せて」


「あいよ、料理長」


「うむ!」


 楽し気に且つ呆れたように笑いながら、アルトパパが妊婦の相手をしに食卓に下がった

 うん、今日も美味い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ