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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
79/97

076

 全く。珍しい客が続く。


 教皇が私に問うてきたのは試験会場で騒いだ男の魔王教容疑について、それとイルシャちゃんの魔法が暗黒属性か否かだった。どちらも確たる証拠は無いので今はどちらも見守るべきだと伝えておく。


 魔王教容疑者については、王都のマップ上に位置情報を表示する魔導具を渡しておいた。教皇は魔導具を見て、目を白黒させて驚いていた。


 彼が言うには、GPS機能のような魔法は現在まで開発されていないらしい。ただのゴーレムだと伝えると興奮したまま礼を言って辞去した。あの人、もしかして魔導具マニアか?


 魔刻紋で作ってあるから、魔導院の所長でも再現できなかった。悪用されるようなら遠隔で塵に変えてしまえるし。渡しても問題無い。何よりPINになるトンボゴーレムは私しか作れないし。



 ◇◇



 数日して王城の執務室で商会の仕事を熟す。週に一度は地元の本社に居るハイネさんの旦那と会議を行う。ブランママも私か彼の横で話を聞いているが、気になる事でもない限り口は出してこない。


 ただ、ブランママは三人の中で一番頭が切れる人なので、商会の頭脳は副会長であるブランママで確定です。私はタダの雑用ですかね。ハイネさんの旦那で会計長のモンドさんは商人の子なので、商売の知識を最も蓄えている人です。いわば商会の相談役です。


『王都の新七層開発区にネージュ学園王都校を建設要望?』


 魔道具に映るブランママが頭を傾げた。ブランママの対面に座るモンドさんが解説し始める。真ん中に机が映っている会議システムそのままだ。


『はい。こちらの本校と違って教える内容が基本幼年学、商学、錬金学、地学、詩学に限られます。云わば貴族向けの幼年学校とほぼ変わりませんね。基礎魔法の習得や護身術等も幼年学に含まれます』


 ただ、王都校は貴族向けに建てる「貴校」と、本校と同様に平民の子供からなにから分け隔てなく教える「平校」に分けられる。


 貴族向けが有料で、平民向けが無料だ。


「一番大きな違いは学園内の奉仕組織があるかどうかね。侍者ギルドの雇用先としても考えているし、商業ギルドの新たな小売先にもなる。学園の周りに商業施設を作る予定だから、彼らからしたらそっちが本命ね」


『なるほどね~』


 あ、ブランママの興味が一気に消え失せた。手元の資料を横にやって紅茶を啜りだしたぞ。


『え、えとー・・・会長は商業施設の建設だけ請け負うのですよね?』


「当然。利権に巻き込まれてまでやりたくないし。箱だけ作って貴族主導で商業ギルドと面白い施設にして下さい、としか話していないわよ」


 利権確保に命がけな貴族の相手なんて御免だ。


『念のため、数年は動向を監視しておきます』


「そうね。悪用されないとも限らないし」


 王都の最も外側に新たな街を作る構想が上がっているのだが、その工事のついでと言わんばかりにお父様から発注が来ているのだ。ついでで作る施設が多い事、多い事。私を休ませる気はないんですかね?


 内心で溜息を吐きながら会議を終えると、手元のドーナツ状マップを見下ろした。王都はついに直径百キロを超えた。


「王都、大きくなりすぎじゃない?」


 私の横で書類を纏めるコールが反応した、が直ぐに手元の書類仕事に戻る。この悪魔侍女は本当に優秀です。


「これから更に移民が増えるのでしょうし、仕方のない事かと」


 人口は既に八十万人を突破した。ユリア町が爆発的に発展していると言っても現在七万人である。流石王都としか言えないわ。人の集まり易さが違う。


「そうねぇ」


 ボフっと背もたれに寄り掛かると頭の中でやるべき事を纏める。


 地下鉄。王都開発。守り人。邪教徒。新大陸捜索。風龍探索。スキルの練習。


「頭痛くなってきた」


「然様で御座いますか」


「訓練場に行ってくる」


「お早いお戻りを」


 執務室で悩んでても殆ど何も前に進みやしない。健康第一で夫と息子の無事を祈ろう。そもそも私、妊娠一か月だし。適度な運動が必要です。



 ◇◇



 王城の訓練場は近衛騎士団と複数ある王都騎士団が主に使用する。それだけに広い。それでも端から端まで指導者の目が届くような作りになっている。


 王都騎士団は第〇騎士団ごとに、警備、刑事事件の対応、魔物退治、更には交通整理まで様々な仕事をしている。近衛は王族の護衛と王城の防衛、そして王都騎士団への教導が仕事だ。


 なので此処を使うのは近衛の教導隊が顔を出すか、魔法の実験をしたい宮廷魔導士か、毎日訓練しないと気が収まらない困った妃殿下しかいない。つまり私だ!


 植木鉢を地面に置き、観葉植物の葉に触れながら考える。


 何か感じ取れやしないかと霊剣術と波動術を探っているが、一向にナニカを感じ取ることが出来やしない。ブラウ達にも色々と試してみたが、全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かばせるだけで終わった。


 そもそも、霊って何。波動って何。


 それぞれを何とかイメージしてみようとしてもスキルが求める内容とは異なるのか、想像した変化は何も起こらなかった。


 霊ってアレでしょ、キルリアン反応とか言う、何か、こう、モヤモヤした、本来見えない何かだルォ!?


 わっかんないんだよ! 何だよ霊って!


 それに波動って何? 宇宙戦艦ですか? 艦首から発射するんですか。波の動きを見ていれば何かイメージできるかと思って、水盆を持って小一時間ほどジッと見つめてたらアナ姫に心配されましたよ!! 収穫も成果も無しだよ!!!


 一切表情を変えずに観葉植物の葉に触れていると、誰もいない訓練場に聞き覚えの無い野太い男の声が聞こえた。声、というより叫びかな。


 叫びの元を見ると、どこかで見覚えのある貴族男性。そして娘のフランを庇うように立つイルシャちゃんが居た。彼女の後ろにはフランだけでなく、コニーちゃんとスカウト師匠のシュリアが控えている。


 何事かと思っていると、男が言葉を続ける。


「闇魔導師が殿下の従者などをしている等と知っておれば、陛下に申し立てをしていたものを! いずれ魔王になる子供が殿下に近付くだけで魔性が移るわ! 今すぐ陛下に詫びて来るが良い!」


 何だコイツと思い、真実の瞳を使ってステータスを見た。


 アースリィ? あぁ、東央騎士団の魔導師が殆どアースリィ家だっけか。東部の農業侯爵じゃん。本家本元の魔法侯爵アイギーナ家に勝てるつもりでいるのか。「何か憐れだなー」てパーティで思ったくらいだったかな。


 アピアミア侯爵もちゃんと躾ておいてよね。東部と南部の農業地帯は彼女の支配地域だというのに。パーティでは一番仲が良い五侯爵家の人なのに、仕事の話は殆どしないから、ああいう輩に首輪をつけているか話題に上がらないんだよね。


 観葉植物の鉢を掴んで騒動に近付き、傍にあったベンチに鉢を置くと何やら可愛い声が聞こえて来た。あれはフランか。


「わらわのともをぶじょくするか! いますぐひれいをわびよ!」


 おお、難しい事をサラッと口にするようになったかと娘の成長を喜んでいると後ろに立つシュリアが私に気付いて目線を送ってくる。が、私は腕を組んで眺めるに留めた。


 だって娘の見せ場じゃん!! 邪魔なんて出来ないでしょう。


 スッと消えるように光魔法で身を隠すと、シュリアが何故!?という顔で少しだけ口を開いた。目線だけにしないと農業侯爵にバレるぞ。ホラぁ、農業侯爵が後ろに何かあるのかって感じで振り返ったじゃん。


「きいておるのか、ぶれいもの!」


 フランはアースリィ侯爵を指さして激怒している。しかし可愛い。可愛いが過ぎる。これは眺めていたいなぁ。嗚呼、でも放っておいたらお母様から叱られそうだなぁ。でも可愛いなぁ。


 フランを見たアースリィ侯爵はあれやこれやと御託を並べているが、頬を膨らませて怒るフランを愛でている私の耳に余計な雑音は入らない。その内、イルシャちゃんの手を取ろうとしてアースリィ侯爵が実力行使を取ろうとした。


 しかし何故かアースリィ侯爵の足元のタイルが浮かび上がり、白髪交じりのオッサンが尻もちをついた。


「き、貴様! 私に何をした! この魔王め!」


 お?


 いつの間にか闇魔導師から魔王に変わっていたな。農業侯爵が魔王教徒だったのかな? そういえば教皇から高位貴族容疑者の名前を聞いてなかったな。失敗したなー(棒)


 先程より喚き散らし始めた侯爵に音も無く近付き、その肩に手を置いた。ズッシリと、それはもう身動きできなくなる位の力で。


「アースリィ侯爵。少し宜しいでしょうか? お話があります」


 肩を抑えられて立ち上がる事の出来ない農業侯爵が声のする方へ振り返ると、私と目が合った。何とか立ち上がろうとしているようだけれど、格闘術の心得すらない素人の動きなど片手で操作出来るわ。


 何なら鼻に指を突っ込んで指一本で操作しても良い。汚いからやらないけど。服を掴むのではなく、侯爵の骨を掴むように肩を握りしめて持ち上げると、白髪交じりのオッサンが小さく悲鳴を上げた。


「婦女暴行未遂と侮辱罪の疑いがありますので、同行して頂きましょうか」


「な、な、ひ、妃殿、下!?」


 押し出すように侯爵の向きを変えさせて歩かせる。去り際にフランにウィンクして微笑んであげると、ポカーンとされた。シュリアは苦笑いで、コニーちゃんとイルシャちゃんは顔を真っ赤にして笑顔になっていた。


 イルシャちゃんの笑顔はレアだな・・・めっちゃ可愛いじゃない。



 ◇◇



 陛下に時間を取ってもらい農業侯爵の目の前で録音&録画魔導具を起動して見せると準侮辱罪で罰金刑となった。イルシャちゃんへの暴行未遂については宮廷魔導士長が取り下げたが、事後でアースリィ家に怖い手紙が届く事だろう。


 こういうのは素直に罰を受けた方が後々の影響が少ない場合が多い。しかし、可哀そうに。五侯爵から目を着けられるとか、色々と酷い事になるぞ。飢え死にしない事を祈っておこう。


 それと、農業侯爵は魔王教徒では無かった。教皇に確認を取ってもらったが魔導士認定試験会場での騒動を聞いた農業侯爵が「これアイギーナ家を攻める材料になるんじゃね!?」と先走った行動をとったに過ぎなかったという事だ。


 農業侯爵では無かったのなら本命は? 目の前の教皇に聞いてみた。


「では誰が?」


「フリントロック伯爵です」


 何その名銃っぽい家の名前。


「どんな家でしたっけ?」


「所謂、辺境伯ですな。南部でも最も東に位置し、世界樹の根に沿って代々鉱山業で栄えた家です。殆ど王都に顔を出さない事で有名です」


 あの辺りは確か・・・海岸線は断崖絶壁、山間部に囲まれて販路が山道オンリーで地獄のような開拓領だった筈。しかし、定期的に産出した鉱石を純鉄まで精製して大金を得ているんだったか。


 この国の産業を調べた時に、悲惨な環境で運営している領地は大体覚えているから間違いないだろう。大金を得ても人が動かないので、領内の身内産業で完結している一種の独立国家と言っても良い場所だ。


 農業は自分たちが食べる粗食しか作れず、鉄鋼業で金を得ても使う場所は領地の外しか無く、外で購入した食料を得ても運ぶ最中に大体が腐るという大変な環境なのに、何百年も続いている家だ。


「限界集落みたいな鉱山地帯ですね」


「はい、閉じた環境になった領地ほど邪教徒が多い事が解っております」


「分かったからと言って処分する訳にもいかず困った事になっているという事でしょうか」


「然様です。エステラード王国には似たような環境が幾つかありますが、フリントロック領は最も顕著な閉鎖領地でしょうな」


「良く移住しようと思わずに何百年も続いたものですね」


 教皇が微笑みつつ、軽く首を振った。


「微かに脱出したフリントロック一族は居たらしいのですが、例外なく暗殺されております。直近でも七年前に長男が少数の供を連れて東部脱出を図り、行方不明になったのちに同行した供の遺体が発見されました」


 うわ。


「長男はどうしたのです」


「フリントロック領に潜入した配下の者が、生贄として捧げられた長男の体を発見しております。発見した部位が頭部だったので間違いないかと」


 う・・・・・。


 家族を生贄にしてバラバラにするか。いや、伯爵家が主導したわけではないのかもしれない。そう考えると伯爵家は被害者になるけれど、それも可能性の一つでしかないな。


 それよりも、だ。


「どうしてフリントロック家を疑っていた事を最初に言わなかったのですか? 私が遠方から確認できることは、アカイライ侯爵ならご存じの筈」


 教皇は少しだけ目を閉じて何かを考えた。そして答えは凄惨な内容だった。


「フリントロック家は既に断絶しております。しかも、過去に複数回」


「え?」


「あの領地には代々の我が家の密偵が監視を続けておりますが、確認できているだけで三度、断絶しているのですよ。そして顔の皮を別の誰かに移植して伯爵家を演じているのです」


 そんな事が果たして可能か? 直ぐに頭の中で回復魔法と治癒魔法の特性を思い出し、考え得る錬金薬を頭の中で用意し、その用途を練り上げ実現可能な方法を編み出してみた。


 その結果は可。


 死体の皮も錬金薬で保存可能だし、別人の細胞を含むとはいえ、皮膚移植ならば拒絶反応を抑え込む薬すら存在する。移植の手術には魔法による治癒が必須だが、そこまで難しい魔法は必要としない。


「腕を切断した冒険者の再生を待つ間、腕の疼きを抑制する錬金薬がありますね。断絶した直後は、もしや、その薬を当主が服用していましたか?」


「・・・流石ですね、仰る通りです。何分古い記録になりますが、抑制剤の製法は比較的容易です。しかし材料は高価であるため、普通は簡単に手に入りません」


 そうだ、だから使うのは高位冒険者や貴族くらいで、僻地の貴族が容易に手に入れられるものじゃない。入手ルートは北部大森林しか無いのだから。如何に鉱山で儲けを出しているとはいえ、金貨数枚もする薬を常飲出来るだろうか。出来たのだろうな。


「そして鉱山で得た金は薬代に消えていった」


「はい。産出して生成した鉄も、それほど多く輸出できるわけではありません。同じような理由で儲けが消えた期間が三度、それぞれ数十年続いています」


 とんだ悪徳領主だ。その期間は領内が一切発展できないじゃないか。生贄の風習があった事から、領民の数も中々増えて行かないだろう。食糧事情も良くない。


「辛い生活の中、心の支えは邪教の教えになって、邪教徒はますます増えていったという事ですね」


「そう、なりました」


 トンボゴーレムを使ってフリントロック領を覗いてみると、とても鉱山で潤っている街とは言えない。廃屋が多く、皆痩せ細っている。


 至る所にある黒いシスターのような像は、邪教徒の偶像だろう。台座にはシンボルと思われるマークが描かれている。しかし、どうして鍵十字なんですかね? 左まんじではなく、右まんじ(ハーケンクロイツ)が偶然にも邪教のシンボルになるって、自然な流れとは思えないんですが。私とアル以外にも転生者が居たのだろうか?


 俯いて目を閉じている私を見て、教皇が「如何でしょうか?」と確認してきた。如何も何も、気分は最悪ですよ。


「同じ国とは思えないくらいの惨状でした。街を囲む塀はあれど、廃屋が多く、成長しきらない痩せ細った体で幾人かが小さい畑を耕す。そんな風景が延々と続いています。おまけに虫や動植物が殆ど居ない。それ以上に目立ったのは灰色のローブを着た邪教の神官です」


「やはり・・・」


「それも報告通りですか」


「はい。鉱山内に生贄の祭壇を作り、定期的に祭壇を移していると報告にありますので、祭壇の場所は不明です。そして邪教の神官は生贄を捧げる度に姿を変えると聞いております」


 その言い方はまるで。


「別人になっているのではなく、姿が変わった同一人物ですか?」


「記憶を受け継いでいるそうです」


 厄介だ。


 記憶を受け継いだ人間の厄介さは私が一番知っている。それは知識となり経験の濃度を上げる事が出来る。そこから生まれてくるのは強大な力になり得る。


 いや、それが狙いか? だとしたら神官を使って魔王を生み出そうとしているのか? 邪神なのか魔王なのかハッキリして欲しい。


「魔王教徒なんですよね?」


「明確に述べられては居ません。ただ、崇めている対象の名はサリナスティア。古の魔王の名前だそうです」


「その魔王の記憶を神官たちが受け継いでいるとしたら?」


「まさか、神官は同時期に複数人居ると報告に」


 教皇の言葉を私は遮って発言した。


「闇魔法は記憶を封じる事も、開放する事も出来ます。最も心に特化した魔法ならば、最も記憶に特化した魔法があるとしたら、不可能ではないかもしれません。ただ、少なくとも私は記憶を分割保存する魔法は知りません」


 まるでハードディスクのバックアップみたいな方法だ。イメージコピーを魔法化したような印象を覚えた。


 そこまで話すと教皇は作り笑いを辞めて呻りだした。心当たりがあるようだ。私は教会で学んだから知っている。神官も闇魔法を学ばねばならない対処法がある事を。心の病を癒す方法として、授業で取り扱われなかったが図書室に保管された治療法が存在する。


 当然、教皇はこの手の話に詳しい筈だ。貴族以上に心の病を抱えた生物は居ないのだから。誰よりも治療した数は多い筈だ。でなきゃ幼いイルシャちゃんに精神耐性なんてスキルが生えるものか。


 教皇はそのまま執務室を辞去していった。数日後、教皇の密偵からフリントロック領へ攻め入る連絡を貰った。なにこれ。参加しろって事?


 執務机の上に置かれたメモを破りたくなった。



 ◇◇



 思った以上に教皇は強硬な男だったらしい。シャレじゃないんだよ。


 お父様に「妊婦!外出禁止!教皇依頼破棄!」と言っても受け入れられなかった。アカイライ侯爵家って国王に貸しでもある訳?と詰め寄りたい気分だよ。


 さて、教皇が、というより主教一派がフリントロック領に邪悪の根源アリと最終判断したのは確たる理由があり、それが国王陛下であるお父様を頑固にした。


「本当に魔王が居るんでしょうね」


 広大な竜船の真ん中にたった二つの座席が置かれ、両脇には豪華なテーブルが置かれている。背もたれはリクライニングどころか寝れる程に大きい。ゆったりと座る私は、態度で機嫌の悪さを表していた。


「はい。既に神殿騎士隊が3個連隊で現地を制圧しております」


「それは既に知ってます」


「これは失礼いたしました」


 人口二千三百人の領地に六千人の神殿騎士が攻め込むって、もう根切りにする気満々じゃないか。私の相手は復活したらしい魔王だけなんだけど、自分の所の国民を殺す事になっていると考えると、私は躊躇してしまいそうだ。


 チラリと教皇を見るが、その辺りの説明は既に受けている。


 現地民はキリシア教を知らない。つまり、サリナスティアと呼ばれる存在こそが至上の神であり、自分たちが代々心の支えにしてきた主神である、という事になる。そしてそれは悲しい事に、邪教徒が上手にフリントロック領民を操って来た証でもあり、揺るぎない事実でもある。


 現地民は魔王信仰が邪教である事を知らない。そもそも祈っている相手が魔王である事を知らない。彼らにとっては女神信仰なのだから。そしてその祈りは、この世界では魔王に魔力を注ぐ行為だという事を知らない。


 祈り。


 この世界での誰かに祈る行為というのは、自らの魔力を譲り渡す魔力制御と大差ない。その意志が強ければ強い程、祈った対象への魔力の譲渡が可能となてしまう。


 結果、相乗するようにして受け取る側が強固な意志で受け取ろうとすれば、魔力の流れが出来てしまう。それはヒトだけでなく地域そのものの魔力を個人に譲り渡す行為に他ならない。


 現地の土地が瘦せている一因だ。


 サリナスティアは祈りに依って肉体を与えられ、邪教徒の献身によって記憶を取り戻す。そうして復活した魔王は強大な力を発揮する可能性があるという。


 それはそうだろう。数百年に渡って、年間数千人が毎日のように必死に祈りを届けていたんだから。微弱な魔力だとしても、MP換算で毎日二千MPを最大で八百年近くも送られ続けてきた。単純計算で五億八千四百万MPだ。


 今の私の10倍以上のMPだ。ははっ、勝てるのかね?


 不安な理由は他にもある。メギアが活発に活動し始めた時期に復活した事だ。サリナスティアは守り人か否か。少なくとも魔神に関わりのある存在だろう。記憶を受け継がせて復活したら自分に戻すように画策するような奴なのかもしれないのだ。一筋縄ではいかない。


 不機嫌にもなるわ、こんなもん。死ねと言われてるようなモノだ。


 おまけに、この話をしたらフルメンバーが揃ってしまった。今も客室でレオンとブランママ、ハイネさん、ギルマス、ブラウ、シージ、ディーネが作戦会議を続けている。シャルルは目の前で操縦席に座っている。


 フル装備且つ、四機の竜機人ゴーレム専用機を運んでいる。場合によってはエステラード南東部が消し飛ぶ戦力だというのに、それを国内で運用しなければいけない事にも腹が立つ。


 これまで国内の繁栄に手を尽くしてきた私の努力を破壊するかのような思いで居た堪れない。教皇も教皇だ。勝手に魔王呼ばわりしているが、サリナスティアがどういう存在なのかも判っていない。


 私は心のどこかで、魔王ソロモンの最後の様子が引っかかっているのかもしれない。救いがあるのかもしれないと。そう話した私をレオン達は客室から追い出した。


 覚悟の決まっていない私は作戦参加させられないそうだ。それでも出発した後だったので、こうして不貞腐れながら流れる雲を眺めている。


 考えを反芻している内に客室の方から足音が聞こえて来た。この歩調はブランママだ。


「なんだい、まだ拗ねてるのか?」


「拗ねて無いし」


 そう答えるとブランママは楽し気に声を出さずに笑った。


「ユーリは半ば希望を持てるから悩むのさ。あたしだったら、そんな余裕は無いからね。魔王と戦うなら生き残る事しか考えられない。あたしが死んだら、泣く奴が多すぎるからね」


「お母さんは死なないよ。私が守るから」


 独り言のように呟いて返事をした。悩んでる訳じゃなく、迷ってるだけだ。殺るべきか、見逃すべきか、或いは殺されるか。そうだ。私が死んでも泣く人は多い。


 実際のところ、魔力が十倍ある相手だろうと勝つ方法は幾らでもある。そうじゃなきゃ私達は自我を失ったブラウに勝てていない。


 手段は数多く用意してきた。対魔神用の装備も持ち込んできた。


「なら死にもの狂いで戦いな。少なくともあたしはユーリにそう教えたはずだよ。「それが命の奪い合いの作法だ」」


 最後の言葉だけ私も言葉を合わせた。


「そして仲間を守る作法でもある、でしょ。覚えてるよ」


「なら良し」


 昔のようにガシガシと頭を撫でられると、ブランママは客室に戻っていった。教皇は私達の様子を見て何も言わない。立場を弁えているらしい。


 はぁ。良くないね。私は母親に甘えていたようだ。もう大人だろうに。やれやれだ。



 ◇◇



 遠隔操縦用のゴーレムを竜船の操縦席に残し、竜機人ゴーレムが周囲を護衛しつつ地上へと降りた。事前に視た通りの廃墟と見まごう景色だ。既に神殿騎士達に占拠されている。


「アーマーチェック」


 私の言葉で全員が装備を確認する。教皇にもヘッドセットだけは渡してある。それ以外のメンツは竜素材の鎧の上に部分的な竜機人ゴーレムアーマーを装備してもらってる。


 頭部のヘッドギアには視界を共有できるカメラや、音声通話用の無線機に加え、個別に魔導無線機を使って王都に連絡できる機能を盛り込んである。オマケに周辺地図情報も自動表示可能だ。


 トンボゴーレムと様々な情報を共有し、位置情報と生体情報を互いに確認することが出来る。誰かが死にそうになっても駆け付けられるし、簡易的な治癒魔法が自動発動する緊急医療装置を内蔵してある。


「作戦開始だ」


 ここからはレオンの指揮で動く。魔王と相対する場合を除き、私を後衛にしたまま守りつつ目的の場所へと移動する。


「御武運を」


 教皇の言葉に片手を上げて応え、ハイネさんがシージの背中に乗り込んだら行動開始だ。ハイネさん以外の全員が闘気や竜気を纏いながら駆け出した。


 目的地は竜船着陸地点である領都から東に四キロメートル程進んだ廃坑。凡そ五百年以上前に潰れた鉱脈で、フリントロック領はその周辺だけが綺麗な円状の入り江になっている。ただ、断崖絶壁なのは変わらず、廃坑から地下を進んだ入り江の中心地点に魔王の本体が封印されているそうだ。


 その場所を突き止めたのは教皇の密偵だ。トンボゴーレムを付けた男がフリントロック領に入り、その男から密偵にトンボゴーレムが渡り、密偵は神官にトンボゴーレムを付け替えた。


 あとは光魔法で透明化した状態で魔王の封印墓所まで連れて行ってもらった訳だね。その神官は自らを生贄として魔王を蘇らせようとした。その際、私の操るトンボゴーレムが不意に破壊されてしまった。


 何があったかは分からない。だが、遠隔で巨大な魔力で押しつぶされた感覚は伝わって来た


「で、この洞窟の奥がそうかい」


 ブランママがそう言って剣を一振りすると、入り口の岩が粉微塵になって奥に吹っ飛んだ。なんというワザマエ。流石に真似できないっス・・・。


「行こう」


 レオンがそう言うと竜機人ゴーレムに乗ったブラウとシャルルが並んで進める位の広さの道を侵入していった。あまり広い場所じゃない。


 定期的に発行魔道具を足元に落とし、真上に向かってディストーションをぶっ放していく。空気穴だが、昼間は採光できるくらいに明るい。無駄にはなるまい。


 地中を掘り進むワームの様な魔物が頻繁に現れる。いずれも瞬殺出来ているが、奥に進むごとにサイズが大きくなっていくのは何かを暗示しているのか。


 次第に地面が緩くなっていく。ジワジワと海水が染み出した壁になり、どこかから流れて来た地下水と合流していく。やがて現れた場所は地底湖。


 壁と地面を流れる海水も、陸地側から流れて来た地下水も、全てがこの地底湖に流れていくらしい。薄く潮の香りが漂う地底湖は、湖底が透き通っており湖底に張り付くスライムが発光している。


 あのスライムは洞窟スライムと言って、魔物の死骸や苔や鉱物を食べる種類だ。やがて一か所に集まり、喰い貯めた魔力で同種と融合した後で、私達が見ているように発光した鉱石のようになる。別名魔鉱石だ。


「これはひと財産あるな」


 ハイネさんが呆れたように言うが、回収してる暇はない。この地底湖の中央には島があり、そこには棺があるのだから。


 そして、その棺の蓋は半端に開けられており、箱の淵に尻を乗せた白い肌のヒトが生贄となった神官の肉を食らっている。お行儀よく、神官の腕から筋繊維を引き千切り、一本ずつ麺類を食べるように啜っている。


 髪は黒く、肌はアルビノのように白く、眼は紅い。爪は鋭く尖り、龍の指先のように細かい鱗が生えている。鱗は手首まで伸びており、尻には細かい毛の生えた白い尾が見える。まるで猫の尻尾のようだ。


 黑い髪の頭部からは二本の角のような・・・いや、尖った耳だな。それも後ろに流れるように細長い耳が生えている。血塗れの口に牙は無く、まるで人間のようだ。


 そうだ、種族は?


 ---------------------------------------------------

 アドマリス=サリナスティア=ミューリォル(0歳)

 種族:Mt

 レベル:0(0%)

 HP:0

 MP:0

 状態:更新中


 スキル:A

 称号:Mt

 ---------------------------------------------------


 は?


 なん、え?


「何だ、コイツ、ミューリオル? どうしてキリシアの家名が」


「おいユリア、おめぇ今なん」


 横に居たギルマスが私を振り返って問いかけた瞬間だった。ギルマスの腕が私の前に延びて、ブランママがさらにその前に飛び掛かり、更にその前にブラウが立ちはだかった。


 轟音が前方から聞こえると同時に金属が拉げる音が響き、ブランママで塞がった視界の端から赤い液体が周囲にバラ撒かれた。


 突風に吹き飛ばされたブランママが私に覆いかぶさり、私と一緒に纏めて後方に吹き飛ばされたが、飛んできたのはブランママだけではなく大量の赤い液体が上から雨のように降り注いできた。


 まさかと思い、ブランママの上半身を手で触って確かめるが鎧は無事だ。そして私の視界は前を見据えたまま現実を見た。


 上下に分断されたブラウの乗っていた竜機人ゴーレムの断面から止め処なく血と臓物が流れ落ちている。


「ブラ!」


 名を呼び終える間もなくブラウの上半身をレオンが引っ掴んで奪い取り、私達の目の前に接近したサリナスティアにディーナが上から伸し掛かり、左方からシャルルが殴りかかる。


 ジワジワと変化を始めるドラグスーツがもどかしい。もっと早く変化を!


 目の前で竜気を全開で纏ったディーナの両手が爆散し、同じく竜気に火焔を纏ったシャルルが片腕で掴まれ、一瞬で地底湖に投げ込まれた。同時に発生した水蒸気爆発を私が空間結界で防ぎ、ブラウを転移で亜空間に収納した。


 立ち上がったブランママとレオンとギルマスがサリナスティアを囲み、一瞬で多数のフェイントを掛けつつ三人同時で多段攻撃を繰りだす。


 耳に痛い金属音が地下洞穴内に響き渡ると、一瞬で発生させた魔法陣を基に一歩後退したハイネさんが熱線砲を、シージがブレスキャノンを同時多重に放つ。直撃寸前でサリナスティアから離れた三人が各々自分の獲物を見れば、剣は欠け、拳は血塗れだった。


 目の前で熱波が広がると同時に、周囲から木の根がサリナスティアの周囲から持ち上がり、檻のように閉じ込めていく。私はドラグスーツの背中から四本の手を生やし、檻を見ながらレオン、ブランママ、ギルマス、シージを掴みつつ地面に叩きつける。


 悪寒が肌を泡立たせる。白いヒトガタに爆発的な力が集まり、今にも放出されようとしているのを感じた。


 自分も急いで伏せると、周囲が真っ白に染まった。閃光がサリナスティアを中心に天高く登っていく。閃光の中、サリナスティアの後方からシャルルが吶喊してくるのが見えた。


(ダメだ!近づくな!)


 念話も間に合わなかった。サリナスティアが後ろを振り返った瞬間にシャルルの進行方向に空間転移の入り口を張った。その入り口が破壊され、シャルルは後方に放たれた光に飲み込まれてしまった。


 シャルルが居た後方の洞窟が削れ、最早地底湖など跡形もなく消滅し、消え去った洞窟の向こうには茜色の夕暮れが一瞬だけ見えた。開いた大穴の淵からは海水が濁流となって落ちて来る。


「あ―――――――」


 苦しい。


 なのに酷く体が軽い。


 呼吸音が遠い。ブランママが私の顔を掴んで何かを叫んでいる。遠い。ダメだ。意識が。落ち着け。あぁ、みんなが遠い。熱くなるな。


「あぁぁぁぁ!!AaaaawwwwddmmaaaaaarrrrrrrryyyyyySS!!!」


 ああ。誰かが。ああ。何かが喚いている。ああ。叫んでいる。ああ。白い。ああ。消える。ブランママが。レオンが。ギルマスが。シージが。ハイネさんが。みんな。みんな消える。


 ああ。


 嗚呼。


 サリナスティアが。


 私は何をしてる。


 嗚呼。サリナスティアが。黒くなっていく。


 嗚呼。あんなに白かったサリナスティアが。黒く。


 嗚呼。嬉しい。サリナスティア。


 嗚呼。そんな、悲しい。サリナスティア。


 嗚呼。アドマリス。


 マリス。


 大切な、マリス。


 嗚呼。また、もう一度―――。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、あっ・・・」


 サリナスティアだった肉塊を握りしめ、私の両手は徐々に人のそれに戻っていった。空は既に暗く。私の周囲だけが明るい。分かってる。いつものだろう。


「あっ、くっ、ふぅっ、うっ、あぁ!」


 死んだ。みんな、死んだ。サリナスティアと同じものが私から溢れ出て、みんな死んだ!!! 消えてしまった・・・。


「っ――――!! あああああああああああ!!?」


 ブランママは最後に何を言っていた?


 レオンは何かを指さしていた。


 ギルマスは最後までサリナスティアと戦おうと向かっていた。


 シージは私を守ろうと背中から抱きしめていた。


 ハイネさんは必死に魔力を振り絞って、抗おうとしていた。


 ディーネは私を連れて逃げようと引き摺ろうとしていた。


 シャルルはサリナスティアに跡形もなく消されてしまった。


 ブラウは・・・。


「はっ、ブラウ!?」


 視界が涙でぼやけて思考が定まらず、動転して立ち上がる事も出来やしない。立とうとして無様に転がっている始末だ。でも、それでもブラウは生きている筈だ。私の空間に退避させておいた筈だ。


 竜機人は無限再生スキルでコアが消し飛ばされない限り死なない!


 動揺しているせいなのか空間魔法が上手に操れない。それならと腕輪からドラゴンスタッフを取り出して、膝立ちのままブラウを隔離避難させた空間を開く。


「ブラウ!!」


 居る。ゴーレムは半壊しているが、既にブラウ自身の体は下半身が再生しつつある。


 あれ? 私はどれくらい長い間、意識を遠くへやっていた? 


 ブラウを隔離空間から引きずり出しつつ、ゴーレムを解体して下半身にスカートを穿かせる。ブラウを抱きしめて、体の熱を感じつつ、自分の体が酷く冷えている事に気付いた。


 震えが止まらない。現在時間は? 全身の竜機人兵装が失われて、ヘッドセットも消えてしまった。分からない。何時だろう。そうだ、時計。時計だ。


 腕輪型アイテムボックスから魔導懐中時計を取り出し、針が勝手に時間調節を終えるのを待つ。深夜2時。洞窟突入時が昼過ぎの13時。半日近くも私はイカれていたのか。


 そうして、再度自分の過ちを心に反芻させると、震えが酷くなってきた。


「あ・・・あぁ・・・うぁぁぁぁぁあぁぁああああああ」


 力なく気を失っているブラウに抱き締めて、ブランママそっくりな胸に顔を埋めて泣いた。


 これは罪悪感だろうか? 己に殺意を向ける事が罪悪感ならそうなんだろう。でも、少し違う。これはきっと違う。私はきっと、自分に復讐したい。


 いつか、必ず。



 ◇◇



 ブラウを背負って竜船に戻った頃には夜が明けていた。私はきっと酷い顔をしていたのだろう。神殿騎士達は一斉に抜剣し、教皇は腰を抜かしていた。みんな震えていた。


 私も震えていた。今もまだ寒い。背中から感じるブラウの熱が救いだ。この子が辛うじて私を温めてくれる気がする。


 竜船に戻り、震える腕でドラゴンスタッフを振るう。客室の扉が消えて無くなり、部屋の奥にあるベッドにブラウを寝かせる。まだ両足が完全に直っていない。震えのせいか、体の輝きのせいか、神癒魔法は使えなかった。


 ブラウの容態を暫く確認し、教皇に彼女を任せた。私は操縦席に座る私そっくりのゴーレムの横に座り、副操縦席に体を預ける。背中に違和感がある。


 後頭部にナニカがある。竜の角か。


 背中にナニカがある。竜の羽根か。


 ああ、いつものか。


 まぁ、いいや。


「王都へ」


 それだけ伝えるとドラゴンロッドを右手に掴んだまま、私は眠りに入った。



 ◇◇



 ゆっくり飛んでいたのだろうか。まだ王都には着いていなかったらしい。操縦席のゴーレムに文句を言おうとしたら、いつの間にかそこにはブラウが座っていた。


「主・・・おはようございます」


「ああ、おはよう。ブラウ。今日は寒いね」


 起きても震えが止まない。寒い。角と翼も消えていないようだ。どうしてだろうか。


「ゴーレムは?」


「主、船内の修理を行っています」


「修理?」


「主、守り人が襲撃してきました。ただ」


 ガバッと上体を起こして周囲の気配を探る。だが私とブラウ、ゴーレム達と教皇に数人の神殿騎士しか気配を感じなかった。


「何処に行った?」


「主、守り人は操縦席の目の前まで来た時に、主の姿を見て逃げて行きました」


「は?」


 ただのドラグスーツだろ?と私が自分の体を見直すと、どうも様子が違うのかブラウが悲し気に微笑んでいた。いや、まて、私の声。寝起きのせいか?やたらと低くないか?


「ブラウ、私は、どう見える?」


「主・・・」


 何だ? ブラウが操縦席から立ち上がり私に近付いて、私の首を掻き抱いてきた。泣いている? 何故?


「主は、竜化が始まっています。何故かは解りません。サリナスティアに、何かされたのかもしれません。私にはわかりません」


 え?


 竜化? 今度は何が起きてるんだ。


「あ・・・これが、私の声? はは、ブラウ。私は」


 酷くしゃがれていて、酷く太い声になっている。なのに幾重にも重なったような不思議な音が私の喉から発せられている。


 そう言えば光が消えないな。ああ、ステータス。ステータスはどうしているんだ。私はどうなるんだ?


 右手を掲げて掌を見た。鱗のように角質がハッキリと分かれ、鱗肌は妙に透き通って見える。その下に更に角質があり、幾重にも肌が重なっているようだ。そうか、これは竜の鱗の生え方だ。


 そうか、私は、竜になるのか。


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 ユリアネージュ(19歳:不変)

 種族:真人

 レベル:531(17%)

 HP:1690019

 MP:41203777

 状態:真龍化(31%)


 スキル:

【武術】

 剣術LV10、霊剣術LV2、天歩LV3、格闘術LV10、仙体術LV10、竜体術LV1


【魔法術】

 火魔法LV10、水魔法LV10、風魔法LV10,土魔法LV10、光魔法LV10、闇魔法LV10、元素魔法LV10、空間魔法LV8、刻印魔法LV10、封印魔法LV10、付与魔法LV10、錬金術LV10、波動術LV3、回復魔法LV10、治癒魔法LV10、神癒魔法LV9


【補助技能】

 気力制御LV10、魔力制御LV10、仙気制御LV10、竜気制御LV9、霊気制御LV1、並列制御LV10、闘気制御LV10、気配察知LV10、高速反応LV10、魔気合一LV10、万象融然LV3、HP高速回復LV10、MP高速回復LV10、気道回復LV4、真実の天瞳、囁きの声、フリキア言語LV9


 称号:真人、聖女、ワールドルーラー、竜機人の創造者、神技の体現者、神樹の守り人

 ---------------------------------------------------


 進行度31%か。随分とゆっくりだな。私も以前のブラウのようになるんだろうか。ああ、もう人里には近づけないな。


 ああ、状態:妊娠が消えている。ごめんね。産んであげられなかった。


「ゴメンね・・・」


 お腹を摩るとまた涙がこぼれて来る。震えが酷くなってきた気がする。


「あ、主? お腹の子がどうかされたのですか?」


「うん。居なくなってしまったよ。竜化と同時に視えなくなってしまった。分かるんだ。もう視えなくなった。もうきっと、私のお腹には居ないんだよ」


「そんな!!! シージが楽しみにしていたのですよ! ブラン様も! レオン様もそうです!」


 そんな見当違いな事を言うブラウに私は怒りを覚えた。


「もうみんないない!!! 消え去ってしまった!! いないんだよ!!」


 私が殺した!! ユリアネージュが殺した!! ワタシが!

 お母さんを! レオンを! 大切な人たちをみんなみんな殺した!!


「あ、主」


 ブラウが私の左手の甲に両手を被せてくる。温かい。でも、その温かさを以てしても、もう私の竜化は止まらない。


「ありがとう、ブラウ」


「あ、あの、主」


「船は王都で皆を下ろした後、実家に向かわせて頂戴。今のうちにやらなければならない事があるわ」


「えっと、主!!」


 なんだ? 普段のブラウと大分違うが。妙に押しが強くない?


「シャルルとシージが、そろそろ空間結界から皆を出してくれないかと催促の念話が届いているのですが、主には届いていないのですか?」


 は????


「どういうこと」


「主、皆は生きているようです。私は気を失って、主の隔離結界に避難させられていたらしく、別の空間に居たので皆とははぐれていたようで」


「どういうこと」


「主、とにかく空間魔法で皆を探してみてくれませんか」


「どういうことなの・・・」


 ゴトリとドラゴンスタッフを取り落とし、ブラウがそれを拾って私に与えてくれる。そう言えばこの杖はブラウが作ってくれたんだった。いずれ必要になる時が来るかもしれないと言って。


 そうか、それが今か。


 片っ端から自作した空間を開いていくと、訓練用の魔法生物空間や、作業用の工場空間、危険植物栽培用の空間、危険物保管用空間、武器空間、防具空間、ゴーレムパーツ空間、兵装空間、魔列車空間、飛行機空間、自動車空間、食糧庫空間等が目の前に大量の入り口となって現れた。


「あ!みんな見ろ!出口だぞ!!なぁ?あたしが言った通りだろ?」


「うぉぉぉぉぉ!?待ってたら出来やがった!本当に出口なのかよ!?」


「おぉ!これでやっと出られるな」


「あー・・・流石に野菜は食べ飽きたわ・・・」


「殆ど、この子が食べちゃったのですよ!!」


「主に叱られないと良いのですけどね」


「大丈夫!私が上手くだまして隠す!!」


「はぐはぐはぐはぐはぐ」


 カオス。消えたと思ってた皆が野菜倉庫で野菜喰ってのんびりしてた件。あと、なに?なんでサリナスティア生きてる上に、勝手に私の野菜喰ってるんだ?


「おい。マリス。人の物を勝手に食うな」


 ギョッとしたサリナスティアがこちらを振り向き、ブランママの後ろに隠れた。


「ほう、私のお母さんを盾にして何をしようとしてるんだ? 良い根性だな。ちょっとこっちに来なさい」


「ひぃっ!龍きらい!」


 ああ、何だか寒気が酷くなってきた。今すぐコイツを殺さないと気が収まらないし、寒気も収まらない気がしてきた。ああ、殺したい。でも、その前にお仕置きだな。ブラウを半殺しにしてくれた礼をしなくては。


 ゆっくりと竜気を練ると、今まで以上に軽く、そして素早く操れることに驚いた。まるで周囲一帯が全て自分の体内のようだ。


 それでいて他者の命の鼓動を手に取るように感じ取れる。今ならサリナスティアも一息で握りつぶせそうだ。視界が赤くなってキタ。あア、何だカ、温カクなってきたジャナイカ。


「ちょっと待った!あんた、今あたしのコトお母さんって言わなかったか」


「お母サンはお母さんデショ? 何言ッテルノ?」


 よく見れば全員臨戦態勢じゃないか。どうしたんだ?


「ちょっと待って。アンタの持ってる杖って、ユリアのドラゴンスタッフじゃないか!?」


 ハイネさんが今更ながらに何か言っている。


「そんな事はドウデモイイ。それよりマリスを寄こせ。ブラウと同じように半分に千切ってやる。ソレで許そうってイウンダ。ヤサシイダロ」


「ひぃぃぃぃ!! 龍嫌い、龍嫌い、龍嫌い!!」


 サリナスティアにイラついていると後ろから声が聞こえた。


「主!! もう良いんです! もう良いんですから! 正気に戻ってください! そのままだと私と同じになる!」


 ブラウが何カ叫ンでイル。


「自我が無くなって、ただのドラゴンに成る! そんなのは嫌だ! 主に抱っこしてもらえなくなる! 主におかえりって! ただいまって! 言えなくなる! いやだ! いやだぁ!!」


 ブラウが駄々っ子のヨうに叫びながら前に回り込ンで抱き着いて来ル。前々から思ってたけド、この子は一番甘えん坊さンだな。


「あるじ! シャルルもあるじと一緒が良い! あるじにいっぱい、色んなこと教えてもらった! まだまだ教えてくれないとシャルル困る!!」


 そういえばシャルルに教えるのは大変だったな。妹弟より手が掛かった。横から抱き着いて来たシャルルは昔よりも少しだけ背が伸びていた。


「主、私はまだ起きて日が浅いのです。まだまだ主と一緒に過ごした時間が足りないのです。もっと一緒に居てください。それなのに、主の方が居なくなったら、私はどうすれば良いのですか?」


 そう言えばあんまり一緒に居てあげられなかったな。これからはもっとシージと一緒に居よう。シャルルの反対側から抱き着いて来たシージは、大人の女性だ。優しくブラウと纏めて抱きしめて来た。


「・・・主、私も色々美味しいもん食べたいし、面白いもん見に行きたいぞ!もっと主の背中に乗せろ!」


 ディーネはディーネなりに甘えてくるからなぁ。ま、この子はこれでいいだろう。なんだかんだで強欲だし。背中に飛びついて来たディーネは私の翼に両手を掛けて抱き着いて来た。


「フゥ・・・アンタタチハ、マダマダ子供ダネ。デもね」


 親からしたら、子供は何時まで経っても子供だね。大切過ぎて、手放せないよ。私もダメ親だったって事か。ああ、温かい。


「ワタシも、まダまだ、親にナり切れないンだヨね」


「主?」


 ああ、何だか眠いな。


「だかラ」


「あるじ?」


 もう、このまま、眠ってもいいかもな。


「もうすコしダけ」


「主!」


 だって、こんなに温かいんだもの。


「アンタたちの親をやってみるよ」


「主!!」


 だからしばらく、おやすみ。



 ◇◇



 柔らかな感覚の中で微睡んでいると、真っ白な世界で地に足がつかない場所に立っていた。天歩も発動しない。ずっとフワフワで落ち着かないな。


 周囲を見渡すも、やはり何もない。明るい雲の中に浮いているかのようだ。遠くは見えないし、濃い霧の中のように足元が見える程度に視界が悪い。


「・・・死んだのかな?」


 そう呟いて自分の手足や体を確認しても、特に何もいう事は無い。相変わらずでっかい胸に、180センチメートルの長身に、両手で収まる小顔。そして背中の中ほどまである長いロングストレートな銀髪。髪留めも何処かへ行ってしまったらしい。頭を振ると左右に髪が振り回される。


 持ち物は何もない。というか全裸だ。なのに寒くも無いし、熱くも無い。


 魔法も仕えないし、真実の瞳も発動しない。


「お~い」


 白昼夢なら好きな事が出来るのにと残念がっていると、急に頭上の雲が晴れた。太陽の光が差し込んできたものだから素肌に突き刺さるくらい暑い。取り敢えず隠すとこ隠すか。


 両手で先っぽとお股を隠しながら様子見していると、何やら女性の声が聞こえて来た。これって・・・いや、よく似ているけどブランママじゃないな。誰だろう。


「あの子を―――あの子をお願い」


 あの子って誰? ネグレクトですか?


「東を求めなさい―――」


 ねぇ。ちょっと! 意味分かんないんだけど! 誰なのさ!?


 東って何!


 あの子って誰!?


「ねぇってば(ヘェッテハ)!」


 自分の声が良く聞き取れなかった。見慣れた天蓋。見慣れた窓。見慣れた化粧台。見慣れたタンス。見慣れた姿見。見慣れたブランママ。見慣れない子供。


ハェ?」


 何か私の寝室に知らない子供が!! しかも私の声カッスカスだし! 全然声でないよ!


「ユーリ・・・ユーリが起き、起きた、起きたよぉぉぉぉ」


 ブランママが数秒固まった後で抱き着きながら泣き始めてしまった。


 え? 何事?


 しかもめっちゃ体が怠い。ナンダコレ状態だよ。


 まず喉おかしい。神癒魔法で何とかならんかな。おお、治ったか?


「お母さん(おはあさん)、どうしたの(ほうしたの)」


 まだ全然、声が出無いね! どうした私!? 何があった!? ブランママがずっと泣きっぱなしだし、意味分かんないんだけど!?


 ていうかブランママ重い! 持ち上がらない! なんだこれ!? 本当になんだこれ? 何が起きたんだ。


「うぅ・・・ぐっす、ユーリ、あんた六年も眠ってたんだよ。もう目を覚まさないかと思って、ぐっす」


「・・・・・」


 声も出ないわ。いや、今は元から出ないんだけど。何も言えないわ。あれ? おかしくない? 竜船の中から空間魔法で食糧庫に入って野菜モシャモシャしてる色白チビッ子を真っ二つにしてやろうかと思ったら、ブラウ達に抱きつかれてホンワカして気を失って・・・。


 ほぉ。六年か。やるじゃない私。


 突飛過ぎて頭が追い付かないよ。


「ユーリ姉は六年かけて竜化が解けたんだよ。最近になって完全に鱗が消えたから、そろそろじゃないかって毎日交代で見に来てたんだよ」


 その前に誰? 褐色肌で中学生くらいの身長に、白い髪と赤い瞳。この子、ナチュラルに妹になってるけど、どっかで見覚えあるよね? 誰だっけ?


ハエ?」


「私、サリナスティア」


 一瞬、殺気が沸き起こったけど、ブランママがビクッとしただけですぐ消えた。私にナニカするつもりなら、とっくの昔に何かしてるわな。


 それより、あの色白食人鬼が随分と普通な見た目になった事。どうやら今は獣人で通しているらしい。しかもブランママの養子として私の妹になったとか、そんな話を懇々と聞かされた。


 状況から考えるに、夢の中の声はやっぱりブランママだったのか?


 いや、しかし、それだと東とか言ってた意味が通らなくなるし・・・う~ん、分からない。


 水を飲みながらブランママとサリナの話を聞いていると、随分と周りに心配をかけたらしい。実はひっそりと私が死んでいるのではないかという噂もあったとか。その度に、神殿に飾ってある私の通学用ボディを見て「ほら!まだ魔力通ってるでしょ!生きてる証拠!」と宣っていたらしい。


 主に教皇が通学用ボディで「聖女生きてる説」を派手に宣伝していたそうな。というのも、自分のせいで昏睡状態にさせてしまったと、やつれて笑えなくなる位に精神を病んでいたらしい。今は息子に教皇の座を譲って、定期的に此処に訪れているとか。聖女に恋した教皇として逆に有名なんだとさ。最後のはどうでもいいわ!


「んくっ・・・ぷはぁ。んで、家族はみんな平気?ついでに商会も大丈夫だった?」


 快癒の水をごくごく飲んでいると、横で心配そうにコールが見ていた。昏睡明けの人間が飲む量じゃないらしい。私もそう思うわ。でも飲めちゃうから不思議ね。


「そうだね、大きい所だとシルバが結婚して、東部首長連邦が反乱を起こしたくらいかね」


「あー、反乱かぁ・・・シルバ結婚した?誰と?」


「ルネちゃん」


「おぅ・・・順当過ぎて驚きがないわね」


「でしょ」


 まぁ、幼馴染だし。どっちも今は王城勤務らしいし。シルバは予告通りに近衛に入隊したらしい。シスコン騎士として皆に愛されているとか。ルネちゃんは去年一人目を産んで今は王宮筆頭魔導師の候補第一位らしいわ。ライバルのイルシャちゃんはどうした? あと下の二人の弟たちは?


「イルシャちゃんはフランと一緒に修行の旅だよ」


「う? けふっ。フランは、まだ10歳じゃ・・・」


 危ない。水を吹くところだった。そして私の記憶は正常らしい。あの子たちはシュリアから免許皆伝を得て、北部魔導議会で冒険者をやっているとか。ディーネも一緒に。


「大丈夫かなぁ」


「大丈夫だよ、フランとディーネは息ぴったりだし」


 フランはブランママが認めるほどの闘気剣使いに育ったようだ。出かける前に私にキスをしていたらしいので、まだ娘には愛されているらしい。


 下の娘は学園のアイドルをやっているらしい。祖母に似て宮廷闘争が大好きなんだそうな。お母様・・・何を教えたんですか・・・。


 一番上のアルセウスは既に成人目前で闘気剣使いとしても一人前となり、魔法に関しても宮廷魔導士長のお墨付きとか。現在は蒼羽と一緒に東部首長連邦の反乱軍残党を狩ったり、混乱を鎮めるために政治活動を行っているらしい。


 弟たちはモルトが北央騎士団に入り、アドが紹介でモンドさんの弟子になったそうだ。そのまま商会を任せたいわ。


「そっか~、子供達も元気そうね」


「あー・・・流石に自覚ないか」


「?」


「ユーリ、あんたに四人目の子が産まれてるよ」


「はぁ!?」


 ちょっと待てちょっと待て、も、もしや、レオン!? 私の旦那、私が寝てる間にもしかして!? ちょっとレオン!?


「レ」


「れ?」


「レオーーーン!!!!!」


 五回でした。いえ、誤解でした。


「そんな訳ないだろ・・・」


「だよね・・・いや、それよりも! どうやって産んだの!?」


 其処だよ問題は!


「お腹をスパーンと」


 ブランママが手刀で横一閃すると、横に居たサリナの前髪が数本切れて落ちた。おいおい。それ「産んだ」っていうか「取り出した」だよね。


「え、えと・・・縫合とか治療は誰が?」


「アルちゃんよ!」


「親友に何をさせるのぉぉぉ!」


 因みに最初に赤ちゃん抱いてゴメンね、私が最初でゴメンねとずっと謝っていたらしい。やっぱイイ子だ。イイ子過ぎる。ぐう聖ってああいう子の事を言うんだと思う。私よりよっぽど聖女だよ。


「何でアルがやる事になったの?」


「お城の治癒師長が老衰で亡くなってね・・・それで誰か代わりにってなった時に、ユーリが臥せってるのを知ってたから、だれも責任取りたくないって言い出して、アルちゃんがキレたのよ。じゃあ、私が治癒師長になります!って」


 そして図ったかのように寝室のドアが開いた。入って来たのは当然ながら親友の治癒師長である。若い!年下なんだから当然だな。


「そうです! ユーリ! おはよう!」


「アル!・・・おはよう」


 ギュってした。思いっきりギュってしたけど、私の筋力が落ちすぎてて「グェェ」ってさせられなかった。


「また大変な仕事についちゃってもう・・・有難う、親友!」


「えへへ・・・どういたしまして、親友!」


 それでアルの後ろからついて来た男の子が、もしかして私の息子か。


「は、はじめまして、かあさま。シリウスです」


 始めましてかぁ・・・そうだなぁ。お腹の中でしか会ってないもんなぁ。そう思いながら無言で撫でていると、シリウスが動揺し始めてしまった。困らせちゃったかな?


「生まれる前からあなたの事は知ってるよ。ママだよ~」


 さぁ、ママパイで眠るが良い!息子よ!


「わわわふみゅむむむ」


 あ~、かわいいんじゃ~。可愛いぞ息子よ~。おっとイケナイ、窒息させてしまう。


「ぷふぁぁ」


「ごめんごめん、苦しかった?」


「う、うん、ぜんぜん。でも、うれしかった。かあさまには、ぎゅってしてもらったことなかったから」


「うん・・・今までゴメンねシリウス。これからはもっと甘えて良いのよ」


「うっん。ひっく、かあさま・・・!」


 その後、数日はベッドから出られなかった。ブラウ達が押し寄せて来たり、急遽アルセウスが帰って来たり、レオンから滅茶苦茶気を使われたり、お父様とお母様とアナ姫は相変わらず優しかった。


 実家の家族も王都まで来て見舞いに来てくれた。年一回は見に来てくれたようだけれど、流石に竜船の利用料は馬鹿にならないからね。片道一回で平民の家が一軒買えます。


 何より驚いたのがレオンが即位していた事かな。私は聖女という呼び方から眠れる王妃へとクラスチェンジしていたらしい。王妃らしい事、まだ何もしてないんですけどね?


 あと、商会は人数が増えてた。私がやる筈だった開発作業が既に終わってたりしてた理由は、ジュリアンヌ錬金術商会の力も大きかったらしい。いつの間にか魔列車も就航してるしな! 私が居ないから魔石で動かす低速モードだって話だけどね。無茶したもんだわ。


 フランは小さいブランママだった。もう、確実にお婆ちゃん似だよ!


 エミーシャもお婆ちゃん似だったけど、こっちは小さいお母様だった!お上品に笑う姿を見て、本当に私の子か?と不安になったのは内緒だ。


 私の体は起きて数日もしたらふっくらとした顔に戻った。随分とやつれていたんだけれど、初日から肉食ったお陰だな! ブランママに大笑いされて、お母様には心底心配された。食べられるうちに食べないと勿体ないでしょう?



 ◇◇



 そして本日は久しぶりの鍛錬。ようやっとレオンの許可が下りたので、遂に剣が握れます。


「ふっ」


 まずは素振り。型をなぞるように。丁寧に。足運びも合わせる。うん。


 忘れないもんだねぇ。


 訓練場で剣を振っていると周囲から拍手が起きた。何で?


「それは初めて見る者が多いからですよ。王妃様」


 話しかけてきたのはシルバ(19)だ。


「シルバは小さい頃から見てたじゃない。見飽きたでしょ」


 そう言ってシルバの方へ剣を構える。


「やっとユリア姉の型を振れるようになったからね。それを証明しよう」


「やってみなさい。修練三から修練七!」


「いっ!?」


 約束組手ならぬ予定撃ちの連撃練習の事だ。因みに一つの修練で休む暇なく、緊張した状態で、更に激しい先読みをしながら動き続けて30分前後かかる。ブランママとなら6分の一くらいの時間で終わる。はええんだあの人の剣。


「ちょっ、まっ、ユリア姉!?」


「ふっ、はっ、ふっ」


 決まった動きしかしない筈なのに、シルバ君は全弾命中して全てクリティカルヒットしてました。終わった時には腕の骨が折れてたので治してあげた。


「ダメじゃない・・・」


「ぐっ・・・次こそはあああああああ!」


 シルバは走ってシャワールームに駆け込んでいった。鍛錬不足だなアレは。嫁とイチャコラしてっからだ。


 そのまま剣の型の練習で夕方までやっていたら、レオンに怒られた。うちの旦那が過保護になった気がする。



 ◇◇



「講師?」


「ああ、未だ病み上がりだし、昨日みたいに夕方まで動かれると不安になる。という訳で、少し学校で休んできてくれ。頼む。私の精神衛生的に」


 私の行動は高レベルの精神耐性を貫通してしまったようだ。おかしいなぁ、ココの所、毎晩慰めてるんですけどねぇ。ニヤニヤ。


 私の精神衛生的には城内生活が快適になったといえるけどね。アルエットとジュリアンヌが王城に現れる時間が多くなったので、結構頻繁にお話をする時間が出来た。ママ会というやつである。


 魔法鍛錬しながらだけど。


 お陰で私達が中庭で立ち話をしていると幻想的な環境になると、貴族関係者で名物になってしまった。全員が高レベル魔法使いだもんね。ジュリーは錬金術メインだからそんなでもないけど、アルはそろそろ治癒魔法を究められるんじゃなかろうか。十代で名を売ってから治癒士が働く教会にアルエットの人気を聞いて怪我人が大量に集まり、凄まじい頻度で治癒魔法を使っていたし。治癒魔法レベル7って中々いないぞ。


「魔法講師なら良いよ」


「そのつもりだ」


 レオンは御髭を生やすようになったので、少しだけ格好がつくようになった。まだ二十代なんですけどねぇ。


「お母様のまほうたのしみ!」


 リビングのソファに座り、右脇にエミーシャを左脇にシリウスを抱きながら話を聞いている。昼間はお父様とお母様に子供達を独占されているので、家庭内独占禁止法により夕食後の子供たちは私が抱っこします。


「エミーシャは毎日見てなかったっけ?」


「それは一歳のときだもの。おぼえてません」


「それもそっか」


 そういや起きてから、訓練場で魔法鍛錬はしてないな。魔法生物空間には大量に妖精っぽいのとか精霊っぽいのを作ってるけど。


「学校ではどういう魔法を習ってるの?」


「せいかつようの魔法?をならってます」


 うろ覚えでシリウスが答えた。そうだよ、それが正しい六歳児の反応だよ。アルセウスは特殊過ぎたんだよ。フランもある意味特殊だけど。


 うちの子で本物の天才はフランだろうな・・・。


「着火の魔法とか、明かりの魔法?」


「そうです!」


「ダメよ。そんなのまほうじゃないわ。ちゃんとえいしょうして、ドーン!とするのがまほうなのよ!」


 可愛いなぁ。私の六歳は可愛くなかったから羨ましさすらあるわ。これですよみなさん! これが六歳児と七歳児ってやつですよ! 間違ってもCランク魔物をコンビニに行く感じで狩りに行ったりしないんです!


「ねえさまはドーン!てできるの?」


「できるわよ?」


「ほんとに?」


「できるもの!」


 あら元気~。でも意地の張り合いみたいな喧嘩は駄目よ。


「じゃあ、二人には特別に本物の魔法を見せようかしら?」


「かあさまのまほう!」


「すごい!お母様のは、せいじょまほうっていうんでしょ!」


 一応、聖女魔法だよな・・・? 神癒魔法と合成してるんだし。うん、あってる筈。


 クルクルと指先で書きなれた魔法陣を描くと、一体の羽根妖精フェアリーが産まれた。自由に飛び回って放っておいても勝手に重症を直してくれる便利魔法だ。大体数百人を癒すと消える。


「幻影魔法でしょ!」


「あら?じゃあ、触ってみて」


 へぇ、そういう幻影を作る光魔法があるのか。今度調べてみよう。というか自力で造れそう・・・というか自分で作ってたな。


 エミーシャが妖精を捕まえて触れることに驚くと、どうせニセモノよ!という顔が吹き飛んで呆けた顔になった。かわいい。


 その顔を余所に私は魔法生物空間の入り口を開けると、各種属性の訓練精霊がリビングいっぱいに広がった。


「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・」


 淑女がそんな声出して良いのかな? シリウスも大口開けて固まっちゃった。


「ママは幻影魔法は知らないけれど、属性魔法から攻撃性を消して灯の魔法の要領で形を作る練習は小さい頃からしてたわね。いつからか、空間魔法を覚えて、そのなかでこうしてずっと練習してるのよ」


「しゅ、すごい・・・」


 エミーシャの語彙が無くなる程に感動してもらえたらしい。喜んで貰えてなにより。シリウスは水の精霊を捕まえようと手を空中に伸ばすが、動きが速いのか捕まえられないでいる。


 懐かしいなぁ。サリーが「シュライムー!」と言いながら一緒にピョンピョンしてたのを思い出す。あの子も今や立派な母親だ。


「シリウス、もっと左、頑張れ頑張れ」


「おお、そっちだ、もう少しだぞ。はっはっは」


 レオンもこうしてパーティの合間を縫ったりして家族の団欒に付き合ってくれる。上二人とはあんまり出来なかったからなぁ。まぁ、代わりにお爺ちゃんお婆ちゃんと遊んでたみたいですが。母親は途中でダウンするしな!


 エミーとシリウスが腕を伸ばして妖精や精霊を一列に乗せてる映像を保存しておこう。この子たちが大きくなって、子供が出来た時に見せてあげたい。その時まで、平和に過ごせる未来を手に入れられればいいのだけれど。



 ◇◇



 執務室での仕事は殆ど無くなった。レオンが奪っていってしまうからだ。商会の仕事もモンドさんが対応してしまうし、私のやる事がすっからかんだ。


 そうしてコールとお茶を飲んでいると六年ぶりにこの部屋で会う人が訪れた。元教皇だ。あれから色々あってやつれたせいで酷く痩せてしまっている。痩せてるけど健康ではあるらしいが。


「もう、すっかりお元気になられたようですな」


 相変わらずの微笑み上手である。


「お陰様で。随分と御心配をおかけしたようで済みません」


「いえ、何度も申し上げた通り、私が焦った事が原因です。責められるべきは私ですよ。どう考えても急ぎ過ぎていた。これで長年の決着が着けられるとね。それも大きな間違いだった訳ですが」


 そう。結局サリナスティアは魔王では無かった。色々と話を聞いた所、彼女はむしろ主神の身内。ガチ目な女神様だった。そりゃステータスもまともに働かない訳である。


 まぁ、第一印象は完全に食人鬼だった訳ですが。あんなの分かんないよ。口の周り血だらけでさ。どう見ても悪魔です。いまさら言ったところで遅いんですがね。


「ミューリオル・・・キリシアの血縁者ね」


「はい。協会の古文書でも同様の名を確認しております。これまでは事実かどうか、可能性の問題だったのですが、魔神メギアの元にあった資料と、教会の古文書、そして血縁者の鑑定結果。この三つから確定であると断定されました。そもそも、種族がMtなどという方はおりませんからな」


「HPとMPも0のままだし、レベルも0。スキルに関しては手抜き表記も良い所。恐らく、キリシア神はサリナスティアをこの世界で何らかの決着をつけた先の世界で生きてもらうつもりだったのでしょうね」


「先の世界、ですか?」


「ええ。スキルの無い世界。レベルすら必要のない世界。そう言った概念を生み出したキリシアが、それを不要とする世界。自己否定した世界こそが真なる世界とでも言っているかのような行動でしょ? そこで矛盾はするけれど、納得できる話なのよ。このステータスシステムは、メギアが現れてから必用に駆られて作り出した。まるでそんな風にすら見えるわ」


「当たり前にある者が誰かによってつくられたモノだとしたら」


 主教の教義には沿うだろう。混乱も起きないと思う話だ。


「それは偶然ではなく、必然だったという事ね」


「何のためにというのが、魔神に掛かってくるかもしれないという事ですな」


 魔神はキリシアの敵。神敵であると主教が導くことが出来る。


「ま、私は神学の研究者じゃないから、勝手な言葉に過ぎないけどね。それでも、サリナスティアの存在はある種の答えを見せてしまっている。もしかしたら、それすらもメギアの罠かもしれないけどね」


「だとしたら、魔神という物はかくも恐ろしいものですな・・・」


 考え違いをさせるために彼女を用意するのは、メギアならば容易か?


 答えはYESだ。アイツなら白い紐で幾らでも作れる気がする。アレにはそういう可能性を秘められていた。あの紐は無機物だけれど、生物でもあるからね。顕微鏡で調べたのだから間違いない。細胞を持つ無機物のコントローラー。それが群体となって一個の生命を形作ればどうか?


 サリナスティアのような存在も作れるのではないか?


 或いはこの世の生物に成り代わる事も―――。


 やめよう。無駄な考察だ。


 私達には今起きてる事に対して行動するしかないんだから。先々を予見した行動すらも、神々にとってはカメの歩みと大して変わるまい。全てはお釈迦様の掌の上ってな。


 元教皇は王都学園の話やとりとめのない雑談などをして帰っていった。あの人も変わったな。前はあんな話はしなかったのに。隙を見せられる余裕が出来たのだろう。良い事だ。


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