075
ここまでは短めです。
聖キリシア教会。主教とも呼ばれる。
この世界において地域を問わず最大宗派の宗教派閥である。この傘下に個人別の聖人宗派、地母神宗派、大樹宗派、武神宗派、元素宗派等が存在する。ユリア教とか止めて欲しい。アルエットが宗主なのも止めて欲しい。
対して邪教と呼ばれる魔王教、魔神教、異神教、皇竜教、邪神教なんかが存在するらしい。少なくとも私は遭遇した事が無いし、探索ゴーレムで見た覚えもない。
主教系列は兎も角、邪教系列の宗派は根こそぎ排斥されるので主教派から敵視されているし水面下での戦いは今でも続いているらしい。
「ですので、ご協力を頂きたく」
「忙しいので無理です」
私の前に現れたのは教皇アカイライ。アカイライ侯爵家の現当主でもあり、この家は代々で教皇を歴任している。権力で教皇を占有している訳ではなく、毎回の教皇戦選出投票で票を集める力が大きすぎるだけである、とご本人は嘯いている。まぁ、五大侯爵家だからね。しょうがないね。目だった悪さもしていないし基本的に温かく見守っている。
「東部首長連邦はレオン様とアルセウス様が御担当なさっているとお聞きしましたが」
「私の本業は商会長ですので」
「ユリアブラン商会ですか」
「陛下からの依頼もありますので」
そもそも姿すら見ない邪教信徒をどうやって駆除しろと? 私が目にしてないだけで相当数が居るらしいのだけれど、邪教撲滅に協力して欲しいのだそうな。
麻薬撲滅みたいに言われたけど、実現不可能な事に協力する暇はないんだよなぁ。邪教信徒とかは隠れるのが本当に巧く、私にすらその姿を晒さない。探し出して逮捕しても、その対応をしている間に新しい信徒が増える。Gは苦手なんですよね。
「王都や地方都市から離れた村落から、相当数の人数が消えております。その割に奴隷の数は増えておりません。これは陛下も御存じの筈です」
「・・・」
その辺は騎士団の仕事なんだよなぁ。
「聖女として邪教と戦わないという噂が広まれば、人心は乱れます。商会どころではなくなるのではありませんか?」
下らない脅し。そもそも私は聖女に執着していない。その権力も聖女に関連した部分は薄い。人心は集めているかもしれないけどね。人気の殆どは雇用創出といった実利を与えているからに過ぎない。
「聖女を自称した覚えは一度たりとも無いのだけれど・・・協力するにしても限界があります」
白髪の壮年男性はにこやかな表情を変えずに私へ問いかける。
「と、言いますと?」
「まず、邪教に関する知識が足りない。次に邪教徒の生息範囲が不明。最後に邪教徒の目的が不明。探してほしいのか、その上で対処して欲しいのか、根本から解決したいのか。度合いによって協力できる範囲が異なります」
「根こそぎ解決したいものですな」
邪教組織を壊滅させたいと。
「彼らの特徴はなんです?」
「民に紛れており、下は奴隷から上は高位貴族までおります」
「高位貴族と特定しているのに対処できない理由は?」
「証拠不足と経済への影響を考えた結果です」
「では彼らの目的は?」
「信仰対象の復活」
魔王は私が倒した。でも、あの様子だと複数の魔王が現れても不思議じゃない気がする。魔神の力があれば魔王は幾らでも現れる筈だ。
魔神は邪教徒が考えるものと、私達が知っている魔神とで別物だろうか? 過去の誰かが魔神の存在を仄めかしたとは思えない。あのエレベータ、使い方を知らないと起動できないと思うし、あそこまで辿り着いた人は皆無だと思う。若しくは魔神メギアを知っている者が昔からいたのか。
異神は過去に世界を滅ぼしかけた存在だから納得できる。竜信仰は良く解らん。
「異神を?」
「最も数が多いのは魔王教徒ですな。最悪を想定した場合―――」
ああ、もしかして。
「魔王を人為的に作り出す方法を知っていると言うのですか?」
「はい」
これまで見聞きしたことを合わせると、魔神は異神と同じ存在である可能性が高い。世界樹から生まれた破壊者。でもそれだけか?
「邪教徒と魔物の繋がりは?」
「可能性としてはあり得るかもしれません。実際に邪教徒が魔物化したという記録が二百年程前に存在します」
「それが魔王化につながると見ている訳ですね」
「はい。デーモンロードが背後にいる可能性も御座います」
デーモンロードは魔王の配下として有名だ。実際、魔王ソロモンはデーモンロードを召喚した。アレは元ネタに魔神が合わせただけかも知れ・・・ん?
魔神は地球の知識を持っているのか???
「何かご存じで?」
俯いて考え込む私の顔を覗き込むように教皇が腰を曲げる。
「・・・デーモンロードは暗黒魔法を扱っていました。魔王は暗黒魔法の魔力を纏っていた。あの魔力が魔王の力の根源だとしたら、デーモンロードが何者かを魔王化させる可能性は十分あり得ると思います」
「暗黒魔法・・・」
私がコールとエンバーを使役している事を教皇は知らない。この部屋の壁際にコールが立っているのだけれど、彼は気付かないようだ。鑑定スキルを持っていても見抜けないらしいから、デーモンロード特有の魔力を察知するか、私の様な真実の瞳を持つ誰かじゃないと判別できないのかもしれない。
バレたら邪教徒呼ばわりされそうだなぁ。
チラリとコールを見ると肩を竦ませる反応を返してきた。私の目線を怪しまれないように、そのまま紅茶のお替りを淹れだした。
「邪教徒を見た目で判別出来ないのであれば、私には探せません。デーモンロードと戦う際には協力できますが、拠点捜索や邪教徒個人の捜索は出来ませんよ」
「聖女様の魔法で王都内から探し出すと言った事は可能でしょうか」
「そんな特定用途に特化した便利な魔法じゃないので・・・」
アンデッド皆殺し兵器を密偵役に据えるのはナンセンスだ。教皇は「ご協力の際はお声がけ致します」とだけ言い残して辞去した。これまでパーティにすら顔を出さない人だったので、ここまで会話する時間を取ったのは初めてだったよ。
紅茶のカップを下唇につけて考えていると、コールが教皇のカップを片付けつつ質問して来た。
「邪教狩りに本腰を?」
「いっそ信仰してる何かを復活させてくれれば楽なのにね」
「恐ろしい事を仰いますね・・・何とかしてしまいそうなのが余計に」
それは私も恐ろしいという事か? 納得いかない思いのまま、暫く紅茶の香りを楽しんだ。
◇◇
私の右隣にアナ姫が座り、その右隣にお父様が、更に右隣にお母様が座る。レオンはアルのお手伝いとして東部首長連邦に居残りだ。表向きはレオンが主導しているけれど、内実はアルが仕事をしている。
此処にいない二人は兎も角として、目の前の景色だ。魔導士認定試験を王族席から見下ろす日が来ると思うと、何やら感慨深いものがある。9歳の私はあそこではしゃいでいただけの様な覚えがあったからね。
昨今の魔法使いは技術向上が目覚ましく、それに合わせて試験内容も難度が上がっている。
「これより魔導士認定試験、魔術師級を開始する! 合格基準は指定したゴーレムを倒す事だ! これはどの階級でも内容は変わらない! 第一組、前へ!」
試験官の男性騎士さんが大声で案内すると、十代から青年と呼ぶべき年代あたりの受験生が数人並んだ。足元にレーンが敷かれており、レーンの両端にはゴーレムと受験生が立ち並ぶ。十レーンずつ並び、ゴーレムが前進する。一定以上まで進む前に魔法で倒すといった単純な内容だ。
「はじめっ!」
子供や青年たちが杖を掲げて詠唱を始める。隣に座るアナ姫が興味津々と言った顔で眺めていた。お父様とお母様は無表情で見下ろしているだけだ。この二人は強者の余裕だな。
「―――力を点に、点に劫火を! ファイアボール!」
「―――靡く呼吸、逆巻く流れを! ストームブラスト!」
「―――静寂の虚、夜風の鼓動を! ダークフォース!」
基礎魔法でも下級の個体攻撃魔法がゴーレムに飛んで行く。彼らの詠唱を聞いていると老神官に貰った魔法教書を懐かしく思った。アレは私のメモを清書してユリア町のネージュ学園で教材にした。尚、宮廷魔導士長の青ローブさん曰く、革命的な内容だそうだ。一冊プレゼントした。
横のアナ姫がゴーレムが倒れたりする度にはしゃいでいる。
「お姉様! あのゴーレムはタダのゴーレムでは無いのでしょう? 彼らは優秀なのかしら?」
アナ姫が言うようにあのゴーレムは素材こそ一般的な石材だが、防御姿勢を取ったり、魔力でシールドを作ったりと、初心者向けの相手としては結構厄介な存在だ。
「そうですよ。ある程度、実戦を想定した作りになっていますので、騎士学校の訓練でも使っているゴーレムです」
「以前に見た的当てとは違いますわね!」
そういう事を言うと、横に立っている魔導士に睨まれるので止めて頂きたい。こっちを見ていないが若干不機嫌な顔になっている。
「用途に合わせて相手を用意しただけですからね・・・」
「そうですわね!」
今のセリフはアナ姫じゃなくて近くに立つ魔導士に言っただけです。あげつらいたいわけじゃないです。察してください。
受験者たちは十人中三人が合格した。七人は魔力が尽きて倒れたり、制限時間内にゴーレムが一定ラインまで進んでしまったりして失格となっている。
そんな調子で魔術師級、魔法師級、魔導師級、と進めていくと、ハイネさんの娘であるルネちゃんと、闇魔法の申し子であるイルシャちゃんが登場した。予定通り魔賢師級はバイト戦士のハイネさんが試験官をする。
「ここまでの合格率は?」
お父様が横に並び立つ魔導士長に質問すると、二割強という回答が返って来た。少ない。ハッキリ言って期待していたよりも少ない。お父様とお母様も表情から同じ感想を得たのを読み取った。
試験会場である訓練場を光の膜が覆っている。試験が進むたびに強化が進む光景は、全力発射された魔法が暴走した場合に備えている証だ。
「どう思う」
お父様が魔導士長に聞く。
「順当な結果かと思われます」
「そうか。面白いのはユリアの学校の生徒ばかりという点だな」
「はい」
ただの結果論です。授業内容の差は有るかもしれないけれど、個々の才能で魔法の威力や制御力は大きく変わるので、一概に学校の違いだけとは言えないんです。
私がそう言うとお父様に笑われた。魔導士長は苦笑いである。何でですかね。
「そもそものレベルが違うであろうに」
「そうですな」
私が理事をしているネージュ学園って、レベル上げの授業があるんですよね。他は危険すぎるという理由で学内訓練しか行っていないという。
しかもネージュ学園は北部の凶悪なゴブリンを狩ったりしているので、レベルの上昇が著しい。郊外訓練から帰ってくると、子供たちが成長痛で動けなくなるほどだという。実際に探索ゴーレムで様子見したので間違いない。
「教える側を鍛えないと広めるのは危険ですよ?」
「そうで無くとも、この結果を見た連中はやるであろうな。対策が必要だろう」
あそこの学園はレベル上げしてるから強いんだ!と声を大にして喚きつつ、他校の教師が子供達を魔物から守れない未来が脳裏に浮かぶ。
「そこは本意じゃないんですが、仕方ありませんね。最初は騎士団にご協力いただければ幸いです」
「ギルドにも協力してもらおう」
「通達しておきます」
脳裏にハゲが現れたが、魔賢師級試験官のハイネさんが開始の合図をする姿で打ち消した。
そんな話をしていると試験が進んで、アナ姫が興奮していた。魔賢師級はミスリルゴーレムが対抗魔法で受験者の魔法を打ち消しつつ、自分をシールド魔法で守るという鉄壁っぷり。
「どう崩すかな」
お父様が楽しそうにニヤついている。
ルネちゃんとイルシャちゃんは流石というか、なんというか・・・。卓越した魔力制御力で対抗魔法ごと飲み込み、相手のシールド魔法を数枚剥がしている。あの二人、元素魔法級の魔法を使ってない?
ステータスを見ると二人とも得意魔法が最高レベルに達していた。魔力制御もいつの間にか最高レベルだ。
ルネちゃんは九歳とは思えない程の手数で押している。複数属性を扱える魔法使いは殆ど居ないというのに、火属性が最高レベルで水風土光が六から八レベルと高位魔法を扱える。普通じゃないな。ハイネさんはどうやって育てたんだろうか。
イルシャちゃんは闇属性一本だけれど、その威力が普通じゃない。あの子まだ六歳だよね? 他のレーンに影響が及ぶほどで、横のレーンに居るゴーレムまで進めずにシールドを張っている。ダークヴォルテクスって、あんな威力出たっけ? レーンの枠線を削り取りながら自レーンのゴーレムが後退していっている。
「お前の孫は凄まじいな」
「ハイネ候の御息女も将来有望かと」
魔導師長とお父様にお母様の発言が続いた。
「トルネーズ嬢は魔法の展開速度が並ではありませんわね」
魔導師長と私が思わず頷いた。
「無詠唱でもあれ程の連射は体に掛かる負荷が大きいというのに、しかも同じ属性の連射ではなく、異なる属性を次々と。天才ですわね」
確かに。
頭の中に描いた魔法陣もしくは詠唱を繰り返し使えば同じ魔法の連射は容易い。にも拘らず異なる魔法属性を連射しているのは、一発ごとの魔法の相性を利用してダメージを増やそうとする目論見があるからだろう。
光が火を助長し、火が風を助長し、風が水を助長し、水が土を助長し、土が闇を助長する。大体の魔物はこのサイクルを行っている最中に倒せるが、ルネちゃんの場合は熱疲労などの科学的な根拠でダメージを加算している。学園で習った事が身についていてチョット嬉しい。
「イルシャの場合は魔力の収束が闇魔法に特化しております。アレを防げる相手は中々おりますまい」
「そうですわね・・・」
パチリとお母様が手にした扇子を閉じる。魔導士長が言うように一芸に秀でたとでもいうべき一点特化型の魔法構成だ。私が使う闇魔法とも若干違っている。多分、称号に有る「棺の魔女」が作用しているのだろう。
所々の魔法構成を読み解くと、対抗魔法で崩れにくく距離で威力が減衰しにくい上に、周囲の魔力を吸収しながら突き進む魔法になっている。距離があればあるほど威力が上がっていく、とんでもない魔法構成だ。
あれ? 周囲の魔力の残滓を吸収する魔法陣は実現不可能とか聞いた覚えが・・・。いや、あれは残滓じゃなくて、使われる前の自然魔力を吸収しているのか。
だとするならば。
「イルシャちゃんは魔法その物を肉体のように扱っているわね」
私の言葉にお母様と魔導士長が首を回して反応した。
「まず、自然魔力を吸収しながら突き進む点で、自分の腕のように扱いつつ魔力制御を行っている。その証拠にあれだけの威力なのに発動者であるイルシャちゃんは魔力消費が殆ど無い。超長期戦で超長距離を戦えるという事になります」
「我が孫ながら途轍もない事をしておりますな」
呆れたように言いつつも、魔導士長の顔は笑顔だ。そうこうしている内に合格者が次々と出てくる。最初にイルシャちゃんのレーンでゴーレムが崩れ、次にルネちゃんが溶解させ、イルシャちゃんの隣り合った場所に居た受験者もゴーレムの破壊に成功した。他は・・・無理だな。
「四名か。魔導師級より多くなったな」
魔導師級は三十六人中たったの二人だったからね! アレは酷かった。合格者が試験終了後に気絶して運ばれる騒ぎになったけれど、本人は覚えているんだろうか。
仙人級は受験者がおらず、お父様の言葉で終わろうとしている。だが、そこに待ったをかけた受験者が居た。イルシャちゃんだ。
「仙人級に挑戦させてください!」
この言葉に騒然とする周囲をお父様が手を上げて静めた。でも、イルシャちゃんの視線が私に釘付けなのは何でですかね。
王族席内で話し合いを行い「六歳で魔賢師級なんだから十分ではないか」という言葉も多かったのだけれど、魔導士長の勧めでやらせてみようという事になった。試験官は私で。
仕方なくドレスのまま試験会場に降りる。普通に階段でですよ。王族席から飛び降りるような真似はしません。お母様に烈火のごとく叱られる未来しか見えないからね。
イルシャちゃんと一対一で正対すると、観客席が騒然とし始める。いや、私は戦わないよ。戦うのはゴーレムだからね。
「一応、ゴーレムの規定があるからね。その通りで作るよ。なので文句は言わないように」
「は、はいっ!」
仙人級の規定は仙気を纏ったゴーレムを、仙気と融合した魔法で倒す事。なので元素魔法で倒す必要は無いけれど、威力的に元素魔法じゃないと難しい。でもイルシャちゃんの火力なら仙気のガードも突き破るかもしれない。
という事で。
「なるべく距離を取っていいわよ」
「!わ、わかりました」
自分の魔法の特性を見破られた事がショックなのか、少し落ち込んでしまったらしい。無表情だけど、最近の様子を頻繁に目にしているから違いが判る。
「いくわよー」
遠くに立つイルシャちゃんに声を掛けると、真っ黒な木材で造られた杖を彼女は高く振り上げた。集中して魔力を周囲からかき集めているようだ。
それを確認しつつゴーレムを作る地面を右足で踏み込む。ちょっとだけ会場が揺れたけど気にしない。ちょっとだけ悲鳴が広がったけど気にしない。
ズモモモモと地面から盛り上がった土は形を変えながら金属特有のテカリを増やしていく。イルシャちゃんと同じくらい小さい人型にすると白い仙気が全身を覆い始める。
完成したゴーレムのチェックをササっと終えて一人と一体の間に立って後退する。結界って、私が張らないとダメ? ダメらしいね。ハイネさんも動いてくれないのが悲しい。
指パッチンで空間魔法を発動すると観客席と訓練場の間を薄い光が覆う。音だけ通す隔離結界だ。あとは風系統の拡声魔法を使ってと・・・。
「んんっ・・・これより仙人級の試験を始めます。これまでのルールに追加で、ゴーレムが近接戦闘を仕掛けてきます。尚、仙気を纏ったゴーレムは高い魔法防御力を持ちます。受験者のイルシャ=アイギーナはそれらを想定した上で戦闘を行い、ゴーレムを打倒する事。良いですね?」
「はいっ!」
「では、始め!」
ゴーレムが仕込まれた思考ルーチン通りに仙気を纏って吶喊していく。イルシャちゃんとしては驚きつつもやる事は一つしかない。闇魔法最上級個体破壊魔法ダークヴォルテクスを無詠唱で発動した。先ほどよりも大きい。
闇魔法が地面を削る音が周囲に響き渡る。観客が歓声とも悲鳴ともつかない声を上げている。そしてアナ姫は目を輝かせて喜んでいる。
元々ダークヴォルテクスは持続しやすい魔法だけれど、遠距離攻撃には向かない魔法だ。一直線にしか進まないし、十メートルも離れれば急激に威力が減衰する。だからファイアランスの様な高火力で長距離に対応できる魔法の方が好まれる。
だが、イルシャちゃんの魔法は別物と言っていい。自分の腕のように扱う事で闇の渦がゴーレムの側面や正面、上方から下からと殴りつけるように体を削り取っている。
仙気の防御があって尚、イルシャちゃんの魔法はゴーレムの体を薄く削り取る。発動速度と速さと、持続時間の長さもあってゴーレムは接近出来ない上に、単発で発動した抵抗魔法は打ち消すことに辛うじて成功している。それでも闇の渦の数が増えていくたびに被弾数が増えていく。
イルシャちゃんが無表情で必死に杖を振っている。発動するごとに闇の腕の様な渦がイルシャちゃんの横に現れ、ゴーレムがそれを打ち消し、更に渦を発生させる。
魔賢師級では余裕だったイルシャちゃんだけれど、見る見るうちにMPが減っている。流石に自然魔力の吸収が間に合わないらしい。次第に呼吸も荒くなっている。
「はっ、はっ、はっ」
「ヴォォォォンム」
そして削られていくゴーレムの移動速度が上がっていく。そりゃ、体表の装甲が剥がれれば身軽になるよね。そして俊敏に動けるようにもなる。
これまでで最も近くまでゴーレムが近付いた時、イルシャちゃんの杖が黒く輝いた。
「ああああああああ!!!」
黒い光がイルシャちゃんの周囲を染め上げて飲み込んでいく。衝撃がゴーレムを吹き飛ばし、初期位置よりも観客席に近いところまで転がっていった。私は爆風で揺れる髪を抑えてイルシャちゃんを観察してみた。
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イルシャ=ノルディック=アルバート=メルル=ラ=ヴィア=アイギーナ(6歳)
種族:素人
レベル:34(6%)
HP:330
MP:10662
状態:棺の魔女化(最大魔力量、魔力制御力、魔力吸収率、魔法威力、魔素誘導力が倍加。闇の加護を付与)
スキル:杖術LV2、格闘術LV1、歩法LV1、闇魔法LV10、魔力制御LV10、並列制御LV3、精神耐性LV1、フリキア言語LV6
称号:棺の魔女
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強化というか、狂化かな? 魔女化した事によって、イルシャちゃんの体から輝く黒いオーラが溢れだしている。暗黒魔法の魔力と違って清廉な感触すら覚える色だ。
周囲が騒ぎ出したので沈静魔法を使うと、静かになった。魔王!?とかいう人が多いけど違います。説明は後回しにして、イルシャちゃんから目を離さないようにしよう。
うん。背が伸びてる。
ん!?
なんで!? 五歳児が黒髪の大人な女性になってる! しかもめっちゃグラマラス! ブランママ顔負けなレベルだよ!
イルシャちゃんの肢体に目を奪われていると彼女は静かに詠唱を始めた。その間にもダークヴォルテクスの腕?はゴーレムの牽制を続けている。むしろ増えてる。
「仇名す混沌の沼、静寂の瞳を飲み干す影、戒律をその身に刻む。我が名はイルシャ=ノルディック=アルバート=メルル=ラ=ヴィア=アイギーナ。隠滅の光、その宿命を果たせ。アルカーナバロウ」
知らない魔法ですね。
ちょっと危険な雰囲気がしたので仙気を纏って身を守った。うん。甘かった。黒い閃光の帯が次々と周囲に広がり、ゴーレムを捕え、私をも捕らえようと足に巻き付いて来る。
足元の闇帯を放置して追加の仙気を出し続けていると、ゴーレムの自動修復機能が発動して装甲版が周囲に飛び散った。あ。アレは魔法防御特化モードか。
闇帯を弾きながら身軽になったゴーレムが、黒い光の中をすり抜けるようにイルシャちゃんに近付いていく。イルシャさんと呼んだ方が良いだろうか・・・・・。
全身を黒い帯で覆ったエロティックな格好のイルシャちゃんは、煽情的で挑発的な笑顔を浮かべている。接近するゴーレムが黒い渦や闇帯を弾きながらイルシャちゃんの懐に飛び込んでいった。
足元の黒帯をグリグリと踏みながら押さえつけていると、ゴーレムの拳が黒髪美女の下腹部に沈み込んでいく。が、イルシャちゃんは薄笑いを浮かべたまま微動だにしない。
しかし、ゴーレムの狙いは魔力の拡散だったようだ。イルシャちゃんの体に触れると同時に、魔力制御の基礎である「下腹部から噴き出す流れ」の起点を仙気で消し去ってしまった。
「くっ!!」
焦った声が大人だ。
それに焦ったイルシャちゃんは杖で払おうとするも、ミスリル合金でできたゴーレムは微動だにしない。空しい金属音が訓練場に響き渡る。
一気に魔力を霧散させられ、イルシャちゃんの魔法は全て消失して自らの守りを失う。最後は鳩尾を殴られて気を失ってしまった。
「そこまで! 失格とする!」
イルシャちゃんには聞こえていないだろうけれど、拡声して私は敗北を宣言した。ゴーレムは優しく大人イルシャちゃんを支えて持とうとするが、霧散していく魔力と一緒にイルシャちゃんは黒い魔力の霧から幼児体系な姿を現していくので、何度も体を支え直している。
イルシャちゃんの体は無事に元に戻ったらしい。多分、初めてじゃないと思うけれどあんまり人前で見せる力じゃないな。勘違いする人も多いだろう。
ゴーレムからイルシャちゃんを受け取り、走って降りてきた魔導士長に預けた。彼は随分と誇らしげだった。魔導師としてはアレほどの才能を見せつけられたらそうなるだろうなぁ。
さて・・・。
「魔王だ!あの子は魔王だ!魔王が降臨したんだ!!」
やっぱりそうなるよね。しかもあの叫んでる男。随分と恍惚とした顔じゃない? 探索ゴーレムを光魔法で透明化してくっ付けておこう。良い釣りが出来そうだ。
お父様に目線を飛ばすと頷いてくれた。後は任せよう。
「静まれ!!」
拡声魔法で国王陛下の声が響き渡る。
「受験者イルシャは魔王ではない。闇魔法しか使えないが、特別な加護を得た子供だと聞いている。だが、その加護はキリシア神に連なるものであり、邪悪なモノではない事も判明している」
初耳だけどそういう事にしておこうと思う。ここで余計な疑念を持たれてもイルシャちゃんが可哀そうだし。
お父様の宣言の後に「魔王だ!」と叫んだ男は何も言わなかった。なるほど、警戒心が高いのか、単に陛下が怖いのか。邪教徒だとしたら魔王教の信者だろうか?
まぁ、トンボゴーレム君が剥がされないように祈っとこう。訓練場の城内通路を通って王室席に戻りながら気楽に考えた。
◇◇
魔導士認定試験を終えた後、魔導士長が私の執務室に現れた。普段はこんな所には顔を出さないのだけれど、イルシャちゃんの事で聞きたい事があるのだろうか。
「イルシャに何が起きたのか、妃殿下はご存じではありませぬか」
挨拶も省いて、部屋に入って扉の前で言った魔導士長の目には好奇心と心配が伺える。如何に孫娘とは云え、好奇心だけでは見られないか。まぁ、だからこそ魔導士長なんて人を纏める仕事が出来ているのだろうけれど。
「あの子の称号についてはご存じですか?」
「はい」
棺の魔女。
過去、この世界の歴史に度々現れるという、デーモンを従えた災厄の魔女。ただ各地の文献を調べてみると、西部メルトラでは悪魔そのものとして、東部首長連邦では森の隠者として、北部魔導議会では人々を救う聖人として、そして南部エステラードでは悪魔を従えた魔女として名を残している。
「では、悪しき力ではないと?」
「そう思いますけれど、本人の意思次第で善にも悪にも変わるのではないでしょうか? 私が考えるに死を神聖なるものとして考える存在が、何らかの加護を与えた結果のようにも見えますけれど」
―――死ハ喜ビナリ。
一瞬だけ、魔王ソロモンの声が聞こえた気がした。
「それは・・・死神の加護のようですな」
「それに近いのかもしれないわね。私は世界樹の加護と思しき称号を持っているけれど、世界樹が正義や善性な存在とも思えない。何度も文明を滅ぼされているのですし」
「むぅ・・・孫は、イルシャはあの力を扱いきれているのでしょうか」
「ゴーレムとの戦いを見た感じでは問題無いかと」
ちょっと恍惚としてたけど。
「しかしどうして仙人級の試験を受けようとしたのかしらね?」
「妃殿下のファンですからな。自分も妃殿下の足跡をなぞりたいと考えているようです」
ふぁっ!? ファン? 無表情に隠れてそんな想いを向けられていたとは。足跡をなぞりたいって事は、私がレオンと結婚したように、息子ともそうなりたいって事なんだろうか。
「え・・・っと。アルセウスと結婚したいとか?」
「それも含めて、強さも得たいと考えているようです。この話を陛下にしたときには嬉しそうに笑われてしまいましたが」
「孫がモテたらお爺様としては嬉しいでしょうけれど、頼もしくも思っているんじゃないかしら。基本的に強い人が好きなようですし」
「ですな」
横で聞いているコールは納得したように少し頷いている。
「現状のイルシャちゃんですけれど、このまま鍛錬に励んでもらう形で良いと思いますよ。試験に落ちて塞ぎ込んだりしていなければ」
「その時は発破でもかけましょう」
その発破は説教というより孫バカの構いたがりにも聞こえるな。
「孫想いなのですね」
「目に入れても痛くないですな」
ホッホッホと笑いながら魔導士長は執務室を後にした。私とコールがその後姿を面白そうに眺めていると、入れ替わるように次の来客が現れる。教皇だ。




