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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
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閑話

 ■ジュリアンヌ 風切り虫を追って


 今年も春になり、領都ユリアの畑に新芽が並ぶ。年々広がっていく耕作地は開墾と同時に新たな柵が作られ、古い耕作地は居住区へと建て替わっていく。そんな中で最も古い耕作地の一部だけは未だに第一区に近い場所から動いていない。


 そんな場所でいつのものように、ローブ姿の女性が数人の供を連れてハーブ園へと現れた。薄青いローブの裾から細く白い手を出し、ハーブを摘まむ。それを鼻先に持って行き、指先で千切った葉を磨り潰す。


「今年は少し早いですわね」


 ハーブを根に近い部分から鋏で切り取ると、三つだけ藁の編籠に入れた。


「ジュリアンヌ様、やはり本邸のハーブの方が良く育つようですね」


 お供の男が言うとおり、ユリア町は中心部に近付くほどに作物の生育が早い。作物のみならず、動物や下水スライムの成長速度も早く、魔導具は僅かな魔力で動作する。これはユリア町だけで起きている現象ではなく、王都などの大きい都市ほど顕著な効果が出ている。しかしユリア町が最も強い効果が確認されている以上、原因は容易に予想された。


「今年も同じ具合ならば、予想通りユリアさんの魔力が影響しているのは確実ですわね」


 籠の中から棒状の体温計に似た魔導具を取り出し、先端を畑の土に差し込むと青い光が中央にある複数の石に色付く。九つの内で六つだけ色付くと、畑から魔導具を引き抜いた。


「ユリアさんの実家が九つ、第二区画で六つ、第三区画で三つでしたわね?」


「はい。第四と第五区画で二つでしたので、それ以上外側に向かっても聖女様の魔力量は減少していないのかもしれません」


「街の外も二つ・・・ユリアさんの魔力が国中に拡がっている・・・?」


「分かりません。まだ、この街だけで調べ始めた事ですので」


「そうですわね・・・」


 ジュリアンヌが立ち上がり、狭い畑を見渡す。狭いと言っても一辺が百メートルはある畑なのだが、街の外縁部にある畑と比べるとどうしても比較してしまう。


 都市の中心部は言わずもがな、ユリアネージュの実家だ。元々村長の家が村の南端にあった事もあり、北部から中心部に掛けてはブランネージュが剣技で開墾した結果である。その敷地範囲は今も有効であり、アルトはユリア町一番の大地主と言われている。


 その敷地内には数々の工場や社宅が立ち並び、ユリアブラン商会の領域と化している。中心部に近い南部方面に、ジュリアンヌの実家である領主の城が立てられており、城の庭園には彼女の私有しているハーブ園が咲き誇っている。


 ジュリアンヌは城の近くにある錬金術研究所に戻ると、先ほど採取してきたハーブを抽出用の錬金器具に入れた。これはハーブなどの素材から成分と魔力を取り出して分離する、錬金術では必須と言われる道具だ。


「そちらはどうでしょうか?」


「はい、どのハーブも同様です。聖女様のご実家から採取された薬草と、抽出されたハーブの魔力からは同じ魔力波長を放っています。この辺り一帯の動植物は、みんな聖女様の影響を受けていると考えて良さそうですね」


「生長が早いという以外に、何も問題なさそうですわね?」


「問題どころか、錬金薬全般の効果が上がっています」


「そうなのですよね。薬にすると魔力が変換されるのか、魔力量が少ない人が処方しても魔力酔いが起きないというのも不思議ですわね」


「普通の魔力より変換しやすいというのも、全所員が感じています」


 研究所の人間は全員が錬金術スキルを会得している。それが研究所で働く最低ラインであり、入所する新入所員が少ない理由でもある。錬金術スキルは高位の魔法スキルと言われており、ジュリアンヌのようにそれ単体で発現する人間はとても少ない。スキルが発現していても、それと気づかない人間も多い。ユリアネージュが建てた学院で逐一鑑定できる環境を整えられた今になってから、錬金術スキル持ちである事を知った者はそれなりに居るのだ。


「ユリアさんは今、王都に居るのに? どうして魔力だけが御実家に残ってらっしゃるのかしら。皆さんは何かご存じ?」


「ゴーレムでしょうか?」


 普通はゴーレムの魔力が残滓となって残るといった現象は起きない。何故なら、普通のゴーレム使いは微小な魔力で歩行、運搬のみといった単純動作だけをさせるので、残滓となってその地に残る程の魔力を使っていないからだ。ゴーレム使いとしても異端なユリアネージュであるばかりに、通説が通じないとジュリアンヌ達は頭を悩ませる。


「実際にゴーレムに検知魔導具を使った際には、同じ魔力を拾えました。可能性としては考えられますが、そうなりますと街の外にまで影響している理由が良く解りません」


「ユリアさんのゴーレムは外には居ませんのよね?」


「今のところは確認されていません」


「どういう事なのでしょう・・・」


 ふと窓の外を見ると、出窓の枠に透明な羽を生やし、尻尾が長く、クリクリと小さな頭部を回す虫がこちらを見ている。あの虫は子供の頃には見かけなかった気がする、とジュリアンヌは頭を傾げた。


「まさか、ですわね」


 窓を開けてみると透明な羽根を持った虫は空に向かって飛んで行った。


「どうされました?」


 普段は実験中に外気を入れないようにと、口酸っぱく言っているジュリアンヌが自分から窓を開けたのを見て、研究所員の一人が訝し気に問いかけた。


「いえ、あの虫、皆さんも小さい頃から見覚えがあって?」


 ジュリアンヌが見ている空には、数匹の透け羽虫が飛んでいるのを見て、研究所員が何の話だと外を見た。どうやら四季の何時でも飛んでいると噂の虫を疑っているらしい。


「確かにここ数年で姿を見るようになりましたが、特に害のある虫ではないですし・・・それに捕獲すると手の中で消えてしまう、とても弱い虫ですよ。特に気にする事もないのでは」


「その頃から、この土地にユリアさんの魔力が流れ込んでいるのでしょうか」


 研究所員同士が顔を見合わせるが、誰もその問いに対する答えは持ち合わせて居なかった。殆どが街の外から来た人間であるし、昔のユリア町を知らない。


「もし、そうなのだとしたら、あの透け羽虫が原因であると? ただの虫ですよ?」


「何か確信がある訳ではありませんわ。何となく気になったのですが、ただ、そう。何となくアレですわ、その、ユリアさんを感じるのですわ!!」


 頬を赤く染めたジュリアンヌが豪語した途端に、部屋の研究職員達が遠い目をした。既に見飽きた表情であるが故に、何を想っての発言なのかは即座に察した。


「・・・とりあえず、捕まえてみては如何でしょうか。触れると消えてしまいますので、捕獲機か何かを用意いたしましょう」


 それでも前向きで建設的な意見を呈するのが、ジュリアンヌに仕える研究職員達の使命である。彼らは彼女を慕ってこの場に集まった者達であり、主人が王太子妃に偏執的である事も承知しているし、それを知った上で今も仕えているのだ。今更、変態的な発言が出た所で何だというのか。


「そうですわね。早速、捕まえてみましょう」


 そう言ってジュリアンヌは虫網を取りに倉庫へと駆け出す。出産したばかりの四児の母とは思えぬ軽快さである。出来ればもう少し落ち着きを持って欲しいと、研究所員たちは呆れつつも生暖かい笑みを浮かべている。


 ジュリアンヌ達が虫篭と虫網を手にして、街中の昆虫採集に繰り出す姿はそれからしばらく続いたが一週間もするとパタリと見なくなった。


 仮にもユリアネージュ自らが生み出したゴーレムであり、危機回避性能は凄まじいものがある。ハチドリのように空中で待機する事も出来るが、ハエの様な高速機動も可能な上に掴まりそうになると風魔法で自らを吹き飛ばす事も出来る。


「きゃっ!?」


「ご無事ですか!」


 虫網で捉えたはずの虫は、何かに叩きつけられたかのようにジュリアンヌの顔のすぐ傍を一瞬で移動する。弾丸に等しい速度で飛行する為、彼女の耳には甲高い風切り音が聞こえていた。


「・・・・・何ですの?あの虫」


 尻もちをついて暫し呆然としたジュリアンヌは、自らを支え起こそうとする研究所員の手を取りながら呟く。しかし、その場の全員が見失った虫について何もいう事が出来なかった。


 それ以降、この大陸では風切り虫の別名で呼ばれる虫が至る所で発見されるようになる。誰も捕まえることが出来ず、無理に捉えようと魔法で攻撃した場合には塵と化してしまうため、研究者界隈では触れ得ざるものとして知られていくようになった。



 ■シルバの試練


 国に成人扱いとなる年齢は様々だが、エステラードでの成人は13歳である。


 北部魔導議会では100歳を成人として扱い、西部メルトラでは15歳を成人として扱い、東の評議国では成人と未成年の違いがそもそも無い。生まれた時から成人としての権利と義務を負う。非情と思うだろうか?


 獣人たちにとって成人などという言葉は無く、戦士として認められるか否かの違いでしかない。生まれた時から糧は自分で用意するものなのだと考えられているからだ。糧を得るだけならば戦う必要は無い。木の実でも口にすれば解決するからだ。大抵のものを食べても毒性に強い体が食料事情を解決してくれる。


 では素人ではどうか?


 13歳も15歳も大して違いは無い。何故ならば、12歳を超えた辺りから激痛を伴う急成長を起こすからだ。半年前まで童子の見た目だった男の子が、肩肘の張った大人の男へと姿を変え、半年前まで少女の見た目だった女の子が女性的な体と性徴を得る。


 心までは大人になりきれない大人が出来上がる中で、周囲の扱いは厳しいものへと急激な変化を感じさせる。それを理不尽と感じる暇もなく、男は重労働に、女は社会を支える子を成す。社会の激流の中でメランコリックな気分に浸る暇もなく、あっという間に数年を過ごして気付けば顔の皺を数える年齢へと至っていくのだ。


「だというのに、お前らは暇人なのか? えぇ? それで騎士になれると、本気で考えているのか? 大人として扱われると? 馬鹿も休み休み言え」


 とある騎士学校の訓練場で、死体のように転がる若者たちに対して辛辣な台詞を吐く男が一人。彼は北央騎士団から派遣された騎士教官だ。毎年、秋ごろになると卒業試験の試験官として北部の各養成所へ現れる。今日もまた、北部最前線と呼ばれるトールダン伯爵家の騎士養成学校へと馳せ参じたのだが、周囲の状況を見て軽く溜息を吐いている。


「おいおいおい、この間起きた魔物の氾濫を知らんとは言わせんぞ。最も身近に居たお前らがその調子なのか? 今年は例年以上にサボリ癖の有る奴らしか居ないようだな!!」


 ある者は気絶し、ある者は手足を震わせながら立ち上がろうとしている。だがしかし、未熟な彼らは試験官の剛撃で手足を折られ、内臓を痛めつけられて、心までも折られ掛けていた。


 トールダン騎士養成所第221期生2組。今年は誰も合格者が出なかった。



 ◇◇



 養成所第221期生1組に所属するシルベルトは、平民上がりの騎士候補生である。候補と言っても何処かの騎士団に内定を貰っている訳ではなく、養成所に所属する見習い騎士は全員候補生に過ぎない。


 母親が最強レベルの冒険者だったり、長女が王太子妃だったり、次女が現在地の後継ぎの嫁だったりするが、彼本人はただの騎士候補生である。彼もまた他の候補生と共に卒業試験を待つ身であるのだが、試験場からは騒然とした声が聞こえて来ている事に何事かあったかと視線を送った。


「おい、聞いたか?」


 すれ違う友人がシルバの肩に腕を回して耳元で囁く。


「何が?この騒ぎの原因か?」


「何だ知ってるじゃねえか」


 質問しただけで知っている訳じゃないと眉根を潜め、シルバは馴れ馴れしくしてくる殆ど話した事の無いクラスメイトに聞き返す。彼はサボり魔で有名なので、殆ど寮でしか顔を合わせた事が無いくらいのレアキャラだ。


「いや、何かあったのか?ていうかお前、自習してろって云われてたのにどこ行ってたんだ?」


「そんなんどうだっていいんだよ!それより2組の連中が全滅らしいぞ」


 小声で騒ぐという妙技を見せつつ、サボり魔が口元に指を立てて伝えてきたのは、卒業試験の実技の事だろうとシルバは予想した。恐らく全員不合格となったのだろうと。しかし前例がないわけではない事を知っていたシルバは、特に表情を変える事無く答えた。


「そうか」


「そうかって、お前な?学年一位様でもあの試験官が厳しいと思うぜ?バッキバキのボッコボコだったからな!」


「何でそんなに嬉しそうなんだ?」


 シルバの問いにサボり魔が首を傾げる。


「だって、これで俺が受かったら騎士になる確率が上がるじゃねえか。お前こそ何言ってんだ?」


「そうかい・・・」


 へっ、と不満げな顔をしながらサボり魔は廊下を走っていった。絡まれたシルバはいい迷惑だと思いながら訓練場へと足を進めた。サボり魔のお陰で候補生達が歩く流れから少し離れてしまったと、手首をボキボキ鳴らしながら歩いた。


 誰かが呼びに来るのではなく、指定時刻になったら訓練場に移動しろ。試験官から言い伝えられた内容通りに1組の面々が歩いていく。


 トールダン騎士養成学校には10歳に入学し、13歳で卒業する。これは卒業試験に合格した者も、不合格だった者も同じだ。チャンスは一度きり。騎士になれなかったものは、二度と騎士階級を得るための機会を得る事は出来ず、合格した者は国王陛下から騎士爵を賜る。その代わり、余りにも厳しい試験が行われる事で有名だ。


 魔術師は魔法さえ使えれば誰だってなれる。


 冒険者は戦えれば、もっと言えば逃げ足さえあればなれる。


 だが騎士は試験官が認めない限り、騎士になることは許されない。


 騎士の特権は平民にとっては垂涎物の内容だが、貴族の次男三男からすれば現状維持と大して変わらない。だから腑抜けが現れる。その腑抜けを振るい落とすために、大怪我を負わせてでも試験を受けさせる。そうでもしないと、役立たずの騎士が量産されるからだ。


 振るい落とされた騎士候補生は貴族出身だろうと野に放たれ、良くて冒険者、悪くて盗賊、果ては道端の死体だ。2組の連中の精神状態は如何ほどの物かと、シルバは廊下の先に見える訓練場を睨んだ。



 ◇◇



 騎士養成学校は成績上位者が一組、中位者が二組、それ以外のカビ組と呼ばれる三組とで分かれている。それぞれ校舎が異なる為、カビ臭い校舎で学ぶ三組はもう何年も蔑称が受け継がれている。


「今年の候補生は不作だ。去年はカビ組でさえ合格者が居たんだが、豊作は続かないらしいな」


 横二列に並んだシルバたちの前で仁王立ちをしているのは、筋骨隆々で身長二メートル三十センチはあろうかという大男だった。身長170センチメートル前後のシルバたちからすれば、オーガと大差ない。


「で、今年の一組はどうだ? それを今から確かめてやる。俺も暇じゃないんでな。チマチマと一対一で勝負はしない。全員で来い。制限時間まで立っていられたら合格だ。1分後に開始する!」


 コソコソと横二列に並んだ候補生たちが雑談を始めている。本気かどうか疑わしく思っているらしい。ただ、シルバを始めとした数名は試験官の体から出る気力を見て、発言に偽りも誤魔化しも無いと判断して脂汗を掻いている。


(闘気制御レベル3は確実・・・いや5まで達してるか? 卒業試験は闘気使いしか受からないとサリー姉から聞いていたが、こんな化け物を用意するのかよ?)


 観察に10秒を掛けた所で、シルバは勝手知ったる有力なクラスメイトに目で合図を送る。自分と同等とまではいわないが、闘気使いは他に4名いる。素早く左手を上げ、狩猟訓練中でも使っていた合図を出す。


(散開、五方向。外部円陣。遠距離支援!)


 残り45秒というところで一斉に横二列の候補生たちが黙り、試験官を中心に包囲陣を敷いた。円の中心に試験官を見据え、必ず死角を二つ作り出す五方陣と呼ばれる、魔法と近接戦闘の両方で優位に立てる陣形の外側に、遠距離攻撃と支援魔法を操る面々を配置する。


 現役の騎士顔負けの対応の速さに試験官はニヤリとした。


「ほぉ・・・(合図を出したのは例のシルバとか言う奴か。剣姫の息子で、あの仙人王太子妃の弟で、此処の領地の後継ぎの嫁の弟・・・まぁ、その辺はどうでもいいか)」


 試験官は背中の両手剣を抜かず、腰に刺した二振りの短剣を両手に持った。腰を落として、周囲を見渡す姿は、さながらスカウトのようだ。直近で試験官を囲むシルバは、その姿に警戒心を上げて叫ぶ。


「探知!!」


「「「「「応っ!!」」」」」


 スカウトは基本的に近接戦闘はしない。接近した時は止めを刺すときか、絶体絶命の時だけだからだ。そして騎士は、スカウトの技術も修めるのが当たり前だ。剣士と魔導師とスカウトの融合した戦士。それが騎士。目の前で嬉しそうに構えている男の狙いを考えつつ、シルバたちは内輪を逆時計回りに、外輪の遠距離試験組を時計回りに動き始めた。


 それを見た試験官が嬉しそうに笑った。


「ははっ! 使うのか!!」


 騎士は一人で戦っても強いが、その本領が発揮されるのは小隊以上での陣形戦闘だ。陣形そのものが魔法陣となり、全体の動きそのものが敵を惑わし、剛剣が敵を打ち砕く。相手が少数であるほど効果的な戦法であり、確実に敵を屠る必勝戦法を長い歴史の中で連綿と磨き上げてきた。


「3・・・2・・・1・・・始めぇっ!」


 試験官が叫ぶと同時に眼前に光魔法の閃光が、試験官の足元に土の手が、上空には風と火の攻撃魔法が飛ぶ。


「甘ぇ!!」


 試験官が闘気を纏いながら真後ろに飛ぶと、背中を見た内輪の一人が薄い闘気剣で近づいてくる背中に斬りかかろうとした。それを横から見ているシルバは思わず叫ぶ。


「飛べぇ!!!!」


 剣を構えた候補生はハッとして、斜め後方にジャンプした。直後、試験官の後ろ回し蹴りが彼の居た地面を抉る。飛び散った土砂が支援組まで飛び掛かり、弾丸のように体を打ち付ける。不意に食らった彼らは、土の散弾を食らって吹っ飛んだ。


 被害状況を確認している間に、試験官は次の行動に移る。よそ見をしている内輪に立っていた候補生に向かって短剣を投げつけ、足元から爆発するように闘気が吹きあがり、背中の両手剣を抜き放つ。


 抜き打ちのように大上段から袈裟に襲ってきた大剣を正面から受け、同じ闘気使いであるはずの候補生の剣は砕け散った。幸いなことに左腕が折れ曲がった程度で命はあるらしい。それを確認したシルバが試験官の背中に魔法を放った直後に蹴り足を地面に沈みこませる。


 シルバはそれほど魔法が得意ではない。扱えるのも一系統だけだし、攻撃に不向きな土系統だ。長女はその土系統魔法でドレイクを爆殺する人だが、シルバのそれは精々高さ2メートル程度の砂嵐を起こすのが関の山。


 だが、そこはユリアネージュの実弟。化け物仕込みの魔法が一つだけある。対物ライフルを模した貫通金属弾だ。ストーンショットと呼ばれる魔法を姉が改変し、銀板に刻み込んだ魔法陣を完全に記憶するまでシルバの脳内に擦り込んだ。


 発動した魔法が試験官の右肩に直撃し、革鎧を粉々に打ち砕く。試験官もこれ程の威力は想定していなかったのだろう。自分の闘気をぶち破り、あり合わせとはいえドレイク革の軽鎧を貫き、自分の右肩に打撲傷を負わせるとは予想していなかった。


 切りつけられた候補生を巻き込みつつ、試験官は前のめりに突っ込んでいく。シルバはそれを見て一言叫んだ。


「腕ひしぎ!!!」


「がっ!?」


 腕を折られて一緒に転んで回る候補生が辛うじて試験官の左手首を掴み、股を試験官の腕の付け根に届くように足を絡める。候補生の右足が試験官の顎の下に入らずに四苦八苦している内に、試験官が絡みつく候補生ごと立ち上がり、近寄ってくるシルバに候補生を叩きつけようとしてくる。


「うぉぁ!?」


 直撃の寸前にシルバは膝を折り、スライディングの形で試験官の左足首を左手で掴んで地面を滑り回る。右足裏で試験官の軸足となっている右膝裏を蹴ると、大男が面白いように体勢を崩した。


 候補生を投げて左腕が自由になった試験官は、地面を転がるようにして転がった両手剣を回収した。立ち上がると同時に足元から土の手が現れて拘束されるが、やはり闘気で体を覆った相手に効果は薄い。シルバが立ち上がると同時にそれを確認して、闘気を練り直す。


 内輪を担当していた5人の内、試験官の後方から二人が襲い掛かって来た。ご丁寧に大声を上げてだ。


「ずぇあああああ!」


「しゃあああああ!」


 が、接近してくる声を頼りに、試験官の剛剣が斜めに切り上げるように弧を描くと、二人は砕けた大剣と共に遠距離支援役の円よりも遠くに吹き飛ばされてしまった。


 シルバも続くかと一瞬考えたが、剣を振り終えると同時に自分を見た試験官の眼と視線が合うと、自然と足が止まった。


(隙が無くなった・・・!)


 ゆらりと両手剣をシルバに向かって構える試験官の体から、揺らぐ事の無い闘気が真っすぐ頭上へと立ち上る。同じ闘気使いであるシルバから見て、美しいとすら思う程の静謐さだ。


「・・・ここまで脱落者6名だが、そうだな。隊長のお前が俺に勝ったら全員合格でも良いぞ」


 俄かに揺らめく候補生たちの気力と闘気が、微かな動揺を表していた。


「本気ですか?」


「おお、いいぜ。これだけのチームワークは中々見れるもんじゃない。ヒヨッコなりに研鑽してきたのだろう? まぁ、決定打に欠けるがな」


 士官官はそう言うと、右肩に突き刺さった金属の針を一気に引き抜いた。血は出ていない。闘気で止血したのだろう。シルバは自分が同じことをした事があるのを思い出していた。同時に、会話の最中に練り上げた闘気が激しく流動するのを感じた。


「行きます」


「こい」


 硬い筈の訓練場の地面が二つ陥没すると、次の瞬間には甲高い音と同時にシルバの剣が試験官の首筋に当たっていた。刃先には薄く血が伝ってきている。遠くから金属が落着した音が聞こえた。


「合格だ」


「・・・ありがとうございます」


 大男の試験官は、訓練場を出ていくまで嬉しそうな笑顔を崩さなかった。



 ◇◇



 騎士候補生は秋に卒業すると、配属先が決まる春先まで実家に帰るか、冒険者として小銭を稼ぐ。シルバも実家に戻って冒険者証を発行していた。


「じゃあ、春まで家にいるんだね?」


「そうだね。母さん達の顔も見たかったからね」


<<えぇ~、お姉ちゃんは~?>>


 リビングテーブルの上座にはユリアネージュそっくりのゴーレムが置いてある。そのゴーレムが金属特有の反射光を放ちながら喋っていた。


「ユリア姉はこっそり見てたんだろ?」


<<最後らへんだけだよ。んで? まずは北央騎士団の入団試験を受けるんでしょ?」


 テカテカ光るゴーレムが、一番下のアド(9)とハイネリアの娘であるルネ(9)を撫でまわしているのを見ながらシルバは答えた。


「ああ。地方騎士団で5年。その間、神殿騎士試験を受けて、聖騎士になってから近衛騎士団の入団試験だね。ユリア姉の傍まで行くには、まだまだ掛かりそうだよ」


 神殿騎士は別に協会に所属していなくともなれる。称号のようなものではあるが、聖騎士として制約と誓約をしなければならない為、通常の騎士よりも求めらる力量と行動は是非を問われる。それだけ狭き門であると同時に、強力な戦力になり得る。フリューゲル王太子の護衛三人組が良い例だろう。


<<そんなに良いものでもないけどねぇ・・・>>


「ははは。あぁ、そうだ。剣、助かったよ。試験官の剣を壊しちゃったけど」


<<ん。まぁ、ね。普通の剣じゃないし。何も言われなかった?>>


「特に何も」


<<そう、なら、いいけどね>>


 サリアネージュのレイピア。シルベルトの両手剣。ユリアネージュが妹と弟に造った剣はアダマンタイトをベースに、オリハルコンとヒヒイロカネを合わせた合金剣だ。


 アダマンタイトの靭性と硬度。

 オリハルコンの柔軟性と形状記憶性能。

 ヒヒイロカネの完全腐食耐性。


 これらの特性を併せ持つハイブリッドソードなのだが、ユリアネージュは詳細を話していない。壊れない剣ではないが、ドラゴンと正対できる性能を持つと知られれば、二人がどんな目に合うか分からない。


 実際にはブランネージュの持つオリハルコンとオレイカルコスの闘気感応剣の方が、そう言った意味での危険性は高いのだが、現状でブランネージュを何とかできる人間はほぼ居ない。


<<でも、騎士になったのは剣のお陰じゃない。シルバ自身の力だよ。そのまま腕を磨きなさい。近衛になるまで王城に居てあげるから>>


「その言い方だといずれ、ユリア姉はそのうち何処かに行っちまいそうだな」


「ククク・・・」


 楽し気に笑う母親の顔と、王太子妃の立場すら簡単にかなぐり捨ててしまいそうな姉を見て、やはりウチの女どもは試験官よりよっぽど計り知れないとシルバは深い溜息を吐いた。


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