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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
74/97

072

 エステラード王国の王都バンドラールは広い。どれくらい広いかと言うと、城壁の端から端まで視界に入らないくらい広い。私が9歳の時からそうなのだから、金属壁で拡張され続けていった今は更に広くなっている。


 一番内側に王城があり、その周囲に貴族街があるのだけれど、王城区域だけで既に王国内で最も広大な街として知られている。これは初代陛下が王城用に切り取った土地が凄まじく広いせいだ。


 初代陛下が描いた王城の完成図は、半球状のドームのようになっており、まるで知識の中にある核シェルターのようだった。現在はそれが現実的ではないとして、接地面の増築が行われているだけなのだが、それでも数百年過ぎた現在で未完成だ。


 未だに空き地(外庭園)が多い王城の尖塔に登り、王都を見下ろしていると同行していたコールが上を見上げた。


「お客様がいらっしゃいました」


 言われて上を見上げると緑髪の女が箒に乗って近付いて来る。魔女だからって箒に乗らなきゃいけないルールなんか無いだろうに。


「こ、こ、こんにちは」


「こんにちは。お久しぶりね」


 王都を見下ろしたまま目線だけ彼女にやると、ビクリと体を震わせた。怖がられてるのか、ただ緊張してるだけなのか、何なんだ。


「隣、空いてるわよ」


「え、ええ」


 フワリと箒の高度を下げると、コツリとハイヒールが地面を叩く。前より成長したらしく、小学生から中学生くらいになった事で、迷路の屋敷にあった絵の容姿に少しだけ近付いた。


「この王都は長い事、成長を続けているけれど未だに大人になりきれない。今のあなたを見ていると、そんな気がしてくるわね」


「いきなり失礼ね。私はただ若返っているだけよ。中身は大人だもの」


 そうやってムキになる所が大人になり切れていないのだけれど、とは言わないでおこう。少しだけ彼女も王都を見下ろして眺める。ふと懐かし気な横顔を見て思い出した事を聞いてみた。


「初代陛下に手を貸したのでしょう? あんな防護壁で覆ったシェルターなんて、あなた抜きでは作れないでしょうに」


「彼は作れるって言ったわ」


「もう居ないわよ」


「・・・」


 幹線道路を何台もの車が走り、設置した信号機が車の流れを制御する。個人で車を持つのは貴族が殆どだけれど、平民でも車を乗り回している者は幾らか居る。全体で見るとユリアブランの運送会社が殆どを占めるけれど、移動販売などを行っている商会も数台が走っている。


「でも、もう彼が想っていた街ではないわね。あんなに大きな建物と、あんな魔導具が走る街なんて彼は考えていなかった。城もそう。もっと低い城を作ろうとしていたわ」


「・・・なるほど、地下を含めて考えた高さだった訳だ」


「良く解ったわね」


「真ん中の階層に余分な構造があるからね。あそこは本来地上階でしょう?」


 後ろを振り返って彼女が短く答えた。


「そうよ」


 だからもう違う、と小さく呟いたリリーヴェールはジッと王都を見下ろした。そこから地平線へと目を移し、懐かしそうな、寂しそうな、そして少しだけ嬉しそうな顔になった。


「あなたは彼とは違う。あなたは彼よりも遠くを見ている気がするもの。ねぇ、教えて。あなたは何をしようとしているの」


「生きようとしている―――というのでは伝わらないでしょうね」


「当たり前じゃない。誰だって生きて、生き足掻いているもの。あなただってそう。あなたを見ていると、なんだか常に何かと戦っているようだもの」


「生きる事って戦いだからね。負け続ければ何時か生きる気力を失い、生きる事を諦める。それでなくとも、一度の負けで人生が終わるかもしれない。ここはそんな世界でしょう。この世に生まれた以上、生きている以上は戦わないといけないのよ」


 お互いに目線は会わせないけれど、言葉はぶつけ合う。


「それも当たり前だわ。人も魔物。魔物として生まれた以上、戦って生を手に入れるしかないわね」


「人が魔物? 斬新な考え方ね?」


 確かに人間も魔力を携えた魔物と言えなくはない。でも理性を携えた分、魔物とは言い難いだろうに。何より、この世界の物質は全て魔力を含む。


「そうでもないわ。魔物が国家を作った時代もあった。その時代は逆に人間が狩られる側だったけれど、やがて人間が魔物の勢力よりも力を持ち、人間が魔物の国を斃した。その逆もあるのよ。ずっとそれを繰り返してる。終わらない永劫の戦い。それがこの世界の真実よ」


 栄枯盛衰。魔物も人も同じか。


「かもしれないし、ずっと人間が優勢かもしれない。それを許さない存在がメギアだとしても、私はメギアを斃して人間の世界を望むわ」


「・・・出来ると良いわね」


 そう呟くと大魔女リリーヴェールは長いローブを揺らしながら、ゆっくりと赤い空に消えていった。



 ◇◇



 風龍を探すつもりが大魔女を探し当ててしまったのは、高高度レーダーゴーレム「天透」をばら撒いた直後だった。私の魔力が地表にしか広がっていない事に安心していた緑婆は、急に高高度に聖女魔力が広がった事で警戒し、大空をフラフラと逃げ回った。少なくともこの大陸上空には私の魔力が充満している。


「充満って・・・匂ってるみたいだね」


「お母さん。それはちょっと嫌」


「ごめんごめん」


 レオンも赤い顔になってるのは、情事の後の部屋についてブランママに指摘された事を思い出しているのだろう。気まずそうな顔で赤くなっている。


「とにかく! リリーヴェールはメギアの討伐に否定的でも無いし、止める気も無さそうだったわ。むしろ、この国に何かあれば守ろうとするかもしれないわね」


「何故、大魔女様が?」


 城の大会議室で私が報告している周りには、陛下を始めとして各騎士団代表や、たった今声をあげた宮廷魔導士長がいる。王国の戦力を纏める代表者が揃い踏みだ。魔導士長がリリーを敬称で呼んでいるのは、魔法に関する大先輩で尊敬しているからだろう。魔法都市の創設者という伝説もあるし、あの緑婆は全ての魔法教書にも載ってるからね。


「伝承が真実だったのであろうな。初代陛下は大魔女リリーヴェールの御力を借りて王都を作り上げたと言われておろう」


「ええ、初代陛下の事を親し気に呼んでいましたし、事実なのでしょうね」


 一同溜息である。なんせ数百年前の伝承の裏付けが取れた瞬間なのだから、この国を支える彼らとしては感じ入る所があるのだろう。私? 特には・・・ナイデス。


 愛国心だとか、そういう国を支える事に誇りを感じるのではなくて、私にとっては単に大事にしている人や物を守ろうとしているだけに過ぎない。それがエステラード王国かと言われると違うだろう。そこに家族が居るから土地を守っているだけなんだと思う。御大層な思想や願いなんか無いからね。そう考えると私は王侯貴族には心底向いていないと思うわ。


「つまり、大魔女リリーヴェールにとっては人類が勝とうが魔物が勝とうが、どちらでも構わないと? この王都を守るという考えより、そっちの方を重要視していると捉えた方が良さそうだな」


「魔物の国か」


 レオンの言葉にお父様が返し、押し黙って呻り始めた。話を聞く限りでは信じられないだろう。魔物が国家形成をして一時代を築いていたなんて話を、早々簡単には飲み込めないと思う。


 私が冷静に受け入れられたのは、知識としてそういう話を前世で知っていたからだろう。もちろんファンタジーの内容だけれど、言語を話す魔物が存在するのであれば、その集団があり、集団が国家を作ったとしても何ら不思議ではない。


「これまでに私が遭遇した言語を操る魔物は、悪魔とドラゴンのみです。しかし、太古の時代で何らかの魔物の一種が言語を手にして、文明を築いていたとしても可笑しくはないでしょう。その証拠に古代遺跡には私たちの知らない文字が存在する。そうですね? 魔導士長」


 私の言葉に青ローブのお爺ちゃんが頷く。


「であるならば、私達は神のゲーム板の上に立っていると自覚したほうが良いでしょう。人類と魔物。神々にとってどちらも大差ない存在だというのであれば、私達は勝ち続けるしか道が無い。キリシア神の教えも頷けるという物です」


 産めよ増やせよ、そして魔物と戦え。まるで人類を守ろうとする薫陶のように聞こえるが、こうして見方を変えると「人類と魔物は永遠に戦い続けろ」と命じられているようにも聞こえる。


「我々人類を駒だと? ユリアにはそのような神託があったのか?」


「お父様、そのような早とちりはいけません。ただの推測です。しかし、キリシア神の言葉が助言と取れるのか神命と取れるのかは、どちらも正解だと思っています」


「どういう事だ?」


 レオンも眉間にしわを寄せて顔を向けて来る。


「キリシア神が人類を助けたい想いでそのように言うしか無かったのか、ただの命令であったのか、私達は神々の背景を知らない。女神キリシア、魔神メギア。過去に現れた異神。当然、それ以外にも神は存在しているのでしょうし、知る術がない。現状では神々の狙いを知る事は出来ないとしか言えないわね」


「神々の狙いか・・・随分と大きな話になって来たな」


 ふぅー、とお父様が大きく溜息を吐く。会議卓を囲む全員の眉間にしわが寄る。厭な空気だな。そんな空気にした私が言うなという話なんだけど。


「リリーヴェールは再び行方を晦ましましたが、飛び去った方角は世界樹が座す方向でした。他の守り人も所在不明ですが、地上も空中も見つからない以上、全員が世界樹を拠点にしている可能性が高いです」


「攻め込めとでも?」


「いいえお父様、まずは評議国を安定させるべきでしょう。大陸一丸となってメギアの手から東部の解放を目指すべきだと思います」


「そうだな。映像でも見せてもらったが、海岸沿いに内陸の難民が今尚大挙して押し寄せている状況だ。あのままでは評議国として、国家の体裁も保てなくなるかもしれん。早めに話を付けようと考えるのであれば、代表者は明確な方がやり易かろう」


「同じく、そう思います」


 全員が頷いた所で、予定されていた号令が出る。


「これより評議国との交渉準備に入る。北部魔導議会、西部メルトラ、南部の我らは引き続きメギアの魔物軍による侵攻を防衛網で警戒しつつ、大陸統一を目指す。メギアとの戦争はそれからだ。以上、直ちに行動せよ!」


「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」


 三方に散ったエステラード軍と連携し、地元戦力を糾合して防衛網を張る。これまでのような見張りだけ置く警戒網ではなく、実際の戦力を散りばめて町村、もとい陣地を構成しつつ長期滞在を行う。防衛網の三文字で彼ら軍人には伝わる話だ。


 軍人が出ていくと入れ替わりに内務を担当する大臣や文官たちが入ってくる。この流れになるであろうことは、お父様に話してある事なので準備されていたのだろう。


「では引き続き、評議国との交渉内容について協議を始める。アルーイン侯爵、既に条件は纏まっているな?」


「はっ」


 白髪オールバックのお爺さんが微笑みつつ文官の資料配布を見守る。アルーイン侯爵家は所謂、五大侯爵家の一つで城内の政治を取り仕切り、国内や国外の交渉も担当する。要するに国家の顔、外務大臣だな。


 評議国との交渉は弱みに付け込む様な形になる。しかし、彼らも竜船が上空から襲来して悩みの種である、魔物の大軍が内陸部から消えれば話が変わる。他国同様に「王国が魔物を片付けたのだから、属国化か併呑を受け入れて共にメギアと戦おう」と言えるからだ。


 ただ、評議国は獣人が主導する国だ。そして獣人はプライドが高く、伝統を大事にする。そして何よりも力を尊重する。


「だから私が同行するという事になりました」


「宜しいので?」


 オールバックのお爺さんが訝し気に私に問う。


「現在の評議国の代表は豹牙族ですが、元々は鳥人族が長い時代で代表を務めて来ました。しかし、その鳥人族が居ないとも限りませんので、念のためという事です」


「・・・仙人の鳥人ですか」


「はい」


 鳥人族の代表は代々仙気を扱うと伝えられている。大陸の北部にも西部にも仙気使いが居なかった。9歳で受けた魔導士認定試験の際、世界に四人しか仙気使いが居ないと言われていた理由がこれだ。一人が地元の老神官、私、そして評議国の鳥人二人。


「そして二人の生存は既に確認しています」


「なんとっ!?」


 既に評議国内の低空と高空の両方に探査ゴーレムを配布済みだし、現地の確認は終わっている。目の前にある大陸地図が何よりの証拠だ。ついでに言うとゴーレム「天透」でこの大陸周辺近くには別の大陸が無い事も確認済みなので、地図には外海も描かれている。海から顔を出したクラーケンのデフォルメキャラが可愛い。


「楽しみね、レオン」


「そうだな」


 レオンも最近になって闘気制御レベル10を迎えた。晴れて黄金闘士の称号を得たのだ。ステータスにそんな称号は表示されないけど。日々の約束稽古の成果が出て私も嬉しいしレオンも喜んでいた。


「お前ら・・・目的をはき違えるなよ?」


 お父様の疑い深い目に会心の笑みで返しておいた。夫婦そろってな!



 ◇◇



 王都の空港は三つある。商業用に造られた王立総合飛行場、迎賓用に造られた貴族街の飛行場、私的利用で作った私の王城内研究用飛行場(空き地)。


「どんな感じかしら」


「良いですね。これなら魔賢師級がギリギリ操縦できますし、私なら一日中操縦しても耐えられます。しかし良かったのですか? この魔法陣は魔導院の秘匿情報では?」


 ノール=カントリー子爵が研究所の空き地に着陸した一人乗り用のエアバイクから降りながら答えた。彼が試作した魔導具を私が改造し、魔導院で開発した魔列車用の省魔力魔法陣を採用したのだ。これで数十分しか動かせなかったエアバイクを、並の魔賢師級でも数時間は動かせるようになる。


「良いのよ。もう色んな魔導具に採用しているし、あれを開発した人の名前を魔法陣の名称にする条件で、ウチの会社が買い取ったのよ」


「魔法陣を買い取るって、凄まじい額になる筈なんですが・・・まぁいいでしょう」


「文明ノ発展ノ為ヨ。小銭が少し飛んだくらい何てことないわ」


「そういえばユリア様は世界一の富豪でしたね」


 そう言いながら契約書にノールさんが記入していく。結局、彼の領地で製造し、私の商会で買い取って販売する事になった。ユリアブランが買取の際に特許料が差っ引かれて、ノールさんの領地にお金が落ちる訳だね。


「使い道がないお金ばかり持ってても意味ないわよ」


「人生でそれを一度でも言える人はユリア様くらいですよ。普通は欲に溺れて失敗しますからね」


「使っても使っても増えていくばかりなのよね。むしろ使うと増える速度が上がるという不思議な状態。どうしたらいいのかしらね」


「そのまま世のため人の為に使えば良いと思います」


「・・・そうするわ」


 もうね、結構な福祉事業に大金を掛けている訳ですよ。聖女基金とか言うのを作って、そこに大金を投入し、孤児院や町の設備投資何かに使っている訳ですよ。幹線道路は整備したし、南部エステラード地方は既にバスのような大型自動車を使った交通施設も作った。それにより人の流れが増し、住宅設備を整えた事で地方都市などで人口が増え、更にはユリアブランとして仕事も請け負っている。


 廻り回ってユリアブランの土台の上に福祉事業が乗っかる事で、労働人口が増えた影響か会社の利益が上がっている。正方向の循環が出来てしまった。国も税金収入が増えて税率を下げてもらったし、その分が更に国民の懐を膨らませ、ユリアブランの商品を買う資金となる。


 ただし、購買力が増し需要過多になってきた頃に、また税率を上げる。そんな話をお父様にしなければいけなくなるくらいなのだから、私の貯金は増える一方なのである。


「はぁ・・・そろそろアルセウスに仕事を振ろうかしら?」


「五歳の息子に何をさせるつもりですか・・・」


「ただの計算よ。ちょっと国家予算を超える金額の」


「止めてあげてください。子供を心労で潰すつもりですか」


「それもそうね。でも、ただの内政家にさせるつもりは無いのよね。出来れば強い王様になって欲しいわねぇ」


 腕組みをしてノールが書く内容を確認しつつ頭を働かせる。メルトラから帰って来てみれば以前より武闘派になりはしたが、やはりその性根は変わらない。臆病なところや魔法を好むところは元のアルのままだ。精神耐性スキルが生えていたところを見る限り、私のように心臓に毛が生えているような人間性ではないのだろう。そう考えるとレオンも意外と繊細なのか。いや・・・思い込んだら一直線なのに繊細なのは、出会った頃から変わらないか。


「レオンの小さい時と比べて、アルの性格はどうかしら?」


「似てますね。思い込みが激しい所が特に」


「やっぱり」


 ステータス上は祖母似で、見た目は母親似で、性格は父親似か。そろそろ6歳になるし、評議国遠征の覚悟を決めてもらわないとね。


「そういえば、ノールさんも評議国に行くって?」


「ええ、殿下がアルセウス王子の供に是非と」


「聞いてないわね。奥さん妊娠したばかりなのに大丈夫なの?」


「まぁ、初産ではありませんので。それに家宰が仕事を回してくれていますので問題ありませんよ」


 老齢の男が憂鬱そうにする顔が浮かんだ。


「あの執事のお爺さんか」


「はい」


 久しぶりにチームレオンが勢揃いか。レオンの護衛をしていた三騎士も、今や神殿騎士団の重役になってしまったけれど、今回の交渉に同行するらしい。決まったその日に三人そろって挨拶に来た。仲良く髭を伸ばしてて少し笑ってしまった。


「そっか。楽しみね」


「ええ。娘も5歳になりましたのでフラノール様の傍付きになりますし、いいタイミングだと思います」


 例の気配察知持ちの娘か。コニーちゃんだっけ。約束通りフランの傍付きになった。


「良いタイミング?」


「アイギーナ家の御息女と一緒に、フラノール様の従者になりますからね。親としては年の近い友人になってくれると嬉しいですよ」


「もしかしてイルシャちゃん?」


「ええ、黒髪の。お会いになった事が?」


 アルの4歳の誕生日パーティで見つけた子だ。棺の魔女の称号を持っている闇魔法使い。アイギーナ家は宮廷魔導士長を最も多く拝命した、魔法の大家でもある。その家の秘密兵器がいよいよ登場か。どうなることやら。


「目立つ子だからね。一度見れば忘れないわ」


 見た目が派手とかそういう意味ではない。貴族としての視点で彼女を見た時に、注目を集めやすい風貌、背景、魔力をしているという意味だ。ノールさんにはそれで伝わる。


「・・・・・なるほど、覚えておきます」


 書き上げた契約書をこちらに渡してきたのを受け取り、私もサインした。


「確認は宜しいので?」


「もうしたわ」


「お早い事で」


 目立つかという意味では、私の方が遥かに目立つ。契約書を魔力で探って、バレないように妙な行動をさせないよう契約書に込められた魔力を監視していた。魔力制御を鍛えていれば誰でも魔力の動きは見る事が出来るが、記入者の体内魔力まで離れた場所から確認できる人間はあまり居ない。逆に言うと、監視できる人間は魔導師として警戒すべきレベルの存在だという証明になる。だから、そう言う事はあまり口にしない方が良い。「目立つ」からね。


「出発は来月だけれど、娘ちゃんはもう来てるのかしら」


「ええ、我が家の王都邸に来ていますよ。今頃は気力制御の訓練でもしているでしょう」


「フランに付き合わせるみたいで悪いわね」


 あの子は既に気力制御がレベル4に到達した。まだ三歳なんですけどね。親に似すぎではなかろうか。


「予定から何も外れて居ませんから問題ありませんよ。今年からスカウトの訓練も始めましたからね・・・」


 父親が遠くを見ている。そりゃそうだ。スカウトというのは云わばレンジャーみたいなもので、気配を殺して行動する冒険者パーティーで言うところの斥候だ。罠を解除し、罠を仕掛け、敵の動きをいち早く察知し、気配を消して敵の斥候を捕えたり仕留めたりするのが本業である。自分の娘がそういった血なまぐさい人生を送るのかと思うと気が気じゃないかもしれない。


「師匠は誰?」


「ギルドマスターの曾孫さんだそうです。まだ14の女性ですよ」


「アレの曾孫? 大丈夫なの?」


「・・・一応、言っておきますが。世間一般的に見たら、その方は常識人ですよ」


 本当だろうか。まぁ、あの修行しない息子さんの孫娘って事になるんだろうし大丈夫だろう。あの人は真面だし。


「まぁ、ノールさんがそういうなら真面な人なんだろうね」


「曾祖父がアレですから、反面教師なんでしょうね。話題に出されるのも嫌がっていましたよ」


「ははは・・・・・」


 その孫弟子にあたる私からすれば耳が痛い事である。



 ◇◇



「初めましてユリアネージュ妃殿下、フラノール王女殿下。シュリアと申します」


 茶色く焼けた肌で170センチ程度の女性が跪いて首を垂れる。ノールさんの娘の師匠という話にあった子だ。ついでとばかりにフランの師匠にもなって貰う事になった。


「よろしくねシュリアさん。スカウトの技を持っている人って貴重だから、教わる機会が殆ど無いのよね。折角だから私も見学させてもらうわ」


「畏まりました。ご依頼通りお受けさせていただきます」


 当然、冒険者ギルドを通して依頼を出してある。何かハゲが人を寄こして言ってきたけど無視してギルドには依頼を通してもらった。


「お久しぶりですユリアネージュ様、フラノール様。イルシャです。本日よりお傍付きとなりました。よろしくお願いいたします」


 アイギーナ家の隠し玉、イルシャ嬢だ。相変わらず無表情で変化がない。


「ええ、イルシャちゃんもよろしくね。少し大きくなったわね。それに魔法の腕も上がったみたいだし、まだまだ先が楽しみね」


「勿体ないお言葉です・・・」


 顔を赤くしたイルシャちゃんはそれでも無表情だった。感情の動きが無いんじゃなくて、訓練で表情を悟らせまいとしているだけのようだ。可愛い。


「コニーちゃんもよろしくね」


「ひゃい、よろしくおねがいします」


 コニーことコルデリアは母親似だろうか? 冷静なノールさんとは性格が違うようだ。おっかなびっくりと言った感じで受け答えしている。これまた可愛い。


「フランだよ!もうすぐ五歳!」


 やだ、うちの子も可愛い。


「よろしくお願いしますフラン殿下」


 イルシャは静かに答える。


「フラン様よろしくおねがいします!」


 コニーは元気に答える。シュリアは跪いたまま、頭一つくらい小さいフランの頭を撫でている。少し頬が赤いのはフランの気さくなところが気に入ったからだろう。それとも単純に可愛い物好きか?


「それじゃ、早速みんなで訓練場に行きましょうか。着いていらっしゃい」


「「「「はいっ!」」」」


 おお、元気。こっちも笑顔になってしまう。コニーは既に何度も会っているし、イルシャは数度、王城の訓練場に来て魔導士長の指導を受けた事がある。憧れのお爺ちゃんらしい。イルシャちゃんを褒めたら青ローブを揺らしながら照れていたっけ。シュリアは始めてきたので周囲の視線に緊張気味だ。森や平原の中とは違って、独特の空気があるから居心地が悪そう。


「それじゃ、みんなでシュリア先生からスカウトの基本を学びましょう。魔導師だろうと気配が読めないと仙人にはなれないわよ?」


「はい・・・」


 少し嫌そうな反応をしたイルシャに釘を刺した。この子、肉体労働が本当に無理っぽい。HPとか一桁だぞ。当然、気力制御は生えていない。


「えぇと・・・まず、スカウトというのは気配を掴まれたら終わりです。そこで行動失敗と考えて撤退をすることが殆どです。なので、如何に相手にさとらせずに接近し仕事を終えるかという部分が大きいですね。接近戦なども殆どしません。スカウトの戦闘行為は不意打ちが全てです」


「なんかズルい」


 フランがそう言うと、一緒に居たコニーが焦ったように友人に向かって手と首を振っている。しかし先生役のシュリアは頷いてフランの言葉を受け入れている。


「そうです。ズルくなければ生き残れません。隠れ、潜んで、相手の背後から一撃で殺す場面が殆どです。さっきも言ったようにそんな場面は殆どありませんから、罠に掛けて動けなくなった後で獲物が死んだことを確認するのが基本的なスカウトの狩ですね」


「懐かしいわね~、私もフランの歳には罠で獲物を取ったわ」


「母様もそういうのやったの?」


 意外そうに驚いてフランが聞いて来た。やったやった、飽きるほどやったわ。そして喰いまくった。ブランママが呆れるほどの欠食児童だった。


「そうね。丁度フランと同じくらいの頃には、家の裏にある森に罠を仕掛けて、餌に寄って来た動物を魔法で仕留めて、おやつ代わりに食べてたわね」


「・・・!」


 何か衝撃の事実を知ったようで、フランが私を見て動かなくなった。シュリアも何か感心している顔だ。何だか面白い。


「凄まじい4歳児ですね・・・私が真面に獲物を取れたのは8歳の終わりごろだったと思います。妃殿下はそうして強くなられたのですね」


「欠食児童だったからね。他の家よりご飯の量は多かったけど、鍛錬ばっかりやってたからお腹がすいてしょうがなかったのよ」


 アハハと笑いながら言うと、女の子たちは引いてしまった。


「ああ、ごめんなさい。という事はまず、獲物を取る方法かしらね」


「そうですね。これは接近戦でも重要になる事です。相手の気を引き、狙いを逸らす事でこちらが優位に立つ。これを「虚を突く」と言いますが、これが出来るようになって初めて戦いや狩りの駆け引きが始まります。今日はそれを学んでいきましょう」


「「「はい」」」


 ハイ可愛い。あんなに厭そうだった黒魔女っ娘イルシャが乗り気になったのは何でだろう? まぁいいか。


 途中で魔導士長が様子を見に来たりしつつ三人の訓練が終わり、仲良くお風呂に入れてあげるとイルシャ、シュリア、コニーの三人は王城の客室区画で眠った。ノールさんもこうしてレオンに仕えたらしい。平民として拾われていきなり王城住まいだったから困惑しただろうな。


 そうして彼女たちの様子を見つつ、日々は過ぎて数週間後。評議国へと旅経つ日がやって来た。


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