069
魔導国から戻って一年が経った。その間、実家に帰って顔を出したり、貴族との顔合わせを繰り返したり、決戦用ゴーレムを作ったり、東の守り人を倒したりと忙しい日々を送っている。
世界樹へ挑戦した時の逸る気持ちはもう無い。今は落ち着いた気持ちでフランを抱いて仕事をする日々だ。ティナが預かると言ってくれているのだが、昼間は私が仕事をしながら子育てをしている。時々サリーや弟たちの顔を思い出しながら。
ブランママもこんな穏やかな気持ちだったのだろうか。そんな中で私を鍛えている最中に見せた獰猛な笑顔を考えると、抑えてた気持ちを沸き上がらせてしまっていたのかと少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「ふふっ」
「どうされました?」
エンバーとコールがこちらを見て問う。不意に笑った私を見て書類仕事を中断させてしまったようだ。
「何でもないわ。私が小さい時の事を思い出しただけよ」
「良ければお聞きしても?」
エンバーの顔を見ると嬉しそうな顔をしている。そういえばこの悪魔執事は、そういった人の人生を聞くのを何よりも楽しみにしていたっけ。コールも同様だ。
「いえ、ね。折角穏やかに暮らしていたというのに、私が戦える人間だと判って鍛えている最中に、お母さんは獰猛な笑みをしている自分の口元を必死に隠していたっけと思ってね。私もアルを見て同じような気持ちにさせられるのかと、少し懐かしい思い出し笑いをしただけ」
「それは・・・ご子息は少々戦いとは縁遠い子供と感じますが?」
そう、アルは戦いを好まない性格をしている。レオンに連れられて練兵場に現れても、端っこのベンチでどこでも出来る魔法の練習をしているだけだ。剣を握るのも単純な素振りを繰り返しているだけに過ぎない。
きっと前世は、心優しい女性だったのだろう。
「そうね。あの子は戦いに向いていない。それでも私と同じようにとはいかなくても、最低限は強くなって貰わなくてはね?」
エンバーが私を見て眉を潜めた。
「・・・アルセウス様は、主の子として産まれたのが最大の不幸でありますな」
「ひっどいわねぇ、フフフ」
「ほっほっほ」
この二人は私に遠慮ない所もあるが、基本的には使用人としてのロールプレイに誇りを持っているので、その関係性を崩しかねない言動は取らない。今のは単に話にのってくれただけの話だ。
「大陸間連絡穿孔路が完成して、問題無く利用できる頃にはあの子を連れて評議国に行くのも面白いかもしれないわね」
「良い経験になるでしょう」
エンバーが言うとコールがそれに続いた。
「三年後あたりでしょうか」
コールの言うとおり、凡そ三年先には法整備も商業ルートも安定するだろう。あとは地下トンネルの安定稼働が確認できれば、私は使節として評議国に赴くことが出来る。既に国王陛下に対して、将来の展望を話している。アナ姫も行きたそうだったけれど西部開発を任せたのだから完遂して欲しいと伝えて足止めした。
「そうね・・・いまだに見つからない他の守り人が気になるけれど、評議国は放置できない。早々に味方に引き込まないと、守り人に暗躍され始めたら表と裏の両方から邪魔されてしまうわ」
「既に手を入れているので?」
コールが薬草茶のお替りを持ちつつ聞いて来る。この薬草は地元から移植してきた薬草だ。ユリアブランで作ったプランターに入れて運んできたのだが、アルトパパの手入れが行き届き過ぎたのか、やけに回復効果が高い、秘薬のような薬草になっていた。魔力濃度のせいだろうか? アルトパパもレベル上がったからなぁ・・・研究で大森林深層の薬草を持ってきて栽培などをしていたらレベル30まで成長したらしい。魔力濃度と経験値は比例するのか? 経験値も謎だな。魔力そのものかと思いきや、あまり関係ない場合も多い。経験値とは一体何か? その答えは未だ得られていない。恐らくそれがメギアの餌そのものなのだろうが・・・。
「主?」
考え込む私を見てコールが姿勢を正したまま問いかけて来る。
「ああ、うん。手は入れているけれど、人は入れていないよ。現時点でも、王国も魔導議会も国として接触はしていない。以前のように筒を通して文書のやり取りを繰り返しているだけだよ」
「支援を拒んでいると聞きましたが、何故でしょう?」
「竜船を見た事が無いからね。出来る訳が無い支援を受けるつもりは無いって考えだろうね。迂闊な返事をして国として借りを作るような事態にはしたくないでしょう。ただでさえ苦しい時期だというのに、竜船という反則的な物を認めたくないし、余計な心配事を増やしたくない。そんなところでしょう。現状のままでも、海岸沿いの大都市に逃げ込んだ有力者達が筆頭になって、国を立て直しているけど苦しいみたいだし」
「今も魔物の残党を片付け続けているのですか?」
そう、今も評議国の半分以上の土地に氾濫した魔物が蔓延っている。それを少しずつ掃除している評議国としては、よその国から余計なちょっかいは出してほしくないだろう。竜船が現れれば考えも変わるだろうけれど、今更顔を出せば逆に警戒されるし、救援物資が欲しくても要らないと言い張るだろう。獣人というのはそういうプライドの高い者達だと探査ゴーレムを介して理解している。
「彼らのプライドが優先かしらね」
「獣人とは面倒な生き物ですね」
エンバーの発言に対して、珍しくコールが嫌そうな顔をした。もしかして。
「・・・コールの転生した土地って、評議国?」
「ええ。あの地で素人は少数派民族ですから。結構迫害されましたよ」
「へぇ。エンバーは?」
「私は公国でしたな。素人としての生涯を終えて森で過ごしている時に、世界樹を一周した先でコールに出会いました。中々希少な出会いだとお互い喜んだものです」
まぁ、退屈を紛らわすために悪魔から人間に転生した二人にとっては、何より面白い出来事だったでしょうね。それにしても世界樹を一周か。悪魔だから根を飛び越えるのも問題無かったわけか。
「それから二百年よね。当時って獣人、エルフ、ドワーフ、素人以外にも他民族が居たのかしら」
「鳥族が居ましたね。あと、余り地上には出ませんでしたが蟲族が居ましたよ。蟲族はドワーフと仲が良い種族でしたが、それはどちらも地下に住む生活だったという条件付きでした。蟲族は他の種族・民族とは交流自体が多くありませんでした」
蟲かぁ。独特過ぎるな。鳥はまだしも、蟲は相互理解できるのだろうか?
「割合は今と同じくらいだった? 獣人が大半で、エルフが僅か、ドワーフ多め、素人少な目」
「いえ、ドワーフも少なく、鳥族が獣人の中で覇権を握っていました。今は犬狼族が台頭しているようですが、強い鳥族ならばドラゴンに匹敵する強さを得ていましたよ。素人は今よりも少なかった気がします」
だからトンボゴーレムの視界を空間魔法で見せた時にコールは驚いていたのか。執務室でそれとなく見せた様子をブラウやエンバーたちと共に見た時、コールだけは街の様子に違いを感じていた訳だ。
「その鳥族が少ない理由って、やっぱり氾濫のせいかな」
「そのようですね。この間見せて頂いた限り、普通のドラゴンだけでなくブラウ殿やシージ殿のよう年経たドラゴンも居たようですから。流石にあのレベルの真龍は誰も倒せませんよ」
そう言われて自分を指した。
「・・・誰も倒せませんよ?」
「ほっほっほ、主は例外中の例外ですからな。コールが話しているのは普通のレベルの範疇になりますぞ」
「どうせ普通じゃありませんよー」
もう少しで二歳になるフランの頭に鼻を付けて拗ねたふりをして見せた。そのせいで起きたのか、フランがオッパイをモイモイしてくる。もう離乳食に変えたのに、アルと言いフランと言い父親に似て巨乳好きである。
フランは産まれて二年経とうとしているが魔力制御が身に着く気配は無い。アルと違って少しずつ気力制御を覚えさせていたのだが、そっちの方が先に習得できてしまった。この子はブランママに性格が似るかもしれない。見た目は金髪で父親似なのに、才能はまんまお婆ちゃん似である。次代の剣姫か。マジもんの姫だから本当にそう呼ばれそうだ。
「ん~、だっ!」
「ん?オシッコ?」
フランもサリーに似たのか「だっ」が口癖だ。強気な女が生まれやすい血族なんだろうか。それに引き換え男衆はアルトパパを始め紳士が多い。ユリア町の騎士コースで通学しているシルバも私の前では大人しい。普通は男の子が母親似で、女の子が父親似で通説だったような気がするけれど、地球産の知識はここでは通用しないか。そもそも迷信だった気がする。
フランを連れてトイレに行こうと、誰も居ない廊下には私と悪魔侍女の足音が響く。巨大な城の中にあって王族の居住区に近い私の執務室近くには人の気配が薄い。執務エリアに隣接した廊下は稀に大臣が書類を持って現れる程度だ。あとは、王族の家族のみ。
「元気な泣き声ね~」
「ね~」
真似をするフランを可愛がりながら、アナ姫の息子が城内に響かせるサウンドを聞きつつ娘のトイレを済ませた。伊達に5人の幼児を育ててないんですよ。覚えたてのトイレをマスターさせるのもお手の物ってなもんだ。
帰り道も赤ん坊の泣き声を聞きながら執務室に戻る。冷えた廊下の空気を顔に感じながら胸の中でキョロキョロと周囲を見て動くフランの熱を感じていた。
「そう言えば名前って決まったのかな?」
斜め後ろを歩くコールに聞くと頭を振られた。まだ決まってないらしい。
「早く決めないと陛下が名付け親になると言われて焦っているようですね」
「余計な事を考えなくて済むから楽しいでしょうね」
「仕方のない事かと」
コールは無表情になりつつ、少しだけ低い声でそう言った。
まぁ、貴族的な価値観で言うならば、アナ姫の産んだ子はアルセウスの予備だ。この国では特例でもない限り男児が玉座を受け継ぐ。女王が誕生した事は無くは無いのだが、数年で子供王子に受け継いだという歴史もあるように、女性が国のトップに立つことを余り快く思われない。
多分、初代国王が偉大過ぎたんだろう。この国は初代陛下を神格化している訳でもないのに尊崇し過ぎているきらいがある。キリシア神と同列に語る事は無いが、英雄的な存在として憧れと敬いが同居している歴史的偉人という目線だろう。それだけに男性国王に対する期待は計り知れず、代々の国王はその期待と重圧に耐えて国家運営を行ってきた。
そんなものを自分の息子に課そうとしている自分が時々イヤになるけれど、その頃には王国も帝国とか共和国になっていそうで少しだけ話が違ってくる。最早、王国が王国のままでいられるとは思えない。どうしたって、この先は他種族共生国家としての体裁を整えなきゃいけないし、王国という器のままでは収まりきらない問題だ。
そんな問題に関わらない子供たちはなんと幸せな事か。フランもアナ姫の息子も、さぞ柵が軽い人生となるだろう。レオンと私とアルは、その鎖を全身に巻き付けながら生きて行くことになる。ま、私達夫婦は問題無い。問題はアルだ。あの子はどう考えても覇王タイプじゃない。誰かを導くというより、誰かの傍で支えるタイプの性格だ。もしくは顔を出さない黒幕タイプ。
「それもアリか」
私の呟きにフランとコールが揃って首を傾げた。この悪魔侍女、結構かわいい。
◇◇
旧魔術師ギルドは解体され、今は王都内に魔導院と呼ばれる研究所が存在するのみとなった。彼らは王都の端に新設された建物の中で、昼夜を問わず研究の毎日だ。人員は厳選され削減の後に余った人手は騎士団に持っていかれた。今も魔導院で研究している人間は前線で杖を持って魔物と戦うよりも、紙とペンを持って机に齧りつく方が向いている人間たちだ。
今日はその魔導院で研究開発されている魔列車の視察に来た。
「これはユリア様。ようこそいらっしゃいました」
私と数人の宮廷魔導士に頭を下げているのは魔導院の所長で、私が東部の旧魔術師ギルドに攻め入った時にも研究を続けていた猛者である。周囲で戦闘が行われているのに一心不乱に錬金道具を離さなかった姿は、ある意味で印象深かった。あの時から数年経つが、今も研究の虫のようだ。
「こんにちは所長さん。魔導列車試作型の改良案は形になったかしら? それと量産小型化の方もね」
魔導列車、または魔列車と呼ぶこの大型魔導機械は、私が掘った地下トンネルを走らせる予定の大型列車だ。ゴーレムで部品を作り、弾道ミサイルのような外装で作った車体にそれらを組み込んでいる。大型ゴーレムの輸送も可能なサイズなので、このままでは地上を走らせる際に不都合が多すぎる。
障害物も無く走行環境も整えやすい地下と違って、地上は起伏が激しく魔術を使用しても大きな物体を走らせる空気抵抗制御が難しすぎる。出来ない事は無いが、私が居ないと動かない列車など不要だ。地下は専用の通航パイプを作ってその中を走らせれば、空気抵抗を無視できるからな! 真空を走る魔列車で超高速移動出来る。まだまだ試作段階だけどね。
地上を走る走行路を魔法陣で整えてあげても良いが、それでも魔法陣の発動に莫大な魔力が必要になってしまい、どうしたって私やブラウ達のような化け物級の魔力を持つ何かが必須となる。そんな魔力を内在した魔石は無いし、そんなものがあるなら地上を走らせるなんて勿体ない真似はしたくない。それなら大陸間を結ぶための海上船か竜船に使うわ。
「魔力効率は上がりましたが、その分、余計な触媒が必要になりました。前提を崩さない為に別の手段で再検討を行っている所です」
「魔法陣の改良は?」
現物が置かれた作業場に向かいつつ、歩きながら所長と話す。私の後ろに付いて来る宮廷魔導士達は何やらメモを取っているが、彼らは勉強に来ただけなので話にはあまり混ざってこない。
「アレを魔法陣と呼んでよいものか分かりませんが、ゴーレムや車体内部に構成された魔法陣を読み解く事には成功しました。あとは改良箇所の確認と、改善案の検討に入る所です」
「消耗型の触媒じゃなければ使っても良いわ。魔法陣の局所毎に触媒が使えないか、部分的に模したモデルを作って試してもらえないかしら」
「ユリア様は以前、お試しになられたので?」
一気に関心度合いが上がったのか、前を向いていた所長の首がグリっと私に向けられた。目が血走っていて少し不気味だ。おまけに壮年も過ぎた年齢なので、枯れ木に目玉が付いているかのような妖怪にすら見える。
「ダメだったわね」
肩を少し上げて苦笑いしつつ言うと、一気に妖怪の顔が暗くなった。不気味で怖いから顔を上げてくれないかな。
「忙しくて試せてない事は色々あるけど、ここの改良案だけ置いて行けば問題無いでしょう? そう言う訳だから、ハイこれ」
後ろを振り返って、書類の束を持っていた宮廷魔導士から改良案が書かれた冊子を貰い、そのまま所長の胸に押し付けた。枯れ木のようなボディが少し押されたが、バランスを崩しつつ冊子を開いて貪るように読み始めた所長。目が落ちくぼんで、どう見ても睡眠不足と栄養失調である。
「少しは寝たらどうかしら」
「時間がありませんので」
そう言いながら歩きつつ冊子を読み込む所長。パラパラと紙を捲り続ける手は筋張って肉が少ない。鶏ガラと言われれば納得する細さだ。
そのまま広大な敷地を所狭しと使い建てられた魔導院施設内を歩くと、しばらくして作業場に辿り着いた。目の前には「使用中」と書かれたランプが魔導灯で赤く点灯しており、まるで手術室のようだ。その扉のサイズは数倍違うのだが。
「少々お待ちください」
キーパッドの蓋を開け、0から9の数字が書かれたボタンを幾つか所長が押し、最後に壁の魔石に魔力を送ると大きな扉が開く。ゴウンゴウンと左右にスライドするそれは、開いた口との気圧差でこちら側の空気を強力に吸い込んでいった。宮廷魔導士達のメモが何枚か飛んで行くのを眺めつつ、扉がある程度開いた所で風が止み、所長が歩を進める。
広く、そして薄暗い作業場には高い天井と幅広く壁があり、その中央には大きな試作型魔列車が置かれている。大きい筈の魔列車が小さく見えるほどに広い作業場だ。天井からぶら下がったワイヤーと、金属の足場で二階三階と複数階層に別れたスロープが魔列車の周りに造られている。ただ、そこにいる研究員の人数は10人も居ない。
「人手は足りているのかしら」
「ここで魔法陣の研究をしても埒があきませんからな。別室にはこの数十倍の研究員が、魔法陣の部節毎に別れて頭を悩ませている所です。数百人を動員してもまだ足りませぬが、あの魔法陣をどのようにしてお創りになられたので?」
所長は私に対して敬意を払っているが、決して私の身分が高いからという理由ではない。単純に理解不能な魔法陣を作る人間だからだ。所長の敬服ポイントはそこにある以上、国王陛下に顔を合わせたら「研究時間が削れるから」と不服そうな顔をするんだろうな。
「言ったでしょう。イメージを基に私の知識と魔法が勝手に作っている魔法陣だって。詳細を説明しろと言われても、イメージが元になっている以上、理論的な説明は不可能よ」
「むぅ・・・やはり難しいですか」
所長の耳には「イメージが元になっているという体で本当の事を明かす事は難しい」と私の言葉が翻訳されている事だろう。未だに私が正直に話していないと考え違いをしているらしい。いや、そう思いたいだけか。
これまでのゴーレムとは全く違った魔法陣で稼働し、不可能を可能とする新たなシステムと聞かされれば、研究者ならばこうなるのも当然かもしれない。少しだけハイネさんの呆れた顔が脳裏に浮かんだ。
「それより改良型魔法陣を見せてもらっても良いかしら」
「それでしたらコチラに」
嬉々として案内してくれた所長を追い、同じ作業場にある巨大な黒板を見た。複数のカンバスのような黒板に描かれているのは、立方体の展開図のような魔法陣だ。これらは私が作ったゴーレム内で描かれ、それを平面図に書き直して解りやすいようにしている。ただ、どうしても立体的な魔法陣同士の関係性を説明しなければならず、同じ内容を描いた魔法陣が複数描かれ説明文が幾つも記載されている。流石に一枚紙で説明しろというのは難しいか。
「・・・如何でしょうか?」
不安げな顔で妖怪が、いや所長が私の顔を窺ってきた。どうと言われてもな・・・。解明は進んでいるし、無理のない改良は幾つか確認できている。
「このまま改良を進めて、半年後にはどれくらい進められる? その頃には実物を地下で走らせたいのよね。暗渠とも言える場所を走るから、それを想定した魔法陣にしているのかしら」
「ご指示通り、闇属性の魔力を多く取り込む形にしています。しかし、よろしいのですか? この魔法陣は地上を走る量産型には向きませんが」
「いいのよ、稼働初期は私が動かすのだし」
「なるほど、実験を兼ねてという事ですか」
「そういう事」
巨大な魔法陣と巨大な体躯を持つゴーレムには、巨大な魔力が必要不可欠。それを私以外が動かそうとしても魔力が足らない。だから省電力、いや省魔力化を最優先で取り組ませているのだけれど、目の前の魔法陣を見る限りでは5年後でも無理そうだ。100年単位で見込んでいた方が良いのだろうか。
「ま、暫くは仕方ないわね・・・」
「・・・」
申し訳なさげに暗い顔をする所長を見た瞬間、卵の殻が割れるような大きな音が作業場を襲った。一つ、だが直ぐにそれも収まると魔導院を覆う私の結界魔法が再生された。一瞬、だが確実に結界を割って内部を覗き見られた。少しだけ穴をあけて、そこから胃カメラを突っ込もうとして失敗したような、もしかしたら指を入れてみてカウンターを食らって驚いたような感覚だ。
「今のは!?」
周囲に居る宮廷魔導士達が騒ぐ。
「静かに! 覗き魔が居るようですね。既に私の魔法で追っています。落ち着いて作業場に異常が無いか確認しなさい」
ハッ、と所長を始めとした作業員が作業場を走る。周囲の宮廷魔導士達も防御用魔法を行使し始めた。私はと言うと、空間魔法結界に仕込んでいた迎撃追跡魔法の足跡を追っていた。
「遅い登場ね」
私が呟いた言葉は魔法に集中している魔導士達には聞こえなかったらしい。次々と防御用魔法陣を空中に描き、それらを展開していっている。私も念のため右足を地面にめり込ませると、ゴーレムを数百体生産した。
「うわっ!?」
「私です」
驚く魔導士達に自分が作った事を伝え落ち着かせる。いや、足音に驚いたのか。ゴーレム達とも連携して対覗き魔防御魔法を展開していくと、次第次第に私の魔力が作業場内を満たしていった。青白く輝くそれは作業場を飛び出して広大な敷地にある魔導院を覆うと、王都の防御結界に干渉していく。
外に外にと、蜘蛛の巣のように王都全体を覆って行き、やがてそれはエステラード王国に張り巡らせた探索用トンボゴーレムを伝わって、大陸中に延びていく。一瞬で数百万単位のMPが減っていくが、使った端からトンボゴーレムを伝わって私に吸収されていく。スキルを共有できるのがトンボ君の最大の力だな。
MP高速回復で大陸中の魔力を吸収しつつ、探索用に放つ私の魔力が標的を捉えようと大地を駆け巡る。しかし、その色は青く、空を駆け巡る魔力に気付く者は少ない。気付いたのはハイネさんのような高レベル魔導師だけだろう。己の周囲を駆け巡る私の魔力に気付いたはずだ。
そう思った途端にブラウから連絡が入った。
(主、老神官とハイネリアが何やら叫んでいます。レオン様とアルセウス様も主の魔力にお気づきのようです)
(何でもないって伝えてもらえる?)
(了解です)
老神官とハイネさんはアルの教師として城に招いてある。時々、レオンも一緒になってアルにアレコレ教えているようだ。王太子であるうちに、国王の身となって忙しくなる前に自分が学んだことを伝えたいらしい。でも、結構な頻度で国王陛下も同席するんだけど、あの人は忙しいんじゃなかったのか? あれ? この国で一番忙しいのって、実は私なのか?
多少の不満感を覚えながら捜索網を広げると、覗き魔の居所が分かった。
「見つけ・・・!?」
消えた。一瞬で誰なのかは確認できたが、姿を消されてしまった。恐らく空間魔法で転移するなりして逃げたのだろう。相変わらず怖がられているらしく、直前の顔が恐怖に歪んでいた。にしても、少し成長してたな。若返りを繰り返しているというのは事実か。
「まぁ、緑婆ならそれも可能か」
やれやれと思いながら捜索用に広げた魔力網を分散型検知結界に作り替えていく。特定魔力を検知して捕縛し、更に捕縛用空間で自失させる悪魔のような結界網だ。余程の化け物じゃない限り、逃がしはしない。
段々と空色の魔力が消えていくのを周囲の魔導師たちが確認して一息ついたらしい。恐る恐ると言った感じで質問してきた。
「だ、大丈夫なのでしょうか? ここの事が他国に漏れたりすると」
「問題ありません。漏れて問題になるような物はこんな所で作りませんからね」
そう言われて所長たちも良い顔はしない。少し苦い顔をして睨まれてしまった。本当に秘匿すべき事は、私が作った王城内の秘匿作業場でしか作っていない。実家の横にある地下倉庫も同じだ。多数の結界と魔法陣でガチガチに固めてあるから、この作業場のように簡単に突破される事もあり得ない。自分で作っておきながら触りたくないレベルだ。王城の作業場も出入りするだけで一苦労なのだから、我ながら呆れる。
「ユリア様の作業場にはどのような・・・」
恨めし気に且つ妬まし気に、最高に気持ち悪い目線を送ってくる所長を睨み返しながらこう言う。
「あら、この魔列車を瞬時に、そして最高に仕上げられる人ならば、何の問題も無く教えてあげるわよ。あなたはどうなのかしら? 所長さん」
「・・・!」
途端に血走ったような目になり、口元は悪魔のように釣り上がった妖怪が現れた。こうして射幸心を煽るのも悪くないだろう。多分、きっと。
◇◇
大魔女リリーヴェールが私を覗いた事はレオンやお父様にも話した。魔列車を見に来たのかとも思ったが、ほぼ確実に東の守り人に関する事だろう。あれだけの事をしておいて放置もあり得ないと思っていたのだが、思った以上に重い腰らしい。半年以上たってから行動するとは思っていなかった。お陰で様々な対策は出来たのだから恨みはしないし、結界の実地テストが出来た事に感謝すらしている。
「大魔女リリーヴェールか・・・その昔、初代陛下が一度だけお力を借りた事があるというが、実在していたのだな」
謁見の間で大臣たちが集まると共に、私とレオンも同席してお父様に報告した。報告を聞くと信じられないといった顔だ。英雄譚に登場するリリーヴェールは人に優しく、魔法使いたちを集めて理を解いたという。その場はやがてリンディゴスと呼ばれる魔法都市となり、今も存続している。リンディゴスの領主は緑婆の子孫じゃないかとも言われる程だ。髪の色はブロンドだったけど。
「以前に私とレオンが会ってから数年が経っていますが、それ以降は行方を晦ましていたに過ぎません。現在は王国内に居ないようですが、他国か、もしくは世界樹の中か、はたまた他大陸に飛んだ可能性も捨てきれないでしょう。何せ彼女は高レベルの空間魔法使いですから」
その割には魔力量は私より低かったけど。トンボゴーレム越しに視認した瞬間、真実の瞳で彼女の情報は覗き見る事が出来た。東の守り人と同じレベルだったが、守り人は世界樹から力の恩恵を受けている為に同じレベルなんだろうか? ともかく、彼女の魔力は私より低い。となれば、余程洗練された遠距離転移魔法でも使えない限り、そう遠くまでは飛べない筈だ。
ここから世界樹まで一千キロメートル以上離れているし、地元のユリア町からでも同じだ。発見した場所は南部の海岸付近。となれば、更に世界樹から離れる事になるし、予め指定した場所だけに強制転移する魔法であれば、魔力消費量は抑えられるかもしれない。南方にあるかもしれない他大陸か、海中、土中、もしくは強制転移魔法による退避方法を使えば世界樹しか逃げ先が無い。
土中は難しい。私がここ最近で調査した範囲は地下一千キロメートルまで含まれる。大量の掘削ゴーレムを使って、エコーを使った調査と妙な空間の調査も終わっている。あとは海中だが、ここは手が付けられていない。なぜなら陸地よりヤバい魔物が多すぎるから。流石に調査用のゴーレムだけじゃ大陸の周りを覆っている海の中は調べきれない。あとは南部方面の他大陸か。全く調べてないから解らないけれど、この可能性は薄い。
以前に緑婆に会った際に、彼女は大陸を守る為の結界を張っていると言った。それを守り人と呼び、四方に散っていると。そうなるとこの大陸から離れる事は結界が喪失したという事が想像できるし、仮に守り人が一人死んだからと言って、結界が直ぐに破れるのだろうか。仮に破れた後だとしても、態々他大陸に拠点を構えるか疑問だ。そもそも結界と言っていたが、その内部にいる私には地表からは認識できない。唯一認識できたのは、あの起動エレベータの天辺からだけだ・・・もう一度行くか?
頭を振って考えを否定すると、横に立つレオンが心配そうに見て来た。
「大丈夫。リリーヴェールの行き先ですが、現状では世界樹内部、海中それも深海のどちらかだと考えられます」
「その理由は何でしょう?」
軍務大臣のアーバント侯爵が問う。
「土中は既に私が調査済みである事と、既に監視検知網を張っているので逃げ場がない事。世界樹は私の魔力で干渉できない事。海中はそもそも調べる事が出来ない事。この三つの理由ですね」
「魔力干渉が出来ないという事か?」
お父様が問うてきた。お母様と共に冒険者をやってきた事もあり、これくらいの魔法に関する常識は身に着けている。
「世界樹は魔神メギアの神気であらゆる魔力が弾かれてしまいます。一時的であれば私達が突入した時のように突破する事も出来ますが、それをやるには数百万じゃ効かない魔力量が必要です。調査の為に広範囲に使える魔力濃度じゃないですね」
「ふむ、海中はどうか」
「探査ゴーレムを放った事があるのですが、全て食べられてしまいました」
笑顔で答えると、お父様がガハハと笑った。だが大臣たちは呆れていた。お前、何勝手にそんな事をしているんだという顔だ。実験だよ実験。トンボゴーレムを改良してウミヘビ型のゴーレムを大量に投入したのだけれど、一週間も経たずに全滅である。海の魔物って攻撃的過ぎじゃないですかね?
「ご存じの方も多いかと思いますが、既に大陸中に網を張っている状態です。魔力に敏感な方なら自分で気付けるでしょうし、そうで無い方も気配に敏感な方なら異常を察している筈です。この状態でリリーヴェールが出てくるとは思えませんが、他の守り人が顔を出す可能性もあります。地上と土中の監視検知網は外せません。そうすると海中まで手を回す余裕が無いですね。そして今から世界樹に登る気も無い。とするならば、リリーヴェールが明確な敵対行為をしていない以上、放置しておいても問題無いかと思いますが、如何でしょうか陛下」
ハキハキと早口で喋ると何やら気圧された様子のお父様が頷いた。
「うむ、残りの守り人らしき者は発見できているのか?」
「未だ何も」
私がそう答えると「そうか」とだけ答えて謁見報告会は終わった。軽く語っているけれど、これって国家の一大事なのよね。何か感覚がマヒするわ。




