007
後日、預かった教科書と魔法教書を地べたに座って日向ぼっこしつつ読み進めると、老神官の言葉の意味が解った。
キリシア教とは魔物を絶対悪として定義し、その討滅が神への聖餐になるとされているらしい。だからこそ、強い力を持つ勇者や英雄と呼ばれる者達は神の使徒のように扱われる。老神官からすれば、私は使徒の卵とでも言うべき存在なのだろう。そりゃ優遇したくもなるというものか。
ブランママにその話をすると、少し大きくなったお腹を撫でながら、優しく、そして寂しげな目で私を見て褒めてくれた。
親の立場からすれば、愛する娘が神の尖兵候補扱いされ、更にその自覚を持った瞬間なのだから、その将来を不安視するのは当然か。安心させるためにも、もっと強くならなくては!
パサリと魔法教書のページを捲り、老神官の魔法制御を行う姿を思い出しつつ教書の解説を読み込む。
曰く、魔力とは自然現象を始めとしたあらゆる力の源であり、その力を体内に取り込むことで人が魔法として行使可能なのだとか。
要するに人間も自然の一つだから、大自然と交われば大自然の力が使えるよ、という事らしい。以上、解説終わり。小難しい事はどうでも良いんだよ。魔力制御の項目は何処だ。
ペラペラとページを捲ると人の体とその周囲をグルグル回る図解付きの解説を見つけた。
「う~ん……見たまんまって感じだ。わざわざ解説する事かなぁ……」
老神官がやっていた事がそのまんま記載されているだけで、私としては目新しい情報が無い。体内から自己の魔力を放出して体内に取り込む過程で自然の魔力を混合して取り込む、と。アレだよね、取り込むときに色が混ざったようになっていたのが混合魔力で、出てくる時に純色だったのが、老神官の魔力だけの状態。
どうも、その色については解説されていない。情報として知れ渡っていない? いや、他人が見ている情報と、私が見ている情報が違う可能性がある。
私にだけある真実の瞳の影響なんじゃないか?
推測でしかないけれど、私以外には色の違いが認識できていないのかもしれない。周囲を真実の瞳で凝視すると、微かに色の違いが現れ、空気中で虹のように流れている。本当に微かにだけれど。
これって恐らく、空気中の魔力は希薄すぎて意識しないと視えないレベル……なんだと思う。色の彩度が魔力濃度になっている訳だ。なるほど。これは助かる。
何が助かるって、この本の後ろの方に属性別の魔法について書かれているんだけど、この属性って、まんま色の違いに直結してるんじゃないかと思うんだよね。であるならば、私は色の違いに気を付けつつ、自然魔力を選別して取り込む事が出来るんじゃないかと思う。
この解説を読んでわかったのだけど、魔法を使う時は全ての魔力を取り込まなくても扱えるらしい。むしろ取り込み過ぎると、バックファイアのように自身をも傷つけてしまうと書いてある。多分、炎の魔法を使う時に自分も火傷しちゃうから、自然魔力をそのまま使う事も考えて扱いましょうって事だな。
気力制御と違う部分は其処だ。全てを取り込むのではなく、体表を覆うように混合魔力を対流させる事で、上手にコントロールして自然魔力に頼ることが出来る。もちろん自分の魔力だけでも発動できるけれど、その場合はバックファイアで自傷しないように工夫しないといけない。
魔力制御の注意事項としてはこんな所か。
「じゃあ、やってみますか」
本を閉じて立ち上がり、気力制御の時のように自然体になる。そこからイメージを膨らませて臍に注目だ。傍から見ると落ち込んだ幼女のようだけど、鍛錬中であってショックを受けているのではない。
コポリと臍の辺りから何かが湧き出し、それがイメージに沿って溢れだす。いや、待て。溢れだしてどうする。流れるように体表を覆ってくれないと困る。やり直しだ、急いで取り込んでやり直し!
「……うっ、ぶっ」
吐いた。
落ち着いてからステータスを確認するとMP残量が0になっていた。魔力が切れると戻す。覚えておきましょう。ここ、テストに出ますよ。
「うぅ……もう一回」
今度は予め体表を流れるイメージを強く持つ。強く、強く持つ。そして魔力を臍から流し出す。そう、ゆっくりと、ゆっくり……。
先程とは異なり、まるでおねしょの染みのように私のお腹に魔力がへばりついた。どうやらこれが魔力が流れ出す第一歩らしい。いや、対流する第一歩か。それをゆっくりと自分に染み込ませて混合魔力を自分に取り入れる。
「ふぅ……」
微かに、本当に微かに自然魔力の色と混じっていた。それが自分の中に入ってくると、何か良く分からない力が湧いてきた。肉体的な、そう、筋肉が躍動するような力強さではなく、楽しさや高揚感と言った、精神的にアッパーな性向が上がったと言うか何と言うか。自分でも何言ってるのか判らなくなってきた。
「向精神薬みたいな、危ない症状なのかなぁ」
ブツブツとそんな事を言いながら魔力制御を試していると、3回目を試したところで急激に魔力の対流がスムーズになった。これは、キタな。
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ユリアネージュ(3歳)
種族:素人
レベル:1
HP:6
MP:2
状態:通常
スキル:剣術LV1、気力制御LV2、魔力制御LV1、真実の瞳、フリキア言語LV3
称号:-
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よし、魔力制御。そして気力制御が何時の間にかレベルアップしていた。ついでにMP最大値も上がっている。数日で上がるものなのかな。きっと最初だけだろう。レベルが上がるごとに必要な経験値が高くなるのと同様に、これもきっと上がり難いんだろうと思う。
「うん……よし」
感動は無かった。出来ると思っていたし、覚えると信じていた。確信に近いものがあった。これだけズルして覚えなかったら、私には才能が無さすぎるってものだろうし。
次はこの魔力制御を作業をしながら出来るように繰り返そう。まだまだ、これからだ。魔法も覚えなきゃいけないし、剣術も磨かないといけない。もっともっと強くならなければ生きて行けない。多分、私もブランママと同じで村を出るだろうから。
……そろそろ昼ごはんの時間だ。お手伝いに行こう。家にいる内に親孝行しておこう。
それ以降、午前は家事を熟すブランママを見つつ体得した魔力制御の訓練を行い、お昼の休憩に教科書を読み込み、午後は気力制御を行いながら剣術の訓練を繰り返した。一歩も動かず片手でブランママにあしらわれる私、弱すぎ。
日に日にブランママのお腹が大きくなるにつれ、家事を代わる事も増えた。魔法教書から覚えた魔法で竈に火を付けたり、毎日の水くみの代わりに甕に水を出したり、水流で洗濯を手伝ったりと、極小の魔力で必要なだけの魔法を扱えるようになったのは助かる。
まだまだ基礎魔法のコントロールで精いっぱいだけれど、着実に実力は付いてきている。
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ユリアネージュ(4歳)
種族:素人
レベル:1
HP:12
MP:7
状態:通常
スキル:剣術LV2、歩法LV1、火魔法LV1、水魔法LV1、風魔法LV1,土魔法LV2、光魔法LV1、闇魔法LV1、気力制御LV3、魔力制御LV2、真実の瞳、フリキア言語LV3
称号:-
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ステータスとブランのお腹を見ると、この3か月の努力が実ってきたように思える。いつの間にか誕生日も迎え、各数値も上昇している。覚えた魔法で我が家は格段に生活環境が向上しているし、日常の中で工夫を凝らすことで、魔法の使用頻度を上げて鍛錬代わりにもなる。ブランが楽になるし、弟か妹も無事に生まれるし、魔法万歳である。
「なんだか、いきなり大人になっちゃった気がするね……ま、ユーリは幾つになっても私の可愛い娘だけどね!」
「うん! 私はずっとママの娘だよ!」
「ユーリー!」
「ママー!」
大きくなったお腹を蹴らないように、座ったブランの胸に顔を埋めると、相変わらずの弾力に多幸感でいっぱいになる。
「何やってるんだお前ら……」
うるさいぞアルト。
「母と娘の愛の劇場?」
それですブランママ。分かってらっしゃる。
「父と娘は?」
無いかな。
私が目を逸らすと露骨に落ち込んだので、ブランママに任せて私はご飯を食べる作業に戻った。モグモグ。
実際、このご飯も刃物を扱う作業と鍋を設置する作業以外は全て私がやっている。足場を土魔法で盛り上げて台所に立ち、手元から出した水で洗いものを行い、竈の調整を風魔法で行う。火魔法は着火の時と、肉の表面を焼く時くらいだ。
我が家はブランママの取って来た獲物で肉が豊富なので食糧事情は暖かいと言える。狩に出られない今は干し肉中心になってしまったが、たまに家の周りに仕掛けた簡易罠で小動物の生肉が手に入ったりする。我が家のブランママは優秀な狩人でもあるのだ。
そんな事を考えつつ台所に立つ私の後ろ姿を見て、両親は何を思っているのだろうか。正直なところ気味悪がられていないかと思っていた。
父親が読めない文字を読み、母親が出来ない魔法を操り、その魔法も基本魔法とはいえ全属性を操る。どこの世界にそんな子供がいるのかと思うが、私の予想に反して二人の反応は軽いものだった。
「ん? まぁ、あたしより強い子供とか現実に居たからねぇ……その子もユーリみたいに小さい頃から色々できたんじゃないかなって思うよ。だからユーリが魔法を使えたり気力を使えたりしても特に不思議じゃないの」
「ブランがそういうのならそうなんだろうし、ユリアは紛れもなく俺の子だ。親が子を怖がってどうする」
だそうだ。想像以上に恐ろしい世界だったらしい。同時に親の愛情でその日の夕食は泣きそうになった。
体を拭いて寝床に横たわると二人の寝息が聞こえてきた。いつもの事ながら、寝入りが速い。それだけ疲れているということだけど。私も疲れが酷い。日に日にブランママの訓練も激しくなっていくし、自分でそれを推奨している部分もある。
体を横にして眠るブランママを見つめた。
片手を私のお腹に添えて、静かに寝息を立てている。確かに私は転生者だけれど、この両親も愛している。両親も私を愛してくれている。
ブランママの膨らんだお腹を見つめた。
この子が産まれてきたら私は嫉妬するのだろうか。良くある話の通りに弟や妹にキツく当たったりするのだろうか。それとも必要以上に可愛がったりするのかもしれない。寂しさで震えたりするのだろうか? 今以上に、私は親に甘えだすかもしれない。
いずれにせよ、私は私が思った以上に両親が好きだったらしい。そう思うと同時に、笑みが込み上げてきた。母親の手の温かさを感じながら瞼を落とす。心地いい眠りを迎えられそうだ。




