067
エステラード王国は大陸の南に位置する国家である。大陸中央に世界樹を臨み、東に評議国、西に公国、北に旧魔導国の魔導議会。これらはバツ印の如く大陸を四分する巨大な世界樹の根のお陰で陸地からの行き来が出来なくなっている。私はそれを解決する方法をずっと考えていた。
「なので、今回の計画は大陸全土を巻き込む大工事になります。大地に根が張っているならばその地下を掘って進んでしまえば良い。それがこの、大陸横断連絡穿孔路です」
王城の大会議室に備え付けられた巨大ボードに私が調査した大陸全土の地図を張り付けて、その上に大きな丸を描くような地下経路図の紙を張り付けた。既に評議国上空にも中継用ゴーレムを展開したので、この大陸は私の眼が届かないところなど、あまり存在しない。
しかし綺麗なひし形の大陸だよな・・・まるで人工物のようだけど自然に出来た形だ。冒険者ギルド保管の大昔の地図を見ると丸い。ひし形になったのは世界樹が根っこで陸地をホジホジしているせいだろう。海中に没した沿岸部も多いのではないだろうか?
それはともかくとしてだ。
それぞれ各国の王都地下を通るか、付近の都市を通るように穴を掘り、穴の中に列車を走らせる計画だ。国王陛下たちはこの列車が何なのかが解らなかった。だから模型列車を作って来たのだ。
「では走らせます」
魔力を込めると小型モーターが動き出して模型の車輪が回りだす。実際に工事する線路と同様に車輪が線路を挟み込むようにハマり、車輪の回転力を摩擦力に変えて前進していく。大会議室の大きな楕円テーブルの中心に配置された線路の上を二十両もの長い列車が進んで行った。
「ほぅ・・・これが列車か。そして駅というのはコレだな。人と物はここで降りると」
お父様の眼がキラッキラである。やっぱり童心に帰るんだろうな。
実物とは異なり、会議室のテーブルに合わせ楕円形にして配置し、それぞれ四カ所に駅を置く。線路と駅が地下であることを想定できるように、駅の近くにエレベーターのような設備模型を作ってゴーレム化。地上部は透明なガラス素材で組み立てている。そのエレベーターに積み荷を移せるように駅の施設でコンテナ風の箱を掴み取って運ぶ姿を見せた。なんか港っぽいな。エレベーターが貨物クレーンに見えてきた。前世で働いていたのかな・・・?
「なるほどな!この列車がユリアの言うサイズ通りなら大量輸送が可能だ。しかも馬車より早い」
お父様、大喜びである。この仕掛けを眺めているだけで楽しそうだ。レオンも黙っているが目が輝いている。やっぱり親子だな。
地上に上がっていく姿を想像しやすくするため、透明に作ったエレベーターは上に向かって進み、地上の駅施設に到着。そこから馬車なり地上の列車を使うなりして各地に運ばれていく。そういうモノを求めているという話を伝える事が出来た。
「良いのではないか? 問題は工事にかかる期間だが、殆どゴーレムで掘るのだろう? 人件費も安く済むというなら文句も無い。そうだな? オルト」
やっぱ見た目って大事だわ。模型が無かったら誰も理解してくれなかったかもしれない。次回も何かあった時にゴーレム模型を使おう。
オルトって人は財務大臣ね。最初はこの計画書を見た時に算出金額で気絶した人だ。これでも経費削減した上での金額なんだよと、奴隷使いまくり人件費使いまくりの金額を見せたら、数十倍の金額差にもう一度意識を飛ばした人でもある。
因みに模型は実験施設に置き直されて、後日に魔導師たちがイメージし易くするためのオモチャとなる予定だ。
「既に調査の為に数千カ所で同時に掘り進めています。まずは細く長く。経路上に世界樹の根があれば列車を通せませんので、それが終わり次第、本格的に掘削工事が始まります」
「それはどれくらいで終わる?」
「調査に1ヶ月、掘削工事に3ヶ月、掘削工事の仕上げと線路を引くのに1ヶ月、駅の工事に2ヶ月、地上駅の工事と地下との接続に1ヶ月、線路を走らせる列車の試験走行に1ヶ月でしょうかね。線路は複数用意しますので、部分的に国内だけを移動する列車も用意します。カントリー子爵と進めている件ですね。あとは列車を走らせる運転手の教育、地下駅構内の係員の教育、地上駅の係員の教育、列車の添乗員の教育、物品運送に関する法律の施行。国内だけで少なくともこれだけは必要です。全部で最短一年でしょうか」
テーブルに乗っている資料の内容と似たような事を早口で宣う。
「流石にユリアでも一か月で穴掘りは無理か」
ハハハとお父様が笑う。レオンが何かを予感したように額に手を当てた。
「やろうと思えば一時間で出来ますよ。地下が崩落して地上が崩壊しても構わないのであれば、ですが」
薄笑いしながら言うと、聴衆の血の気が引く音が聞こえた。お父様がゆっくりと返答し始める。
「いや・・・普通にゆっくりやってくれ。災害は困る」
「当然ですね」
全員の首が縦運動を繰り返すのを確認して進める。
「まず、他国との連結ですが、魔導議会から始めようと思います。東でも西でも、ぐるりと回って北に到達するルートですね。これを何度か繰り返して問題ないかどうか実験します。おそらく地上で色々と問題も起こるでしょうし、物品を輸送するための決め事で色々と揉めるでしょう」
会議に招聘された大店の商人たちが頷いている。
「これらを教訓として、評議国、公国と順次折衝していければ問題ないでしょう。最終的に大陸の4カ所に駅が出来て流通が始まるのは、最短で3年後と考えた方が良いでしょうね。列車とエレベーターを稼働させる魔力の問題もありますし、もしかしたら魔法以外の力を借りて動かさないといけないかもしれません」
今度は魔導師たちが頷いている。一応、この世界にも水力や風力を利用した力を利用する設備はある。風車とかが一番いい例だ。長時間稼働するゴーレムも有力だが、魔石が足りなくなる可能性もある。そうなれば、いよいよ電気を活用するかという話になるが、この世界で電気は危険物だ。利用法を研究しようとする者は居ないだろうな。大きくなったらアルセウスに聞いてみよう。そういった知識を持っているかもしれない。
「法律関係は一番時間を要すると思っています。これは他国との折衝でも、話が進むにつれて法改正が必要になるかもしれませんし、国家間のやり取りを行うための各国共同の国際法を取り決める機関の設立なども考える必要が出てきます。まぁ、それが面倒なので魔導国を取り込んだのですが」
「そういう目論見があったのか」
レオンには既に話しているので驚いているのはお父様と大臣たち、そして商人たちだけだ。魔導師たちはあんまりこういう政治に興味無さそうである。もっと興味持って!
「あくまで可能性の一つとしてです。出来たらいいなと思ってはいましたので、勝手に進めさせてもらいました。その節はご迷惑をお掛けしました」
「良い。結果として王国の理想的な状況になっているからな。ま、ユリアには王権代理を持たせているのだ。その事に細かくは言わんよ」
「有難う御座います」
王権代理ってやっぱ便利だよな。凄まじい責任が伴うから使いたくないんだけど。だから最初は断ったんだ。それはもう、アレルギーなのかってくらい拒絶した。あまりにも重い権利だからね。こんなもの背負ってお父様はよくやってると思うよ本当に。
「他に検討が必要な事はあるか?」
国王陛下が周囲を見渡す。
「無ければ解散だ。各部署で必要事項を纏めて明日までに持ってこい。予算やら予定を組み直さなければならん」
「お手数をお掛けします」
私の発案で始まった事なので、最近の忙しい状況に更なる負担を掛ける事になってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいです。決して王権代理を渡された仕返しではありません。
「良い良い。こんな楽しい仕事なら自分の代で出来る事を喜ぶものよ!はっはっは!」
「そうですよ、ユリアネージュ様。我々もこれだけの大きな仕事なら後世まで名を残せますからね。張り切ってやらせてもらいますよ!」
検討段階で顔を青くしていた財務大臣がノリノリである。
財務大臣も軍務大臣も法務大臣も皆揃って頷いている。錚々たる面々が集まると時代の移り変わりの瞬間を見ている気がしてきた。王国の中心人物がそろい踏みな上に、何かの決起集会のようだ。実は地下鉄道が目的だったから公国に報復戦争を仕掛けたとか後の歴史に残りそうだな。まぁ、それも面白い。
◇◇
世界樹の天辺より魔導国に落ちてから一年が経ち、周りの人々が一つ年を取った。ブランママは相変わらず見た目が変わらないんですが。今年で33の筈なのに見た目は20代前半のままで、アルトパパとの見た目年齢差がまた開く。あと十年経ったら完全に親子だな。闘気使いはみんな外見で年齢が分からないから困る。
そんな二人が珍しく夫婦そろってマインズオール男爵と共に王都へ遊びに来ているので、王都男爵邸にお邪魔している。普通は男爵が王都に邸宅なんて持つのに二世代くらい掛かるらしい。なのに昇爵後すぐに購入できたのは、北部発展の中心地が自分の領地だからだろう。懐は下手な伯爵よりジャラジャラしている筈だ。
「そんな訳で、王都に呼び出される事も増えてしまってね」
男爵は私が王太子妃になっても、プライベートな空間ではこうして気さくに話してくれる。有難いものだ。宮廷貴族達は誰も彼も堅苦しいのよね。陛下と大臣たちは別か。
「これだけ家族ぐるみで付き合ってればね。儲けと一緒に面倒事も増えてるでしょうに」
ブランママが孫娘のフランを抱きながら呟いた。尚、アルトパパにはフランが泣くから触らせない。アルを抱っこ中だから我慢してもらおう。しかし、若い祖父母だ。どっちも30代前半なんだよ!?信じられないね。
「お陰様でね。人も増えて戦力も増えて、この間の大森林からの侵攻も防いだことで、有名どころの冒険者も居着くようになった。それと同時に厄介者も居着くようになった。これも大きな街の宿命なのかな」
闇魔導師のようなものは私の結界のお陰で領都ユリアに住めないけれど、盗賊のような者達は増えた。悪事を働く温床は何処にでも出来るものだ。
「監獄住まいの奴隷候補がどんどん増えて私は助かってますけどね」
私がアルに紅茶を淹れてあげると、程よく冷めた猫舌御用達のお茶をアルがチビチビ飲み始める。ここにメイドは居ない。後ろに悪魔侍女が立っているけど、子供の世話は自分でやりたい。お爺ちゃん(34歳)の膝の上に乗ってギリギリ届く高さなので、カップを持ってそっと渡してあげる。かわいい。
「それは、あの工場と何か関係が?」
「ええ」
以前から問題になっていた事がある。ゴーレムたちが大森林で狩ってきた魔物の余った素材の廃棄肉だ。環境に悪い血を含む物も多く、そのまま廃棄する訳にもいかないし、かといって浄水場のスライムに食わせるにしても廃棄肉の量が多すぎる。
その食用に値しない肉の部分を、謎肉として食品加工する工場を立ち上げた。大量生産、大量加工で安価に仕上げられるので、ミンチになって乾いたブロック肉は主に奴隷の食事に役立てられている。薬草で味を調えているとはいえ、不味いからね。
「あれを食べさせられたら奴隷も逃げ出しそうだわ」
「お母さん、栄養面では完璧なんだよ。親指の先くらいの大きさのブロックを一食分にして、あとは水筒の水を飲めば多量の魔力を含んだ肉がお腹の中で膨らんで・・・」
「いや、もうやめて、聞きたくない」
ブランママが目を閉じて嫌な顔をしたので、その辺にしておいた。味は最悪だが栄養面と体力回復材としては超優秀なのだ。開発元はジュリーのアトリエである。スタミナ回復に使う乾燥薬草と謎肉に加えて、自然魔力を多分に取り込んだ魔導食品だ。体を酷使する奴隷には打ってつけのブーステッドパワーミートなのである。依存性も無いので安心安全。なーに、多少魔力酔いになるだけだ。
「お陰で地下駅の工事が捗る捗る。フフフ」
今も地下深くで数千人の奴隷が穴掘りと建築作業の真っ最中だ。空調は私の魔導具が完全管理しているので、塵肺の心配も無い。まぁ、ユリア町で悪事を働いた事を悔いて頑張ってもらいたいものだ。
「ユーリの黒い笑いは教育に悪そうだわ」
「サリーも時々真似するよね」
「姉妹揃って腹黒貴族になっちゃって、まぁ」
妹のサリアネージュ(14)は既に旦那の家で礼儀作法の修業中である。女中よりも騎士達を味方につけていたので、あの伯爵家は今後、戦力向上が著しいだろう。元から武家みたいな家だし丁度良いか。サリーは私と違って気力偏重のスピードタイプ剣士だしなぁ。魔法も使えるけど、オマケ程度だ。
「サリーは腹黒というより、正直なだけだと思うんだけどな。ご挨拶に行ったら礼儀作法の勉強じゃなくて騎士団に稽古をつけていたのは予想外だったけど」
「良いじゃないか、元気だったし」
そう言うと満面の笑みでブランママが頷いた。流石剣姫の娘!とか絶賛されていたのが余程、嬉しかったらしい。
「トールダン伯爵家だったかい? 北部の前線基地って言われてる家だったね」
「なら、男爵は最前線部隊ですね」
私が言うと苦笑いされた。
「実際防衛しているのはゴーレムたちでしょ。頻繁に狩りをしてくれてるお陰で、北部の中でも東西に比べたら魔物に襲われる商人も少ない。15年前に比べたら、殆ど無くなったと言っても良い。家の部隊はいいとこ警備兵だよ」
「ゴーレムは戦力の底上げ程度に考えておいてもらえると助かるんですけどね」
私の理想はマインズオール軍を始めとした、この国の人間が組織する部隊だけで大森林から守る事なんだけれど、それには兵を鍛える必要がある。ただ、あの森って新兵が入ると死ぬんだよね。敵が強すぎるんだ。鍛える前に一兵卒程度じゃ即死してしまう。ゴブリンにすら勝てないってどういう事だ。
「たはは・・・鍛えてはいるんだけどね。東部や南部の魔物とは桁が違う。精鋭を送り出しても装備をボロボロにして帰ってくる始末。死なないまでも、経費が嵩むのは頭の痛い所だよ」
それも税収が潤ってるから出来るんだけどねぇ、と男爵が紅茶を啜った。少し驚いた顔をしたのは、私が持ってきた公国の茶葉だからだろう。味が濃くてサッパリする。領主のオジサンはカップを置いて、思い出したような話始めた。表情から察するに重い話のようだ。
「最近、領都の西にある平原の森に新たな遺跡が見つかったと聞いたんだが」
「古代遺跡ですか?」
うん、と男爵が続ける。
「どうも溢れそうだってんで、ハイネリア女史に結界を張ってもらったんだ。だが、溢れたアンデッドが引っ切り無しに結界に触れて焼き尽くされていくらしい」
「ハイネさんがレベルアップして喜んでいると?」
首を横に振られてしまった。違うらしい。なんだろう。
「燃え尽きたアンデッドが霊体となって結界内に留まるそうなんだ」
「・・・日中でもゴーストが消えないって相談してきたわ」
ブランママが核心をついて来た。
「それ、ゴーストなのかな?」
私が見たゴーストは、大森林に稀に現れる冒険者の霊体だ。アンデッドを相手にしたのも大森林では極僅かで、大抵が弱い魔物のゾンビや冒険者のスケルトンなどに限る。魔王は別腹って事で。
「神官を連れて行って浄化できたって聞いたから、今のところ問題無いらしいね。ただ、結界の中に入って試した神官は呪われたらしい」
「うぇ」
腹回りに嫌な感覚が蘇る。左手で摩るとブランママが片手を上げて「悪い」と合図した。私も左手で「良いよ」と返す。幻視痛のような物だろうか。呪いの後遺症のように思い出すとジワリと疼く。
「それで、調査はしたの?」
「いやぁ、調べても何にも分かんなくてね。ついでに聞いてきてくれってハイネリア女史に頼まれてしまったよ」
「ふぅむ・・・」
私の魔法の先生がお手上げか。なら老神官にも相談しただろうから普通の高位神官じゃ調べても分からない何かという事になる。あのお爺ちゃんも仙気使いだし、それなりに調べる事は出来た筈だ。なのに分からない。
「視ようか」
「お願いね」
ブランママにお願いされたら仕方ない。隣に座る息子のアルセウスが首を傾げている。
「ママは遠くを見る事が出来る千里眼を持っているのよ」
得意気に言うと、アルの眼がキラキラしていた。可愛い。とにかく視てみるか。静かに目を閉じて該当地域の探索用ゴーレムにアクセスすると。問題の遺跡が見つかった。
その場には最近お気に入りらしい、ドラゴンローブを身に纏った目つきの鋭い美しい女性が立っていた。
「ハイネさんが遺跡に居るわね」
先生の近くにゴーレムを作ると、私そっくりなそのゴーレムを警戒して防壁を張られた。酷い。見た目は私そっくりなのに。
『ん?ユーリか?』
「ゴーレムを造ったら防壁で閉じ込められちゃったよ」
ブランママがクスクス笑っている。
(火文字で幽霊調査に来たヨ、と)
『ああ、あれだ』
ハイネさんの指さす方を見ると、そこには灰色の幽霊が赤い壁の向こうに屯していた。なんだか元気がない。流石に日光に弱いらしい。
『なぁ、そのゴーレムは喋られるようには出来ないのか?』
「えぇ・・・もう、めんどくさいなぁ」
「「「「?」」」」
お茶会に集まっている周囲の疑問の眼を無視して、現地端末の改造を行った。風魔法で音を届けられるように調整し、私達のテーブルの真ん中にマイクとなるゴーレムをセットする。あちらの音を発する風妖精人形を置いて、ついでにゴーレムの視界も光魔法で繋げてディスプレイ用の魔導具を腕輪から取り出し、それらの魔法を空間魔法で専用線を作って接続と・・・これで魔力消費も抑えられるけど、上手くいったろうか。これでみんなも見られるだろう。
「あーあー、聞こえるハイネさん」
『聞こえるぞ。それで、ゴーストなんだが二つの事が解った』
「なーに?」
手元のしっとりクッキーを取りながら口に運ぶと、現地のゴーレムも同じ動きをする。
『あれらはアンデッドだ。だが、陽の光を遮る特殊な能力を獲得している。体から黒い霧が出ているのが視えるか?』
クッキーをもくもく食べながら視てみると、透明な赤壁の向こうに黒いローブのようなものを纏ったゴーストが居た。私の隣に座るブランママとアルトパパが画面を覗き込む。
「魔導具じゃないよね」
『それなら倒した時に消えないだろう』
紅茶を口に運びこくこくと飲む。魔力を探ろうにも赤い壁が邪魔で感知できない。ディスプレイを視ようと私の真向かいに座っていた領主のオジサンが後ろに立った。
「壁の中にゴーレムは入れる?魔力が感知できなくて調査できないのよ」
『無茶言うな。今は数が多すぎて消せないぞ。あと何か食べてないか?』
ギロっと鋭い目でゴーレムを睨んできた。仕事中にすみません。
「レモンクッキー」
『私も食べたい』
「無茶言わないで。こんな距離を自由転送したら魔力が切れて倒れるわ」
『短距離なら出来るような言い方だけど』
「相応の相手なら使うわよ。空間魔法レベルが7になったからね!どやぁ!」
『煩いよ!おめでとう!それで、何かわかるの?』
「ありがとう!で、予測で良いならだけど、あれは暗黒魔力ね。魔王ソロモンが纏ってた魔力と同じものだわ。どうしてそれが、あんな弱いゴーストにくっ付いてるのかは知らないわね」
チラリとエンバーとコールに目配せすると首を振られた。知らないらしい。
「こっちは誰も知らないっぽいわ。そっちに心当たりは?」
『こんなのが落ちてたんだけど。関連ありそうか?』
ハイネさんが懐から取り出したのは白いコードだった。
「大ありね。魔神メギア絡みで確定。ハイネさん、ちょっと外周に魔法陣書くから下がってて。発動直前に火の元素結界を解除してもらいたいから、合図するまで待機でお願いします」
『分かった』
ちなみにレモンクッキーは結構甘いと伝えると、要らないと言われた。美味しいのに。
◇◇
目の前で膨大な量の魔力が渦を巻いて母様を包んでいる。且つてこれほどまでに強大な力を感じた事はあっただろうか。母様の訓練模様を見ていても見た事が無い程の圧力を全身に受けている。
「じゃあ、始めるよ。ハイネさん解除準備よろしくね」
『何時でも良いぞ!』
それから珍しく母様が詠唱を始める。聞いた事が無い詠唱だった。
「世の清明を照らし、業の罪科を照らす。終焉の劫火を断ち切り、魂を断ち切り、力を断ち切る。我が名はユリアネージュ=バエス=エステラード。大いなるキリシアの聖名の元に光在れ。―――ディストーショナルフィールド」
男爵の屋敷いっぱいに緑色の光が輝き、その光が空間魔法で開けた穴の先に注がれていく。母様が作った画面の向こうにも地面から大量の燐光が吹きあがり、それらが形を成していった。
「ハイネさん!」
『解除!!』
破裂音と共に透明な赤壁が消えると、外に飛び出したアンデッドたちがゴーレムの描いた魔法陣に触れると同時、魔物達が塵へと変わっていく。次第に緑の光がドーム状に遺跡を覆うと画面の先にはアンデッドが一匹も残っていなかった。
「よし。ハイネさんこのまま遺跡内の掃除をするから、内部調査をする為の人員を集めてきてもらって良い?帰ってきた時には終わってると思う。後で用意する入り口から侵入して」
『至れり尽くせりで助かる。後でな』
「うん、後でね」
ハイネお姉さんは母さんと同じパーティを組んでいるA級冒険者だ。僕が赤ん坊の時からお世話になっている人だ。その場を離れて遺跡の調査員を呼びに行ったらしい。
「それじゃ、お掃除開始っと」
テーブルの上に手を上げた母様は、目を閉じているのに視えているかのように、いや実際見えてるのかな。とにかくそのまま緑色の魔力を操作していった。
画面の向こうには黒い霧が部分的に残っているらしい。緑の魔力が黒を塗りつぶしていく。覆い被さるようにして、まるで手で掴んでいるかのようが所作で母様が作業を進めていく。黒い霧の残滓は次第に無くなっていった。
「母様あれは一体なんですか?」
「アレは周囲の魔力を吸い取っちゃう危ない物なのよ。見かけても逃げなさいね」
「はい」
良い子良い子と言いながら僕の頭を撫でつつ、空いた手で魔力の操作を続けている。途方もない量の緑の魔力は、遺跡内部まで及んで流れ込んでいった。
◇◇
おやつの時間も終わる頃、ハイネさんが車に乗って平原に現れた。5,6人くらいの冒険者と調査に来た魔導師の集団が付き添っている。
「じゃあ、あの扉作っておいたから、出入りの際はあそこからお願いね」
『こ、これはユリアネージュ様!!ありがとうございます!』
誰か知らない緑ローブの老魔導士にゴーレムの手を握られた。暫く握手しつつ、ゴーレムも同行する事になったので、男爵家でのお茶会は終了だ。
「じゃあハイネさん。この子は自閉モードにするから。何か用がある時は、この子の体に魔力を込めて触ってね。あ、魔力無しで触れるとオートで反撃する戦闘仕様だから気を付けるように」
『あっぶないわね!はぁ、もう、分かったわ』
少し怒りながら返事をするハイネさんに手を振り接続を切った。魔力供給だけして気になった時に視界を繋げよう。
「ん~、終わり。男爵さん、これで何とかなるでしょ」
「有難う御座います!助かったよ!」
丁寧なのかフランクなのか判らない感謝の言葉を聞きつつ、その日は御暇した。そして、その日の夕方、ゴーレムとの接続が途切れた。




