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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
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閑話

 ■エステラード国王 旧魔導国、現北部魔導議会に関して


「俺の息子の嫁が土産にと、国を一つ持って帰って来た」


 王城の大会議室では事情を知っている者、知らない者が混然としてエステラード国王の話を聞いていた。これから話し合う事は北の魔導国を新たにエステラードの北部領土として、どのように扱っていくか、そしてこれから何が必要なのかを決めていく。だが、国王の言葉を聞いても意味が解っていないのか、下級文官などは首を傾げている。


「と言っても意味が解るまい。法務大臣、説明を頼む。これから必要な事も含めてな」


「ま、大仕事ですからな。私としては楽しみな仕事ですが」


「ぬかせ」


 不思議とエステラードでは国王と大臣の年齢が近い。何故かと言うと、国王が側近を選ぶときに学生時代の親友を選ぶことが多いからだ。他国や高位貴族達への配慮など必要が無いくらいに重要なポジションは家で決まっている。これは初代国王が決めた事で、つまらない内乱を避ける為であるという。それでも、他国との関りが増えていくであろう以降の世代では考えなければならないと、現国王の頭を悩ませる種の一つとなっていた。


「まず初めに、王太子妃ユリアネージュ様が事故により北部魔導国に降り立ったところが端を発します」


「「「「「はぁっ!?」」」」」


 魔導国に降り立つ。しかも単独で王太子妃が移動。最早この二つだけでも意味が解らない。相手が法務大臣だろうと気にせずに困惑の声を一斉に上げる下級士官と下級文官たち。既に知っている高位貴族達は苦笑いをするしか無かった。例のユリアフラッシュやユリアサウンドボムを食らった連中である。何かを言いたげな連中を無視しつつ法務大臣は続けた。


「その後、王太子妃様は魔導国南部に到達。向かう最中に偶然出会った南部伯爵家の一家の命を救い、その礼にと伯爵家の城に滞在しつつ、評議国か公国への渡りをつけてもらうよう依頼されました。代わりに家庭教師として伯爵家の子供に魔法を教えつつ、街中では冒険者として活動し地底湖の水龍を撃破。街を救います」


 まるで街に買い物に行くようにドラゴンを倒す伯爵家滞在中の家庭教師の話を聞いて、下級士官と下級文官たちは本気にして良いものかどうか分からなかった。辛うじて国王や大臣たちの反応から真実であるのかもしれないと伺い知れる程度だ。


「評議国への出国手続きが取れるかもしれないという事で、魔導国の首都に向かい、伯爵家の別邸で待機中、魔導国の国王が差し向けた兵に捕らわれ・・・」


 ザワりと下級士官たちがその言葉を疑った。彼らは訓練場で王太子妃の人並外れた訓練模様を見ているからだ。あの人外が何もせず捕まる筈がないと法務大臣の言葉を疑ったが、下級士官たちを一瞥した法務大臣の口から直ぐに言葉が続いた。


「いえ、恐らくそのように見せかけて、エルフ王の反応を見に行ったのでしょうね。エルフ王は王太子妃様に攻撃を行い、殺害未遂の上で王太子妃様に捕らわれました。周囲の側近たちも一緒に。その後、お世話になった伯爵家当主に大森林から魔物が溢れだそうとしている件と、首都の魔法防壁を作動させる巨大魔導具に異常があると伝え、ご自身は装置の地下深くに潜られました。そして伯爵家は首都に向かってきた大森林からの魔物を防ぐべく軍を動かしに行きます。この時点で王太子妃様は伯爵に服従を誓わせたようです。あ、ちなみに闇魔法は使っていないようですな。それは王太子殿下も確認されたようです」


 王太子妃が全属性持ちの、しかも上位の元素魔法使いなのは勿論のこと、そのさらに上位の空間魔法使いなのは城の人間なら全員知っている。伝説の聖女で、伝説の空間魔法使いで、伝説上の国に降り立ち、伝説の国食みの氾濫から救った奇跡の人。今更、闇魔法がどうのこうので驚く者はこの中には居ない。


「そうして巨大魔導具の地下深くに潜った王太子妃様は、その場で魔王と遭遇。これを撃破されました」


「「「「!?」」」」


 簡単な言葉ではあるが、王太子妃の行動にもう一つ伝説が増えた瞬間であった。実在するのかと言われている魔王。それを他国に行った聖女が倒したとなれば、お伽話レベルの物語になっても可笑しくない。既にアナスタシア王女から演劇作家にリークされているというのは誰も知らない。


「その後、魔物氾濫の鎮圧に参加した魔導国軍、及びエステラード王国軍と合流された王太子妃様は、数千万という他国の千倍近い魔物氾濫をほぼお一人で鎮圧。その際、魔物の血で穢れた大地を聖女魔法で全て浄化されました」


 魔物の血というのは魔素が強く、そして毒性も恐ろしく強い物が多い。そのまま飲むなんて事はほぼ出来ず、しっかり血抜きをして肉を焼く時はウェルダンが推奨される。その血が地面に染み込むと毒性が残り、現場の植物も毒によって枯れていく上、酷いものになると数年は種を植えても何も生えてこないと言われている。


「その後、魔導国のエルフ王の宣言により、魔導国はエステラード王国に組み込まれる事となり、新たに北部魔導議会として名を遺す事となりました。その際、エルフの文化とドラグ族の文化を残す為、魔導議会は陛下直属の組織として組み込まれる事が条件として提示されています」


 財務大臣が国王へと視線を移した。


「そうだ。彼らは今後、俺の直属組織の人間という扱いになる。貴族も、奴隷も、全てだ。これはつまり、お前たちが彼らに手を出した場合、俺の直属の部下に手を出した事と同義になる。今後は竜船で彼の地に足を運ぶ事も有ろう。その時は俺の言葉を思い出せ。どれだけ美しいエルフ娘だろうと手を出せなくなるだろうよ」


 国王の言葉は警告だ。実際、魔導議会から送られてきた例の伯爵の娘だというエルフはとても美しく、ほぼ全ての男が見蕩れるほどだった。国王の言葉の続きを財務大臣が紡ぐ。


「そう言った場合に備えて、今後は様々な法を整えていかねばなりません。これは彼らが南のエステラードに来た場合、私達が北の魔導議会に足を運んだ場合のいずれにおいても必要です。人の動きだけではありませんねぇ。物の動きに関しても同じです。彼らとの貿易に関する法や、彼らから齎される物で私たち南の地に住むものが初めて手にするナニカ。そう言った新しいものに関しても同じです。あらゆる場面を想定した法を作らねばなりません。これは新たな混乱を未然に防ぐための会議です。皆様の意見を集約し、新たな国の法を作る為の知見を頂きたい。詳細は私達法務省の仕事です」


 何でも構いませんと、と財務大臣は続けた。


「日々の晩酌をするにはどうすれば良いのか、用を足す為の場所・状況などのルール、寝る時は? それと衣服や建物はどんな文化背景なのか。食事の違いは? 男女の性事情に関しては何が違うのか。商売はどうすれば良い。軍事的な部分はどうする。本を書く作法はどうなっている? さぁ、考える事は色々あります」


 そう言うと、国王の横に立っていた財務大臣は横に長い楕円形な机の中央付近まで移動して周りを見た。


「私達が新たな世界を切り拓く時が来たのです。彼らと共に考えようではありませんか」


 皆が彼ら? と不思議に思うと、大会議室の扉から一人の美しいエルフが入って来た。大会議室には女性も多いが、その彼女たちですらも目を放せなかった。あまりの美しさに後ろに続いて来た王妃と王太子妃に気付かなかったほどだ。


 慌てて頭を下げ、立っている下級士官や下級文官たちは膝を着く。


「顔を上げなさい。そうじゃないとユベアラちゃんの顔が見えないでしょ?」


 王太子妃が笑顔でそう言うと膝を着いたまま、ユベアラちゃん?と聞きたげな顔を王太子妃に向けて来た。彼らはどうやらエルフ娘の事だと気づくと、そのまま彼女に釘付けとなった。


「皆さま初めまして。北部魔導議会から参りました、コーラーファルト伯爵家が長女、ユベアラと申します。この度は使節として議長に変わりご挨拶に参りました。それと、様々な決め事にも参加させていただけると」


「そうですね。お待ちしていましたよ、ユベアラ嬢」


 良い笑顔で法務大臣が言うと、目じりの小皺が良い具合に寄ってとっつきやすそうなオジサンの顔になった。因みにオジサンの方が年下である。


「あら、ユベアラちゃんを連れて来たのは私ですよ。大臣には渡しません」


「ちょ、先生っ」


 王太子妃の腕がユベアラの腕に絡みついて、その腕を自分の胸に押し付けると大きな双丘がふにゃりと歪む。一部の男たちは思わず目が向いてしまった。エルフの美貌に勝る聖女の双丘である。見逃すはずがない。


「ほらほら、ユリアさんも独り占めしてないで席に着きなさいな。この会議の中核はあなたでしょう?」


 クスクスと笑いながら王妃が二人を引っ張っていく先は空いている国王付近の席である。近い席から王妃、王太子妃、議会使節と座っていくと会議が始まった。王太子妃の大きな声が響き渡る。


「この大陸の統一国家に向けた最初の会議だと思っていただきたいです。西の公国を属国にするべく動いている事は既にご存じの通り。評議国も力を失いつつある今、魔物の氾濫から身を護る為にも、大陸の統一は急務だと・・・少なくとも私は考えています。手遅れになる前にどうか、皆さんの御力を貸してください。生き残る為に」


 エステラード王国では、特に王都と北部領都ユリアでは、聖女の名前は絶大な人気を誇る。伝説を目の当たりにしているというだけで、その人気は留まるところを知らない。それが人々を守る為に大陸の統一を志しているというのだ。お題目としてはこれ以上ない位に立派で、そして解り易くて取っ付きやすい。


 こうしてエステラード王国は主に聖女を中心として回り始めた。いつか賢者ノールが言った通り、世界を振り回し始めたのである。その話を王太子から聞いていた国王は、目の前で力強く語る彼女を見てはニヤリとほくそ笑んでいた。


「お父様、ニヤニヤしてないでお父様も考えてください。国の頂点に立つ目線で考えないといけない事も御座います。王権代理とかで答えておけとか無しですからね」


「ぐっ・・・」


 上手い事に世界が動き出したと幸運を喜んでいる場合では無かった。そう思いながら、今日も国王は義理の娘である聖女に振り回されている。



 ■アルセウス4歳 学び始め


 エステラード王国の子供は3歳までを母親と過ごし、4歳になると教育が始まり、10歳から学院で高等教育を受ける。当然ながら王子王女の身分である以上、教育者側の人間は多数存在する。


 剣術、槍術、弓術、馬術、体術(格闘術や気力制御)、実践魔法(魔法の発動や魔力制御)、魔導学、錬金学、商学(算数や基本経済)、詩学(話術)、舞踏、聖楽(音楽)、医術、神学(キリシア関連)、史学、地学、まぁ色々とある。


 色々とあるが、天文学は無い。この世界の星は地球と比べて圧倒的に少ないからだ。事実、星の数は両手で数える程度しか無く、その星も日によっては光が無い時もある。夜空には大きな月のような何かが煌めいているだけで充分明るい。夜の間の明かりはそれで充分。生きて行くためにはそれ以上の事は必要ないとばかりに、研究するまでもない夜空の事など歴史上で数人が調べた事で知識としては事足りる。


 星の事はさておき、アルセウスも御他聞に漏れず4歳の身の上となったからには大量の知識と技術を植え付けられ始めた。


 教育役の一人、皺だらけの老人が黒い金属板をカンバスのように木製台座の上に立てかけて説明している。右手には肘から指先程度の短めな杖を持ち、金属板に杖の魔力を通すと黒い金属板の表面が形を変え色を変えて、初代エステラード王の顔が浮かび上がる。他数名が同じように浮かび上がった。


「―――このように、初代エステラード国王陛下がこの地を平定し、この城を築き上げた事で、この地に王都の元となる街が作られました。民は初代陛下を頼り、その守護の元で日々の生活を作り上げていったのです。初代陛下には大勢の仲間がおりましてな、初代陛下の下に現れた顔の5名が最初の仲間ですな」


 一人一人浮かび上がった顔を短杖で指示して名前を綴った。アルセウスはそれを見ながら気色悪そうな顔をしている。その金属板の顔が、鏡で髭剃りをした後の男のように、顎を上げ下げしたり、上目遣いになったり、左右に顔を動かしつつ正面から視線を外さなかったり、と複数のオッサンの顔に睨まらているからだ。


「彼らも今なお続く侯爵家の初代にあたる方々ですな。左からアルーイン侯爵、アイギーナ侯爵、アピアミア侯爵、アーバント侯爵、アカイライ侯爵ですな」


 うんうんと教師が頷いているのを見て、アルセウスもウンウンと返事のように頷いた。


 アルーイン侯爵家。家紋は魔術師の帽子を被った瞑目した男の横顔。

 代々でその殆どが財務大臣に就いており、その長い歴史の中で延々と宮廷貴族を続けてきた国王の側近中の側近である。国を支える経済政策には確実と言って良い程にアルーイン家が関わっている。


 アイギーナ侯爵家。家紋は神官帽を被った優し気な女教皇の横顔。

 代々で宮廷魔導士長を多く輩出する程に、一族揃って魔力が強い。強力な魔女がほぼ全ての代で現れている事から、大魔女リリーヴェールの子孫ではないかとも言われている。だが、緑髪の彼女と違って黒髪が多い。当代当主の宮廷魔導士長は男であるためか髪が茶色い。


 アピアミア侯爵家。家紋はティアラを被った目の鋭い女帝の横顔。

 歴代の農務大臣を担当しており、東部と南部に一族が広く領土を持っており、国内でも凄まじく強い影響力を持っている。王国の食糧庫とも言われる家だ。昨今の食糧事情改革で大金を得ており、ユリアネージュ王太子妃ととても仲が良い。代々が女当主のみである事も有名。


 アーバント侯爵家。家紋はサークレットを被った騎士の横顔。

 軍事関係に秀でており、代々の近衛騎士団長を独占し続けている。フリューゲル王太子と娘を婚約させようと画策していたが、何処からか現れた田舎娘に王太子をかっさらわれて、ユリアネージュ王太子妃を目の敵にしている。近衛騎士団は四方を守るそれぞれの騎士団に命令を出す立場である為、この国の軍事を支える立場であり続けている。しかし、その面目も王太子妃に潰され続けている現状を面白く思っていない。


 アカイライ侯爵家。家紋は神官帽を被った晴れ晴れしく笑う男の横顔

 初代が神官であったことから、代々で教皇に就く者が多い。特に国家の神事を主導する役割を持ち、アカイライ家の者が教皇であろうとなかろうと教会は指示に従わなければならない。それが出来るほどの教会に対する強い影響力と権力を持つ。


「そして初代陛下。真円の中央に輝く光を家紋としている、エステラード王家ですな。殿下のご先祖さまであらせられる方ですな。強大な力を有していておりまして、お一人で最初の王城を作り出され、子々孫々にまで作り続けている程の王城を設計した方でもあります。様々な知識を持たれ、この地の魔物を殆ど北の大森林に追いやったと伝えられている救世の英雄ですな」


 まるで自分の事のように自慢気に笑う教師を見て、アルセウスは首を傾げていた。


「先生、初代様はどのようにして魔物を北に押しやったのですか?」


「具体的には聖女の力を借りたとも、長い年月戦い続けたとも言われておりますが、私は全て事実を基にした話で、どれも不確実で、どれもが正解なのではないかと思っておりますな」


 へぇ~、と言いながら頷いたアルセウスはジッと金属板で蠢く不気味な顔を見据えた。


「つまり、聖女も居たし、初代様も戦ったし、みんなで長い事戦いもした。そして初代様が亡くなる時には、魔物達はこの辺りから殆ど居なくなった。という事ですか?」


「その通りで御座いますな。アルセウス様はとても賢くていらっしゃる。歴史の真実というものは、推測に推測を重ね、そして導き出した答えは、どれも真実ではない。そうやって追い求め続ける物でしょうな」


 途中から、うん?と首を傾げるアルセウスに教師は続けた。


「過去を見る事が出来たとしたら真実と言えましょう。しかし、我らは今を生きる人間ですな。そうなると、伝えられたことからそうだったかもしれない、と予測する事しか出来ませぬ。しかし、それも答えの一つでしょうな。過去を知る事で未来に生かすことが出来る。そうやって考え続ける材料を得たと思えば、過去の失敗も、未来に起こり得る失敗に備える事が出来る。これが歴史を学ぶ理由の一つで御座いますな」


「そうだね。昔の人にそうやって教えてもらう事が大切だと、僕も思います」


 四歳児のアルセウスの答えに大満足したのか、それ以降は興奮した老教師が初代国王の逸話を早口で喋るばかりで授業にはならなかった。


 ◇◇


 次の授業は商学だったが、アルセウスはこれを転生者特有の似非天才ぶりを発揮して難なくこなした。後に彼が受ける授業が一つ減った。


 さらに次の授業である舞踏も、初心者とは言えないステップとセンスで乗り切り、初日にして卒業試験の課題を用意された。後日受ける課題を練習するために、これからは練習の日々を迎える事になった。


 本日最後の授業である地学は、意外と似非天才ぶりは発揮されなかった。どうやら地理と地質学は彼の前世で興味を引くものではなかったらしい。


 こうして6歳になるまでは座学を繰り返し、一日の半分を部屋の中で過ごしているアルセウス。だが、他の子と違って中身が大人である彼は、外に行きたい、遊びたい、つまらないと言った事を言わず、積極的に必要な知識を得ようと貪欲になった。逆に知っている事はもう必要ないと言わんばかりに切り捨て、その姿を英断だと教師陣が褒めるような話が王城内に広がっていった。


 そんな話が広がれば、両親や祖父母の耳に届くのは当然のことである。授業初日の夕食を共にしている時に家族が話題に乗って来た。


「聞きしに勝るとはこの事であるな。そう思わんかレオン」


「はい。見た目だけでなく中身もユリアに似たようで、嬉しい限りです」


 そう言ってフリューゲル王太子は妻のユリアネージュ王太子妃に眼を向ける。


「あら?私は中身はレオンのほうに似てると思ってるのだけど、違ったかしら」


 だが妻から帰ってきた言葉は意味深な言葉だった。どうにも手癖が父親似だと良いたいらしい。


「抱いてるといつも胸に手を置いてくるから、そうなのだと思ってたわ」


 続いて出てきた言葉にアルセウスの右手から、スプーンがスープ皿へと落下した。


「ご、ごめんなさい」


 その謝罪は礼儀作法に対してなのか、母の胸に対してなのか。


「あら、良いのよアル。ママのオッパイがまだ恋しいみたいだし」


 ンフフと笑う王太子妃はパンを持っていない片腕を胸の下に組んで持ち上げた。胸の開いていないドレスがパンパンに膨らんで窮屈そうだ。持ち上げられた布地が凄まじい量なのは、彼女の見えていない足首が膝下まで見える位置までドレスが持ち上がり、傍から観覧できる事が何よりの証拠である。


「そうじゃないんだけど、その、ごめんなさい・・・」


 クスクスと笑う王太子妃が隣に座るアルセウスを一撫でして言った。


「良いのよ家族なんだから。そんなに謝られると寂しくなるわ」


「あ、うん」


 少しだけ微笑みつつ、困ったような顔をした王太子妃を見てアルセウスは嬉しくなった。人間性に乏しいと予想していた貴族社会。その中に在って家族の温もりを感じられる事に小さい幸せを一身に受けられる。これが如何に大きなことなのかをアルセウスはしっかりと自覚していた。


 その王太子妃を挟んだアルセウスと反対側の席には、まだ一歳の妹が座って寝こけている。既に母親の給餌が終わって、王太子妃の席に限りなく近づけられて置かれた、とても足の長い椅子。母親の香りを感じながら眠る妹を見られない事に、少しだけ不満に思いつつもスプーンを掴んでまた一口啜る。


 舌で濃い味付けを楽しみつつも芋の甘い匂いを鼻で感じ、後味を残さないそれを楽しみつつ、アルセウスの耳は祖父の声を聞いていた。


「まだ武術のほうは学んでおらんのだろう?」


 今度はスプーンを落とすまいと皿に置きつつ、アルセウスは答えた。


「はい、御爺様。体が出来上がるまで我慢しろと言われています」


「そうか、いや、そうだったな。レオンの時も剣を持たせろと言うのを我慢させたな」


 ハハハと笑う祖父を見て、アルセウスが同意しない事に王太子妃が良い機会とばかりに問いかけた。


「ねぇ、アルは戦うのはあまり好きじゃないのよね。でも魔法は興味があるんでしょう」


 少しだけ悪戯っ子がするような笑みを見せつつ、王太子妃が息子に語り掛ける。


「私の剣の鍛錬を見ても楽しそうには見えないのよね」


 どう、あたりでしょ?と聞かれたアルセウスは正直に頷く。


「なに!? アルは魔導師になりたいのか」


 父親の王太子がショックを受けた顔で詰問してきた。それはそうだろう。自分は騎士の鍛錬を受け、王子としてふさわしい指揮術を覚え、魔闘剣士として神から称号を受けた身である。息子が剣士になりたくないと言われれば、まさかという思いがあるだろう。


 その詰問のような問いかけにアルの顔が引き攣った。この父親、もしかしてモンペかと思った瞬間である。


「剣は握った事が無いので、どういうものか分からないですし、それより魔力制御訓練で魔法を練習したほうが楽しいです」


 無難に答えたアルセウスに、納得した王太子は妻の眼を見てこう言う。


「そういえばユリアは4歳から剣の鍛錬をしていたと聞いたが」


「してたわね」


 何でもないと言わんばかりにモクモクと食べながら答える王太子妃。その辺の高位貴族からしたら作法がなってないと指摘したくなる様子だ。


「なら、同じようにユリアが教えてみたらどうだ」


 アルセウスの心臓の鼓動がドクンドクンと早くなった。何を言ってくれているのだと体が抗議しているのだ。自分は魔法の鍛錬がしたいと言ったばかりであるのに、息子の意見は取り入れられない、いや受け入れられない父親なのだろうかと不信感が募る。


「それは止めて置いたほうが良いわね」


 アルセウスの中で母親の株価がストップ高である。自らの救世主は此処に在ったかと、己の中で天使が舞い降りてラッパを吹き鳴らす光景が王太子妃の後光に交じって見えている。


「だって私、腕の骨を叩き折られながら教わったのよ。あ、足も肋骨もバキバキにおられたわね。そんな訓練をアルにさせたいの?」


 アルセウスの中で母親の姿が聖人から悪魔へと変貌し、後光は闇色に染まり舞い降りた天使は黒い蝙蝠の羽根を生やすインプへと姿を変えていく。今、アルセウスに味方は居なくなった。


「それはアルに聞いてみないと判らないだろ。どうだ、アル」


 アルセウスは聞くまでもない事だろうと王太子である父親を凝視した。


「いえ、その、怪我をしない程度で訓練したいと思います」


 当たり前である。そして何故か母親の王太子妃も安堵の表情をして溜息を吐いていた。


「そうよね、それが普通なのよ。私の場合は生き残りたいと強く願ったから、お母さんから戦い方を学んだのよ。教わったのではなく学んだわ。強くなるために誰も見ていない所で手から血が噴き出るまで剣を振ったし、寝ながら鍛錬できるように魔法を鍛えた。それと同じことをアルに課すつもりは無いけど。請われれば、近いやり方で教えるけどね」


 最後の一言は余計だとアルセウスは内心で強く憤慨した。笑顔は絶やさず心の内で怒る。もうすっかり貴族である。


「母様のお誘いは有難く思いますが、僕は武術はそこそこで十分だと思っています。それより、覚えなければいけない事が多すぎますから。いつか武術が必要になる日は来るかもしれません。それでも、僕は魔法の方が好きですね」


「そう。武術はソレでも良いけど、気力制御は死に物狂いで鍛えてもらうから、そのつもりで居なさいね」


「え」


 王太子妃の言葉に意味が解らないと顔を向けた少年は、思わず素で反応してしまった。今でも王太子妃が行っている毎日の夕方鍛錬に参加し、言われるがままに気力制御の訓練を繰り返している。


 端的に言うと地獄だ。鍛錬を行っている時の王太子妃は母親では無く、軍事訓練教官そのままである。ハイかイエスしか言う事を許されず、気力制御に失敗すれば最初からやり直し。最後には連日のように力尽きて倒れ込み、そのままシャワー室送りである。


 お陰で魔法練習を行ってから気力制御を行って倒れ込み、気が付いたら汗が流されて服も着替えた状態で夕飯の席に座らされている。こんな状態が続いていても、不思議な事に心身が慣れ始めて来た。アルセウスもその点だけは最近になって怖くなっている部分である。


「大丈夫よ、別に怪我もしていないし、痛みで寝れない何て事もないでしょう? むしろ毎日疲れてぐっすり快眠の筈ヨ。ソウヨネ?」


 話声が徐々に小さくなって、次第に王太子妃の顔色が顎を引いた薄笑いになり、アルセウスを見下ろす形に変化していった。その様を見た向かいの席のアナスタシア姫殿下夫妻とフリューゲル王太子、そして国王夫妻が引き気味の笑顔になって来ている。


「アッ、ハイ」


 最後。一瞬だけだが、自分の母親が一番怖いと思ったアルセウスであった。


 ◇◇


 4歳になってアルセウスは多数の教えを受ける事になった。魔導学、錬金学、詩学、聖楽、医学、神学、史学、地学と頭に叩き込む事は多い。それ以上に母親の教えが最も厳しい事を改めて知った。あの祖母にして、あの母親ありと王太子は豪語しているという噂を聞いたアルセウスは、あの恐ろしい笑みは血筋なのかと抵抗は早くも諦めたようである。


 教師役として登城している者達も、アルセウスの覚えの速さと応用力の高さには感心しきりであるが、彼らを呼んだ王妃と王太子妃は内容に納得が出来ていない。


 いとも容易く知識を学び、吸収して知恵に変換していくアルセウスに彼女たちは不満の声を上げていた。


「ユリアさんが言うほどの事ではないようね」


 年齢も40の大台を超えた王妃がまとめられた報告書を見て、目を細めた冷たい顔のまま呟く。教師陣からしたら心臓を鷲掴みにされるような圧力の篭もった意味合いの一言である。


「そうですね。特に医学と地学が予想より低いです。他に比べて興味関心も無いのかもしれません。そのあたり、どうでしたか?」


 流し目で教師陣を伺い見るのは銀髪青目で小顔の美しい王太子妃。ただ、その目は現在、鋭く教師陣を射抜くような光を放っていた。本人にとっては真剣な眼差しであるが、特A級冒険者である彼女の本気の眼は殺気が込められていなくても、命を食らう側の捕食者の眼に限りなく近い。そんな眼を向けられた教師陣は震えあがり、姿勢正しく起立したまま口を開くことが出来なくなってしまった。


「あら・・・ダメよ、ユリアさん。そんな目でこの者達を見たら」


 魔眼持ちに言うような事をサラッという王妃に、教師陣も王太子妃にはナニカ有るのかと勘ぐってしまう。だが、王妃の言葉のお陰で彼らに向けられた王太子妃の目は、少しの驚きに変わった。


「そういう訳ではないのですけれど、ごめんなさいね」


 安堵の為か、教師陣の上がった両肩が一気に下がる。もちろん溜息など付けない。王族の前で溜息など不敬罪にも等しい。即刻打ち首かと警戒も当然である。


 現代の王族一家にそんな事をする者は居ないのだが、初代から三代後くらいの国王が、不敬罪に厳しいと伝えられているお陰で、平民や下級貴族に至るまで王族を見る目は恐ろしげなものだ。言い伝えそのままに聞かされ育っているせいだろう。


 現代の王族からすれば風評被害も良い所だが、現国王はそれくらいで丁度良いとも考えている。王家の権威とはそういうものだからだ。先祖の悪行が良い事に利用できるならば利用してしまえば良い。そういう判断も必要になる。


 さて、この王族二人は何が気に入らないのかと教師陣は目で訴えた。


「あなた達はアルセウスを甘えさせたいのかしら」


 二人の要望はこうだ。与えられた問いに答え、それをさらに引き延ばすことはしているのかと。称賛するだけ称賛して、ダメなところを探しているのかと。それは教育ではない。ただのおべっかだ。


 彼らは教師なのだから、教え導くことを仕事にしている筈。ならば王妃と王太子妃の前に並ばされている彼らは何者か?


「あなた達は教師か、それとも王家に恩を売りに来た詐欺師か。どちらなのかと聞いているのですが、お答えいただけますか」


 再び王太子妃の青い目が鋭く光った。しかも今度は全身が薄っすらと青く光っているのは気のせいだろうか。それが母性からくる怒りだという事を王太子妃は自覚していない。


 竜気に当てられて漏らす暇も無く気を失った教師陣は、その後、数名を残して退任したという。再び来た教師陣には、神学に老神官、魔導学に女魔導師、地学に難聴の女性、医学にアルセウスの出産を担当した老婆(医療長)、そして錬金学はアルセウスの乳母だったという。


 こうして外部の教師は詩学と聖楽だけという異常事態となり、またしても王太子妃の手で王城内に外部の人間がねじ込まれたと貴族達が騒ぐこととなったが、二人にとっては雑音以上にはならなかったようだ。


 当然ながら文句を言う切っ掛けとなった授業の様子は、王太子妃によって具に監視されていたことを明記しておく。



 ■カントリー子爵家執事の憂鬱


 カントリー子爵家。元々は南部の寒村から始まった領地であった。何代もの間、精力的に領地発展に努力し、領土の内にある居住可能領域を探し出し、そこに植民をしていく。エステラード王国ではそうして何百年もの間、広大な王国の各地を切り拓いていった。


 一体どれくらい大きな国なのかというと、ユリア町や王都があと数万カ所あったとしても、まだ十分な農地を切り拓けるくらいには広い。某王太子妃等はコッソリ行っている国勢調査や地理把握のために拡散しているゴーレムのお陰で、地球のユーラシア大陸より広いのではないかと愕然としていた過去もあった。


 それはさておき、カントリー子爵家も騎士爵から男爵となり、広大な土地に村々を拓いて人口を増やし、近年やっと子爵位を賜ったのだ。ちなみにこの国では国王のみが全ての貴族に爵位を与える権限を持つ。どこかの伯爵に「いくつか子爵と男爵の位を自由にしていいから発展頑張ってね」と言ったところで、その実績を把握しきれないし、反乱の可能性を考えれば適当な事は出来ない。


 ではどうやって把握しているのか? ギルドに伝わる魔導通信機を使っていたのである。元々、初代国王はギルドの人間だ。彼らの協力を得て建国したと言っても過言ではない。そのギルドも今は国が掌握しているのだが、その歴史だけはギルドの方が長い。


 教会も同様に歴史だけは長いのだが、いずれも滅亡の危機を辛うじて生き永らえた人々が僅かな情報の中に文明が失われないようにと受け継いできた。それら物品のなかには魔導通信機のような重要な魔導具も含まれていた。


 国を始めとしてカントリー子爵家のような貴族家が隆盛しているのも、彼らの機転のお陰であるのかもしれない。


 そんな事を想いながら、カントリー子爵家執事長の男が領主館の窓辺に佇んでいた。窓から見えるのは先々代の男爵夫人が愛したと言われる美しい庭園だ。南部は暖かいためか色鮮やかな花が多く、彩が庭を美しく飾る。


「まったく、あんなものが飛んで来たら花が散ってしまうではないか」


 小声でブツブツと誰に言うでもなく呟く老執事は、カントリー家に代々仕える男爵家の男だ。先代が亡くなり、老いた今になってから当主となっても、貴族であっても使用人という立場は変わらない。それでいいと思っているし、自分の誇りでもある。


 カントリー子爵家は勤勉で真面目だ。不正を嫌い、悪事を正そうとする家訓を代々当主に、そして仕える家の者達にも強いてきている。だが、当代当主は一人娘の婿だ。しかも平民だという話を聞いた時から、この老執事長は可愛い孫娘同然の当主の嫁を庇い、現当主を毛嫌いしていた。


「それもこれも御当主の付き合いが悪いせいではないのか」


 この男が何故憤慨しているかは先に説明した通り、美しい庭園が飛来してきたモノのお陰で揺らいでいるからだ。竜船という巨大な移動用魔導機。今、それが天から降りてきて垂直着陸しようと、柔らかい風を周囲に放ちながら庭先にある広場へと着地した。あの広場も現当主が用意させたものだ。元は管理していた芝生だったところだが、一部を刈り取って硬い地面に舗装させたのである。男はそれにも憤慨していた。


「はぁ・・・しかし王太子殿下と王太子妃であるならば、持て成さない訳にもいくまいな。子爵家が非礼を働いたと取られてしまう」


 これは子爵家以下の下級貴族家に広まっている古い噂だが、古代の王家が無礼打ちで貴族だろうと何だろうと直ぐに首を落としてくる悪癖がある、という話が広まっていたせいだろう。代々の国王が「まぁいいや」と放置してきた噂である。それが良い緊張感を齎すのか、過剰な畏怖の眼を持たせるのかは分からないが、噂を利用しているのは事実だ。


「アメリア、お出迎えの準備は出来ているか」


「ええ、問題ございません」


 出迎えに向かう途中ですれ違った侍女に話しかけた。彼女も彼の一族の者であるが、カントリー子爵家の分家が幾つも出来ている現状、数あるうちの一つとしか言えない。村社会の必然でもある。老執事の家や、侍女の家の内、当代の執事長が何処かの分家から出すのか、乳母はどうするのかといった際に分家の仕事が必要になってくる。日常の仕事や、こうした非常時の仕事も含まれるが、王族を出迎えるのはこれが初めてかもしれないと、彼ら彼女らも気が気ではない。


「ご当主様、殿下夫妻がいらっしゃいました」


「ああ、すぐ行くよ」


 主の書斎へ赴き、上着をその背に掛けて部屋を出る。「ありがとう」とジャケットを掛けてくれた彼に当主は言う。だが、執事長としてはそのセリフも気に食わない。貴族家当主がその程度の事で使用人に礼を言うな!と内心で憤慨していた。


 貴族は体面という物が大事だ。古い時代においてはそれが今よりも顕著だったと言われている。人の噂は千里を走るという言葉の通り、貴族は舐めた噂が走れば遺失利益に関わる話になってくる。それは領民の命にも直結するのだ。例え領主館の中だろうと、噂が何処から漏れていくかは分からない。警戒するに越したことはないのだ。


「参りましょう」


「さて、エリーはどうしたのかな」


 廊下を歩きつつ妻の名を呼んで当主が執事長に問いかける。


「お嬢様は台所で手頭からご準備をされている所です」


「ああ、そういえば、ユリア様と約束していたな。お互いに手料理を作るのだとか」


 どっちも料理好きだからな、と当主が続けるが、老執事としては「そんな約束があるのなら先に言ってくれ」と叫びたいところだった。そういう話ならば愛すべきお嬢様に恥をかかせぬように準備万端で迎えたというのに!と。


 出迎えに玄関に向かうと、息子の執事が両殿下一家・・・?を連れてきていたところだった。口々に庭が美しいという声が聞こえてきて、執事長は満更でもないらしく口の端が上がっていた。


「やぁ、ノールさん!久しぶり!」


 銀髪青目の美しい王太子妃が胸に幼子を抱きながら、快活にそう言う。


「ノール!少し太ったか?」


「お久しぶりです。殿下、それだけ仕事が減ったという事です。良い事ですよ」


 老執事は跪て出迎えたが、肝心の当主は膝を着く様子が無い。何たる無礼かと、内心でまた憤慨したがどうやら様子が違うようだ。


「何だ、ユリアが仕事を回していたと聞いたが、思ったほどでも無いらしいな。ならもう少し協力しても良いのではないか?なぁ?」


「そうねぇ。でもゴーレムが土木作業する訳じゃないんだから、これ以上はノールさんが領民に殺されちゃうわよ」


「そうですよ、殿下。無茶言わないでください。ユリア様と一緒に居るとそう言う部分の基準が壊れるようですね?」


 また無礼な事を!と下を向きながら老執事の首筋に冷や汗が走った。老執事は当主と殿下の関係性は耳にしていたが、これほどに砕けた会話をされるのは意外だと頭の中で整理するので一杯だった。


「そうか?意外と何とかなるような、いや、鍛えていないのでは難しいか」


「ご理解いただけたようで助かります。それより立ち話もなんでしょうから入りましょう。妻のエリーがユリア様との手料理を楽しみにしているようですからね」


「そうそう、地元の料理を知りたいっていうから、色々と食材も持ってきたのよ。ノールさんの娘ちゃんと家の子の顔合わせもしておきたいからね!」


 王太子妃の話を聞いて老執事がピクリと微動した。なんだそれは、聞いていないと流れていた汗が当社比10割増しで流れていく。


「フランの傍付きにと言っていた話か?」


「そのつもりですよ。真っ先に気配察知を覚えさせて見せます。私はそれが無くて苦労しましたからね」


「どういう意味だ?」


「さて、どういう意味なのでしょう」


「おい、ノール」


「殿下、考えてみてください。殿下とユリア様の子ですよ?独り歩き出来るようになると同時に、気付いたら旅に出て居たなんて話が出てきても不思議ではありませんよ」


「そんな訳あるか!」


「ありますよ、ご自分の半生を振り返ってください。旅の馬車から脱走したのは両手では数えきれませんよ」


「そうかもしれん・・・」


 王太子の胸の中で3歳の王子がクスクスと笑っているのを見て、老執事は一瞬だけ呆然としてしまった。何なのだこれは?と自分が聞いていた王族の有り様と余りにも違う事から、彼の脳は混乱の極地に会った。


 執事長が混乱している横で王族を含めた昼食会が開催されていく。食卓には決して華美とは言えない家庭料理が並び、敬愛するお嬢様と王太子妃が肩を並べて楽し気に談笑していた。普段は全く見せない、酷くリラックスしたお嬢様の姿に執事長も喜んでいいのやら、作法がなっていないと叱ればいいのやら、ただ黙々と給仕に精を出していた。


「そうなのぉ、コニーちゃんは3歳なのに偉いわねぇ」


「おかあしゃま」


 王太子妃が一人娘であるコニーお嬢様を膝に乗せて頭を撫でている姿を見て、老執事は頬を綻ばせれば良いのか注意すべきなのか判断に迷っている。


「あら、良かったわねコニー。ユリア様にナデナデしてもらってるのね」


「おかあしゃま~」


 娘は喜びつつも、それを見て楽し気に話しかけてくる母親に助けてとは言えない子供が居る。善意でやってくれているナデナデも、そしてその気持ちよさも、様々な理由から暖かい膝の上から降りたくない思いに駆られてしまうのだ。


「あら、コニーちゃん凄く遠くを見ることが出来るのね。尚更、気配察知を覚えなきゃならなくなったわね。フフフ」


 急に悪寒がする笑い方をし始めた王太子妃に当主の眼が光った。


「ユリア様、今何と?」


「何でもないですよ~、コニーちゃんは可愛いわね~」


「おかあしゃま~~」


 こうして一日目は子供たちが主役となって、ほのぼのした時間を過ごしていった王太子夫妻であった。



 ◇◇



 翌朝、庭の広場にはツナギを着た王太子妃が白衣を羽織って現れた。これには庭師一同と見守る王太子一家も苦笑いである。貴族の外聞は?という言葉を投げかけられても、王族だから問題ないという回答しか返ってこなさそうだからだ。


「それで、ノールさん。どれくらい工場が必要なの」


 広場を視界に収めながら王太子妃は当主に質問した。


「一基で月何体くらい生産できますか?」


 何の話だ?と付き添っている執事長は白髪を風で揺らしながら聞き入っている。


「月換算だと90が限界かしらね。あまり無理させると土地に影響が出るから、30か60のどちらかにして頂戴。ゴーレムは地面の魔力を奪って形作るからね」


「なるほど。であれば30にしましょう。便利ではあるけれど、使い慣れない物を大量投入されても皆困りますからね」


「了解~、それじゃ始めるわね」


 それからは一瞬だった。庭園と発着場に近いこの場所は、邸宅の裏道を通って表の大通りに繋がるポイントになっている。その地下に当たる場所に、王太子妃は数分でゴーレム工場を作り出してしまった。


「出来上がり!あとは定期的にノールさんが魔力を注げばいいわ。言っておくけどノールさん以外は止めてね。一応、安全装置は付けてあるから大丈夫だと思うけど、コレに魔力を注ぐと魔術師級100人分は一気に持っていかれるわよ」


「魔石式ですか。なるほど、これならば取り外しておけば間違いも無さそうですし、休み休みで溜め込んでおけますね」


 カントリー子爵は鍵付きカバーの内部に大き目の魔石が設置されている事を確認すると、受け取った鍵で開けて魔石に触れた。


「そういう事ね。沢山魔力を込めても、ゴーレムの製造速度は早まらないから気を付けてね。製造ラインから出てきたゴーレムは何処に並ばすの?」


「あちらでお願いします」


「分かったわ」


 王太子妃が作ったのは所謂、車工場である。しかも農地開拓用の荷運びと整地が出来る多機能型ゴーレム車だ。これから人が多数流入してくるであろう領地に必要となる為、カントリー領にはモデルケースになって貰おうと、王太子妃は今回ここに足を運んだわけである。


「じゃ、次ね」


「よろしくお願いします」


「は~い」


 その後も街を張り巡らせる地下下水道、上水道の整備などを複数のゴーレムを瞬時に作り出した王太子妃の手に寄って日が暮れる前に完了したのだった。見た目には何も変わらないカントリー子爵領都だが、地下は王都以上に先進的な上下水道システムへと変貌を遂げていた。


「あと、残りの下見は明日ね」


「そうですね。一番の大事業ですから、しっかり時間を取って行いましょう」


「そうね」


 老執事にはもはや何が起きているのか分からないと言わんばかりに頭を抱え込んでしまった。そして王太子妃が何故、ここまで人気なのかを、後程、嫌になるほど理解する事となった。


「・・・」


 何も変わらない筈の、いつもの窓辺。しかし、今は毎日一台ずつ、地下から一台のゴーレム車が現れて来る。視界の端で現れる艶やかな金属ボディは、庭園の彩に僅かながらの光を与えつつも、老執事はそれもまた良いかもしれないと慣れつつある。


「モリーお嬢様・・・また今年も花が咲き乱れております。ただ、今年からは添え物が幾つか増えそうです」


 老執事が静かにそう呟くと、今は無き片思いの女性に想いを込める。目を閉じれば、現子爵婦人エリーゼ=カントリーによく似た女性が、庭園で花の世話をしている姿を鮮明に浮かべられる。


 そうしてまた今日も今は亡き人への想いを募らせながら、老執事はカントリー子爵家執事長として仕事に戻っていった。




 ■ユリアネージュ流パーティ


 エステラード王国の中心地、王都バンドラール。


 初代国王が建国して数百年経つが、今尚その王城は増築が進み続けている。当初、初代国王が描いた理想の王城は、王都全域に及ぶほどの巨大建築物だった。初めは一つの堅牢な城砦に過ぎなかったものが、今は幾百幾千の人間が務める政治の中心地になっている。


 そんな政治家が集まる場所では必然的に組織、閥、団体が作り上げられていく。彼らは日夜政治闘争、権力闘争に明け暮れて今宵も立食パーティで笑顔の仮面を張り付けている。脱げない仮面を武装と称する王侯貴族が跋扈するなか、王太子妃は今夜も内心で溜息を吐き続けていた。


「今日も大変にお美しい限りで、パーティが華やかになりますな」


「有難う御座います、アルーイン侯爵。お嬢様も婚約が決まったとお聞きしました。お美しい方ですから、コンクルート伯爵も心躍る事でしょうね」


「そうであれば良いのですが、親としては娘がただただ心配で仕方がありませんよ」


「まぁ、それではお嬢様が振り返ってしまいますよ」


「そのまま顔を見せに帰ってきて欲しいくらいですな」


 やれやれです、と困ったふりをするのは宮廷一厄介な代々の宮廷貴族、五侯爵の一、アルーイン家の当主だ。白髪が頭髪の半分を占めるほどに年を重ねているが、女系家族なのか嫡男を除いて生まれた子供が女ばかりという、子沢山でも有名だ。16人の娘たちは全てが宮廷貴族の伯爵家や子爵家に嫁ぎ、王都の宮廷事情はアルーイン家の手の内に在ると言っても過言ではない。そして、これは長い王国の歴史上で連綿と続けられてきた事だ。


 そんな宮廷の化身とでもいうべきアルーインの当代当主は王太子主催のパーティに今日も出席している。今日も、というのは連日行われたパーティだからだ。何故連日なのかと言うと、ノール=カントリー曰く「仕事です」だそうだ。


「それでは殿下、ユリア様。そろそろ失礼いたします」


「今日は来てくれてありがとう、アルーイン侯爵」


 にっこりと笑顔で返した侯爵を見送り、王太子妃の肩が少しだけ、そうほんの少しだけ下がったのを隣に立つ王太子が見逃さなかった。妻の肩を抱いてゆっくりとグラスを片手に体の向きを変えていく。


「流石に連日だと精神的にくるだろう?」


「そうね。でも流石に慣れたわ。慣れたせいで精神耐性スキルが身につかなかったけど」


「ははっ、そりゃ残念だ」


「ふふっ」


 二人とも笑顔だが精神的な疲れのせいか、心からの笑顔にはならなかったようだ。少しだけ苦笑交じりの顔になっていた。その顔を柔らかい笑顔に戻すと、再びパーティ会場の中心に体の向きを変えて別の貴族の所に足を進めていく。


 そう、二人にとってこの場は仕事場。華やかに見えるが宮廷事情を円滑に進めるため、そこで働く貴族達との相互理解と、敵対者の牽制を行う場でもある。まぁ、要するに仲良くできる人は一緒に頑張りましょう、邪魔する奴は大人しくしていろよ?と宣言する為に顔を合わせているのだ。


 そんな場所が楽しいか?と聞かれたら普通の人間は「はぁ・・・」と深い深い溜息を吐くだろう。そんな場所で生きて来た王太子に精神耐性スキルが生えるのも自明の理である。



 ◇◇



「終わったぁ~」


 パーティ会場から退散してきた王太子妃がメイドに連れられて浴場に現れた。隣のメイドも見慣れた姿にクスクスと笑う。普通の貴族はメイドの前でこんな姿を晒さないし、油断もしない。恥ずかしい姿を晒すことは、恥ずかしい噂を流される事と同義だから。


 だが、この平民出の王太子妃は違う。圧倒的な個人の武力と、圧倒的な個人の財力と、圧倒的な個人の才能を併せ持った化け物だ。恥ずかしい噂どころか、流れた悪名が何時の間にか聖歌にでもなりかねない聖女なので、どこまでも自然体で居続けている。


「あら、ユリアさん。パーティではずっと緊張しっぱなしだったのに」


「あはは・・・お母様もお風呂にご一緒しますか」


「ええ。今日はちょっと暑いものね。朝晩入らないとスッキリしないわね」


「パーティもスッキリ出来るものだったらよかったんですけどね・・・」


「もう慣れたのではなかったのかしら?」


 数秒の沈黙後、王太子妃は王妃に笑顔を向けた。パーティ会場で見せた作り物の仮面だ。


「慣れました。でも連日同じ人と顔合わせをするパーティは、流石に無駄な気がするんですよね。絶対、悪い習慣ですよね?」


「私はこれが日常でしたからね。ユリアさんはまだ、この日常を受け入れ切れていないようね」


 薄い目をして笑顔になる王妃に王太子妃は一歩後退した。


「う・・・」


 そうして入浴して洗体されながら王妃は静かに御説教を始めた。貴族の仲違いをさせないために重要だとか、内乱を防ぐためだとか、安定した政治体制を崩さないためだとか、そう言った話を続けると王太子妃も仮面から能面に変わっていった。


「うう、だからと言って、それをパーティの場で行うのはどうなのです?これではただ飲んで騒いで終わりじゃないですか。そこがどうしても無駄に感じてしまうんですよ」


 こんなのは政治ではない!遊びだ!ただの会社の飲み会と同じだ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!と王太子妃は言いたかった。だが、静かに説教を続ける王妃が自分を想って説いてくれているのも理解しているので、それに対する感謝も込めて、どうしても問題点は口に出しておきたかった。


「なら、やり方を変えるしかありませんね。ユリアさん、またいつものように面白い事をやってくれることを期待していますよ」


「あっ」


 してやられた、と王太子妃は気付いた。ニヤニヤと目を閉じてメイドの洗体を受ける王妃を見て気付いてしまったのだ。王妃もまた、この面倒なパーティを嫌っているのだと。引っくり返すと自分が面倒になるから、王妃は自分に改革させようとしているのだと。


 釈然としない気持ちのまま王太子妃は仰向けで遠くを見たまま、黙ってメイドの洗体を受けるのであった。


 ◇◇


 翌日、執務室で机に肘をついてむくれて居るのは麗しき王太子妃。その周囲に侍るメイド達はあまりのだらしなさに苦笑いを隠せなかった。


「パーティね・・・」


 王妃からの宿題を考えつつ、その手は書類作業を止めない。そもそもエステラード王国のパーティは王城だけで行われている訳ではない。


 余りにも広大な王国の国土は、東西南北で五侯爵を代表に多くの伯爵家が大都市を統治している。その領主館では地方でのパーティもどこかで開催されているが、それは何れも王都の流行を基準としている。つまり、ここで王太子妃がパーティ改革を行った場合、彼らにも多大なる影響が出る。


 それは商業的、政治的、流行などの目に付きやすい部分も含めて変化が現れるだろう。しかも一概にパーティと言っても、舞踏会、晩餐会、鑑賞会、夜会サロンと幾つかの種類に別れる。


 王太子妃が辟易しているのが晩餐会だ。毎度毎度、同じ面子で会い、似たような会話を繰り返し、その本性を伺い知れないだけでなく、無駄に心労が増えるばかり。仕事だと割り切っても徒労感が否めない。


 だが、この停滞感。何かを維持するための無駄。この感覚が貴族的な思想だという事は王太子妃も何となく理解している。だが、それでも彼女には耐えられないでいる。


 根本的に酔生夢死な生き方が出来ない人間なのだろう。堕落から一番遠い人間とも言えるが、それは同時に周囲を振り回して転ばせる人間でもある。本人に自覚はあるようだが、ここのところタガが外れてきている事には自覚が無いようだ。


「晩餐会のやり方に文句はない、というか色々と変更してもらった・・・なら・・・仕事であるなら仕事らしく・・・そう、仕事らしく・・・」


 う~ん、と眉を潜めながら王太子妃は書類仕事を進めるが、メイド達は近づけないでいる。王太子妃の体からモヤモヤとした何かが溢れだしているからだ。王太子妃は考え事に行き詰まるとアレが出てくる。そして誰も近づけない空間が形成されていくのだ。


 倒れる前に部屋を次々と退出していくメイド達。残ったのは汗を流しながら立つ二人の悪魔たちだった。


「主、少々抑えて頂けませんか」


 白髪の執事が言う。デーモンロードの二柱にとって、王太子妃の無自覚な仙気は自然と竜気へ昇華していくので、竜気に触れるだけで耐えがたい毒物になる。それだけに肉体的な辛さは拷問に等しい。


「ん? あれ、ああ、ごめん!」


 顔を上げて周囲を見た王太子妃が気を静めると、一瞬でモヤモヤが霧散していった。同時に悪魔執事と悪魔侍女が安堵の溜息を吐いた。二人の疲弊した顔を見て王太子妃は平謝りである。


「善き案は浮かびましたかな?」


 悪魔執事が額の汗をハンカチで拭きながら問いかけた。


「まぁね。パーティをパーティじゃ無くせばいいんだよ。仕事で集まったんだから仕事してもらわないとねぇ?」


 ニヤリとした顔に若干の寒気を覚えた二柱は「また騒動を引き起こすのだろう」と予想した。当の王太子妃はそんな風に思われているのも我知らず、鼻歌を歌いながらペン回しをしている。その指先にはユリアブラン商会で作った高級ボールペンが踊っていた。


 彼女が世界にもたらした技術革新は計り知れず、今尚持って地球産のアイデア商品が溢れつつある。指先で踊っているボールペン然り、女性向けブラ然り、平民向け衣服の廉価商品然り、魔力稼働の自動車然り。通信魔導具の映像化などという大量の魔力を消費する失敗作もあったが、概ね商売として成功している事業ばかりだ。


「それで、一体どのような事をされるのでしょう? 宜しければお手伝いさせて頂ければと愚考いたします」


「エンバーもやる? じゃあ、手伝って」


「はい」


 悪魔執事が王太子妃に連れられて部屋を出ていき、当然という体で悪魔侍女も続く。二人で一組が絶対と言わんばかりの姿は、最初は王城内で珍しいものだったが、今では王太子妃の陰に隠れて目立たなくなってきていた。それ以上に主が目立ちすぎるからだ。


「どちらに?」


「針子に用があるのよ」


「ドレスを・・・いえ、紳士服ですか?」


「察しが良い子は好きだよ、エンバー君」


 舞台役者の様に振り返りつつ歩く主に悪魔執事は首を傾げる。何かの台詞なのだろうが、長いこと生きている悪魔でも知らない事は多いのだろう。何の台詞なのかは分からなかった。


「私の発想で針子に紳士服を作ってもらい、それをエンバーに着てもらって、服の良さを実感してもらおうと思ってね。服飾の鑑賞会を開きたいんだよ」


「服飾の鑑賞会ですか。演劇鑑賞会は良くありますが、それとはまた違ったものになりそうですな。服の良し悪しと、仕事に結びつける理由をお聞きしても?」


 クルクルと回りながら廊下を進む王太子妃と悪魔が二柱。それをすれ違う王族居住区で働く者達が何事かと眺めたが、楽し気に話す王太子妃の奇行は今更の事だと華麗にスルーしていた。


「宮廷貴族は流行の最先端に目敏い。なら、その感性は演劇や服飾にも正しい物差しを示してくれる筈。そう思わなくって?」


 珍しく貴族らしい語尾を離す主を見て、悪魔侍女は少しだけ驚いた。きっと楽しくなってきているのだろうと特に指摘はしない。


「品評会として彼らを利用しようというのですか」


「あら、利用だなんて人聞きが悪い。自分で良いと思ったものを自分で身に着けてもらい、彼らには格好の宣伝役を担ってもらう。その代価として働いた分の賃金も発生する。立派な仕事じゃなくって?」


 フフフフフ、と薄笑いをしながら早歩きで進む王太子妃に二人の悪魔が続いていくと、それなりに遠い筈の針子の作業場に辿り着いた。お忘れかもしれないが三人ともに気力を十全に使う化け物である。彼ら自身が幾ら歩いていようが、周囲から見れば縮地を使いつつ歩きながら高速移動している異物としか見えていない。


「お邪魔しますよ」


 トトトンと素早くノック?した音を聞いて針子たちは顔を上げた瞬間には、作業場のドアが開くと同時に王太子妃が姿を現し、一瞬思考停止した後で作業椅子から落下するように膝を着いた。


「あ、作業はそのまま続けて頂戴、責任者に相談したい事があるのだけど、御手隙かしら?」


「あ!主任ならその!えっと!」


 おそらく作業場の纏め役であろう婦人が慌てて答えるが、何も答えになっていない。


「落ち着いて、ゆっくり、深呼吸して、思った事を言ってちょうだい」


「すー、はぁー、すー、はぁー」


 周りも膝を着きながら目だけで彼女たちのやり取りを追っている。失礼が有ってはいけないと、必要以上の行動を起こせずにいるのだ。さながら蛇に睨まれた蛙である。そのカエルにやさしく語り掛ける王太子妃は纏め役の夫人の両肩をゆっくりと撫で、柔らかい笑顔で諭した。


「落ち着いた?」


「はい、申し訳ございません。それで、主任なのですが、徹夜作業で今は奥で就寝中です」


「あら、出直したほうがいいかしら。いえ、貴方でも良いわ。作れるかどうか試したい服があるのだけど・・・どう?」


 試したい服。つまり無理難題を申し渡されるであろうという、直感が作業場の纏め役に突き刺さった。且つて、姫殿下の持ってきた要望で無理矢理作った紳士服を思い出す。鋼の様に頑丈な糸で、重装鎧並みの頑丈な服を作れと言い渡されたのだ。一反が貴族の屋敷並みに高い、白鱗蜘蛛の糸を使った布地で作ったが、作業のせいで指先から血が流れた事を思い出していた。


「か、可能な限り要望にお応えさせていただきます・・・」


「あら、じゃあ・・・」


 戦々恐々としているのは彼女だけではない、周囲で跪いている者達も気が気ではない。あの地獄がまた来るのかと青い顔をしている者もいるが、王太子妃も後ろの使用人も気付いていない。


「これを作って欲しいのよね」


 そう言って彼女が取り出したのは型紙だ。型紙というのは被服を布から裁断したり、どういった部分に針を通すのかを知る為に必要とする。これがあるという事は、完成品の糸を抜いて型紙を作ったという事になるが、目の前の王太子妃が自作したのかと疑問に思う纏め役だった。


「これは・・・・・紳士服ですか?」


 纏め役の言葉に、周囲の者達の顔が一層青くなった。厭だ、また蜘蛛糸で切り刻まれた指先の治療をしなければいけないのかと。


「昨今のウェストコートが主流となる紳士服ではないわ。細身の足を際立たせるシルエットでは無く、体全体のバランスを考慮しつつも、機能性に溢れる紳士服よ」


 作業台に広げられた型紙を纏め役が見ていると、跪いていた者達も集まって来た。当然だ、彼らも服職人の一人ならば、新しい服と聞いて放っておけるわけがない。その姿を見た王太子妃は狙い通りだと内心でほくそ笑んでいた。


「これは・・・この部分が違いますね」


「良いんじゃない? ここ、今までよりスッキリしてる。無駄な布地が無くなるし、これならシルエットもスラッとするかも」


「スカーフの代わりにネックタイという物を? いやそれだけじゃないわね、小物を楽しみやすくなってるわ」


「面白そうね!」


「このコートも面白いわ。これはスカーフ? 威厳が出そうね」


 女性陣ばかりだが、その目は次第次第に熱のこもったものとなり、畏まった姿勢はどこかへいってしまった。だが、これ幸いと反応に喜ぶ王太子妃を見て、脇に控える悪魔執事は主の狙いが上手くいきそうな予感を得ていた。


「どうかしら? 試作してくださる? 作ったら彼に着せて、私の所に見せに着て頂戴。なるべく早めにお願いね。パーティでお披露目したいから。ああ、言うまでも無いけど、それぞれの種類で、ある程度のサイズ変更を踏まえた作りにして下さいね。きっと注文が増えるだろうから」


「「「「「はいっ!」」」」」


 以前の「姫殿下の変」とは異なり、針子たちの眼が明確に異なる光を放っていた。絶望の光では無く、希望に満ちた光だ。これは時代の節目を作り出す服だという事を、彼らは職人として無自覚に感じ取っていたのだった。


「それじゃ、主任には命令書を渡しておいて頂戴ね。王権代理で書いておいたから、誰かが何か言ってきたら私の所へ来るように言伝をお願いします」


「承知いたしました。必ず素晴らしい服を作って見せます!」


「期待しているわ」


 ウフフ笑いをしながら去っていく王太子妃を見て、作業場の女性たちは歓喜に震えていた。何と気持ちのいい命令をくれるのだろうと、何と気遣いの出来る王族なのだろうと。こうして、本人のあずかり知らない部分で聖女のファンが増えていくのだった。



 ◇◇



 明くる日、再び連日のパーティが開催される事となったが、初日はこれまでと同じように昼は演劇鑑賞会、夜は短時間の立食パーティという流れで開催された。その事に参加している王妃は王太子妃に疑惑の眼を向けていた。今日は二日目の晩餐会。先日とは異なる演目を見た後で、少し早めに始まった事もあるが、その要望を出した王太子妃が動こうとしない。


「メイド達は動きがあると知っていたけれど、ユリアさんは何もしないわね・・・?」


 隣に座る国王は給仕された食事を楽しみながら、妻が放った疑問の声に訝しむ。尚、国王夫妻は基本的にパーティ会場の上座に設置されたテーブル席に座り、給仕された食事を食べつつ、挨拶に来た貴族達の相手をする形を取っている。ここでも明確な上下関係が形となって表れている。


「自分の商会も動かして何やら服を作っているそうだな」


「ええ、あなたもご存じの通りね。あら、何か始まるわね」


 百メートル四方はある広い会場の中央に、使用人たちが何やら台座のようなモノを複数運び出した。王太子妃傍付きの悪魔執事が指揮を執っている所を見ると、やはり彼女の指示のようだと察することが出来る。台座はお立ち台のようだ。木製の箱に側面だけ赤地に金の装飾が施された、煌びやかな見た目になっている。


 その台座の間には通路のような足場が置かれ、まるで円を描くように小さく置かれた四つの台座の中央に王太子妃が立ち、風の魔法で拡声しつつ優しく宣言した。


「これより、服飾鑑賞会を始めます。お集りの皆様は是非とも新しい紳士服をご覧になって下さい。失礼ながら説明のための針子たちを用意させましたので、ご要望や解説が必要な方は彼らにお聞きください。それでは、どうぞ」


 恐らく光属性であろう魔法を無詠唱で使った彼女は、その手をひらりと空中で泳がせると、いつの間にか台座の上に立っていた4人の男性を透明な状態から戻して見せた。


 驚きとともに迎えられたスタイルの良い騎士団の男性が四人。どこかで見た近衛騎士団長も居る。僅かに頬を染めた彼も、なるべく無表情で居るようにとの王太子妃の指示、いやお願いを聞きつつ台座の上で胸を張って立っていた。


 両足の踵を付けて腕にはコートを持つ姿で待機ポーズを取ったり、歩いて台座間の移動を行い、歩く姿を周囲に見せつける。立ち止まってコートを身に着けたりしているのは冬服姿の騎士団長だ。


 一つ先の台座に居るのは春服姿の騎士団員。彼は冬服と同じようにベストを着こみ、厚手のジャケットを上着にしていた。そのジャケットを脱いだり着たり、肩に掛けてみたりとすれば、部分的に黄色い歓声が鳴り響く。顔が良い男を選んだ甲斐があったと、王太子妃は内心でしてやったり感を楽しむ。


 騎士団長とは対極の位置を歩くのは、少し太めの筋肉質な騎士団員だ。その装いは夏服でベストもコートも無い。だが、その手に持つジャケットをひらりと宙に舞うように見せながら着ると、魔導灯の明るい光を布地が透き通らせた。その様を見た男たちは「おぉっ!?」と歓声を上げつつ、暖房で少し蒸す筈の会場内で涼やかにしている男を羨まし気に視た。


 最後の四人目は秋服を着こなしている細身の騎士団員事務官だ。切れ長の目で長い黒髪の男で女性人気が高いのだが、騎士団内では愛妻家でも有名な男だ。その男がベストとジャケットの上にスカーフを巻き、タイピンや胸ポケットのハンカチなどの装飾品を完璧に着こなしている姿を見て女性陣は溜息を吐く。杖を突いて歩く姿すら絵になるのは芸術とすら呼べる。


「お楽しみの所ですが、私から一つ解説させていただきます。彼らが来ている服は当商会と城内の針子たちの共同制作を行った品で御座います。春夏秋冬の四節に合わせた新しい紳士服として売り出していく予定ですが、この場にいる皆様にはお一人様につき、冬服を一つ進呈させていただきたいと考えています。是非ともご自宅の夜会でお試しいただきつつ、過ごしやすい冬を体験していただきたいです」


 王太子妃がセールストークを済ませると、周囲の貴族達は歓声を上げた。現在、彼らが着ている物はウエストコートと呼ばれるものや、体形に合わない(太すぎる)者は法衣のような服を着ている。それは、服の機能的に様々な制限があるせいであり、それらは服の耐久性の低さや、縫い方に問題がある物ばかりだった。


「この服は白鱗蜘蛛の糸と青鱗蜘蛛の布地に、冬服の場合、オウルラビットの毛皮も使用しています。それだけに耐久性、防汚性、更には暗殺対策として防御性能が高く、匂いや汗にも強い服です」


「幾らするのですか!」


「是非私にも一着!」


 嬉しい反応をする貴族達に王太子妃もニッコリ、そして壇上では王妃が白い目をしていた。パーティの仕方を変えろとは言ったが、商売に利用しろとは言っていない。その横では国王も苦笑いである。


「素材が素材ですので一着金貨500枚です。大金貨だと5枚で済みますね」


 銅貨一枚十円(堅パン一個)のレートで円換算だと、五千万円である。屋敷は買えないが、二階建ての平民の家は余裕で買える値段だ。彼らの着ている服も金貨数十枚程度なので、パーティの都度新調している事を考えると実はあんまり変わらない。


「買った!いや、買わせていただきますぞ!」


「慌てなくとも一着だけ配らせていただきますよ。まぁ、試作品ですので色味などは黒で統一させていただきましたけれどね。あぁ、それと水洗いで簡単に繰り返し着まわせますので、お家の経済的にも優しい服ですよ」


 あら、と声を荒げる貴族の横にいる夫人が感心した声を上げた。この婦人、旦那の服と共に自分のドレス代で首が回らなくなりつつあるのである。寝耳に水というか、降ってわいたような機会に喜びの表情を隠せないでいた。


「奥様方にも朗報だったようで何よりです。針子も同じ服を作り続けるのは飽きているでしょうからね。でも安心してください。これからもっと、沢山の発想が私に湧いていますので、針子の皆さんにも退屈はさせませんよ」


 無言の喜びを壁に並んだ針子たちが顔で訴える。今回も白鱗蜘蛛の糸を使ったにも拘らず、彼らの指先は綺麗なままだった。途中からゴーレムが仕事場に紛れ込んでいたり、ユリアブランの服飾工場で同じスーツが量産され始めている事は王侯貴族達の中で知る者はいない。


「さぁ、新しい装いで新しい時代を生き抜きましょう。今後はパーティ会場で、こうして服の鑑賞会を続けて行こうと思います。それを見て、皆さまも忌憚のない意見をお願いしますね」


 その後、ユリアブランの服飾部門は王室御用達となり、王城の針子たちから数人の職人が引き抜かれていった。後年になり世代が変わっても、貴族のファッションショーパーティは続いたという。王家の一大ブランドとして発祥したスーツ文化は、ネージュスーツと呼ばれて平民の日常戦闘服(仕事的な意味合いで)としても広く愛される事となった。




 ■レオン殿下歓喜の舞


 魔導国の乱から帰って来たばかりの機工師ユリアネージュには夢があった。


「最強のゴーレムを作る」


 そう帰国の途で宣言した彼女は王城に帰るなり、王太子妃専用格納庫に隣接された研究所兼工場の中で竜機人の四姉妹と日夜作業に没頭した。夫の王太子フリューゲル曰く、魔物に取り憑かれたかのような顔をしていたと、妻の居ない夕食会で証言していた。


「という訳で試作機が出来たわ。ブラウ、乗り込んでみて」


「主、ゴーレムの背中が割れていますが」


 アースドラゴンの核から生まれた竜機人ブラウが、プロトゴーレムを指さして言う。


「そこから乗り込むのよ。まずは足から」


「こうですか?」


 言われるがままに頭部が上向きに、背部が観音開きになったゴーレムに近付き、右足を背部に突っ込むブラウ。その足に何やら柔らかい感触を覚えた。


「・・・・・主、何かこう、肉のような感触が」


「それで良いのよ。魔力と気力に感応するブラウの体だった肉ヨ。おまけに血も通っているから、竜船の核を使えばドラゴンとして再生するかもしれないわね」


「血肉は錬金術の素材になったと聞きましたが」


「全部じゃないわ。あんな大量の肉を全部渡せるわけないでしょう?」


 自分の事なので何やら責められている気がするブラウであったが、別にブラウは悪くないし、なんなら勝手に自分の体を使われた件に関して怒っていい。


「・・・試してみます」


「お願いね」


 少しだけ納得のいかないブラウであったが、柔らかいが湿り気の無いウォーターベッドのような脚部に両足を突っ込んだ。


「次は両手を肩の所から入れて」


「主、入れるところが見えないのですが」


「さっきと同じよ。ほらそこ、肉の切れ目があるでしょ」


「・・・」


 死んだはずの自分の肉が、足を入れた瞬間、まるで生きているように脈動を始めている。その事に何か言いたげなブラウだったが、これまた素直に言う事を聞くのだった。


「主、ヒンヤリしていた肉が暖かくなってきています」


「想定通りに稼働を始めたわね。ブラウの魔力と気力を吸い取って共鳴し始めたわ」


「主、このゴーレムは大丈夫なのですか?魔力を得た肉体が暴走したりしませんか」


 王太子妃の返答は「問題ないわ、だって私の魔力で作った外装を維持していないと、外装が無くなった途端に血肉の塊に逆戻りだもの」と事も無げに答えた。彼女の中ではブラウは竜機人のブラウであり、目の前の血肉は只の素材扱いと割り切っているのだろう。ならば自分も主に従おうと、竜機人ブラウは両手を血肉の奥深くへと進めた。


「問題無い?過剰に吸われるとか、違和感を感じるとか」


「主、むしろ手足が伸びたような感覚を覚えます。それに指先が動かしやすいです」


 ギュムギュムとゴーレムらしからぬ音を出しながら、三メートル級のゴーレムを操作するブラウだった。その足も膝下からは既に動いており、軽快なステップを踏んでいる。


「じゃあ、次は頭ね。目の前の液晶画面は見える?オレカル合金で既に、色々と表示させていると思うけど」


「主、ゴーレムの視界が顔前面に拡がっていますが、外からの見た目と大分違うようです。目はこんなに大きくなかったようですが、額から顎の所まで目が大きくなるのですか」


「それが液晶画面ね。目は只の眼でしか無く、液晶画面に映像を伝えるだけの空間魔導具でしかないわよ。まぁ、それだけ魔力消費は大きいけどねー」


 そう言いつつ王太子妃は白衣を揺らしながら手元のチェックリストに何かを書いていく。それが終わると一本50金貨もする魔導ボールペンを胸ポケットに入れた。大きな双丘で盛り上がって胸ポケットはサイドポケットになっているが。


「主、目の前に何かが表示されています」


「それがマップ、高度、速度、ターゲットサイト、機体の耐久値と自動修復の状況、外部圧力や熱量計ね。使い慣れればスキルもゴーレム越しで使えるようになると思うわ」


 ふむふむとブラウが呟きながら暫く動きを止めているのを眺めつつ、王太子妃はニマニマとブラウの様子を観察していた。


 彼女は紛れもなく数千年を生きたドラゴンの転生体だ。ドラゴンとして死に、竜機人というゴーレムに似た体を持って生まれた、自分の娘のような存在にして眷属。明確な主従関係ではないが、契約など無くても彼女たちは自分を慕い敬ってくれる。答えを返すように王太子妃も彼女たちに愛情を注いでいた。だからだろうか、こうして何かを学習していく姿を見ると嬉しくなるのだ。


「主、凡そ理解できました。事前学習でマニュアルを読み込んだことが役に立っています。有難う御座います」


「どういたしまして。それじゃ後部ハッチを閉めて少し動いてみましょうか」


「はい」


 教わった通りにブラウは魔力を使って機体を制御し、背部の隔壁と頭部の排出口を閉じた。眼前のオレカル液晶に隔壁閉鎖の文字が現れると足を一歩踏み出す。


「ゆっくりね~」


 ゴーレムに繋がった紐を持ちつつ、犬の散歩の様に白衣の王太子妃が格納庫経由で城内練兵場に現れた。それを見て固まる騎士団の面々、声を上げて喜ぶ王太子の息子と、目をキラキラさせる父親。まるで子供のようだと気付いた王太子妃が笑う。


 緩く持った紐を垂らしながら、白衣の女性の前をブラウが乗ったゴーレムが歩く。それは歴史上で初めて人?が搭乗したゴーレムの歩行であった。ゆっくり、ゆっくりと歩き、練兵場の中心に来て歩みを止める。そうすると、紐を持ったまま王太子妃が何事かをブラウに指示した。


「主、恐らく地面が持ちません」


「良いのよ、どうせ試験稼働でボロボロになるんだし」


 想いっきりやっちゃいなさい、と王太子妃が言うと、ドラゴンを模したゴーレムの頭が上下に動いた。そして走り出すドラゴンゴーレム。踏み出した足は地面を抉り、大量の土を後方に飛び散らせ、白衣の女性が張った結界内でバラバラと舞い上がった。


 片足で減速しつつ地面を抉り、そのまま蹴り足で再び地面を抉ると、方向転換した先へ一足飛びに前進し再び方向転換と言った動きを繰り返す。ジグザグに走り、再び同じ方法で戻って来た時には練兵場の一部が(結界で守られているとはいえ)無茶苦茶に荒れてしまっていた。


 それを見ていた騎士団員や王太子親子は引き攣った笑いをしている。仙気を纏ったゴーレムが自分たちより早く動き回っているのだ、あんなもので体当たりされたらミンチになってしまう自分が容易く想像できる。


「まぁまぁね。武装は展開できる?」


「主、頭部の砲と、両手足の爪に、翼による斬撃ですか」


 尻尾で殴る事も出来るが、二足歩行をしている以上、その部位は姿勢制御に使われる。その証拠にジグザグ走行している最中に、何度も地面を叩いていた。それによって片足だけではない、尻尾で地面との反動を得て高速移動を行っていたのだ。それを長年使っていたかのように完全に使いこなすブラウもブラウである。


「そういえば後ろ足で立って攻撃して来た覚えがあるわね」


「主?」


 白衣の女性の呟きはブラウに聞こえなかったようだ。


「何でもないわ。金属製の目標を作るから試しに攻撃して頂戴。結界ごと吹っ飛ばすような威力は出さないようにね。大体今のブラウなら7割くらいの力は結界で防げるから」


「主、それもまた凄い事ですが、了解しました」


 ちょっとだけプライドが傷ついたブラウであった。少しだけ傷心していると目の前に五メートル程度の立像が出来上がった。しかもちょっとステップを踏んでいる。怪しいオリハルコンとミスリルの合金像だ。


「やっちゃって~」


「アイアイサー」


 ガパッと頭部の顎が上下に開くと、一瞬でチャージされた魔砲が輝いた。その後、閃光が像を貫いて溶かしていく。貫通した閃光は結界に当たると飛散して周囲を明るく照らす。昼間の練兵場が、大量の熱が齎した目も開けられない程の光で埋め尽くされていく。だが白衣の女性の眼にはいつの間にかサングラスが掛けられていた。その隣ではディーネが閃光をモロに食らって蹲っている。やはり王太子妃の水龍に対する扱いが酷いままだ。


 シャルルとシージは元々耐性があったのか、閃光を真っすぐ見ても何も問題が無いらしい。むしろ被害が出て居る水龍がヘタレなのではないかと、主であるユリアネージュは疑問に思っていたが、水龍は元々海底に住む生き物なので光に弱いのは当たり前である。


「威力に申し分なし、と。次は接近戦でお願いね~」


「アイアイサー」


 海賊の手下のような返事をしながらブラウは突き進む。溶けたゴーレムは一瞬で元に戻っている。作った時に再生能力と硬度に比重を置いて作ったのだろう。踊るだけで攻撃能力は皆無だ。


 が、その踊りが厄介で、操っている聖女の感覚で動かしている分、回避能力が普通じゃない上に、放った掌底や爪撃を躱しつつ、その関節部分を取られて合気のように投げられてしまった。ブラウが信じられないような気持で立ち上がると、先ほどと同じ場所で金属の的が踊っていた。


「主・・・」


「こらー、ちゃんと戦わないとしっかりデータ取りできないでしょー。真面目に戦いなさい真面目に!」


「主・・・頑張ります」


 ユリアネージュは自覚していないが、その格闘術は既にブランネージュやギルマスを軽く超えている。仙体術を使い続けている影響で、認識速度は人の感覚を軽く超え、手足を動かす際の力の理合いもアリの力を加えられるのと同じくらいのコントロールさえ可能になっている。繰り返すが自覚していない。ブラウは今、そんなレベルのゴーレムの相手をしているのであるのだが、主の命に従うために文句は言わない。


「ふっ、くっ、はっ」


 小さく聞こえるブラウの呼気が体長三メートルのドラゴンゴーレムから聞こえてくる。ちょっと淫靡な音にも聞こえてきているのだが、見た目からはそんな事は感じない。音速を超えた速度で戦う動きは、もはや騎士団の者達には阿波踊りをするカオナシのゴーレムと、必死に攻撃を加えようと腕が幾つにも分裂したように見えるドラゴンゴーレムだからだ。


 見かねてシージが発言した。


「少し手加減してあげては? ブラウが可哀そうな気がしますが」


「え? 対応し始めてるから大丈夫じゃないの?」


「多分、そろそろ仙気が切れるかと思いますが・・・」


 シージが言うように気力、闘気、仙気、竜気は体力を基にして発動している。つまりHPが無くなる前に気力が発動できなくなるのだ。


「シャルルもそう思う!」


「苦行~」


 ちびっ子たちも同意見のようだ。そう思って白衣の王太子妃は真実の瞳を使ってみた。ブラウのHPは既に一割を切っていたのだ。思った以上に死闘を演じていたらしい。というよりそれに気付かないくらい、自分とブラウの力量差が開いてしまった事に驚いていた。


「マジかぁ・・・・そこまで!ブラウ!そこまでぇ!」


「アイサイ、さー・・・」


 死にそうな声でブラウが答えて稼働試験は終わったが、それを見ていた王太子親子と、いつの間にか現れた国王は目を輝かせていた。



 ◇◇



 格納庫に引き返し、ブラウを引っ張り出すと汗だくで疲弊しきっていた。それを正面から白衣の女性が抱きしめている。さりげなく頭の細い角を撫でている。


「ごめんね、ブラウ。無理させちゃったね」


「主、大丈夫です。あと角が気持ちいいです」


「ぶふっ、それは小さい時と変わらないんだ」


「はい」


 このような姿を晒しているせいか、はたまた最近になって妊娠の話が無いせいか、王太子妃は養子で自分に似た竜の娘に懸想していると噂になっている。噂になったところで出所が何故か自然と黙ってしまうのだが、その事には誰も気づいていない。


「ユリア、ブラウは大丈夫なのか」


 そんな二人のところに王太子のフリューゲルが子供と国王を伴ってやってきた。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」


「主、少し苦しいです。力を入れ過ぎです」


「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ!」


 やれやれと首を振るのは国王と王太子だ。王子は既にシャルルと遊んでいる。


「なぁ、ユリア。ちょっとこれ、乗ってみても良いか」


「良いけど、魔力は大丈夫?あっという間に吸い取られるよ」


「え”っ」


「当たり前でしょう、竜機人を基準として設計しているんだから。レオンの魔力量なら少しは持つけど、普通の騎士とかが乗ったら一秒も持たないで気絶するよ。というか命に係わるかも」


 ブラウを横抱きにして頭の角を撫でながら白衣の王太子妃は言う。撫でられている本人は恍惚とした表情のまま目を閉じていた。


「そんなにか?」


「起動できればいいね、っていうレベル」


「そんなにか・・・」


 落胆しつつも諦めきれない王太子は、結局乗り込み、そして数分と立たずに背中から排出された。妻に背負われて治療所に運ばれたのは言うまでもない。


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