066
「アルセウスー!お誕生日ー!おめでとうー!」
アルの両脇に手を入れて、一言ごとにダンスホールの天井に向かって投げると、大喜びで笑ってくれた。余りにも高いタカイタカイに周囲はドン引きであるが、私もブランママにやってもらったので楽しいのは知っている。スリルもやばいけどね!
「たかかったーー!ありがとうママ!」
「うんうん!4歳おめでとう!」
少し舌っ足らずに、それでもハキハキと喋る息子を抱きつつ柔らかく撫でて褒めた。大きくなったなぁ。もう私の片乳より頭が大きい。だからって片乳に顎を乗せるな息子よ。
感触を顎で楽しむ息子を横抱きにしつつ、王子生誕パーティの中を挨拶しながら周ると、同じくらいの年の女の子を連れた貴族に頻繁に遭遇する。いや、知ってたけどさ。うちの娘どうですかパーティになる事は予測出来ましたよ。ナニコレ状態で良く分かってない女の子たちが息子に群がってくる。地面に下ろしたら囲まれて視えなくなるんじゃないかってくらい多い。
その中に一人だけ、やたらと強力なスキル持ちが居た。
イルシャ=ノルディック=アルバート=メルル=ラ=ヴィア=アイギーナ。
長いのでアイギーナ家のイルシャちゃんだ。ラ=ヴィアってことは侯爵家だ。メルルは次女だったかな。まぁ、名前はそれでいい。問題はその素性だ。この子、まさか悪魔の転生者か?
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イルシャ=ノルディック=アルバート=メルル=ラ=ヴィア=アイギーナ(4歳)
種族:素人
レベル:1(0%)
HP:3
MP:109
状態:通常
スキル:闇魔法LV3(92%)、魔力制御LV9(1%)
称号:棺の魔女(闇を運び、闇を捕らえ、闇に愛される)
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う~ん、称号持ちの闇魔法使い。久々に本腰入れて調べたけど良く分からないな。エンバーとコールに見てもらうか。
壁に待機している二人に目配せすると、何事かと少し急ぎ足でエンバーが寄って来た。そのままコールはアルの傍に近付く。
「何事か御座いましたか」
「あの子、黒髪の子なんだけど。魔力制御LV9なのよ。しかも闇魔法持ち。もしかして二人の知り合いかなって思って。分かる?」
私が教えた子をエンバーが一瞬見て直ぐに視線を戻した。
「違うように思います。どうやら特殊な星の下に生まれたようですが・・・闇の魔力の色が濃いですな」
「そうね。違うなら良いのよ。ありがとう」
「はっ」
軽く一礼し、特に何も言っていないコールと共に静々と壁に戻っていった。一連の様子を見ていたレオンが、客の対応を打ち切ってこちらに寄ってくる。
「どうした?」
「不思議な子を見つけたから、もしかしたらって思っただけ。多分、違うわ」
そういって自分の口元で冒険者の手信号を見せた。右手側、く、ろ、か、み。
「・・・たしかに、変わった子だな。あんな魔力を放つ4歳児は見た事が、いやアルも似たようなモノだが」
「あの子は全属性だから中和されて、ただ魔力が強い様にしか見えないのが助かるわね。闇魔法だけ鍛えていたら、あの子のようになっていた」
アルが忙しそうに、でも丁寧に子供たちの相手をしていた。あれは子供が好きな大人の対応だな。前世は私と同じく子供好きだったのかな。しかも慣れてる。ああ、フランの相手を毎日していれば当然か。あの子にとっては四歳児も一歳児も変わらないし。
「アイギーナ侯爵家の次女らしいわね。自分の娘に何かをしたとも思えないけれど、少し調べてみましょうか」
「良く知ってたな」
「仙人の眼は誤魔化せないのよ」
そう返すと頷きながら笑ってくれた。さてさて、あの子が新しい騒動の種にならなきゃいいけど。そう思いつつ、少しだけワクワクしている私が居た。
◇◇
悪魔執事と悪魔侍女の二人は、取り敢えずという事で私の傍付きになっている。だって、執事頭と侍女頭が折れなかったのだ。なんなの!と思ったがよく考えてみたら彼らから反発されるのは当然だった。
仕事を奪われてプライドがどうのこうのでは無く、王城に努める執事と侍女は全て貴族なのだ。他に女官や厨房の料理人に馬番と掃除番などが居るのだが彼らはみんな平民だ。だが王族の居住区域に入れるのは執事と侍女だけだ。
これも乳母と同じ理屈で、王子様をお世話しました!というステータスと恩義が実家に響く。これも重要な宮廷政治なんだとか。こういう話を聞くと実家に帰りたくなってくるわ。
「それじゃ、よろしくね」
「お任せください」
財務大臣が私の執務部屋から出ていくと軽く伸びをする。横でコールがお茶を入れてくれていた。エンバーは書類仕事を手伝ってくれている。ディーネはソファでシージと一緒にお勉強中だ。凄いなこの部屋、人外しか居ねぇ。
コンコンコンとノックが鳴る。コールが出るとブランママが扉の隙間から顔を出した。こっちに戻ってから悪魔二人と顔を合わせた時は、あわやの悪魔殺害現場が出来上がる所だったのだが、今はもう慣れたものだ。
「相変わらずかい?」
「溜まってた仕事が次から次へと湧き出してくるわ・・・」
深い深い溜息を吐きつつ、熱い紅茶を飲む。あ”ーうまい。しっとりレモンクッキーが癒しを与えてくれる。
「コールさん120点」
「ありがとうございます」
いつもの台詞を吐きつつ紅茶を飲み干した。
「それで、お母さん。直接来るなんて何かあった?」
書類をトントンと纏めて束ねて脇に置く。こいつらはもう用済みだ。用済み野郎は専用の箱にダストシュートしちまいな! 全て公文書だけどな!
「何か、ってアンタね。カントリー子爵のところに支社を立てるって言ったのはユーリでしょうに。今日はその打ち合わせに来たの」
そう言うブランママの装いは副会長の装いだ。一見、男装か?と思うくらいにパリッとしたスーツをパンツスタイルで決めている。ただ、胸が大きすぎるのでジャケットは羽織っているだけだ。胸部が大幅に浮いて裾がヒラヒラしている。私は宮廷暮らしなので毎日ゆったり目のドレスです。
尚、カントリー子爵とは賢者ノールの事だ。ノール=カントリー子爵閣下だね。
「あれ? 財務卿とやり取りが終わって、明日からゴーレムが出発するんじゃなかったの?」
「それはもう決まってるけど、現地の商会や子爵との打ち合わせをして、そのままパーティに出るって話をしてただろ。私は打ち合わせだけ出てアルとフランのところに行っちゃうけどさ」
「えぇ~、法衣侯爵なんだから出ようよ~。私一人だと面倒だよ~」
「貴族が大勢来て面倒な事いうんだろ?御免だね」
むぅ。仕方がない。一時間くらい顔出ししてさっさと帰ってくるか。
◇◇
打ち合わせが終わり、夕方にブランママと稽古をしてパッとシャワーを浴びてナイトドレスに着替えた。私は首元を晒さないドレスが好きなので、毎回似たようなドレスを着る。背中は全開なんですけどね。アレだな、金太郎だな。
親友のアルエットと一緒にドレスを選んでいる時、背中とお尻丸出しな主人公の物語を言うと微妙な顔をされたっけ。彼女は現在、王都の教会本部で働いているから会おうと思えば会える。でも携帯電話なんて無いので、手紙と従者の遣り取りで連絡して日程調整して数か月おきに遊びに出かけるのがやっとだ。
パーティ会場はカントリー子爵の王都別邸らしい。地方貴族は一定の力があれば、大抵は王都に邸宅を用意する。こういう風に「コンゴトモヨロシク」的な展開があれば、自宅でホームパーティなんてのも有り得る話だからね。しょうがないね。
「ドウモ、ノール=サン」
「なんか硬くないですか・・・お久しぶりです。ユリアネージュ様」
「私がパーティ嫌いなの知ってるくせに」
「仕事ですからね、私も趣味で開いている訳じゃないですよ」
私たちのコソコソ話があんまりな内容なので、カントリー夫人が横で苦笑いしている。私が「遠恋の人だ!コイバナ、コイバナ!」とノールさんに話をせがんだ人でもある。
「あはは・・・」
「んっんー。失礼しました、カントリー夫人。料理のほうも楽しみにしてきましたよ」
「それは有難う御座います。私も腕を振るわせていただきましたので、是非ご賞味ください」
定型句を喋るくらいには成長したのだよ、私も。こちらのご婦人は元アナ姫の護衛騎士をしていた人で、ノールさんの遠恋の女ってやつだった人だ。無事に子爵の一人娘の元にノールさんは収まって良かった。陰ながら応援した甲斐があるってもんだ。
「最近は落ち着かれましたか? お戻りになって大分、忙しいとお聞きしましたが」
「まだ子育ての方が大変ね。判断が面倒なだけで、殆ど執事とゴーレムがやってる事だもの。私がお決まりの事務仕事なんてしませんよ」
「羨ましい事です。今回の件で地下通路を掘ると仰ってましたが、あれもユリア様が実施されるので?」
「私がやる事になるかなぁ。殆どゴーレム頼みだけれど、魔力消費は私だからね。ノールさんにお任せできれば良いんだろうけれど、任せたら干からびちゃうだろうし、そうなったら奥様に一生恨まれるわよ」
それを聞いてカントリー夫妻が引き攣った顔になった。
「それに丁度いい竜機人がいるからね。そろそろ働いてもらわないとブラウがストレスで爆発しそうだもの。アースドラゴンを怒らせると怖い怖い・・・」
「恐ろしい事をサラッと仰らないでください。王都が存亡の危機になりますよ」
「大丈夫よ、あの子、意外と甘えん坊だから。レオンが居ないと、王宮に来て一緒に寝ようとするのよ。可愛いでしょ」
「・・・また、妙な噂が出ないようにしてくださいね」
メイドは見た!王太子妃の情事!お相手は容姿がそっくりな角付き羽娘!?みたいなゴシップか。貴人のゴシップは市民の酒の肴になりますからなぁ。
「平気よ。娘みたいなものだし。養子の娘と一緒に寝てますって言うわ」
「はぁ、相変わらずユリア様の周りは話のネタが付きませんね」
「それだけ平和って事ね。魔導国の事は聞いた?」
表情が打って変わって私とノールさんが厳しい顔になった。
「聖者を監獄にですか・・・いえ、それよりも、良くご無事で帰られましたね。魔王ソロモンでしたか」
「うん。楽に勝とうと思えば勝てた相手だったけれど、ソロモンが途中で正気に戻っちゃってね。まともに相手したら呪いの剣を腹に突き刺されて貫通しちゃったわ。アハハ」
カントリー夫人が此処でログアウト。青い顔をしながら厨房に戻っていった。腹を貫通したという事よりも、呪いの剣の部分がダメだったらしい。一般的に聖剣や呪剣に魔剣といった物は実在しており、その危険性はいずれも騎士を目指した事のある人間ならば知っている。
聖剣も魔剣も呪剣も共通して恐ろしいのは、制約と契約に縛られるという部分だ。所持者が肉体や精神を失う類の物であれば呪剣とされるし、他者を蝕む事を強制する類の物であれば魔剣とされ、所持者の行動を制約するものであれば聖剣とされる。いずれも代償を元手に凄まじい力を発揮する。
「なんか、スミマセン」
「いえ、妻もああいった話は大丈夫かと思っていたんですが、予想の斜め上の話だったので上限を超えたようですね」
元騎士でも聖女と魔王のどつきあい話は無理だったか。いや、呪具がそもそもタブーとして扱われているんだったな。名前を言ってはいけない類の話として、子供の頃から教わった人にとっては聞いてられない話だろう。
何となく居た堪れなくなった私は苦笑いをしてノールにソロモンの事を話した。
「いや、まぁ、ね。ソロモンの最後の言葉が忘れられなくてね」
「なんと?」
「誰が裏切ったって言う言葉に、もう終わった事だ、そうだろ?って」
それが最後の言葉だけ嫌にハッキリした声色でねぇ、と続けると、ノールさんが持論を展開してくれた。
「人には許せることと許せない事がありますが、それでも時が解決してくれることがあります。聖者ソロモンにとって、裏切られた事がそうだったのかもしれません。若しくはユリア様が目の前に現れた時点で、何かが解決されたと判断したのかもしれませんよ」
「そうかな」
私は軽く答えた。何でもない風に。
「きっとそうです。私達も日常的にユリア様の影響を受けて生きています。だからこそ、そう思う部分もあるのです。期待感でしょうね。こうして目の前にユリア様が現れるだけで、熱に当てれられる人間も少なくなりません」
御覧になって下さい、とノールさんが周囲を見渡して私も追従する。
「これから成そうとしている裏にユリア様が居る。関わっている。ただそれだけで上手くいく気がしている。そう確信している方も多いのです。ソロモンもユリア様と戦っている中で、何らかの期待と確信を得たのかもしれません。正気に戻り、聖者としての判断力を得たのであれば・・・いえ、そうでなきゃ聖者とまで呼ばれた人が報われませんよ」
「そう、ね・・・ありがとう」
ノールさんは首を振って礼など不要と言外に答え、厨房に向かった。
そうか、私はソロモンに何かを託されたのかもしれない。私はそれに気付けなかっただけかもしれない。そうじゃなかったとしても、聖者を救えたことは意味のある事だったと思いたい。




