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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
62/97

061

 ダンエルの別邸に案内してもらい、エルフ流のおもてなし料理(野菜のみ)を堪能し、客間のバルコニーでゆったりと星を見て過ごしていた。


 何をするにしても活力が湧いてこない。魔導国に落っこちてからというもの、ストレスを溜める事件が多すぎる。


 一部魔法の無効化結界、奴隷、根暗嫡男、素人を下に見る魔導国の国民性、家族に会えない不満感。最後のが一番大きい。まぁ、それも今日で解決できるけれど、直接会って言葉を交わし、触れあいたい。


 指先から小指の爪先程しかないトンボゴーレムを作って飛ばし、魔導国の空に放った。極小のゴーレムは私が魔導国に入ってから延々と作り続けてきたモノだ。一つで100MPくらいまでの魔力共有が可能なのだが、常人はこれくらいで昏倒するレベルの魔力量なので、単純性能は高いと思う。因みに戦闘時はこれが周囲に数千個集まる。


 今作った分で魔導国、公国、王国の空を繋ぐ魔力伝達ゴーレムのネットワークが完成した。評議国の分は後のお楽しみに取っておくとしよう。


 Gネットを構築したらどうやって伝達するかなのだが・・・、私には魔導通信機を一から作る知識がない。あれって、王国が製造法を秘匿してるから、内部の魔法陣が一切不明ブラックボックスになってんのよね。


 代わりに使うのが光魔法。これで私の姿を魔力に乗せて遠方に投影する事が出来る。更に風魔法のハウリングコールとエコーエフェクトを利用し、空気を振動させて真似た声を遠方に届ける。


「『あー、アメンボアカイナアイウエオ』」


 少し離れた室内に私の声がダブって聞こえる。問題なさそうかな?


「よっし、集中!」


 部屋に入って中央に立ち、仙気を全身に纏う。視界も音もゴーレム経由で把握できているから問題無し。投影先は王城の大会議室。そこにブランママもレオンも陛下もいる。夜遅くまで私の捜索に関して会議を続けているようだ。嬉しくて涙が出そう。


「ハウリングコール!」


 大会議室内にキィィィィィィン!!!!と鼓膜を高速で揺らす大音量が広がってしまった。ヤバイヤバイヤバイ。その場にいたレオン達が両手で耳を塞ぎ、机に肘をつく格好になってしまった。


 ちょ、調節! 弱くしないと!


 30秒ほど経って魔力調整が終わると、ザワザワと会議室内に声が広がる。陛下とレオンの周りには神殿騎士が大勢群がっていた。


『ぁー・・・・・・ぁー・・・ゴメンナサイ皆さん。ちょっとやりすぎました』


「この声って!? ユーリ!?? どこなの!」


 ブランママが泣き叫ぶように大声を上げた。ごめんママ、滅茶苦茶心配してたよね。それなのに、いきなり音響攻撃して御免なさい。


『あー、お母さん、落ち着いて、私は大丈夫。ちょっと待ってね、今、姿もそっちに移すから。これ別々の魔法なんだよね~、魔法陣書いたほうが良かったかな・・・よっと、ライトスクリーン!』


 空間魔法を利用して、大会議室の端っこの方に座標を固定し光魔法で自分の姿を映し出す。当然ながら光魔法を利用しているので、仙気を込めた光は大会議室を埋め尽くし、ゴーレムで見ていた私の視界は真っ白になった。


 大会議室に轟く阿鼻叫喚。魔力を抑えて自分の投影された姿を見た時には、文官たちが地面で蹲っている姿も視界に入ってきました。さーっせん!


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』


「ユーリッ!」


 そりゃママも怒るよね。当たり前である。


『エリアミドルリジェネレーション!』


 範囲魔法としては最弱だけど、聖女と化した私の魔力で発動されたそれは、部屋の中を緑色の魔力が広がって彼らを癒していった。レベルの低い文官さんを中心に耳から血を流してる人も居たし、失明している人も居た。本当に申し訳ない。悪気は一切ない。


『すみませんごめんなさい、心配してくれてたのに最初に攻撃しちゃってごめんなさいいいいいいいい』


 部屋の隅っこで何度も頭を下げる光源体に視線が集まる。それを見てレオンが走り出していた。


「ユリア! 無事なのか? 怪我してないか?」


『だ、大丈夫だよレオン、ちょっと今すぐには帰れない距離に居るけど』


「何? どこだ? すぐに迎えに行く。場所を教えてくれ」


 レオンの手が私の透き通った体を何度も触れようとするが、その手は空を切って掴む事が出来ないでいる。多分これ無意識でやってそうだな。


『ちょ、ちょ、ちょっとまって! あんまり魔力を散らされると消える! 消えるから! 落ち着いて!』


「す、すまん、つい・・・」


 ふぅ・・・さて、移動は・・・出来るかな。出来そうだ。幽霊みたいにすいーっと宙を飛び、座標を動かした。ひぃ!と文官の女性が怖がっている。ゴーストちゃうぞ。


『死んでないから。ゴーストじゃないから悲鳴上げないで。空間座標を動かしてるだけで、この見た目は遠隔地の私をそのまま見せてるだけだよ。ほらほら』


 両足を地面から動かさずに腰を左右に捩じり、両手をプラプラさせた。なのに私の投影体は左右上下に動き、まるでマウスでドラッグ移動中のGIF画像のようになっている。


「つまり、今のユーリは遠くに居るって事で良いんだね?」


『うん、おかあさんもゴメンね。いっぱい心配させちゃったね』


「良いよ。無事なんだろう?」


『うん、無事。大丈夫』


「なら良し」


 えへへと笑うと、ブランママも会議中のような厳しい顔が消えた。少し、目の下に隈が出来ていた。それが少し嬉しくもあり、申し訳なくなった。


『え、っと、それで、状況を説明するね』


 私の使ってる魔法について興味津々な魔導師隊隊長のお爺さんも含めて、全員が黙々と説明を聞いてくれた。世界樹の天辺で魔神と遭遇し、戦闘中に逃走するために飛び降りた事。降りた先が魔導国で、国家規模で元素魔法と治癒魔法が封じられている事。文化、文明、簡単な歴史等々を伝え、彼らはそれを自分の頭で咀嚼するように押し黙った。


『それから、その文明を破壊した魔神災害が、近いうちに発生しようとしている。現に世界樹の北部、西部、南部の大森林で魔物が外縁部に集結しつつある。東部まで監視網を敷いてないから解らないけど、多分、評議国も危険な状態かもしれない』


「わかった、ユリアの言葉を信じよう。評議国には緊急事態である旨を伝えておく」


 陛下の発言を始めとして次々と防衛策が上がり、私の捜索会議だったものは魔神対策会議へと様変わりした。そのまま私の考えていた策を含めて、彼らへの協力事項、公国への協力事項などを纏め、大会議室内に設置された魔導通信機で各方面へと通達が走る。


「これは未然に防ぐような段階ではなく、既に発生している文明破壊レベルの災害だと思え。何としてでも人を、国家を、守り通す」


 陛下の言葉を皮切りに、既に深夜を過ぎ、日が昇り始めた頃に全員が大会議室を出立した。竜船で北部に集結し始めた王国兵たちは、続々と領都ユリアに集まりだす。


 だが―――。今もなお、ブラウ達に私の念は届いていないし、私の無事を聞いた彼女たちの念も私に届いていない。やはり、魔導国の無効化結界の影響と考えたほうが良さそうだな。


 防音の風魔法を解いてベッドに腰かけた。そのままフカフカのベッドへ仰向けに倒れ込む。


「レオン・・・元気そうだった。良かった・・・」


 あの人の事だから、国を捨てて公国にでも乗り込んで捜索しているんじゃないかと心配していた。そうなったら王位継承権も捨てて、アルに全て任せて俺はユリアを探しに行くとか言いそうだな、と目を閉じながら笑ってしまった。


 今夜はストレスを感じずに寝れそうだ。



 ◇◇



 ダンエルの屋敷で待ち続けて三日後。


 私を捕らえるべく魔導国の兵が屋敷に押しかけて来た。塔の地下に防壁魔法を阻害する魔法陣が発見されたが、それを仕掛けたのが私だという事になったらしい。


 数十人が屋敷を取り囲み、使用人たちも慌てふためいている。これは閣下も寝耳に水な事なのかもしれないな。大方、陛下に報告してそのまま勅命で兵が動いたと言ったところか。


「ユリアネージュはお前か」


「はい」


 左右を兵に囲まれ、手錠を嵌められて何処へ行くのかと思えば、そのまま謁見の間で陛下とやらにご挨拶だ。周囲にはダンエルが居ない所を察するに、彼とは別の派閥に動かれたかな。そして彼も投獄され、罪人扱いされた結果か。


「障壁を破壊して何を企んでいる。王国は公国を攻め落として、次は魔導国か。所詮は素人の国という事か。どこまでも卑しい民族よ」


「・・・」


 目の前の白い髪のエルフ男が魔導国の国王らしい。名乗られてはいないが、長ったらしい名前がステータスに表示されているので、途中で読むのを止めた。レベルは121と高めだが、スキルは総じてショボいな。寄生上げだけして鍛えてはいないようだ。HPMPも低い・・・。


「仙人などと宣っているようだが、差し向けた兵にも勝てぬとはな。聖者に首を垂れてあの世で懺悔でもしてきたらどうだ?」


 クックックと笑う子供みたいな精神をした成人のエルフ。これで200歳とか、人生を無駄に生き過ぎでは無いのか。そう言いたくなる男を前にして思わず吹き出してしまう。


「ぷっ」


 急に静かになった自称陛下は、苛立ったのか軽く睨みつけて来た。


「あなた、本当にこの国の王なのかしら? 少々、いえ、かなり物事を見定める力に難があると思うのだけれど―――あぁ、茶番でオモテナシしてくれるのかしら? どう? 当たりでしょう?」


 正解でしょ、と当たりを引いた子供のような顔で笑って見せると、自称陛下が切れた。


「ファイアスパイク!!!!」


 短縮詠唱で放った火魔法はしかし、身に纏った私の仙気にかき消され、両隣の兵士は思わず飛び退いた。せめて手錠から伸びた鎖は離したらダメでしょうに。仕事しなさいよ。


 それはともかくとして、この国王を自称する子供は何をしたのか理解しているのだろうか。相手が奴隷だとでも思っているのだろうか。


「これはダメね・・・ここまで残念な国だとは思ってなかったわ」


「へ、陛下、この女、白銀のオーラを・・・」


 全身を覆う仙気は白く輝くもやもやと、緑の燐光を纏っている。自称陛下の魔力程度ならば溜息程度で掻き消せるのは、先ほどの火魔法を見ての通りだ。


「おのれっ! ファイアスパイク! ファイアスパイク!」


 エルフというのは火魔法が不得意だ。そもそもスキルとして覚えられない者が多く、その制御も甘い。しかし、4属性の内、最も攻撃性能に優れたその系統は、例え制御が甘くとも水を蒸発させて、風を引き裂き、土を熔かす。


 火の中位魔法であるファイアスパイクならば、デミドレイク程度の首を炭に出来るだろうという威力があるのだが・・・その程度をぶつけられても私は痛くも痒くもない。


「ぜぇっ、ぜぇっ、きさまっ、大人しく死ね!」


「誰よりも大人しくしていますよ。それはそうと、その火遊びはもう飽きましたか? 自称陛下君」


「きさまぁああああああ」


 この人、本当に200年何をしていたんだろうか。8歳くらいの子供と大して変わらない反応してるぞ。


「安い挑発に乗るのは、国家元首としてどうかと思いますよ。御覧なさい、貴方の側近たちを。とても残念そうな顔をしていますよ」


「ぬっ!?」


 バッと振り返った自称陛下が斜め後ろを見ると、同時に嫌そうな顔をした側近たちが無表情になった。その隙に手錠を腕輪に収納する。何で魔封じの鎖とか使わないんだろう。仙気使いには意味ないけどさ。


 光魔法で姿を隠し、謁見の間全体を収納空間で覆うと、窓の色が若干暗くなった。だが気付くものは居ない。雲が日差しを遮った程度の変化しか見られないから。


「おのれっ、奴隷女が!」


 そう言いながら正面を向くが、もう私はそこに居ない。だってそこは既に私の掌の上だからね。物理的に小さくなって掌の上で踊るミニチュアたちは、今も私の姿を探している。


「さて、どうしようかな。この人たち」


 謁見の間には私以外の誰も居なくなってしまった。あるのは私の掌に作った丸い収納空間と、その中で小さく動くこの国の柱と言える者達。


 使い処は民衆の前。そしてこの国の危機を救うための道具になってもらうか。


 魔導国の上空にはダンエルの屋敷で待機している間に作った浮遊ゴーレムを数千万体も浮かせてある。前回、陛下たちに連絡した時に使った魔法は刻印魔法で魔法陣化した。多少の改良を加えているので、魔導通信機に中継できるようにもなっている。


 どかりと空いた玉座に腰を下ろし、刻印魔法を使ってこちらの状況を伝える。暫くするとレオンの声が聞こえてきた。


「ユリア。無事か? まだ魔導国に居るのか? 竜船で迎えに行くか? それとも捕らわれているのか? こちらは何時でも出陣できるぞ!」


 説明したというのにこの調子である。


「レオン、私は大丈夫だから早まらないで。それより、ブラウ達3人に竜船を出撃させて。魔導国に魔物の大軍が迫ってる。状況を利用して魔導国を属国にしたいから協力してほしいの。そこに陛下も居るわね?」


「ああ、属国とは穏やかでは無いな。何か急な動きでもあったのか」


 ガヤガヤと複数人の声がすると言う事は大会議室の中かな。今は光魔法も、大会議室内の覗きもしていない。空間魔法を維持するのって結構大変なんだよ。


「先ほど魔導国の首都マギカギヌスで滞在中、知り合いの屋敷で過ごしていたら国王軍に謁見の間まで連れていかれて、エルフの国王に魔法で攻撃された。仕方なく周囲の者を纏めて空間結界で捕らえて、私は今、玉座に座って一人で通信中。ここまでは良い?」


「色々と聞きたいが良いぞ」


 さすが私の旦那。


「でね、屋敷で過ごしていたのは、この街の防壁結界を司る塔に異常があったから、知り合いの部下に調べてもらいたかったのだけれど、その塔って魔物を引き付ける力に加えて、元素魔法と治癒魔法を封じる結界を作り出しているのよ。恐らく仕掛けたのは・・・」


「メギアという魔神か」


 レオンが苦々しい声で言う。


「もしくはそれに操られた者か、協力者か。証拠も無いから予測でしかない。でも魔導国は大森林から流れて来る魔物に蹂躙されて滅びる可能性が高い」


 その数は数千や数万では収まらないだろう。数千万、数億の魔物が大波となって襲い来るのが予想される。ブラウ級のアースドラゴンだって居るのを確認しているし、デーモンや巨人も当然のように多数湧いている。


「そこを我々が救う流れに持っていくと? 我々が嗾けたと流言されれば仮に魔物を殲滅しても、後々戦争になるぞ」


「それを出来るお偉い人たちは私の結界の中に居るのだけれど」


「なるほど・・・その知り合いとやらは信用できるのか?」


 ダンエルは投獄されているようだ。さっきから超小型ゴーレムが発見して監視している。


「信用してもらうようにするわ」


 カッコいい救出劇でね。


「わかった。ではこちらは準備を進める。既に氾濫は起きているのか?」


「もう魔物が動き出しているわね。魔導国側の魔物が大森林から溢れだそうと、森の中を移動しているわ。徒歩だから全土を埋め尽くすまでには1か月くらいは掛かりそうね」


 歩いて移動していると言っても、魔物の足だ。草原に出れば獣車よりも速いだろう。それでも数週間は掛かる程にこの魔導国は広い。


「だから、最初の街が襲われるまで、残り1週間と言ったところかしら」


「森から最初の街までどれくらいの距離がある?」


「ざっと1000キロは離れてるわね」


 獣車で10日の距離だな。想定される戦況を一通り伝えておけば、あとは陛下なりレオンが戦力を揃えて送ってくれる。


「了解だ。こちらは軍を編成して向かおう。他に何かあるか?」


 何かやってほしい事はあるか? 欲しい物はあるか? と親元を離れた子供に対するようにレオンが呼び掛けて来る。


「公国と評議国に大森林を警戒するように呼び掛けておいて。同じタイミングで大森林の各方面から魔物が移動を始めている。一番最初に接敵するのは王国の北部かな」


「こっちが最初か・・・」


「ある程度はマインズオール領を含めて私がゴーレムで対処するわ。ドラゴンとかはお母さんたちにお願いしたいのだけれど、イイかしら?」


 遠くの方で「任せなさい!」とママンの声が聞こえる。貴女の愛する娘は元気よ。だから心配しないでね。


「うん、お願いね。それじゃこっちも動くから。何かあれば連絡する」


「ああ、ユリア。気を付けてな。愛している」


「私も愛してるよ、あなた」


 後ろでギルマスが「お熱いねぇ御両人! ぐはははは!」と揶揄っている声は無視した。


 刻印魔法を解除して玉座から降りると、ゴーレムで調べてあった地下牢獄に向かう。途中の衛兵には風魔法のスリープクラウドで眠ってもらった。


「コーラーファルト閣下」


「ユリア殿!? どうやってここに。いや無事でよかった」


 壺と汚いベッドしかない部屋にはダンエルが俯いて座っていたが、私が声を掛けると喜びと驚きの声をあげた。


「ここから出す代わりに、指示に従っていただけますか」


「何・・・」


 急に冷たい声になった私に警戒するダンエル。それもそうだね。精神的に今は不安定なはずだし。行ってる事が「言う事を聞け」だもの。


「魔の森から魔物の大規模氾濫が始まりました。あと一週間もしない内に最南端の街が攻め込まれるでしょう。あなたには部隊を率いて、それを撃退してもらいたい」


「なんだと・・・・・・・しかし、あの塔を破壊せねばいずれ、我が領地を避けた魔物が首都に攻め込んでくるぞ!」


 当然、ダンエルの領地は南部領地の一部でしかない。東西に広がった広大な魔導国において、全てを防ぐのは難しい。どうしても漏れが出てしまう事だろうし、殆どの街や領地は滅ぶだろう。


「聖女と共に魔物を撃退する。そう喧伝して貰えますか」


 それだけで言いたい事は伝わるよね? と笑顔で語り掛けると、ダンエルは固まった。


「この国の国家元首と、貴方を牢獄へ送った者たちは、私が空間結界で捕らえました。滅亡の憂き目を逃れたいのであれば、私とエステラード王国の協力を受け入れなさい」


「何か、手があるという事か?」


「確実に魔導国を守り切る手があります」


 少し考えを巡らせたダンエルは俯き、唸り声を上げ、おもむろに顔を上げた。


「手を結ぼ―――いや、貴女に従おう」


「では、エリュシオーヌ=ド=フラウセス=エラント=コーラーファルト。あなたは私、ユリアネージュ=バエス=エステラードに従う事を誓った。それを反故にしない内は、王権代理として、この国を救う事を約束しましょう」


「なっ」


 別に契約書も何も要らない。こんな事は口約束で十分だ。結果的に国を守れても守れなくとも、この国が私に頼ったという事実は残る。それが魔法契約以上の約束になるから。


 キィンと耳に響く音を上げて鍵が吹き飛んだ。指先の仙気で切り飛ばしたのだが、修理費はこの国で自腹を切ってもらおう。


「さぁ、早く戦力を纏めて、自分の領地へ向かいなさい。私は私でやる事があるから」


 そう言って私は塔へ向かった。この面倒な妨害結界を壊すために。


 ◇◇


 コツコツと石畳を歩く。この街の中央塔にダンエルの部下という軍部の人間に案内して貰った。外観は流線的なフォルムでチュロスに似た青い塔だ。内部はあまり人が入らないせいか少し埃っぽい。その中央には入って直ぐの場所に巨大な結界装置が置かれていた。


「こちらが結界の中心部になります」


 案内のダンエル部下が説明するが、用があるのは此処ではない。


「悪いけどコレに用は無いわ。問題はこの地下。地下から塔の天井を貫いている、この巨大魔導具の更に下にある。そこから闇魔法の魔力を強く感じる」


「まさか・・・」


「今更疑ってもしょうがないでしょ? 地下への入り口を案内してください」


「りょ、了解した」


 横幅もある塔内部は移動だけで時間が掛かる。いっそ地面に穴でも開けようかと思ったけど、周囲のダンエル部下に怒られそうだったから止めとこう。


 魔法陣で封印された地下への入り口に辿り着き、ダンエル部下の一人が杖を振るう。魔法陣が解除され、付随する魔法レンガが扉の形を変えて通路の壁と一体になった。これで奥に進める。


 通路の奥は塔内部の結界魔導具に巻き付く形で、大きな螺旋階段のように下り坂となっていた。暫く進むと大きな空間に出て地上階から続く巨大魔導具の地下部分が姿を現す。


「おぉ・・・私は初めて目にしましたが・・・先人はこんなものを作っていたのですな・・・はぁ・・・エルフの一族として誇らしいものだな」


 先頭を歩く槍エルフ将校が誇らしげに笑う。周囲の案内役達もそれに同意するように頷いていた。私はそれどころじゃなかったけれど。


「・・・・・壊されている? いや、書き換えられているのか」


 そういえば王城に呼び出されるときに、結界魔導具に闇魔法がなんやらって話を兵士が言っていたな。という事は彼らの中では確認済みだったと。いや、適当に呼び出す理由を騙っていたのだろう。現に魔導具には闇魔法の影響が無いし。


「何ですって?」


 杖エルフが私を見て言葉を聞き、巨大魔導具をつぶさに観察し始めた。これだけの大掛かりな魔導具でも、用途は結界だ。単純で巨大な効果を齎すものである以上、同じ魔法陣が幾つも刻印されている。それの一部に変化があると間違い探しを見つけやすい。


「なんという事だ・・・誰が一体・・・」


「アレは、闇魔法とは違いますね。恐らく攻撃されると同時に初撃で防壁が破れるように書き換えたのでしょう。あまり時間も無いので、私が書き換えますが宜しいですか?」


 さっさと済ませて地下に行きたい。ここは正直、後回しでも良いし。


「いや、外部の人間に触って欲しくないんだが・・・」


「そうは言っても、これから更に地下にある何かを私が触らないといけないんですが」


「それは、そうだがな・・・」


 杖エルフは3人いるし、一人残すか? 彼らをジッと見る。


「お一人が残って作業をされては?」


「そうしよう」


 逡巡していた杖エルフとは別の人が残って作業をすることになった。急ぐか。


「では、参りましょう」


「うむ」


 将校エルフが相槌を打って階段を折り進む。そのまま15分ほど降り続けると、先ほど留まった場所で作業をしている杖エルフが見えない程に高い場所になってしまった。だが、既に巨大魔導具のお尻が頭上に見えた。


「ここが最下層ですか?」


「いや・・・ここは旧魔導国が滅ぼされるまでは牢獄として使われていた。その牢獄がこの先にある」


 将校エルフが指さしたところに黒い扉がある。厳重に閂と鎖で閉じられた、いかにもな場所だ。鎖に触れてみるが、埃が溜まって指先が黒くなった。


「随分と動かしていないようですね。やはり300年以上そのままか」


「お話を聞く限りではそのようで」


 聖者が生きていた時代には聖者が治癒魔法を使えていた。ならば、この鎖を閂に巻き付けたのは誰だという話だ。意外と王族とかかもね。あの坊ちゃんの年齢じゃ足りないし、親世代か、それよりも前か。


「とにかく、進みましょうか」


「はい」


 ガシャリと鎖と閂を外し、黒い扉を開く。永いこと油も差していない扉が錆びた音を発しながら開くと、少しだけ腐臭が漂ってきた。


「・・・まさか、と思いますが。アンデッド?」


「いや、まさか・・・この街の地下に?」


「無くはないと思いますけど。案外、1000年前の魔物かもしれませんね?」


「うっ・・・」


 この将校さん、ホラーは苦手なようだ。杖エルフも少し緊張している。


「誰か、お一人は残って報告に行った方が良いと思いますが。どうされますか」


 私が意見を出すと、将校エルフの付き添いで来た槍エルフの一人が地上に戻っていった。この階段をまた昇るのかと、少しだけ憂鬱そうな顔をしていたけど頑張ってください。


「さて・・・隊列を組みます。将校さんは中央に、私が先頭、槍持ちの方は私の脇に、杖持ちの方は後衛をお願いします」


「わ、わかった」


 案内人たちのレベルは高くない。そういえばアネキ達はレベル100超えだったけれど、警備兵や軍の人たちはレベル30くらいが一般的だったな。この辺りはエステラードとあまり変わらないのか、アネキ達が特殊なのか・・・多分、後者だろう。装備とか普通じゃなかったし。冒険者ランクもAだったか? それくらいだった筈だ。


「大丈夫ですよ。トラップとかは私が魔力で発見できますから。それに聖女はアンデッドに強いんです」


「「頼りにしてます」」


 脇に居る槍持ちエルフが揃って声を出す。いや、あんたらは頑張れよ。


 ◇◇


 黒い扉から奥に進むと、牢獄と思しきフロアが幾つか過ぎた。どこも無人で魔物も居ない。だが腐臭は相変わらず続いている。これは誰の匂いだ?


「・・・出て来ませんな」


 将校エルフがやけに丁寧な言葉で呟く。段々と私に対する態度が丁寧になってるのは、片っ端からトラップを解除し、10近い光魔法を常時使っているからだろうか? 今のところそれくらいしか活躍してないんだけどな。


「段々と闇魔法の気配が強くなってきてる。油断しないでください」


「了解」


 しかし、周囲の黒い魔力は進むごとに数を増している。闇魔法の魔力だ。時折、深紫色の魔力がチラつくけれど、この色に相当する魔法は未確認だ。陰陽魔法でも無いし、闇魔法系統の上位魔法かもしれない。


 また誰も入っていない牢獄を脇目にフロアを抜ける。牢獄のフロアは一階層ごとに存在し、さっきから10階以上を下っているが、目的の場所に辿り着かない。


 空間魔法でループしているようにも見えない。トラップも脱獄防止を目的としたような、トラバサミなどの行動疎外系しか無い。古代遺跡のようなダンジョンとはまた違うようだ。入った事ないけどね。


 皆で黙って進む。時々、杖持ちエルフが光の陰影で何かと見間違えたのかビクッとなっていたが、それ以外に異常は無い。魔力反応も異常無しだ。


「何も無さすぎますね。もう少し警戒されているかと思ったんですが」


「その言い方だと、何か潜んでいると?」


「ええ」


 闇魔法を発動するだけなら魔導具を使えば良い。だが、この規模の魔法を魔導具に頼るとしたら、都市より大きなものになってしまう。そしてこの闇魔法は一定の魔力を放っていない。まるで誰かが呼吸しているかのように、そして気分で力の入れ具合を変えるかのように、その気配に強弱が付いている。それを杖持ちエルフ達も感じていたのか、揃って同意していた。


「ここまで近づけば魔法使いなら誰でも分かります。しかし、地上からだと距離がある。仙気使いでもなければ分からなかったでしょうね」


「聖女殿が来ていなかったら、我らは滅ぶまで気付けなかったと・・・」


「仮定の話です。これからそれを覆せばいい。ですよね?」


「うむ」


 少しだけ戦意を滾らせた将校が頷く。さて、そろそろ出てきて欲しいものだ。こっちも時間は有限なんだ。地下で引きこもりやってる奴と違ってな。


 それから3階層ほど地下に進むと、拷問部屋のような所に辿り着いた。収監するための部屋では無く、人を乗せる為の器具がそこかしこに転がっている。いずれも黒く汚れ、金属部分は錆びて朽ちていた。


 部屋は狭く、最奥部の椅子型の拷問器具には探していた何者かが縛り付けられていた。


「アレか」


「「・・・」」


 両脇の槍エルフは震えて黙ってしまった。後ろの将校と杖エルフは、気配だけでその身を縛り付けられたようだ。身を固めて動けなくなっている。


「全員後退、ここからは私一人でやります。扉の所で状況を観察しつつ、危険を感じたら地上に向かって走りなさい」


「りょ、了解、した」


 辛うじて将校がそう言うと、私は動けない案内人たちを風魔法で下がらせた。軽い悲鳴を後ろに流しつつ、標的に近付く。一歩歩くごとにブラウの鎧が変形して全身を覆っていく。白く輝きを発し、緑の燐光が周囲を埋め尽くす。


「一応、聞くけれど。あなたは300年前の聖者かしら」


「・・・」


 黒い椅子に黒い鎖で縛られた、赤黒い法衣を纏う黒骸骨。元は別の色の衣だったのだろう。その目には青い光が今も灯っていて、周囲にどす黒い魔力の波動を放ち続けている。その魔力がついでのように魔物を集める闇魔法を放っていた。


「その魔法を止めてくれると助かるのだけれど。話し合う余地はあるのかしら」


「ギ・・・ウラ、ギリモノ、に話ス、コトなど、アりハ、シナイ」


 会話は出来るらしい。まだ正気は保っているのか?


「貴方を縛り付けたのは誰?」


「シュク、フクを、クレヨウ。イノリの、コト、バを、キサマラ、ニ、キカ、セテヤル」


 そう言うと、言葉を発しても動かなかった骸骨の顎がギシギシと、少しだけ笑ったように動いた気がした。それと同時に闇魔法の気配が強くなっていく。


「・・・」


 少しだけどす黒い魔力に圧されると、一歩後ずさる。やるなぁ。


「ハハハハハ」


「笑い声は随分と流暢じゃない。そのまま道化(ピエロ)になれるんじゃないかしら?」


「シハ、ヨロコビナリ。シハ、エイコウナリ。シハ、サイワイナリ」


 こいつっ!! いきなり流暢に喋り出したと思ったら、黒い魔力を身に纏い始めた! 青い目が赤くなっていく。最高にヤバイ予感がしてきたんだけど!


「ケガレシ、モノドモニ、ヨロコビヲアタエヨ。シニコノミヲヒタシ、ワガミニエイコウヲ、アタエヨ」


「くっ!ディストーション!!」


 闇には光でしょ!


「ソシテシタガエ、ワレコソハ魔王ナリ!!!」


 緑の光は黒い魔力に弾き飛ばされ、後ろの壁に飛び散った。だが身に纏う黒い魔力が減っているのは確認できた。対抗は出来そうだ。ただ一つ問題がある。


「魔力が・・・!」


 周囲の自然魔力が悉く魔王の元に従い始めている。まるで悲鳴を上げているかのように自然魔力が鳴いている。様々な属性の色が黒くなって魔王に集う。自然魔力の性質そのものを無理矢理書き換えられているらしい。


「お前っ! やめなさいっ!」


 このままだと環境にまで影響を及ぼす。地上が闇属性一色になってしまう。


「闇ノ中デ私ハ待ッタ。何百年モ待ッタ。ダガ!お前達ハ裏切っタ!!!私との誓イを破リ!!!弟子タチを!愛すル人を!救いはしなかっタ!!!」


 言葉が一語毎に生気を纏っていく。見た目も同時に肉と血と赤黒い皮を纏っていく。そうして私の目の前には一人、赤い目の男が現れた。赤い衣の男はこう名乗った。


「私はソロモン!貴様ら裏切者を消し去る者だ。己が名を冥府に刻んでくると良い!」


 且つて居た聖者ソロモン。間違いない、コイツを闇魔法の核として発動させていたんだ。やったのは恐らく、この街のエルフ!


「蘇って恨み百倍なのは解ったけどさ、一つ良い事を教えてあげるよ」


 威圧感が凄まじい。集めた魔力が黒い魔力となってソロモンの周囲を覆い始めている。


「現れ出でよ!我が従僕たち!!」


 ソロモンの周辺に黒い魔力が満ち、黒い煙の中から赤黒い肌の魔物の顔が腕が足が翼が現れていく。どう見てもデーモンロードです、ありがとうございます。しかも知識の通りに72体ってどういう事だよ!


「死人は大人しく墓で眠ってるもんだよ!!」


 右足を地面に叩きつけるように踏みしめると、私の周囲に五百体の小型ゴーレムが地面から突き出てくる。一体一体は弱いが、デーモンロード程度の相手ならこれくらいで十分だ。


「まずは貴様からだ、聖女!!」


「死にぞこないの聖者が!」


 そのセリフはNGワードだったのかは分からない。ただ、ソロモンにとってはキレちまうぜと言いたくなる位に、無いはずの血が頭に上る禁句だったのだろう。


「許さぬぁぁぁ!貴様の魂は新たな従僕の核にしてくれるわ!」


「ははっ、キレちゃった」


 さぁ、第一ラウンドだ。


 デーモンロード達が一斉に爪を伸ばして突進してくる。なるほど、大森林で見た奴らと違って、こいつらも私と同様に元素魔法を扱えないようだ。だがこっちのゴーレムは数百体、しかも全部が仙気を扱う化け物だ。抑えられるかな?


「「「ギァッ!」」」


「「「「「「ウォォォム」」」」」」


 魔王と私が互いに遠距離戦を始めようと魔力を高めている時に彼らはぶつかった。飛び散るデーモンとゴーレムの体、余波で天井と地面がバラバラに砕け始めていた。準備が互いに整い、私は空間魔法を、魔王は闇魔法?らしき攻撃魔法を発動させる。


「闇に飲まれろ!」


「いやだねっ!!!」


 何だか楽しくなってきた私は空間魔法で盾を作り、神癒魔法と合成した各種基本属性魔法を放つ。相手も暗黒魔法とでも言うべき紫色の魔力で盾と槍を作り出して相殺してくる。アレが何なのかは分からない。真実の瞳でもソロモンのステータスは見る事が出来なかった。


 だが、こっちが使っているのは空間魔法だ。出入り口を変えて、作った空間を複数で繋げてしまえばどうなるか? こうなるんだよ!


「ちぃ!」


 魔王ソロモンが放った黒い槍は次々と空中の穴から飛び出し、黒い槍を放った本人へと帰っていく。だが、それも意味は無かったようだ。


 黒い槍がソロモンの魔力に触れると、その形を失い霧になってソロモンに吸収されていく。オートで闇の魔力を吸収できるのか?


「いや・・・確認が必要ね!」


「厄介な女め!」


 失礼な事を言う魔王にはオシオキが必要みたいだな! 次々と黒い槍をソロモンへと返却し、その中に私の魔法も混ぜ込んで空間の穴から飛び出させる。


「そらそらそらそらそらそらそらそらぁ!!!」


 やってる方は結構大変なんですけどね!! 属性魔法を神癒魔法と融合させた攻撃と、空間魔法の複数同時発動、更に空間の接続と、私に迫ってくるデーモンロードの近接戦闘に加えて、念のため後ろの案内人たちにも気を配っておかないといけない。もっと頑張れよゴーレム!!


「な、め、る、なぁぁぁぁぁ!!」


 げぇ、ソロモンの周囲が闇の魔力で対流させ始めたせいで、黒い槍も緑の属性魔法攻撃も全部無効化してやがる。でもあれ・・・無茶苦茶消耗が激しいんじゃないか?


「るぁっ!!」


 そのまま突っ込んできた! 人間大の黒い玉だ!!


「はぁっ!」


 全身の対流する仙気の量を上げ、更に混ぜ込む神癒魔法の緑の魔力を増やす。一瞬で私が立っている周囲の地面が砂漠に変わっていき、ゴーレムもデーモンも塵と変わっていく。これは、あれか。私の周囲が魔力暴走による環境破壊を起こしているらしい。


 だが魔王ソロモンの付近も似たような事が起きている。駆け続ける足の一歩一歩は、その足跡から黒い水のような物を作り出していく。それが元は周囲を形作るレンガなのは一目瞭然。触れた所から闇色の液体に変化させるという、物質干渉魔力らしい。やべぇな、触ったところからスライム化だわ。一応試すか?


 殴りかかって来た魔王ソロモンの右手を左手の甲で受け流す。


 だが、ソロモンの右手は塵にならず、私の左手も黒い液体に変化はしなかった。その結果に納得がいかないのか、ソロモンは格闘戦を続ける気のようだ。それに私も付き合い、黒と白のどつきあいが始まった。


 一撃ごとに周囲から魔力が失われ、私達が動いただけで周囲は黒い液体と砂塵が舞う。気付けば、たった数秒で拷問部屋は形を失い、天井からは土砂が落ち始めていた。


「っ・・・て、撤退する!全員撤退だ!」


「「「「はいっ!」」」」


 良い判断だ将校。そのまま残ってたら空間魔法で捕らえるところだった。その空間魔法なんだけど、今のソロモンには通じないらしい。魔力そのものに干渉できるのか、形にしようとしても空間魔法が発動前に発動式ごと喰われてしまう。空中に黒い霧が出来るのがその証拠だ。


「あんたの方がよっぽど厄介だよ」


 至近距離で緑色の魔力を放つつもりで拳に纏って殴る、がやはり黒い霧に無効化される。


「黙れ小娘がっ!」


 鞭のような黒い光を対流する仙気で吹き飛ばす。


「煩い爺め」


 空間魔法でディストーションの魔法を包み、それの表面を緑色の風魔法で包み食らわせる。これもダメか。魔力そのものがやはり無効化される。


「躾がなってないな!!」


 両手に作り出した黒い剣で交互に突き出してくるが、その程度の剣技ではかすりもしない。私が誰を相手に鍛えてきたと思ってんだコイツは。無敵のブランママだぞ。


「綺麗事が好きな魔王だ」


 なら剣技で付き合ってやろうとオリハルコンとオレイカルコスの合金剣に神癒魔法を付与して両手剣を精製する。それを振るうと相手の剣に打ちあった瞬間、表面が僅かに削られる。隙が出来たソロモンの腹に前蹴りを食らわせた。きっと今の私は獣のように笑っている。


「下品な聖女め!」


 僅かに効果があったのか、やはり仙気による攻撃は通るらしい。この男、魔法偏重だったのか? 格闘術も剣技も甘い。


「あんた、あんまり鍛えて無かったみたいだね」


 両手剣を片手で持って二刀の相手をしても案外楽に防げる。若干の攻撃の機会が出来るくらいだ。空いた手で殴る殴る殴る、殴りそして蹴る。


「舐めるなと言っている!」


 言うと同時にソロモンの背中から黒い液状の腕が4本、追加で生えてきた。なるほど、補助椀か。私も出来るぞ。ブラウの鎧は元はブラウの肉体そのものだ。その体を借りて竜の腕を生やす事など容易い。


「ほら、これで相手してあげるよ」


 私の背中から生えた腕はブラウの魔力を宿し、私の仙気と混じり合う事で仙気とは異なる青い光を発する。次第にそれは全身を覆いつくし、元々変形して全身鎧になっていた箇所からも竜輝光を発するようになった。


「竜輝光だと・・・!?」


 緑の燐光と青い竜輝光が合わさり、目の覚めるような水色になった。それが周囲に広がり次第に黒い液体が揮発し、ダイアモンドダストのようになって消えていく。


「へぇ・・・竜気とでも呼ぶかな?」


「お前、本当に聖女か?」


 どういう意味ですかね?


「私が生きていた時代、お前のような存在は居なかった。だが、遥か昔、古代文明が数多の大陸に在った時代には貴様と同じ存在が居た」


「その名をミューリオル。とでも言いたいのかしら」


「!!・・・どこで知った」


「さぁ、死人に知る必要があるのかな」


 魔王ソロモンの赤黒い顔が怒りで歪んでいく。


「虚仮にしてくれるなよ」


「なら証明して見なさい。魔王」


魔王の力が、誇りが、信念が正しいと言うのなら、それを貫き通して見せろ。


「言われずともな!!」


 幾許かの問答の末、魔王ソロモンは黒い魔力を赤く染め始めた。まるで水色の対になる色のような目の覚めるような赤。


 だが、その代償なのか、肉を得た魔王の体は次々と魔力に変換されて失われていく。


「ぐぉあああアァアアアアァアアアアアァ!!!」


 先程の逆再生のように皮、肉、血が失われ、骨を残して再びソロモンは死せる魔王に姿を変える。彼の纏った血肉はまるで憎しみと悔恨であるかのように、その目の光は赤から白へと清純さを取り戻していく。


「『アァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ウム。清々シイ気分ダ。サァ、ハジメヨウ。私ハ君に会エタコトニ、戦エルコトニ、コノ上ナイ喜ビヲカンジテイルヨ』」


 そう言葉を発している間にも、ソロモンの骨が少しずつ失われていく。恐らくこのまま放っていても彼は崩れ去り、肉体は失われて魔力が霧散し、消滅するだろう。


「そう・・・構えなさい。せめて全力で戦ってあげるわ」


 何が彼をそうさせているのかは知らない。ならばいっそ、今は、戦士として送ってやろう。今の彼からは狂気も、悪意も感じない。どす黒い魔力は失われ、全て戦うための意志を込められたような赤い霧の魔力へと変貌した。


「『ユクゾ』」


「来い」


 この戦いで初めて両手剣を正眼に構える。


 一瞬、そう一瞬でソロモンが踏み込んで私の剣を弾き、残ったもう一本で私の左肩を突き刺した。迅い。視えなかった。


 しかもこの剣・・・!


「『呪イノ魔剣ダ。タダデハ済マナイ』」


「その、ようね!」


 左腕が動かない。神癒魔法も効かない。どうするか? こうしようか。


 距離を取りつつ、背中の空間魔法の扉に飛び込む。更に後ろに飛んだ私は、稼いだ距離の間に左肩に右手を置き、ディストーションを放った。


 塵となった鎖骨から左側。痛みはない。痛みが無いのがマズい。神癒魔法で再生しつつ、落ちた黒い左手をマジックバングルに収納した。まだ再生が終わらない。


「『良イ覚悟ダ』」


 迅い、また同じパターンでやられる。防ぎきれない、空間魔法で相手の剣を取り込み、右手の一刀で骸骨魔王を切りつける。だが、竜輝光であっても傷がつかなかった。こっちの攻撃は通らないらしい。


「『ガッ!?』」


 ならば、相手の攻撃は相手に通るか? 答えはイエスだ。稼いだ時間で空間魔法の出先を相手の背中に出して、そこから相手が振った剣の刃先が魔王ソロモンの背中を切りつける。脊髄を一刀両断だ。


「どうかな・・・」


「『フム・・・デハ、コウシヨウカ』」


 言うや否や、ソロモンの全身から赤い霧が広がり、それが触れた部分から私の空間魔法、ゴーレム、デーモンも全てが消えていく。


「構築した魔法が・・・魔法破壊か!」


「『聡イナ。流石ハ見ツケシモノダ』」


 言葉の意味を考えるのは後だ。左腕の再生は終わった。ここからは純粋な武術の勝負になる。互いに剣を構え、同時に踏み込んだ。何度も刃を交える事は出来ない。一瞬で決める。


「キィェッ!」


「『アァァ!』」


 猿のような声を出す聖女と、空間を振動させる咆哮をあげる魔王。私の中の知識で猿叫というものがある。所謂、発声で脳のリミッターを外す類のものだが、ギリギリの攻防であるほど効果は高い。僅かな差で勝敗を分ける場合にこそ重要になる。


 まぁ、だからと言ってギリギリの戦いがそうある訳でもない。この一刀のような機会など。


「そうそう、無い、よね」


 腹に刺さる赤黒い魔剣。もう一本はどこかへ飛んでいった。その一本が遠くで地面に突き刺さる音と共に、目の前でガシャリと骨が散らばる音が聞こえた。


「『ソ、ウ、ダナ。ヨキ、タタカイ、ダッタ。ソウダナ?』」


 魔王ソロモンの体は私の剣を袈裟懸けに受けて胴体が両腕と共に斜めに切断されている。もう、放っておけば塵へと還るだろう。


「そうね・・・あなたを裏切ったのは誰?」


「・・・もう、終わった事だ。そうだな?」


 やけにハッキリした声が響き、魔王ソロモンは魔力と共に塵へと還った。


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