060
水龍を倒した件は何も話していなかったので、水龍の素材で水中船を作るには人目に付かない方が良いかもしれない。一応、我が国の最先端技術になる訳だし、おいそれと知られて良いものじゃない。
「到着っと」
世界樹の根を埋めた空間に辿り着き、適当に埋めた土で工廠を作り出す。モリモリと壁が金属に変わり、一部が上下左右にゴーレムアームへと変化していく。作業用ゴーレムも追加で作って、余った土は除去したら完成だ。
「潜水艦3分クッキング~!」
テレテッテ、テテテ、テレテッテ、テテテ、テテテテテテテテ、テッテッテ。
「タラタッタトタッタ、タラトッタトタッタ、ふんふんふんふん、ふふふふふ~ん」
ワタシって本当に前世のエピソード記憶が無いのだろうか。それとも知識として知っておくべき曲なのだろうか。まぁどうでも良いな。
鼻歌を歌いながら朝から夕方まで、ゴリゴリギャリギャリガンガンガンと私とゴーレムたちが動き回ると、素材の加工から組み立てまで終わってしまった。水密性を上げるために各所に水龍の肉をオレイカルコスと合成して金属肉に変化させれば問題無し。ちなみに肉はサシが多くて美味かった。牛肉かな?
あとは所定の位置に竜核を・・・やっぱりブラウより小さいな。シャルルと同じくらいだろうか。体は大きかったのになぁ。幼い子が産まれそうだな~。
カシュンと操縦席の足元に埋め込むと、仙力を流し込む。うん、生きてる。反応は無いけど、間違いなく生きてる。
「じゃ、また明日ね」
ペチペチと竜核を叩いてお別れを言う。世界樹の根に取り込まれたりしないだろうか・・・大丈夫かな。一応心配だから工廠全体を金属の膜で覆っておこう。あの寄生植物はキリシアに改造されたと言っても何をするか分からない怖さがある。
再び桟橋に戻ったときには光魔法で姿を消していたので、今度は水夫たちが愕然とすることは無なかった。平和が一番です。
夕飯をダンエル一家と共にすると、御爺様から国境越えについてお知らせ。もう通れるのだろうか?
「残念だが、公国が終戦直後とあって、許可が下りなかった。少なくとも10年は様子を見るという事だ。まともな国交など殆ど無いものでな。おまけに6000メートル級の山脈を超えねばならん。国境守備隊も素性がハッキリしないものを通すわけにはいかないのだそうだ」
6000メートル程度なら余裕で超えられるな。
「ハッキリした素性が在っても通してくれなさそうな雰囲気ですね」
「だろうな。公国と王国の戦争に極力関わりたくないというのが本音だろう。済まないが評議国への申請には時間が掛かる。そちらからのルートになると思っていてくれ給え」
分かりました、と回答するとダンエルがにこやかに頷いた。ゴーレムの監視でダンエルの策だというのは解っているが、私としても弟子二人が一人前になるまで離れるつもりは無いし、潜水艦の工事もあるから丁度いい。
空中にばら撒いたゴーレムも順次拡大を続けているから、周辺の町や村なども把握してきている。この調子で広めていけば、あと3ヶ月で公国の空に広げておいたゴーレムと接続できるから、実家との連絡も取れるだろう。
ゴーレムネットワーク次第だな。
「あの!」
オルディス少年がガタッと立ち上がり熱のこもった目で私を見る。
「先生は王国に向けて旅立ってしまうんですよね」
「少なくとも一年以内には出立するわね」
死の宣告でも受けたような顔をするなよ。しばし考えた後でオルディス少年が決心したのか口を開いた。何となく予想は付くけど、止めた方が良いと思うなぁ。
「僕もついて行っていいでしょうか。王国に、僕も連れて行って下さい」
「オルディス。お前は何を言っているのだ」
ダンエルが冷静に問い詰めると歯を食いしばった少年が渾身の言葉をひねり出す。
「ぼくは先生が好きだ! 先生と添い遂げたいんです! 先生が居なくなってしまうなら、ぼくは先生の後を追って家を出ます!」
それは少年の自由かもしれないし、私にとっては問題ないけれど、少年とダンエルの家族にとってはどうでも良い話ではないでしょうに。
「お前はコーラーファルト家を捨てると、そう言いたいのだな?」
「・・・欲を言えば先生とこの家で共に暮らしたいと考えています。先生を妻として迎えたい。けれど、先生には家族が居るから、その家族も一緒に連れて来たい」
無茶苦茶言ってるなコイツ。私と私の家族の意思は無視か。
「そう。でも私は今のところ愛する男性が居るし、あなたを愛する予定は無い。エルフと違って王国では一夫一妻で夫婦が成り立つのよ」
エルフは一夫多妻が常識。種族の特性なのか分からないけれど、妊娠率が低く、子供の数が少ない為、強い雄を残すためにも、多くの女に子供を産ませるのが一般的らしい。
「だからこの国に来てもらえれば、家族とも共に」
「私の夫はどうするつもりなのかな」
「け、決闘で勝利して、先生を諦めてもらう!」
この子は何を言っているのだろう。無表情で相対する。
「それは無理ね。ドラゴンの成体を倒す私の夫にどうやって勝つのかな?」
「な・・・」
ギルマスを除けば国内最強の男だぞ。駆け出し魔法使いのチンチクリンが勝てるつもりでいるのか。それとも私が囲ってる男だとでも考えているのだろうか。
「それ以前にあなたは私の気持ちを微塵も考えていないわね。そんな、お子様思考をする男に私が惚れるとでも?」
「う・・・僕はただ、先生が・・・」
「あなた、自分のことしか考えていないのね。お爺様の事も、遠方に居る父親の事も、亡くなった母親の実家の事も、この領地の事も、大切なお姉さまの事も、全て捨てて自分のことしか考えていないのね?」
「そんなことないっ! 全部うまくいけばきっと!」
笑える。この期に及んで「何もかもきっとうまくいく」と甘い考えで行動しようとしているのか。こんなのが次期領主とはダンエルも頭が痛いだろうな。
チラリとダンエルと見ると頭を抱えていた。
「私はコレの再教育をするつもりはありませんよ」
「・・・分かっておる。恩には報いる。急ぎ、評議国への国境通過許可証を入手しよう」
「お爺様!」
煩いぞ少年。それ以上は自分の首を絞めるだけだ。
「来週には首都マギカギヌスに同行して頂きたい。そこで最終的な審査が行われるだろう。審査が通れば直ぐに許可証が発行されるように手を尽くそう」
「よろしくお願いします」
後はもう、オルディス少年の喚きをBGMにしながら、夕食を淡々と頂いた。姉のユベアラは何か言いたげだったが、ダンエルの目があるせいか何も発言しなかった。
◇◇
翌日からはオルディス少年が訓練に参加する事は無かった。途中で放り出すとは根性無しな男だ。その程度にしか想われていない事に情けない印象が拭えない。
「もう少し気概のある人間だと思ったのだけどね。薄っぺらな人間が扱う魔法は、やはり薄っぺらにしか成り得ない。剣もそう。形ばかり整った、心のこもっていない技術など、お遊びにしか成り得ない。ユベアラもよく覚えておいた方が良いわ」
「はい・・・昨日は弟が申し訳ありません」
別にあなたが謝ってもね。意味なんて無いでしょうに。
「残念です」
ただただ、残念な奴だった。軽く愛を語る事に軽蔑する。世情を知っている癖に子供の考えのままだと言う事にも嫌気が差す。
朝の訓練を終えて再び湖底の工廠で作業を続ける。自身の肉体であると認識できるだけの船体を作っただけだったので、思い付きで色々と外部パーツを取り付けていく。ヒレの追加、装甲の追加、推進装置の追加、魔導兵装の追加、室内設備の追加、超小型随伴艦の作成等々・・・・・・首都に向かうまで作業に集中した。
首都に向かえばそのまま評議国に向かう事になるので、出発前に冒険者ギルドに顔を出しておく事にした。水龍の件を話しておかないとね。
「どうも」
「あ。―――水龍の。無事だったんですね・・・如何でしたか?」
一瞬私を見て驚かれたけれど、直ぐに要件を察したようだ。
「討伐が終わったから、報告に来た。討伐証明として水龍を訓練場に出したほうが良いよね」
「そうですね、お話通りなら解体場に入らないでしょうし」
「んじゃ案内お願いね」
「はい」
勝手にやると余計な騒ぎになるので、マジックバッグを持っているという体で話をギルド支部長に通してもらった。解体場から人を集めてシートを敷いてもらうと、訓練場の準備が整う。まるで巨大市場の解体施設のようになったな。
「それじゃ出してくれ!」
「はーい」
一番小さい個体の500メートル前後位のを出す。竜核は無かったので特に解体処理はしていない。
ドチャリとシートの上で頭から尻尾まで出すと、解体担当者たちが群がってくる。
「こりゃスゲエな。本当に一人で討伐したのか?」
「何ならこの場で私一人で解体してあげようか?」
「ほう、やれるんならやって良いぞ」
じゃあ、やっちゃうか。数十体のゴーレムを土魔法で出して宙に浮かせると、水龍を金属線で持ち上げて腹を割き、内臓を水魔法で作った水球に収めていく。血をガラス容器に入れていき、革、肉、神経、骨、魔石と解体していくと15分ほどで片付いた。
「ハイどうぞ」
支部長にそう言うと、彼はズラリと並んだガラス容器の数々を見渡した。
「この容器も自作したのか?」
「目の前で作って見せたけど・・・分からなかった?」
「あ、いや、確認しただけだ」
素材はすべて売却し、魔導国の黒貨で支払われた。一枚で屋敷が建つらしいそれを300枚ほどだ。商業ギルドらしき人の責任者が来ていたので、分担して買い取りを行ってもらった。
「やっぱり普通じゃないね! アンタ、ウチに来る気は無いのかい?」
黒貨の入った袋を受け取るとドラゴ族のアネキが支払い所に近付いてきた。
「もうこの街を出てしまうし、もう少ししたら祖国に帰るわ。これから評議国に向かうつもりだから、一緒には行けないよ」
「へぇ、態々国境越えなんて考えるとは、海越えかい。死ぬかもしれないってのに、よくやるねぇ。あんた、評議国の人間だったのかい?」
「違うよ、王国の人間。大森林で世界樹の周りをウロウロしてたら魔導国まで来ちゃってさ。この国を覆う結界のせいでお手軽には帰れないのよね」
なんだそりゃ? と首を傾げたアネキは、どうやら結界について認識が無いらしい。ちょっと話を聞いたほうが良いな。
「ねぇ、お昼奢るから、少し話を聞いても良い?」
「ああ、良いぜ。あんたの話は色々と面白そうだ」
聴きたいのはコチラなんですけどね。ギルド直営の隣接した酒場に移ると、既に色んな冒険者たちがガヤガヤやっていた。
「マスター! 奥の部屋借りるよ!」
「先に注文だ馬鹿垂れ!」
「いつもの10人前!」
「あいよ!」
アネキの仲間を含めて4人しかいないんだけどね。
私と、アネキ、仲間のローブ姿のエルフ女、大斧を背負ったドラグ男の4人だ。その二人もステータスは高い。レベル100越えがアネキのチームに入る条件なのかな。
「それで? 何が聞きたいんだ」
「この国には元素魔法を封じる結界があるのだけれど、それって一般的には知られていないようね。その証拠にアネキはそれを知らなかったように見えたし」
「それだ。さっきも言ってたが結界てのは何の事だ」
やっぱり知らんのか。隣のエルフ女に目配せすると彼女も頭を捻っていた。
「私もぉ・・・知らないわねぇ。そもそも、元素魔法ぉ? というのも、聞いた事が無いわねぇ」
何かフニャフニャ喋る人だな。
「封印されてたら知りようが無いと思うけど・・・4属性の上位魔法だよ。最上位の空間魔法を発動できるから、私としては問題ない。でも、回復魔法の上位、治癒魔法まで封印されているのは何でだか知らないかな?」
やはりエルフ女も知らなかったし、アネキとドラゴ男も知らなかった。こうなると封印を仕掛けたのはメギアの可能性が出て来るな。あの魔神スキルとやらで何かをしたのかもしれないし、この国を狙う何者かが結界を施したのかもしれない。
「結界の特徴として結界範囲はこの国の中心から円を描いて広がっているように感じる。事実、大森林の中ではこの国に近い場所でも元素魔法を扱えていたからね。そうなると・・・・・」
「おい! ちょっとまて! この国の中心地ってのぁ、首都マギカギヌスじゃねえのか!? 首都の連中が魔法の発動を封印してるっておかしいだろ!」
そうだよね。自国の上位魔法を封じてるって、魔物に殺されてくださいって国民に言ってるようなものだよ。それを首都の人間がやってるというのは違和感しかない。
「だから何者かがこの国を狙っているとしたら、と言ったでしょう。首都で国政をしている人間ではなく、それに成りすました者か、地下に潜った謎組織でも居るんじゃないかな。ひっそりと陰からこの国を攻め落とすための下準備として、結界を張ったとしたら・・・・・この国は恐ろしい状態にあると思うよ」
ところで、このドラグ男さん無口だな。何もしゃべらないぞ。
「この国は1000年に一度、魔物に滅ぼされてるって伝説がある。実際に生き残った爺様方がそう伝えたって話だからな。魔の森の魔物の強さを考えても事実だと思うぜ。だとしたら、俺たちを確実に魔物に食わせようとしている誰かが居るって事か?」
アネキの考えは鋭いな。私が思い当たるのはメギアだ。アレが魔物の意思統制を出来るのならば、森の魔物を全て平原に放つことは造作もない。そうするだけで大量の命を奪える。
「魔物の氾濫・・・世界樹・・・魔の森・・・定期的な滅亡・・・メギア・・・アイツの目的は強者の取り込み。つまりは経験値とする事。それによるレベルアップという成長をして、新たな世界樹を芽吹かせる、か?」
ブツブツと私が考えを巡らせていると、扉が開いて料理がワゴンで運ばれてきた。おお、肉と肉と、そして肉! 気持ち野菜! これだよアネキ! これが食いたかったんだ!
「まぁ、こまけえ事は食ってから考えようぜ!」
「そうね、いただきます!」
骨付き肉に齧り付くと、ミシリと音を立てて骨ごと粉砕した。うめぇ。
「おいおいおい・・・どうなってんだアンタの顎は、そいつの蛇肉は相当硬いぜ?」
「アネキなら行けるでしょ。闘気で噛み砕くのよ。やってみなさい」
ゲシリと骨を食い千切ると、私の小さな口に収まっていく。アネキも闘気を纏って獰猛な歯でミシャリと音を立てて食いちぎった。
「食うのも戦いって感じだな」
「生きる事自体が戦いヨ」
へっ、と軽く笑いながら食べるアネキと、黙々と蛇肉を骨ごと粉砕していく私を見て、エルフ女はポカーンとしていた。その野菜貰って良い? ドラゴ男は黙々と肉を咀嚼している。淡々と美味そうに食うなぁ。
「野菜取ってください」
「あ、はい」
今度はお行儀よく細々と野菜を口に運んでいくと、さっきまでのは何だったんだと言いたげな目でエルフ女に見られている。その唖然とした口に野菜スティックを突っ込んであげるとモムモムポリポリと食べ始めた。可愛いなこの子。
「お持ち帰りしたいくらい可愛いね、この子」
「うちのエースなんだ、やめな」
「ちぇっ」
アネキにジト目で怒られてしまった。
「あんたって両刀なのかい?」
「女同士は御免かな。これでも夫と子供が居るので、早く帰って夫と子作りしたいです」
「あんたは貞操観念がどっかズレて無いかねぇ」
「愛に正直なだけなので、誰とでも寝る訳じゃないよ」
エルフの男は誰とでも寝るけどね、と嫌そうな顔をしてムシャリと肉に齧り付くアネキ。やっぱりこの国のエルフは女の敵か。
「エルフの男って相当、嫌われてるみたいね」
「偉そうなだけで貧弱で金もないアホばっかりだよ。伝説の聖者ソロモン様もエルフの男だったっていう話だ。貞淑な男だったというけれど、本当かどうか怪しくなるってもんだ」
「へぇ~、そんなのが居たんだ。その人は仙人になって今も生きてるとか、そういう話は無いの?」
聖者ソロモンねぇ。ユベアラちゃんとの雑談に少し出てきたな。
「いや、寿命で死んだって話だ。今でもその子孫が首都に居るらしいぜ」
聖者なら神癒魔法を使えたって事だから、それを覚えるためには治癒魔法の修練が必要だ。という事はその当時はこの結界が無かったことになる。
「その伝説の聖者様っていつごろまで生きてたの?」
「たしか、400年前じゃなかったか」
「320年前ですねぇ」
アネキはそういうところが適当なようだ。エルフ女に訂正されていた。
「つまり・・・320年前には、治癒魔法は使えたって事だ。聖者は神癒魔法を扱える。そして神癒魔法は治癒魔法を始めとした回復系統の最上位魔法」
「あ。という事はぁ、まだ結界が無かったぁ、という事ですよねぇ」
「察しが良いね。ここ2~300年で結界が張られたのは間違いなさそうだ」
「やっぱりこの土地に最初からあった訳じゃなかったって事ですねぇ」
それなら話は簡単だったんだけどね。これで誰かの思惑の結果、結界が張られたと確定した。あとはそいつを見つけ出せば、結界を破壊してサヨナラできるかもしれない。
「首都に行くついでに探してみるよ。そしたら貴女も治癒魔法を使えるだろうからね」
「あらぁ? どうして私が回復魔法使いだって分かったんですかぁ」
「これでも仙人だからね。仙人の目は全てを見通す、なんてね」
「はぁ・・・怖いひとですねぇ」
ぽやんとしたエルフ女は野菜スープをこくりと飲んだ。嚥下したそれを見ると、胸に目が行ってしまう。この子、エルフなのに胸がデカいな。
「情報料代わりに良い事を教えてあげましょう」
「なんだい?」
「ここの次期領主のオルディスは巨乳好き」
エルフ女の特定部位を指さしながら伝えると、持っていたスプーンを落として彼女は両手で胸を隠した。顔真っ赤だな。
「でも、どうせボンクラ野郎だろ?」
「ただの自己中心的な男だったよ」
「じゃあ、ダメだな」
「警戒しておいてって情報だから、嫁にどうだって話じゃないよ」
「わかった、礼を言う」
ニヤリと笑みを返すと、エルフ女が張った肩ひじを下ろした。そんなに警戒しなくても良いじゃない。
そのまま夕方まで闘気や仙気、魔力制御の訓練法などについて彼らと語り合い、伯爵の城に帰った。やはり訓練にはユベアラ一人だけだった。どうも他の家庭教師の授業にも出てきていないらしい。失恋のショックで寝込む様な年じゃないだろうに。
いや、年は関係ないか。好意や愛情が受け入れられなかった時の辛さは、精神が成熟していないと年食っても耐えがたいものだろうな。
「大分良くなってきたね。後は放っておいても魔力制御の訓練を続けてさえいれば、腕は上がっていくよ。自信をもって続けていくと良い」
「はい、ありがとうございました」
何やら言いたげなユベアラを置いて風呂に向かうと、彼女は入ってこなかった。アレ以来、彼女も私と距離を置きたがるようになっている。ダンエルが速めに私を追い出したいと言った意思を感じたのだろうな。まぁ、そのような事をあの場で言ったのと同義だし、私はどちらでも構わない。ただ―――。
「部屋に閉じこもってる根暗に、一言だけ言ってから行くか」
浅い水嵩の薬湯風呂に入りながら、そんな事を呟いた。
◇◇
ダンエルから準備が整った旨を聞いて、翌日には出発した。ユベアラから丁寧な謝礼の言葉を頂き、代わりに卒業の証にと水龍の瞳と牙を使った杖を送った。泣いて喜んでいたし、無事に一人前となった事も有って私も嬉しい。いつか元素魔法までたどり着いて欲しいものである。
「随分と魔物が多いのね」
獣車に並走する鳥騎士達が、窓を開けて聞く私を見た。
「最近は首都に近付くほどに魔物が多く発生しているんです。首都に魔王でも生まれたんじゃないかって、噂してますよ」
魔王ね・・・メギアが追ってきたとかじゃないよな。窓の淵に肘を掛けながらボンヤリとしていると、また魔物が寄ってきた。
「散開っ!」
ブラストホッパーか。草原の掃除屋と言われるバッタが集まってきたようだ。彼らの手に負えない部分だけ風の弾で打ち抜くと、再び獣車が走り出した。
「相変わらず見事なものだ」
「コーラーファルト卿も出来るのでは?」
首都にはダンエルも当然同行する。あの二人は領地でお留守番だ。今も城でお勉強中のようだ。相変わらずユベアラだけだが。
結局、ドア越しにオルディス少年へ言葉を投げかけたが、特に返事は無かった。完全に引きこもりになってしまったようで、メイドが運んだ料理を食べるか風呂とトイレに出てくる以外は部屋に篭もっているらしい。
「風魔法は得意だが、そのように同時多段的な使い方はしておらぬよ。そこまで行くと広範囲に影響を及ぼす上位魔法を使う」
「あまり効率が良い魔法ではないと思いますが」
「エルフは皆そう習うのだよ。王国ではそなたのような魔法使いが多いのかね?」
「私は・・・少し特殊かもしれませんね。幼いころから僻地で工夫を重ねて、独自に修練を重ねていましたので、大きくなってから周りの人が使う魔法を見て、逆に疑問に思ったものです」
「どうして自分のように上手に使えないのか、かね」
少し違うかな。
「上手には使っていましたよ。ただ、パターンが少なすぎて、代表的な魔法しか使っていない事に不思議で仕方がありませんでした。どうして勿体ない使い方しかしないのだろう、と」
「勿体ないか・・・なるほど。そなたの魔法は、効率と状況による使い分けが的確過ぎる。一つ一つが最適化されていると感じるな。それを見せられてしまうと納得できる」
多分これは前世の知識が有るか無いかの違いでしかない。私よりセンスのいい魔導士、特にハイネさん等は魔法陣を使って、私以上の威力と精度を発揮していた。彼女もやはり一種の天才だと思う。
「私の魔法は平均的に効率よく強化しているだけです。何か一つに突出した使い手には敵いませんよ」
「それがどれだけいる事やら。十分に仙人として誇れるだけの力はあると思うがな」
それもどうなのだろうな。過去の仙人がどれだけだったのかは知らないが、私の力はスキルと知識による借り物と感じている部分が多い。努力以外で自分の力だと考えている所は割と少ない気がする。
「お褒め頂きまして有難う御座います」
「くっくっく、そういうところが普通の素人とは違い過ぎるわ。この国の素人はそなたのような教養を持つ者も殆ど居ない。ましてや仙人など伝説的と言って良い」
「だから奴隷も多いのでしょうね」
「それもそうだな。この国で素人と獣人は行き辛い。それでも魔導国に居るのは、大抵が評議国と公国から逃げて来た者達だ。昔から住んでいる者など殆ど居ない」
「越境者たちですか」
「そうだ。犯罪者だった者が殆どだが、他国で生きられない者が国境を超えて、態々奴隷になって生きる事を選択する。そうじゃない者は―――」
襲撃だ! とタイミングを計ったように盗賊が現れる。その全てが素人と獣人だ。獣車が矢で止められて、100人近い盗賊たちが周囲から近寄ってくる。
「こういう者達になる」
「世知辛いものですね」
生きる為に逃げて、戦って、首輪を着けられて死んでいく。そこには善悪の考えも、誰かを想う事も無い。ただ、生きるだけの為に、戦って、早々に死ぬ。そんな道を選ぶために何を諦めてきたのだろうか。
扉を開いて獣車の外に出ると、囲んだ盗賊たちが口笛を鳴らす。
「イイ女が乗ってるじゃねえか! おまけに素人だ。おめえら! 今夜は最高の宴になりそうだぜ!」
ヒャッハーと声を合わせて盛り上がる盗賊たちに、ヒラリと手を振るうと足場が崩れて彼らは埋まった。
「あとはお好きにどうぞ」
「あ、ああ、助かる」
首だけ地面から出た彼らに止めを刺していく鳥騎士達を尻目に、悠々と獣車に戻った。
「今のは?」
「ただの土魔法―――ではないですね。気配察知、高速反応、土魔法、並列制御、これらを同時使用した結果です」
「理屈は解っても全くできる気がせんな。これでも土魔法使いとしては、それなりに名が売れているのだが・・・」
周囲から盗賊たちの断末魔が消えると、再び獣車が走り出した。首都は今日中に着くだろう。上空からの監視で道中の邪魔者はもう居ない事が判明している。
「時にユリア殿」
なんだい改まって。首都に向かっているときに後出しのお願いとか止めてよ。ダンエルに眼を向けると真剣な眼差しで続きを語った。
「水龍の件について感謝する。出発前になって冒険者ギルドから報告が入ったのだが、一人で討伐したと聞かされて若干信じがたくてな。話を聞いていると疑いようがなくなった。ありがとう。あの街の住人として感謝する」
「別にいいですよ。私は冒険者ギルドから依頼料も貰っていますし、水龍の販売代金も頂いています。あのお金はコーラーファルト伯爵家から出ているのですし、あなたからの礼は不要でしょう」
「それでもだ。感謝しよう。お陰で船の上で生きる者達が路頭に迷う事が無くなった」
「それに魚料理が食べられないという事も無くなった」
「そういう事だ」
「どういたしまして」
満足そうにうなずくダンエルは嬉しそうだ。この人は本当に領主として立派なのだな。どこかの自己中ボンクラに爪の垢でも飲ませれば良いのに。
結局は愚痴を内心で吐露してしまった。窓から外を眺めていると、目の前に現れ始めた首都マギカギヌスの壁が近付いていた。紫色の壁が俄かに輝いている。あれは魔法防壁らしい。ドレイクの突進程度では崩れないように魔法で強化されているようだ。魔法レンガを使えば良いのでは? と思ったが、真実の瞳で見ても「ただのレンガ」としか解析できなかった。ただのレンガを使っているのは費用対効果の問題だろうか。
恙なく貴族用の門から入り、いつものオーブで種族検査を行うと、やはり白い色が珍しいので門番たちは慌てて確認し、ここでも掌返しの対応だった。
「この国に過去存在したという仙人に感謝ですね」
「聖者がそうだったと言われているな」
それも多分本当なんだろうけれど、その人は何処へ行ってしまったんだろうな。
「聖者は320年前に居たと聞きましたが、どうして仙人なのに今は生きていないのでしょうね。簡単に死ぬようなものだとは思えないのですが」
「解らぬ。どんな文献にも亡くなったとしか書かれておらん」
メギアに食われたか。それとも何か別の―――。
エルフが多く歩いている街並みを眺めると、人口が多いのに喧騒が少ない事に侘しさを感じる。伯爵の街ではドラゴ族が多かったからだろうか。喧嘩も、売り込みで叫ぶ者も、奴隷に大声で指示を出す者も居ない。というより、楽し気に会話する者も少ない。
「静かですね」
「エルフとはそういう者が多い。私の街は周囲に感化されて、逆に静かな者は殆ど居ないがね」
クックックと笑うダンエルが一番この街で煩そうだ。彼のように大声で孫を叱る者など珍しいのかもしれない。
通りを幾つもの獣車が行き交い、二階建ての商店が並ぶ店の前で止まる。出入り口から出てきたのはケープを羽織った女性や、ローブ姿の男性ばかり。偶に冒険者らしいザックを背負っている者も居るが、杖を片手にしている者が多く、剣を佩いている者は少ない。重量武器を装備しているものの方が珍しい。窓から人々の姿を眺めながら、再び流れ始めた景色を楽しんだ。
城の前を横切り、少し大きな施設に止まると、その中に入る。どうやら大使館のような建物で、中には獣人が居た。獣人は血が濃いほど顔が獣寄りになる。この人は獣寄りだな。ダンエルが言うには血が濃い獣人の方が強く、そして落ち着いた者が多いそうな。逆に人間に近い顔をした獣人の方が、弱くて精神が不安定なものが多いらしい。人間に近い方が獣性が強くなるのか? 良く分からないな。
「ようこそ、お出で下さいました。コーラーファルト卿。ご依頼の物は用意できておりますが、最終確認の為、こちらの部屋でお待ちください」
パンパンと手を叩いた係員が使用人のような職員に指示を出すと、部屋に案内された。白い壁と黒系でまとめたシックな家具。床も天井も白いから落ち着かない。やがて来た職員の手にはギルドカードを作る時のような、血を付けてカードに情報登録をする魔導具だった。
この魔導具、どこにでもあるな。王国製より大型だけど、仕組みは全く同じだ。こういった物もギルドのシステムと一緒に、情報だけ渡されて勝手に作ってどうぞ、という形でここに存在しているのだろうか。
「ありがとうございます。これで最終確認と登録が完了しました」
魔導具には指を差し入れる部分があって、そこでチクリとされる。情報をカードにインストールして完成という事か。恐らくこれも鑑定の魔導具のような仕組みだし、カードには本名が出ているだろう。
「ユリアネージュ? これはユリアの本名かね?」
「ええ」
指先に回復魔法を施してお茶を受け取る。緑茶? だろうか。薬草茶だ。
「ふむ・・・受け取り給え。これを国境守備隊に見せれば、問題なく通過できるはずだ」
「特に聞かないのですか?」
「そなたはユリアという名の旅人で、優秀な冒険者で、私の命の恩人だ。それで問題あるまい?」
「そうですね。では、ひとつ恩人の頼みをもう一つしても良いですか?」
カードをダンエルから受け取り、それを懐に仕舞う。何かな? と耳を傾けたダンエルはこれで約束が果たせたと感無量な顔だ。
「あの塔、首都に入ってから不思議だったのですが、機能不全に陥っているように思えます。このまま去るのは後味が悪いものですから、一度調べさせて頂いても宜しいでしょうか」
「・・・・・何?」
大使館の窓から見える、青い塔。街を守る結界のようなモノを発しているが、間違いなくあれがこの国の魔法妨害装置だ。同時に街の結界を維持している装置でもあり、周囲から魔物を呼び寄せる闇魔法が発動している。
「あれは街の防壁を維持している結界の役目だけではなく、それ以外の効果もあるようです。まるで何者かに細工されたように、歪な魔力波長を流しています」
ゆっくりと立ち上がったダンエルが窓に近付き、塔を凝視している。
「発動体は地下にあるようですが、その“何か”は早めに解除したほうが良いですよ。誰が意図的に仕込んだのかは分かりませんが」
ズズズと薬草茶を飲むと、疲労が取れる感じがする。
「それは真実かね?」
「これから魔導国を出ようとする人間が、そんなウソを言って何になりますか」
「何故わかるのだ?」
「仙人の目は誤魔化せません」
イイ笑顔を見せてそう言ったけど、実際は真実の瞳のお陰なので大ウソです。
「ユリア殿」
縋るような目で見ないでよ。それ以上は別料金ですよ。
「お高いですよ?」
「報奨金なら払おう。指名依頼という事で冒険者を雇った事にしても良い」
「お金の問題じゃないんですけどね」
「何を望む?」
ギシリと私の対面のソファに座ったダンエルが睨む。大使館の職員はオロオロと私とダンエルを見比べているが、あなたの出番ではないし、そもそも此処から出た方が良いと思うけど。
「我が国と、公国を通じて正式に国交を結んでもらいましょうか」
「巨大な山脈を二つも超えてか? 障害が大きすぎる。それとも、それを超えてでも国交を結ぶ利益があるとでも言うのかね」
ありますよ。別大陸に蔓延る世界樹の種子を叩き潰すという利益が。
「いずれ世界樹はその役目を終え、山脈を支える根は消えるでしょう。その事前準備に協力してもらいたいのですよ。それを怠ると、この大陸にすむ人々が全滅しかねませんからね」
「何を言っているのだ? あの神樹が消えるとでも?」
「あれには寄生虫が居ますので、どうしても処理しておきたいんです。放っておくと、何度も何度も文明を壊されてしまう」
カチャ、と薬草茶のカップを取ると、最後の一口を飲む。
「その前に、正しい知識を広めておきたいものですから。国家の通達として教えておきたいんですよ」
私一人がメギアは危険物だから~、と騒いだところで内部の機械防衛魔物たちが大人しくなるわけでもない。奴らを滅ぼすには、いつまで経っても他大陸に到達しないキリシアの世界樹を枯らして壁を取り払い、殲滅し、大樹を失った種子を滅ぼすといった手順の一環として行う必要があるだろう。
そして他大陸の世界樹の種子を私が片付ける。それだけの知識はあの噴水で得ている。永い戦いになるかもしれない。それでもやらないと、息子に妙なものを残すわけにはいかない。多分、あの子は戦いに向いていない。
「言っておきますが、このまま放置するとこの国も、他の国も、神樹に寄生している魔神に滅ぼされますよ。これまでのように」
それを防ぎたいのなら公国や評議国と共に、エステラード王国に協力をお願いします。そう言うとダンエルは黙った。呻って数分してから彼は立ち上がり、窓際に立つ。
「私個人では判断できん。それに、あの塔にそんなものがあるというのなら調べねばならん。調査した上で、そなたの言葉を信じよう。だが、正式に王国と国交を結ぶかどうかは陛下が決める事だ。私ではない」
それにそなたが王国の人間だとしても、それを決められる程の立場にあるのか? と聞かれたが、私は王権代理だそうなので、それを証明する物も陛下から受け取っている。
「それでいいと思いますよ。聞く気があるのなら、お伝えしたようにお願いします。あまり時間もありませんので、しばらくしたら私は出立しますが」
自分でティーセットからポットを取って、カップに注ぐ。再び香りを楽しみ口に運ぶと、やはり疲労が消える。この薬草って実家に生えてるのと同じだよな。懐かしいな。
「私の屋敷に向かう。その間、魔法師隊に塔を調べるように指示を出して来よう。私の私兵も動かそう」
「私兵は止めた方が良いのでは? 陛下とやらに疑われますよ」
「ぐぬ・・・だが、南方守護役として軍部での実権は握っておる。調査を行うこと自体には問題ない」
魔術師隊というのを動かせる権限はあるらしい。
「では参りましょうか。私は暫く閣下のお屋敷で待ちましょう」
「そうして頂きたい」
その後、直ぐに獣車が伯爵家の別邸に到着して滞在させてもらった。




