006
最近は良く3人で朝食を摂る。私が寝坊しなくなったから。
開拓村は想像以上に広いが、その人口は少ない。なんせ農地を拡げる人員が少なく、4年前に入植したアルトのような若者も少ない。なので私の同い年の子供はいるが、親世代で10代なのはブランだけらしい。周りの大人たちは30代20代が多く、村長も30代らしい。神官に至っては70台だと言うから驚きだ。
広い土地に幾つかの限定的な農地と家がポツポツと点在しているせいで、友達も居ないし作れるかどうか怪しい。年代がどうこうという話ですらないのかもしれない。ブランママのような若いママがいるだけでも村の大きな財産と言えるだろう。
そのブランママも最近妊娠が判明しているので、人口増加は順調かもしれないが、働き手は依然として少ない状態だ。今居る子供たちが成人の13歳になるまで、あと数年はかかるし、彼らも午前は神官様に勉強を教えてもらい、午後は家の手伝いで遊んでいる暇がないらしい。緑豊かな大自然は魔物の潜む凶器でしかないので、囲いの中でしか遊べないとか。中々世知辛い世界だ。
そう考えると我が家は裕福なのかもしれない。ブランママが豊富な獲物を手に入れてきてくれるし、商人とのやり取りも夫婦そろって特異なようだし、何より若くて将来的に子沢山になる可能性が高い。そして私が居るというのが一番大きな違いか。
この世界の人間は、10歳~12歳を超えたあたりで急激な成長期に入るらしく、男の子は特に成長痛に苦しむらしい。アルトパパが苦い顔で思い出し笑いをしていた。一年間で30センチから40センチも伸びるそうだ。そしてその時期に強烈な思春期を迎え、村を飛び出そうとしたとかしなかったとか。
「俺は長男だったし、弟たちの面倒も見なきゃいけないって思って踏みとどまったっけな」
「あたしは成人の儀が終わった翌日に出ていったね。毎日剣を振ってたのは何のためだ! って言ってさ。アルトにだけは出ていく事を教えてね」
ブランママは家出娘だったらしい。
「パパとママの住んでた村は何処にあるの?」
「もう無い。6年前に魔物に滅ぼされてしまった。ブランが出ていった直ぐ後でな。パパは隣村に使いに出てたから助かったが……」
「そうね」
少しだけ、二人の顔が沈む。ブランママも何てことないという顔をしているが、普段と微かに違う。後悔、だろうか。違う気がするな。何というか、ブランママは自分のやった事に対して誇りを持ってると思う。だから多分、悔しさとかは無いんじゃないかな。
ああ、でも、多分……アルトパパが死んでいたら、違ったのかもしれない。他の誰にも出ていく事を伝えていなかったって言ったし、多分、その当時からそういう関係だったんだろう。
アルトパパを見送って午前の訓練を熟した後で教会に向かった。歩いていくとそこそこ遠い。まだずっと遠くの平原に見える建物がそうらしい。辛うじて叢の隙間を縫うように続く道の向こうに見えた。
茶色いレンガ造りの……いや木造だな多分。建物の天辺に丸い銀色の飾りが見える。あれが教会の印らしい。丸の中に何かが描かれているが、気力制御で視力を強化しても大して変わらなかったので、模様の判別がつかなかった。
畑の横を歩いて村人と挨拶を交わしつつ向かう。アルトパパと同じく体の大きい人が多い。というか、他と比べて少し小さい人はみんな子供か。成人直後といった感じらしい。ブランママが色々と教えてくれる。
13歳にもなると殆ど大人に近い身長まで伸びるらしい。13歳で160センチの女性とかザラに居る。男性になると13歳なのに170センチ~180センチだそうだ。村の成人男性は2メートル越えが多い事を考えると、まだまだ成長途中なんだろう。
このように異世界の人間は体の成長が早く、そして大きくなりやすい。日本のように成人男性180センチで高い方だね、何ていう事は無い。逆に子ども扱いされる。
それでも畑を耕すには十分な戦力になる。未成年だろうと使わない手は無いのだ。
この騎士爵領には同じような開拓村が複数存在し、北の大森林に面していることから魔物の被害も多い。だから騎士が訓練を兼ねて大森林で狩りを行う事が多いらしいが、それでも間引きが足りず、以前に話題に上った魔物の氾濫などが発生しているらしい。
「ママみたいに強い人は他に居ないの?」
協会に向かう途中でそんな疑問をぶつけると、ブランが困り気味の顔で返事に窮した。
「……ママと同じくらいに強い人は、大きな町に行っちゃうから、騎士様も冒険者の人も、小さい村には来ないの」
「お仕事が無いから?」
「そうだよ。ユーリは賢いね」
う~ん、なでなで。それも当然の話か。冒険者は強ければ良い依頼に食いつくし、人が多いところの方が良い依頼も多いだろう。重要な役職者を守る為に騎士も大都会に集まる。ブランのような人は希少なのだろう。
そういった地方の窮状を救うために、教会の手が入り、苦境の中で教えを受け、心の支えとさせるために新たな信者を獲得と……中世ヨーロッパと同じだな。外見もなるほど、開拓村というだけはある。近づいてくる石造りの土台と木造の壁で作られた教会を眺めつつ、意外とボロボロだなと酷い感想を心中に押し込めた。
大き目の木造扉を前に、大きな取っ手を掴んだブランが引くと「ギギギィ」と西洋の屋敷でバイオがハザードしそうな音が教会内に響いた。
午前中は子供たちに勉強を教えていたらしく、お昼ご飯を食べた子供たちが教会の裏手で走り回っているのか声が聞こえてくる。
「これはブランネージュ殿。こんにちは。お子さんも一緒でどうなされたかな」
青いローブを着た綺麗に髭を切りそろえた白髪のお爺さんが現れた。映画俳優みたいにイケメンのお爺さんだな。古代遺跡とか探索してそう。扉が開いた音を耳にして書斎から出てきたようだ。
「こんにちは神官様。今日はこの子が教会に来たがっていたから、見せてあげようかと思って」
「ほぅ。ユリアネージュちゃん、だったかな。三年前の洗礼の儀が昨日のようじゃの。ほっほっほ」
洗礼は終わっていたらしい。
それより、人の良いお爺さんって感じだなー。目が優しくって取り繕っている感じが全くない。自然体でブランと私に接しているのが、体を纏うモヤモヤで良く分かる。ブランが怒ったり気まずいときは、異常なほどにユラユラするからな。
「こんにちは神官様。ユリアネージュです。今日は魔力制御が知りたくて会いに来ました」
子供らしからぬ挨拶の言い回しに驚いた顔をした老神官に対して、遠回しに言っても仕方ないので、直球で用件を伝える。こういう時に子供の見た目というのは武器になるな。
「……魔力制御を? ブランネージュ殿いったいこれは……?」
「じつは……」
ブランが事の成り行きを説明すると、私が気力制御を使える事に老神官は驚いていた。やはり3歳児で気力制御が出来る者は希少なようだ。
「こんな子供がおる……さすがは剣姫の娘と言いたいところじゃが……天才としか言えんのぅ……凄いのぅ」
「あの……魔力制御を……」
目玉が零れんばかりに見開いた老神官の目が私の高さに下がって迫ってくると、若干の恐怖を感じつつ魔力制御について辛うじて要望を出した。
「おお、すまんすまん。魔力制御じゃが、単純な物じゃよ。見えれば覚えられるし、見えなければ覚えられん……どうじゃ?」
そう言うと老神官は身の回りに紫色のモヤモヤをギュンギュンと巡らせた。これは……下腹部を起点として湧き出してきているのか? 全身に広がったそれは体内に入り、そして再び下腹部から湧き出している。全体の流れは気力制御と真逆だ。気力は胸に入り全身から湧き出す。
「はい。お腹の下から出てきて、色んなところに入って、またお腹の下から出てきています」
じーっとお爺さんの下腹部を注視していると、私の返答が違うのかと思い、顔を見上げてみたら驚いた顔をしていた。
「……たまげたわい……やはり天才かのぅ。そこまで明確に流れが見える者は稀じゃよ。ユリアちゃん、字は読めるかの?」
「あ、字はちょっと教え」
ブランママすまんっ。
「読めます!」
母親の言葉を遮った私の言を不審に思ったのか、老神官は手に持っていた聖書の表紙を私に見せて書いてある文字を皺だらけの手で指した。
「聖キリシア教本、第七版です」
ブランが驚いているのを無視し、老神官は表紙を捲った。私は最初のページに掛かれた女神の聖句を読み上げると、今度は老神官も驚いた。フリキア言語スキルを持っていれば誰でも読めるんじゃないのかな?
「ユリアネージュ殿。少し此処で待っていなさい」
ど、殿……?
「はい・・・?」
そう返事すると、老神官は書斎から2冊の本を持ってきて私に手渡した。ユリアちゃんからユリアネージュ殿になったぞ。
「それは子供たちに教えているのに使っている教科書じゃ。それともう一冊は、魔法教書じゃ。基本的な魔法が網羅されておる。使いなさい」
「え、でも……」
いやいやいや、この世界の本は異常な高値で取引される超高級品なんだけど、こんなもん持ち帰ったらアルトパパンが発狂しちゃうよ。
「持っていきなさい。君にこそ必要な物だ。その天賦の才を無駄にしてはいかん。君の才能を埋もれさせることは、キリシア教徒として許しがたい事じゃからのぅ」
ど、どういう事だろう。キリシア教の教義と私の才能の繋がりが良く分からない……。困ったのでブランママンを見上げると。優しく微笑みかけてくれた。ブランは今の内容で何かを納得したらしく老神官にお辞儀をした。
「この子の母親としてお礼申し上げます。必ずこの子の役に立たせて見せますね」
「そうある事を願う」
その一言を最後に、老神官は書斎へと戻っていった。一体何だったの?
一緒に貰った紐で2冊の本をまとめた。片方のみんなに教えているという教科書は薄いが、魔法教書はとんでもなく分厚い。しかもブランママも持ってる羊皮紙ではなくて、植物紙の薄く高級な奴だそうだ。ブランママから乾いた笑いが出ていた。
本を両手で抱えるように胸に抱き、家路を歩く。
「まさか魔法の才能もあるとはねぇ……、私は使えないから、アルトの家系なのかな」
へぇ、魔法の才能って遺伝するんだ。
「分かんないけど、使えないより使える方が便利じゃないの?」
「それもそうだね。難しく考える事も無いか」
「そうだよ」
「だな!」
帰り道でブランに肩車をしてもらい、初めて叢の向こう側を見る事が出来た。思った以上にこの村は広い。緑の草原が延々と続き、遥か南には薄っすらと白く霞んで山脈が見えた。西には遠くの方に、しかしハッキリと森が見える。東も同じだったが、あっちには滅んだ村があるのだろう。北はすぐ近くが大森林だ。10キロも離れていない。
途中で材木になりそうな木の枝をブランママに切り取ってもらい、家で自分用のコップを作るのに腐心した。魔法教書は明日だ明日。まずは食器!




