053
二年生に上がってすぐ、回復魔法LV10に到達し、上位の治癒魔法LV1が生えていた。一般的に治癒院とはこの魔法を覚えた人だけが就職できるエリート集団だ。ただ、例によって自称上級国民様が多いので、治癒院を利用するのは固定職に就いた稼ぎの良い平民以上が専らである。
「・・・出来た。ミドルリジェネレート」
「は!? えぇ!? なんでもう治癒魔法使えてるのユーリ!」
アルエットはこういう時の声が良く響く。
お陰でAクラスのメンツに知れ渡ってしまったじゃないか。
「くそっ、あんな下民に出来てどうして俺が・・・」
「どうして、どうして、どうして、どうして」
「もう少しの筈なんだっ、どうして僕のは発動しないんだっ」
「わたしも絶対できる筈なのに、まだまだレベルをあげに行かないと、課外授業を増やしてもらうようにパパに言わないと・・・」
う~ん流石Aクラス。
さて、この治癒魔法だが、一般的には再生魔法と呼ばれている。
回復魔法は止血や傷口を癒して留めるだけなので傷跡が残りやすい。これは大きなけがをしたときに、傷を受ける前と比べて見た目にも違和感が出てしまう。勲章だという人も居るけど、本人は結構辛い。女性なら猶更だ。
対して治癒魔法は切断した部位を再生させ、失った血も取り戻してくれる為、大量の魔力を消費する代わりに見た目も綺麗に直してくれるという利点がある。
そして最上級の神癒魔法。これはまさしく神の御業で、不治の病を治したり、死の淵から甦らせたり、街一つを覆うような大規模治癒魔法を扱えたりと、奇跡のバーゲンセールのような魔法だ。これと光魔法を持つ者を世の中では聖者や聖女と呼ぶらしい。
「神癒魔法は治癒魔法を究めれば覚えられるのかな?」
「えっとぉ・・・流石に私も知らないかな。だって伝説の魔法って言われてるし、現代でも使い手が居ないらしいよ? 辛うじて教会と冒険者ギルドで記録が残っているだけで、神様みたいな人が実在はしたけれど、それって実は女神様だったんじゃないかって話もあるもの」
つまり聖女はキリシア。間違いないと。キリシアが男だったバージョンもあるのか・・・・・・あれ、この場合のパターンだと、うちの息子が聖者?
「じゃあとりあえず治癒魔法の教書・・・これ、・・・っと、これもね」
図書室の魔法教書を二人で漁って、転写魔導具を使って我が社の魔法紙に移していく。転写魔導具でコピーすると期限付きでページを複写できるので、こういった場合には助かる。持ち帰って息子にも見せているので、こっそり本洗礼と同じ儀式を受けさせたら1歳でも覚えられるのかしらとワクワクしている。
多分だけど、回復魔法系統の習得条件は「魔力が込められた教本を呼んだことがある」「本洗礼を受けた事がある」「魔力制御保持者」の三つだと思われる。治癒魔法はここに下位スキルと魔力制御のレベル下限が加わる感じかな。
最後の神癒魔法は光魔法や元素魔法とか色々必要な気がする。いや称号も含まれるかな。色々と試すしかないかな。
せっせとコピーしながら本を作り、アルエットと私の分の二冊を作り出して撤収。目的外でコピーすると教会に目を付けられるので、コピー魔法以外で持ち出した場合には教会に追われる事になる。
「―――輝ける聖名の元に失われし聖餐を捧げる。帰られよ、ミドルリジェネレート」
アルエットが杖に魔力を込めて詠唱を行うが、特に何も発動しなかった。
「やっぱりまだ回復魔法LVが足りないのかな? 先生に鑑定してもらった先月にはLV7だったから、もうすぐ使えると思ったんだけどなぁ」
「いや、LV10にならないと治癒魔法LV1が覚えられないから、まずはそっちを鍛えようよ」
むぅ、と怒ったふりをするアルエットを余所に、私は治癒魔法の訓練を繰り返す。この神学校は先に進める生徒は先に進むべき、という考えがあるので、覚えた魔法と鍛えた魔法LVがあれば、いくらでも先に進めてよいという考えがある。その為のAクラスらしいが、大抵の者は二年度に入ると成長速度が落ち、段々と停滞してBクラス行きだそうだ。
つまり此処に居る12名は地力があった上で、今も伸びしろがあるという面々だ。
「ユーリはそのまま治癒魔法を鍛えてろ。お前はもう俺から教えてやれることが無いからな。俺も治癒魔法LV1止まりだから、お前に教師をやってほしいくらいだ」
「絶対にお断りします」
また教師とか止めてくれ。
「他の奴らは両手で別々の回復魔法を使え。毒の治療と麻痺の治療を同時に熟してみろ。あそこで治癒魔法を使ってる奴は毒・麻痺・盲目・昏睡、その他の異常回復魔法と体力回復魔法を同時にやって見せたぞ。同じ人間なら出来ない筈はねぇ。気合を入れろ!」
「はいっ!」
アルエットだけが気合の入った返事をしたが、他のAクラスメンバーは無反応だ。いや、表情で判るか。苦々しくしているが、先生の言った事は並列制御を鍛えないと無理だ。私の周囲で飛び回る、回復魔法の妖精のようなモノだって私が独自で作り出した訓練法なのだから、先生も出来なかった。
「ユーリの出してる妖精の作り方おしえて」
「アルエットにはまだ早いと思うよ? 多分MPが足りなくて倒れるって」
消費MP10万で御座います。回復魔法って形状変化をさせるのに膨大なMPが必要なのね。これってつまり、相当無駄な魔法の使い方をしているという事に他ならない。
同じことを風魔法でやるならば、万分の一程度の魔力で済むよ。
「それよりまずは、回数を熟す事。タダでさえ無駄な魔力を使って回復魔法を使ってるんだから、まずはそれに耐えられるようにならないと、訓練すら出来ないよ」
「そうなの? 無駄に使ってるのかな・・・」
「う~ん・・・そうだねぇ・・・」
上空を飛ぶ鳥を風魔法で捕まえて、手の中にキャッチする。ピピッ、ピピッ、と暴れまわるが、これを痛めつけるのはチョット嫌だなと思い、頭を撫でて闇魔法で軽く洗脳しておいた。
「その小鳥はどうしたの?」
「えっ、あー、うーん、ちょっと思いついたけど、止めた。肩に乗ってるだけだよ」
「ふーん」
羽根を切り落とそうとしてたとか、流石に言えない。
代わりに自分の伸びた爪を切るか。
「アルエット、これを見て」
パチンと爪切りで指先の爪を弾く。白い欠片が訓練場に落ちていった。
「爪切り?」
「そう。爪は伸びたら切るよね? でも再生魔法を使うと、切った分だけ伸びてくるの。これは恐らく、体が損傷したという事を覚えているからだと思う。それより前に切った爪は生えてこないからね」
「うん。それで・・・?」
「回復魔法だとどうなると思う?」
「切った爪は生えてこない」
「だと思うよね。でも・・・」
鍛え上げた回復魔法だと話が異なる。精霊さんを通して、この子の小さな指先を私の爪に触れさせるとグングンと爪が伸びて内側に丸まっていく。
「わわわわわ、なんで!?」
「これは回復魔法だよ」
「えぇ・・・え? どうして? なんで?」
横目で見ていた先生が、こっちに顔を向けて固まっていた。彼も話を聞いていたらしい。
「無駄な魔力を全て回復に変換するとね、回復魔法は過剰に回復させる危険な魔法になるの。この意味、解る?」
「えっと・・・髪がいっぱい伸びる」
「当たってるけど、少し想像力が弱い」
「じゃあ、えっと、えっと・・・心臓が、凄く速く動く?」
「するとどうなる」
「えっ? ―――全身から血が・・・!!!!」
自分が想像したモノを考えてアルエットが顔面蒼白になった。両手で口を押えて泣きそうな顔になっている。
「そう。血管が破裂して、目鼻口から血が溢れだし、体の中も内出血で大怪我を負う。頭の中も血塗れになるから、多分、即死する」
内臓が処理できずに毛細血管を圧迫させるほどに心臓の鼓動を早くさせる。回復魔法は自己治癒力の強化方法として、血流を早める魔法が存在する。それの制限を取り払うと私が口にしたような事が現実になりかねない。
「う、わ・・・」
おわかりいただけただろうか。この恐怖。カシュッと風魔法で伸びすぎた大量の爪を切り落とし、土魔法で作り出した爪切りで形を整えていると、アルエットが我に返ってきたようだ。
「じ、じゃあ、どうしてこれまで、そんな事が、何も事件が起きなかったの?」
「それが出来るだけの莫大なMPを持つ人が居なかったんじゃない?」
流石にMP10万も持った治癒士は居ないでしょう。竜種クラスのMPですよ。
「あ、えええぇ・・・? ユーリはどれくらいMPがあるの?」
「それは内緒!」
もう数体、回復精霊さんを作り出して周囲を飛び回らせると、地面の草木が急成長をし始めた。面白いなコレ。土魔法と組み合わせると楽しい事になりそうだ。多分、土の栄養が一気になくなって、土地が死ぬと思うけど。シージはそうならないんだよなぁ。なんでだろう。
それに過剰回復は古代遺跡で現れるアンデッド種に効果的だと思う。遭遇した事は無いし、見たくも無いから会いたくないけど、あれらは「生きた死体」だ。肉体がある以上、それを依り代にした存在であるならば、依り代を破壊すれば戦う事は出来ない筈だ。
生きた死体の生命活動を強制的に活性化させる。矛盾した存在を無理矢理、正方向に活動させれば・・・肉体が耐えられなくなって崩れるんじゃないかと考えているけれど、どうなるだろう。一回実験したいな。私は自分の目で見たくないけど。
効率を最大化して、僅かなMPを暴走気味にアンデッドにぶつける特効魔法とか作り出せないだろうか。
「・・・う~ん・・・・・・・」
「どうしたのユーリ、いきなり考え出して」
「この魔法、アンデッドに効くんじゃないかと思って」
「聞いたことある。神癒魔法を使った聖女が、アンデッドの大軍を消し去ったって、本に書いてあったよ」
あるんだ。
「じゃあ、私がやろうとしている魔法は現実にあるというわけか・・・」
ただなぁ、効率悪そうだぞ。その聖女の使った神癒魔法とやらも結局は回復系統の魔法なのだろうし、同じ系統なら単体向けの、微小な魔力で何とか新しい魔法を・・・。
「単体、限定、暴発、指向性? いやいやいや、そうなると・・・」
「ユーリ・・・?」
そもそも回復魔法は女神の洗礼が必要なんだから、そこに何かの制限があったと思った方が良い。この莫大な無駄遣い魔法式は、女神の配慮だろう。だから爪が伸びすぎるなんて事故が過去に起こっていなかったのだと思う。効率よく使えていたら、もっと事故が発生していても可笑しくないのだから。
ならば、枷を外せばいい。それをやる方法が別の魔法にある。そう。刻印魔法だ。あの魔法陣は他の魔法と組み合わせる事で、様々な変化を齎す。一番うまく使っているハイネさんの真似をすれば行けるんじゃないだろうか。
「ゆーりー?」
ガリガリと床に円を描いて、想定される回復魔法の魔法式を書き込んでいく。外部に反消滅の魔法式と、内部に暴走用の魔法式、そして中心に標的代わりの土人形を置く。
「これなに? 魔法陣?」
指向性を中心に固定し、限定範囲にのみ魔力を集中させて、魔力を効率よく暴発させる。これはあくまで回復魔法にこれらの効果をフィルタリングした結果出来た魔法陣だ。後は媒体用の杖を適当に作って、陣に魔力を流し込めばいい。
「ねぇ、ユーリ?」
「あ、ごめん。ちょっと危ないから離れてて」
「え? うん・・・」
トボトボと離れていくアルエットを見送り、遠くから先生が腕を組んで見守っている。流石にAクラスの連中も騒然としている。
詠唱は簡単に、素早く。ガッと魔法陣に向けて杖を押し付け唱える。流石に実験用の魔法で無詠唱はやらないよ。怖いし。
「光在れ! ディストーション!」
カッ、と光魔法かな? と思う緑色の光量が魔法陣の中心に溢れ、天に向かって緑色の柱が伸びた。光が弱まる頃には、中心の土人形が草木でグネグネと簀巻きにされている。成功、かな?
消費MPは10。うん少ない。イケんじゃね? コレ。あとは魔法陣無しで使う方法だな。ここからが難題なんだよなぁ・・・。新しい魔法って、スキル化しないから開発が難しいんだ。
一人で唸っていると、先生が駆け寄ってきた。
「ユーリ、今の魔法は何だ? 光魔法じゃないよな? 緑色の光魔法なんて俺は知らんぞ」
「ああ、いえ、回復魔法ですよ? 緑の発光現象は回復魔法だけでしょう?」
他にあるなら教えて欲しい。
「そうだな。そうだよな? じゃあなんだ、新しい魔法か? そうとしか考えられん」
「アンデッドを消滅させる回復魔法を作り出してみようと思いまして、刻印魔法と組み合わせて作ってみたんですが、どうしても詠唱が長くなりそうなんですよね。習得したら無詠唱で使う事を前提にしないと、宝の持ち腐れになりそうです・・・しかも無詠唱だと魔力消費が多すぎるし、他にも暴発し過ぎる危険性が・・・難しいですね?」
これを広範囲に広めていいなら、聖女の神癒魔法と同等の効果が得られるかもしれないけれど、これって多分、人間にも通用するから大量殺戮魔法になりかねないな。
「難しいですねってお前、とんでもないな!? サラッと新しい魔法を作りやがるとは、どんだけ天才なんだよ」
「持ってる知識を総動員しただけですので、天才とは言い難いですよ」
「それを短時間で出来てしまう奴を、人は天才と言うんだよ」
「さぁ・・・少なくとも私はそう思っていませんから、どちらでも良いです」
これは失敗魔法かな。仮に完成しても、人間にも通用する時点で自称上級国民の多い治癒士には広められないな。悪戯で平民を殺されたら寝覚めが悪い。
いや待て。光魔法はアンデッドに効くという話だけど、そもそもそれは何でだ。聖女の神癒魔法だって、それだけ広範囲ならば付近の人間にだって悪影響が出ても可笑しくない筈だ。なのに伝説にはその点が無いらしい。
まずはそこを確かめよう。
「アルエット」
「なに?」
「聖女の文献ってここの図書室にあるかな?」
「最近見たから、まだあると思うわ。お昼に行ってみる?」
「うん。お願いしていい?」
「任せなさい!」
アルエットがドンと小さい胸を叩く。決して薄いとは言っていない。言うと「この駄肉が~!」って怒るからね。私の胸を見ながら。
それはどうでも良いとして、お昼休みに探しに行ってみたところ、アルエットの言っている聖女が色々と書かれていた。
曰く、天から降りてきた少女。
曰く、輝く光で魔物を焼き払う美女。
曰く、竜を従えた天女。
曰く、悪魔を封じた女神。
等々、他にも様々なストーリーがあるらしい。これ転生者じゃないだろうな。そう思いながらペラペラと挿絵付きの多いページを捲っていくと、聖女の使った神癒魔法について書かれている項目を見つけた。
「他の者に真似ること能わず。悪魔に捕らわれた子供を光が包み、悪魔だけが消える。アンデッドの猛攻に耐えていた戦線に光を浴びせ、アンデッドだけが消滅して兵士が大喜び・・・なるほど」
凡そ想像通りか。違うのは悪魔にも特効って感じなところだな。それならば光魔法と回復魔法が融合していた可能性が高い。アンデッドに対する攻撃手段が下位魔法にあっても、それは光魔法だからそっちを鍛えろよという事なのだろうか。
いずれ治癒魔法と並行して鍛える事で、光と治癒が合わさって神癒魔法になるんだよという、女神キリシアのメッセージに思えてならない。
「アルエットは光魔法も鍛えてたよね?」
「うん。一通りの基礎魔法をユーリから教えてもらったけど、光魔法と水魔法は覚えたよ」
「それ多分、神癒魔法の習得条件の一つだと思う」
「どういうこと?」
「光魔法LV10、治癒魔法LV10、魔力制御LV10、恐らく最低でもこれは必要だと思う」
「・・・生きてる間に届くと良いね」
「鍛え方次第でしょ。アルエットも届くよ。私は届く自信あるよ」
ニヤリと笑うと、アルエットは「私は良いかな・・・」と引き気味で断られた。何でですかね?




