049
回復魔法を覚えるためには本洗礼と呼ばれる儀式が必要だ。普通は成人の儀が終わった後で、各自で教会の洗礼を受けるのだが、私はすっかり忘れていたので未だに受けていない。というか老神官がワザとやらなかった可能性が高い。なんでだろ。
その理由をこれから知る事になった。
「それでは本洗礼を済ませていないものは前に出てください」
Dクラスからは3名。え。これだけ?
聖堂に立っているのは学長だ。第5階神官位だとか言っていたから、担任よりは上位なのだろう。聖書? よく読んでないから知らん。受験前に覚えた事も、もう忘れてるわ。
「よろしい。それでは聖水に血を一滴垂らしてください」
それ・・・デーモンが呼び出されたりしないよね? 大丈夫だよね?
コッソリと手の内側に作り出したアダマンタイトミニナイフで指先を傷つけて聖杯とやらに血を垂らす。後はそれを本人が飲み込めば良いらしい。うぇ。
「これで本洗礼は完了です。ようこそ、神の使途よ。より良き力を得んがため、今後も研鑽に励みなさい」
力こそパワーみたいなこと言ってるけど、この魔物世界にとっては正しいんだよなぁ。女神キリシアもそれを心配して神託を与えたのかもしれないし。
神託とは(聖書に載っている限りの話では)女神キリシアが地上の聖者に幾つかの言葉を与えた際の内容だ。聖者はそれに従って鍛え、皆を守り、最初の国を作ったと言われている。その後、教会は何百代も同じ教えを守り、国が滅び、国が栄え、そうして今あるのが現代の王国であり、冒険者ギルドとキリシア教が残っているらしい。
そう考えると冒険者ギルドと教会って密接な関係なのかもしれない。王国よりも長い付き合いなので、どこかでリリーヴェールのような者が両組織を統一管理していても可笑しくないよなぁ。
回復魔法の教書の内容を先生が読み上げて復唱しながら、そんな事を考えていた。だって神を心に満たせとか言うから、キシリア教について考えてみたんだもの。これで発動するなら儲けものだな。
「・・・さ迷い歩く者の導きとなり、その光となれ、ライトヒーリング」
お・・・おぉ・・・光った。そしてアルエットの指先が治った。
「凄いです。こんなに早く覚えちゃうなんて・・・ユーリさんは天才なのかもしれませんね。戦闘訓練も優秀ですし、回復魔法を覚えるのも早いですし、座学も優秀ですし・・・・・どうしてDクラスなのか不思議なくらいです」
「それはほら・・・15歳だから」
「ユーリさんみたいな人が多ければ、低年齢が優秀みたいな考えは不要だと思うのですけれどね・・・」
それは言っても詮無き事ですよ。世相の変化を求めるなら上に行かないとね。
「ありがとうアルエットさん。でも、そう言う時の為にテストで上がれる道が用意してあるんでしょう? アルエットさんも一緒に上がっちゃえばいいんだよ」
「はい! 頑張りましょう!」
元気に答えるアルエットは、元気可愛い系だな。村娘って感じで、男の子が放っておかないタイプだ。私はレオンが放っておかないタイプだった。レオンが手の甲にキスをした姿を思い出すだけで若干照れる。思い出し笑いならぬ、思い出し悶絶。
その後も繰り返していると、最高レベルの魔力制御のお陰か、ライトヒーリング、キュアポイズン、キュアパラライズ、ヒーリング、キュアブライトン、キュアストーンカース等々、中級どころまでの魔法は一通り覚え終わった。
ヒーリングは魔力を継続して込めるライトヒーリングだったので、休み時間に広範囲へヒーリングを試したところ、エリアヒーリングが発動した。なるほど。やはり魔法は魔法なのだろう。他系統の基本魔法と同じで、力を込めれば効果範囲も広がったり、効力が上がったりするものだ。他の系統と同じ考え方で上位の魔法が発動する訳だ。
その調子で魔法教書に載っている魔法を全て体得すると、気付けばステータス欄にも回復魔法が生えていた。
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ユリアネージュ=バエス=エステラード(15歳)
種族:素人
レベル:267
HP:331022
MP:709101
状態:通常
スキル:剣術LV10、縮地LV3、格闘術LV10、仙体術LV2、火魔法LV10、水魔法LV10、風魔法LV10,土魔法LV10、光魔法LV10、闇魔法LV10、元素魔法LV10、空間魔法LV2、刻印魔法LV10、封印魔法LV3、付与魔法LV10、錬金術LV4、回復魔法LV6、気力制御LV10、魔力制御LV10、仙気制御LV7、並列制御LV10、闘気制御LV10、気配察知LV10、高速反応LV9、HP自動回復LV4、MP高速回復LV9、真実の瞳、フリキア言語LV9
称号:仙人、ワールドルーラー、竜機人の創造者
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レベル6って早くないっすかね・・・? 今日初めて使ったんだけれど、使える魔法の種類が増えれば勝手に上がるのかな。それに本洗礼を受けても称号に変化がないか。これは周囲の子達も変わらないと。なら、あの儀式にはどんな意味があるんだろう。聖杯と中の聖水も確認したけれど、聖杯はただの魔力を込める為の魔導具で、聖水は店売り品だった。
回復魔法を扱えるようになる隠しパラメータ的なモノが存在するという事かなぁ。いや、聖杯に込められる魔力が普通じゃない、のかもしれない。もう一回、見てみたいなぁ。
しかしMP増えたな。私のMPは53万ですとか言って遊んでたのが懐かしい。仙体術を頻繁に使うようになって、また成長速度が上がった気がするし、空間魔法も着実に上がっている。次はゲート取得時に上がれば良いな。希望的観測で。
入学して直ぐに何かを満足してしまった私は、秋のテストでCクラスへと移動する事になった。だって・・・ハイヒール使ったら、他の試験を飛ばされたんだもの・・・。また「俺は悪くねぇ!」さんが私の中に出て来るかと思ったよ。
一緒に鍛えていたアルエットも苦労してCクラスに入る事になった。他の子は・・・なんか知らないけれどアルエットを虐めていたので、一緒に勉強するのが躊躇われた。
◇◇
私が神学校に通うようになってからというもの、息子を乳母に任せる時間が増えた。乳母と言っても、私と大して変わらない年齢なので感覚的には・・・貴族の友達だろうか。
フィーンティーナ=エリザベート=モランブラン=トルル=ラ=ヴィア=ラストゥールというやたらと長い名前なのは、彼女の家が高位貴族家である侯爵な事が原因らしい。本人は「ティナとお呼びください」と略している。
貴族家というのは、代々、家の役柄を大事にしており、その名称が名前に入る。
更に名付け人が誰であるという事を示すための名を加える。
そして更に、家の中のランクを示す名前を加える。
まだまだ更に、家格を示す名前を加える。
決め手はコイツと言わんばかりに、高位貴族である事を示すヴィアを着けて完成だ。
どれがどれなんだよ・・・と呆れたが、高位貴族とは大体こんなもんなので「見栄も含んで名前が長いんですよ」とウフフ笑いをしながらティナが答えてくれた。
地元の錬金術師ジュリーはド田舎の辺境男爵家なので、ジュリアンヌ=ユージェニー=マインズオールという短い名前だ。名付け親である祖母の名前が入っているって事ね。長男はもっと長ったらしい名前だと言っていたが覚えていないので割愛する。仕事で領主様のついでに顔を合わす程度なので、あそこの母親と長男とは関りが薄いのだ。
そんな話はどうでも良いとして、息子だ。
「最近アルと一緒に居られる時間が少ない。寂しい」
「そうは言われましても・・・」
自業自得ですね。分かります。分かってますけれど!
内心で憤慨しつつ聖母のように静かに母乳を与えていると、ふと気づいた。
「そう言えばティナさんもお子さんがいらっしゃるのでしょう? 家には何と言って乳母をされているの?」
「子供はもう2歳になりましたから、私個人は無駄に母乳が出ている暇人ですよ。家としても、王太子様になられる子の乳母ですから、絶対に受けろと念を押されましたね。ユリア様は御分かりになられないかもしれませんが、貴族家の女として王族の乳母が出来るというのは身に余る光栄なのですよ。私の家としても、王家に面通しがしやすくなるというメリットがありますから」
乳母の仕事をすれば家族が仕事をしやすくなるって事か? ああ、あの時はありがとう、それで今日はこんな仕事があってね・・・なんて事が王家から出されるかもしれないという事か。
「色々と融通してくれるって事ね」
「簡単に言うとそうなりますね。後は、何かあった時に王家の庇護を受けやすくなります。身に覚えのない他家の口撃から守ってくれたり・・・とかですね」
「そもそも、ラストゥール家は王家派閥だと聞いていたけれど、それだけじゃ親密さに欠けると・・・それで陛下の孫であるアルの乳母になれば、輩出したラストゥール家は精神的に繋がりが強くなる。宮廷貴族のラストゥールとしては何としても欲しい力という事か・・・なるほどねぇ」
外敵の魔物に囲まれて生きているとはいえ、王国内は人類皆平和という訳でもない。権力闘争は当たり前のようにあるし、王家を中心にしてそれらは常に渦を巻いている。流れに飲み込まれた人間など数え上げたらきりがないほどだ。
夜中の寝る前、彼女に渡す前に行っている授乳をさせつつ、王都内の利権闘争や派閥闘争についてティナと話し合っていると、彼女が深く感心したような顔で呟いた。
「・・・ユリア様は、本当は平民の生まれではなく、貴族家の生まれなのですか?」
「普通に平民農家の生まれだよ?」
「とてもそうは思えない程・・・何と言いますか、権謀術数にお詳しいのですね」
「そんな策士みたいに言われても、私自身は大したことなんて無いよ。ちょっと人よりスキルの多い魔法剣士ですよ~」
ね~、と息子の背中をポンポンすると軽くげっぷをする音を肩の上で聞いた。この子はまだ自意識が芽生えていないのか、その仕草は赤ん坊のままだ。今のは自意識関係なく出さないとダメなやつだけど。
「成るべくしてなった王太子妃という印象なのですけれどね」
「本人は冒険者志望なのだけれど」
「それは周囲がお許しにならないと思いますわよ。王太子殿下がお許しになっている間は問題ないかと思いますが、殿下が即位されてからは難しいかと」
分かっているから焦っているんだけどね。回復魔法の習得もその一環だ。王都に商会の工場を作ったのもその一環だ。竜船を増やし、戦力を高めているのもその一環だ。
全てはあの超常的な頂上に存在する何かを目指すため。
それでも・・・だけど・・・。
「この子が大きくなるまでは・・・」
「・・・」
正直に言うとまだ迷っている。この子はもしかしたら、既に自意識が明確になっていて、私が居なくとも生きていける程に精神が成熟しているのではないか? それならば私は息子の元を離れて冒険に出ても良いのではないか? それならばレオン達にこの子が転生者であることを話せば納得してくれるのではないか?
「大丈夫よ。そんな顔をしなくても、私はこの子を捨てたりしないわ」
「・・・そう願います」
私は、いつの間にか酷い顔をしていたらしい。ティナは少しだけ蔑む様な表情をして、眉根を歪ませていた。
ああ、お母さん。貴女は偉大だ。こんな事を思っていたのかもしれないのに、そんな顔を一度たりとも私達姉弟には見せた事が無かった。
お母さん・・・ユリアは酷い母親です。
無理矢理笑顔を作り、ティナに息子を預け、そのままレオンの寝室へと向かった。彼女から逃げるように、息子から逃げるように、逃げ場を作るようにレオンと交わった。
もしかしたら、次に生まれてくる子供には、こんな事を考えないのではないかと願いながら、何度も何度も何度も・・・毎晩、繰り返す。




