005
午前中、ブランママが狩に行っている時間は一人だ。今日はお願いして木工用のナイフと木の枝を提供して貰った。気力制御を覚えた今、木工作業も可能なほどの指先の力を得た筈だ。これを地道に繰り返して、気力制御のスキルレベルを上げて行こうと思う。
ついでに子供用食器が欲しい。特にスプーン。
薄暗い場所では何なので、表に出て日向と日陰の境目で作業をする事にした。時々、アルトパパが井戸の水を飲みに来る程度で他には誰も来ない。魔物も見ない。家の周りには魔物が嫌う薬草を粉状にして巻いてあるそうだ。匂いを嫌うんだそうな。
足と口で木の枝を支え、そこに括り付けた加工対象の小さい枝を巻き付ける。その小さい枝をショリショリとナイフで削っていく。
イケる。気力で増加された指の力がナイフに乗り、まるで生肉の表面を切り裂くように簡単に削れる。問題はその精巧さだ。全力を込めて削っているので、力のコントロールが難しい。気力制御も長時間持たない。必要な部分に必要なだけ、必要なタイミングで使う必要がある。
削り、木の枝を眺めて確認しつつ休み、また削る。その繰り返しで、ブランママが戻ってくるまでには立派な子供用スプーンが一本出来上がっていた。製作時間およそ5時間。大作である。
一番難しかったのは口を付ける部分だ。凹みをどうやって削れば良いのかと悩みつつ、色々試して、切れ込みを入れてから斜めに削れば良いと気付いた。ナイフの先端に力を手中させるのがどれだけ難しいか知った。
「ただいま、ユーリ。出来たねぇ」
「うん! これならもうご飯食べるのに頑張らなくて済むよ!」
「あははっ!そうだね」
いやいや、笑い事じゃないくらい、私にとっては切実な問題だったのです。子の心、親知らずってのはこの事か。
さて、普通は5年掛かる筈のスキルを裏技で無理矢理覚えさせられた私だが、どうやらそれ自体があり得ない話らしい。ブランの話を要約すると、普通はこれをイメージする事が出来ず、ほぼ全ての人が気を垂れ流してグッタリするだけで終わるらしい。普通ならば何度もそれを繰り返さないといけないのだとか。
3歳の娘に何をやらせているのかと思ったが、結果として気力制御スキルを覚えられたので許そうと思う。
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ユリアネージュ(3歳)
種族:素人
レベル:1
HP:5
MP:1
状態:通常
スキル:剣術LV1、気力制御LV1、真実の瞳、フリキア言語LV2
称号:-
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HPが1増えているのはママ式剣術道場のお陰だろうか? いや、気力制御を覚えた直後に延びたから、そっちと関係が深そう。剣術も無事に覚えられたらしい。握ってるのは木の棒だけどね。
さて、これでレベルを上げなくともスキルの獲得と鍛錬は可能という事が解った。
体を鍛えればHPが伸びるという事も解った。
という事は魔力制御? さえ覚えれば、MPも伸びるのではないだろうか。
ここで問題となるのが……。
「ん? ママは魔法を使えないから魔力制御は出来ないよ?」
教えられる先生が居ないという点だ。
「神父さんも魔法を使ったりしないの?」
「神父? ああ、神官様かな。そうだねぇ……今度、村の教会に行ってみよっか。たまには神官のお爺ちゃんにも顔見せに行ってみないとね」
協会? 教会かな。話を聞くと、この大陸に拡がっているキリシア教という宗教があるらしく、そこの老神官が開拓村に派遣されているらしい。年取ってから開拓村って大丈夫なんだろうか。暮らし難かろーに。
「うん、教会いってみたい」
「じゃあ、明日はお昼食べたら教会に行こうね」
「うん!」
そのまま気力制御の訓練をしつつ、キリシア教ってキリスト教に似てるなと若干の不安を感じつつ、午後はブランの指導を受けた。
「手も治ったようだし、今日は打ち込みの訓練をするよ。気力制御をしながらだけどね。出来そうかな?」
「やる!」
「よし、それじゃ構え!」
まだ少しひりつく掌で木の棒を持ち、上段に構える。
「始め!いちっ」
振り下ろすと気持ちいい風切り音が鳴った。軽い。信じられないくらいに早く振れる。しかもブレない。戻しも速い。
「にっ」
続けて振る。ブランママが次の番号を言うまで僅かに休む暇があるくらいだ。一本一本集中して振ることが出来る。これは良い。
「さんっ」
足も思っていた通りに動く。変な遅れも違和感もない。手足も痺れないし、木の棒の重みが両手の平から感じ取れるせいか、何処に力を入れれば良いのか明確に理解した。足裏の感覚が前よりもハッキリと感じる。まるで素足で歩いているようだ。足に革を巻いただけの靴だが、鋭敏に感じ取れる。
「よんっ」
これは凄い。気力制御レベル1でこんなにも変わるのか。木の棒が手の延長になったかのように感じるのは、剣術スキルのお陰か? まるで手刀を振り下ろすかのような感覚だ。指先が何処まで届くのかが分かるように、木の棒が何処まで届くのかを直感で知ることが出来る。凄い、けど少し恐ろしくもある。
「ごっ」
スキルを甘く見ていたかもしれない。これは、人を変えてしまう物だ。それだけの力の誘惑を覚える。酔ってしまう人も居るんじゃないだろうか。
「しちっ」
力に溺れる人間はきっと弱い。私の目標とは違う。きっと、魔物の方が体格も大きいし、長年生きているだろうからスキルレベルも高いだろう。
「はちっ」
まだ足りないんだ。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと!
「きゅうっ」
何者をも打ち破れるだけの力を! スキルに頼らない私だけの力が欲しい!
「じゅうっ、そこまで!」
振り切って、今度は上段ではなく正眼に棒を構えると、ブランママがニヤニヤしていた。いや違う。獰猛な笑みを浮かべていた。ただ、すぐにその笑みを引っ込め、ブランママはいつもの優しい笑みに戻っていた。
その後は素手の組手のやり方を教わったけれど、時折、ブランママは口元を片手で隠していた。多分あれも笑っていたんだと思う。獰猛な笑みで。
日が少し傾きかけてきた頃に教会へ行く話になったが、また後日という事に。洗礼とか強制されるんだろうか。前世は無神論者だったから洗礼がどんなものなのか詳しくないけれど、割礼のイメージが強すぎて敬遠していた記憶がある。
ブランママの指導中は普段と違って表情が真剣だ。ご飯を溢しても怒らないのに、剣の振り方や体の使い方を教える時には、間違えると大声で怒鳴る。別にそれで泣いたりはしないが、気を乗せた声は周囲の鳥が飛び去り、アルトパパに心配されるくらい怖い。
彼女自身が冒険者という事もあり、戦闘中のミスが死に直結する事を良く説いて来た。如何に敵を倒すか考えるのではなく、如何に生き延びるために剣を生かすかという事を説いてくる。
まぁ、当然のことなのだろう。話を聞く限りでは、RPG定番の最弱モブであるゴブリンですらアルトパパのようなマッチョが殺されるというのだ。身長が半分以下のモブに殺されるという事は、身長1メートル程度のゴブリンが身長2メートル近い人間を撲殺できる力を持っているという事。
考えてみれば当然のことだ。人間は犬猫に勝つには武器を持たないといけない。飼われた動物の話ではなく、野犬等の事を考えて欲しい。奴らは基本的にチームで狩りをするし、牙や爪という人間に無い武器を持っている。
猫の軽い身のこなしに人間が反応するには、素人では絶対に不可能だ。猫パンチの速度はしなやかな体躯で繰り出されているし、それを空中に飛び掛かりつつ、全力で爪の斬撃を見舞われたらどうか? 縦横無尽に飛び回り、幾重にも爪で切り裂かれれば「ただの大人」では対応できない。
オマケにこの世界は魔物が跋扈している。ただの動物を相手にするのではなく、魔力という不思議パワーを持った化け物だ。身長1メートルのゴブリンなど逃げるしかない。夕飯を囲みながら3人でそんな話をしていた。
「ゴブリンってどれくらい飛びあがれるの?」
「ん? そうだな~、一番弱いのでも、あたしの頭まで飛びあがってくるから……普通に顔を狙ってくるよ」
身長180センチ近いブランに対してこれだ。私など脳天から石やこん棒で叩き割られるのがオチだ。随分と舐めていた事を自省し、魔物という言葉の認識を検めた。
「ホブゴブリンとか、ブラッドキャップだと体も大きくなるし、飛び上がったりする力も強くなるから、この家の屋根まで上っちゃうぞ」
「えぇ……ぶらっどきゃっぷ?」
蚤かよ!
そして知らない魔物が出てきたぞ。
「赤い頭皮に黒い角が生えたゴブリンでな、ママみたいに気力を扱うんだ。ゴブリンの親戚みたいな……つっても解らないか?」
「近い生き物?」
アルトパパはブラッドキャップの死体を見た事があるらしい。
「そうそう。近い奴。んでな、ブラッドリーダーとか、ブラッドメイジとかになると、その辺の冒険者じゃ勝てないくらい強いんだ。大勢で襲ってくるし、他のゴブリンも連れて来るから厄介なんだ」
「ほぇ~」
要するに、近似種のゴブリンが多く、各種族が群れているので大軍になるイメージか。ヤバくないかそれ。開拓村とかには人間が千人も居ないだろうに……。ああ、それで東の村が消えたりするのか。怖いな。
「だから、体を動かして生き残る。剣を使って沢山倒す。そういう夢を見るのは良いけれど、絶対に負けないって思えるほどに鍛えないと、魔物と戦ったらダメなんだぞ」
「はい!」
そうする。魔物怖い。
寝る前に体を拭く。アルトパパは夕飯前に済ませるので既に汗臭くない。ブランママは汗を掻いてても良い匂いがするので不思議だ。闘気の影響か何か?
それはともかく、夕飯を作った時に熱湯を用意されていたのだが、それも既に少し温い。夜は少し冷えるし、もう少し温かいお湯で体を拭きたいものだ。
私の背中をブランママが拭き、ブランママの背中を私が拭く。大きいせいか肩の所がしっかり吹けない。平均的な日本人の成人男性より大きいからね、仕方ないね。
「ママ」
「なぁに」
「私もママみたいに大きくなれる?」
「なれるよ~」
「じゃあ、大きくなったら勝負してあげるね」
「ふふっ、んふふふふふふふ」
背中を拭きながらなので、ブランの顔は見えない。多分、私のママは、戦闘狂だ。




