047
寝室にブランママの笑い声が響いている。私はそれを聞いて遠くを見るように母を眺めている。小さい頃から抱きしめて大切に育ててくれた母を眺めている。その母は今、私を見て笑っている。どうしてこうなったのだろうか。私は悪くないのに。そう、私は何も悪くない。悪いのは私の中の冒険心であって、私自身は何も悪くない。
俺は悪くねぇ! と無責任無自覚ダメ主人公のように叫びたい。今そんな事をしたら余計にブランママに笑われそうだけれど。
「あっはっはっはっはっは! 可愛いぃ~! 可愛いよユーリぃ! あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
私は今、赤ちゃんコスプレをさせられている。頭部を柔らかく包むフワフワフード。ヨダレがどれだけ垂れても吸水性抜群な涎掛け。ブランママの乳首もこんな感じだったかしらと思い出したくなるおしゃぶり。胸より上が完全に赤子と化した私は無表情でブランママを見ている。
ジーッと見ている。
「あっはっは・・・はぁー、笑った。笑った。しっかし可愛いねユーリ。その年でその恰好が可愛いって・・・ふっ・・・ははっ・・・あっはっはっはっは!」
この格好は横に座るニコニコ顔の王妃様の計らいである。姫殿下も一枚かんでいるので、お二人のお叱りが軽い代わりに、この姿をブランママに見てもらおうと、ママンが来る日に着させられたのである。
「んむゅ・・・・・ぷあっ・・・まぁ、喜んでもにゃえたなら良いんにゃけどね・・・」
「ふふっ・・・くくっ・・・・んで? 何だってそんな格好してるんだい?」
向かいのテーブルでゆっくりとティータイムな王族の二人がにこやかに答えてくれた。
「罰ですわ」
「そうね。黙って危ない事をしていた罰ですね」
「危ない事って・・・なにしたのユーリ」
うっ、いきなり真面目な顔になったママンに気おされてしまう。ガチで心配性なママンはその手の事には酷く怒る。なので此処は正直に言うのが吉である。
「えっと、ゴーレムを操ってレオンの仕事に同行してた・・・」
「あぁ、まぁ、そのくらいならいいか・・・」
おっ、ママンは許してくれそうだと思った瞬間姫殿下がクワッと般若のような顔になった。怖い・・・。
「ダメですわそんな事!」
「え・・・なんでそこでそんなに?」
余りの剣幕にブランママが若干引いた。
「良いですかブラン様! ゴーレムの操作というのは、下手をすると術者に反動が返ってきて、本来は危険な事なのですよ。それを妊娠中で不安定なときに、そんな事を超長距離で行うなんて、暴発したらどうなっていた事か・・・!」
一瞬の静寂。そしてゆっくりと振り返るブランママ。その眼差しは若干の怒りが込められていた。ほらああああああ! 黙ってれば分かんなかったのにいいい!
「本当かいユリア?」
うひぃ・・・本名の方で呼んできた。これはマジで怒ってる時の呼び方だ。
「ほ、本当です・・・」
「何でそんなことをしたんだい?」
「ほ、他に洗脳魔法に対して、真面に対策できる人が、い、いなかったからです・・・」
「それは本当にいなかったのかい?」
「・・・魔術師団長なら多分・・・対策・・・出来ました・・・」
「なら何で任せなかったんだい?」
「かなり危険な相手が裏に居ると、お、思って・・・それで・・・万が一に備えて」
「レオンが信用できなかったのかい?」
「信用はしてたけど・・・もし、洗脳されたら・・・被害が大変な事に・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・」
こ、これは許されざる事案か?
「・・・はぁ~・・・事情は分かった。ただ、次は私に相談しな。良いね」
「はい・・・ゴメンナサイ、ママ」
「ん、良いよ。許したげる」
ワシワシと頭を撫でられると、目をつぶって黙ってそれを受け入れる。う~~~~ん・・・・・敵わない。この人には敵わない。
暫くの間、更にこの件で王妃様と姫殿下にネタにされた。ちくそう。
◇◇
そうして事件のなにもかもが片付いた後、運命の時が来た。
レオンが城に戻ってから二週間後、夜遅くに始まった陣痛は私の呻き声で始まる。
「ユリア・・・?」
「レオン・・・始まったかも・・・しれない、から・・・準備、お願い~」
痛い。息子は暴れてないけど、私の体が破水したくてたまらないって感じだ。痛い。何もしていないけれど、お腹の芯の方から響いてくる。痛い。早く誰か運んでくれと願う。痛い。早く生まれてくれと息子に願う。
痛い。
痛い。
痛い。
そのまま自力で起き上がり、車いすに乗って、分娩室に運んでもらう。これくらいならブランママとの訓練で味わった痛みとそう変わらない。両腕肋骨複雑骨折とか良くあるし。王城の医療設備は国内随一なので、私がここで出産できる限り、ほぼ失敗は無い。それは解っているけれど、あまりの痛みに汗が止まらない。
戦ってる時ならアドレナリンのお陰で痛みは殆ど抑えられる。そういう訓練もブランママから教わったし自力で精神状態を変化させられる。でも、何でもない時に痛みを感じるのは痛がり方が違う。ここで戦闘態勢を取ったら子供にどう影響するか分からない。どうしようもない。
魔法で痛みを和らげないかと思うけど、こんな状態で魔法を使えば制御が狂う可能性がある。私が使えばどれだけ狂ってても発動は出来ると思うけれど、本来の効果は発揮できないかもしれない。何より心配されるわ。出産ッ、舐めてたッ!!!
分娩台に乗せられ、女性の老治療師が私の下から覗き込み、状態を確認している。股をサワサワしているのだろうけれど、痛みで感覚が鈍って触られているかどうかも覚束ない。
「・・・うん、破水も終わって、奥の方に頭が見えてきてる。このまま取り出します」
それからは手早かった。
時々聞こえる女医さんの声と、励まされる助産師さんの声。タイミングを合わせて呼吸を合わせると、息子が分娩されていくのを何となく感じる。
痛みにはもう慣れた。これくらい・・・戦いに比べれば何てことない。
後は息子が無事に生まれてくるように私が努力すれば良いだけ。
私は努力の天才なんだ。恵まれた才能なんだ。息子を無事に産むくらい、出来なくてどうするんだ。やり切って見せる。
流れる汗を全身で感じながら真剣な目で天井を見る。落ち着く。一意専心、何度も繰り返した事じゃないか。今は出産の呼吸を繰り返すだけ。数ある戦闘用の呼吸法に比べればこんなもの、下の下の難易度だ。一息で体得できる。
呼吸に合わせて何度も力むと息子が産まれ、すぐに泣き声が響いた。ズルリと胎盤が外れて痛みと共に外へ流れ出ていく。もう・・・魔法使って良いですかねぇ・・・。
「おめでとうございます。元気なお世継ぎですよ!」
うん。知ってた。そう思い、軽い笑顔で頷くと、産湯で洗われた息子がおくるみで包まれて手渡される。あぁ、もう脚閉じて良いですか。ちょっと、急に恥じらいが出てきてしまいました。
うん・・・お猿さんだ。銀髪のお猿さんだ。
「ふぅ・・・うん・・・頑張ったよ、お母さん」
小さな泣き声で答えてくれた息子は疲れ切ったのか、ゆっくりと眠りに落ちたようだ。
それにしても軽いなぁ。あんなに私のお腹を膨らませていたのに、外に出たらこんなに軽くなって・・・こんなに・・・愛おしい・・・。
子供に軽くキスをすると、ローブの下からミルクが溢れだしていた。まだ早いよ、私の体よ。まだ、息子は寝たままだよ・・・。
元気に寝息を立ててるよ。
思わず涙が出てきて、頭の産毛を指先で優しく撫でた。
ふと女医さん達を見ると、全員が私を見て呆然としている。ん? どうした?
「・・・どうかしました?」
「へっ? あ、いいえ、その、申し訳ございません」
「その・・・」
「み、見とれておりました」
見とれてた???? 彼女たちはまごう事なき女性なのだが・・・女性が女性に、しかも出産直後の女に見とれるという事が有るのか。なんとも不思議現象である。
産まれた直後だというのに、とても静かに眠る息子は、ステータス上特に問題なく、状態も「通常」になっていた。ありがたやありがたや。神様、私の息子が健状で生まれてきました。転生させたのかもしれないあなたのご加護を、どうかこれからも与えてやってください。
いとし子を愛でつつ、内心でそんな事を思っていると、暫くしてからレオンがやってきた。脚閉じといて良かった。ていうかもう、分娩台から普通のベッドに移ったけどね。
「ユリア・・・その子が・・・」
「うん。アルセウスだよ。貴方の子だよ」
「おぉ・・・ユリア・・・アルセウス・・・ユリア・・・」
そう言いながら私の額にキスをしたレオンは涙が零れていた。
「うん。頑張ったよレオン。私、頑張ったよ・・・」
HP的には一割も減ってないけど、精神的に大変だった。初産の割には2時間で済んだのが幸いか。
「ありがとう、ユリア。愛している」
「うん。レオン、愛してる」
息子を放っておいてキスをして陸み合う夫婦。良いじゃないかそれでも。今その結晶が私の手の中で暖かく息をしているのだから。
そうして父の手に抱かれ、祖父の手に抱かれ、祖母の手に抱かれ、叔母の手に抱かれ・・・生まれて一か月程度は色んな人の手に抱かれた息子は、昼は毎日私の母乳を飲み、夜は城で雇われた貴族子女の乳母となった人の乳を飲み、すくすくと大きくなっていく。
三日目でハッキリと目を開いたけれど、私と同じで青い瞳をしていた。髪と目が似るほうに顔も似ると言われているので、この子は私に似るのだとか。旦那も美形なので、良かったらレオン似でも良いんだよとレオンの前で言うと、照れる旦那。可愛いなぁオイ!
可愛いが過ぎる家族に囲まれて過ごしていくと、アルも意識がハッキリしてきたかなと思い、寝室で母乳を与える時にメイドさんに退出してもらった。
「こんにちは。私はユリアネージュ。貴方と同じ転生者。貴方が何処から来た人なのかは分からないけれど、あなたは紛れもなく私の息子。だから安心して育てられなさい。私は貴方の母なのだから。貴方も私の息子なのだから」
少し目を見開いた息子だが、どうやら伝わっていないようで欠伸をしている。今はその反応で十分と、鼻先を指で押すと、むずかるようにしていたので、乳首に吸わせてあげた。
「今はいっぱい飲んで、大きくなりなさい。大きくなったら、色々とあなたの事を教えて頂戴。そしたら・・・」
私の事も何かわかるかもしれないから。
「そしたら、一緒に人生を楽しみましょうね」
んくんくと静かに母乳を飲む息子は、それで精一杯と言わんばかりに全力を注ぎこんでいる。大丈夫。抱き上げて背中をポンポンすると、ケプッと小さくげっぷをした。
「お腹いっぱいになった? じゃあ、訓練して寝ましょうね?」
まぁ・・・せっかくスキルが生えてるしね!!!
ジワジワと鍛えてあげるよマイサン。
アルの全身を気力で覆い、気力制御を行わせると、10秒程度で力尽きて眠った。うん。才能あるわ。やり方を口頭説明したら覚えたし、やっぱり言葉が通じてる。言語LV1は伊達じゃないな。
◇◇
ハイネさんも後に続いて第三子が生まれた頃、季節は冬真っただ中となり、私は15歳となった。15歳で母親となるのは、前世では普通の事なのだろうか? こういう知識はエピソード記憶で保管して欲しいものだと思うが、無いものは無いから仕方がない。
乳母の女性とは寝室でよく会うようになった。錬金術スキルを持っていたが鍛えていなかった人なので、折角だからと息子をあやしながら彼女に教え込んだ。まだ18歳だと言うので、スキルが生えていれば成長可能だろう。
強制的に魔力制御も覚えさせたので、上手くいけば第二のジュリーのアトリエになるはずだ。彼女の名前はフィーンティーナなので、そのままフィーのアトリエ・・・などと考えたら、口に出ていた。
「何ですかフィーのアトリエって???」
「錬金術師は自分の作業場をアトリエと呼ぶんです。覚えておいてくださいね」
「は、はぁ・・・」
彼女は王太子妃である私には若干距離を置いている。流石に身分差があるし、既に世継ぎを産んでいるので、王妃は確実。オマケにレオンは側室を取らない宣言をしているので、彼女にとっても私とのこうした繋がりは無駄にならない。
無駄どころか、嫉妬で狙われやしないかと、王城に住まわせているので、彼女の監視も含めて色々と観察中である。
「だぁう!」
「そう。これが火の魔力。魔力だけだから触っても熱くないでしょ?」
「うぅぃ!」
「これが水の魔力。水の冷たさは感じないけれど、清純さと流れる力を感じるでしょ?」
「はぁぃぅ!」
「これが土の魔力。砂の柔軟さと、鉄の頑強さを感じるでしょ?」
「しゃうぅ!」
「これが風の魔力。軽やかさと鋭さを感じるでしょう?」
「ひゅぁぃぃ!」
うーん、何て言ってるかサッパリ分からん。私の言葉は伝わってるようで、順調に4属性の魔法スキルが生えてきている。スキル構成だけ見たら、とても乳幼児とは思えんな。
魔法の練習は鍛錬場のベンチでするように言ってあるので、必ず私が連れてきた時にしかやらせていない。それ以外は魔力制御で我慢しとけと言う話だ。
息子は気力制御が苦手・・・というより嫌いらしく、私が剣を振っている姿にも大して興味を持たない。どうやら勇ましい性格では無い、のかもしれない。
「お母さん、今日もよろしくね」
「うん、全力でやりなさい」
30過ぎの体とは思えない瑞々しい肌と、整った体をしたブランママ。今が最盛期と言った感じだな。そんなブランママには私のリハビリを手伝ってもらっている。相も変わらずの予定打ちだ。以前なら10本に3本くらいは取れるまでになっていたのだが、半年近くサボっていたせいか、全く取れなくなった。くやし。
「ふぅ~~~~・・・・鈍ってるなぁ」
白いモヤモヤの仙気が全身から解けていく。
「何ならギルドでやるかい? 実戦なんてゴーレム越しでしかやってないだろう」
「それはそうだけど、お母さん相手じゃ無理かな・・・戦ってても絶対寸止めしちゃう」
私のママ愛は相当だぞ。傷つけろと言われて実行したら泣く。
「・・・うん、私も・・・無理だな・・・多分、やってる途中で泣く」
「あははっ、私も多分泣く。ね? 無理でしょ」
何て言うかな。鼻の奥がツンとしてくるんだよ。戦いどころじゃなくなってしまうんだ。
「は~・・・しょうがない、あのハゲ爺の相手で我慢しな」
「そうする」
もう一度死んでもらおう、そうしよう。私達の会話に何か衝撃を受けたのか、アルが抱きかかえた私を見上げて目を丸くしている。どうした息子よ。仙気が消えたから驚いたのかもしれない。
「ん? どうしたのアル。何かびっくりしちゃった?」
「ユーリっ、ユーリっ」
ハイハイ抱っこ抱っこ。目の前で手を伸ばして催促しているのが、お婆ちゃんですよ~。
「アール~、おばあちゃんだよ~」
おでこにむちゅう~っとキスをしたブランママは、そのままアルを抱えたまま私とシャワーを浴びに行った。母と子のダブル巨乳に挟まれたアルは何だか楽しそうだった。
しばらくしてギルマスの所に顔を出すと、盛大にお祝いされた。偶には歩こうというので、ブランママにアルを抱かせ、レオンと腕を組んで3人が並ぶ。一人はブランパイの中で眠っている。
「ユリアかっ! 生まれたらしいな! これでブランも婆ぁだぶべぁ!?」
おぉ、受付から出てきたハゲがもう一度受付の奥に吹っ飛んでいった。
「ぶっ飛ばすぞハゲ。誰が婆だって?」
「正真正銘の祖母だろうが! 婆呼びでも問題ねえだろ!」
あれで怪我がないのも凄いな。闘気を込めた右ストレートだったぞ。
「大ありだクソ爺! もういっぺん両断してやろうか!」
「ここでやろうとすんじゃねえ! 闘技場に行け馬鹿弟子が!」
おっとブランママ、アルを抱いたまま黄金闘士状態にならないで欲しい。その子にはまだ刺激が強い。特に見た目の意味で。
「んじゃギルマス、私の相手になってよ。リハビリ中だから、全力でやりたいんだよね」
「構わねえが・・・俺で相手になるのか? ブランのが良いだろうがよ」
だから途中で止めたくなるから無理なんだっての。
「ママ愛が強すぎで戦えないから、他の人でやるしかないの」
「・・・はっはっはっはっは!!! そうかい! じゃあ相手してやるぜ! きな!」
少し考えた素振りを見せたハゲが笑って答えた。真剣な顔で訴えると真面目に受け取ってくれたのか、直ぐに訓練場に向かってくれた。この爺さん本当に面倒見が良いんだよなぁ。
「ただし、今回は俺の息子も一緒だ。リハビリで2対1だが、ユリアなら問題無ぇな!?」
「良いよー、5年前を再現してあげる」
そう言い放つと、後ろからガタイの良い白髪交じりのオッサンが現れた。
「そう甘く見てくれるなよ特A級王太子妃さん。俺もA級だからちょっとは手古摺るかもしれないぜ」
「ギルマスの修行しない息子さん?」
おっとクリティカルヒット。随分深く刺さったようだ。嫌そうな顔をしている。
「ぐっ・・・あの爺ぃ・・・そうだよ。その修行しない息子だ。よろしくな」
「うん、よろしくね」
アルはブランパイの間であうー!と応援の言葉をかけてくれる。うむ、ママはそれで十分だよ。元気百倍である!
「ママ頑張るよ!」
久しぶりにドラゴンレザーアーマーに袖を通し、七分袖のような袖口からは白い闘気鎧が立ち上る。うん、絶好調である。
「おい・・・なんだそりゃ? 闘気鎧か?」
ギルマスも知らないようだ。
「うん。仙気で闘気鎧を纏うと、白くなるみたい」
オマケに仙気がブラウの軽鎧と共鳴して、レザーアーマーも白く輝きだす。これ、多分、竜船の時に私が仙気を通して素材を加工したせいだろうね。アレ以来、ブラウの仙気と共鳴する事が多いし。
「おめえは何処まで行けば気が済むんだ?」
「ん~・・・」
黙って北を指さす。
「・・・・・なるほど、おめえさん、アレに挑むつもりか?」
「前に言ったでしょ。挑まなきゃいけない相手なら戦うし、そうじゃないなら話を聞いて帰って来るって。帰ってくるためには、どんな相手だろうと逃げられるようにしないとね」
ブーツ、レガース、アーマー、肩から肘を覆うガーダー、拳を覆うナックル。全てがブラウの革と骨と爪で出来ている。それらが順に白く輝き、全力で仙力を込めると、次第に白銀に輝き始める。
「・・・・・ふしゅううううう・・・・うん・・・これが今の全力」
発光しつつ、光が糸状になって私の体に纏わりつくように揺らいでいる。まるで竜の髭のようだ。
「へっ・・・・・・・良いぜ。やるか」
ギルマスは脂汗を流しながら楽し気に狩人の顔になった。
「お、おぅ」
息子さんは完全に私に気おされている。うん、なるべく色々と体験してもらおう。
「今日は魔法は無し。仙体術の限界まで引き出せるように試す。その為に来たんだからね。」
「何だよその仙体術ってのは」
あぁん? と睨むように聞いて来たのはギルマス。
「なんか新しいスキル」
「・・・笑えねぇ」
警戒を最大限にあげたギルマスは、どんな時でも笑える人の筈なのに、一気に顔つきが限界値の真剣モードに切り替わった。最初から全力だな。現に黄金闘士モードになってるし。
「それでははじめよう。双方結界の中で死合う。死か降参でのみ決着とする! 立ち合いは私だ」
レオンがそう言って結界の外から宣言する。
「はじめっ!」
一瞬。
踏み抜いた粘土のように柔らかい足場が弾けて結界内に土砂が広がる。あぁ、コリャ不味いわ。地面が耐えられない。躓いたように前かがみになると同時に、黄金闘士の巨人鉄拳が振り下ろされる。
前回と違い、正面から仙気を纏って打ち合うと、衝撃で修業しない息子が吹っ飛ぶ。地面も抉り取られて結界内が土砂で埋まる。土魔法を使っていないのに、壁も天井も土砂でいっぱいだ。
私は足裏に空間結界を張りつけようかと思ったけれど、魔法は使わないと宣言したのでこのまま進める事にした。
足場がないなら無いでやりようがある。土砂が舞い上がるその一瞬で思考を纏めて、襲い掛かる二撃目に合わせて前蹴りを食らわす。私を支える足場は遥か深くに沈み込んでいるが、それならば仙気で下に向かって噴射すれば良いだけだ。ここまでコンマ5秒。
更に大量の土砂が結界内を覆いつくし、前蹴りの轟音が鳴り響く。実際の音は結界内で抑え込まれて外に届くころには十分の一以下になっているだろうけれど、音の衝撃波にやられたギルマス息子は耳から血を流しながら吹き飛んでいた。ちょっとかわいそう。
「ふぅぁ!」
黄金パンチが遠くから飛んでくる。ロケットみたいに放たれたそれは私に届いた瞬間に闘気が炸裂し、周囲一帯を飲み込む。これ、ゴーレムの炸裂ロケット弾と同じ要領か!
連続で飛んでくるそれを打ち落とし、同じように仙気を飛ばして相殺し、躱しつつ接近すると、再び剛腕で直接攻撃が打ち下ろされる。
周囲の土砂がやっと降りてきた頃に再び、轟音と共に闘技場の全ての土砂が結界内を覆う。これ、周りの人は見えてないんじゃね? 高速反応持ち以外は意味不明でしょうに。
爆音の中を息子さんが衝撃波でぶっ飛ばされ続け、踊る土砂と舞う白銀と黄金。土砂の中をチカチカと二つの輝きが光り、時折息子さんの呻きが響くけれど、舞い落ちる土砂の落下音に飲まれて耳に届かないでいる。
次第に土砂が壁を作り、衝撃波で叩き固められ、闘技場は正方形の結界に沿って球状に抉られたかのような形になるよう、地下へ向かって大工事が始まった。最下層に至った場所は結界が足場となり床、壁を飛び回る銀と金の光が打ち合う壮大な見世物となる。
「ごあぁ!!」
咆哮っ!
ギルマスはドラゴンか何かに進化したのかよ!
全身を仙気で覆い、空中で横回転。髭のように伸びた仙気を高速回転させると、周囲の空気ごと咆哮をはじき返した。強烈な破裂音と共に方向がかき消されると、壁に張り付いた土砂が一気に崩れ落ちて最下層の結界床に雪崩れ込んでくる。
咆哮を放って動きが固まったギルマスに一足飛びで接近した。
「ふっ」
仙気手刀!
「!?」
防がない方が良いよと内心思いながら、濁流のように仙気を纏う手刀をガードした黄金の腕に叩きつける。
ギカァン! と人間の体に当てた際に出る訳がない金属音が鳴り響き、黄金鎧を切り裂いてギルマスの左腕が肘先から飛んで行った。
「っ、ちぃ」
手刀を振り下ろした直後の私を狙って、超巨大な右腕が殴りかかってくる。それに対して先程と違い、仙気を静かな流水のように高速で纏った私は静かに迎え撃とうと構える。
「!」
バァン!と踏み込んだ足を、逆に蹴り足にしてギルマスが大きく後退して逃げた。
「・・・どうしたの?」
落下する土砂が私たちの足元を埋めていく。
「おっかねぇ・・・なんだそりゃ? どうなってやがる」
「気を激流のように纏うの」
土砂を踏み込みながら、階段を上るようにして視界が上がっていく。ステージは最初に戻ったようだ。
「・・・・・食らったら体が削れるな」
「さすがギルマス」
この人は技術の一点で言ったら誰も敵わない。経験からくるであろう観察力も超一流だ。こと戦闘においては最強クラス。でも指導者としては最低クラス。
「こええな。触れたら闘気ごといかれるわけか」
攻防一体の仙体術。これが私の想い着く最良。単純で素早く、防ぎようがない仙気の奔流。消耗は早いけれど、その分の回復量が私にはある。HP自動回復なんてスキルを持ってるのはコレのお陰かと本気で考えた程だわ。
「もう回復した?」
拾った腕を闘気で固定し、気功で接合している。あれは技術的に私がまだ不可能な領域だ。素直に尊敬に値する。
「それ凄いよね。私じゃできない」
「練習しな」
見て覚えろってか。盗んで見せるさ。
「うん。だから先輩たちに色々教わってる」
今まさにそうしてる。
「俺が死んでもこの国は安泰だな」
「あと20年いけるでしょ」
期待の目を返すと苦笑いしながら答えてきた。
「ぬかせ」
よし、完全に接合した。行こう。
足元から噴き出した仙気が爆風となり、崩れ終わった土砂が再び舞い上がる。いつの間にか息子さんは場外に出てレオンの横に居たのを一瞬だけ目で捉えた。よそ見したせいか、仙気手のような闘気の手刀をまともに食らう。
「ぐぅ!」
吹っ飛ぶ瞬間が一瞬過ぎて判らない程、強烈に結界に叩きつけられた。ダメージは少ないが、既にギルマスは次の動作に入っている。私は隙だらけ。ならばこうする。
ドンッと壁を蹴り、天井に立つ。
「・・・おいおいおい、それこそどうなってやがる」
「仙気は魔力を含むのを忘れた?」
私の足裏が結界に触れ、結界の表面が波紋を広げていた。しかし、外側に広がる波紋では無く、内側に広がる波紋。つまり、私が結界の魔力を融合吸着させている。
「・・・結界の魔力と融合させてんのか!?」
「正解」
溶け合った魔力は合一しようとして、私の足裏と結界の天井は張り付く。この世界は何処でも魔力が解けた物質で出来ている。仙気を纏った私にとっては全てが足場だ。
天井から飛び上がり、真っすぐ上に視える黄金巨人に蹴りかかる。仙気の奔流を纏った蹴りを受けた腕は闘気が削れ、逸らし、受け流す。着地と同時に地面が耐えられず、再び結界内を土砂が舞い上がった。
凄い。技術で圧倒的不利をカバーしてる。恐ろしいほどに勉強になる。
信じられない速度で闘気を内部から練り上げて表に出し、それを削れた闘気鎧の内側から次々と出すことで、生身に及ばないようにしている。
「しっ」
闘気鎧を纏ったからと言って、体の動きは人間。力の流れ方は変わらない。受け流した後で繰り出された攻撃は、体本来の動きになる。そこを狙う。
土砂が降りてくる中で伸びた腕を仙気の糸で掴み、引き、力の流れを変える。正面から下方、下方から奥へ。ぐるりと回転した黄金巨人は背中を天井に見せながら、ゆっくりとした視界の中で土砂とともに結界の底へと叩きつけられた。
ギシシィ!と虫の鳴き声のような音を上げた結界は大きく撓み、降りかけた土砂が再び爆風で舞い上がる。攪拌され過ぎた土砂は水気を失って砂漠の砂のようになっている。そのまま黄金巨人を埋めてしまうころには、訓練場の地面が砂漠地帯となってしまった。
スタスタと壁を歩き、天井に移動して上を見上げる。
黄金巨人は動かない。
反応はあるが、膨大な闘気を練り上げたまま動かない。
なるほど・・・一点突破か。
イイね。私はドラゴンと同等かそれ以上と見做されたようだ。
同じように私も仙気を練り上げ、空気を揺らす。
仙気がブラウの革に反応して薄くなり、全身を覆うように白銀の膜となっていく。私の髪が仙気で広がりながら揺れる。髪からも仙気が広がり、全身の膜が一つの形を成していった。
それを見た観客も反応して騒然としている。
「・・・お、おい」
「なんなんだあれ」
「人間か・・・?」
「ドレイク・・・いや・・・アレがドラゴンってやつか?」
薄く纏った白銀の膜は輝きを増し、その体積を増やして行く。私は両手を黄金巨人目掛けて下方に突きだし、大きく開いたドラゴンの口は輝く仙気を集約し、一点に集まる。
「ブレ・・・ス・・・?」
「ブレスだ」
「人間がブレスを撃つのかよ!?」
来る。黄金の闘気が爆発する!!!
同時に仙気を一気に放射し、飛び出してきた巨大な黄金闘士の全身を穿つ。
「ガァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
咆哮・・・! 特徴だけなら立派なドラゴンでしょこの人!!
空気を震撼させながら突っ込んできた黄金巨人は咆哮の後、足裏が第二噴射に入ったのか黄金の光を地面に向かって放ちつつ、両腕をブレスに向けてぶっ放してきた。やっぱ本命はその、ロケットパンチだよね!!!
ならこっちは、仙竜剛体!!!
ブレスを弾き切った両手のロケットパンチは勢いを止める事無く、薄膜の中に居る私を狙って飛び掛かってくる。
両脇に溜めた私の拳は膨大な仙気を纏って両手の正拳突きのように放たれる。黄金の輝きに包まれながら下方から飛んでくるロケットパンチに向かって、白銀の輝きが光線のように真っすぐ突き刺さった。
足元は結界天井の地面。結界壊れないかなと少し不安になりながら、真っすぐに両腕を撃ち出している姿勢で見届ける。
仙気の奔流、錬気、後方に打ち出す気の流れ、そして込められた馬鹿げた魔力量。これらが合わさると、私の拳から光となって黄金闘士に突き刺さる。
それは飛来する黄金の拳に比べて、あまりにも一瞬だった。光が一筋走った瞬間、黄金の拳は空中で霧散してしまった。
無音の光が闘技場を覆い、地面に大穴を開けると、結界の天井に張り付いた土砂が私の魔力を含んで逆さに留まってしまった。
「え・・・・?」
「なにこれ?」
「地面が逆さ・・・は?」
「爺ぃ・・・消えたか?」
観客がヒソヒソと話したくなるような静けさの中、ギルマスがやっとレオンの横に現れ、辛うじてズボンが腰回りに残った状態になっていた。良かったね真っ裸じゃなくて。
それを見て、呆然としていたレオンが旗を揚げる。
「勝者! ユリアネージュ!」
その宣言と共に会場が湧いた。全員が上を見上げていたけれど。
「お・・・? あれ・・・? おい! どうなった?」
半裸のハゲが気付いたらしい。
「ギルドマスター。あなたは最後の一撃で負けて・・・訓練場がこうなった」
結界内を呆然と見上げるレオンが答えると、目の前の状況にギルマスが座ったまま叫んだ。
「・・・ああああああ!? なんだこりゃ?」
そりゃそうだ。結界の天井、上空50メートル付近に全ての土砂が張り付いて地面が出来ているのだから。結界の深さが地表から30メートルで、縦横が50メートルの直方体ってところかな。深さ以上の高さが無かったら、今頃私は地下に埋もれて見えなくなっていた。
「おつかれさまー」
テクテクと逆さの地面を歩きながら仙気を弱めていくと、装備品の輝きが消えて元に戻っていった。これは何度もやっているので普段通りだ。使う度に仙気の浸透率が上がるのが心地いい。
逆さに歩いた状態から結界の外に出ると、そのまま結界内から飛び降りて上下逆さに着地する。近付いて来る私を見て唖然としたギルマスが何やら言っている。
「おめえ、此処の砂全部に魔力を通したのか」
ギルマスは力尽きたのか、地面に座り込んでいる。本当に力なく、腰も曲げて項垂れていると言ってもいいくらいだ。
「その通り。さすがギルマス! 冴えてるし、ハゲてる!」
「やかましいわ!」
大笑いしながら近づいてい来るブランママと、口をぽかんと開けっぱなしの息子に手を振ると、ギルマスがそっちを見た。
「ブランよぉ。お前の娘どっかオカしいんじゃねえのか?」
「あぁ!? ぶっ飛ばすぞじじぃ。あたしの娘がおかしいんじゃなくて、ハゲがおかしいんだろうが」
息子がブランママのヤンキーモードに驚いて固まっている。そろそろヤメてあげて下さい。緊張で体力が減ってしまいます。
「はぁ・・・ブラン。今回のは、おれぁ、引退掛けて戦ったつもりだ。ちぃっと不味いぜぇ・・・」
曲がった腰がさらに曲がっていく。日光に反射して頭のテカリ具合も上がっていく。
「・・・辞めんのか?」
お爺ちゃん80過ぎだもんね。あと20年行けそうだけど。
「あぁ。わりぃが俺は降りるぜ。流石にありゃ超えようがねえ。信じられるか? 俺が死の恐怖でビビったんだぜ?」
このギルマスさん。あのブラウのドラゴン相手でも死の恐怖が無かったらしい。おかしいのはお前だと言いたい。呆れながら私が言ってあげた。
「あのですねギルマス。私が思うに、死の恐怖は感じて乗り越えるモノだと思うんですよ。なので今のギルマスが正常になったってだけです。良かったですね、やっとスタートラインに立てて」
「・・・・・・・」
わお、顎が外れんばかりの開いた口に、まん丸おめ目。
はっはっは! 驚かせてやった! ざまーみろだ!
「だから、足腰立たなくなる前に再戦できるように、さっさと立ち上がってください。それから息子さんを鍛えてください。そうしたら、またやりましょう」
それまではあんたの技術を盗みまくってやる。何度だって戦ってもらうからね。
「けっ。上等じゃねーか! ガキが舐めた口ききやがって! 次こそぶっ飛ばしてやるぜ!!」
私を睨みつけながら指をさして宣言してきた。うん、少し若返ったかな。善き哉、善き哉。でもその指は折らせてもらう。ペキッと。
こうして、私のリハビリ戦が終わった。それと同時に私は暫くギルドに行けなくなった。
どうやら各方面から私がギルドで暴れた事が漏れたらしく、観客たちが方々に言いまわった内容が王城に届いたらしい。国王夫妻から一か月の冒険者ギルド出入り禁止令が出た。
私、特A級冒険者なのに・・・。




