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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
46/97

045

 ブランママと寝室でお話をしつつ、報告書を受け取って読み込む。商会は問題無し、領都ユリアの開発も問題無し、北部の村も町へと発展を遂げたところが多く、北部全体の流通や治安も悪くない。


 北の大森林から溢れてくる魔物は領都ユリア付近で発生していないが、遠く離れた世界樹の根に近い領地では襲撃が頻発しているらしい。設置した超合金の柵で防ぎつつ、派遣したゴーレムで自動防衛が出来ているが、深層の魔物が襲ってくると心許ない。


 今はゴブリンやオークなど、Eランク以下の魔物ばかりだが、ここにデーモンや巨人にドラゴンが混じってくると流石に無理だ。村や町は壊滅待ったなしである。対策として竜船を巡回させるのもアリだが、それより先に大森林沿いの開発を終わらせてしまいたいので、空輸を止める事は出来ない。もどかしい。


「それで、ゴディスってやつは城に置いておいても問題無いのかい?」


「うん。気力を扱えるような人じゃないし、魔封じの首輪を外されない限りは問題無いよ。何より私のゴーレムが寝ずに監視してる。更に本人は魔法で覚醒すらさせてないから、毎日流動食だけの植物人間状態だよ」


「・・・そりゃエグイ扱いだね」


「大罪人で、重要参考人ですから」


 殺せないし、殺させない。その為に必要な措置だと考えれば、至極当然です。


「あ、そういえば、シージは問題ない? ブラウが面倒見きれてるかな」


「大人しい子だよ。シャルルも見習ってほしいくらいさね」


 シージというのはフォレストドラゴンの竜核で竜機人になった子だ。一年前、シャルルの直後くらいに倒したドラゴンなのだが、ブラウと同じくらい長く生きて来た竜だった。


「やっぱり、ドラゴンとして生きた時間が長いから大人びてるのかな」


「だと思うけど・・・ドラゴンの子供と大人ってどう違うのやら、あたしには分からないね。シャルルみたいに何百年も生きてて、まだ子供なんだろう? だとしたらブラウとシージはどれくらい生きてたのかね?」


「少なくとも千年?」


 うーん、と二人で天を仰いでしまい、お互いに笑ってしまった。そっくり親子なのは自他ともに認めています。


「ブラウに任せてるし、時々、念話で連絡を取ってるから、何かあったらブラウに相談してあげて」


「了~解。あたしは正直言って、ユーリの方が心配だから、ここに残りたいんだけどね・・・」


「ダメだよ。お母さんまでこっちに来たら、向こうで何かあった時に誰も対処できなくなるでしょ。ハイネさんもまだ妊娠中だし」


「はぁ~・・・娘の一大事に傍に居てやれないとか、あたしにとっちゃ何より苦しいよ・・・わかってるさ。そんな顔しなくても、あっちは任せなさい」


 困った顔をしてみせると、ブランパイに顔を埋めてもらった。う~ん幸せ。この安心感は変わらないなぁ。私も息子に、この安心感を与えられるだろうか。母は偉大だぜぇ。


「んじゃ、そろそろ戻るよ。レオンと仲良くね」


「うん。大丈夫だよ。この間、添い寝して貰ったし」


「ははは、すぐ二人目が出来そうじゃん?」


「頑張ります・・・」


 ニヤニヤしながらブランは去っていった。母親に言われるのが一番恥ずかしい。素直に答えるしかないじゃん!


 かなり大きくなったお腹は、私の血管が薄っすらと浮き出ていて来月には生まれる位に育っている。このお腹に命がある。そう思うと、神秘的な愛しさが湧いてきて、思わず撫でまわしたくなる。


 自分のお腹を撫でるなんて行為を以前の私はやらなかっただろう。恐らく前世でも。お腹いっぱい食べてもポンポン叩くだけだろうし。


「元気に生まれて来なさい。貴方は私が守ってあげるからね」


 まるで聞こえていたかのようにトントンと足で答えてくれる。前世の記憶も持っているんだろうか。あんまり困った性格を受け継いでいないと良いなぁ。それだけが心配だ・・・・・。


 私は3歳の時に自意識が明確になって以降、恐らく前世の性格がそのまま受け継がれている。この性格のお陰で、様々な事に挑戦出来たし、お母さんとも仲良くやってこれた。お父さんとも父親を嫌うような微妙な親子関係では無かったし、妹弟達は精一杯お世話したせいか、全員から尊敬と愛情を込めた目を向けてくれる。


 スキルは努力を裏切らない。私がそれを知って以降、鍛錬の苦痛よりも成果の喜びを優先するようになり、今のような並外れた力を持つようになった。


 出来ればこの子にも教えてあげたい。


 この世界は素晴らしいものだと。


 家族とは素晴らしいものだと。


 愛し合うという事は素晴らしいものだと。


 誰かの為に生きるという事は素晴らしいものだと。


 この子に、色んな物をあげたい。


 受け継いでほしい。私の想いを。


 抱きしめるようにお腹を支えると、そのままベッドの中でお腹を撫でたまま目を閉じる。

 無くさないように、消えてしまわないように、その命を感じ取るように。



 ◇◇



 領都クアッドランは湖の上に建てられているが、周辺の街が分散して、幾つもの小さい島の上に建てられた場所と水に浮かんだ橋で繋がっている、というのが正しい表現だ。


 どこかの未来世界のように巨大な海上都市が浮かんでいるのではなく、島の間を沢山の商売人が船で行き交う。そして橋の上の人々が、船に浮かんだ商人から品を買う。静かな湖なので波も僅かで取引もしやすい。そんな賑やかな都市である。


「涼しい風で過ごしやすい街じゃないか。治安も良さそうだ」


 レオンが言う通り、街中を頻繁に警備兵が歩いている。これまで見た街と違って洗脳もされていない事は伝達済みだ。


「この街が無事なのは、魔術師ギルドが存在しないせいでしょう。冒険者ギルドも領兵も無事ですから、盗賊に占領されているような事もありませんね」


「流石にそう何度もあの光景は見たくないからな、正直言って安堵している」


 同感です。街に行くたびに崩れ落ちる婦女子を見るのはウンザリしていましたので。


「だからと言って、この街が安全とは言い難いところですので、昔のように馬車から飛び降りて市場に駆け込むような事はお止め下さいね」


「ノール。お前は私を何だと思っているんだ」


「悪戯っ子ですかね」


 はい、悪戯好きですね。休んでいる私に手を出す程度には悪戯好きです。

 カチャリと黒い鎧の頭部で頷くと、レオンが黙った。全面的に同意しますよ。


「・・・」


 押し黙ったレオンが領主館に入ると、周辺領地の惨状について説明するが、既に領主の耳にも同じような情報が入っていた。どうやら冒険者ギルドなどで使用している通信魔導具で、事情を察知しているらしかった。


「私は戦士ですからね。子供の頃に魔術師ギルドのお世話になっていませんから、以前より連中に対して懐疑的だったのですよ。殿下には申し訳ないが、アレに毒された連中が王城に跋扈してるかと思うと、気の毒で仕方がない」


 豪快な髭を生やした脳天ツルツルのオジサンは、筋骨隆々で壁に斧が飾られた部屋でニヤリと笑う。その仕草だけで本当に領主なのかと疑いたくなるほどだ。どこかの盗賊のかしらだと言われたほうが納得できる風貌である。


「そちらの言う事も尤もだが、あんな連中でも国政を担わせているのでな。思想がゴミのような頭をしていても、使い潰して数を減らすわけにはいかんのだよ。それに、そう言った連中を再教育するのも国王陛下の仕事の内だ」


「・・・陛下は俺もどういった人間なのかはよく知っているが、殿下もその血をしっかり受け継いでいるようで安心しました。あれらと同類の人間が王座に就くようなら、戦友に殴り込みに行こうかと思っていましたからね」


「戦友?」


「陛下とは一緒に迷宮に潜った仲間なんですよ。俺が盾役、陛下が指揮と前衛、王妃様が後衛でね」


 それは初耳。陛下だけではなく王妃様も強いのは知っていたけれど、あの卓越した魔法の腕は現場で磨き上げられたものだったのね。あの親にしてこの子供在りか。蛙の子は私だけじゃなかったって事ね。


「それは礼を言わねばならんな。両親を守ってくれて有難う」


「よしてくだせぇ! あんときゃ、仲間として共に戦った仲だったんだ。それに私は、王妃様を守った自負はあっても、陛下を守って戦ったなんて思った事は無いですよ」


 恥ずかし気に顔を赤くしながら傷だらけの頭を撫でるオジサンは、少し嬉しそうだ。


「陛下は攻撃が最大の防御なんて考えを地で行く人ですからね。いつも背中合わせで戦っていましたから、逆に私が守られていたんじゃないかと今でも思っていますよ」


「確かに。父上はそう言う感じだ。あの巨大な両手剣を振り回す姿が容易に想像できるという物だな」


 そうレオンが言うと、暫く二人で笑い合っていた。良いなぁこういうの。私とギルマスは少し違う感じだから、それを考えるとギルマスを殴りたくなってくる。あのハゲジジイめ。


 その日は湖の中央にある大きな島でキャンプファイヤーをしながら持て成してもらった。湖で取れるという巨大な魚の魔物を丸ごと串焼きにしている姿は豪快だった。それを食いきった領主館の面々も豪快だった。腹どうなってんだ、20メートルくらいあったぞ、あの魚。


 ◇◇


 翌日、街を出た私達を待っていたのは、噂の迷路だった。


「おい・・・ノール」


「何故でしょうね・・・」


 そう、何故か私たちの乗った自動車は迷路の中に居た。


 大魔女リリーヴェールの庭、魔女の迷路と言われるその場所は、出入り口に商人が軒を連ね、多くの冒険者が売り買いをする森の中に現れた村のようだった。


 私達は現在、その村に立ち寄って様子を見に行ったところだったのだが、車を降りた時には既に変化が訪れていた。


「外の連中もそのまま飲み込まれているようですね」


「どういう事だ? 迷路が領域を広げたとでも言うのか」


「迷路が魔女の魔法で造られているのならば、あり得ない話ではありませんが・・・こんな事態は聞いたことがありません。村一つの規模を飲み込むなんて」


「殿下、ノール、余り考察している暇はないようです」


 聖騎士の一人がそう言って周囲を警戒すると、魔物が襲い掛かってくる。ゴブリンにオークにウルフ・・・弱い魔物が殆どだ。偶にチーフ級の相手が混じっているが、散歩するように相手をできる程度である。


 しかし、私たち以外はそうは行かない。数十匹が一斉に襲い掛かって来た事に恐れ戦き逃げ惑う商人や、若い冒険者も居る。ベテランと呼べる傭兵やEランク以上と思しき冒険者は問題なく戦えているが、そもそも魔物の少ない迷路なので、それほど戦える者が此処に居ない。


 迷路の中には薬草や価値のあまり高くない宝箱などが勝手に湧くため、低ランク冒険者が集まる場所だ。これだけ大軍で来られると彼らの中から死者が出るだろう。


「片付けるか。行くぞ」


「はっ」


 レオンの後に聖騎士達が続く。私は車の護衛があるので従者ノールと遠距離から近づかせないように攻撃する。


 従者ノールはまだ魔導師然とした姿だから良いが、全身鎧の私がガントレットから放つ魔法は少し異質だったようだ。黒い全身甲冑が炎に照らされ、私よりも幼い年齢の傭兵に怖がられてしまった。何もしないよ・・・。


「よし、残敵の索敵に集中しておけ。ノール、ユーリ、良いか」


「はい」


 3人で集まり、原因について話し合うとしよう。出来れば脱出についても。


「助けた冒険者の話によると、迷路は基本的に出入り自由だが、出入り口がこれまでと変わっているらしい。今まではそこの後ろ側に在ったらしいが、今は無い。迷路の全体の広さから考えても、一回り成長したんじゃないかって話だ」


「成長・・・ですか? その方、以前にも同じ目に会ったような言い方をされますね」


「事実あったらしい。そいつは30代後半で後進の育成に来ていたらしいが、若い頃に同じような事があって、その時は壁一枚分が広がっただけで、集落が飲み込まれるような事は無かったと言っていた」


 つまり異常事態って事か。にしても何でこのタイミングで都合良く、大幅な拡張で飲み込まれたんだ? 何かに反応したとしか思えない取り込まれ方だ。


「・・・・・・・本当に魔女が要るのかもしれませんね。何か・・・作為的な拡張のように思えます」


「だとしたらやる事は一つだな」


「まさかとは思いますが」


「魔女の家に乗り込んで事情を聞き出す。それしかあるまい?」


「いえ、普通に出口を探して出ましょうよ」


「何でだ。目的を聞き出して真相を明らかにする方が良いだろう。そう何度もあったら被害者も増える一方だぞ」


 いや違う。レオンはそんな建前を口にしているけれど、その目の輝きは違う。


「単に冒険したいだけですよね」


「そうとも言う」


「少しは反論して頂きたいですが・・・仕方ありませんね。こんな規模で魔物が湧く場所とは聞いていませんでしたので、挨拶ついでに殴り込みに行きましょうか」


 おい、ノール止めろよ! お前そんなキャラじゃないだろ。ニヤリと好戦的な顔を作るなよ!


「だよなぁ。久々にお前のそんな顔が見れたぜ」


 レオンも子供のように笑う。


「いかにもな場面じゃないですか。試されるくらいなら乗ってやるのが礼儀です」


 ノールも子供のように笑う。後ろで聖騎士達も聞いていたのか、手甲をガンガンと拳を合わせて叩いている。ダメだコイツら、公務中なのを忘れている。


 念のため筆談で「公務中なのを忘れないように」と出すと、全員から目を逸らされた。おい。


「パッと行って直ぐ帰るだけだ。車内の文官ごと腕輪に入れていくから問題ない筈だ。ユリアなら解ってくれる筈だ。私はそう思う」


 そう言って黒騎士ユーリの肩に手を置いた旦那は満面の笑みで許可を求めてきた。はぁ・・・きっと陛下も同じで冒険野郎なんだろうな。私が王都で大人しくしているのは、陛下の憂さ晴らしにされている可能性が出てきたぞ。


 仕方なく頷くと、手早く準備を終えてレオンは出発した。車は周囲を土魔法で覆って、中に置いていくように見せかけたので、中が空っぽなのはバレていない。


 この迷路、手早く抜けられるんだろうか?



 ◇◇



 迷路と言うのは上空から見られると弱いものである。魔法で造られているならば対策を施しておかないのが悪いし、見られた側に問題が有ると思う。よって私は悪くない。


「本当にパッと着いてしまいましたね」


「ユーリのお陰だな」


 こっちはゴーレム使いだからね。上に飛び上がって壁越えをしようとしても、見えない壁があって超えられなかった。けれど、魔力は外に通すので、壁の向こうにゴーレムを作ってしまえば良い。そして、そのゴーレムを空に浮かべて正解ルートを辿れば簡単である。


 手元の迷路図を消して目の前の屋敷へと近づく。魔力で出来ているようなモノではなく、石造りの屋敷に魔力を纏わせたものだった。恐らくだが、この屋敷は迷路が出来る前から存在していたのではないか? そう思わせられる程に、魔法的な加工箇所が少ない。


「普通にノックをすれば出て来るのか?」


「お試しください」


 そんなの知らんとばかりに従者ノールが勧める。押してダメなら引いてみろ!


 ガンガンとノッカーが響くと、カチャリとドアノブの鍵が開いた。目を合わせる面々。私だけ目が無いけど。


 ガチャリと開いた扉は蝶番に油が差してあるのか、音も無く開いた。意外と整備されてんな。そのまま玄関ホールに入ると、正面階段の上には緑髪の黒い尖がり帽子の肖像画。うん、魔女だ。


 美しい黒い瞳と大人の美貌を携えたその人物画は、見る者を虜にするような魅力がある。森の中に佇む魔女は微笑みを携えており、まるで聖母のような愛しさを見る者に与え、黒いローブのゆったりとした生地の上からでも豊満な胸であることが判る。


「緑髪の魔女と言うと大魔女リリーヴェールその人だが・・・本人が此処に居るのか?」


「呼びかけてみては?」


 従者ノールが若干ワクワクしながら言う。レオンもワクワクしながらそれに乗った。


「失礼! 誰かいないか! どうやら招待されてきたようなのだが、顔くらい見せてもらっても罰は当たらないと思うぞ」


 レオンの声が玄関ホールに響くが特に応答はない。周囲を気配察知で探っても、魔力の流れを追ってみても特にそれらしいものは居ない。どういうこった?


 私は一番怪しい絵画に注目し続けていると、ふと、その緑髪の女性の黒い瞳が動いた気がした。その目・・・画材で書いたものじゃないね。宝石だ。


「あ、おい」


 歩き出した私に声を掛けようとするレオン。少し振り返り、絵画を指さすと全員で階段を上った。目線の少し上にある絵画を調べると、瞳がポロリ。・・・壊した。


「・・・・・・」


 手に持ったオニキスの宝石をレオン達に振り返って見せると、白い目を向けられた。いや、欲しかったんじゃないし、何かカギになるかなーって思っただけだし!


 ふと思いついて、開いた片方の手に同じ色の金属を作り出す。ゴーレムとして視界を共有できるので、これを目の部分に入れるとどうなるだろうか。


 ゴリゴリと空いた穴に入れ込むと、視界が妙な事になった。


 ん・・・? 鏡? 緑髪の女の子? ここはどこだ? 玄関ホールじゃないぞ。

 外の景色は迷路じゃない。どこかの草原と、眼前に広がる湖と町。あれってクアッドランじゃないか? どういうこった?


 少女はテーブルの上に置かれた手鏡を手に取ったのか、美しい緑髪は視界から消え、両手が顔を覆い出す。何度も確かめるように顔を触れ、再び鏡を見ると、その顔は恐怖に満ちていた。え? なんで? 


 鏡を投げて壁にぶつける少女。砕ける手鏡、テーブルの上を払う両手、飛び散るティーセット。ここはテラスか。外に走り出した少女は周囲を見渡し、草原、湖、屋敷、最後に自分の両手を見て、草原に膝を付いた。


 え・・・? 涙? 開いた両手に雫が零れだし、視界が歪む。数度閉じられた視界は両手で拭われたのか、草原から屋敷の中へと移り、壁に飾られた杖に手を向けた。宙に浮かぶ杖と、それを受け取る小さな両手。


 弾ける魔力、遠ざかる視界、そして・・・。


 キュドオォオオオオオオオン!!!!!!


「な、なんだ!?」


「これはっ」


 私達の居た玄関ホールが揺れた。間違いなく緑髪の少女の仕業だろう。しかし、あの視界では絵画の人物とは別人のように幼く、そして攻撃的な性格のように思えたが、果たして同一人物なのだろうか? 顔のパーツが似ていたから絵画の人が親で、視界を共有していた人物は娘とか?


「あっちだ。いくぞ!」


「はっ」


 聖騎士達が続き、私は従者ノールを護衛しながら続く。


 屋敷に入って右手側の階段を上り、二階へ。絨毯の敷かれた通路をひた走る。随分走る。走り続けるが終わりが見えない。


「どうなってる?」


「恐らく幻惑魔法かと。私達は走っているつもりでも、実際は立ち止まっているのかもしれません」


「むぅ・・・ユーリ何かわかるか?」


 ちょいとお待ちを・・・幻影じゃないな。これマジで長い回廊だ。ていうか空間魔法じゃないか。スゲエなコレ。


 手で幻惑魔法チガウと説明し、空間魔法である事を伝えると、従者ノールが驚愕していた。ありえないっ!と力説を始めたが、空間魔法使いがあなたの目の前にいるんですよね・・・。同じことをやれと言われても、ちょっと今の私には難しいですが。


「という事は、ユーリにもできないレベルの魔法を使っているという事か?」


 肯定だ、レオン殿。どうやら空間魔法の腕前は私より上っぽいぞ。しかも、あの少女は真実の瞳で見ても性別と名前しか分からんかった。レベル私より高いっぽいぞ!


「厄介だな・・・この回廊は物理的な法則というより、空間魔法の法則なのだろう? それが何かわからないか?」


 レオンのいう通りなのだけれど、それが解れば多分私は脱出できる。私だけだろうけれど。そう言うとレオンが頭を振った。そういう訳にも行かないよねぇ。


 さてどうする?


 方法一、法則を調べて正攻法で空間魔法を解除する。

 方法二、私の魔力で空間を満たして力業で空間をぶっ壊す。

 方法三、元来た道を戻って迷路を抜ける。


「空間を破壊するのは無しだ。我々が全員無事である可能性は低いだろう。そもそも結界魔法のような物だろう? 結界は内から破壊すれば何が起こるか分からないのが通説だ。

 元来た道は既に塞がれているし、ユーリの調査で出口がない事は明らかだ。となると、解法を得てこの空間魔法を解除するしかない」


 流石私の旦那様。冷静な考察有難うございます。というかそれしか無かったのだけれど。

 早速と言わんばかりに壁に手を当て、魔力を浸透させる。結界などの魔法式はこうして魔力を浸透させることで、凡その構造は把握できる。たまにそれが罠になってて、攻撃魔法が発動するけどね!


「・・・いつみても常識はずれな魔力量ですね」


 従者ノールがぼそっと失礼な事を言う。私が常識知らずみたいなことを言うのは止めて!

 これでもギルマスよりは常識を知っているつもりだよ! あれ、弁解になってないような気がするな・・・。


 ズズズズズズズズと壁に広がっていく魔力が、次第に空間に拡がって染みわたっていく。

 染み渡った空間から様々な情報が得られていく。


 ほ~ん・・・座標を固定して、それを特定方向にグイ~んと伸ばして、全体を圧縮・・・ほうほう。面白いな。という事はマジックバッグと違って、際限なく広げられるのではないかね? お姉さんにそこんとこ詳しく教えてくれないかなぁ。手取り足取り腰とりげへへ。


 おっと、可愛い緑髪の少女を想像しながら調査していると、魔力の向こうから心底嫌そうな顔をする緑色の少女が見えてきた気がするぞ。待っていなさい、今すぐそこへ行って、抱っこしてナデナデしてあげよう! 私の胸で眠るが良い! ユリパイは妹も納得の睡眠装置だぞ!


 ズンズンと広がっていく魔力と、消費された魔力を回復させようと、MP高速回復LV9が暴走したように周囲の空間から自然魔力を集め出す。あ、そこ近くに居ると危ないから離れててね。他人の魔力も吸っちゃうから。


 スタスタと離れていくレオン達を眺めつつ、壁に手を着いた私は作業を進める。気付けばMP高速回復もLV9かぁと思いつつステータスを見ると、空間魔法が成長していた。ついに・・・! ついに、空間魔法がLV2に!


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 ユリアネージュ=バエス=エステラード(14歳)

 種族:素人

 レベル:260

 HP:331167

 MP:573325

 状態:妊娠(男)


 スキル:剣術LV10、縮地LV3、格闘術LV10、仙体術LV2、火魔法LV10、水魔法LV10、風魔法LV10,土魔法LV10、光魔法LV10、闇魔法LV10、元素魔法LV10、空間魔法LV2、刻印魔法LV10、封印魔法LV3、付与魔法LV10、錬金術LV4、気力制御LV10、魔力制御LV10、仙気制御LV6、並列制御LV10、闘気制御LV10、気配察知LV10、高速反応LV8、HP自動回復LV4、MP高速回復LV9、真実の瞳、フリキア言語LV8


 称号:仙人、ワールドルーラー、竜機人の創造者

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 いや、これだけ頑張って、新たな情報を得て、ようやくLV2かよ。もっと上がっても良いのよ。遠慮なく伸び伸びとして良いのよ。


 そう思って更に壁に魔力を込めると、不意に通路の先に壁が出来た。


「おぉ! 破ったのか。流石だなユーリ」


 え? いや・・・・・なんか勝手に解除されたような気がする。何で?


「魔法が破壊されたようにも、霧散したようにも見えませんでしたが・・・」


「しかし、空間魔法が消えたのか、廊下の端が見えただろう」


「えぇ・・・確かにそうなのですが、まるで通るのを許可されたように感じます」


 従者ノールに同意ですわ。まるで私を嫌がって解除したように思えますわ! 何だかわたくし、遺憾の意を表したいですわ!


 と、心の中でジュリアンヌの真似をしながら廊下を進むと、扉の先には下に降りる階段があった。なぜ・・・? 一階に廊下を造っとけよ。いや、違うな、降りてみたら一階は一階で廊下に繋がると思しきドアがあった。ただの階段部屋か。避難路みたいなものかしら。


 通路側とは逆であろう扉を開けると、その先にも通路。またか。


「ここだけ空気が違うな」


「ええ、何だか水の匂いがしますね。それに草花の匂いもします」


 ちょっとマイナスイオン的な水の香りってやつですよね。あの草原の場面がこの近くの部屋なら条件に合うな。とすると、緑髪の少女は近いのかもしれない。杖で殴られないようにしよう。何か泣かせちゃったし。


 テクテクと奥に進むと、通路の進行方向正面に一つの扉だけが見つかった。他に扉は無いし、ここしかない。おまけに扉は熱帯地方特有の風の通り道があるタイプだ。扉の向こうから少しだけ水音がする。


「開けるぞ・・・」


「はっ」


 剣を構えた聖騎士と、扉を開けるレオン。レオン下がってた方が良くないか? まぁ、このパーティの常だから今更なんだけど。


 ガチャリと開いた軽い扉は、キィと少し軋んで奥から光を取り込んだ。眩しい。そりゃそうだ。目の前に広がるのは。紛れもなく。


 熱線砲!!!!!!!


 あっぶっねぇぇぇぇっ!


 急遽炎熱牢獄で熱遮断結界を張り、複数飛んできた熱線砲の全てを結界内に取り込むと、それらは結界の中で魔力に戻って霧散していった。目の前には涙目の緑髪少女が震えて杖を構えている。ちょっと怯えてますが、今のは怯えながら打てるレベルの魔法じゃないんですよね。どういう制御力してるんだこの子。


「出てって! ここはあたしの家よ! 闇魔導師に何て負けないんだから!」


 待て待て待て、言うに事欠いて闇魔導師とは何だ。アレか、私がのぞいた時に闇魔法を使ったせいか? それで泣いてたのか?


「ちょっと待ってくれ、どういう事だ。そもそもこの家に招いたのは君じゃないのか!」


「知らないわよ! 何で勝手に玄関の結界を解除できてんのよ! 何で私の廊下の結界に侵食してるのよ! そんな化け物連れてこないでよ!」


 おい。人を化け物呼ばわりとはどういう事ですか。説明を求める。


「おまけに今のを防げる時点で、そこの黒いのが闇魔導師で決まりじゃない! 私の闇魔法を上書きできるようなの、人間に居ないんだからぁ! そんなの連れてこないでよぉ! やだぁ! 早く帰ってよぉ! ぅぁぁぁ~」


 杖を構えながら泣き出した少女は、その場で崩れ落ち、こっちを見ながら震えて泣き出してしまった。え・・・これって私のせい?


 全員が私を振り返って見ているけれど、わたし何もしてないよ? 何であの子、こんなに怖がってるの? なんか化け物扱いされてるんですけれど。地味にショックだわ。


「まず、私達に君を害する気持ちは無い。だから杖を下ろしてくれないか。この通り剣も収めよう」


「やだぁぁぁぁ、黒いのが怖いのぉぉぉ」


 チラリと振り返るレオン。そう、でも私が居ないとアレの攻撃防げないし・・・どうしようか?


「一旦、私だけで話をしてみる。強化魔法だけ貰って良いか?」


 ううむ・・・仕方ないか、魔法防御特化の強化魔法を掛けて任せるとしよう。そう思って魔力を漲らせると、少女は肩を竦めて眼とギュっと瞑ってしまった。何もしないっての!

 確かに見た目は怖いけど、何もしないっての!


 こくりと頷くと、レオンだけ残して扉の後ろに下がった。従者ノールが睨むように私を見たが、レオンの言葉に従って欲しい、心配なのは私も同じだ。


 チリチリと何時でも発動できるように魔力を整え、黒いゴーレムの中で練り上げる。外に漏れないように、あの少女に感付かれないように。私に問い詰めようと、私の腕を掴んだ従者ノールはそれに気付いたのか、ハッとして高身長のゴーレムを見上げた。


 魔導師なら激痛を感じるほどの魔力を身の内に練り上げている。それは触れた者も同様だ。ノールの掌は真っ赤に爛れて、表皮が焼けていた。


「っ・・・済みません。私ばかりが心配なのではない事を失念しておりました」


 スッと快癒の水が入った瓶を渡し、それを使わせると、ノールは黙ってそれを掌に掛ける。それを目の端で捉えながら、黒い鎧の中の魔力は今か今かと暴れ出す寸前で押され込まれ、私は心中穏やかではないまま部屋の中の音を聞き取っている。


 気が高ぶるどころか頭の中が真っ白になっていたようで、二人の会話の内容は聞こえていたが、よく覚えていなかった。完全に我を忘れていた。


 レオンが扉を開けた時には安心したせいで、思わず魔力制御を手放しかけたほどだ。自省しよう。横のノールと奥の少女がビクッとなっていた。


「彼女は大魔女リリーヴェール。本人だ」


「え・・・しかし、あの絵画では・・・」


 だよねノール君、私も違うと思う! 何処とは言わない! 全てが違う!

 あの殺気に満ちつつも怯えた目!

 まっ平らな胸!

 足りない身長!

 トゲトゲしい言葉と性格!

 落ち着きのない雰囲気!


「どうして子供の姿なのですか?」


 続いて出てきた従者ノールの言葉で何となく察した。元の姿はアレだったのではないだろうか、と。何か理由があって魔女っ子になったのかな?


「私はこの迷路に住み始めて、少しずつ若返っているの。それこそ何百年、何千年も掛けて。私は南の守り手だから」


 どういう事っすかね・・・。魔女っ子に案内されてレオン達が席に着いた。


「“守り手”というのは何だい?」


 レオンが子供に問いかけるように優しく質問した。全員同じテーブル席に座っているが、座高が低いせいで彼女だけ小さい。


「世界樹の守り手よ。私達、四神の守護者は世界樹の僕になって力を得る代わりに、永遠の命を得られるようになるの。私の場合は、この迷路を作る事が出来て、その迷路の力で年老いても若返る事が出来るの」


 そうして長い時を生き続けていると・・・しかし、世界樹に力を得たからと言って、私を恐れるような守護者が何から世界樹を守れるっていうんだ? 大丈夫なのか?


「・・・何故・・・いや、何から世界樹を守っているんだい? 私が見たところ、アレを害するような存在など、居ない気がする。実際に目の当たりにしたが、ドラゴンでも傷一つ付けられないし、私を含めて仲間たちは誰も傷をつけられなかった。かの・・・彼でも無理だった」


 私を指さしたレオンに反応し、ビクッとして私を見る緑の少女リリーヴェール。これが伝説の大魔女かぁ・・・ちょっと疑ってしまうなぁ。でも真実の瞳でステータスを見れないんだよなぁ。多分、世界樹の眷属か何かになってるから守られてるんだろうなぁ。素直にレベル差のせいだろうか? あの天辺付近から漏れてくる力は想像以上だったし、私の瞳が通用しなくても可笑しくはない。


「それ・・・は、言えないの・・・」


「そうか・・・なら質問を変えよう。世界樹には何が居るんだい? あそこの頂上からは超越的な何かの気配がする。それと関係があるのかい?」


「それも、言えない」


 言わないのではなく言えない。何かの制限が掛かっていると考えた方が良いか。単純に彼女が恐れている存在なのかもしれないけれど、少なくとも人知を超えた何かなのだろう。

 暫くレオンが黙っていると、今度は緑ちゃんが質問してきた。


「今度は私が聞いても良い?」


「・・・ああ、答えられる事なら答えよう」


 レオンが私に目配せをする。別にいいよと頷く。


「じゃあ・・・この黒いのは何? 人間じゃないよね?」


 もうちょっ・・・・・と、オブラートに包んでもらえませんかね? 流石に心に刺さる言い方は私も耐えられませんよ? 私も人間なので。


「何故、そう思うんだい?」


 少し引き攣った顔になったレオンがそう言う。


「え・・・だって、この人、鎧の下から命を感じないもの・・・人間じゃない・・・ゴーレムでもない。誰かの息吹を感じるの。まるでデーモンロードみたいな感じがするの」


 警戒した目を向けられる私。泣いて良いですか。デーモンロードみたいって初めていわれましたよ。14歳の少女なんですけれど。そろそろ14歳の母になりますけどね。


「あぁ・・・体はゴーレムだが、遠方から操っているからそう感じるんだろう。れっきとした人間だよ」


「嘘っ! 普通の人間にこんなバカげた魔力は宿らないわよっ! 私の空間結界を力づくで捻じ曲げようとしたのよ!」


 してないっす、調べようとしただけっす。


「かの・・・彼は空間結界を調べようとしただけだと言っているが」


「調べるって・・・あんなに結界に他人の魔力を注いだら、構成している魔方式が機能不全を起こして停止するわよ。そしたらあんた達も結界に押しつぶされてたかもしれないのよ」


 ほう・・・。軽く手元に同じような結界を作ってみる。なるほど。確かに構成している結界にも魔力が通っているけれど、これって他者に魔力を通される時点でダメじゃね? 致命的欠陥を放置するとか、マジッククリエイターユリアの職人魂が許さないな。


「それ・・・あんたも使えるんじゃない、どうしてさっきは解除しないで調べるようなことをしたのよ」


 筆談で「さっき覚えた」と書くと、緑少女は恐怖心を顔に出した。なんでよ!


「このひと・・・やっぱり、普通じゃない・・・そんなのありえない・・・元々素養があったとしても・・・怖い。怖いよぉ・・・」


 ちょいまてやああああああ! すぐ人を化け物扱いするのは失礼ですからね! 人権侵害かもしれませんよ! いや少女侵害だね!


 横に座っていた従者ノール君の腰に抱き着いた緑ちゃんは、あざとくスンスンと泣き出して彼に頭を撫でて慰めてもらっていた。おい、ノール。お前、婚約者にチクるぞ。その緑は数千歳のロリババアだからな。


 筆談で「黙れロリババア」と書くと、ノール君が少し笑った。それを不審に思ったのか緑ちゃんが顔を起こし、こちらを見る。見る見るうちに憤慨した顔になった彼女。みんな黙ってたけど言えなかった台詞を言ってやった。


「誰がババアよ! 年は重ねてるけど、年寄り扱いしないでよね! あんたは・・・あんたなんか化け物よ! 何なのよその魔力! 絶対人間じゃないわね! その・・・うっ・・・こっち見ないでよぉ・・・止めてよぉ・・・」


 ギッと鎧を鳴らしながら凝視する姿勢を取ると、途中から緑婆が泣き出した。そういう態度がイケないんだと思います。


 筆談で「少し反省しろ」と書くと、魔力を迸らせて周囲を満たす。泣き出す緑婆。私を宥めるレオン。ロリババアの背中をさするノール君。何だこの状況。


 恐怖で引き攣った泣き声を出し始めた彼女はしばらくすると眠ってしまった。若干レオンに叱られたけれど、私も悪かったので素直に謝った。


 陽が落ちて泣き止んだロリババに筆談で「ごめんね・・・化け物で」と書くとまた泣き出した。謝ったじゃん! この婆さん今のは泣きまねだよ! 目線でレオンに訴えるけど、訴えは通らなかった。納得いかない。


 何だかムカつくので、緑婆は放置してさっさと夕食に行った。イライラしていたせいか、姫殿下に心配されたので、「レオンが早く帰ってこないかと心配していたようです・・・」と遠回しにレオンのせいにしてしまった。ごめんねレオン。


 でもあの緑婆の味方をされたら多分殴る。それくらい、あのロリババが嫌いだ。


 けっ。


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