042
街を出た私たちは更に西の街へと移動した。
「ここはジャブールか。子供の頃に来て以来だな」
「あの時は殿下が街を探索しようと私を連れて、迷子になりかけたのはいい思い出です」
従者ノールが膝の上で書類をカリカリと書きながら相槌を打つ。
「日暮れ前には戻れたのだから問題あるまい?」
「あの街は商人の街ですし、裏の顔も深いですから、今考えると攫われに行ったのと同じですよ。西部の胃袋は食料の宝庫という意味でもあり、何物をも飲み込むという意味でもあるのですから」
「それは今になればの話だろう。当時は陰から護衛が来ていたかもしれないだろう」
「少し見失ったらしいですよ?」
「・・・・・そういう事もある」
「無事で何よりでした」
生きててよかったねレオン。
それにしても従者ノールがこれだけ気安いのは、幼馴染だという事もあるのか。彼は私と仕事の話しかしてくれないので、今度レオンが帰ってきたら昔話でもせがんでみよう。ああ、でも嫉妬されるかもしれないな。出産後にベッドの中が良いかな。
そんな事を考えていると、街中にチラホラと魔術師ギルドの黒いローブ姿の者が見えた。
レオンたちも気付いたらしく、その姿を目で追っている。
「ユーリ、洗脳解除結界と、平衡支配結界を両立可能か?」
筆談で少し時間が掛かるのと、街の中心地に移動する必要がある事を伝える。
「ならそこへ停車してくれ」
運転手の護衛兵に伝えると中心にある時計塔前にワゴンが停車する。当然ながらその黒い巨体に注目が集まり、周囲の市場の者達が集まって来た。
まずは洗脳解除っと。
当然のように響き渡る呻き声と悲鳴、そして嗚咽。一体どれだけの人数を洗脳して悪事を行わせていたというのか・・・。
次に平衡支配を街に広めると、魔法に対して何か突っかかりがあった。首を傾げた私を見てレオンが声をかけて来る。
「どうしたユーリ」
一部、いや一人だけ支配を受け付けない者が居ると伝えると、火魔法変形で地図を描き、その位置を伝える。これ便利だな。上空からのゴーレムの視界をそのまま地形図に書き換えれば、簡単にソナー役になれる。
上空から見た対象者は黒ローブ。背中にギルドの印章を模した刺繍があるから魔術師ギルドの一員で間違いない。ただ・・・あれだけのレベルとスキルを持つ者が魔術師ギルドで何をしている?
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ゴディス=ヴラディナージ(43歳)
種族:素人
レベル:166(6%)
HP:10623
MP:23909
状態:通常
スキル:火魔法LV4(23%)、水魔法LV8(11%)、風魔法LV3(90%),土魔法LV2(41%)、闇魔法LV10(100%)、刻印魔法LV10(100%)、封印魔法LV1(0%)、付与魔法LV2(22%)、魔力制御LV10(100%)、並列制御LV4(78%)、召喚魔法LV2(44%)、契約魔法LV4(98%)、陰陽魔法LV5(4%)、宣告の音色、フリキア言語LV8(1%)
称号:魔を従えし者(魔物を支配する力を持ち、臣従させる者の呼び名)
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自力の高さもさる事ながら、契約魔法や見覚えのないスキルに加えて、妙なユニークスキルを持っている。危険だ。
「行くぞ。その者が洗脳支配している元凶かもしれん」
まずい。レオン達では太刀打ちできるレベルじゃないかもしれない。そう思い、車内の出入り口を塞ぐ。
「・・・どうしたユーリ」
戦力的に不安がある事を伝え、私が様子を見に行く事を筆談で伝えると、そのまま車内から飛び出した。レオンに小型ゴーレムを手渡したので、何かあっても状況は伝えられる。
「気を付けていけ!」
レオンの叫びに軽く手を振りつつ、ガシャガシャと重い鎧の体を走らせる。周辺の住民は半数以上が蹲り、顔面は涙とヨダレと鼻水でドロドロだ。無事なものは殆ど居ない。
街の中心にある時計塔前から走り出し、大通りから小道へと足を進める。中心地からやや外れた屋敷。そこの裏庭に他の黒ローブの集団と居た、ゴディスという男が邸内へと進んでいるのをゴーレム越しに見やる。
種族は人間(素人)だが、その才能は私に匹敵し、レベルはレオン達に及ぶほどだ。真っ当な生き方をしていては、あれ程までの力は得られない。私のようにゴーレムで大森林の遠隔狩りでもしていないと不可能な領域。
土魔法LVが低い代わりに、ゴディスには召喚魔法と契約魔法があった。称号と合わせて考えると、デーモンでも従わせているのだろう。大森林中層以降に居るデーモンの強さと同等なら、私のゴーレムと同等の狩が出来る。そう考えると同類かもしれない。
周囲の喧騒を掻き分けながら灰色の壁で造られた屋敷の前に立つ。門番は居ない。貴族の屋敷と違って人を雇っていないのではなく、雇う必要が無いからか。闇魔法と水魔法の混合魔法で触れた者の精神を支配するように門に付与してある。身内は対象者にならないように魔導具を使わせて家人を住まわせているのだろう。
門の闇魔法を解除し、開門すると暫くして黒ローブたちが玄関内側の近くに集まって来た。まだ扉を開けてはいないが、警戒されているな。扉の向こうに6人、奥の階段近くに4人が杖を構えている。
魔力の高まりを感じ取り、腰の片手剣で門をぶち破ると、案の定、10発の魔法が飛んできた。闇と火と水と土と・・・問題ないか。闘気剣で全て叩き切ると、空中でそれらが霧散する。
「殺せっ」
二階のスロープに立つゴディスが周囲の黒ローブに指示すると、無言で次弾を放ってくるが、態々待ってやるほどこちらも呑気じゃない。玄関扉付近の6人を数秒で叩き切ると、後退していく階段近くの4人がスロープから魔法を放ってくる。
歩きながら魔法を構築するのは常人には厳しいと言われているから、彼らも一般目線でいうところの優秀な魔導師なのだろう。魔賢師級かもしれない。
「うわっ!」
闘気を纏ってスロープに飛び乗りつつ一人を切り殺す。今更だけれど、殺人は今回が初めてだ。だというのに、何の感情も湧いてこないのはゴーレム越しだからだろうか? 私がおかしいからだろうか?
そんな疑問を多少抱きつつ、ロの字に拡がるスロープを駆けて、二手に散った4人を二人ずつ片付けていく。ゴディスは・・・居ないな。奥の廊下から裏庭に続く方向へ走っている。
「・・・」
廊下の向こうには一瞬こちらを振り返るゴディス。その背中に現れる赤い魔法陣。なるほど、あれが召喚魔法か。普通の刻印魔法とは違うみたい。
地面と垂直に描かれた魔法陣からヌルリと何かが溢れだしてくる。
無言で呼び出し、特に指示をする事も無く去ったゴディスは裏庭へと飛び降りる。その身を風が纏い、柔らかく着地しようという事か。それを黙って見逃す私ではないけれど。
「ジャアアアア!」
召喚された緑色の鱗を持つデーモンのようなナニカが私に威嚇する。特に目立ったスキルは無いので土系統の重力操作で地面にへばりつかせると、そのまま呻きながら立ち上がれなくなった。
まだ空中に居るゴディスは2階からゆっくりと着地しかけているところだ。土魔を呼び出して、その足を捕らえるべく、金属の触手を奴に伸ばす。
「なんだとっ」
掴まれつつ地面に着地したゴディスは杖を持っていない手を地面に着け、何かの魔法を周囲に放つ。薄紫の光がゴディスの周囲に広がると、周囲の土が土魔と一緒に崩れ出す。あれは・・・契約魔法と陰陽魔法?
土の構成を陰陽魔法で弄って、契約魔法で土魔を契約解除しようとでもしたか。しかし、土魔は土の悪魔であっても、その実態は私の魔力そのものだ。意識も魂も無ければ肉体も土で作った偽物に過ぎない。再び土魔が地面から触手を伸ばした。
「・・・ちっ」
通用しない事に苛立ったのか、舌打ちをしたゴディスが水魔法で土魔を物理的に引きはがそうと大量の水で押し出す。しかしもう遅い。私が背後に辿り着いた。
ズシャリと2階のベランダから飛び降りた私の足音が、ゴディスの後ろに響く。それは同時に振り下ろされた、ゴディスの左手が切り落とされた音と同じ音だった。
「ぐぁっ!?」
自分の水魔法で土魔ごと私から離れたゴディスは、左手の杖が切り落とされた事で魔法の制御を失ったようだった。魔力制御LV10なら素手でも出来そうなんだけどね。
予想通り、残った右手で水魔法を操り、自分の全身を覆うとそのまま後方に向けて背中から空中に飛び上がった。奴にとって杖はもう要らないようだ。私にはゴディスが必要だ。大切な証拠品だからね。
駆け寄ってゴディスの背後に巨大な土壁を作り出し、風魔法でその両足を狙う。だが、残った魔力で風魔法を操ったゴディスは、腕を切断された痛みがあるにも関わらず防いで見せた。お見事。大した気迫だ。
しかしまだ甘い。
土魔がゴディスの後ろにある土壁側から金属触手を飛び出させて斬撃を両足にお見舞いすると、ゴディスの両足は私に向かって切り離され、飛んでくる。それを剣で払いつつ、ゴディスの腹に刺突をお見舞いすると、長いロングソードがゴディスを土壁に磔にした。
「ぉっ・・・ぁ・・・・ゴア・ブラムス・マネク・パーサ・・・」
苦しみ、体をよじる力も無くなったゴディスは何かを呟きながら私を睨みつける。流石のHP1万越え。これでも死なないか。まぁ、予想通りだからやったんだけど。
「貴様は・・・何者だ・・・何故、通用しない・・・」
言葉を出せないので、そのまま水魔法を使って止血させる。その行為の意味を理解したのか、ゴディスは「自分に向かって」何かの魔法を発動しようとした。
だが、させない。
快癒の水を口の中に溢れさせ溺れさせると、同時に発動した闇魔法で精神を縛り、魔法の発動そのものを封印魔法で縛る。封印魔法は、魔力と精神に直接作用する効果が多く、こういった場合に有効だ。
グッタリと意識を失ったゴディスの腹から剣を引き抜き、屋敷の中に残った召喚魔獣を片付けると、そのままレオンたちの元へ戻った。
◇◇
ジャブールの領主館にお邪魔させてもらい、領主に事情を話すと泣いて喜ばれた。ようやく解放された事に加えて、これ以上、魔術師ギルドに手を貸さなくて済むと過去の非道に憤慨していた。
解決したのはレオンが主導した事にして、私と黒い鎧騎士ユーリの名は伏せてもらった。まぁ、洗脳されていなかった人は私の姿を見たかもしれないが、それでどうなる話でもないので、何か言われてもレオンの一味という事で問題ない。
「では、暫く地下牢を借りるぞ」
「御心のままに」
お陰で領主様はレオンに心酔し、忠誠を誓うようになった。あなたの忠誠心は本来、国王陛下に捧げるものなのですけれどね。王太子だから別にいいのか?
片手と両足を切り落とされ、封魔の首輪をつけられたゴディスが聖騎士によって運ばれていく。行き先は領主館地下の牢屋だ。これから尋問で得られる内容が、この一連の事件の真相に関わる内容だと嬉しいのだけれど。
「起きろ」
張り手を一発、頬に食らわすとゴディスが目を覚ます。
「あぁ・・・う・・・」
闇魔法と、錬金術で作った自白剤の相乗作用を食らったゴディスは朦朧としている。だが口は利けるようで、問題なくレオンの問いに答えていた。
彼は西の隣国、公国からやって来たという。正式名称はメルトラ公国と言い、都市国家連合のような国だ。それぞれの領地と呼べる土地を大公家が支配し、それらの家が寄り集まって協力体制を敷いたのがメルトラ公国になったという。
それらの詳しい情勢も世界樹の根と言われる山脈に隔たれているので、王族であるレオンも詳しい事は知らなかった。こうして国民であり当事者でもあるゴディスのような者から聞くまでは、へぇ~公国ねぇ・・・というくらいにしか知らないそうだ。
そんな公国の闇魔導師がどうしてエステラード王国に居るのか。簡単に言うと情報収集の為らしい。元々ゴディスは冒険者として公国の各地を渡り歩いていたが、その腕の良さを公国の連盟盟主たちに買われ、こうしてエステラードの内情を探るスパイになったのだとか。
しかし、調べていくうちにエステラード国内には公国の脅威となる物が多数生まれているのを知り、鳥文を使った連盟の指示により王国の力を削ぐため、内乱を計画したという。
脅威とは私の作り出した数々のゴーレムや竜船である。
あれらが数を揃え、他国を侵略できるのは一度見れば簡単に予測が立てられる。公になっていないが、竜船などは一機あれば他国の首都を壊滅できる戦力を有している。
自動車ゴーレムや収納ゴーレムも、竜船で破壊行動を起こした後の侵略行為には抜群の性能を発揮し、瞬く間に公国内を占領できるだろう。
そう考えると、ハイネさんの指示は正しかったのかもしれない。公国が私の造ったゴーレムを恐れ、エステラード国内での破壊工作を企んだ。私が作り出さなければ、西部は此処まで混乱していなかった。
ガシャリと黒い鎧が壁に背中を付ける。思わず操作を誤って壁に寄りかかってしまった。
「・・・ユーリ。勘違いするなよ」
レオンが私を真剣な目で見通してそう言った。
「彼らはゴディスが居なくとも機を窺っていた。切っ掛けがそうだったというだけで、いずれ王国内に混乱を齎していたのは確実だ」
だから私のせいじゃないと、レオンはそう言いたいのだろう。でもね、私の理念はみんなの幸せなんだ。それを自分の手で真逆な事を呼び込んだのかと考えると、どうしても壁に着けた背中を前に押し出せないんだよ。
「考えが足りなかったと自省するなら、これから一緒に考えていけば良い。私達の誰もが、良く分からない連中の考えを読み通せなかった。誰か一人の責任ではない」
「・・・」
私が無反応で居ると、従者ノールも黙って頷いてくれた。
そう、かもしれない。ただ、私の友人はその可能性に気付いていた節がある。ハイネさんは、こういった事が起こりえるかもしれないと、私を止めようとしていたのかもしれない。
そう考えると、聞く耳を持たなかった私のせいじゃないのかと、起こってしまった事実に衝撃を受けたまま、心が立ち直れそうにない。間違えたのは自分なのだと。耳を貸さなかったのは自分なのだと。ワガママで引き起こしたこの事件の真因は私なのだと。
「ゴディスを連行する。このままこの街に置いても暗殺されるだけだろう」
「はっ」
聖騎士達がゴディスを立ちあがらせて、そのまま街を出た。風獣に乗せたゴディスはレオンと従者ノールの三人で移動し、当日の内に王都に辿り着く。風の結界も大分強化されたので寒くはなかっただろう。加速した時の重力加速度で疲弊したのか、従者ノールとゴディスはフラ付いていたが・・・。
「では、重要参考人は封魔の首輪を着けたまま、拘束具を着けて護送してくれ」
「承知いたしました」
レオンから王城の近衛兵に引き渡されたゴディスは、封魔の首輪を着けられたまま拘束具を着せられ、両足と片手の袖だけブラブラとさせたまま護衛付きの地下幽閉所へ運ばれた。
そこは要人などを匿う時に使う部屋で、牢獄のような息苦しさはあるが、生活を送る分には不自由しない部屋だ。メイドもついているらしい。
その晩、レオンは私を慰めてくれた。
ハイネさんの言う事を聞かなかったという一点張りの私を、仕方なかった、悪いのは公国でユリアじゃないと言い続け、私が寝るまで頭を撫でてくれた。
こんなに情けない姿を見せるのは初めてだった。親にも兄妹にも友達にも見せた事が無いくらいに、情けない姿だった。
散々甘やかされた結果、翌朝に起きた時は持ち直していたけれど、随分とわがままを言った気がする。
「・・・行かないで」
「ユリア・・・まだ、西部には洗脳されている街がある。彼らを解放しなければならない。そうだろう?」
「・・・うん」
「なら、次の街でまた一緒に頑張ろう。こうして触れ合う事は出来ないが・・・」
「うん」
暫くの間、メイドは立ち入り禁止にさせた。だって恥ずかしいし。
その後、来た時と同じようにレオンと従者ノールを乗せて風獣が飛び立った。特急便で戻ったので、黒い鎧騎士ユーリから見たノールは青い顔をしていた。すまん。




