004
一週間もすると、両親も私の変化に気付いたのか、頻繁に会話をするようになった。一気に大人びた事に不思議そうな眼を向けられたが、様々な言葉を交わすうちに色々と判明した事がある。
まず、ここはエステラード王国と呼ばれる国家である事。私達の家は数ある領地の騎士爵領の中にある開拓村にあるそうだ。なるほど、だから家の周りに柵も無ければ草も生え放題だったのね。
そしてレベルだが、これは魔物を倒した時に上がりやすく、スキルを多用して何かを造る時にも上がるらしい。剣士は剣を振ってるだけじゃレベルが上がり難いって事だ。
逆に農奴のアルトは作物を作っているだけで、微小な経験を得ているのか親の手伝いをし始めた頃から考えると、15年近い農作業でレベル6になった事になる。魔物と戦った事は無いらしいので、斧術は木を切るだけで上がるのかもしれない。
逆にブランは飽きるほど魔物を狩って来たらしいのでレベル58は順当な上がり方なのかもしれない。
ここで二人に共通しているのが、命を作るか、命を狩るかのどちらかの作業を行っていたという点だ。生み出すか、消し去るか。そのどちらかに関わった時点で経験値を得ている可能性がある。
それに気付いた時点で私はある行動を取るようになった。
「てぃ」
べちっと床を走る虫を潰す。ステータスを見る。うん、変化が無い。
庭から拾ってきた棒切れを使って虫を殺せば、私もレベルが上がるかもしれない。そう思ったのだが、一週間もそれを続けて変化が無いという事は、意味が無いのかもしれない。はたまた、膨大な数の虫を殺さないといけないのかもしれない。
「ユーリ、そんなに虫が嫌いなの?」
「ううん、嫌いじゃないよ」
経験値稼ぎに狩ってるだけです。意味ないかもしれないけど。
「じゃあ何でいっぱい虫を潰してるの? 虫さん可哀そうだよ?」
魔物は可哀そうじゃないのかと言いかけたけど、娘は優しく育って欲しいという親心だろうか。ブランは言い聞かせるように優しい声と笑顔で語り掛けてくれた。
だが、その意志は跳ね返す。
「ママみたいに強くなりたい……」
「そうなの……でもね、虫を潰しても強くはなれないのよ」
「そうなの?」
「うん、倒すのは魔物じゃないと強くはなれないの」
マジかよ……無駄に大量虐殺してしまったよ。虫キラーユリアは引退するしかないようだ。
「じゃあ魔物倒す!」
「う~ん……一番弱い魔物でも、まだ無理かなぁ」
私の頭を撫でつつ苦笑いをするブランは、しかし反対意見を出さずにいてくれた。理解ある母親だが、それでいいのか。
それ以降、私は虫を狩らなくなったが、代わりにブランが剣の扱いを教えてくれるようになった。朝夕と剣を振っているブランは、正直言って美しい。剣を振っているときに強く放出される体から出ているモヤモヤは、どうやら闘気らしい。普通は薄っすらとしか見えないらしいけれど、私がハッキリと見える事に驚いたらしく、それ以降熱心に剣を教えてくれるようになった。
「はい打ち込んでみて」
「いいよ! さすが私の娘!」
「ん~! 天才かも!」
ちょっと親バカが過ぎる気がするが、剣の扱いに関しては一切の妥協をせずに教えてくれるので、素晴らしい教師だと言える。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ユーリ、苦しくなった時こそ正しい型で振りなさい。魔物はあんたがへばってようが元気だろうが関係なく襲ってくるよ!」
「はひっ!」
木の枝が重い。今はまだ、真っすぐ振り下ろす型しか降らせてもらっていないが、単純に私の体が弱い。力が無さすぎる。体力もそうだ、あっという間に疲れてしまう。直ぐに息が上がり、真っすぐな枝がフラ付く。
「違う!真っすぐ振りなさい!最初から!」
「はひぃ!」
10本。たったの10回振り下ろせと、ブランママは私にそう言った。内心でそれを嗤わなかった。これが想像できたからだ。終わらない10本。ただ上段から真っすぐ振り下ろす動作を10回1セットで終わる鍛錬なのだが、教わった上段からの振り下ろしは真っ直ぐになっていないと最初からだ。
終わらない。腕も震えて、枝を握っている指から感覚が失われて久しい。手の表皮は破けて血が出ているのだろうか? 足はどうか。震えて膝が笑っているかもしれない。分からなくなるほどに疲労し、ただ真っすぐ振り下ろす事しか考えられない。何かを気にしている余裕など在る訳がない。
「さんっ」
3本目まで問題無し。ゆっくり確実に、しかしブランママの掛け声に遅れる事無く真っすぐに振る。
「よんっ」
振り下ろして直ぐに元の場所へ振り上げる。ただそれだけなのに、枝が重い。
「ごっ」
振り下ろす枝に重さを感じない。何かが麻痺しているのだろうか、持ち上げる時にだけ重さを感じる。
「ろくっ」
一瞬、まつ毛に汗が掛かり、瞬きをすると頬に流れた。振り上げる時で良かった。
「しちっ」
遅い? 振り下ろす速度が遅くなっている気がする。足の踏ん張りが足りないのか。振り上げる時になって初めて、そのことに気付いた。
「はちっ」
「あっ」
振り下ろすと同時に枝がすっぽ抜けて飛んでいった。あぁ……上げなきゃ、腕を、上げなきゃ。取りに行かなきゃ。足、動いてよ。足!
ずずずっと右足を動かすと、姿勢が変わったせいなのか、急激に膝から力が抜けた。反対の左膝を強く地面に打ち付けた。痛い。なんだ、感覚が残ってるじゃないか。動けそうだぞ。大丈夫だ。そのまま、残った左足で右足分の重量を支えるように立ち上がろうとする。
「あれ」
そのまま斜め前にバランスを崩して倒れた。内向きに左の掌を地面につけると、ここもまた擦りむいたのかもしれない、何となく痛いような気がした。足より手の方が痺れているらしい。
「ユーリ!」
「ん、取って、くる」
両手の平を地面に押し付け、腕と肩で状態を起こす。腰も力が入る。そのまま反動で足で立ち上がろうとして、尻もちをついた。
「あれ」
「……」
ブランママは私の怪我の具合を見ている。特に問題ないみたいだ。悪戯っ子みたいな顔を向けて来た。何か嬉しい事でもあったらしい。
「へへ……飛んでった」
「あぁ、あっちに飛んでいったね」
「えへへ、あっ、いった……痛くなってきた」
疲れがピークに来てオカシクなったのだろうか、何とも言えない感じで笑いが込み上げてくる。それと同時に、失敗したのにやり切った感がある。未達の達成感、いや満足感かな。恐らく私は、自分の限界を知れて嬉しいのかもしれない。
「水で洗って練り薬草でもつけときゃ治るよ。よく頑張ったね。偉いよユーリ」
「ん……次は10本、振る」
「おぅ、頑張んなさい」
「へへ」
今日の訓練は此処でお終い、ブランママの宣言で家の中に運び込まれてしまった。
膝よりも掌の怪我が酷かった。オーバーワークで皮がズル剝けな状態で地面で擦りむいたのだ。両手がベロベロになっていた。父親のアルトが包帯を両手に巻いた私を見て、何事かと騒いでいたけれど、ブランママは「それより娘を褒めてやんなさい。私もあそこまで頑張ると思ってなかったわ」と言ってアルトパパは一瞬呆れていた。
私が次も同じくらいやると宣言すると、アルトパパは何も言えなくなってしまった。心配しつつも内心では応援してくれているようだ。有難い。流石ブランママを嫁にした男だ。ただものじゃない。
怪我が治るまでの数日は別メニューになった。気力制御を教えてくれるらしい。前に私が相談しようとしていた、あのスキルだ。昨日と同じ裏庭でブランママと対面している。
「闘気を覚えるには気力制御を覚えないといけない。だから、ユーリはまず気力制御スキルを手に入れなさい。毎日これをやってれば覚えるわよ。私の娘だからね!」
「はい!」
元気に返事をすると、ブランはいつも満足そうに笑顔になる。多分、私が覚えなくてもあの笑顔は変わらない気がする。それくらい、彼女は私に笑いかけてくれる。
「気力は魔力と同じで誰でも持ってるけれど、使い過ぎると体力が減っていくから注意が必要なの。だから、今からユーリに教えるのは気力を抑える方法ね」
「抑える?」
「体から出ないで~ってお願いする方法」
つまり流出する気を体内に抑えるって事かな? 何だかバトル漫画っぽい感じで解り易いな。
「どうすればいいの?」
私の質問に対し、ブランは私の胸。心臓の位置に指先を当てると、そのまま衝撃を体内に押し込むように静止した指先からモヤモヤを私に流し込んだ。まるで心臓を掴まれたような息苦しさを覚えたが、一瞬でそれは解消されてブランはニヤリと指を放した。
「ユーリの此処にママの気を集めたから、ユーリの体がそれを防ごうと気を流し始めたみたいね」
ショックを与えて無理矢理反応させたような事を言うが、それは大丈夫なのか? 私が心配していると、ブランは私の頭に片手を当て、もう片方の手を心臓付近に近付けた。
「ママがユーリの気が全部出て行かないようにしてあげる。だから今の内に」
自分の体を見下ろす。……確かに私の周りにブランのモヤモヤが漂っていて、私のモヤモヤが体表から離れなくなっている。セーフティを掛けてくれているのか。有難い。
教わった通りに胸のあたりに気を集め、螺旋を描くように全身から収集するイメージを始めると、数分もしないうちにそれらが手足を、胴体をグルグルと回る様に、そして胸の前で螺旋を描くように心臓に集まってきた。
それらは体の中を通っているのか、再び手足と胴体から噴出し、再度胸に集まり全身を循環し始める。
ブランママは天才肌だろうから、ブワーッと来るからギュっとしてやれば出来るよ! とか言うのかと思ったけどそんな事は無かったです。
「んぃ」
だが、唐突に感じる痛みに姿勢を崩し、ブランが支えてくれた。どちらのモヤモヤも消えているところを見ると、どうやら私の気の噴出は抑えられたらしい。
「すごーい! ユーリすごいよ! 普通は5年掛かるって言われてるスキルなのに! すごーーーーい!」
脇に手を入れて頭上に持ち上げられた私は、グッタリしたまま暫くブランの玩具となっていた。待って待って、下ろして。何か気持ち悪くなってき……うっ。




