026
三日後。無事に申請が通ったことをギルドで確認し、王都観光をしていると、どうしても見たかったものが見つかった。
「これがマジックバッグ・・・」
「ええ、最近になって古代遺跡から出土したものです。表面は洗浄していますが、保護の魔法が掛かっていたので殆ど劣化はしていません。数年に一度しか手に入りませんから、このままオークション行きですね」
だよねぇ。一般庶民が店頭で買えるものじゃないよねぇ。
でも値段は知っておきたい。
「ちなみに定価でお幾ら? オークションだと相場はどれくらい?」
「そうですねぇ・・・」
既にA級商会員である事はカードで知らしめているので、特に侮られる事は無いはず。
「知りうる限りでは定価が聖金貨10枚、オークションだと過去最高が聖金貨300枚でしたかね・・・」
10億から300億か・・・ほうほう・・・。買えるけど、特に理由もなく無駄使い出来る金額じゃないな。ブランママに叱られてしまう。
「誰が買うんですかね・・・」
「少なくとも私には無理ですねぇ。これも売り払ったところで差分の利益もトントンですし・・・ま、私ら商売人にとってはタダの宣伝目的の商品でしかないんですよね」
原価ゼロで仕入れている訳でもないから、その理屈は解る。むしろ売値が仕入値より低いなんて事も十分にあり得る商品だ。買えてしまう事は黙っておこう。
「これってどれくらい入るんですか?」
「入れてみます?」
お? 触っていいものなんだ?
「入れてみたいです!」
「どうぞどうぞ」
こういう時こそ子供パワー発揮! 躊躇などいらぬ! 媚びぬ! 怯ませぬ!
というわけで、手持ちの傘をガボッと入れてみた。
「・・・・・なんか、今、こう、手に魔力がね、こう・・・ぬるって・・・」
「気持ち悪いでしょう?」
嬉しそうに言いやがって!
「うん・・・気持ち悪い・・・もうちょっと見ていいですか?」
キモイけど何か掴めそうなのよね。
手を入れる。中でグーパーしてみる。傘を出してみる。傘を開いて閉じてみる。もう一度手を入れてみる。中をかき回してみる。
「・・・・・うん、やっぱり魔力のプールだ」
「魔力のプール?」
横で見ていたハイネさんが、同じように鞄に手を突っ込んでみる。
「ん~? 良く分からないわね。どの辺がプール?」
「池に手を入れてるんだけど、その中だけ空中に浮かんだ水がプールみたいになってるの。だから、その内部が結界になってるのよ。結界の出入りは簡単だけれど、内部に入れば別の空間として認識される。それをバッグという媒体に閉じ込めてるんだわ」
「・・・・・・・・・・? ごめん良く分からなかった」
「つまり異次元空間みたいなもので、この中はこの世界であってこの世界じゃないの」
「・・・・・? 余計に良く分からなくなった」
なんでだよ! A級冒険者なのに!
「物理的な話をすると、真空の箱が一番近いかな」
「あ~・・・魔力しかないトンデモ空間って事か」
この世界で真空をつくると魔力しか残らないので、魔力に対する物質的な干渉が無くなり、魔法が発動しやすく暴走しやすい素敵空間になる。ハイネさんが言っているのはその事だ。
「簡単に言うとそういう事」
「・・・・・原因と結果だけ解っても、方法が分からないんじゃ、知ったところで同じものは作れないだろ?」
そうなんだけど、方法は恐らく結界が一番近い。結界の作り方が特殊過ぎるだけだと思うから、そこさえわかれば・・・・・。
「おーい、ユリア?」
「あ、はい?」
「調べられることは出来たんだからもうバッグ返してあげたら?」
「あああ、ゴメンなさい・・・」
ぺこぺこと平謝りだけして、適当に魔導具を何か買って出てきた。
ライターっぽい着火用魔導具をカシャカシャ操作しながら、帰り道でも悩む。
「うう~ん・・・・・」
「まぁだ、悩んでるわけ?」
「結界の組み立て方さえわかれば、多分行ける気がするんですよねぇ・・・」
うんうん唸る私を横目に見ながら、ハイネさんがお土産になりそうな売り場を案内してくれている。本日のお土産巡りの観光旅行は終わりとなった。
明日は試験当日だ。試験内容とかわからないけど、とりあえず一連の訓練は熟して寝よう。果報は寝て待てだ!
◇◇
王城の跳ね橋を渡ると、門の向こうは騎士景色だった。
「な、なんか物々しいですね・・・」
「そりゃ今日は外部の人間が試験に来るんだ、警戒するでしょ」
そりゃそうか、申請していても私たちは危険人物扱いと考えても可笑しくないか。王様の命が掛かってるんだから当然よね。
それにしても強いな。LV50以上しかいない。門番が強いんじゃなくて、王城勤務の騎士たちも強いんだ。街の衛兵はそうでもなかったけど・・・。
「魔導士認定試験の受験者はあちらの奥へ進んでください。付添人はこちらの観覧席でお待ちください」
「それじゃハイネさん、行ってきます」
「がんばってきな」
ん~。あたまグリグリされた。両手で手櫛を使ってワサワサと直しつつ通路を進んだ。
奥には控室のような物と、名簿を持った騎士。そして数人の宮廷魔導士。幾つかのルートに分かれて更に別室に連れていかれるようだ。仙人級は何処に入ったらいいんだろ。そういや、申請書には飛び級で受けられるとか一切書いてなかったけど・・・鼻で笑われたらどうしよう。
「次の者、前へ進め」
「は、はい」
めっちゃ見下ろされてる。みんな背高いなぁ。騎士ってみんなこうなの?
「えー・・・ユリアネージュ。北部マインズオール領出身、9歳・・・9歳!?」
「おい、何言って・・・」
名簿を持った騎士が驚いて、隣の魔導師が何やってんだコイツと言わんばかりに名簿をみて彼も驚いた。
「・・・・・魔力制御をやって見せろ」
「あ、はい・・・」
グンっと常時行っている魔力制御を、微弱から最大に一気に上げると、魔力に煽られた風が少し周囲を対流し始めた。レベルが上がったせいか、更に制御力が上がったせいか、紫色の光が若干舞っている。
「わ、わかった・・・仙人級とは本気か?」
「本気です」
魔導師の人が確認してきたが真剣な顔で答えると、騎士ともう一度顔を見合わせた後で「あそこの道を進め」と指示してきたので、何やら受験票的なリストバンドを渡されて奥に進む。
道なりに進むと、広い待合室のような所に出た。何だろう・・・野球のブルペンみたいな薄暗さで、小さな窓の向こうには目の高さに砂の地面と・・・冒険者ギルドの訓練場のような施設がある。
背伸びをして窓からのぞくと、周囲を壁に囲まれていて壁の上には観覧席がズラリ。おいおいおい、満漢全席ってどういうこと? 王様っぽい人が座るような中央付近の座席には既に騎士が待機して立っている。
観客アリって聞いてないんですが・・・。
「ちょっと風獣かもん!」
よっと、背中に乗って窓からチェックだ。
準備が整ったようで、魔術師級の試験から開始される。この魔導士認定試験だが、どうやら単純な実力試験を重視されているようだ。まぁ・・・知識があってもスキルが生えなきゃ、どれだけ頑張っても覚えられないもんね・・・。
昨日から思いついた結界を両手の間でゴネゴネしつつ、魔術師級の試験を観覧する。
「はじめ!」
ボッ
ボボッ
ドンッ
ヒュバッ
ビシャッ
的あて競技? 基本魔法を指定した的に命中させて、威力が規定以上なら的が壊れる。
壊れなかったら失格・・・かな?
「そこまで! 次の5人、前へ!」
横で見ている魔導師たちが手に持ったボードに書き込み、一枚捲る。採点者かな。
「はじめ!」
次々と放たれる各属性の攻撃魔法。外れる魔法、当たる魔法、壊れる的、壊れない的、色々だ。それが20回くらい繰り返されると、魔術師級はお開きになった。
場内アナウンスが、次の魔法師級試験を開始する事を告げ、国王様に向かって一礼する。あ、来てたんだ。初めて見るわ~。結構スマートというか筋肉の塊みたいな人だ。端的に言うとデカい。横に座る女性は王妃かな。次いで王子と王女たちかな。護衛には見えない。
ドッドォン!と炎の柱が現れたり、石の槍衾や、小さい渦潮が現れて魔法師級も終わった。普通に中級魔法だけのランクって感じだ。
国王や騎士たちもウンウンと頷いている。まぁ、彼らからすれば魔物と戦うための貴重な戦力か。他国との人同士が争う戦争なんて無いんだし、スカウト会場みたいな物でもあるのかな・・・。
「続いて、魔導師級を開始します!」
おお、14人もいる。魔法師級は30人くらいしかいなかったけど、どんどん少なくなっていくのは、高位になるにつれて使い手が少ないって事か。
この国全体でそうなのかは分からんけど、とりあえず見てみよう。
「はじめっ」
先ほどまでと違い、大きな柱のような的が用意したあったのだが、それが動き出した。土のゴーレムを使った実戦形式の試験のようだ。
おぉ、とかキャア、とか歓声? が聞こえる。ゴーレム自体は見慣れている人が少ないのか、結構適当に作った泥のゴーレムに見える。あれなら4歳の時に作ってた気がするなぁ。もうちょっと、こう、間接とかを意識して作って欲しいと思うのは・・・人形師としてのプライドなのかな!
一人で気味の悪い笑顔を作りながら観戦していると、次々とゴーレムが倒されていく。
一人の試験者に一体ずつ・・・壊せたら合格なのだろうか。上級魔法限定なのかな?
最後に魔賢師級の3人が出てきた。今度は土のゴーレムではなく、鋼鉄のゴーレムを複数相手に最上位魔法で破壊していった。あの3人は合格だろう。
「そこまで!」
大歓声が上がり、国王が立ち上がる。ん? まだ終わってないけど・・・。
「皆の者、良く励んだ、今回合格できなかった者は更なる鍛錬を、合格できた者も更なる鍛錬を積み、今以上の腕を身に着けてもらいたい。我々人間の住まう世界を取り戻すために!」
王様が良い事を言っている横で、司会の騎士さんがオタオタし始めた。横に居る騎士のオジサンが王様に何か伝えているが・・・?
そこで場内アナウンスが上がり、最後の試験を行う旨を通達した。
「え、国王陛下のお言葉を遮ってしまう形となり誠に申し訳ございません、しかしながら、最後の仙人級の試験が残っておりますので、その者の試験を執り行わせていただきます。魔導師各位。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
ゾロゾロと壁際に魔導士が現れ始め、中央に何かの像が運ばれた。壁際の人たちは結界役だろうか。定間隔で魔力を練り始めた。
「お待たせいたしました。最後の仙人級試験の挑戦者をご紹介いたします。遠くマインズオールからやって参りました、ユリアネージュです。どうぞ入場してください」
入れって、どこから・・・あ、壁が動いた。いいや、このまま行っちゃおう。ゴーゴー風獣!
スタスタと仕掛け扉らしき場所に入って会場に進むと、ザワザワし始めた。
ん? あそこの太い人は王都の商業ギルドのギルマスでは? あっちにはハイネさんもいる。冒険者ギルドのギルマスと、あの鍛錬場で見た事があるような気がする人も数人いる。
やだなぁ、こんなにギャラリーが居ると思わなかったよ。変に緊張するわ。
「あの・・・その魔獣? は何でしょう?」
「?・・・召喚獣です。消したほうが良いですか?」
「あー・・・ええ、消してください」
何か魔導士の偉そうな人の方を騎士さんが見て、こっくり頷かれると消去命令が下りた。一撫でして風獣を送還すると、おぉ・・・と声が上がる。なんやねん。
「合格基準が解らないのですが・・・」
司会の騎士さんに聞くと、はぁ? 何言ってんだコイツは? という顔をされた。
「あれを粉微塵にすればいいのですか?」
「あ、ああ、出来ればだが・・・アダマンタイトの像だから粉微塵は無理だと思うが、目に見えて破壊で来たと解れば合格だ」
ああ、そういうこと。あれだけの硬度なら仙気を魔法に加えないと壊せないから、そういう基準で決めている訳ね。
「わかりました」
スタスタと中央付近に歩いて、開始の合図を待つ。
待つ。
待つ。
?
おう、騎士さんよ。
合図はまだかいの?
騎士を睨むと反応が無かった。
何々? 何待ち?
「あの~、始めても宜しいですか?」
「あ、ああ!はじめ!」
はよせな。
合図とともに仙気を纏い、騒然とする周囲を無視しながら周囲の結界が急に強化されたことを確認しつつ、風と火の魔法の準備を行う。
使う魔法は風刃。これを密集させてゴーレムを切り刻むとしよう。
次に火魔法の火炎牢獄で焼き尽くしてドロドロにするというのは如何?
という事で、始めましょうか。仙気風刃柱!
「ほっ」
ザザザザ!と数千の刃が動き始めたゴーレムを切り刻み、足元から粉々にしていく。
倒れてバラバラになったゴーレムを火炎牢獄で包む。
格子無しバージョン!球となって包め!
「てぃ」
ジュッと鍛錬場っぽい地面ごと溶岩の塊になる様に、覆った球を徐々に小さくしていく。高速回転した青い火球は静かに小さくなって中心にヘドロのような黒い金属塊を残して完了っと。
チラリと騎士を見る。
騎士は呆けている。
騎士を見続ける。
騎士は呆けている。
騎士をまだ見続ける。
騎士は呆然としているだけだ!
「あの!」
「ひぃ!」
いや、ひぃじゃなくて・・・。
「合格ですか?」
「あ、あ、あ、そ、そこまでぇ!」
合格とは言ってくれなかった。これは受かったのか? 落ちたのか? どっちだ?
金属塊を見つつ悩んでいると、先ほど騎士に反応していた老魔導士が近づいて来た。
う~ん・・・まだギルマスの方が強いかな。レベル81 MP6700くらい。
「おぬし、何者じゃ」
「・・・? ユリアネージュ、9歳!」
どうだと言わんばかりに両手を腰に当てて伝えたが、お爺さんは固まってしまった。あれ? なんか間違えた? ハイネさんを見ると頭を抱えているし、ギルマスたちはギャハハハハハと笑っている。
あるぇ~・・・?
「ほう、誰に師事した?」
「しいて言えばお母さん?」
「母の名は?」
「剣姫ブランネージュ」
ざわざわとその名を聞いて盛り上がって来た。うん、戦闘狂という声が一番多いね。なんで称号欄に付かないんだろうか。二つ名は称号にならないとか、そういう理由かな。
私も殲滅者ってついてないし。
結局あの老魔導士は何者なのか分からなかったけど、試験には受かった。現代において4人目の仙人の誕生を祝うと言われた。私と老神官と、後二人か。誰だろ。
落ち着いたところで国王陛下からのお声が掛かった。
「ユリアネージュよ、宮廷魔導士となって余に仕えよ。更なる魔物を駆逐し、共に人の世を切り拓こうぞ」
「申し訳ありません。私は冒険者になって世界中を旅して、いつかは大森林の中心を見てみたいので、お仕えするわけには参りません」
ごめんなさいと頭を下げると、ギルマスの笑い声と、貴族達の不敬だ!という声と、魔導師たちの動揺の声が響き渡る。
サッと国王陛下が横に手を上げると、ギルマスの笑い声以外が静かになった。あのお爺ちゃん自由だな。
「そうか、ではいつの日か世界の中心に辿り着いた時には、私にその目で見たものを伝えてくれ。楽しみにしているぞ」
「はい!必ず!」
うん、嬉しそうに笑ってくれたので良しとしよう。
王子様と王女様の目がキラッキラしてた。だよねー、世界の中心とか言われたらワクワクするよねー。
多分、あの王様も王子様達も冒険譚は大好きと見た。
王妃様は・・・そうでもないな、物凄く無表情で怖いわ。
ステージを去り、騎士団鍛錬場の外に出るとギルマスとハイネさんが待ち構えていた。
「どうだった?」
ハイネさんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「実はちょっと物足りない感じ・・・」
「あはは、まぁ、あんなゴーレム一匹じゃね」
世界の中心がどうのこうのはワクワクしたけどね!
「しかし大見得を切ったな。世界の中心を見てくるたぁな」
ギルマスの爺さんが楽しそうだ。
「うん、もっと強くなって、魔王に会ってくる!」
「そこは倒してくるじゃねえのかよ?」
ギルマスもワクワクしてきたようだ。
「敵だったら倒す。敵じゃなったら、昔話を聞いてくる!」
「はっ、そうだな。何千年と生きてるかも知んねーし、最高の情報源だな!」
「そういうことっ!」
ギルマスに拳を出すと、ゴッと巨大な拳をぶつけられた。痛い。もうちょっと手加減をぉぉぉぉぉぉ。
「んで、どうすんの? もう帰る?」
「ん~、お母さん、ああ見えて凄い心配する人だから今日の内に帰る」
「そう。なら一緒に行くわ」
あれ? 王都に残る物だとばかり・・・。
「良いの?」
「だって面白いじゃない。世界の中心を見て来るんでしょ?」
「えっへへ~」
「なによ・・・」
「いやぁ、ハイネさんも冒険者だなぁって思って」
「当然よ。これでもA級よ?」
「しってま~す。それより先生」
ヒクっとハイネさんが顔を引き攣らせた。えぇ~、良いじゃないですか先生呼びしたってぇ~。
「可愛い生徒が仙人級になった御褒美が欲しいです。甘いものが欲しいです。王都にはスイーツショップなるものがあると聞いていたのですが!」
「ぐっ・・・仕方ないわね。行くわよ」
「いえっっす! 早く行きましょ~う!」
ハイネ先生の背中に飛び乗り、後頭部におでこをグリグリしてあげる。
「おい、ハイネ。お前、マインズオールに戻るのか?」
「そうよ。暫くこの子を見ていたいからね」
「なら、アイツも連れて行ってやれ。いい加減、ケジメ付けてこい」
ギルマスはそう言うと周りの冒険者さん達と去っていった。受付嬢さんは私もスイーツ!とか言っていたが、仕事しろぉ!とギルマスが一喝しつつ去っていく。
声がデカいと目立つな。
◇◇
「うんっまぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「・・・」
素晴らしい。目の前には丸くて黒いステージに、輝くクリスタルに盛り付けられたデコレーションパフェという名のお城!
更にはドラルサイダーというバニラ風アイスを載せた喉越し最高の炭酸飲料!
止まらないドルチェ! 終わらないパーティ! あぁ、ここが私の晴れ舞台! 一世一代の勝負どころなのよぉぉぉ!
「顔がうるさい」
「なんてこと言うんですか!」
まったく、乙女の顔を煩いとか失敬な。
「ハイネさん全然食べてないじゃないですか。プリン一個で満足ですか?」
「後は口直しの紅茶で十分だわ。もう少しサッパリしたものが好きなのよ」
「ハイネさんは人生の9割を損しています」
「あなたの人生って甘味がほぼ全てなのね・・・」
ズズズと紅茶を啜るハイネさんの目が死んでいる。これはきっと糖分が足りないせいだ!
「さぁ」
ずいっと出したスプーンにはアイスが載っている。
「な、なによ」
ハイネさんは顔を逸らした。
「さぁ!」
「だからなによ!」
「食べてその陰鬱な気分をぶっとばすの!」
「食べたから陰鬱なのよ! 甘味はダメだって言ってんでしょうが!」
「食わず嫌いは直さないと、大きく慣れないんですよ! おっぱいとか!」
「うるせぇぇぇぇ! 誰が貧乳だクソガキ!」
「両手で包めるくらいはあるじゃないですか! そういうのは真っ平らな人に失礼ですよ!」
「あんたの母親基準で物を語るなってんだ! あんなのは無駄な脂肪だってのよ!」
「あれは幸せが詰まっているのです! つまりハイネさんには幸せも足りていないのです! だからこれを食べれば幸せ補給マキシマムですよ!」
「意味分かんないこと言ってんじゃないわよ! あと公衆の面前で何言ってんのよ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てていると、店主らしきコックが現れた。
「お客様、他の方の迷惑になりますので、お静かに願います。スイーツは穏やかに頂くとより一層美味しくなりますので」
「すみません・・・」
「まったく・・・すみません」
コツコツと店主が戻っていくのを眺めつつアイスを口に入れる。
チラリとハイネさんを見ると、何やら深いダメージを受けているご様子。
うん? 何かマズったか? 甘味じゃないよな? 貧乳でも無いよな? 幸せ不足?
そう言えばギルマスがケジメとか言ってたっけ。もしかして・・・。
「あの、ハイネさん、もしかして婚約者とか居たりします?」
「・・・」
視線が完全停止して斜め下を凝視。うむ、間違いない。男の匂い!
「・・・数日なら待ちますよ」
「・・・いや、私は」
「お母さんがお父さんと結婚した理由なんですが」
「何だいきなり」
「まぁ、聞いて下さい。二人は幼馴染だったそうです。お母さんが成人と同時に故郷の村から出て行って、王都で剣姫だの戦闘狂だのと言われるようになって、ふと、お父さんの顔を見たくなったそうです」
「・・・」
「15歳の時に村に帰ったら、村は魔物の氾濫で無くなってしまって。二人の両親も死んでしまったらしいです。ですが、お母さんはお父さんの死体らしきものがない事に気付いて、マインズオールの領主になったばかりの騎士爵様に問い詰めに行ったそうです」
「なにをだい」
「新しい開拓村がどこだと」
「・・・なるほど」
「それで、生き残った人達は開拓村に回されていたので、その村に行ったらお父さんが畑を耕していたので、再開の喜びの余り」
「あまり?」
「私が出来てしまったそうです」
「ぶっ」
紅茶を斜め前方に吐いたハイネさんは暫く咽った。
「げほっ・・・けほっ・・・んで、現在に至ると?」
「はい。お母さんは私を産んで、慣れない料理を覚え、碌にやった事もない掃除洗濯を覚え、育児という大変な戦いを乗り越えたそうです」
「まぁ・・・育児は大変ってのは何処も共通認識だからね」
「ええ。でも、お母さんは家出してまで叶えたかった冒険者になって世界を旅してまわるという理想よりも、私を選んだそうです。こんな宝物を放って何処に行けって言うんだって、私の頭を撫でて笑ってくれました」
「・・・・・」
「だから、私も結婚するまでには世界の中心を目指して冒険したいと思っています。将来を約束した人は居ないんですけどね」
「そう・・・」
「だから、もしハイネさんにそういう人が居たら、もっと大切にしてあげて欲しいと思っています。お母さんなんて、お父さん意外とはそういう関係にならなかったって断言してますし、師匠だったギルマスも同じことを言うだろうって・・・」
「・・・・・そう・・・・」
「数日後に発ちます。準備を抜かりなく、お願いしますね。同じパーティーになるんですから」
「はぁ・・・わかったよ、お節介焼きめ」
「母親ゆずりですかね」
フフフと笑うと、苦笑いしたハイネさんが残ってたお茶を飲んで店を出た。
床は拭いておきましたよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の夕方、ハイネさんは一人の男性を連れて宿に戻って来た。王都でもハイクラスな宿なので、貴族の利用客が多いせいか、ラウンジに連れてこられた男性は緊張していた。
「ハイネさん、この方が・・・?」
「紹介するわユリア。私の元婚約者で、恋人のモンドよ。商家の次男だけれど、冒険者になり切れなくて、結局実家で仕事の手伝いをしているわ」
「おい、そんな紹介の仕方があるか。・・・モンド=レルパックスです。大きな商会の会長さんだと聞いて来たのですが・・・君が、そうなのかい?」
細身でハイネさん同様に金髪で緑目の、高身長な男性。神経質っぽいけど、優しさを感じる目をしている。
「はい、私がユリアブラン商会の商会長をしています。マインズオールから大量の素材を流している商会と言えば分るでしょうか? あとはガラスの製造をしている商会・・・女性用下着の製造をしている商会・・・そんな呼ばれ方もされているかもしれませんね」
「!・・・ああ、あの、ここ数年で大商会になったという」
「社員は私と母しか居ませんけどね。小さい商会ですよ」
売上高は常識外れだと自認しているけれど。
「で、では、その、お願いします。貴方の商会で雇ってはいただけないでしょうか」
薄々気づいていたけどナンダコレは。まるでハイネさんが就職の斡旋をしに来た様子じゃないか。
「・・・ハイネさん、何て言って誘ったんですか?」
「え?・・・・・その、結婚するなら仕事しないといけないし、いい働き口を紹介すると言って、連れてきたというか、なんというか・・・」
「間違ってないけど、重要なのは結婚の方なのでは・・・?」
「え?あ、う、その、あぁ・・・んと」
ははっ、これはアレですね。
「モンドさん」
「はいっ」
「ハイネさんに何と言われてこちらへいらっしゃったのですか?」
「え? あの、仕事を斡旋してくれると・・・良い修行になるだろうって」
「チッ」
「え?」
「・・・」
ハイネさんに向かって舌打ちしつつ睨みつけると、モンドさんが私達を見て動揺し始めた。そりゃそうだ、目の前の9歳児がいきなり青い光を放ち始めたのだから。
「ちょっとハイネさんこっち」
「なによ?」
あくまでとぼける気かこのヘタレ。
「イイからこっち来い!」
「ひゃい!?」
ハイネさんを腰から担ぎ上げてラウンジの外に出ると、緊急会議を開いた。
「告ったの? 告って無いの? どっち?」
「えっ・・・と、・・・ってない」
「おーけー、おーけー、ハイネリア。まずは気持ちを伝えるところから始めようか。外堀から埋める段階はとうの昔に過ぎていると思うわ。今伝えるべきは仕事先じゃなくて、愛よ! ユーオーケーイ?」
「ア、アンダスタン・・・」
バシッとお尻を叩いて、ハイネさんが「アゥッ!」と鳴いたところでラウンジに戻った。
「モンドさん、お仕事を決める前に、ハイネさんからあなたに伝える事があるらしいの。私はそっちのテーブルに居るから、少しお二人でお話しあそばせ」
「え? あ、うん」
カチャリとソーサーごと紅茶を持って二つほど離れたテーブルに座ると、ウェイターが近づいて来たので手で制する。今は注文は要らんねん。空気読もうよ。
幾ばくかの間が開いて、3回ほど私が紅茶に口を着けると、静かにハイネさんが話し始めた。遠くからなので何となくしか聞こえないが、明確にプロポーズをしているのは解る。
だって顔真っ赤だし。
小さな声でこちらをチラチラ見ながらモンドさんに話しかける彼女は、普段と違って完全に「女」をだしているので新鮮味がある。
あんなに嬉しそうに笑うんですねぇ・・・私と訓練しているときは、眉間に皺を寄せている事が多いというのに。若干ジェラってしまいそうです。
後半は逆にモンドさんが顔を真っ赤にしてボソボソと小さく、二人だけで聞こえる声で喋っている。ハイネさんの顔は最後まで嬉しそうで、最後なんてもう見てらんなかった。
テーブルの上のハイネさんの手にモンドさんが自分の手を重ねて、静かにキスをする頃には、店員さんが迷惑そうな顔をしていたので二人に接近した。
「どうだった?」
なるべく柔らかく笑いかけるように意識して笑顔を作りながら質問する。見てりゃわかるだろう? という店員さんの睨みは無視だ。あの野郎、ウェイターなら無表情で待機してやがれってんだ。
「えっと・・・結婚する事になりました」
「そうね。出来ればユリア町で二人で暮らそうって事になって・・・で、子供も欲しいねって・・・ああ、ちょ、ちが、仕事、そう仕事」
あんまーい。スイーツよりよっぽどあめーよチクショウ! なーにが甘味はダメなのよね、だよまったく! 自分が一番甘いってんだ!
「おめでとう二人とも。式もあっちで上げるの?」
「そうね。新居も建てないと・・・だ、大丈夫よ私稼いでるから、最初くらいは出させて。その後の生活は、ね?」
「あ、ああ。それで、先ほどの話に戻るのですが・・・是非、ユリアブランで働かせていただけませんか」
「うん、良いよ。将来的にはハイネさんも取り込むつもりだったし」
「ありがとうございます!」
「ありがとう・・・って最初からそのつもりだったんじゃない」
「流石に人は選ぶから、ハイネさん意外だったら家庭教師お疲れ様で、終わってたかもしれないよ?」
その場合は一から探すことになるから面倒だったけど、正直助かった。
「私もそうならなかったら、モンドとこれまで通りだったろうし、だから、その・・・ありがとう。ユリア」
「どういたしまして」
お互いにお辞儀をすることで、愛のキューピッド作戦は終了である。
「ところで帰りはどうするの?」
「あーっと・・・馬車?」
少し私が悩んで見せたがそれ以外に選択肢が無かった。
「風獣で来たから、全部用意しないとね」
「商業ギルドで用立て出来ないかしら? モンドが詳しいでしょう?」
「ああ、ギルドで専属の馬屋を持ってるから、そこで安定して購入できるよ」
へぇ。牧場とか探さないといけないのかと思ってた。意外とお手軽。
「んじゃ、ギルドに行って、準備だけしておいてもらおう。明日一日用意して、明後日出発で良いかな?」
「異議なし」
「解りました」
イヤー良かった良かった。正直言って上手くいくかどうか不安だったけど、モンドさんが別の女が居るんだ・・・とか言い出さなくて助かった。
「あ、で、今日はこっちに泊るの? モンドさん」
「え? ・・・あ」
「私はモンドさんとハイネさんが良いなら、新しく部屋を取ってもいいかなと考えているんですが、どうでしょう? ハイネさん」
「あっ、かっ、にっ、うぃ」
あ、壊れた。




