023
春が近づいたころ、彼女は教会にやって来た。
「あなたがユリアネージュかしら?」
気の強そうな吊り上がった眦、顎を引いて引き結んだ口元、鼻筋の通った細身の女性は薄緑のローブを纏った眼鏡美人だった。
「ユリアネージュです。よろしくお願いします」
「お願いされるかどうかは、軽く試験をしてから決めるわ。才能の無い子を教えてても時間の無駄だもの」
うわ、キッツ。見た目以上に性格がきつい。
隣に座る老神官はフォフォフォと笑っているだけで、特にフォローは無いらしい。頼むよ師匠。このお弟子さん怖いよ。
「試験とはどのような物でしょうか?」
ぎゅっと私を睨み始めた彼女を暫く待つと、目を閉じて溜息を吐いた。
「・・・お爺様、彼女に何を教えたのですか?」
「何も教えとりゃせんよ。強いて言えば世渡りの方法かの?」
そういえば魔法については教本を渡され、魔力制御を見せてもらっただけで何も教わった事は無いな。商売人の心得みたいなのは教わったけど。
「どうみても魔力の流れが素人じゃないわ。おまけに気力が常に流れてる。こんなの息をするように制御できないと無理なはずよ。正直にお答えください」
「本当に何も教えてはおらん。魔力制御を目の前で見せて、基礎魔法の教本を渡しただけじゃ。あぁ、魔導教本もあったのぅ。ハイネが考えておるような事は何もしておらん」
「魔導教本って・・・魔導院の横流し品じゃないですか。全く、昔の伝手を使いましたね? そういうのはお止め下さい」
ハイネリアさんはキッと私を見て、裏庭に歩き出した。
「試験をするわ、きなさい」
「はい」
チラッと老神官を見ると嬉しそうにしている。ちょっと意味がわからないんですけど!?
普段は子供たちの遊び場になっている裏庭に出ると、彼女は持っていた杖で地面に何かを描いていた。ゴリゴリと書いている線が円形だと気づくと、内部に描かれた魔法文字と思しき線が輝きだす。
「この中で指定した魔法を使いなさい。暴発しても周囲に影響が出ないように結界を敷いたわ」
「解りました」
結界魔法陣か。勉強になります。この文字式で・・・?
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結界魔法陣(B級)
外縁部に魔力の反作用効果を持つ魔法陣
反作用効果により内側の魔力は外に出る時に消耗されて極度に減衰する
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「・・・魔力の過剰消耗と霧散、減衰ですか」
「基礎魔法教本には書いていない・・・ああ、魔導教本ね」
「いえ、見ればわかります」
「パッと見で判るような簡単な魔術じゃないんだけどね・・・いいわ、始めるから陣の中心付近に魔法を発動しなさい。まずは火球から」
「はい」
体を魔法陣に入れて指先に魔力を集めると同時に火魔法を操ると、魔法陣の中だけから魔力が集まり、一気に性質変化を行う。赤い火球から青い火球に変化し、グングン火力を上げると、魔力を吸いつくしたのか途中で消えてしまった。
「あの~」
「・・・・・えっ? あ、なにかしら?」
「魔法陣のなかの魔力が足らなくなったんですが、一回、陣を解いても良いですか?」
「・・・・・・・少し待っていなさい」
ハイネさんはクルリと踵を返して教会の中に入っていった。
置いて行かれた私は陣の外に半歩だけ出ると、瞬間的に外部の魔力が中に入っていくのを全身で感じる。
「おぉっ、私の体をパイプ代わりに魔力が供給されていく。おもしろっ」
グングンと魔力を供給し、片手で魔力を集めて内部に送り、魔法陣内の片手で魔法を使うと、好きなだけ魔法が使えた。しかもどれだけ危険な魔法でも外部に影響が出にくいようだ。
「すっごーい! 便利! 火龍召喚!」
グギャアアアアアア!と巨大な炎の蛇が現れると魔法陣の中を狭そうにグルグルととぐろを巻き始めた。
「ごめん、やっぱ狭いよね。送還!」
シュオオオオと膨大な魔力が急激に霧散していく音を聞きながら、次の魔法を試す。
「大・海・嘯!」
ゴォッと空気を割くような音を出しながら結界内を大量の水が埋め尽くす。生み出された水は渦潮となって結界内を洗い流している。
「すっごーい!水槽みたい!回れ回れぇ!」
あははははははと一人で遊んでいると、後ろから金切り声が聞こえてきた。
「なにやってるの!」
「うわ、やばっ!」
急いで魔法を消すと、シュオオオオオオオオと先ほどよりも大量の魔力が一気に霧散していく。
「ホッホッホッホッホ! コリャ凄いのう。元素魔法すら使えるようになっとったか!」
「お爺様!」
「ほっほ・・いや、すまん。しかし本当に教えてはおらんのだがのう・・・」
「???」
なんで老神官が責められているのかが分からない。
「あの~・・・どうかしました・・・か?」
そう質問すると、長い金髪を振り回すように振り返って私を睨みつけ、早足で足元の芝生を踏みしだきながら近づいて来た。こええええ。
ブランママみたいに銀髪じゃないから、その長い髪を振り回されると眩しいですとか思っていたら、食いかかって来た。
「あなたね!あんな危ない魔法を町中で使うんじゃないわよ!」
「いやでも魔法陣が」
「あっても絶対じゃないのよ!陣が耐えきれなくなったら大災害でしょうが!」
「はい・・・すみません」
全くの正論で御座います申し訳ございません。平身低頭で謝ると、ハイネリア先生は許してくれたらしい。これまた深い溜息をついて、ジロリと私を睨みつけた。
最近、私を見て溜息を付く人が多すぎません? なんだか悲しいんですけど!
「一つ聞くわ」
「なんでしょう」
軽く息を吸い込んで留め、先生は一大決心するように間をおいて私に質問を投げかける。
「あなたは私から何を学びたいの?」
「え?」
普通に魔法を学びたいんですが。依頼内容の言葉通りに・・・だよね?
「魔法を教えて欲しいという依頼で来たのだけれど、あなたに教えられるような魔法を私は知らないわ。元素魔法を操るような天才児には、私が教えられるような上級魔法何かは不要でしょう?」
「中級魔法と上級魔法を教わりたいのですが・・・」
ぐるりと後ろを振り返った先生は老神官を睨みつけ、老神官はサッと目を逸らした。
何今の応酬。どういうこと?
「あなたに教本を渡したご老人なら、私以上に上手に魔法を教えられる筈なんだけど、なぜか私に家庭教師をしろと依頼が来たのよね。どうしてか知らないけどね!」
「あの、それで試験は・・・」
「合格よ! それで不合格にしたら私がギルドに節穴呼ばわりされるわ! 家に案内して頂戴! いくわよ!」
「え、あの、ちょっと!」
教会の中に戻って早足で進んで行く先生。強引すぎますよ!
「早く来なさい! あなたの家の場所なんて知らないのよ!」
「あっはい!」
チラリと老神官を見ると、苦笑いでウインクをされた。嵌めやがったコイツ。私と自分の弟子を嵌めやがった。
家に戻るまでの道すがら、日常の風景となったゴーレムの行進を見て先生は溜息を付いていた。
「あれもユリアが動かしてるわけ?」
「はい、この町は人が少ないので、必要な労力を得るにはゴーレムは便利なんですよね」
「これだけ大量に動かしてるのは・・・この町の結界もそうだけど、空に浮いてる魔力の中継器みたいなゴーレムもそうよね?」
「そうですね。全部私が動かしています」
「私の知ってる魔法都市と呼ばれる場所も似たような事をしているわ。普通は自分の後ろを付き人のように付いて歩かせる程度だけどね」
「いつか見てみたいですね」
「止めといたほうが良いわ」
「何でですか?」
「貴女がやってる事と比べたら低レベル過ぎて、がっかりするわよ」
「えぇ・・・」
また軽い溜息をついた彼女は家の敷地にだけ伸びる真っ直ぐな道を進んで行く。
遠目に雑木林を見つけて、その間に見える建物を発見すると、ふと私の顔を覗き込んだ。
「ねえ」
「なんでしょう?」
「お爺様の手紙には元農奴の娘って書いてあったんだけど。あれも嘘?」
「間違いなく元農奴とB級冒険者の娘ですよ?」
「剣姫の娘って本当?」
「剣姫ブランは私の母ですね」
「どうみても家が大貴族の屋敷なんだけど?」
「私が建てましたから」
「・・・・・・いきましょう」
「はい」
終始無表情で会話をした私たちは、そのまま黙って玄関を潜った。




