022
9歳になった秋の空の下、午後の乾いた風を感じながらゴーレムの建設現場を眺める。
領主がユリア町に移ってくるという話は町長の腰を抜かし、老神官はこれで正式な学校が出来ると喜んで「隠居かのー」と少し寂し気にしていた。
「なんだか・・・立派過ぎない?」
「少なくともウチより大きくしないとダメでしょ?」
横で監督しているブランは、産まれたばかりの弟モルトベーネを抱えて呆れ顔だ。モルトは中二人と違って大人しい。物をよく観察する癖があるようだ。「あんたに似たんだよ」とブランに言われたが、多分、真実の瞳を暫く試しまくっていたのが移ったのかもしれない。
「だとしてもさぁ、五階建てはちょっと・・・王都でも中々無いよ?」
「そうなの? まぁ良いじゃん、こんなとこに王都の貴族なんて来ないでしょ」
「そうかもしれないけどさ」
変に嫉妬心を持たれる心配も無いって。
我が家も去年の建て替えで一階部分を完成させたので、今年に入ってから二階部分を増設してある。家族の個室と書斎に客間、これだけでも10室分の部屋が二階にある事を考えると、一介の平民の家とは誰も信じないだろう。
どう見ても大商人の家である。
そんな大商人の家に見劣るするようなのを作っては、同じ町に住む唯一の貴族家としては、見栄えも気にするっしょ? という事で、張り切ってゴーレムを操っている。
「屋敷ってか、塔だね」
「30メートル近くの高さはあるからねー。騎士として街の見張りもやってもらえて満足じゃない」
魔物の氾濫をいち早く発見していただきたぁい。
「そういうのは見張り塔を別に建てるもんだと思うんだけど・・・」
「敷地も広く取ってあるし、今後の増設計画で建てたらいいと思うよ。最終的にお城にして、20メートルくらいの城壁に50メートルくらいの見張り塔を建てるとかさ」
「それに比肩する城は王城しか見た事ないよ」
「でっかいんだね王様の城って」
この世界の技術でそんな城を立てられるもんなんだな。レンガ積みの技術がそこまで高くない私としては尊敬に値するわ。
「あんたの立てる鋼鉄の城のほうが良さげに見えるけどね~」
そう言ったブランは天高くそびえるアダマンタイトとヒヒイロカネの超合金鉄骨を見上げた。青く輝くその金属はそれだけで見栄えが良く、組み上げた鉄骨に魔法レンガの板張りがされているところだ。完成した塔は白い巨塔と呼ばれる事だろう。
「白い巨塔・・・総回診・・・くっくっく」
「どうしたね?」
「いや、何でもないです♪」
気持ち悪い笑い方をしたら心配されてしまった。何でもないですよ。偶にある知識の暴走です。笑顔で否定したら今度は白い目で見られた。何故だっ。
一週間後、屋敷(巨塔)と周辺のレンガ道と柵、簡易的な芝の植えなおしをして整えると、貴族の屋敷として見栄えの良い外観が整った。
内装はご自分でどうぞと言ってあるので、必要最低限な家具しか揃えていない。
流石にリビングテーブルやベッド位はプレゼントしましたとも。
さて、ご本人と家族の感想は如何に。
「すげえええええええ!」
「うそ・・・こんなの見た事ありません」
「信じられません・・・」
「コリャ想像以上だな・・・」
長男(14歳)、長女(13歳)、奥様(31歳)、領主(36歳)の第一声はそんな感じでした。警備に全身鎧型ゴーレムをプレゼントしておいたので門番を雇う心配はしなくていいとだけ言っておいた。
既設のリビングテーブルを囲んで領主様から感謝の言葉を頂いたけれど、長男の熱視線を躱すので話に集中できなかった。なんやねんあいつ、しつこい。
で、次は学校と治療院と町役場と裁判所と騎士駐在所と・・・多くね?
「えっと・・・お金は払っていただいているので構いませんが、建てる順番だけ教えて頂けませんか?」
「ああ、そうだな・・・治療院、騎士駐在所、町役場、学校、裁判所の順で頼む」
第二計画としてそれ以外にも公共施設を立てていくらしいけれど、人口が少ないので作っても仕事に就ける人が少ない。なので、防衛人員の確保とライフラインの確保が最優先ってところか。
「製造業ユリアブランの本領発揮ねぇ」
「副会長はのんびり見てていいからね」
商会の事務所で弟妹に囲まれてソファに座るブランはどう見ても慈母。5歳になったサリーは私の仕事が気になるのか、書斎机の横に来て机の上を見ようとピョンピョン跳ねている。
長男シルバも姉の横でジッと私を見ているけど、飽きたのかその辺をウロウロ。1歳のモルトは授乳中。
うん、普段のリビングの風景と変わらんな。
カリカリと各方面に提出する用の書類をかき上げ、領主用とギルド用と各施設用の書類袋に収めていく。封蝋で丸めた書類を送るのが一般的だが、私は書類袋を頑丈な繊維の紙で用意し、それに収めるようにしている。
あんまり一般的ではないらしく、大人たちは怪訝な顔をしていた。「裏面に封蝋があります」と一言添えなければならないのが少し煩わしい。
この封蝋はユリアブランの商会員で、ブランママの横顔が彫ってある。本人には私の顔を掘ったと言ってあるが、アルトパパには気付かれたようだ。頬に傷があるからね。
印鑑も剣の柄を見立てて作ってあるので、普通は気付くと思うんだけどなぁ。
その柄、あなたの持ってる愛剣と同じ意匠ですよ。
「できたぁ、ササっと配達に行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい。私達は家に戻ってるよ?」
ガサゴソと会話をしながら準備をする。
「うん、先に帰ってて」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい、いってきまーす」
事務所の出入り口を開けるのと挨拶をするのを同時に、領主のところに駆けだす。
引っ越し祝いやら何やらで忙しそうだが、こっちも依頼された仕事で忙しい。
どうやら近隣の村から村長たちが来ているらしいが、知った事ではない。
風獣の背に乗って空を駆けると、この町の風物詩扱いされた私は上を見上げる人に手を振られる。軽く眼下に手を振ると、子供たちが何か叫んでいた。毎度のことである。
領主館の前に降りて門番ゴーレムに顔パスしてもらうと、風獣に乗ったまま敷地内を駆ける。あっという間に玄関前に着くと、ボロい馬車が数台止まっていた。既に近隣村の村長たちは到着していたらしい。
「まぁ、いっか。書類渡すだけだし」
風獣の背に乗ったまま、かなり上の方にあるノッカーに手を掛けてガンガンとノックする。暫くすると執事っぽいお兄さんが出てきた。ドアが開くのと同時に風獣からは降りている。
「こんにちは、領主様に要求されていた資料をお持ちしました。契約書類なども含まれますのでご確認いただくようお伝えください」
「有難うございます。どうぞご案内いたします」
十分に顔見知りになったので名乗り不要になってきた。いや普通は名乗らないと失礼に当たるけどね。執事と言っても貴族家の家族扱いだし。
「いえ、申し訳ありませんが、方々に回らないといけないので、書類だけお渡しして失礼させていただきます」
「いえ、お客人をそのまま返したとあっては私共も叱られてしま「それじゃまた今度~!」あ!ユリアネージュ殿!!」
脇に待機させていた風獣に飛び乗ると、そのまま天を駆けて去った。ヤダめんどい。貴族風の歓待って緊張するんだよね。あの奥さん、子爵家令嬢らしいし。貴族然としていて、ちょっと苦手。
そのまま商業ギルド、治療院、騎士駐在所、町役場、学校、裁判所の建設中の事務所に乗り込み、各責任者に書類を渡していく。どこもかしこも私のゴーレムが作業をしているので、建て増し中の商業ギルドも建設が終わったら立派になる事だろう。
◇◇
「あー!疲れたー!」
夕飯の支度をしてブランの胸にダイブすると、そのまま撫で繰り回された。
「はいはい、お疲れ様。ユーリも頑張ったね」
うりうりと良い様にされると、大山脈パワースポットからエネルギーを回復してなんとか立ち直る。
「・・・ふぅ、大人ってめんどくさい」
「そりゃ面倒なものだよ。これだけ人が集まって来たんだ。これからもっと面倒になってくるだろうね。やっぱり嫌になって来た?」
そういうわけではないんだけど・・・。
「ん~・・・町が発展していくのは見ていて楽しいからね。嫌になった訳じゃないの。ただ、誰かに任せられるなら、書類仕事は任せたいなぁって思っただけ」
「じゃあ、募集して見たらどうよ?」
「募集? 出来るの? というか来るかな?」
「来るでしょ? 絶賛発展中の領地だよ? 私が貴族の子弟なら狙い目だね」
あぁ、やっぱりそういう仕事ってお貴族様なんだね。
商家の息子とか娘じゃダメなのかな。
「あー・・・商家の次男三男とか考えたけど、王都のギルドとの確執を考えると、危ういのか・・・貴族の子弟の方がまだマシかな」
「そうだね。あんたは妬まれてるからねぇ」
「魔物の氾濫が祟るなぁ・・・」
アレさえなければコッソリと平和に過ごせたものを。
「そういや、学校が出来たら通うの?」
「サリーは来年から通わせるけど、ユーリは要らないでしょ。教師も続けないんでしょ?神官の爺さんが引退出来るって喜んでたよ」
あー、そうか。子供も増えたし、狭い教会に30人くらいがひしめき合ってるからなぁ。あの数は教えられないかな。時間もないし。
「通うなら魔法学院かなぁ。教師は時間的に続けられないし、今から幼年院に通っても学ぶ事も無いし・・・」
「そうなると王都に行くしかないね」
王都かぁ・・・めんどいな。家庭教師が良いな。
「優秀な魔法を使える家庭教師が良いなー。王都の学校に居たら商会の経営が滞るし、手紙で管理なんてしたくない」
「家庭教師を雇うお金なんて・・・・・あるね」
「あるよー、いっぱいあるよー」
夕飯をモグモグしながら金庫に眠る数千枚の聖金貨を頭に浮かべると、使い道に困るなと内心で溜息が出た。聖金貨というのはミスリル銀という合金で作られた、大金貨の100倍の価値がある貨幣である。
銅貨一枚で硬パン一個
銀貨一枚が銅貨100枚
金貨一枚が銀貨100枚
大金貨一枚が金貨100枚
聖金貨一枚が大金貨100枚
ということは・・・硬パンが聖金貨一枚で100,000,000個! 一億個も買えるのである! 町民全員で食べても食べきれないのである! 硬くてしょっぱいけどね、硬パン。
そんな訳で翌朝、教会の授業が終わった後、老神官に良い人が居ないか相談してみた。
「なるほど・・・では私の弟子を紹介しましょうぞ。優秀な神官で魔導士でもあり、A級冒険者でもありますから、指名と合わせて手紙を送れば来てくれるやもしれんのう」
「おぉっ! ぜひお願いします! これで回復魔法が・・・!」
「成人後の本洗礼からじゃと言っておるじゃろうに」
「むぅ・・・」
回復魔法は教会の管理下にあるので、教本などは一切ない。13歳の成人の儀と同時に行う本洗礼を受け、初めて口伝で教わる事が許される。
なので、冒険者で回復魔法を扱える人は稀で、その全てが巡礼中の神官だったり、修行中の戦闘僧だったりする。
「巡礼の為に冒険者になるって何だか変な感じですね」
「教会の身分証を持っていても、見習いでは入れてくれない領地もあるらしいからの。冒険者になってE級以上になれば、大抵の貴族は受け入れてくれる。見た目はその辺のチンピラと変わらんがのう、ホッホッホ」
それ、教会のコンプライアンス的に良いのかな?
見かけても見習い神官だとは名乗ってくれなさそうだわ。
「その・・・家庭教師になってくれそうなお弟子さんって言うのは・・・」
「安心せい。身なりは立派じゃよ。身なりはな」
余計に不安になる一言を添えないでください。
ほっほっほと笑いながら書斎に引っ込んでいく老神官を待ち、紹介状という名の手紙を預かると、そのまま冒険者ギルドに依頼を出しに行った。
「指名依頼お願いしまーす」
「はー・・・え? あ、ユリアちゃんか。どうしたの?」
受付のお姉さんが一瞬上を見て、下に見える私の頭の上半分を見て納得してもらえた。椅子が欲しいなぁ。しょうがない風獣を出すか。
「ほっ・・・よし、これでおっけー」
「おっけーじゃありません。こんなところで召喚しないで頂戴」
「えぇ~、椅子とかないんだから良いじゃん」
「はぁ・・・終わったらちゃんと消してね?」
このお姉さんは私が冒険者ギルドにブランママの名義で素材を卸すときに話をしているので、今や気安い仲になった。最初の頃は「せ、殲滅者・・・!」とガクブルしていたのに、頼もしいものである。
「この人に家庭教師の依頼を出したいの。これは、その人宛の手紙とお師匠さんからの紹介状ね」
「えーっと・・・教会のお爺さん? A級冒険者のハイネリア!? なんこれどういうこと!?」
どうと言われても、老神官の紹介ですとしか言えない。
「・・・とりあえず申請しておきます。手紙の配達と依頼通知はしておきますから、一か月ほどお待ちください」
「ながっ!」
「短いわよ! 手紙が届くだけでも普通なら数か月かかるのよ!」
「えー・・・私なら王都まで数日で行けるって、お母さんは言ってたよ?」
反論すると、受付のお姉さんが深い、それは深い溜息を数秒間吐いた。
「良い事? 他の人とユリアちゃんを一緒に考えちゃダメ。トラブルのもとになるわよ」
どういう事ですか。私が悪いんですか。イケない子なんですか私は!?
「えっと・・・どういう事?」
「普通の人は空を移動できないし、暴風を纏いながら走ったりできないの。お分かり?」
ギリギリと歯ぎしりをさせながら注意されてしまった。怖い。
「あっハイ」
しょうがない・・・待つか。粛々と手続きと依頼金の支払いを終え、冒険者ギルドを後にした。




