002
夕食時になったのか、母親に抱きかかえられて目を覚ますと、小さな木のテーブルの向かい側にはゴツイ兄さんが座っていた。どうやら父親らしい。
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アルト(20歳)
種族:素人
レベル:6
HP:186
MP:11
状態:通常
スキル:斧術LV3、運搬術LV5、農業LV3、フリキア言語LV3
称号:農奴
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父親はただの農夫だった。HPと肉体の強さはあまり関係が無いのか? 見た目ではアルトの方が強そうなのだが、ステータスだけを見ればどう考えてもブランネージュの方が強い。容姿は普通・・・だろうか。金髪碧目だけど彫りが深くない所に違和感がある。アジア人のように、のっぺりとした顔だ。
三人共に覚えているフリキア言語というのは、今居る地域の言語か。これはレベルが低いと語彙が少ないと言ったところだろうか。ブランの方が高レベルなのは、冒険者として活動してきた分、様々な人と関わってきた中で語彙を増やしてきたのだろう。物語に出てくる冒険者と似たようなものなら、世の中を旅してきた経験もある筈だ。
母親に抱かれたまま、木のスプーンを上手く操れずに四苦八苦しながら食べていると、時々溢した分を母親が摘まんで食べている。なんか、すみません・・・。
「今日は大人しいな」
「お昼寝したあとからは静かだね。大怪獣ユリアちゃんは卒業かな?」
これまでの私は3歳児にしては赤ん坊のように振舞っていたらしい。
「・・・?」
普段の自分の記憶が無いので、その大怪獣はきっと別人です。にしても、このスプーンが大きいせいだろうか?私のイメージ通りに上手く扱えない。
あれだ。指を使って最小の力で音を出さずに掬う。掬う・・・。すく、う・・・・。あっ!零れた!くっ!また母親に溢したのをキャッチされた!反応速いよ!
これはマズいな。いや、料理がマズいとかじゃなく、上手く掬って口に運ばないと、全部母親の口に運ばれてしまう。食糧危機である!家庭内食糧危機である!私だけ!
上手くならなければならない。これは大き目な木製スプーンとの戦争だ。私がこのスプーンを制すれば、この食事を制する事が出来る。戦いなのだ!スープが私の口に運ばれるか、母親の口に運ばれるかの決戦と言って良い。
まずは戦力確認だ。
私の手は小さく、この大きな大人用木製スプーンを片手で握ると、それなりの重量を感じる。箸より重いものを持った事の無い淑女には扱えないレベルではなかろうか。今の私では箸オンリー淑女レベルの腕力しかない。
大きなスプーン。こいつは色々と厄介なんだ。柄の所は太くて長い。その太さは父親の親指に相当するだろうか。ドラムスティックより太いこのサイズは、長さも相まって鍋をかき混ぜる料理道具にしか見えない。
更にこのスプーン。口を付ける部分が器の半分を占めるほどデカい。その分、多めにスプーンに乗るスープ。重い。重さによって更に扱いにくくなったそれを宙に浮かせたままにして、自分の顔を近づけていく。こうしないとコントロールしにくいんだ。
だがここでまた問題だ。私はいま母親に抱きかかえられている。私を放置していると、テーブルの上に乗っかるとでも思っているのだろうか。細くて力強い腕にガッシリと掴まれ、私の首から先しか近づけられない。欲を言えば上半身ごと近づけて食べたい。
「ユーリ、お行儀悪いよ」
「・・・ごめんなさい」
母親の指摘に素直に謝ると、対面で父親が驚いた顔をしている。何でだ。いやそれより、食べにくい。どうしたら良いんだよコレ!
これは直談判すべきか?いや、もしかしてこのスプーンしか無いんじゃないか?抗議してもこれより小さいスプーンなんて出て来そうにないぞ。
我が家はハッキリ言って貧乏だ。そんなもん部屋の中を見れば解る。必要最低限しかない家具、食卓の横に置かれた寝床、それらと同じ部屋にある台所、扉は外に繋がる場所に一つしか無い。
お解りだろうか、我が家は小屋なのである。風呂場もトイレも外にあり、家の裏手に表から隠れるように穴があるだけの場所があり、風呂桶は無く、夕食のついでに温めた水で体を拭く程度だ。
食器も多くない。私達3人分のスープ皿と、木のコップが二つ。私はいつも母親のコップで飲ませて貰っている。おかずは蒸した芋が二つ。スープを煮ている鍋の上に木製の蒸し器のような器具が見えたので、恐らくそれで作っているのだろう。スープの香りが芋に移っているのが証拠だ。
塩で調味したスープには幾つかの肉が入っている。これだけ貧乏なのに肉があるのには驚きだが、その半分以上は零れ落ちて母親の口に渡っている。肉が・・・肉が食べたいんだけど!
ダメもとで両手を使ってスプーンを持ち、プルプルと震えながら少しだけスープを掬うように調整する。そうだよ、それで良いんだよ!片手でコントロールできなかったのは、このアクションが問題だったんだよ!
次に掬ったスプーンの重量を、徐々に片手で支えるようにスプーン重心移動を行う。殆どがスプーン自体の重さになった。これならば・・・。いや、まて。持ち手を長く所持したせいで掬った部分を口に付けられない。
プルプルと震えたスプーンをそっと皿に戻した。
笑うが良い!私を嗤うがいい!何も戦果を得られませんでしたと笑え!くそおおおおおおおおお!
プルプルと震える私を見て二人は何を思ったのか。少なくとも対面に座る父親からは生暖かい視線を感じる。くっ。
落ち着こう。まだ終わりじゃない。スープ皿からはホカホカと湯気が立ち上っているじゃないか。まだ、挑める!
再度、持ち手の長さを調節し、イメージトレーニングを行う。丁度口に運べる長さ、否、距離と言った方が良いだろう。遠すぎる距離を頭を動かすことなく運べ、且つ片手でコントロールが維持できる短い時間でクリアできるベストポジション。私が掴むべき箇所は其処だ。
ニギニギと両手を使って持ち手を調節し、数度スプーンの先を口に運ぶ。距離ヨシッ!重さヨシッ!速度ヨシッ!
これならば行ける。勝つのだ。私はこの戦に打ち勝ち、肉という肉を食らい、温かいスープでひと時の屈辱を払拭する!さぁ、いこう!勝利の時へ!
「あーあー、こんなに飛ばして・・・ほら、ママに貸しなさい。食べさせてあげるから」
「あぅ!?」
いとも容易く私の手からは重量感と供にスプーンが奪われ、私の手は空中で止まった。素早くスプーンで掬われ、せっせと母親の口で「ふーふー」と冷まされると、私の口に念願の肉とスープが運ばれる。
美味し・・・・。
でも、そこに勝利の余韻は無かった。ただただ悔しさだけがそこにあった。私の顔に苦いものを感じたのだろう。父親が怪訝な顔をしている。
「どうした?ユーリ」
「おや?なんか変な味した?ママは大丈夫だったよ?」
母親もそう言って頭の上から覗き込んでくる。
「ちがうの。自分で食べたかったの・・・」
ぼそりとそう答えると、あーそう言う事か、と二人が納得したように笑った。その笑いが私の悔しさを倍増させて、なんだか腹立たしかった。
私の中の俺が言う。私は、大人の筈だ。だと言うのに、こんな事で腹を立てているのか。こんな事に必死になっているのか。
私の中のワタシが言う。こんな事って何だよ。もう少しだったのにさ。やっと出来るようになったと思ったのに、答えが見つかりかけていたのに、こんな事って何だよ。
冷静な部分と激昂する部分がせめぎ合う。まるで自分がもう一人いるかのようだ。自問自答では無く、行動の正当性を掛けた戦いのようだ。大人と子供の言い争いだ。大人にとっては不毛で、子供にとっては何よりも意味のある行為。
だから何だって言うんだ。今の私は子供だ。3歳児なんだ。
「はい、じゃあ残りはユーリが自分で食べな。ちょっと重いかもしれないけど、頑張って使ってみな」
不意に母親の口調が子供を甘やかす言葉から、仕事を任せる上司のような言葉に聞こえた。
「うん!」
そこからは答え合わせだった。もう大丈夫だ。
両親に見守られながら黙々と夕飯を味わっていると、二人の話に気になる部分が聞こえてきた。
「今度は、東の端にある開拓村の方で魔物が溢れたらしい。村に来た商人が命からがら逃げてきたって落ち込んでいたよ」
魔物? 今、魔物って言った? 思わずスプーンが一瞬止まったぞ。
「大森林から・・・かね。あの辺は古代遺跡が多いせいで、魔物が原因不明の増殖を繰り返すって、ギルドで聞いたことがあるわ」
ブランの声が硬い。緊迫感を伴う声色は冒険者としてのコメントを口にしているからなのだろうか。
しかし、ギルドや大森林とは何だ。モグモグ。あっ、こぼした。スプーンの取っ手にもご飯が・・・口でとっちゃえ。それにしても、このスープ。塩っ気が強くてちょっと辛い。けど複数の野草が入っている分、味に飽きる事は無さそうだ。肉も美味いし。
「この村からそう離れてないから、ちっと心配だな・・・商人の爺さんは30年に一度しかないとか言いながら、この十年で三回も起きているし」
「そうだね。6年前に一回、2年前に一回、そして今年。そろそろ領主様が調査隊か討伐隊を組むと思うけど、まだ何の話も流れて来ないわね」
次第に発生間隔が狭まりつつあるのか。次はこの家がある地域にも類が及ぶかもしれないな。それは不安だ。3歳児はどうしようもないし。ん? これ、ハーブじゃないのか? 何となく違うような気がする。異世界の野菜かなにか?
「ここの領主様って、悪徳ってわけじゃないンだろ?」
「う~ん・・・私も冒険者時代に一度会った事があるけど、騎士上がりの人でね。気の良いおじさんって感じだったわ。だから、この村の開拓入植に賛成したんだし」
「そうだったな。そう言えばそんなこと言ってたっけ」
へぇ・・・B級冒険者って偉い人に顔合わせする事もあるのか。領主って役人とか貴族的な奴だろうに、下手すれば冒険者を盗賊紛いの扱いをしそうな気もするが、そうでもないのかな。父親の考えは貴族=悪徳って先入観を持つくらいには、世間一般的に平民が近づきがたい存在のように感じている、ってところか。
「情に厚くて、部下と笑って話せる人だったから、自分が討伐隊に加わる!とか言いそうな感じだったわ」
「そりゃ頼もしいな。旅商人が話す貴族のイメージがどれも悪くて、そういうのもいるのかって安心する奴もいそうだ」
まぁ、普通はそう思う。私だってそう思う。それはそうと、母親の話し方が力強いな。言葉に力があるというか・・・男勝りな感じがする。仕草は完全に女なのに、不思議な人だな。旦那の前だからか?
「だからって徴税官がムカつくのは変わらないけどね」
「領主が寛容でも、下っ端のほうは気位だけが高いって事だな」
「あいつら偉そうで殴りたくなるわ!」
ママンは少し脳筋のきらいがあるな。そのまま後ろからギュってされたが、絞殺されそうなので抱きしめるのは止めて頂きたい。筋肉質の腕が私の首をやさしく、じっくりと締め付ける。
「ん~~~~」
抗議の声が届いたのか、あぁっ、ユーリごめん!と私を放して豊満な胸に後頭部を埋められた。あぁ、何この安心感・・・。寝そう。




