014
夏が終わって寒くなり始めた。製紙工場には外から来た人も雇い入れて、初回稼働時よりも少しだけ生産量が増えた。今も工場の屋根からは、大釜の湯気が立ち上っている。夏場に熱気が篭もらないように工夫した結果だ。
元々この村と最寄りの街を往復していた行商人も、儲けが増えた事で王都とのつながりが出来たらしい。お礼にと村に雑貨屋を開いてくれることになった。そこで働く行商人の部下の一家も移住してきたし、工場で働く人の家も少し建てた。
あれって一応社宅になるんだろうか。江戸時代の長屋みたいにならないように気を付けよう。村の中で一部分だけ人口密度が上がると、色々と問題が出るだろうからね。
人が増え、村長さんも少しだけ忙しくなり、我が家の敷地の周りに土の柵を立てた。ブランママが開墾した範囲が今までは土地範囲の目印だったけど、いい加減に私有地である事を明確にしたほうが良いという話を私から村長さんにした結果だ。
柵と言うか土塁?1メートルくらいの、沖縄の田舎にあるような見た目が石で出来た塀のような見た目だ。数年すれば崩れるかもしれない。この辺、風が強いし、夏は結構な頻度で嵐も来る。そう考えると、この土地は沖縄の風土に似ているのかもしれない。記憶が無いから比較できないけど。
そうして幾つかの村の決め事に私も関わるようになり、工場長として村内で顔が売れて来たころ、村長さんに呼び出しを受けた。
「こんにちは~、村長さ~ん、あーそびーましょー」
「やあ、ってゴメンね、遊ばないよ。仕事が終わらなくてね・・・」
「冗談なので気にしなくて大丈夫です」
「あ、そう・・・」
「それで、御用と聞きましたが、何かありましたか?」
「ああ、うん。実はね」
村長さんとのどうでも良い喋り出しはともかく、用件は魔法紙の生産地を嗅ぎつけた他所の商人が来て、こちらにも寄こせと迫ってきているらしい。寄こさないなら事故が起きてもしりませんけどねぇ、などと犯人は供述しているそうな。
「襲撃が有るかもしれないと?」
「そうなんだよねぇ。村の収益にもなっているから、助かっているんだけどねぇ。ブランさんに頼るにしても、限度があるだろう?大勢で襲ってこられたら流石に・・・。それに何度も続いたら、皆も落ち着いて暮らせないだろうし、困ってしまってねぇ。はぁぁぁ・・・」
長い溜息を吐いた村長さんは放置するとして、外敵に対する防衛策を考えないといけない。他所の商人が雇った傭兵?野盗?そんなもん、魔物と変わらないよな。
であれば素直に魔物対策だと銘打って、考えてしまえば良い。
「直ぐ思いつく対策は二つあります。一つ、脅してきた商人の村への出入り禁止」
「いやでも、何処からでも入ってこれるだろう?」
「それが次の対策に繋がります。二つ目は外壁を作ってしまう事。これは報酬を頂ければ私の方で作ってしまいます。レンガも不要です。全て土魔法で作るから」
「街を壁で囲んでしまおうという訳かい?他の街のように?ひ、費用は?」
「ですから、私の土魔法で全て作りますから、私個人に報酬を頂ければ問題ありません。報酬は土地を希望します。今後増えていく工場や、そこで働く人たちの住居を立てるのに必要ですから。それと、他の大地主3家に借家の営業許可を出してください。このままだと、この村が街になった時、私の名前が大きくなりすぎます」
これは住人の力のバランスが大きく崩れてしまわないようにする為だ。人は直ぐに嫉妬で塗れてしまう。そうなると今後、村が街になった時に負の側面が強くなってしまう。ここには私達家族以外の故郷でもあるのだから、彼らの事も慮っておかないと。まぁ、敵対するんなら容赦しないけど。そこまで思い入れがある訳じゃないし。
「ありがとう。正直、君の力が大きくなり過ぎていて、そのうち彼らから不満も出て来るんじゃないかと予想していたところだ。出来ればブランさんに村長を代わってもらいたいくらいだが・・・」
「それは結構です。村長さんはそのまま町長さんを目指してください」
「あ、ああ。分かったよ。それじゃあ、君に外壁の工事依頼を出せばいいのかな。報酬は彼ら3家の借家営業許可と、君の家へ私の持っている土地から幾らか分譲しよう。それでいいかな」
「土地は製糸工場が4つ立てられる位の広さが欲しいです」
「いや、4つ分と言わず10や20立てられる位は譲るよ。この調子だとそれでも足り無さそうだけどね」
「良いんですか?」
「良いとも。私の仕事で土地を広く持っていても大して意味はない。手持無沙汰の土地より、今後、街になった時に拡張されていくであろう土地に期待するよ」
「ふふっ、ちゃっかりしてますね」
「これでも、それなりに交渉事は得意だからね」
ま、それくらいじゃないと村長なんて出来ないか。兎にも角にも、依頼書を手書きで書いて貰い、それを受け取って家に帰った。傾いて来た陽を背に玄関を潜るとアルトパパも帰ってきている。
「おう、おかえり。一人で出かけてたのか?」
「うん、大丈夫。村長さんの相談に載ってたから、沼とかには行ってないよ」
そう言いつつ依頼書を見せた。アルトパパは仕事の合間に文字の勉強をしている。まだまだ覚えたてだそうだけれど、全く読めなかった頃に比べれば随分とマシになった。
「なんだ? 外壁・・・えーと、工事? 何だ? ユリアが作るのか?」
「そうだよ。代わりに土地を貰う事になったよ。あと、他の大地主の家が嫉妬しないように、借家の営業許可も出してもらう事になったんだ。農業と工場以外でも収入があるようにってね」
「つまり、どういうことだ?」
「空き家を作って、外から来た人に貸す代わりにお金を貰いましょうって事だよ」
「あー、なるほど? でも家なんて簡単にできるのか? 大量に必要だろ」
「そんなの、複数人を纏めて一つの家に住んで貰えば良いじゃない。台所も炬燵も一人につき一つずつなんて用意してられないよ」
今は昔となった、我が家のような小屋に住まわせればいい。レンガ造りだろうから、確実にあの小屋よりは快適だろうなぁ。
「そりゃ、そうだな」
「そうだそうだ」
誰と言わずに台所に立つ。ブランママはサリーの布オムツを取り換えている。あれも漏れないパンツを作ってあげたいんだけど、打ってつけな素材が無いんだよね。多分、水分を吸収する素材で布オムツの内側に履かせてやるだけで違うんだろうけど、適当なのが思い当たらないなぁ。海綿体みたいなプヨプヨした吸水材があればなぁ・・・。
ゴーレム君に鍋を置かせて、指先に出した風の刃で食材を切り分けていく。アルトパパからすれば指で食材を切っているように見えるんだろう。初めて見られた時には口が開いて驚いていた。あれは、ちょっとだけ面白かった。
二日前にブランママが取って来た肉を取り出し、綿糸で縛って鍋で煮込む。同時に種を作っておいたパンを新設したオーブンに入れて焼く。スープはアルトパパの造った野菜に自家製コンソメだ。
これは野鳥肉と、サシの多い魔物肉と人参・玉ねぎ・にんにく等のアルト農園から取れた野菜を知識のままに叩き込み、数時間煮込んで水気を飛ばし、風魔法で硬めたものだ。出汁という出汁が凝縮されまくった。旨味の塊であり、それ一つで大量の塩分を含む危険物でもある。
塩って高いのかと思ったら、この国は南に海があるらしく、結構安価で大量に買える。いや、まぁ・・・海から一番遠い土地だから、国内最高値らしいけどね。それでも必用なら買う! 金ならあるぞ!というダメな小金持ちっぷりを発揮した。
焼き上がった肉の塊をゴーレム君に取り出してもらい、綿糸を解いて肉の塊を薄く霧出していく。ローストビーフ風? いや、チャーシューです。これに木の実ソースをかけて完成だ。
「夕飯、出来たよー」
丁度、風呂から上がって頭を乾かしているアルトパパに伝えると、ほんのり良い匂いをさせながら食卓に向かった。
「ああ、これだこれ。美味いんだよな、その煮凝りスープ」
「コンソメ! 煮凝りは材料を作ってる時の姿だから!」
見た目、最悪だったなアレ。肉と野菜と骨が塩気でドロドロになっていく姿はスライムのそれを彷彿とさせる。ブランママなんて敵意むき出しにしつつ絶対に食べない宣言してた。水分が抜けて固めたものが完成品だと言うと、そんな事は言わなく無くなったけど。
「サリーはこっちの肉野菜トロトロスープね」
「やっ」
「嫌じゃないの。食べないと大きくなれないよ」
「やぁっ」
味は私も好きになるくらい子供向けなんだけどなぁ・・・見た目がなぁ・・・。
葉物野菜の柔らかい所と、肉のミンチを混ぜてデンプン粉を入れトロトロにし、ニンジンなどの甘みの出る野菜を擦って、、バターを薄く塗ったフライパンで火を入れて、トロトロに加えるとあら不思議、あまーいトロトロスープに・・・なったんだけど、サリーには不評だった。何でや。
「じゃあお姉ちゃんが食べる~!これ好きなんだよね」
「やー!」
コイツ絶対言葉分かってるよな・・・。まだ0歳児だぞ。
「むぅ、じゃあ食べて。はいっ」
小さいスプーンで掬って、差し出す。
「やっ」
「ママぁ・・・」
もうご飯食べよう。チャーシューが冷めてしまう。
「ほいほい。貸しなさい」
小さい器とスプーンを受け取ったブランママは、何を思ったか徐に自分の口に運び入れた。そしてそれをサリーに見せつける。
「あー!」
「はいはい、食べたいんでしょ。はい、あーん」
「あっぐ」
「あっまいねコレ。野菜?」
ブランママは甘いものは割と苦手。砂糖は駄目だけど、優しい甘みは好きらしい。こういうのは好きだと思う。
「人参のバターソテー」
「随分と高級なもん食べてんのね・・・サリーの舌が贅沢なのも解るわ」
そう言いつつ、サリーの器から食べようとしていたので、そっとニンジンの小口切りにしたバターソテーの余り物をブランママの前に出す。
「ママはそっち」
「おぉ!やっりぃ、愛してるよユーリ!」
「私も愛してるよママー」
ママの大きい手が私の頭をわしわしと撫でまわす。ご飯が、肉が落ちる!
「俺には何もないの?」
「パパにはコレ」
スッと差し出したのは、沼で偶然見つけたワサビ。それを使った野菜ビネガー漬けだ。
「かっら!辛ぇ!」
「それと薬草茶を一緒に飲むと?」
急須からお茶をコップに注ぎ渡すと、少し温くなったそれをアルトパパが飲み込んだ。
「お・・・合うな。いいぞ、これ」
「焼肉にも合うらしいよ」
「明日、試してみてくれ」
これは相当気に入ったな。当たりだったらしい。前のめりになって催促してきた。明日は肉が早く無くなるかなぁ。横目でブランママも期待してる顔してるし。
◇◇
翌朝、サリーを背負って家を出発した。ブランママは私の護衛でフル装備だ。周囲にもゴーレム君が網を張っているし、私の隣には村長が居る。
昨夜のうちにブランママには協力をお願いし、依頼書を見せた。村と家の為になるのならと二の句を継げずに承諾してくれた。頼もしい。
「それじゃ、村の外縁部から100メートル離れた所を目安に壁を生やしていきますよ」
手に持った魔法紙には上空から見た村の地図が書いてあり、赤い食紅の線で外壁を作る予定地を描いている。私達がいる場所が、赤い線の真上になる。
「こんなに広いのに大丈夫ですか?あ、いえ。頼んでおきながら何ですけど。今更ながら規模が大きすぎて困惑しているというかですね・・・」
「村長さんはドーンと構えていれば良いんです。そこから動いたら駄目ですからね。ママはもう少し森の方に離れてて!」
「はいよ!」
ブランママの周りにもゴーレム兵が少しうろついている。腕に風と土の魔法陣を組み込んで、ショットガンを放てるようにした遠距離攻撃兵だ。尚、近接戦闘は出来ません。所詮はR2モドキか。
私は私で土魔法に集中しなければならない。傍に居る村長さんが不安げに森の方を眺めていた。大丈夫、ブランママとゴーレムの愚連隊に任せておけば、こっちには何も来ない。
「ふぅ~・・・むんっ」
一気に魔力の対流を活性化させ、自然魔力を絡めとる。大量の茶色い魔力が大地へと流れ込んでいく。魔力が触れた部分から地面が盛り上がりつつ、石板のように固まっていった。
「おぉっ、ユ、ユリアネージュさん!?地面が!」
僅かな振動と共に私と村長さんがいる場所が盛り上がり、外壁のモデルとなる部分が出来上がる。内側から粘土質、砂利、湿った土壁、もう一度粘土質。
「ふぅ。そしてここから・・・そぃっ」
地面に着けたままの手から、徐々に内側の粘土質に向けて火魔法の熱を放つ。
「あの、何か温かくなってませんか?」
「そうですね。頑丈にしないといけないから、壁の中でレンガを作ってます。つまり高温で焼いてます」
「えっ、此処に居て大丈夫なんでしょうか?私達も焼けてしまったり」
「そういう魔法なら私は此処に居ませんよ」
村長さんの不安は放っておいて、次だ次。チラチラとブランママがこちらを見つつ、森の方を警戒していると、ゴブリンと思しき魔物が向かってきているのが見えた。3匹だけなんだけど、人生初魔物との遭遇だ。ちょっと感動する。
「ママ!ちょっとゴーレムのテストさせて!ゴーレムの後ろで見てて!」
「えー」
「お願い!」
「しょうがないな。一回だけだよ!」
「ありがと!」
感謝の言葉と共に風魔法を発動する。遠くに声を届け、ゴーレムへ確実に命令を届けるためだ。人間と違ってゴーレムは至近距離で音を拾わないと、遠くで聞き取り辛い命令をされても動けない。その辺はブランママとは違う。
「横列隊形!前方の魔物に向けて構え!」
5体のゴーレムがブランママの前に横並びとなり、両腕を前に出して掌を向けた。まだだ、もう少しで、ショットガンの射程内に入る。ゴブリンはジャンプ力が高いと聞いた。ならば若干上に向けて撃つようにすればいいか。
「仰角修正!30度!」
私の命令と共に5機のゴーレムの腕が若干上向きになった。これならば散弾が上下左右にバラ撒かれて、逃げ場が無くなるはず!今だ!
「撃て!」
ドッパァン!!と5機10門のショットガンが撃たれ、3匹のゴブリンはハチの巣になった。一匹だけ飛び上がったが、上向きに撃たれた銃撃を躱すことが出来ず、下半身が穴だらけになって落下した。
「よし。待機しつつ、ママに追従」
そしてゴーレムたちは滑るように元居た場所に戻った。傍に居る村長さんは呆然としてた。そらそうだ。この世界に銃器なんてものは無い。銃より剣と魔法の方が強いからね。ブランママの剣技を見てきた私はそれを知っている。鋼鉄板を豆腐のように一瞬で切り裂く剣とか反則でしょ。
「随分、面白い物を作ったね。あれって魔法?」
ブランママが楽しげな顔で振り返って聞いてきた。
「魔法だよー。まだ実験段階だけど、あんまり大量に魔物がきたら・・・あの程度の威力じゃ戦えないかもね」
「だろうねー」
先程のショットガンはゴブリンの体内に弾丸がめり込み、そして突き抜けなかった。つまり肉の盾が通用してしまうのだ。ブランママの話を聞く限り、ゴブリンの集落は数百匹が当たり前に存在し、それらが一斉に襲い掛かってくると言う。
冒険者も盾役、走り回って切り込む役、援護する射手、回復する神官、味方の配置に気を付けつつも形勢を変える力を持つ魔法使い。それらが群れとなってゴブリンの集落に襲い掛かるという。
私の造った実験ゴーレムはこれらの内、どの役回りにも足りていない。壁になれるほど耐久力は高くなく、射手のような命中精度と威力も無い。接近戦は言わずもがな。精々が魔法使いの護衛程度の戦力だろう。いや、使い捨ての壁かな。数発撃ったらゴーレムの内臓魔力が尽きてしまう。
「はぁ、問題山積みだなぁ」
溜息を吐きながら壁づくりに戻った。
それから数時間かけて村を一周する壁を作った。まずは高さ3メートル幅1メートルの足場でしかない。それを村長さんに説明し、村の出入り口の所だけ空けておいた。
「今日はここまでです。明日も朝から工事しますけど、村長さんも立ち会いますか?」
「いや、十分だよ。もうこれだけでも良いんじゃないかな?」
いやいや、何言うてますの。こんな3メートルぽっちの壁なんて、2メートルオーバーが当たりまえの成人男性からしたら、しょぼい障害物にしかならないでしょ。というか、身長5メートルのオーガとかどうするつもりなのかと。
「それじゃ意味ないですよ。これから2週間ほどで完成させますから、立ち合いしないのでしたら完了した時に村長さんの家に伺いますよ」
「そ、それでお願いします」
平身低頭な村長さんを帰し、ゴーレムたちを回収した。壁際に立たせて足場を盛り上げてやれば良いだけのお手軽輸送である。ブランママはジャンプで壁に飛び乗った。すげぇ。やっぱりこのままじゃ意味無いな。
「これ、どうなっていくの?壁の上に壁が出来る感じ?」
「そんな感じー」
少しだけ陽が傾いて来た。3時のおやつくらいの時間かな。そういえば、この世界も24時間365日なんだよなぁ。偶然、なのかな。
家に帰ってご飯を食べると、私はゴーレムの改変に勤しんだ。耐久力は必要だ。胴体部分に、拡大変形する盾を仕込むか。それと、ショットガンの改良と、出来れば汎用ライフルが欲しい。貫通力が無いとゴブリンの群れにすら蹂躙されかねないという事が良く分かったよ。
お腹の部分に一瞬で土壁を作る魔法陣を仕込み、片腕をライフル弾を放つように魔法陣を書き換える。必要な魔力がショットガンより多くなってしまった。頭部に自然魔力を取り込めるように魔法陣を仕込もう。これで、スタンドアローン化出来る筈だ。魔力の配分変更で腕を多めにしてやれば、時間経過で残段数が回復していくイメージになる。
あとは足回りだけれど、急速後退出来れば今のところ十分かな。平原でしか使わないし。森に入るようになったら、R2タイプじゃなくてC3〇Oタイプに変更しよう。ロボットだと逆関節の方が運用しやすいのか?うーん・・・足回りは後日だな。いっぺんに出来ない。
「ふぁー、これで良し」
取り敢えず改造が終わり、欠伸を出しながら背を伸ばす。子供だからか肩コリしないのかな。体がポカポカしてきた。眠いんだろう。
「お疲れさん。ユーリもそろそろ寝なさいよ」
「ふぁ~い」
こうして数日に渡って壁創りと防衛ゴーレムの作成を繰り返していると、村人たちの中でも私の姿が名物になって来た。時々、どこかで採って来たのかアケビをくれるオジサンが居たりする。彼らは壁の外にはブランママが居る事を知らない。私が壁を上ってブランママを呼びつつ投げ渡すと、何故かオジサンは走って退散するのが可笑しかった。
そうして6メートル、9メートルと、3メートルずつ壁を上乗せし、更に分厚く構築していく最中で、沼の所に数度さしかかる。あの白蛇沼は壁の内側に取り込む事にした。元々湧き水の小川が村内に発生し、流れ着いた先が沼の底なのだから村内で完結する水の流れだった。
「あ・・・」
居た。白蛇だ。
「見ない方が良いのかな・・・」
作業を止めた私を不審に思ったのか、ブランママが壁の上に飛び乗って来た。いや、ここ12メートルの高さでっせ?なんちゅうジャンプ力してるんだ。
「ユーリ?どうし・・・あいつは例の白蛇か。何でこっちを見てるんだ?」
優しい声色から一気に厳しい声色に切り替わる。警戒心を全身で表し、剣を抜いた姿は傍目に恐ろしく頼りがいのある女性に映る。
「ママ、ちょっと待ってて。あれとお話ししてくる」
「何言ってんのさ?」
そういうと足元の壁に手を置いて、階段を作った。テシテシと小さい足で降りていくと、白蛇も沼の真ん中から岸の方へと水面を進んでくる。不安なのか、ブランママも私の斜め後ろをついてきた。
「こんにちは、白蛇さん。多分、あなたは言葉がわかるよね」
「・・・」
ブランママは後ろで警戒しているのだろう、ひしひしと背中に棘が刺さる気がした。語り掛けても返事のない白蛇は岸の傍で蜷局を巻き、赤い目をこちらに向けた。
<<汝は人の子か>>
「うぉっ、びっくりした・・・」
「どうしたのユーリ」
ブランママが私の前に出ようとするが、手でそれを制する。
「大丈夫、話しかけられて驚いただけ」
「はぁ?」
「これって、念話ってやつかな?そうだよね。質問の回答はハイだよ」
白蛇に向かってそう答えると、赤い目が頭から足先まで舐められるように観察され、頭が上下にゆっくりと動く。ちょっとかわいい。
<<見覚えのある形をした魂よな。こことは異なる世界の人の子よ>>
「おぉぅ・・・分かるんだ」
<<然もありなん。我らは数多の世に魂を持つ故に>>
「えーっと・・・(翻訳が欲しい)、つまり、あっちにもこっちにもお仲間が居るって事?」
<<異なことを言う。我らは個ではなく、群れでもない。我らは一つたりて、一つは我らに在るのが常道よな>>
やべぇ、何言ってるのか意味が解らん。個体じゃなくて、群れもしない?白蛇は複数世界に居るって事は確かだ。私の世界にも白蛇伝説は多いし、実際に突然変異種だとかで色素が抜け落ちたとかいう知識がある。
「つまり、その、一つたりて・・・えーっと、一つは我らってことは・・・えーっと、みんな全部、あなたはあなたって事?え?マジで!?同位体ってこと!?」
自分で言ってて驚いたわ。複数世界に跨る同位体!?じゃあ地球の話とか出来ちゃうわけ?いや、神様が人間の文化何か知る訳ないか。そもそも神なのか? 蛇神様? ミシャグジ様?
<<然もありなん。なれば、汝の魂の異質さにも気づけよう>>
さっきも言ってたな、見覚えのある形をした魂。あ、え?これって、そういう事か?知識が訴える危険性がどんどん私の心を押しつぶしていく。
「・・・わ、私はその、大丈夫なんですか。違うって事は、それなりに理由もある筈だし。ほら、淡水と海水で済むところが違うと、生きて行けない魚も居る訳で・・・」
<<いずれ壊れような。汝はこことは異なる魂の形を持つ。ここは然も在るべきと定められた魂だけが許される世であるからに。その身に収まった魂も罅が視える。永くはあるまい>>
「あ・・・・・おっ・・・ええ?ど、どうしたら?」
<<知れぬ事よ。魂は形を変える者もあろうが、尋常ならざる者のみがその資格を得る。我らもまた、世に合わせて魂を繕うのが定めである>>
「尋常ならざる者ってなに!」
動悸が止まらない。吐く息が激しい。変な言葉で余命宣告しないでくれ!
<<人の法、龍の法、魔の法、我らの法が在るが、常世の汝には叶わぬだろう>>
「それでも!いや、いいよ・・・」
死んでたまるか、死んでたまるか、死んでたまるか、死んでたまるか!
<<人の法を求めると善い>>
そう言い残し、白蛇はその体を水に変えて岸辺の土へ沁み込んでいった。
「なっ、あいつ、死んだのか・・・?」
ブランママが何か言っているが、横に居るのにまるで遠くから聞こえるかのようだ。白蛇の最後の言葉の意味を考えていて、それどころではない。
「人の法、って何」
「え?」
白蛇が居た辺りを探っていたブランママが、呟くように言った私に振り返る。
「んー・・・・何でもない。壁創り、再開しよ」
「え?ユーリ?ちょっと」
しばらくブランママの質問が続いたが、白蛇が何を言っていたか解からないと答えてその場を濁した。
あと、何年、何ヶ月、何日だろうか。丁寧に外壁に魔力を込めて目標の15メートルの高さで揃え、村の出入り口の壁の上には櫓を建てた。壁の幅が5メートルを超えている為、パッと見は小型の要塞だ。
作業をしながら、頭のどこかで白蛇の言葉を考えていた。




