011
今日も今日とて沼地に来訪。春は過ぎて夏に入ったので、沼の少し手前にある、小川に遊びに来ていた。遊びというか狩りだけど!
沼に流れ込むこの小川は南の山脈から流れ込み、沼に至って何処かの地下水になってるっぽい。沼の水の出口が見つからないから、多分そうなんだろう。
それはともかく、川といえば魚。そして沢蟹。そんなのが居るかと思ったんだけどなー。
「ゲコッ!」
「わひゃっ!?」
何か50センチメートルくらいのデカい緑色が飛び掛かって来たぁ!?
「おっと」
ブランママが空中に手を伸ばし、素早く片手で掴み取る。人でいうところの喉輪の部分を握られた大ガエルは足をジタバタと苦しんでいるが、程なくして「コキュッ」と変な声をだして動かなくなった。ブランママが殺ったのである。
「よし、肉ゲット!」
「お、おー・・・」
「だぅっ」
サリーを抱っこする私に蛙を以て自慢げに獲物を見せて来ると、そのまま沢の所でナイフを取り出して解体を始めた。しかも速い。10秒くらいで皮がベリベリッと剥がされてポイッと捨てられ、内臓がぼちゃぼちゃと沼の方へ流れていく。
最後に残ったのは頭と内臓が綺麗に切り離された手足が美味しそうな肉だけになった。これが精肉って奴かっ・・・・!その姿に若干引きつつも感動した。
「早すぎて良くワカラナカッタ」
「ん?ああ、解体?ほら、これを葉で包んで袋に入れて、昼に食べちゃお。それより釣りだよ釣り。藻魚が美味しいんだよ」
「去年食べたっけ?」
覚えがないんだが。
「いや、去年はアンタが暴れるから釣りに来れなかった」
「ごめーん」
それは多分、覚醒前の私だから許して。そんな事を話しながら、持ってきた竿は2メートル程度の小さい竿だ。沼の中じゃなくて、沼に近い小川に釣り糸を垂らす。
どうもこの沼には魔物は居ないけれど、ドロドロした水底に足を取られやすく、その泥の中には泥蛇というのが住んでいるらしい。1メートル程度の小さい蛇だが、近づくと人も襲うらしい。
「水底って、近づくことあるの?」
「前に村長が小舟を出して調べた事があるんだ。魔物の生息調査で」
「そしたら魔物じゃなくて蛇が居たと」
「そういう事だね」
ヒュッとブランママの竿が動く。釣れている・・・。対して私の竿は微動だにしない。むしろ水の流れによって右往左往している。
「むー・・・」
胡坐をかいたブランママの膝の上で、サリーがキャッキャとはしゃいでいる。
「魚の近くに落とさないと釣れないよー?」
「水の上からじゃ分かんないよ」
「よく観察しなー」
「むぅ・・・」
そんなこと言われても分からん。いや、待て。真実の眼、発動っ!
・・・・・・・ん? 何も変わりませんが?
いや、違う。自然魔力に紛れて、微かな魚の魔力がウロウロしているのが判別できる。たぶん、あそこの岩の後ろ当たりの、影になってるところ。
「そこっ」
ひゅんっと気力制御入りの腕力で竿を振ると、良い具合に狙った場所に針が落ちる。ぽちゃんと水底に到達した針を、手元の操作でクイッと動かす。エサが上下に揺れる動きを虫のように見せかけると、鮎のような魚が針を咥え込んだ。
「きたっ」
「おぉ」
嬉しくてニヤニヤしながら両手で持った竿を一気に引き上げると、グッと魚の重みが竿に加わり、パシャンと水面を波立たせながら川魚が飛び出してきた。そしてその魚は私の顔面にヒットした。
「わぶっ」
人生初ヒットは凡フライとなって川底にリリースされた。おのれ・・・。
「あー、ざんねんっ」
「ぐぬぬ」
布切れの手拭いで顔を拭き、気を取り直して竿を振る。もう一度同じところに針を入れると、既に魚群は居なくなり、暫くして竿を引き上げた。もう誰も居ないじゃないか!
「魚に遊ばれてる気がするー」
「あはは」
笑う母親は既に10匹以上もの数を釣り上げている。年季が違うなぁ。
ひゅんっと再び狙ったところに竿を振る。今度は水の中の空間が広く、なかなかかかりそうにない。そこ以外に魚が居ないんだよっ。否、魚が残ってないというべきか。
軽く息を吐いて集中する。気力が体を巡る速度が少し早まる。焦ってるのかもしれない。気力は怒ったり焦ったりすると、その動きが乱れる。魔力よりも精神的な動静に強く反応する。だからだろうか。ふと沼の方を見た時に、一気に気力の波が乱れた。
「白蛇・・・?」
「ん?」
ブランママが静かに竿を置いて、脇に置いた剣を抜く。たぶんあれは、村長さんが見たという水蛇、かな? 確信が無いけど状況と場所からそんな気がする。いや、それよりあいつ、水面に乗ってる・・・?浮いてるのかな?なにあれ?
ジッと見て真実の瞳を発動させる。ただの動物なら、それを確実に伝えてくれる筈だけれど・・・痛っ!!!!!
「っ!!!あ!?ぃぃった!?」
「ユーリ!?」
何だ!?何が起きた。あの白蛇を視た瞬間、頭に激痛が走った。一瞬だけ見えた気がするのが何かの文字だった。読める字だったけれど一瞬過ぎて読み取れていない。
それでも何か、どこかで聞いた気がする。そんな一瞬の字面。記号のように頭に残ったけれど私の知識と繋がっているのだろうか?
「大丈夫、一瞬だけ、頭が痛くなっただけだから・・・大丈夫だよ、ママ」
「そうか・・・あの蛇!」
ブランママが振り返った時にはもう居なかった。水面には微かに広がる波紋だけが残っていた。あいつ、何なんだろう。
「チッ」
金具が擦れる音を響かせながらブランママが剣を納めた。後に残ったのは小川の流れる音と、陽の光を跳ね返す少し淀んだ沼だけだ。川岸から立ち上がると、徐に竿を片付けだし、私も黙ってそれに倣う。
私の造ったクーラーボックスモドキをブランママが担ぎ、私はサリーを抱き上げ、二人とも黙って歩き出した。
小川は村の中にあるし、道のすぐそこだ。沼の半分が村の外にはみ出している状態になっている。あれは外からやってきたのだろうか。きっとそうだ。でもあれは・・・。
「あいつ、気力を感じなかった。ただの動物じゃない」
「うん、魔力も感じなかった。少なくとも魔物じゃない。普通でもないけど」
「当たり前だ!あんなのが村の近くにいるなんて・・・」
「うん・・・」
私に危害を加えられたと考えて、ブランママは気が立っているようだった。でもアレは正当防衛だったと思うんだよね。私が相手の情報を読み取ろうとした、いや盗み見ようとしてアイツの中に侵入しようとしたと考えた方が良いのか。
ネットワークでつながったパソコンを盗み見るには、それはもう面倒な防壁を突破しないといけない。相手の付近に造られたセキュリティ、そこまで到達するまでのセキュリティ、進入したパソコン自体のセキュリティ。環境によっては様々だ。
そう、私は知っている。そう言った知識を基にこのスキルを使っている。であればあの白蛇の情報を盗み視る為に、あいつの防壁を突破しようと攻撃した事になる。それが魔力的な防壁なのか、闘気で構成された防壁なのか、はたまた何か私の知らない力の防壁なのかは分からない。
一番単純な答えは「スキルで妨害された」という考え方だ。それならば攻勢防壁のように私にダメージを与えられる。そう考えて、今更ながらゾッとした。さっきの痛みが即死するようなレベルのものだったら?
今ここでサリーを抱いて歩いていないかもしれない。全速力で走るブランママの腕の中だったかもしれない。
やっぱり、話すべきか?スキルについて。
身の上話をするつもりは生涯無いけれど、スキルの件については伝えても良いんじゃないかと思ってる。スキルを教える事が身の危険になるのは十分予想している。
知られる。それだけで対策が立てられる。だからこそ、普通は自分のスキルをベラベラ喋らない。ブランママのスキル構成は知っているけれど、それは聞かせてもらったからじゃない。私が盗み見たからだ。
聞けば教えてくれるとは思う。それでも、こういうのは自分から伝えてくれるのを待つべきだと思う。但し、それはきっと、私が同等の強さを得た時だと思う。ブランママが私を認めた時に教えてくれるんだと思う。そしてママはそれを期待している節がある。真実の眼のスキルを明かすことは、その機会を失う事になりかねない。
それでも教えるべきか?
教えないのであれば、あの蛇の事は私の中で秘密にしておくべきだろう。話してはいけない。私の知識との関連性があるという事は、何か、危ない。そう、迂闊に触れてはいけない存在のように感じるからだ。
「村長に話を聞いて来る。サリーを任せるよ」
家に着くとサリーと魚を私に託して、ブランママは村長の所に走ってしまった。あの白蛇の処遇についての相談だろう。狩るか、追い出すか。
どちらも危険に思えて、問題無いようにも思える。前者は意味不明な力で攻撃されれば、いかにB級冒険者でも殺されかねない部分、後者は知恵ある存在に思えるからだ。
あの白蛇、どうして攻撃してきた私を見逃した?
あいつからしてみたら、攻撃者に勝手に攻勢防壁が反応して身を隠しただけだろう。本当は臆病なのかもしれない。いや、呆れて卑小な子供に興味関心を持てなかったから姿を消しただけかもしれない。
いずれにせよ、このままだといけない。
クーラーボックスの中に魚を戻し、水を入れる。サリーを背中に背負ったまま私は村長の家に走った。気力制御というのはこういう時に役立つ。成人男性並みに速く走れる。
それでも、成人女性のブランママが走る速度には遠く及ばないようだ。その踏み込みの重さも、私が固めた地面の凹みを見れば理解できる。相当に焦っている証拠だ。止めないと。
途中で荷車を引く農奴のオジサンと無言ですれ違い、あっという間に引き離す。10分ほど走っただろうか、村長の家に着いた。
「ママ!」
居た、村長ともう一人の男性と一緒に出発しようとしていた。
「ダメだよ!白蛇は放っておいて!」
「ユーリ!何で来たの」
「あれは私が白蛇に攻撃したから何かされただけだから、放っておけば襲われないよ。すぐに逃げたから臆病なんだよ。だから」
「だから危なくないって?それは違うよ、ユーリ。魔物じゃなくても、あの沼は村の中にあるんだから、もしかしたら水の中だけじゃなくて、家の中まで入ってくるかもしれないでしょ」
「違うの、そうじゃなくて」
「なに、どうしたの?」
何て言えば良いんだ。此処でスキルの事を言う訳にはいかない。
「それに攻撃って何したのよ」
「風魔法で脅かそうとしたから・・・」
「私が見てるときは何も、空気の動きは感じられなかったけど」
気力制御を成長させて、気の扱いになれるとそこまでなるんかーい。
「とにかく攻撃したの!」
「・・・」
私がここまで強情になるのが意外だったのか、ブランママは驚いた顔で黙ってしまった。
「ごめんなさい、黙ってたのは謝ります。それでも、反撃してきたとしても、あの蛇は普通じゃないの。理屈じゃないんだけど、あれには関わったらイケない気がするの」
「ユーリの勘がそう言ってるとでも?戦闘経験も無いあんたが?」
「戦った事は無くても感じられる事はあるよ!」
「それはそうかもしれないが・・・うんんん・・・」
ブランママは村長の方を見て考え、そしてもう一度、鋭い目で私の方を見て瞳を閉じた。
「わかった。ユーリが普通じゃないのは知ってるから、その直感とでもいうものを信じるよ。それでも、もう一度沼の様子は見に行く。それでイイね?」
「わかった・・・」
大丈夫、だろうか。見に行くだけだし、過剰反応も、先制攻撃もされないと良いけれど。
その後、村長たちと共に沼の様子を見に行ったが、何もいなかった。そして何も起きなかった。私は怖くて、真実の瞳を意識的に抑え込んでいた。
その夜、魔物の毛皮の上で眠る家族を見ながら、私は自分のステータス画面をジッと見つめていた。この村には、私のようにレベルの無いスキルを持つ人は他に居ない。
余程に珍しい事なのか、もしくはこの世界で私だけなのか、冒険者であるブランママに伝えるべきなのか否か。あの鋭い目を思い出しながら眠りに落ちていった。




