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緑の雨  作者: 二笠
深紅の人柱
1/97

001

 それを最初に見たのは三歳の頃だったと思う。何と無しに手を伸ばし、透き通って掴むことが出来ず、怖がって泣いてしまった。情緒不安定なんてレベルじゃない。


 誰かの腕の中で泣き続けていると、ふと自意識が鮮明になり、どうしてこんなことで泣いているのか不思議になり始めた頃には、頭を撫でまわされながら、私は怪訝な顔をしていたのだと思う。


 楽し気に笑う女性の手で、藁が敷かれた何かに寝かされ、背中にチクチクとした繊維を感じつつ、再び現れたその透明なプレートに熱視線を送っていた。


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 ユリアネージュ(3歳)

 種族:素人

レベル:1

HP:4

MP:1

状態:通常


スキル:真実の瞳、フリキア言語LV1

称号:-

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 段々とハッキリしてくる思考と、目の前の謎のプレートに混乱した私は、そのまま透明なプレートを見たまま押し黙ってしまった。少しの間、息をするのも忘れるくらいに見入った後、再び両手でそれを掴もうと天に手を伸ばす。


 敢え無く空を切った両手は腕がプレートを貫通し、触れる事は出来なかった。


 まるでゲームのステータス画面のようなモノが現れている件について誰かに説明して欲しかったが、仕方なく受け入れて納得するしかなかった。藁の上の私に、やさしく目を向ける母親らしき人と視線を合わせる。


 驚いた顔になっている私に何かを感じたのか、再び遠くから近寄って来た彼女の顔は沢山の刀傷がついていて痛々しい。手足にも抉られたような線状の深い傷跡もあり、尋常ではない人生を送ってきたように思える。


 体つきはしっかりしているが、細身の筋肉質という見た目で、半袖の裾から見える割れた腹筋や、筋張った細腕は強さを感じさせつつも女性らしいスタイルと言える。顔も傷さえなければ美しい肌で整った容貌だ。少し幼い印象もあるのは彫りが浅く銀髪青目小顔のせいだろうか。


 そうして母親らしき人の目を見ていると、先ほどのステータスプレートらしきものが、彼女と私の間に浮かび上がった。


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 ブランネージュ(19歳)

 種族:素人

レベル:58

HP:1622

MP:330

状態:通常


スキル:剣術LV10、闘気剣術LV4、格闘術LV2、弓術LV1、投擲術LV5、運搬術LV3、瞬歩LV6、気配察知LV3、罠感知LV2、気力制御LV10、闘気制御LV3、フリキア言語LV4

称号:剣姫、B級冒険者

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 私と違って数値が高く、大量のスキルを備えていた。二つの称号には色々と心揺さぶるものがある。


「ん~?どしたのユーリ?」


 猫なで声で私のほっぺを突いてくるその指は傷だらけだったが、それは歴戦の勇者の証だったようだ。これだけ強くてB級冒険者なのも驚きだが、16歳で私を産んでいるのも驚きだ。


「ママはご飯作ってくるから、お昼寝していてね」


 柔らかく私の頬を撫でたその手は、想像以上に硬く、指の皮の厚さを感じさせた。それに違和感を覚えたのは、私の指の柔らかさとの比較もあるだろうが、何よりも自分の一般常識とかけ離れているからだろう。離れていく母親の後ろ姿には得体のしれない迫力のようなものを感じた。


 自意識の強烈な覚醒と共に私の頭にはナニカが思い出されていた。


 それは前世の知識であり、自分の性格や考え方だった。エピソード記憶と呼べるような体験は一切思い出せないのが不思議だ。まるで終わりのない本を頭に叩き込まれたような面倒くささがある。目次の無い、章立てにもなっていない書き方の、延々とページが続く本のようだ。


 一般的に性格とは本人の体験から形成されていく物だと思うのだが、それらが一切ないのに私の思考パターンだけが確定されている。これでは違和感を覚えるのも仕方がないだろう。


 母親の後ろ姿を藁のベッドらしきものの上で眺めつつ、過去の自分を思い出そうとしたが、おそらく自分は男だったのだろうという事しか頭に浮かばなかった。与えられた知識も偏りが無く、広く浅くというところだろうか。以前の自分は平凡な人間だったのかもしれない。


 小さな窓辺、というより採光に使っていると思しき衝立棒の付いた板は、僅かな隙間が外を見せるだけで空模様は見えない。今日は晴れなのかもしれないし、曇りなのかもしれない。窓枠は少しカビが生えている。


 床を走る何かの青い虫は、壁際に着くと土で出来た垂直の壁を上り始めた。大きさは1センチくらいだろうか。ゲンゴロウに似ているが、レベルなんてものがある世界では別物だろう。


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 ゲントウムシ(0歳)

 種族:虫

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 虫に集中していると顔面の前にそれが出てきて、思わず顔を背けようとしてしまった。これは私のスキルのせいか? 真実の瞳というスキルがあるが、母親のようにLVが表示されていないという事は、成長性が無いのだろうか。というより、項目自体が少ない。


 虫には、ゲームでいうところのレベルもスキルも無いのか。・・・いや、この考え方も不思議だ。記憶が無いのに知識だけあるというのは、以前の私の正体を探る良い手段かもしれない。思わず頭に浮かんだ「ゲームでいうところの」という部分が、失われた経験に直結している気がする。少しずつ、以前の自分を探るのも面白いかもしれない。


「♪~」


 母親の鼻歌が聞こえてくる。聞いた事の無いメロディだが、ゆったりとした心地良い曲だった。以前の自分も母の背を見て育ったのだろうか。もう思い出せもしない。


 親不孝者と自分を罵る気はしなかった。前世の母も、顔も思い出せない父も、どんな人生を送ったのか解らない自分も、全ては他人事だ。だというのに、知識と一緒に微かに残った想いが頭の片隅にこびり付いている気がする。


 私は薄情な人間だったのだろうか? 過去を思い出し、泣きじゃくる自分が想像できない。静かに涙を流す己も、落ち込んで誰かに慰められる過去も、何もかも頭の中から抜け落ちている気がする。


 心を患って記憶を無くす人が居ると聞いたことがある。事故にあって自分を忘れた人が居るとも聞いた。彼らはこんなにも空虚な思いを抱いていたのだろうか。自分の名も、記憶も、経験すら失ってしまったのに、今は別の誰かに成り代わっている。


 いや、始めから今の私は私だったのかもしれない。誰かの魂を塗りつぶして此処に在るかと言われたら、根拠のない自信を以てして否と言える。私の中の何かが、最初から自分は自分だと叫んで否定する気がするのだ。


 ぼーっと母親の背中を見ていると、彼女は視線を感じたのか虚ろな目をした子供に近付いて来た。


「どうしたの・・・?」


 心配そうな顔をして私の額に手を当てる彼女は、熱が無い事を確認して少し強い力で私の頭のわしゃわしゃと撫でまわした。


 「なんだか今日は静かだね~? ぼーっとしてるから風邪ひいちゃったのかと思ったけど・・・大丈夫だよね」


 「ん!」


 ワザとらしかっただろうか。なるべく力を込めて、小さい体を使って全身から声をだしてみた。


 「おぉ!元気元気!あはは!」


 もう一度頭をわしゃわしゃされると、彼女は台所に戻っていった。心配されて構われ過ぎても困る。頭の中は大人なのだから。そう、大人なのだというところに困る。


 今は子供の私の感覚と、大人の意識・考え方が一緒になって混乱している。そこに異世界転生などと言う非常識が転がり込んできて、もう心を落ち着かせるので精一杯だ。


 ぼーっとするのも当然だ。考えがまとまらず、何から手を付けて良いのか判らない。目にした物から真実の眼によって新しい情報が追加されていく。物、生き物、見た事の無い何か、色々だ。


 幼心のように目に付いたものから飛びつければ良かったのだが、生憎と情報の整理という癖が邪魔になっているらしい。考えるより先に口や手が出る人間だったら、ここまで混乱せずに助かったのに。


 そんな事を考えていると、あれこれ考えすぎて疲れてしまったのか、気が付けば眠ってしまっていた。私の混乱は本能によって遮られたらしい。助かった。


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