6 特典の使い方
顔のあたりが重い。息が出来なくなって京介は飛び起きた。顔に乗っかっている何かはぶらーんとぶら下がる。
「バハムートか」
バハムートは顔から降りてトコトコ歩いてルイーズのところに帰っていく。
「もう朝よキョウスケ」
「おはようございます主」
二人はもう完全に起きているようで六華はルイーズの緋色の髪を櫛ですいていて、ルイーズは槍の刃を手入れしている。
「今日はギルドで一回クエストを受けようと思うんだけど」
「任せる」
「私は付き従うのみです主」
いつの間にか担ぎ上げられてしまっていることに京介は若干困惑したが、出遅れるわけにいかないので急いで外の井戸で顔を洗い服を冒険者の姿に着替える。腰にさした片手剣の重みが腰にかかり冒険者としての自覚が芽生えた。やはり男子だからだろうか、少し気分が上がる。
「朝飯何処で食う?」
「この街ならギルドが経営してる料理店があると思うわよ」
「やっぱ暦長い奴がいると助かるな」
今日受けたクエストは畑を荒らすイノシシ退治だ。
報酬もそこそこに良さそうで難易度も低い。うってつけのクエストだったのだが。
「でっか!」
「ああ。私の里にもいましたね」
「嘘だろ! 3メートル近くはあるぞ!」
「何驚いてんのよ。これでも小さいくらいよ」
異世界と全く違うのほほんとした国で生まれ過ごした京介にはとてもじゃないが相手できるイノシシじゃなかった。
毛はとんがっていて保護色の黒。牙はまさしく凶器。重い鳴き声をしている。
「私が切り込みます!」
「援護するわ!」
二人は果敢に立ち向かう。
「忍法【空蝉-うつせみ-】!」
六華がそういうと体が二つに分裂した。分身の術の類だろう。
「あなた魔法使えるの!?」
「ダークエルフですから」
「心強いわ。バハムート!」
『ぴー!』
バハムートがイノシシに向かって飛び。頭上を旋回する。イノシシは気劣られてそっちに攻撃しようと躍起になるが届かない。
その間に六華が接近する。イノシシは接近してきた六華に向かって前足を振り下ろすが踏みつけられた六華は煙になって消えた。
「そっちは分身ですよ」
分身の反対から迫った本体は逆手に構えた小刀で両の牙を切り落とす。
「はぁ!」
牙が切られて空いたスペースにルイーズが滑り込み、槍の絵の部分を使ってたたき上げた。とどめに無防備になった腹部を槍で思いきり突く。心臓を貫かれたイノシシは手足をだらんと垂らして絶命した。
ルイーズは重さ何十キロとあるだろう巨体を脇に落とした。
「今日中に終わるのこれ」
「まぁ、何とかなるでしょう。このイノシシは仲間意識が強いですから、この死体を餌につりましょう」
(あれ? 俺役に立ってなくね?)
「主? どうさないましたか」
「すまん。役に立てそうにない」
「気にしなくていいわよ」
(ここに来ても俺は無力なのか)
『ブオオオオオオオオオオ』
森中からイノシシの雄たけびが上がった、地響きと共におびただしい蹄の音が迫ってくる。木々がなぎ倒され草木がへし折れる。
『京介30体は来るけど大丈夫なの?』
「……お二人さんそういうことらしいが」
「何が?」
「どうかなさいましたか?」
二人にはアイリスの声が聞こえていないらしい。
今はそんなこと関係ない、あの巨体が30体なんて来たら一瞬で踏み潰される。
「さっきのが30体来る! 逃げるぞ!」
「無理。手遅れよ」
「……木もあらかたなぎ倒されたようですし。木を伝って逃げることも適いませんね」
「依頼書には10体の群れって言ってたんだけどね……話が違うじゃない」
『ブオオオオ!』
イノシシが突進してくる。
「前は私が!」
「後ろは私が止めて見せる!」
「ぴー!」
二人は立ち向かおうとするが現実的じゃない。まず無理だ。
京介は何か状況を打破する手段を探そうとするが何も出てこない。
『特典使いなさいよ』
「……は?」
『光の玉を一つ回収してるんでしょ。使ってみなさいよ。覚えてないの?』
特典の覚え。そうだ、俺は一回使っている。六華に襲われたときに一回だけ。
多分あの風は特典で起きた現象。
「ぐっっと……」
右手に力を籠める。
「何も起きないぞ!」
この間にもイノシシは迫ってくる。まずい。このままじゃ死ぬ。
「起きろ!! 風!!」
その声に応えるように木がなぎ倒されて空いた空間に風が吹き始めた。その瞬間、キョウスケは同時に理解した。自分の特典の特性と名前を。
「そうか。風を起こすんじゃない。風を掴む能力!」
開いていた手を風にかざして握ると確かな感触がある。そしてその風を掴んだまま体を回転させる。
「吹き荒れろ! 【#追い風__フロンティア__#】!」
その握られた風は突風となり迫りくるイノシシ軍団を一時的に押し返した。
「あ、主!?」
「後退しながら攻撃しろ! 後ろを取られるな!」
囲んでいた一体を撃破。そこから脱出して向き直る。襲ってくるイノシシの行動を風で止めて撃破後退を繰り返していく。
何とか対処することが出来たが一体逃がしてしまった。
「相手は手負いです。何か起こす前に始末しなければ!」
「私はこっちを探すわ!」
「私はこちらを!」
「俺は向こうを探してくる! 気を付けろよ!」
三方向に分かれて捜索を開始する。
「どこがどこだかわからないな」
イノシシが森中暴れまわっていたせいで痕跡の見分けがつかない。
「アイリス!」
『あなたの周辺しかわからないわよ』
「拘束されすぎだぞお前の権能! 上に談判してこい!」
周りを見渡しながら走っていると、京介は一か所違和感を感じた。
「これは、他と逆方向に枝が折れてるな」
と言うことは。この痕跡の主は逃げたイノシシの可能性が高い!
「急がないと!」
逆方向に残されている痕跡をたどってイノシシを追跡する。二人を呼びに行く暇はない、見つけたら助けを呼んで、二人がくるまでの間風で抑え込めばいい。
『頭を下げて!』
アイリスの突然の声に反射で反応して頭を下げる。下げた瞬間何かがものすごい勢いで後ろに飛んで行って、大きな音を立てて落下した。それは追いかけていたイノシシだった。
イノシシは腹が引き裂かれていて臓物が漏れ出している。流れ出る血がその場を血の海に変えていく。
京介は恐る恐るイノシシが吹き飛んできた方に足を進める。
草木を片手剣で薙ぎ払い前に進むと広い空間に出た。
そこにはこの世界でもうすでに二回見た光景、地面に倒れている少女があった。ここまでなら「またか」と思っただろうが今度は違う。
その少女の周りは血が飛び散っていて木々が倒れている。状況から見てイノシシに襲撃されたのは明らかだ。
「……」
絶句した。初仕事で民間人を巻き込んで死なせたとなったら。
恐る恐る京介は倒れている人に近づいた。
「は? 何これ」
接近した京介は、こんどは逆に数歩後ろに下がった。
地面に転がっている少女は普通に人間の姿をしている。背中から羽が、頭からは角が生えていることを除けば。
「人なのか……?」
「ぐ……」
少女は目を開いた。そして血に濡れた鋭い爪をもつ右手をこっちに向けてくる。
「ぐ……ああああ!!」
少女は突然飛びかかってくる。京介は片手剣でその鋭い爪を奇跡的に受け止めることが出来た。だが少女はとてつもない怪力で地面に押し倒される。そして背中から生えている羽が形を変えて体に巻き付き包み込まれてしまった。
京介は少しずつ体から力が抜けて片手剣を地面に落としてしまう。次第に意識が朦朧としてきて気を失ってしまった。