3 冒険者登録
閉じている瞼を突き抜けて光が目に入ってくる。あまりも眩しくて手で目を覆いながら起き上がる。
全身が痛い。体の節々が動かすと細かい痛みが生じた。壁に手をつき、もう片方で目をこすりながら立ち上がった。
「ん?」
固い。普段触っている壁よりもずっと固い感触だ。三度ほど確かめて昨日の出来事と自分が本当に異世界に来たことを思い出した。
塔から見渡せる街は広くて大きい。朝陽と共に活動を始めた街の住民が住居から続々と出てきた。そのほとんどが京介と違って快活な朝を迎えている。習慣の違いだろう。少し京介は羨まし気にそれを見下げた。
しばらくした後アイリスの存在を思い出した。
「アイリス。どこにもいない」
『やっと起きた』
声は聞こえてきたが姿が見えない。
『上よ上!』
空を見上げると、昨日のフードと同じように空にアイリスが浮かんでいた。昨日泣いて赤く腫れていた目と鼻は治まっている。
「おはよう、夢じゃないかと思ったが現実みたいだな」
『そう。これは現実。現実なのよ』
アイリスは憂いた目で虚空を見つめる。といっても京介からは後ろを向いて何処かを見ているようにしか見えていない。
「お前今どこにいるんだ」
『天界。仕事あるから』
「よく出社出来たな」
『まぁ。このままだと世界滅亡だから防がないといけないし。あ、昨日の一件だけど』
昨日と言うと権能世界に爆散事件のことか。
『まぁ、私が天界に帰ってから色々ありまして……えー。簡単に言いますとですね。私たちの死刑が決定しました』
突然の死刑宣告。
「し、死刑!? なんでそんなことになってる!?」
『昨日特典が世界に散らばったでしょう。その影響で20年以内に人類が滅亡するという予測が出たのよ。それを防ぐためには散らばった特典を回収しなければならない。上から与えられた期限は四年。それを超えた時点で私たちの死刑が執行される』
「逆に言えば四年以内に回収したら死刑は」
『撤回されるわ』
世界の滅亡と自分が死刑になっているというアイリスの報告に京介は頭が真っ白になりかけるが、一歩手前で踏みとどまる。
京介は冷静に状況を知ることを選択した。
「なんで世界が滅びるんだ」
『あなたが望んだ『特典』ってどんなの?』
「万能だけど」
京介は何でも出来るようになる願いをした。
『そう万能よ、なんでもできるしなんにでもなれる。形の定まらない力なの、あなたの望んだ特典はね。特典は触れた人間の体に宿って機能を発揮するのよ。世界中に散らばった特典も今たくさんの人間が触れて体に取り込んでる。取り込まれた特典は取り込んだ人物に合わせて能力を生み出す。世界中に特典持ちが続々生まれているのよ』
成程状況がつかめてきた。
「世界中にチーターが誕生しまくってるのか」
『簡単に言うとそういうこと』
もしオンラインゲームで対処不可能のチーターが急増したら。ゲームが成立しない状況になるだろう。ゲームがPVPなら無差別殺害が起きるだろうし、街では窃盗強盗やり放題。まず今までの治安は守られないだろう。世紀末世界待ったなしだ。
「四年以内に世界中の特典を集める」
こちらの世界がどれくらい広いのかわからないが、交通機関が整っていないこの世界では八十日で世界一周と言うわけにはいかないだろう。江戸時代の伊能忠敬は確か17年をかけて日本地図を完成させた。この世界は日本より大きいはずだからそれ以上に時間がかかってしまうのではないだろうか。と京介は考える。
「まず一人で世界一周できるのか? 資金も物資も経験も地図も何もない」
ありとあらゆるものが足りてなさすぎる。
齢18で世界一周、恐らく徒歩。あまりにも現実味のない話だ。
『ある程度の金銭は上に支援していいと許可されてるわよ』
目の前に小袋が出現した。
「この方法で渡したらよかったんじゃ」
『言わないで』
「ほかに何か援助できないのか」
『ほとんどの権能を拘束されているから私にできるのは相談と雑談くらい』
「役に立たない奴だな」
『不敬よ不敬!』
「何をすればいい」
『そうね。どうせ死刑確定なんだから好きにやれば』
「お前がそんな調子だとこっちも何もできないだろ! 建設的な案をよこせよ!」
アイリスはどこからか紙の束を持ってきてパラパラめくり始める。
『そうね。世界を旅しながら資金集め・情報収集ができる職となると。冒険者がベストね!』
「どんな職よ」
『登録制バイトみたいなものよ。好きな時に好きなクエストを受ける。受けてないときは拘束されてないから自由に動けるわ』
「どこに登録したらいいんだ?」
『ギルドよ。この街はかなり大きい地方都市だから福利厚生もしっかりしてるわ』
「よし。案内してくれ」
街を見回りながらギルドに向かった。
商店街は活気にあふれていて呼子が客引きをしていたり、値段を負けろ負けない論争が繰り広げられていたりしている。
すれ違う人の中にはそこそこな数で武器を携帯しているものが居た。恐らくあれが冒険者なのだろう。
「お前地下で使った時のMAP機能並みに精度悪いな」
『あなたが言うとおりに動かないからでしょ!』
やっとのことでギルドにやってきた。
『私の通信は建物の中まで通じないから後は自分でやってね』
「本当にMAP機能でしかないぞ、今のお前」
軽い木の扉を押して開ける。ギルド内部はかなり広い。
テーブルで何か会議をしている一団。壁に貼り付けられた紙を選んでいる二人組。ギルド職員から銀貨を受け取る髭面の男。様々な人がいる。
「すいません。冒険者登録お願いします」
「え? あ、はいこちらの紙にご記入ください」
どこ出身なのか。年齢はどれくらいなのかを記入した。日本と書いたが何故か通った。かなり雑だこの登録システム。
「一人ですか? パーティの募集の張り紙はどうしますか?」
「世界中を旅するから定住しないという条件でできますか?」
「あー。その条件は厳しいですね」
「そうですか。何か必要なものはありますか?」
「装備などですね。4番通りに冒険者向けの商店街があるのでそちらにどうぞ」
冒険者登録をして冒険者カードを受け取った。最初にやるべきは武器の調達だ。