その婚約破棄に関わったらダメでしょう!?
以前、作者が息抜きで書いていた短編が出て来たので、書き足しての投稿です。
何も考えずにお読み頂けたら幸いです。
(`・ω・´)
「アンネローネ!! お前との婚約を破棄する!!」
サマンサ学園高等部の卒業式と云うめでたい場に、似つかわしくない声が響いた。
その言動に皆が一斉に振り向けば、この国の王太子マークが高々と宣言していたのだ。
「わたくしとの婚約を破棄ですか?」
「そうだ」
「理由をお聞かせ願えますか?」
王太子マークの婚約者である侯爵令嬢アンネローネが、無表情で訊いた。
非公式ではあれ、公の場である。そんな場での断罪は、侯爵の娘としての矜持が許せなかったからだ。
「理由など、簡単だ。【真実の愛】を見つけたからだ」
さも、当然の様に王太子マークは言い放った。
その右腕には、最近急に目立つ様になった男爵令嬢が引っ付いている。
そして、何故かその2人を守るかの様に、侯爵家のビル、公爵家のリック、宰相の長子ダイルが控えていた。
「【真実の愛】?」
「そうだ。そして、それを僻んだお前がナナリーを虐めたのは知っている。そんな悪辣で非情な女に私の妃は務まらん。よってお前との婚約を破棄する!!」
アンネローネが小さく眉根を寄せたのを気付かないのか、王太子マークは酒にでも酔ったような様子でもう一度宣言した。
腕に引っ付いているナナリーも、目を潤ませ酔いしれるかの様にウットリしていた。公の場でマークが自分のために言ってくれた事が、嬉しくて堪らないらしい。
「わたくしが、その方を虐めたと?」
身に覚えのないアンネローネは、小首を傾げる。
プライドの高い彼女がそんな下らない嫉妬で、身分の低いナナリーを虐めるとは、ここにいる皆も思ってはいない。
ナナリーの勘違いか、虚偽。或いは質の悪いアンネローネの支持者が、勝手にやったに違いない。
だが、何かに酔いしれている王太子やその取り巻きは、考えもしないのか全く分からない様子だった。
「そうだ。お前が何をやったのか、リック説明してやれ」
そう王太子マークが顎を使い指示すれば、傍に控えていた取り巻きの1人が前に出て来た。
どうやら自身では説明しないらしい。
リックと呼ばれた可愛らしい少年は、公爵家の次子である。
側に控えているのだからまさかと思っていたが、そのまさかだった。この彼までもがナナリーに魅了されていたのかと、皆は落胆していた。
皆が落胆している事など微塵も知らないリックは、了解したとばかりに説明し始めた……の、だが。
「ここにいるナナリーの教科書を破く、私物を隠す、果ては階段から――んぐ」
そう気分良くつらつら説明をし始めた瞬間――
――1人の令嬢に襟首を思いっきり摘まれ、ズルズルと引き摺られていた。
見た目は華奢で可憐な女性。だが、片手で男を引き摺れる程の豪腕に、皆は唖然茫然である。
「あ、姉上!? 何をするんですか!?」
引き摺る女性はこの公爵の息子リックの姉の様だ。
普通なら、男を片手でどうにか出来る事に驚きなのだが、彼の家ではコレが日常的なのか、当人は驚きもせず反論していた。
口上を述べていたのに、突然引き摺られたリックは息も絶え絶えになりながら叫んでいたのだ。
「それは、コッチの台詞だわ!!」
姉上と呼ばれた可憐な女性は、リックを壁に思いっきり投げつけた。
卒業式に参加していたら、2つ下の弟がヒョコリと現れ余計な事をやり始めたのだ。姉は冗談であって欲しいと願う程に、驚きを隠せなかった。
「貴方はココで、何をしているのよ?」
「な、何をって……アンネローネがナナリーにした悪事を……」
アレ程関わるなと言ったでしょう? と目で強く訴えている姉の剣幕に、弟リックはタジタジである。
「彼女の悪事って何?」
姉が改めて訊いてきたのだが、ソレを今言おうとしていたのを貴方に強引に止められた……とは、言えなかったリック。渋々ながらに、説明し始めた。
「それは、彼女が教科書を破いたり、私物を隠したり――」
「階段から突き落としたり?」
「そ、そうだよ!」
やっと言えたと、リックは口端に付いた血を袖で拭った。
だが、口端に流れた血より、姉のコメカミがピクリと動いた事に気付くべきだった。
「貴方、バカなの?」
「は?」
「貴方、バ カ なのかって言ったのよ」
「なっ!?」
何故、馬鹿と罵られたのか分からないリックは、こんな大勢の前で罵られたと、口をパクパクさせていた。
「アンネローネ様は、侯爵令嬢なのよ?」
「だ、だから虐めないとか言うのかよ!?」
「違うわよ」
「じゃ、じゃあ何だよ!?」
「彼女がやるとしたら、そんな生温い事をする訳がないでしょう?」
「「「…………」」」
その爆弾発言に、リックどころか聞いていた全員が目を見開き、口は半開きで固まっていた。
とんだもらい事故に、それまで冷笑していたアンネローネまでもが、皆とは違う意味でピシリと固まった。
助け船じゃないのですか? と。
――生温い。
「教科書? 私物? 突き落とす? そんな足が付く事をあの人がすると思う?」
「……さ、さぁ」
ソレがどういう意味か、分かりません、知りたくありませんと、リックは目を泳がせていた。
「気に入らない相手を本気で排除したいのなら、そんな回りくどい事なんかしないわよ。他人を使ってさっさと始末、処分、廃棄するに決まってるじゃない」
――決まってるのかよ!!
固唾を呑んでいた会場の皆は、思わずアンネローネをチラッと見た後、無意識に半歩下がっていた。
更なる追い討ちに、アンネローネは無表情が保てず頬を引き攣らせている。
「だから、ナナリー様の存在がココにある時点で、アンネローネ様が無実だって事の証明なのよ」
仕方がないわねと、弟リックに溜め息を吐いた。
アンネローネは、青筋をピクリと立てていた。
どんな証明だ!! と皆は更に怯えていた。
「大体、アレの何処が【真実の愛】なものですか。リックはしっかりとその目で見なさい」
リックは姉により首をグリッと強引に、王太子マーク達の方向に向けられた。
「いい事、リック。どんな理由があるにせよ、婚約者のいる者が他の異性とベタベタしているのは【愛】ではなく、それはただの【浮気】って言うのよ?」
「い、いや、でも」
確かに? そうかもとうっすら思い始めてはいたが、まだどこか信じたくないリックはしどろもどろである。
「では仮に、貴方に婚約者がいて、その彼女がああやって他の殿方に寄り添い、その腕に胸を押し当てていても許すのですか?」
「…………」
「自分はタダの婚約者。相手は【真実の愛】だから、仕方がないよね? と?」
「そんな……真実いらない」
リックは姉に言われて、やっと理解し始めたのかポソポソと言っていた。
自分の好きな女性が、他の異性に引っ付いているなんて、よくよく考えたら容認出来ない。
「でしょう? あの二人には【真実の愛】かもしれないけれど、婚約者であるアンネローネ様からしたら、それは【不誠実な愛】でしかないの。どうしても婚約を白紙や撤回したかったのなら、こんな大勢の場で断罪などせず、陛下や侯爵と話し合うべきだったのよ」
「うん」
「さぁ、これであの方は終わったわ。ここにいても良い事なんてないし、帰るわよ」
そう言ってドレスの裾を叩くと、リックの襟首を再びむんずと掴んだ。
「お、終わった? どういう事?」
「ったく、まだ分からないの? 王太子がアレよ? これから我が公爵家を筆頭に、殆どの家が第二王子を支持する事となるでしょう。なれば、なんの庇護もない、あの王太子はもう終わりよ」
ただでさえ、歳が近い王子2人のどちらが王になるのか、未だに派閥があるのに、王太子がやらかしたのだ。第二王子派からしたら、これ幸いとばかりに国王に上奏するに決まっている。
そうなれば、我が公爵家は擁護しようがない、終わりだ。
我が公爵家は、長らく王太子を支えていた。だが、この失態により見限るのは目に見えている。いくら箝口令を出そうが、大勢の人が帰宅した後、両親に報告するに決まっている。
こんな失態を起こしたマーク殿下を、擁護する程のメリットが見えないのだから、マーク王太子派はこぞって第二王子派に移るだろう。
「あぁ、もうイヤ。何故マーク殿下の所業を黙認していたのかっ!! ってお父様に怒られるわ。こんな事なら、その内冷めるだろうなんて、静観してるんじゃなかったわ、全く」
実際には、アホらしくて何も言う気がなかったのだが。言ったところで、お花畑状態の彼等には何一つとして響かなかっただろう。
まぁ、物理的に黙らせる事は出来るが、それはソレで問題になる。
「幸いかどうかは知らないけど、まだ貴方に婚約者がいなかったのは良かったのかもしれないわね」
「え? なんで?」
急に説教が始まったのかと、一瞬リックは身を強張らせた。
「もぉ、少しは自分で考えなさいよ。だって、婚約者がいるのに他の異性に現を抜かして蔑ろにしてた事になるのよ? それを黙認する人間が何処にいるの」
「…………」
「大なり小なり支障が出るわよ」
「し、支障って?」
リックはビクビクと怯えながら、姉の話に耳を傾けていた。他人事ではないと、リックはおずおずと訊いた。
なんなら、皆は固唾を呑んで見ていた。
「例えば、殿下の隣にいるビル様だけど、彼は次子なのは知ってるでしょう? だから、お家は継げないし結婚した後、婚約者のミム様の家の入り婿として迎えられるご予定だったけど……まぁ、これでは無理でしょうね」
姉がそう言えば、伯爵令嬢のミム様は鼻を鳴らして、当然ですわとこの場を去り始めていた。
娘を蔑ろにした男を、婿に貰う意味などないのだ。自分達親とてしばらくは一緒に住むのだから、娘を大切にしてくれる男を婿にしたいに決まっている。
ミム様はこの事や、今までの事をすべて両親に報告をするのだろう。
ビルが慌ててミムを追いかけているけど、今更、どうしようもない。
「え、なら、ダイルは?」
他の人はどうなるのか、リックはこの際訊いてみる事にした。
「長子がアレじゃ、次子が継ぐんじゃない? 幸い弟のサイラス様はアレより遥かに優秀だって聞くし。何より、殿下の失態を一番に諫めなければいけなかった立場のダイル様が、同じ壇上に立っちゃったんだもの。幕が下りたも同然でしょう」
「こ、婚約は?」
「逆に訊くけど、彼とこのまま婚約を続けるメリットって何?」
姉がそう言えば、ダイルの婚約者が失笑していた。
もう完全に見限っていたのだろう。
これまで、例えそこに愛があったにしても、コレではさすがに冷めたに違いない。
ならば、自分を蔑ろにした彼と、無理してまで結婚するメリットはないだろう。もし家の事を考えるのなら、まだ婚約者のいない次子サイラスでも良い訳だ。天秤にかけるまでもなかった。
「ね? これで分かったでしょ? あの人達と関わると碌な事にならないって。サッサと帰るわよ」
「えっ? えぇ!?」
改めて襟首を掴まれ、またズリズリと引き摺られるリック。
事の重大性をやっと理解はしたが、どうなるんだこれからと王太子マークをチラッと見た。
アレ程、強気に意気込んでいた王太子マークの顔色は、土色になっていた。
「ちなみに、ちなみに、ナナリーは!?」
恋愛という蜃気楼がなくなったのか、リックがあの娘はどうなるのかと訊いた。だが、姉には微塵も興味はないのか、返答は実に素っ気なかった。
「知らないわよ」
「し、知らないって、彼女は王妃になれるの?」
「はい? なれる訳がないでしょう」
何を言っているのだと、姉は呆れてリックを見た。
王太子であるマークは終わったのだ。それにただ引っ付いているだけの令嬢が、王妃なんてなれる訳がない。お前はどんな幻想の世界に住んでいるのだ。
「み、身分のせい?」
「身分なんか、どうにでもなるわよ」
まだ、言うか弟よ。
父が承諾する訳がないが、我が家みたいな爵位の高い所に一度養女に迎え、一気に身分を上げてしまえばイイ。ゴリ押し過ぎて、それはソレで大問題だと思うけど。
「では何故?」
「良識がないからに決まってるでしょ」
「…………」
「美と教養はこれから幾らでも磨けるけど、さすがに。だって考えてもみなさいよ。良識ある女性が、婚約者のいる異性にちょっかいなんて出す? そんなふしだらな女性が王妃に? これから、隣国の王子に出会って、その方の顔面偏差値が高かったりしたら、今度はそっちに色目を使うかもしれないのよ? そんな女性が一国の王妃? 恥しかないじゃない。大体、あの人に子供が出来たとして、それは一体誰の子よ? まさか、貴方は大丈夫でしょうね?」
話をしている内に心配になったので、弟に手を出していないかを問う。
「僕は皆と違って健全な付き合いだよ!!」
「ならイイけど」
"僕は皆と違って" と言ったのだから、王太子を含めた他は健全ではないと。
庇う気もないのか元より天然なのか、リックのこの発言もある意味問題である。
リックの正直な発言により、皆が白い目でナナリー達を見たら、ナナリーは慌てた様子で王太子から手を離した。
その冷ややかな視線に、やっと流石にマズイと感じた様子である。
ナナリーは地位と名誉と、顔面偏差値の高い男にしか媚びを売っていないのは、普段を見れば分かる。
彼女にしたら誰か1人でも、釣れれば良かったのかもしれないけど、世の中そんな上手く行く訳がない。
せめて、身分の近い1人で済ませれば良かったのに……と、姉は溜め息を漏らした。
「じゃあ、彼女はどうなるの?」
「それこそ、知らないわよ」
「えぇェェっ!?」
他の人達の事はここまで饒舌に語って、それはないとリックは縋る。
「まっ、他人から見たら【不誠実な愛】だけど、彼等にしたら【真実の愛】なんでしょう? なら2人共、これを機に身分なんかさっさと捨てて【真実の愛】とやらを貫いて、一国民として静かに暮らせばイイんじゃない?」
「姉上……」
「【真実の愛】とやらが、どれだけ崇高で立派な【愛】なのか、これから見届けさせて頂きましょう。ね、リック?」
楽しそうね? とまるで他人事のような態度に、リックは唖然としていた。
ナナリーを自業自得とはいえ可哀想だと思うくらいは、リックにはまだ情があったのだ。だが、姉の話を聞く限り自分1人ではどうにもならない。
これは原因というか元凶の王太子自身が、どうにかするのが筋だとやっと悟ったのである。
「大体貴方、人の心配より自分の心配しなさいよ。お父様に知れたらリック貴方、僻地で鍛え直しよ? 覚悟しておくのね」
少しとはいえ、断罪に加担してしまったのだ。父の知る事になれば、お咎めなんて可愛らしいレベルではないお仕置きが、無慈悲に下るだろう。
弟リックには可哀想だが、加担した以上タダで済む訳がなかった。
「イ、イヤだぁァァ〜〜〜〜っ!!」
それを聞いてさらに、事の重大性を理解したリックは、姉に引き摺られながら泣き叫んでいた。
思春期の過ちとして許して下さいと。
馬鹿な事を言うんじゃないわよと、姉は鼻で笑っていた。リックは姉達に、そんな言い訳が通用するとは思えなかったけれど、どうしても言わずにはいられなかったのだった。
「大丈夫よ。お父様はお優しいから、国王様の様に息子を市井に降ろしたりしないわよ。私もなんとなくは、擁護してあげるから感謝しなさい」
「姉上、ゴメンなさ〜〜い!!」
泣き叫ぶリックの声が、徐々に小さくなっていく。
それを聞きながら、明日は我が身かと、皆はなんの感傷もなく思わずチラッと王太子とナナリーを見た。
目が合ってしまい、全員がなんだか気まずくなった。
――リック姉。
そんな特大級の爆弾を投下するなら、少しくらい鎮火もして帰ってくれ。
この日の事は、歴史に残る卒業式となったのであった。